商法違犯抗告事件
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法律新聞(新聞)27号8頁


行政區劃の變更による町名の改稱ありたるときは新町名の命名と共に其會社竝に重役の住所變更の登記申請を爲さゝりしものは何れも商法違犯者として同法第二百六十一條第一號の規定に依り過料に處せらるへきものなるや否やに付き這般大審院は審理の上原裁判所の决定を廢棄し過料に處すへきものにあらすと判决せり乃ち左の如し
抗告人兵庫縣神戸市山木通四丁目二十四番地山口武外一名訴訟代理人辯護士田井與之助氏は商法違橋事件に付大坂控訴院が明治卅三年八月十四日與へたる决定に對し抗告を爲したるにより大審院第二民事部裁判長寺島直判事井上正一今村信行柳田直平芹澤政温掛下重次郎富谷鉎太郎の七氏は决定を爲す左の如し
(主文)原裁判は之を廢棄す神戸地方裁判所の裁判は之を取消す訴訟費用は國庫の負擔とす
(理由)抗告の趣旨は神戸地方裁判所に於ては抗告人が會社の所在地及び重役の住所が行政上區劃の變更により町名を改稱せられたるにその登記を爲さゞりしを以て商法第十五條に違反するものとし同法第二百六十一條第一號に依り所斷せられたるも商法第二百六十一條第一號は本編に定めたる登記を爲すことを怠りたるの時とありて本編は則ち第二編に隨するものなるに獨り第二編にのみ適用すべき第二百六十一條第一號を以て所斷したるは不當なること一目瞭然たり故に抗告裁判所に於ては先以て此不法を更正すべきに是をなさずして却て商法第百四十一條第五十一條第五十三條を適用し抗告を棄却したるは不當なり而して抗告人は第十五條及第二百六十一條を適用するの理由なきことを主張したるに抗告裁判所原决定を是認したるは法律を不當に適用したる瑕瑾あるものなり(一)原决定に町名の改稱は會社にあつては所在地重役にありては其住所の變更に外ならずと認定せられたるも行政上區劃の變更による町名の改稱は實質上毫も異動あるにあらず當然の變更なるが故に登記を要せざること不動産登記法〓五十九條に明記するが如し商法登記には同法を準用するの規定なしと雖ども變通の條理として認識せらるべきものなり故に商法第五十二條に所在地若くは住所の移轉の場合に關する登記の規定あるも町名改稱の場合に於ける規定なきは即ち登記を爲すを要せざるものと認めたるものなり然るに原决定は是を以て登記事項の變更と看做したるは法則を不當に適用したる裁判なり(二)原判决は神戸地方裁判所の適法したる法律の條項を異にしたるもの商法違反と看做したるは同一なり而して抗告人か過料に處せらるべき法律の適用なし商法第二百六十一條を適用したること神戸地方裁判所の裁判と同一なるが然れどもその他の商法違犯と看做したる法律の適用は全く相違する以上は罰すべき法律の適用なかるべからず然るにこれなきは裁判に理由を附せざる瑕瑾あるものなりといふにあり
案ずるに本件の問題は商法第五十三條に所謂「第五十一條第一項に掲げたる事項中に變更を生じたるときは二週間内に本店及支店の所在地に於てその登記を爲すことを要す」とある「其事項中に變更を生じたるとき」とは單に事項其ものゝ變更のみならず本件の如き登記に係る地名改稱の場合をも事項の變更として之に包含するものと廣義に之を解釋すべきや將た單に事項そのものゝ變更の場合のみと挾義にこれを解釋すべきやにあり而して神戸地方裁判所及大坂控訴院は共に之を廣義に解釋し本件の事實に對し商法第二百六十一條第一號の規定を適用したるものなり然れども商法第五十三條には前掲の如く「第五十一條に掲げたる事項中に變更を生じたるときとあり」而して同法第百四十條第二號には本店及支店とあるのみなれば右第五十三條の規定は事項そのもの即ち本支店の位置に變更を生じたる場合と解し得るの外該文司中原判决の如く廣義にこれを解するの餘地を存せさるものとす加之登記は普く人の知り得べからさる事項を公示する方法なり地名改稱の如きは行政廳に於て一般に之を告示するものなるにも拘らず尚これを登記するの必要ながるべき筋合なるに依り此點より之を視るも該法條は原裁判所の如く之を解するを得ず依て本院は神戸地方裁判所及大坂控訴院は共に法律の解釋を誤り不當に商法第二百六十一條第一項第一號を適用したるものとし原裁判はこれを取消し訴訟費用は非訟事件手續法第三百七條末項の規定により國庫に於て負擔すべきものと評决せり(三月五日判决言渡)