不當報告取消請求事件
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法律新聞(新聞)68号7頁


原告東京市芝區兼房町十一番地士族洋服裁縫業中山寛法定代理人親權者中山寛濟被告東京市京橋區八官町十八番地洋服裁縫業小澤惣太郎間明治三十四年(ツ)第一二一四號不當報告取消請求事件に付き東京地方裁判所民事第三部裁判長嘉山辯一判事平作榮太郎須賀喜三郎の三氏は左の如く判决せり
(主文)原告の請求を棄却す訴訟費用は原告の負擔とす
(事實)原告は被告は明治三十四年六月付第二百十四號を以て東京洋服裁縫業組合員一同に對し原告中山寛を組合員一同使用せさるは勿論併せて取引を謝絶するものとすとの報告を取消すへし訴訟費用は被告の負擔とすとの判决を求むと申立て其陳述する事實の要旨は原告中山寛は洋服裁縫業を修得するの目的を以て明治二十八年六月中近藤千太郎の徒弟となり其業務に從事中明治三十四年二月廿日俄然風邪の氣味にて神身不快を感し其業に耐へ難かりしを以て同日午後三時頃幸太郎に其病状を告け承諾を得て實家に立歸り種々醫療を受け不日にして病痾全く快愉したりしかは原告は所用の爲め同月下旬横濱に至り遂に明治三十四年六月初旬まて同所に滯留することとなれり然るに幸太郎は原告か同人方に於て何等かの不都合を生し逃亡したるものの如く事實を虚搆し之を東京洋服裁縫業組合本部へ申告したるを以て同組合取頭たる被告小澤惣太郎は組合員一同に對し原告中山寛は去る三月不都合の上逃走右者規約第十五條に依り組合員お夏買縮せさるは勿論併せて取引を謝絶するものとすとの旨を以て明治卅四年六月付第二百十四號の報告書を以て印刷に付し之を配り東京市内の同業者に配布したり然れとも原告は幸太郎方に於て啻に不都合の所爲なきのみならず被告か事實を調査するの手續をも爲さすして直ちに此報告に及ひたるは極めて不當の處置なりとす要するに被告の不法行爲の爲め原告は名譽を毀損せられたるに付き名譽囘復の方法として本訴請求に及ふと云ふに在り
被告は原告の請求を却下す訴訟費用は原告の負擔とすとの判决を求むと申立て其陳述する事實の要旨は第一、頭取の資格に於て爲したる報告の取消は一個人として之を爲す能はさるか故被告は本訴の請求に應する能はす第二、被告は近藤幸太郎の報告に依り事實を調査して原告に不都合の廉ありと認め組合の規約に基き組合員に對し本件の報告を爲したるものなれは不法行爲者たるの責を負ふへき謂はれなしと云ふに在り
(理由)組合は獨立の人格を有せす從て組合の頭取なるものは組合の機關にあらさるを以て組合の取頭の爲すへき行爲は頭取の名義を有する一個人の爲すへき行爲に外ならす故に被告の唯一の抗辯は其理由なし然れとも原告に不都合の廉なきにも拘はらす被告は事實を調査せすして之ありとなし本件報告に及ひたりとの點に付ては證人野本ハツの供述は瞹眛にして要領を得す且原告は他に證明を爲さゝるを以て之を認むるを得す依て本件請求を理由なしとし訴訟費用に付ては民事訴訟法第七十二條第一項を適用し主文の如く判决したり(十一月卅日判决言渡)