原告東京市京橋區竹川町八番地熊谷益孝方同居熊谷武次郎より被告同市同區宗十郎町四番地伊藤キチに係る明治卅三年(ワ)第六九四號地代値上請求事件に付き東京地方裁判所第二民事部裁判長和仁貞吉判事宮崎恆三郎關口治三郎の三氏は左の判决を言渡せり
(主文)被告は其使用する所の東京市京橋區宗十郎町四番地の市街宅地十四坪六合六勺七才に對し毎月一坪に付き金拾參錢の割合を以て明治卅三年七月より原告に地代を支拂ふ可し訴訟費用は被告の負擔とす
(事實)原告は主文記載の如き判决を求むと申立て其事實上供述の要趣は原告は東京市京橋區宗十郎町四番地の市街宅地十四薪六合六勺七才を被告に使用せしめ被告は其地代として毎月金九拾五錢を支拂ひ來れり然るに市内の地價一般に騰貴し且公租等も一般に増加せしを以て地主は地代を増加するの巳むを得ざるに至れり原告も近隣地代の振合を以て明治卅二年六月中借地人一般へ同年八月分より一薪に付金拾參錢の割合に値上の請求を爲したるに被告を除くの外皆之を承諾したるも獨り被告は原告の請求に應ぜず然れども地價及地料にして比隣一般に騰貴したるときは之に準據して地代の値上を請求し得るとは東京地方の慣習なり故に原告は此の慣習に基き本訴を起したりと云ふに在り
被告一定の申立は原告の請求を棄却する旨の判决を求むと云ふに在り其抗辯の第一は被告は係爭地の上に地上權を有す故に賃借料の値上に應ずる能はず第二東京地方に於て比隣の地代と比較して地代を値上する慣習なし第三本件の如く地代の確認を求むる訴は之を許さずと言うに在り
(理由)第一原告は口頭辯論に於て當事者間の法律關係を賃貸借なりと主張し被告は之を爭ふと雖ども元來本件の訴は東京地方の慣習に基き土地使用料の増加を目的とする者にして地上權の地代に關しては賃貸借に關する規定を準用す可き民法の規定あるのみならず原告も亦賃貸借に重を措くものに非らざるが故に本件の土地使用料が地代なるや將賃料なるやは判决を爲すに付き重要なる關係を有するものに非らず故に被告は本件の土地に對し地上權を有するを以て原告の請求に應ずる能はずとの抗辯は其理由なし第二土地が盛となり又は公課が増加したるときは地主は隣地に比較して地代の値上を爲し得ることは東京地方の慣習なること及び本年に至り公租増加し爲め本件の隣地の所有者たる高本益太郎が其地代を毎月一坪平均拾一錢に増加せし事は證人高木益太郎の證言する所なり又京橋區宗十郎町三番地の地主若尾幾造が其土地を明治卅二年六月中に買得し其内私立衛生會社に貸與せる部分に付き同年八月に至り其地代を表通毎月一坪十八錢裏通同上十五錢に増加せしこと及び之を増加したるは賣買代償が高價なりしと公課が増加せしとに原因すること證人田中順一の證言する處なり故に當裁判所は高木益太郎の證言に因り東京地方に於ては土地の繁盛若くは公課の増加に因り地主は比隣に凖して地代を値上することを得る慣習あることを認め同證人及田中順一の證言に因り本件の土地に付き其地代を毎月一坪十三錢に増加するは敢て過當に非らずと認定す
第三原告は口頭辯論に於て本訴は被告に對し明治卅三年七月以降即ち訴訟提起後毎月一坪十三錢の地代の支拂確認を求むるものなる旨を申立て被告は此に對し此の如き確認訴訟は法律の認めざることを抗辯したり然と雖ども原告が訴状に記し且口頭辯論に於て申立たる所は前掲判决主文に記載せる如く將來に於ける一定の地代支拂の給付を求むるに在ること明にして本訴は决して一の確認訴訟に非らず而して原告が辯論の際爲したる前掲供述は本訴を以て確認訴訟なりと申立たるものと見る能はず故に被告が本訴を以て確認訴訟なりとして爲す所の抗辯は理由なし(本月十三日正本調製)