約束手形金請求爲替訴訟事件
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法律新聞(新聞)47号6頁


原告東京市小石川區戸崎町八十二番地新井慈剛より被告豐前國小倉市本船場町三番地森尚英東京市赤坂區青山南町五丁目二十七番地佐々木直前に係る明治三十四年(カ)第四四二號約束手形金請求爲替訴訟事件に付き東京地方裁判所第一休暇部裁判島田鐵吉判事三宅徳業北條元篤の三氏は判决を爲長すこと左の如し
(主文)被告森尚英は金二百圓を原告に支踏ふべし、被告森尚英に對する原告の其餘の請求は之を却下す、被告佐々木直前に對する原告の請求は之を却下す、訴訟費用は被告森尚英に關する部分を同人の負擔とし被告佐々木直前に關する部分を原告の負擔とす、此判决は假に執行することを得
(事實)原告訴訟代理人龝山賢三郎は各被告は金二百圓及び之に對する明治三十三年十一月二十九日より本件執行濟に至るまでの年六分の利息を支拂ふべし訴訟費用は被告等の負擔とすとの判决を求むと申立てたり而して其事實の要旨は被告森尚英は東京に於て明治三十三年九月二十八日に被告佐々木直前に宛てゝ金額二百圓、滿期日明治三十三年十一月二十八日の約束手形を振出し萬世銀行本郷支店に於て支拂はるべき旨を記載したり而して明治三十三年十月一日に被告佐々木直前は右手形を石野米吉に裏書に依りて讓渡し同月二日に石野米吉は之を原告に裏書に依りて讓渡したり因て原告は滿期日に支拂の場所并に振出人の住所に至り支拂を求むる爲めに手形を呈示すること能はず因て原告は明治三十三年十一月三十日振出人の住所に於て拒絶證書を作成せしめ同年十二月一日償還請求の通知を執達吏岩佐唯一に托し同執達吏は同月三日被告佐々木直前に右通知書を交付したり右の次第なるに拘らず被告等は其義務を履行せざるに因り爲替訴訟手續に於て本訴の請求を爲すと曰ふに在りて立證として甲第一號乃至第二號證を提出したり
被告佐々木直前訴訟代理人は原告の請求を棄却すとの判决を求むと申立てたり而して其事實の要旨は被告は本件の約束手形の振出の事實を認むるも石野米吉に裏書したる事實を認めず唯被告は手形の裏面に被告の氏名及び肩書を記載したるのみにて森尚英に交付したることあり又其他の裏書の事實は之を知らず又原告は手形の呈示を爲さず拒絶證書を適法の場所に於て作成せしめず且償還請求の通知を適法の期間内に發せず尚甲第一號證の表面の成立及び其裏面の被告の氏名并に肩書の記載を認むるも同號證は振出地の記載を欠きたる手形なり同第二、三號證の成立は之を認むと曰ふに在りて立證として甲第一、二號證を援用せり
被告森尚英は明治三十四年七月十二日午前八時の口頭辯論期日に出頭せず原告代理人は被告に對して欠席判决を求めたり
(理由)被告森尚英は甲第一號證の眞實なることを自白したるものと看做す因て原告の請求中手形金額を關する部分を至當と認め欠席判决を爲したり然れども利息の請求に付ては原告は滿期日に手形の支拂の場所并に振出人の住所に就き支拂の爲めの呈示を爲さんとしたりと雖ども何れに於ても振出人不在にして其呈示を果さゞりしものなれば此事實を以て原告が被告に對して請求の行爲を完ふしたるものと云ふこと能はず從て被告は尚遲滯に附せられたる者と認むべからず又本件の場合は次項に説明するが如く適法なる拒絶證書の作成なかりしが故に商法第四百七十一條及び第四百九十一條の場合に該當せず因て原告の利息は之を却下したり訴訟費用に關しては民事訴訟法第七十二條第一項第七十三條第二項假執行に關しては同法第五百一條第二號を適用したり
被告佐々木直前の抗辯中裏書の成立手形の呈示償還請求の通知及び手形の振出地の記載に關するものは何れも不當なれども拒絶證書作成の場所に關する抗辯は其理由あり何となれば商法第四百四十二條の規定は支拂を求むる爲めの呈示若くは支拂等凡て利害關係人の營業所若し之れなければ住所居所に於て爲すべき趣意なるが故に從て支拂なき場合に於て作るべき拒絶證書も亦其場所に於て之を作るべきことを必要としたり然るに本件の如き特に支拂の場所を定めたる場合に於ては約束手形の所持人は其場所以外に於て支拂を求むるの權利なく又其振出人は其場所以外に於て支拂ふの義務なきが故に手形の呈示も亦此場所に於て爲さゞるべからず從て支拂の場所以外例へば振出人の住所に於て拒絶證書を作るが如きは殆ど無意味の事に屬すと云はざるべからず是れ支拂の場所を定めたる場合に於ては前掲の條文を直ちに適用すること能はざる所以にして拒絶證書も亦支拂の場所に於て作成するに非ざれば有效ならずと解するを以て正當と爲す本件に於ては支拂の場所に於て拒絶證書を作らざりしこと明かなる事實なるが故に原告の償還の請求は此理由を以て不當たるを免れずとて主文の如く判决したり