保險金請求事件
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法律新聞(新聞)13号5頁


原告三重縣鈴鹿郡槙尾村大字田茂十三番屋敷平民岩間茂右法定後見人同所岩間權三郎訴訟代理人辯護士中島太六氏より被告東京市京橋區南紺屋町十一番地護國生命保險株式會社右會社取締役高島嘉右衛門に係る保險金請求事件に就き安濃津地方裁判所民事部裁判長乾孚志判事多湖實寺澤健吉の三氏は裁判所書記田中由太郎氏立會の上左の判决を與へたり
(主文)原告の請求は之を棄却す、訴訟費用は原告の負擔とす
(事實)原告代理人は被告は原告に對し保險金二百圓を支拂ふべし訴訟費用は被告の負擔とすとの判决を求むと申立て其事實として陳辯したる要旨は原告の父亡岩間權次郎は明治三十一年二月十八日被告會社と甲第一號證の如く原告を保險金受取人として三十年滿期保險金二百圓の養老保險契約を締結し爾來一ケ月金五十四錢二厘宛の保險料を明治三十二年一月十七日迄は甲第二號證の如く拂込み同月十八日に拂込むべき分に付ては拂込猶豫期限六十日を經過したるも被告會社は之に對し別に契約解除の意思表示を爲さず被保人岩間權次郎より同年四月十七日迄の分と共に同月三日被告會社の津代理店へ拂込たるに同代理店は之を受取り同月五日甲第三號證の如く之が領收證を交付したり然るに被保人岩間權次郎は同日午前五時に死亡したるを以て原告は被告會社に對し右保險金の支拂を請求するものなりと云ふに在り被告代理人は原告の請求を棄却し訴訟費用は原告の負擔たる樣判决を求むと申立て其事實として陳辯したる要旨は被告會社は原告が主張する如く原告の父岩間權次郎は明治三十二年一月十八日に拂込むべき保險料を其拂込期限後六十日の猶豫期限内に之が拂込を爲さゞりしを以て其猶豫期限の經過と同時に同號證の保險契約は乙第二號證保險規則の規定に依り已に解除せられたるものなれば被告會社は本訴の請求に應ずべき謂れなく尤も右保險料は同年四月五日午前九時頃被告會社の津代理店へ拂込ありたるも其拂込當時は已に被保人岩間權次郎が死亡したる後にして同代理店を欺き之を受取らしめたるものなれば同代理店が之を受取りたる意思表示は法律行爲の要素に錯誤ありて無效のものなるのみならず元來同代理店は右猶豫期限を經過したる者に對し新に前契約と同一の保險契約を締結し又は前契約を囘復若くは繼續せしむる契約を締結する權限なきは勿論保險料をも受取べき權限なき者なれば之を受取りたることあるも固より何等の效果をも生ぜざるものにして被告會社が被保人の身體に異状なきを認め之を承諾したる場合に於て始めて前契約と同一の保險契約を成立せしめ又は前契約を囘復若くは繼續せしむる效果を生ずることあるべきも同代理店が右保險料の受取方に付ては被告會社に於て未だ之を承認せざるものなれば原告が被告會社に對し本訴の請求を爲すは不當なりと云ふに在り
(理由)原告の父亡岩間權次郎は被告代理人が主張する如く乙第二號證被告會社の保險規則を承諾の上被告會社と甲第一號證の保險契約を締結したるものなることは原告が其成立を認むる乙第一號證生命保險申込證書に其旨記載あるに依り明瞭なり而して乙第二號證被告會社の保險規則第五章第四條には保險料に付期日後六十日を經て尚ほ保險料を拂込まざるときは本社は解約と見做すべしと明記しあるを以て被告代理人が主張する如く被告會社より被保人に對し別に契約解除の意思表示を爲すを要せず被保人が拂込期日後保險料の拂込を爲さずして六十日を經過するときは其期限の經過と同時に當然保險契約は解除せらるゝものと解釋し得べく從て被保人岩間權次郎が被告會社に對し明治三十二年一月十八日に拂込むべき保險料を其期日後六十日以内に拂込まざりしことは原告代理人の認むる所なれば其六十日の期限の經過と同時に甲第一號證の契約は當時已に解除せられたるものと認めざるを得ず尤も其後被告會社の津代理店が右延滯保險料を受取りたる事實は雙方の爭なき所にして之を認め得べきも同代理店が被告會社に代りて一旦解除せられたる前保險契約を囘復若くば繼續せしむる契約を締結する權限ありと認むるべき證左なく被告代理人に於ても之を認めざるに依り同代理人が主張する如く同代理店は結局受取るべからざるものを受取りたるまでに過ぎずして之を受取りたるが爲め被告會社に對し何等の效果を生ぜざるものと斷定せざるを得ず因て主文の如く判决するものなり(本年十一月七日正本調製)