證據判斷は民事訴訟法第二百十七條の規定に從ひ證據調の結果及ひ辯論の全趣旨を斟酌し其内容に亘り考覈するへきものにして法律の制限以外に於て證人の資格に依り信否を决するか如きは違法たるを免れす
上告人東京市本郷區元町一丁目一番地華族松平頼聰訴訟代理人辯護士井戸文四郎川口萬之助氏被上告人香川縣高松市大字中の村二番戸平民杉山ヒサ訴訟代理人辯護士日比野何限氏間の宅地明渡請求事件に付大阪控訴院民事第一部長遠山正綱判事石川正安井璞久田濟衆高木成則の五氏は判决すること左の如し
(主文)原判决を破毀し更に辯論及裁判を爲さしむる爲め本件を高松地方裁判所に差戻す
(理由)上告第一點論旨は民事訴訟法第二百十七條の規定によれば凡そ裁判所は法律の規定に反せさる限りは證據の何たるを問はす其實質内容に亘り其結果を斟酌して自由なる心證判斷を爲すへきものにして法律規定外に於て單に證人の資格により其證言に信用を措墮へきや否やを决すへきものにあらす即ち法律に制限なきものたる上は證人の資格如何に拘はらす其内容に亘り證據調の結果を斟酌し自由なる心證を以て其證言したる事實の信否を判斷させるへからす然るに原裁判所は被控訴代理人か爲したる證人井上權八郎忌避の申請は理由なしとして却下し同人を適法の證人として宣誓をなさしめ訊問なから其證言を排斥するに當り「同證人は元と控訴人の家臣たりし者なれは口頭の證言は信憑するを得す」と判示し恰も舊幕時代の家臣は其資格に於て證人たる信用を措くへからさるものとの判定は公證人及證據規定に違背せる不法の判决なりと云にあり依て案するに民事訴訟法第二百十七條に裁判官は法律の規定に反せさる限りは辯論の全趣旨及證據調の結果を斟酌し事實上の主張を眞實なりと認むへきや否やを自由なる心證を以て判斷すへき旨を規定せり故に裁判又は證人の場合に於ても同しく法律の制限以外に於て其資格に依り信否を决すへきものにあらすして必すや其内容に亘り考査斟酌し以て得たる心證に基き判斷すべきは勿論なりとす然るに原裁判所は證人井上權八郎を適法の證人とし宣誓の上訊問しなから「證人井上權八郎は元と控訴人の家臣たりし者なれは賃貸證書等に依り補充せられさる口頭一片の證言は輕く信憑するを得す」と判示し曾て家臣たりし資格上信用すへからさるものゝ如く判定したるは右證據に付規定したる法意に違背する裁判にして違法たるを免れす既に此點に於て原判决は全部破毀すへきものなるに因り他の上告點に對しては判斷を要せさるものとす