損害要償事件
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法律新聞(新聞)76号6頁


東京交換所規則なるものは東京交換所に加入せる銀行營業者間の規約に過きされは加入者以外の者に對して效力なきものとす左れは加入者か其規則に從かはさるか爲め偶第三者か損害を被ることあるも之を以て其加入者か賠償の責任ありと云ふを得す
原告東京市日本橋區小傳馬上町貳拾參番地鎭目忠太郎被告東京市淺草區茅町二丁目十七番地株式會社實業貯蓄銀行同銀行頭取法定代理人町田徳之助間の明治三十四年(ワ)第一八九三號損害要償事件に付東京地方裁判所第二民事部裁判長和仁貞吉判事北條元篤三井久次の三氏は左の如く判决せられたり
(主文)原告の請求を棄却す
訴訟費用は原告の負擔とす
(事實)原告訴訟代理人は被告は原告に對し貳千五百圓の損害金を賠償す可し訴訟費用は被告の負擔とすとの判决を求むる旨を申立て其理由として陳述したる事實の要領は原告は明治三拾四年十月三日東都中央銀行に宛てたる金貳拾圓の小切手を振出し商業上取引の爲め田中彦太郎に現金に代へて支拂ひ同人は之を被告銀行にて引換へたり被告銀行は翌四日第百銀行の手を經て右小切手を東京交換所に廻し交換所は之か支拂を東都中央銀行に請求したるに同行は當日預金不足の爲支拂に應じ難き旨小切手に附箋して返付せり依て交換所は之を第百銀行に還付し被告は右小切手不渡の旨を交換所に届出でたり乃ち原告は翌五日午前十時東都中央銀行に金五拾圓を預け入れ午前十一時被告銀行に至り金二十圓を支拂ひ右小切手を受取りたり仍て被告は東京交換所規則第四十三條により交換所に入金ありたることを届出つへき義務あるに拘らす其届出を怠り爲に交換所は各銀行に對し原告と取引停止の命を發したり茲に於て原告の取引せる銀行は勿論其他の銀行とも取引を拒絶せられ各新聞は之を社會に報道したり之れか爲め原告の名譽は勿論商業上被りたる損害頗る大なり因て被告に對し不法行爲に基く損害の賠償を請求する次第にして原告は中等の商人なるを以て二千五百圓の賠償額は决して過大にあらずと云ふにあり
被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判决あり度旨申立其理由として被告銀行か第百銀行の手を經て東京交換所に於て手形の交換を爲せる事實原告主張の小切手を被告に於て所持し居り支拂不渡となりたる事實并に交換所に於て取引停止を命じる爲原告か各銀行より取引を停止せられたる事實を認むるも第一小切手不渡の届書を爲したるは第百銀行にして右小切手に對し原告より支拂ありたるは明治三十四年十月五日午後三時過なるを以て交換所規則第四十三條によるも入金の届出を爲す能はす第二入金の時期を原告主張の如しとするも之を交換所に届出すると否とは被告の任意にして右規則第四十三條により届出の義務を負ふものにあらす第三原告主張の如く届出の義務ありとするも該規則は組合銀行の申合規則なるを以て組合銀行以外の原告か此規則に基き本訴の請求をなす可きにあらす第四被告は原告に二千五百圓の損害を加へることなし故に原告の請求は不當なる旨陳述したり
(理由)原告か明治三十四年十月三日東都中央銀行に宛て振出したる金二十圓の小切手か其翌四日被告銀行より第百銀行の手を經て東京交換所に廻付せられ交換所より東都中央銀行に之か支拂を請求したるに當り預金不足の爲め同行に於て支拂拒絶に及ひたること同日右小切手不渡の旨交換所に届出てありたること交假所は其翌五日午後三時を過き右小切手に對し入金を受けたることの通知に接せさりし爲組合銀行及代理交換の委托銀行に自今原告と取引を停止す可き旨を通知し原告は此等の銀行と取引を停止せらるゝに至りたることは當事者間に爭なき所にして不渡の届出は第百銀行を代理として被告に於て爲したるものなることは證人山中讓三の供述により明なり届出翌日被告か原告より小切手に關し貳拾圓の入金を受けたることは被告の認むる處にして入金の時刻が原告主張の如く同日午前拾壹時頃なりしことは證人中山茂の供述により之を推知するに難からず然り而して原告は東京交換所か原告と取引を停止すへき旨を各銀行に通知し其結果原告の名譽及財産權を害せらるゝに至りしは全く被告か不渡届出を爲し其翌日午前中に入金を受けたる故其旨交換所に届出へき義務あるに之を怠りたるに基くものにして是即被告の不法行爲なりと主張するも甲第壹號證たる東京交假所規則は交換所に加入せる銀行營業者間の規約にして其第四拾壹條第四拾貳條には手形小切手の支拂拒絶の場合に被拒絶銀行より其旨を交換所に届出つへく交換所監事は之を各銀行に注意す可きことを定めあるを以て被告か原告の小切手不渡の事實を届出たるも此規約に基き同業者互に相警戒するの趣旨に出てたるや疑なし而して同規則第四拾三條によるも又證人佐々木勇之助同山中讓三の供述によるも不渡小切手に付入金を受けたる銀行が入金者に對し交換所に其旨を通知する義務を負ふものなりと認むへからさるを以て原告より入金したることを被告に於て届出てさりし爲原告に損害を生するも被告は何等の責任を負ふへきものにあらす從て被告に不法行爲ありたりと言ふへからさるを以て原告の本訴の請求は不當なりとす(二月十四日言渡)