離籍無效確認并取消請求控訴事件
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法律新聞(新聞)8号5頁


控訴人千葉縣東葛飾郡松戸町大字松戸二千百三番地平民安蒜權左衛門安蒜利吉訴訟代理人三浦大五郎外一氏より被控訴人同上平民安蒜誠松訴訟代理人中村元嘉氏外三名に係る明治三十三年(ネ)第四二六號離籍無效確認并取消請求控訴事件に付東京控訴院民事第四部裁判長榊原幾久君判事遠藤忠次中島松次郎松岡義正相原祐彌の五氏は左の如く判决せり
控訴人安蒜利吉の控訴は之を棄却す控訴人安蒜權左衛門に關する原判决を左の如く變更す控訴人安蒜權左衛門は明治三十二年十一月四日千葉縣東葛飾郡松戸町戸籍吏に對し被控訴人を離籍する旨届出でたる離籍は無效なることを確認すべし控訴人安蒜權左衛門に對する右離籍取消の手續を爲す可しとの被控訴人の請求は之を棄却す控訴人安蒜利吉に關する本審の訴訟費用は同人の負擔とし控訴人安蒜權左衛門に關する訴訟費用は第一二審分を合算して之を二分し同人及被控訴人に於て各其一分を負擔す可し
(事實)控訴代理人は原判决を廢棄す被控訴人の請求は之を棄却す訴訟費用は第一二審共被控訴人の負擔とすとの判决あらんことを求むと申立て被控訴代理人は控訴棄却の判决を求むる旨申立てたり控訴代理人陳述の要旨は控訴人權左衛門は明治七年九月三十日長男平藏及次男利吉の有在に拘らず被控訴人を長女ブンの婿養子と爲したるも曾て平藏利吉を廢嫡して被控訴人を嗣子と爲したることなし然るに近年控訴人權左衛門と被控訴人間に幾多の訟爭を生じ同居に堪へざるより明治三十二年十月再應轉居の催告を爲したるも應ぜざるを以て同年十一月四日被控訴人を離籍するに至りたるものにして正當の手續を履行したるものなれば被控訴人の請求は不當なりと云ふに在り控訴代理人は尚左の抗辯を提出したり第一被控訴人の請求は二箇より成り一は離籍無效の確認を求むるにありて一は離籍取消の手續を爲さんことを求むるに至り若し後者採用せらるゝときは前者は不心要に歸するを以て前者は許す可らざる訴なり第二控訴人は第一審に於て離籍届出取消の手續を爲し可しとの一定の申立を爲したる後之を離籍取消の手續を爲す可しと改めたるは訴を變更したる不法あるものなり第三離籍届出の取消は民法及び戸籍法上爲すことを得ざるものなれば被控訴人の請求は法律上不能の事を強ふるものなり第四被控訴人の申立の變更を以て許すべきものとするも離籍の取消なるとは法律の認めざる所なり第五平藏利吉は共に廢嫡せられたることなきを以て權左衛門の婿養子たる被控訴人は權左衛門の推定家督相續人と爲りたることなし平藏の明治七年十二月二十日を以て分家し利吉の明治十八年四月十日平藏の死跡を相續したるは法律上無效の行爲なり假りに之を有效なりとするも權左衛門には明治十年七月生の善四郎及び明治十八年六月生の政次郎の二男子あるを以て利吉の他家に入りたる後は善四郎に於て同人の明治三十一年七月分家したる後は政次郎に於て權左衛門の相續を爲すべき順序なれば被控訴人は曾て相續人の資格を得たることなし第六法定家督相續人と雖も民法第七百四十九條に依り戸主は之を離籍するを妨げず故に被控訴人を權左衛門の法定家督相續人の資格を得たることなし第六法定家督相續人と雖も民法第七百四十九條に依り戸主は之を離籍するを妨げず故に被控訴人を權左衛門の法定家督相續人なりとするも權左衛門の爲したる離籍は適法なり第七離籍取消の手續は戸主にあらざれば爲すこと能はざるものなるに現時戸主にあらざる控訴人權左衛門に對し之を訴求するは不適法なり
