約束手形金請求上告事件
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法律新聞(新聞)40号9頁


上告人東京府下南多摩郡八王子町字八幡株式會社八王子第七十八銀行支配人法定代理人松尾謹次訴訟代理人辯護士卜部喜太郎古田兼三の二氏より被上告人東京市日本橋區本材木町一丁目四十一番地山本辯吉訴訟代理人辯護士磯部尚氏に係る約束手形金請求事件に付き東京控訴院が明治三十三年九月二十九日言渡したる判决に對し上告人より全部破毀を求むる申立を爲し被上告人は上告棄却の申立を爲したり大審院第一民事部裁判長南部甕男判事井上正一岡村爲藏和田收藏馬場愿治志方鍜富谷鉎太郎の七氏は判决を爲すこと左の如し
(主文)本件上告は之を棄却す、上告に係る訴訟費用は上告人之を負擔すべし
(理由)上告趣旨の第一は原院は株式會社八王子第七十八銀行東京支店なる名稱は商號なることを認ながら其商號は株式會社八王子第七十八銀行なりとの立證なき限りは右の名稱は第七十八銀行の商號なりと認むるを得ずと説明し結局七十八銀行東京支團を被裏書人として爲せる手形の讓渡は商法第四百五十七條の規定に反し裏書の連續を欠ける違法の手形なりとの理由を以て上告人の請求を棄却したり然ども株式會社八王子第七十八銀行東京支店なる商號は甲第七、八號證に依て立證する所にして而して又被上告人に於ても株式會社八王子第八十八銀行の東京支店は株式會社八王子第七十八銀行の支店なることは毫も爭はざる所にして被上告人の爭ふ所は唯支店は一の營業所若くは場所にして人格なし隨て支店宛の裏書讓渡は無效なりと云ふに過ぎず然るに原院は株式會社八王子第七十八銀行東京支店なる名稱は商號なりと認めながら株式會社第七十八銀行の商號と認むべき立證なしとして上告人の主張を排斥したるものにして右判决は商法第四百五十七條を不法に適用したる違法の判决なり又支店に於て支店の商號を以て爲したる手形の裏書は其效力なしと云ふも抑も支店なるものは其名稱自體に於て明なる如く本店を代表するものなり從て又支店の商號なるものも又本店を代表するものなり决して支店とは別個異體なるものに非ず支店を被裏書人として爲したる手形の讓渡は本店を被裏書人とし讓渡したるものに同じ即ち本件係爭の手形は商法第四百五十七條第一項の規定に違反するものに非ず原院は此點に關し商法第四百五十七條第一項を不法に適用せられたる違法あるものなりと云ひ其第二は原院判决は株式會社八王子第七十八銀行東京支店は商號なりと認めたるに拘らず上告人は手形上の連續を欠缺する違法の手形所持人なりと判示したり然れども商法第四百五十七條に手形の裏書は氏名又は商號を以て裏書讓渡することを得るとあり然れば假りに支店は人格なきものとするも本案手形は商號により裏書讓渡したるものなれば之を以て連續なき手形と云ふこと能はず商法は縱令前者若くは商號が僞造なるも其後の善意の所持人に對しては之に署名したるものは手形上の責任ありとする處なり然れば之と同一の理由に出づる商號を記載しある本案手形を以て連續を欠けるものと論斷するは不法なりと云ひ又其第三は會社支店は獨立せる人格なきことは法律上明かなる處なりと雖も支店は本店の代表若くは延長なり而して法律は支店に財産上の獨立及び商號を有することを認め特別裁判籍を與へ登記を命じ全く獨立して商行爲を爲すことを許せり然れば以て之が支店に於て爲したる法律行爲を無效とする理由の存することなし然るに第二審裁判所は支店に人格なしとの理論に偏し支店商號を以て裏書讓渡たる本案手形の裏書は連續を欠ける違法の手形所持人なりと解し上告人の請求を全然排斥したるものにして法律に違背したる判决なりと云ふに在り案ずるに株式會社の支店は其會社の營業所たるに過ぎずして法律上人格を附與せられたるものに非ず故に第三論旨の如き株式會社の支店が獨立して財産を所有し商號を專用し若くは法律行爲を爲すことを許したる規定は商法及び他の法令中一も存することなし其支店の業務を擔任する取締役が專ら事務を執行し法律行爲を爲すは要するに法人たる株式會社を直接に代表するものにして其支店を代表するに非ざることは固より論を待たず若し夫株式會社の商號に至りては其本店所在地たると支店所在地たるとを問はず其株式會社の名稱を用ふるを以て通例とし支店所在地に於て特に某株式會社支店の商號を專用するが如きは異例と云はざるを得ず是を以て手形の裏書に某株式會社支店を以て裏書讓受人となしたる場合に於ては某株式會社を以て裏書讓受人と看做すを通例とせざるを得ず
