上告人千葉縣東葛飾郡野田村鵜野富治訴訟代理人辯護士吉田珍雄氏より被上告人東京市牛込區神樂町三丁目一番地西義房訴訟代理人辯護士重野久太郎氏に係る立替金請求の上告事件に付東京控訴院民事第一部裁判長田代律雄判事鈴木喜三郎平島及平平野正富相原祐彌の五氏は裁判所書記小川彪氏立會の上判决すること左の如し
(主文)原判决の全部を破毀し更に辯論及裁判を爲さしむる爲め本件を千葉地方裁判所に差戻す
(理由)上告人は明治三十三年四月廾四日千葉地方裁判所が言渡したる第二審の判决に對して上告を爲し其破毀を求め三箇の上告理由を開陳し被上告人は之に對して一々辯駁を爲せり
上告論旨の第三點は被上告人が原審に提出したる甲部第三號證は上告人の否認する所のものにして被上告人は更に之を確むべき手續を爲さゞりしに拘はらず原裁判所が當事者の援用せざる第一審の辯論調書を採りて之を眞正なりと認めたるは不法なりと云ふにありて被上告人の之に對する辯駁は被上告人が原裁判所に甲第三號證を提出したることは原審の辯論調書及原判文に因りて明白なり而して該彰は上告人の否認に依て其證據力を失却すべきものにあらざれば原裁判所が之を採用して判斷の資料となすは違法にあらず又上告人は第一審の辯論調書は被上告人の引用せざる所のものなるに原判决に於て『控訴人が第一審に於て認めたる甲第三號證請取證の文意云々』と説明したるを攻撃するものゝ如しと云へども上告人の甲第二號證を認めたるは眞事實にして是れ一の自由なれば縱令被上告人に於て第一審の辯論調書を引用せざるも之を採て判斷の材料に供するは違法にあらず加之『第一審に於て認めたる』云々と云ふは一の前置形容詞にして上告人が第一審に於て之を認めたるが故に眞正なりと爲すの意にあらざること明なれば是點も亦原判决の瑕瑾するに足らずと云ふに在り
案するに甲第三號證は訴外人中村清助より被上告人に宛たる請取證にして上告人の否認に由て全然其證據力を失却すべき證書にあらざるが故に上告人に於て之を否認するも原審にして其眞實なることの心證を得ば之を採用するに於て何等の違法なしと云へども此心證に到達するの順序として違法に他の證據を援用するを得ざるは固より明かなり今原判决を閲するに『控訴人が第一審に於て認めたる甲第三號證請取書の文意に照合せば云々其保證人たる被控訴人に於て代りて全部を辯濟したることを信じ得べく云々』の説明ありて其文意に依れば即ち原審は甲第三號證等に憑據して被上告人が上告人の爲に債務を辯濟したる事實を認定し其甲第三號證の眞實なることを認めたるは上告人が第一審に於て同證の成立の眞正なることを認めたりとの事實に據りたること明白なりとす然るに原審の辯論調書を調査するに被上告人か第一審の辯論調書を援用したる形跡なきが故に必竟原判决は當事者の申立ざる證據を援用して證據の眞否を確定したる不法あるものと云はざるを得ず又上告人か第一審に於て甲第三號證を認めたるは即ち裁判上の自白ににして第二審に於ても其效力を有すべきものなりと云へども自白其者の存在を認むるには即ち之を記載せる調書若くは其他の證據に依らざるを得ざるは勿論にして其證據方法は之を當事者の擧示に俟つことなく裁判所の職權を以て調査するを得ざるものなるが故に此論據より觀察するも原判决は到底不法たるを免かれざるものとす而して此違法は原判决の全部を破毀すべきものなるが故に他の上告點に就ては其説明を省畧すとて主文の如く判决せり