(理由)先づ控訴人の提出したる第二の抗辯に付案ずるに第一審の口頭辯論調書及判决に依れば被控訴人が一定の申立を訂正したる際控訴人に於て異議の申立を爲し原裁判所が訴の原因に變更なしとの裁判を爲したること明瞭なりと雖も訴の原因に變更なしとの裁判に對し不服を申立つることを得ざるは民事訴訟法第百九十七條の規定する所なれば右抗辯は其理由なきものと云はざるを得ず既に一定の申立の訂正にして許容すべきものなる以上は第三の抗辯に付別に其當否の説明を與ふる必要あるを認めず次に第七の抗辯に付案ずるに離籍を爲すの權は戸主の家族に對する特數の一なれば戸主以外の者の於ては或家族に對し離籍又は其取消の手續を爲すの權能なけものとす然るに控訴人權左衛門は現時戸籍上隱居にして戸籍上戸主ちる控訴人利吉の家族なることは當事者間に爭なき事實なれば被控訴人に於て權左衛門に對し離籍取消の手續を爲すべきことを強要するは法律上許容せざる行爲を爲さんことを求むるものにして其請求は失當なりと云はざるべからず此の如く權左衛門に對する離婚取消の手續を爲す可しとの請求の失當にして棄却すべきものなる以上は第四抗辯の當否は亦説明の必要なきものとす次に第一の抗辯は要するに離籍無效確認請求の訴は不必要の訴なりと云ふにあれども被控訴人は離籍の無效換言すれば今猶控訴人家の一家族なることを主張するものなれば本訴は戸籍上戸主たる利吉をして被控訴人を舊地位に復するの手續を爲すしむる上に於て將た離籍を爲したる本人にして其養父たる權左衛門をして被控訴人の控訴人家の一家族たることに付異議を挾ませめざる上に於て其必要あるものと認む依て抗辯は其理由なきものとす尚他の抗辯に付案ずるに控訴人は權左衛門に於て被控訴人を養嗣子と爲したることなしと主張すれども甲第四號證の被控訴人の名を記したる上欄に『養嗣子』と記入しあり尚其上欄に明治七年九月三十日入籍したることの記載ありて被控訴人が當日權左衛門の養嗣子即ち推定家督相續人として入籍したるものなることを認むるに充分なり而して其當時の法規に依れば男子あるものは之を廢嫡したる上にあらざれば嗣子と爲すの目的を以て養子を爲すことを得ざるを以て被控訴人入籍の當時權左衛門には平藏利吉の二子ありたるも盡く之を廢嫡したるものと認む否れば甲第四號證の如く戸籍上被控訴人を養嗣子として登録すべき筈なければなり控訴人は乙第一、二號證を以て平藏利吉の廢嫡せられたることなき旨を主張すれども同證は調査上廢嫡の事項に關する書類を發見せざる旨の證明書に過ざれば未だ以て廢嫡の事實を否定するの證と爲すに足らず此の如く被控訴人は權左衛門の家督相續人たる地位を得たる以上は其後に出生したる善四郎又は政次郎の爲めに其地位を失ふべき筈なく又別に廢除せられたる形跡なきを以て權左衛門の推定家督相續人たりし者は被控訴人を措て他に之ありとは認むる能はず而して控訴人の自認するが如く權左衛門は民法第七百四十九條に依り被控訴人を離籍するの手續を爲したりと雖も抑も推定家督相續人は本家相續の場合又は同法第七百五十條第二項の場合の外他家に入り又は一家を創立するを得ざること同第七百四十四條の明に規定する所なれば右の場合の外一家を創立する能はざる推定家督相續人を離籍することは右第七百四十四條の範圍外なりとす依て權左衛門の爲したる右離籍は違法にして無效たることを免れず而して控訴人利吉は戸主たる關係に於て權左衛門は離籍を爲し且養父たる關係に於て右の無效を確認すべき義務あるものとす
以上説明したる如くなるを以て離籍取消の點に關する控訴は其理由あり離籍無效確認の點に關する控訴は理由なきものとす(本年十月廿四日言渡)