被告三重縣阿山郡上野町大字忍町一番屋敷山内猪之助に對する官私印盜用官私文書僞造行使詐欺取財被告事件に付明治三十四年二月十三日名古屋控訴院に於て言渡したる判决に對し被告より上告を爲したるに因り大審院第二刑事部裁判長長谷川喬判事岩田武儀木下哲三郎津村董伊藤悌治鶴丈一郎鶴見守義の七氏は檢事奧宮正治氏裁判所書記栗原久作氏立會の上原判决を破毀し本件を大坂控訴院に移すとの判决を言渡せり
(理由)辯護人高木益太郎の辯明書は原判决證據の理由に『原審公判始末書に戸田與三郎山内猪之助と共謀官私印盜用官私文書僞造行使詐欺取財の事は豫審决定書に於て詳細承知し今又檢事の申さるゝ通り聊か相違なりと申立たる旨記載』とあれとも同理由中其豫審决定書又は檢事の陳述せるものを絶て摘示せざりしを以て與三郎は原判决事實認定中如何なる事項な付相違なしと申立たるものなるや之を窺知するに由なし結局原裁判は證據上の説明を缺きたるものにして刑事訴訟法第二百三條に違反せりと云ふに在り仍て原判决を査するに其證據説明は論旨の如し而して刑事訴訟法第二百三條は證據に依り認定の理由を説示することを要するものなれは證據の内容を畧記する場合に於ても少なくも判文上其證據の趣旨を示し何故に證據となりたるやを明にせざるべからず然るに原判决の説明に依れば第一審公判始末書の戸田與三郎の申立を證據としたるは明知し得べきも與三郎が如何なる供述を爲したるやに至りては豫審决定書又は檢事の陳述に依れば知り得べしとするも判文自体に於ては之を知り得ざるを以て到底同條の規定に適合したる判决と云ふを得ず故に上告は其理由〓るものとす己に此點に於て原判决を破毀する上は他の論旨に對し説明するの要なし(四月十二日判决言渡)