被告名屋市仲の町丙六十七番戸榎本熊次郎大坂市西區阿波座中通り二丁目七十番屋敷眞鍋槙太郎福島縣東白川郡棚倉村字北町廿四番地有本久悌に對する誹毀被告事件に付き明治三十四年一月廿五日名古屋控訴院に於て本件控訴は之を棄却すと言渡したる判决に對し被告人より各上告を爲し辯護人高木益太郎氏の辯明檢事奧宮正治氏の意見を聽きたる上大審院第二刑事〓裁判長長谷川喬判事岩田武儀木下哲三郎津村董鶴丈一郎鶴見守義末弘嚴石の七氏は裁判所書記石井瀬太郎氏立會の上刑事訴訟法第二百八十七條に依り原判决を破毀し直に判决すると左の如し
右
榎本熊次郎
眞鍋槙太郎
有本久悌
刑事訴訟法第二百廿四條に依り被告熊次郎槙太郎久悌を免訴す
(理由)上告趣意は第二審判决の要旨は被告は公判開廷期日に出頭せざるにより刑事訴訟法第二百六十六條の規定に基き控訴棄却の判决を與へられたるに外ならずと信ず盖し該誹毀罪の如きは被害者の告訴を待て起るものなれば告訴人が告訴の抛棄を爲すときは公訴の消滅するは刑事訴訟法第六條第一項第二號に規定する所なりとす然れば即曩きに公訴審理中告訴人被告人間に於て私和相調ひ其結果告訴人平松儀左衛門より告訴の取下を名古屋控訴院に爲し同院之を受理せられたる以上は公訴は既に消滅したるや明かなりとす然則當事者間私和後なる一月廿五日に於て公判を開かるゝときは被告人對席たると欠席たるを問はず免訴の言渡あるべきものなるに原裁判茲に出でずして控訴棄却を言渡たるは到底違法たるを免かれざるものと考量すと云ふに在れども控訴申立人出頭せざるときは欠席判决を以て控訴を棄却すべしとは刑事訴訟法第二百六十六條の規定する所にして他に例外の規定なきを以て苟も控訴申立人出頭せざるときは控訴裁判所に於ては控訴の理由ありや否を審理するを得ずして常に控訴を棄却すべきものなれば本案事實の審理を爲すべからざるは勿論公訴の消滅したるや否に付ても亦之が審理を爲すべきものにあらざるなり故に本件控訴申立人たる被告等に出頭せざりしを以て原院ぎ同條に依り本件控訴を棄却したるは相當の判决にして不法なりと云ふ可からず然れども本院に於て訴訟記録を査閲するに本件は被告等が平松儀左衛門を誹毀したるが爲め同人より告訴を爲したる被告事件なるに右被害者たる儀左衛門に於て判决確定前告訴を取下げ爲めに公訴權消滅したると明かなるを以て原判决は之を破毀せざるを得ずとて主文の如く判决せり(三月十九日判决言渡)