上告人三重縣鈴鹿郡庄野村大字庄野八十一番屋敷美濃郡八十一郎訴訟代理人辯護士沼田宇源太氏より被上告人三重縣四日市市大字濱田三輪猶作訴訟代理人辯護士岡崎正也氏に係る掟米請求事件に付き名古屋控訴院が明治三十三年十月十八日言渡したる判决に對し上告人より一部破毀を求むる申立を爲し被上告人は上告棄却の申立を爲し且つ一部破毀を求むる附帶上告を爲し上告人は附帶上告棄却の申立を爲したり大審院第一民事部裁判長南部甕男判事井上正二西川鐵次郎岡村爲藏馬塲愿治志方鍜富谷〓太郎の七氏は裁判所書記茂手木昌三郎氏立會の上判决すること左の如し
(主文)原判决全部を破毀し更に辯論及び裁判を爲さしむる爲め本件を名古屋控訴院に差戻す
(理由)上告理由第一點は本訴要求の趣旨は水野彦五郎が被上告人に賣渡したる地所の所有權は名義更正後に於ても引續き上告人に存するが故に其期間被上告人が不當に收得したる掟米の返還を求むるに在り而して不當利得に付ては特に法律の明條なき限りは妄りに占有の意思如何に依り判斷することを得ざるものとす然るに原院が此等法律の規定なき民法施行以前に於ても當占有者の意思を推測し不當利得なるや否やを判斷すべきものなりと判决したるは不法なりと云ひ其第二點は原判决に表示せる明治二十八年度及び二十九年度の收額六十八石九斗九升四合を四斗一升換五圓三十錢に見積るときは合計判决主文に記載せる八百九十一圓八十七錢となるなり然るに此額たる被上告人の示せる掟米勘定書に基づき明治二十八年度の掟米運搬費等を二十一圓九厘同二十九年度分を十八圓六十八錢九厘を計算したる結果生じたるものにして原判决の認めたる如く此費用を半額に減ずるときは其減じたる部分は上告人の請求額中に組入るゝこととなり上告人の請求し得べき金額に増加を來さゝるべからず然るに原判决が一方に於ては被上告人の主張する運搬費等の多大なることを認めて之を削減しながら他方に於て上告人の請求額の増加を認めざりしは理由矛盾の瑕瑾ありとすと云ふに在り
案ずるに善意の占有者は占有物より生ずる果實を取得することを得べきは民法施行前と雖ども是認すべき法理なるを以て上告第一點の論旨は其理由なしと雖ども第二點の論旨に至りては其理由ありと謂はざるべからず何となれば原判决理由の前段に於ては明治二十八年及び同二十九年度分の掟米より其運搬費其他の雜費合計金四十圓八十四錢九厘に相當する米額を控除したる殘額を以て被上告人の返還すべき數額と認定しながら其後段に至りては被上告人は玄米六十八石九斗九升四合又は其換價金八百九十一圓八十七錢四厘を辯濟するの義務ありと説明し其主文に於て被上告人に對し同數額の辯濟を命じたるも右數額は如何なる計算に基くや原判文上之を知るに由なきも被上告人が原審に提出したる掟米勘定書に依れば此數額は明治二十八年度及び同二十九年度分の掟米より其運搬費其他の雜費として被上告人が主張したる金三十九圓六十九錢八厘に相當する米額を控訴したる殘額なるが如し果して然らば原判决は其理由の前段に於ては掟米より金十九圓八十四錢九厘に相當する米額を控訴したる殘額を以て被上告人の辯濟す可き數額と説明しながら其後段に於ては其倍額を控除したる殘額を以て被上告人の負擔すべき數額と判定したるものなれば前後理由の齟齬たるを免れず若夫玄米六十八石九斗九升四合の數額は金三十九圓六十九錢八厘に相當する米額を控除したる殘額にあらずとせば原判决主文の示す所の數額に因りて生ずる理由は之を知るに由なし之を要するに原判决には理由不備の瑕疵ありと云はざるべからざればなり被上告人は是れ數理上の違算にして何時にても訂正を求むることを得べき所謂顯著なる誤謬に外ならずと辯論するも前段説明の如く原判文上其果して違算たることを確認するに由なければ之を以て民事訴訟法第二百四十一條に所謂判决中の違算と爲すことを得ず
附帶上告理由第一點は原裁判に於て明治二十八、九兩年度の小作米收得を不當利得と認めたる理由は其説明に『然れども明治二十八年八月中被控訴人が該地賣買の登記取消の訴求を受けたることは被控訴人の認むる所なれば其訴求以後は善意の占有者なりと認むるを得ず』とある如く本權の訴を受けたるが爲め爾後惡意なりと云ふに外ならず然りと雖ども悟有者の意思の善惡を定むるは事實問題なり故に事實に屬するも尚惡意と見做すが如きは實に法律の明文に依據せざるべからず即ち所謂確定推測なる者は立法の手段に由りてのみ定め得べき事は何人も爭はざる所なり而して本件は民法施行前に生ぜし事項に關するものにして當時斯る法得なきを以て原裁判は事實善意と惡意とを審判せざるべからず加之占有は惡意を推定せざるものなれば相手方に於て立證なき以上は善意の占有と認めざるべからず然るに原裁判は事茲に出です却て惡意の占有者と爲し上告人の請求を認めたるは法律に違背し事實を不當に確定したる裁判なりと云ふに在り
案ずるに民法施行前に於ては占有者の意思の善惡を判定するに付き別段の法則なかりしを以て裁判所は之を事實問題として各證據に依り自由なる心證を以て判定すべきものとす然るに原判决は其理由に於て『明治二十八年八月中被控訴人が該地賣買の登記取消の請求を受けたることは被控訴代理人の認むる事實なれば其訴求以後は善意の占有者と認むるを得ず』と説明し恰も占有者が其占有する地所賣買登記取消の請求を受くるこちは善意の占有者と認むることを得ざるの法則ありしが如き理由に依り被上告人を以て惡意の占有者の如く判定したるは不當なりとす上告人は原告の判斷を以て事實の認定に屬するものとなし辯護するも原判决は事實上の問題を法律上の問題として判斷したるものなれば所謂認定の範圍に屬するものに非ず故に本附帶上告論旨は其理由ありて附帶上告に係る原判决の部分を破毀するに足るを以て他の附帶上告理由に付きては特に辯明の爲すの要なしとて主文の如く判决したり