被告北海道札幌郡上手稻村七番地中枝武三郎に對する私印盜用私書僞造行使詐欺取財被告事件に付き明治三十四年三月卅日函舘控訴院に於て言渡したる判决を不法とし被告より上告を爲したるにより大審院第一刑事部裁判長原田種成判事小松弘隆永井岩之丞木下哲三郎伊藤悌治井原師義末弘嚴石の七氏は檢事古賀廉造氏裁判所書記伊藤舍氏立會の上原判决の全部を破毀し更に審判せしむる爲め本件を宮城控訴院に移すとの判决を言渡せり
(理由)辯護人湊〓吾上告趣意辯明第二は原判决證據説明の部第四に原院公廷に於て取調たる證人山口儀七の證言を援用せられたり然れども右證人は被告武三郎に對し訴を起したることは公判始末書に明記しあり縱令民事裁判所と雖も原告人たる以上は刑事訴訟法第百二十三條に牴觸するものなるが故に證人たる資格なきものなり且原院は右證人を取調ぶるに際し刑事訴訟法第百二十四條に牴觸せざるものなるや否を取調べざるは違法にして該證言は之を斷罪の材料に供するを得ず然るに原院は之に因て以て斷案を下したるものなるが故に是又法則に背きたる違法の裁判なりと云ふに在り依て案ずるに原院が訊問を爲し其證言を採て斷罪の資料に供したる山口儀七は本件被告の爲め騙取せられたる金圓を被告に對し請求する訴を民事裁判所に提起したる事情供述しあると原院公判始末書に於て明確なり而して其訴訟は貸借を原因とせしか又は詐欺取財たる不法行爲を原因とせしか公判始末書上明確ならずと雖も兎に角本件の騙取せられたる金圓を請求したるものなることを認むるに足る果して然らば其民事訴訟の原因如何を問はず刑事訴訟法第百二十三條に謂ぶ所の民事原告人なるを以て同人は本件に對し證人たる資格なきものなるに原院が之を證人として訊問を爲し其陳述を斷罪の資料と爲したるは本論旨の如く不法にして原判决は全部破毀を免れざるものとす既に此點に於て原判决全部を破毀すべきものとする以上は他の上告論旨は一々説明するの要なし(五月卅日判决言渡)