何となれば株式會社支店は人格あらざる故に當事者は人格なき者を以て裏書讓受人と爲したる意思ありしものと爲すよりは寧ろ人格あるものに裏書讓渡を爲したるものと解釋すべきは當然たるのみならず法律に於て支店の設置を是認したるは即ち株式會社が支店の所在地に於て活動することを是認せしに外ならざる故に所謂某株式會社某地支店とは某地支店に於ける某株式會社の謂なりと論斷せざるを得ざればなり雖然本訴に於ては通例の事件と異なり上告人は原院に於て株式會社八王子第七十八銀行なる商號の外別に株式會社八王子第七十八銀行東京支店と云へる商號を有することを主張し被上告人は之を爭ひたる事實は原判决に明記する處なり於是原院は其爭點に關して上告人が以上の主張を立證せんが爲め提出したる甲第七號證及び甲第八號證は株式會社八王子第七十八銀行が別に株式會社八王子第七十八銀行東京支店てふ商號を有することを立證するに足らざる旨を判示し乃ち甲第一號證の裏書讓渡人として記載せられたる株式會社第七十八銀行東京支店の名稱は上告人即ち株式會社八王子第七十八銀行を表示したるものに非ずと判斷したるに外ならざることは原判文上自ら明白なり由之觀之第一及び第二の論旨は原院に於ける當事者の主張爭點を度外に措き以て原院の專權に屬する證據の取捨事實の判斷を非難するに過ぎずして上告の理由とならず
上告趣旨の第四は原院は手形の支拂地に於ける支拂の場所を掲げたる手形と雖も商法第四百四十二條により絶對的に本人の住所に於ては拒絶證書を作成せざるに於ては無效なりとの趣旨を以て上告人の主張を排斥したれども支拂地に於ける支拂場所を掲げたる場合に其手形支拂の爲めの呈示及び其請求は其支拂場所に於てするものなれば其後の權利保全の手績も之と同一の場所に於てするを相當とす而して商法に於ても支拂場所を掲げたる場合に本人の住所に於て作成することを要すとの強要的の規定あることなし然れば手形を呈示すべき相當の場所に於て作成したる拒絶證書を全然無效のものと云ふことを得ざるなり又商法第四百四十二條第一項の規定によれば拒絶證書は營業所若くは營業所なき時は其住所又は居所に於て之を爲すことを要すとあり本件拒絶證書は商業の金錢取引の場所なる其關係の銀行に於て作成せられたるものなり手形振出本人の爲めに代て爲す此銀行は一の營業所とも見做し得べき法定の場所なるを以て商法第四百四十二條第一項の規定に違反するものに非ず從て原院は此點に對し商法第四百四十三條を不法に適用せられたるものなりと云ひ又其第五は上告人は原院に於て支拂場所を掲げたる手形の拒絶證書を作成するには今日々本銀行一般に爲しつゝある處の手續にして商慣習なること及商慣習なる故に手形の署名者は其署名の當時に於て支拂の場所に於て拒絶證書を作成することを豫め承諾し居るものなることを主張し且其商慣習あることを立證する爲め人證の申立を爲したり然るに原院は其人證の申立を却下しながら一方に於ては振出人の住所以外に於て拒絶證書を作成することを承諾したることの立證なしとして上告人の申立を排斥したるものにして違法の判决なりと云ふにあり
案ずるに手形の支拂を求むる爲めにする呈示は必ず支拂地に於て爲すを要し而して拒絶證書の作成は支拂地に於て爲すを通例とすることは商法第四百四十二條及び第四百九十條の規定によりて誠に明白なり加之其第四百四十二條の規定によれば手形の呈示及び拒絶證書の作成は支拂義務者の承諾ある場合を除く外其營業所に於てし若し營業所のなきときは其住所又は居所に於て爲すことを要するものとす然り而して振出人は手形支拂地に於ける支拂の場所を記載するを得ることは同法第四百五十四條に於て明かに規定する所なり夫れ已に法律に於て支拂の場所を記載することを許したる處に因りて恆を觀れば支拂義務者は其場所に於て支拂を爲す義務あるのみならず又其權利ありと云はざるを得ず是故に第四百四十二條の規定には支拂の場所に關する明文なしと雖も如上の場合に於ては其場所は支拂義務者が其手形に付ては支拂を爲すべき場所なるを以て其呈示及拒絶證書の作成も亦該場所に於て爲すことを得るものと論ぜざるを得ず何となれば若し之を否とすれば第四百五十四條の規定は徒爲に屬するのみならず支拂義務者の住所地と支拂地と異る場合に於ては支拂地に其營業所若は居所なき場合に於ては手形の呈示は支拂地に於る支拂の場所に之を爲し而て拒絶證書の作成は支拂義務者の住所に於て爲すべきこととなり若し兩地の距離隔絶するときは拒絶證書の作成は法定の期間内に於て不可能たる事實も又往々生ずべければなり然れば則ち原判决に於て手形に記載したる支拂の場所に於て拒絶證書を作成したるは商法第四百四十二條に違背する不適法のものなりと判示したるは不法なることを免れずと雖も已に前段に於て説明せし如く上告人は本訴手形の權利者にあらざる事原判决の確定したる事實なるを以て原判决破毀の理由とならずとて主文の如く判决したり(五月三十日判决言渡)