申請人東京市淺草區田中町八十町地平民綿商玉川由太郎同市同區千束町三丁目五十八番地平民雜業田邊篤次郎同市同區新吉原江戸町十丁目二十五番地平民貸座敷業齋藤春四郎同市同上平民無業齋藤ソノ同區同町二十二番地平民雜業山坂米太郎同市日本橋區濱町三丁目一番地平民雜業右市吉郎同市淺草區地方今戸町八十番地平民雜業須原宇之松同市同區諏訪町十一番地平民雜業益用寅造訴訟代理人同市京橋區弓町十九番地辯護士伊知地營藏氏より被申請人同市淺草區地方今戸町官有二番地株式會社晩成銀行專務取締役遠藤直次郎は係る明治三十四年(ヨ)二一四號假處分申請事件に付き東京地方裁判所第二民事部裁判長和仁貞吉判事設樂勇雄三宅徳業の三氏は左の如く决定せり
(主文)申請を却下す
(理由)本件假處分申請の趣旨は被申請會社の重役は明治三十四年九月十六日付の書面を以て第四囘の拂込として一株に付き金十二圓五十錢づゝ十月一日限り拂込む可く若し拂込まざるに於ては翌二日より金百圓に付き一日金五錢の遲延利息及び遲延の爲め生じたる費用の請求を爲す可き旨株主たる申請人等に通知し尚十月二日付の書面を以て各拂込むべき株金に右割合の利息を付し十月十六日までに拂込む可く然らざるに於ては株主たる權利を喪失す可き旨催告し來れり申請人は拂込を爲す資力なきものに非ざるも被申請人の請求は不當なるに付き之を拒むものなり其不當なる理由は下の如し
第一、第一囘より第三囘まで三十一圓づゝを眞正に拂込みたるは申請人及び他小數の株主にして多數の株を有する重役共は全部若くは二、三囘の拂込を現實に爲したるものに非ず而して申請人に對して第四囘の拂込を請求するは不當なり第二、被申請人の資本は十萬にして其損失高は約六萬圓餘あり故に被申請人の重役は商法第百七十四條第一項に依り株主總會を招集し之に報告せざるべからざるに之に爲さずして第四囘の拂込を求むるは不當なり第三、被申請人は最初頗る好望の會社なりしも現重役に至り聲價頓に地に落ち從來預金を爲したるものは殘らず引出し今は一錢の預入を爲すものなく從來取引を爲したる他の銀行は取引を斷ち東京手形交換所に於ても被申請人の關係したる手形は交換の媒介を爲さゞる由なり故に被申請人の事業な成效不能に歸したるものにして商法第二百二十一條第一號第七十四條第二號に該當し重役は相當の處分を爲さゞるべからざるに之を爲さずして第四囘の拂込を求むるは不當なり此等の理由を以て申請人は被申請人に對し第四囘拂込の通知及催告取消の訴を提起せんとし今や準備中なり然るに二度目の催告は本月十六日なるを以て其迄に株金及び遲延利息を支拂ふに非ざれば株主たる權利を失ひ最早訴を起すこと能はざるに至るべく已に起訴しあるものとせば無效に爲す可し又株主たる權利を維持する爲め拂込を爲さんか損害を蒙むるを免かれず因て本件假處分の申請を爲し本案判决に至るまで申請人等を株式の權利喪失者として公賣の處分を爲すべからずとの命令を求むと言ふに在り
案するに民事訴訟法第七百五十五條に依れば係爭物に關する假處分は現状の變更に因り當事者一方の權利の實行を爲すこと能はず又は之を爲すに著しき困難を生ずる恐あるとき之を許るすべきものなり故に裁判所は果して現状の變更が當事者一方の權利の實行を爲すこと能はざらしめ又は之れを爲すに著しき困難を生ずるや否やの審査を爲ざゞる可からず而して之を爲すには當事者の一方に權利ありや否やを審査することを要し權利なしと認めたるときは假處分の申請を却下すべきものとす此場合に爲す所の審査は假處分の許否を决するを以て目的とするものにして其結果は判决の如く當事者の權義の關係を確定するものに非ざるは言を俟たず民事訴訟法第七百五十六條は假處分の手續に付き假差押の申請を爲すには請求及び假差押の疏明を爲さゞるべからず此に請求の疏明を爲さしむる所以のものは裁判所をして果して假差押に依りて保護す可き權利あるや否やの判定を爲さしめんが爲めに外ならず若し權利の存否は本案裁判所の審査す可き事項にして假差押裁判所の關與する所に非ずとせば何を苦て請求の疏明を爲さしむる必要あらんや故に申請人の主張する事實に依り當然權利なきこと明なる場合に於ては其中請は却下せらるべきものなり假處分の手續も亦此の如くならざるべからず本件に於て申請人が第四囘の拂込を拒む理由を審査するに一も正當なるものなし第一、株主の株金拂込の義務は他の株主の株金拂込の義務とは全く特立のものにして株主は他の株主が株金の拂込を爲さずとの理由を以て自己の拂込を拒むことを得ず第二、會社が資本の半額以上を失ひたる場合には取締役は株主總會を招集する職責あるも株主は取締役が此職責を盡さずとの理由を以て自己の義務たる株金の拂込を拒むことを得ず第三、預け主が預金を引出し他に預け金を爲すものなく取引銀行が取引を斷ち手形交換所が媒介を爲さずとの事實は當然銀行事業の成效の不能を來すものに非ず且此事實は全く疏明なし要之申請人が第四囘の拂込を拒む正當の理由なく實行を妨げらるべき權利なきを以て斯る場合に假處分を許すべきものに非ずと認め當裁判所は主文の如く决定したり(十月十五日决定)