約束手形金償還請求に付て爲替訴訟を提起したる場合に若し相手方が其請求を爭ふも適法の證據を提出せず爲めに被告に敗訴の云渡を〓す場合に於ては原告の請求なきも權利行使留保の判决を與ふべきものとす而して權利行使留保を掲げたる判决に對しても被告は上訴を爲す事を得るを以て一面に於ては普通訴訟をして第一審裁判所に繋屬し他の一面に於ては爲替訴訟として上級審に繋屬する事あり故に一個の手形金請求に就き數個の判决を受くる事あるは固より法律の豫想する所なりと雖も本欄に掲ぐる約束手形金請求事件の如きは實に八囘以上の判决を受くるに至らんとす誠に異〓と云ふべし故に爰に爲替訴訟を通常訴訟の總ての判决を掲載し讀者の參考に資せんとす因に云ふ本訴は現に上告由なり其上告理由は之を雜報欄内に掲載すべし
原告愛知縣名古屋市鐵砲町一番戸平民呉服商木村金次郎訴訟代理人名古屋地方裁判所所屬辯護士増田鋲吉氏より被告愛知縣名古屋市上園町百五十八番戸平民無職長尾ハナ法定代理人同市鍛冶屋町と百五十番戸平民無職長谷川ノブ代理人辯護士大喜多寅之助氏被告愛知縣名古屋市本町二丁目八番戸平民無職長谷川孫助へ係る約束手形金請求爲替訴訟事件に付き名古屋地方裁判所民事部裁判長榛葉彦三郎判事森島彌四郎織田了の三氏は檢事金子富太郎氏裁判所書記佐藤信太郎氏立會の上判决する左の如し
(主文)被告は連帶して金千二百園を原告に支拂ふ可し、訴訟費用は被告の負擔とす、此判决は假りに執行することを得
(事實)原告供述の要旨は原告は被告長谷川孫助が明治三十一年十月卅日被告長尾ハナ後見人長谷川ノブに宛て振出したる券面千二百圓の約束手形を同日ハナ後見人ノブより裏書讓渡を受けたり依て支拂期日たる同年十二月卅日之を被告孫助に呈示し其支拂を求めたるに同人は之に應ぜざるを以て明治三十二年一月六日被告ハナ後見人ノブに對し償還請求の通知を爲したるに同人も亦た之に應ぜざるを以て爲替訴訟として本訴を提起し被告兩名は連帶して右金千二百圓を支拂ふべき樣請求すと云ふに在り
被告ハナ後見人ノブ答辯の要旨は被告は本訴約束手形に裏書の上之を原告に讓渡したるに相違なきも被告ハナは未成年者にして其商業を營む者にあらず從て爲替義務を負ふことなし又右裏書讓渡は之が爲め一種の擔保義務を負ふが故に民法第十二條第一項第二に所謂保證を爲すことの事項に該當し同法第九百廿九條に由り親族會の同意を受くるべきものなり然るに本件約束手形の裏書讓渡は後見人の專斷に出て親族會の同意を得たるものにあらざれば本人たる被告ハナに於て本訴請求を受く可き義務なく又其償還要求の通知は支拂期日即ち明治三十一年十二月卅日の翌日に爲さずして越へて明治三十二年一月六日に之を爲したるものなれば不適法にして原告は被告に對し償還要求の權利を失したるものなり故に原告の請求は棄却せられたしと云ふにあり
被告孫助は口頭辯論期日出頭せず而して原告は缺席判决の申立を爲したり
(理由)第一商を爲すことを得る各人は爲替義務を負ふことを得べし而して年齡十八歳に滿たざる者は獨立して商取引を爲すこと能はずと雖ども其後見人に依り之を爲すことを得べく從て後見人の代りて爲したる約束手形の取引に付き被後見人は爲替義務を負擔するに至るべし
第二保證は主たる債務者が其義務を履行せざる場合に於て其履行を爲す責に任するものにして相當の代償を得て其債權を讓渡たる所の手形の裏書讓渡とは全く其性質效用を異にす故に手形の裏書讓渡を以て民法第十二條第一項第二に所謂保證なりと云ふ能はず從て後見人は之を爲すに付て親族會の同意を得ることを要せず
第三商法第七百八十一條に依るに償還請求の通知は支拂拒絶書を作りたる日の翌日に之を爲す可しとあるも本訴約束手形は拒絶證書作成を免除しあるが故に右通知期日は同條に由ること能はず故に原告が支拂期日即ち明治三十一年十二月三十日より數日を經明治三十二年一月六日之を爲したればとて爲めに不適法なりと云ふ能はず
第四被告孫助は出頭せざるに依り民事訴訟法第二百四十六條第二百四十八條に基き原告が事實上の口頭供述は被告之を自白したるものと看做すとて主文の如く判决せり