原告東京市京橋區新富町二丁目三番地大江彦太郎より被告同市本郷區駒込東片町四十二番地伊東精一郎に係る明治三十四年(ワ)第四一二號約束手形金請求事件に付き東京地方裁判所第二民事部裁判長安田繁太郎判事北條元篤横田五郎の三氏は判决すること左の如し
(主文)原告の請求を棄却す、訴訟費用は原告の負擔とす
(事實)原告訴訟代理人佐々木文一氏一定の申立は被告は原告に對し金七百圓に明治三十四年二月二十八日より本件執行濟に至る迄年六分の利息を加へて辯濟す可し訴訟費用は被告の負擔とすとの判决を求むと云ふに在りて其事實陳述の要旨は原告は明治三十三年六月五日田中重兵衛が同月二日被告宛に滿期日を同年八月十五日と定めて振出したる額面金一千圓の約束手形を被告より裏書讓渡を受けたり原告は滿期日に該手形を振出人たる右重兵衛に呈示して其支拂を求めたるも拒絶せられたるに付き翌十六日支拂拒絶證書を作成し其翌十七日被告に對し償還請求の通知を發したるも被告亦其義務を履行せず因りて原告は同三十四年二月八日東京區裁判所に支拂命令の申請を爲し以て時效を中斷し而して同月二十五日被告に對し該命令の送達ありたり被告は翌二十六日右命令に對し異議の申立を爲し且其翌二十七日本件手形金の内入として金三百圓を支拂ひたるも殘金の辯濟を爲さずと云ふに在り立證として甲第二、三號證を提出し且乙第一號證は其成立を認むるも原告より發したるものにあらずと陳述したり
被告訴訟代理人清水有國氏は主文記載の如き判决を求と申立て其答辯の要旨は被告は原告の主張する本件手形の振出裏書并に拒絶證書作成の事實は之を認むるも原告が支拂の爲めの呈示を爲したるや否やは不明にして且被告は償還請求の通知を受けたること及び一部辯濟として原告に金三百圓を支拂ひたることなし加之本件手形は元來振出人たる前記重兵衛が原告より金三百圓を借用したるが爲め振出したるものなれば其際公正證書を以て該金圓を辯濟する以上は本件手形は無效なる旨の契約を締結したり而して右重兵衛は期日に該金圓を原告に辯濟したるに付き原告は本件手形金の請求權なきもとのす又假に請求權ありとするも本件拒絶證書の作成は明治三十三年八月十六日にして支拂命命の被告に送達ありたるは同三十四年二月二十五日なるを以て原告は時效に因り償還請求權を喪失したるものなりと云ふに在り反證として乙第一號證を提出し且甲第二號證同第三號證の一の成立を認め同第三號證の二の成立を否認したり
(理由)本件手形の振出并に裏書の事實に付きては爭なし仍て原告が其前者たる被告に對する償還請求權は時效に因り消滅したるものなりや否やに付き審案するに本件拒絶證書の作成日は明治三十三年八月十六日にして被告に對し支拂命令の送達ありたるの日は同三十四年二月二十五日なることは爭ひなきを以て拒絶證書作成の日より六ヶ月を經過したるに付被告抗辯の如く原告は時效に因て被告に對する償還請求權を失ひたるものとす何となれば原告は支拂命令の申請は同年二月八日なるを以て裁判上の請求に因りて時效を中斷したるものなりと主張するも民法第百四十七條第一號に所謂請求とは裁判外なると裁判上なるとを問はず相手方に對する請求なるを以て其意思表示の效力を生ずるは相手方に到達したる時なりとす故に督促手續に依れる裁判上の請求に在りては支拂命令を相手方に送達したる時を以て到達したるものと認めざる可らず從て該請求が時效中斷の效力を生ずるは支拂命令を發せんことの申請を裁判所に爲したるの時に在らずして該命令を被告に送達したる時に在るを以てなり既に此點に於て原告の請求理由なきに因り其他の爭點に付きては判斷せずとて主文の如く判决したり