土地所有權移轉登記手續請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）26輯1785頁

上告論旨第一点は原判決は法律に違背する不当のものなり。 原判決理由の部に「鑑定の結果に依れば乙第二号証の一（甲第二号証の副本）は乙第一号証の一（弁済提供通知書）と同時期に作成せられたるものなることを認むべし果して然らば甲第二号証は橋本弥吉死亡後半年余を過ぎたる大正五年十二月に作成せられたるものなるを以て同証は真正に成立したるものと認め難し」とあり。 然れども[しかれども]甲第二号証の副本たる乙第二号証の一が乙第一号証の一と同時期に作成せられたりとの一事を以て輙く[たやすく]正本たる甲第二号証も乙第一号証の一と同時期に作成せられたるものなりと断定するは早計なり。 何となれば正本たる甲第二号証が副本たる乙第二号証の一と同時期に作成せられたるや否やは自ら別箇の問題にして此点に付ては原判決は何等の判断もなさざればなり。 依て乙第二号証の一は乙第一号証の一と同時期に作成せられたるものなることを認め直に甲第二号証は乙第一号証の一と同時期なる大正五年十二月に作成せられたりと論定したる原判決は少くも理由不備と謂はざるべからずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原審に於て上告人が甲第二号証は乙第二号の一と同時期に成立したるものにあらざる事実を主張したる形跡なることなく却て原審の基本たる口頭弁論に引用せられたる大正八年九月二日の口頭弁論調書に依れば甲第二号証及び乙第二号証の一が其日附当時作成せられたるや後日に作成せられたるやに付き争ありたるも右両証が同時期に作成せられたる事実の争なかりしことを推知するに難からず。 故に原裁判所が乙第二号証の一が乙第一号証の一と同時期に作成せられたるの故を以て甲第二号史も亦[また]乙第一号の一と同時期に作成せられたるものなりと判断したるは相当にして上告論旨は理由なし。

上告論旨第二点は原判決理由の部に「仮りに甲第二号証は真正に成立したりとするも甲第一号証の代金支払義務に関し（中略）同年十一月下旬控訴人に対し大亀政次郎宅にて提供したるに控訴人は之を拒みたりとの控訴人主張の事実は控訴人の認めざる所にして此点に関し（中略）確論なきを以て右弁済提供の事実は之を認め難し。 従て本件供託は適法のものと謂ふべからず。」とあり。 然れども[しかれども]甲第二号証を真正に成立したりとし供託は不適法なりとせば甲第一号証の代金引換に上告人（原審被控訴人）の請求を認容し得べく原判決が甲第二号証を真正に成立したりと仮定するも供託不適法なるが故に上告人の請求を全然認容することを得ざるものとしたるは違法と謂はざる可からずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]上告人の不服を唱ふる原判決の説明は甲第二号証が真正に成立したりとの仮定論に基くものなれば仮定不法の廉ありとするも其主文に影響を及ぼさざるを以て原判決を破毀するの理由と為すに足らず

上告論旨第三点は大正九年三月四日附原審裁判長判事綿貫清隆の東京区裁判所に対する証拠調嘱託書（記録二三二丁）を査するに「（上略）事件に付、適当なる鑑定人（空白）名御選人の上同封の乙第一号証の一、二及乙第二号証の一、二に付き左記の事項訊問相成度（下略）」とあり該嘱託書は鑑定人の員数の記載を欠くものなり。 斯る不備なる嘱託書は違法にして之に基き為されたる証拠調亦[また]違法なるが故に此証拠調の結果を資料として事実の認定を為したる原判決は違法なり。 原判決が此証拠調の結果を判断の資料となしたることは原判決理由の部に徴して明なりと云ひ』同第四点は第三点に於て論したる嘱託書を見るに鑑定人の選定及び其員数の指定は原審裁判所之を為さず訴訟記録に依れば嘱託を受けたる東京区裁判所が任意に鑑定人一名（太田彰）を選定したり。 然れども[しかれども]民事訴訟法第三百二十四条は「立会ふ可き鑑定人の選定及び其員数の指定は受訴裁判所之を為す」と明定する所なるを以て東京区裁判所は単に鑑定人の訊問の嘱託は之を受け得るも自ら鑑定人の選任及び其員数を定むること能はざる所なり。 仮りに鑑定人の選任の委任は之を為し得べしとするも鑑定人の員数は当該事項の難易によりて定まる可きが故に受訴裁判所にあらざれば其難易は之を知り難き結果受訴裁判所が之を定めざる可からず。 受託裁判所が之を定むるは越権なり。 本件に於ては受託の東京区裁判所が鑑定人の員数を任意に定めて証拠調を為したるものなるを以て違法にして原審は此違法の証拠調の結果を判断の資料となしたること原判決の理由の部に於て明かなる所にして原判決は此点に於ても違法ありと謂ふ可しと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原審裁判長の為したる証拠調嘱託書中に鑑定人を指名せず且つ其人数を記載すべき位置と空白と為したる原審が受託判事に鑑定人の任命及び其員数の指定を委任したるものと解し得べきを以て其嘱託書を違法のものと為すを得ず。 而して[しこうして]鑑定人の選定及び其員数の指定は受訴裁判所に於て之を為すを原則とすれども民事訴訟法第三百三十一条に依れば受訴裁判所は鑑定人の任命を受託判事に委任することを得べく之を委任せられたる受託判事は鑑定人の選定及び其員数の指定を為すの権を有するを以て受訴裁判所が受託判事をして其選定を為さしむる為め之が任命を委任し且つ其際併せて之が員数の指定を委任することを得べきものとす。 故に原審が本件に付き鑑定人の任命及び其員数の指定を受託判事に委任し受託判事たる東京区裁判所判事が其嘱託に基き鑑定人を一名と指定し太田彰を鑑定人に選定したるは不法に非ず。 従て右鑑定人の為したる鑑定を判断の資料に供したる原判決は不法にあらず。 仍て[よって]上告論旨は理由なし。

以上説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に従ひ主文の如く判決す