上告人北海道函館區駒止町三十四番地工藤長平外二名訴訟代理人辯護士湊𥑻吾氏より被上告人石川縣鹿島郡七尾町字桧物町青木安右衛門訴訟代理人辯護士宮田四八氏に係る運賃金請求事件に付き函館控訴院が明治三十三年十二月八日言渡したる判决に對し上告人より全部破毀を求むる申立を爲し被上告人は上告棄却の申立を爲したり依て大審院第一民事部裁判長井上正一判事岡村爲藏柳田直平芹澤政温馬場愿治志方鍜富谷〓太郎の七氏は左の如く判决せられたり
(主文)原判决を破毀し更に辯論及び裁判を爲さしむる爲め本件を函館控訴院に差戻す
(理由)上告趣旨の第一は本件被上告人の請求は西洋形帆走船七尾丸の函館及び露領タムラオ間往復の約定賃金一千五百圓中既に經了したる里程に割當たる數額にして其内金七百五十圓は被上告人が徃復を以て合意したる約定運賃中に於て被上告人の既に經了したる函館より露領タムラオに達する運賃即ち徃航として恣擅に之を分割したるものなり元來合意に依て約定したる金額に對し單に一方者たる被上告人の意思のみを以て分割請求を爲すは契約の法理容す可からざるのみならず此點に對する被上告人の請求たる商法第六百十三條の規定に依りしものにあらざることは原審辯論調書(被控訴代理人)は右は商法の規定を待たざるものとして請求せり
(明治三十三年十一月六日辯論調書)往航の分に付ては右商法の規定に依らざるも露領タムラオより鴛鴦泊灣迄の分は右の規定即ち商法第六百十三條に依據す可きものなりとの事を主張する次第なり
(三十三年十一月二十二日辯論調書)に據て明瞭なり然らば則ち原院は宜しく被上告人の一方意思を以て當事者の合意を以て徃復を混一して定めたる運賃額を分割し得るや否を判定す可き筋合なるに原判决茲に出でず(依て商法を閲するに其第六百十三條には)云々と説明し去り結局第六百十三條の規定に依り上告人に支拂の義務を約定したるは被上告人主張の原因に反し即ち被上告人の訴旨以外に權利を認めたるの不法ある者なりと云に在り案するに原判决に援用したる第一審判决の事實摘示に依れば被上告人は徃航に付ては契約運賃の半額七百五十圓を請求し而して上告人は運賃は徃復千五百圓と契約したるものなれば徃航の運賃を分割請求するは不當なる旨抗辯したること誠に明白なり加之訴訟記録に依れば徃航に付ては鹽雜貨人夫等を積載して目的港に到着したる事實自から明白なるを以て當事者間契約の趣旨にして徃航の運賃とは各別に算定す可きものと爲さんか徃航の運賃は復航の危難に因りて變更するの理なし若し之に反して徃復の運賃を各別に契約したるに非ざらんか徒らに徃航積荷の價格及び往復行程の多寡を標準と爲し往航の積荷乘客を度外に置き以て運賃の數額を判斷するを得ざる可し是故に本訴に於て往復の運賃は各分離計算するを以て相當とするや否を判斷するに非ざれば被上告人の請求當否を判斷すること能はざるものと云はざるを得ず然るに原判决此に出でず單に徃復航程の哩數を標準と爲し以て被上告人の請求を理由あるものと判斷したるは裁判に理由を附せざる不法あることを免れず
上告趣意の第二は原判决は當事者の爭點に對し商法第六百十三條に適用し(果して然らば當事者は當初當事者間に契約したる全航路哩數に對する運賃は全航路哩數の賃金千五百圓に比例したる割合を以て其運送品の價格を超へざる程度に於て控訴人に支拂の義務ある勿論なり而して右沈沒に係りたる荷物の全價格が本案請求の金額を支拂ふて猶餘剩ある事前顯控訴人の申立に依り明確なる以上は控訴人に於て被控訴人の請求に應ぜざる可からざるは法律上當然の責務なりとす)と説明し上に業既に沈沒して全然滅盡に歸したる積荷價格を限度として運賃支拂の義務を認めたり案するに商法第六百十三條末項は沈沒後存在する即ち救助せられたる運送品の價格を限度とす可きものにして既に滅盡したる當初積載物品の價額を限度とす可き者にあらざるは商法第六百十九條第三百三十六條の規定に對照し爭ふ可からざる條理なり果して然らば原判决の援用したる證人保險會社員平出定吉の陳述に係る救助物品價格金五百十七圓十四錢を限度と爲さずして既に滅盡したる當初積荷の價格限度と爲し上告人に義務を言渡したるは商法第六百十三條を不法に適用したる者なりと云ひ又其第三は商法第六百十三條末項は上告第二點に論する如く運送品の滅失せざる場合に適用せらる可き法條なり而して本件に付ては同條第一項第一號第二號の事由が同時に發生したるものにして原院に於ても原判决理由の冒頭に(案するに甲第一號證に記載しある船舶全部を以てせる運送契約が當事者間に適法に成立したる事右契約の目的たる船舶即ち七尾丸が荷物積載の侭不可抗力に因り鴛鴦泊灣に於て沈沒したる事云々沈沒したる際積載し居たる控訴人所有の荷物は云々之れが概算價格約八千八百圓餘なる事も亦明瞭なりとす」とあり後段に「而して右沈沒に係りたる荷物の全價格か本案請求の金額を支拂ふて猶餘剩ある事前顯控訴人の申立に依り明確なる以上は云々と判示し右船舶荷物共同時に沈沒滅失したる事實を確定せられたるものなれば商法第六百十三條末項は全然適用するを得ず商法第六百十九條第三百三十六條に依り被上告人は上告人に對し運賃を請求する權利なきものとす故に原判决は確定したる事實に法律を適用するに當り法律に違背したるものなり即ち本件の事實に對しては商法第六百十九條第三百三十六條を適用す可きものなるに原判决は同法第六百十三條を不當に適用したる違法の裁判なりと云ふに在り案するに本訴に於ては船舶の全部を以て運賃契約の目的となしたること及び復航の積荷が其船舶と共に不可抗力に因りて沈沒したるとは原判决に於て確定したる事實なり商法第六百十三條第二項の規定に依れば船舶の沈沒に依りて運送契約の終了したる場合に於て傭船者は運送の割合に應じ運送品の價格を超へざる限度に於て運送賃を支拂ふことを要すと雖ども其第六百十九條に依り同法第三百三十六條の規定は如上の場合にも亦準用す可きこと固より論を待たざるを以て本訴の場合に於ては同法第六百十三條第二項に所謂運送品の價格を超へざる限度とは滅失したる積荷の價格を控除したるものならざるべからず然るに原判决は沈沒船船が危難の際積載したる荷物の價格全部を標準として上告人に運賃支拂の義務ありと爲したるは法律を不當に適用さぜる不法あることを免れずとて主文の如く判决せり