原告東京市本所區向島須崎町五十四番地瀧澤キンより被告東京府北豐島郡南千住町大字通新町一番地菰田竹松に係る明治三十四年(タ)第七〇號私生子認知請求事件に付き東京地方裁判所第一民事部裁判長島田鐵吉判事三宅徳業北條元篤の三氏は檢事南村伸氏の意見を聞きたる上判决する左の如し
(主文)原告の請求を棄却す、訴訟費用は原告の負擔とす
(事實)原告は被告は瀧澤榮太郎が被告と原告との間に生れたる私生子なることを認知す可し訴訟費用は被告の負擔とすとの判决を求むと申立て被告と原告との私通に因りて原告は懷胎し明治二十五年八月二十六日瀧澤榮太郎なる者を生みたる然るに原告は未成年者たる右榮太郎に對し親權を行ふ母なるが故に自己の權利として本訴を提起したり原告が被告と私通したるは明治二十三年以前より明治二十五年四月頃迄にして其間原告は他の男と私通したることなく又原告は未だ曾て何人とも婚姻を爲したることなしと供述したり
被告は原告の請求を棄却すとの判决を求むと申立て被告は原告と私通したることあるも明治二十三年中其關係を絶ち爾後原告と私通せず原告は瀧澤榮太郎の懷胎期に於て他の男と私通し居りたり原告が榮太郎の家に在る母なることは爭はずと供述したり
(理由)民法第八百三十五條には子其直系卑屬又は此等の者の法定代理人は父又は母に對して認知を求むることを得とあり同條は子の法定代理人は子を代表して認知を求むるを得ることを規定したるものなるか將た子の法定代理人の地位に在る者は自己の權利として認むるを得ることを規定したるものなるかを决することを要す
抑も民法第八百三十五條に尤も類似したる規定なる同法第八百二十三條には前條の否認權は子又は其法定代理人に對する訴に依りて之を行ふ但夫が子の法定代理人なるときは裁判所は特別代理人を選任することを要すと規定しありて同條の本文のみを見るときは嫡出子否認の訴に在りては子が無能力者なるときは其法定代理人の地位に在る者を被告と爲すべきものゝ如し然れども同條但書は夫が子の法定代理人なるときは夫は原告として自己の爲めに訴訟行爲を爲し且被告たる子の法定代理人として子の爲めにも訴訟行爲を爲すことは代理の原則に反するを以て此場合には裁判所は被告たる子の爲めに其特別代理人を選任することを要する旨を規定したるものなりと理解するの外なく隨て同條本文は子が無能力者なるときは其法定代理人は子に代りて訴訟行爲を爲す權限あることを定めたるものにして身分上の事項に關しては代理權なきことを通則とする法定代理人に代理權を附與したる特別の規定なりと解釋するを正しとす
今嫡出子否認の訴に關する民法第八百二十三條と私生子認知の請求に關する同法第八百三十五條とを比較するときは子の法定代理人は子を代表する權限を有するか將た自己の資格に於て訴を受け又は請求を爲す可きかに付ては兩條の行文上兩條の間に差異あることを認め難く嫡出子否認の訴と私生子認知の請求との性質上よりするも亦然り然れば民法第八百三十五條は行文稍隱當を欠くと雖同條も亦民法第八百二十三條と同じく子の法定代理人は無能力者たる子を代表して認知を請求することを得べき旨を規定したるものにして身分上の事項に關しては代表權なきことを通則とする法定代理人に代表權を附與したる特別の規定なりと解釋するを正しとす
既に民法第八百三十五條は子の法定代理人に代表權あることを規定したるものにして自己の權利として認知を請求するを得ることを規定したるものにあらずとすれば本件原告主張の事實を總て眞實なりと假定するも原告が子の法定代理人の地位に在る者の固有の權利として本訴請求を爲したるは不當なりと爲さゞる可らずとて因て主文の如く判决す