或物を引渡すことを得さるときは其物の相當價格を請求するの權利なるものが其物の引渡のみを請求したる場合に單に其價格を支拂ふへき義務ある者と判决したるは申立てさる事實を當事者に歸せしめたる不法あり
控訴人東京市深川區牡丹町三番地平民倉庫業遠山均一被控訴人東京府南葛飾郡隅田村大字善右衛門百拾三番地平民農森田傳右衛門間に於ける明治三十五年(レ)第二三號收神米請求控訴事件に付き東京地方裁判所民事第一部裁判長判事横村米太郎判事北條元篤判事成道齋次郎の三氏左の如く判决せり
(主文)第一審判决を左の如く變更す、控訴人は被控訴人に對し玄米五石五斗七升七合を引渡す可し若し引渡し得さるときは金七拾九圓十七錢一厘を支拂ふ可し訴訟費用は第一、二審共控訴人の負擔とす
(事實)控訴人訴訟代理人佐々木直綱は第一審判决を廢棄し補控訴人の請求は之を棄却し訴訟費用は第一、二審共被訴訟人の負擔とすとの判决ありたしと申立て其事實上の供述は控訴人は被控訴人に明治三十三年十一月二日東京府南葛飾郡龜青村千七百八十六番地田六畝二十一歩外二十三筆を賣渡したるに相違なきも右土地は控訴人所有中小作人に貸渡し一反に付き八斗宛の玄米を受取るの債權を有し右債權を土地と共に被控訴人に讓渡したるものにして其當時控訴人は矢澤孝太郎を代人として小作人に對し右債權擁渡の通知を爲したり故に被控訴人は小作人に對し收獲米を請求するは格別控訴人に對し之を法用するは不當なり其他被控訴人の主張する玄米の數額及其價格に付ては認むと云ふにありて甲第一號證を認め甲第二、三號證を否認し人證の申出を爲したり
被控訴人訴訟代理人小島重太郎は本件控訴は之を棄却す訴訟費用は控訴人の負擔とすとの判决ありたしと申立て其事實上の供述は第一審判决文中事實の摘示と同一なるを以て之を榮用す尚收獲米を引渡すことを得さるときは其價格金七十九圓十七錢一厘を請求す其價格は控訴の日時に於けるものなり又控訴人陳述する債權讓渡の事實債權擁渡の通知の事實は否認すと陳述し甲第一、二、三號證を提出し人證の申出を爲し第一番に於ける矢澤孝太郎の證言を援用したり
(理由)控訴人は小作人より一反に付き八斗宛の玄米を受取るの債權を被控訴人に讓渡し矢澤孝太郎を代理人として右債權讓渡通知を小作人に爲したりと主張すと雖も是れ被控訴人の否認する所にして債權の讓渡しを爲したる點に付ては控訴人の立證の採るに足るへきものなく債權讓渡の通知を爲したる點に付ては一も立證を爲さゝるを以て之を認むることを得す而して成立に爭なき第一號證未段(但し三十三年度收獲米一反に付八錢宛相添へ候事)とある記載及證人矢澤秀輔の信用すへき證書に依れは控訴人か自ら收穫米を被控訴人に引渡すへきことを約したるものにして小作人に對する債權を被控訴人に讓渡したるものに非ることを認むる充分なりとす又收穫米の數額及其價格に付ては被控訴人の主張に對し控訴人の爭はさる所なれは控訴人は被控訴人に對し其請求する玄米五石五斗七升七合を引渡すへく若し之を引渡すことを得さる時は其價格金七十九圓十七紅一厘を支拂ふへき義務あるものとす然るに第一審裁判所の控訴人に金七十九圓六十七錢一厘を支拂ふへき義務あるものと判决したるは申立てさる事實を當事者に歸せしめたるものにして民事訴訟法第二百三十一條第一項に違背したるものとす依て主文の如く判决す訴訟費用に付ては同法第七十八條第一項第七十二條第一項に依る(四月十八日判决)