大正八年(オ)第八百五號
大正九年六月二十六日民事聯合部判決
◎判決要旨
- 一 利息制限法第五條ノ規定ハ民法施行後ニ生シタル金錢貸借ニ因ル債務關係ニ付キ民法第四百二十條ノ規定ニ對スル特別規定トシテ之ヲ適用スヘキモノトス
(參照)當事者ハ債務ノ不履行ニ付キ損害賠償ノ額ヲ豫定スルコトヲ得此場合ニ於テハ裁判所ハ其額ヲ増減スルコトヲ得ス」賠償額ノ豫定ハ履行又ハ解除ノ請求ヲ妨ケス」違約金ハ之ヲ賠償額ノ豫定ト推定ス(民法第四百二十條)
返還期限ヲ違フルトキハ負債主ヨリ債主ニ對シ若干ノ償金罰金違約金科料等ヲ差出スヘキコトヲ約定スルコトアルモ概シテ損害ノ補償ト看做シ裁判官ニ於テ該債主ノ事實受ケタル損害ノ補償ニ不當ナリト思量スルトキハ之レニ相當ノ減少ヲ爲スコトヲ得(利息制限法第五條)
上告人 天野利三郎
訴訟代理人 平岡啓道 目代誠吉 小野村胤敏 一井孝次 富田貞男 山根瀧藏 濱口喜一 風間力衛
被上告人 中西雅之
右當事者間ノ債權辯濟請求事件ニ付大阪控訴院カ大正八年七月十日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル角立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告費用ハ上告人ノ負擔トス
理由
上告論旨第一點ハ法律行爲ノ主タル構成要件ヲ爲ス意思表示ノ存否ヲ認定スル問題ト意思表示ノ解釋問題トハ明ニ之ヲ區別スヘク意思表示ノ存否ヲ認定スル問題ハ辯論ノ全旨趣及證據調ノ結果ニ基キ自由ナル心證ヲ以テ認定セラルヘキ事實問題ナルカ故ニ其審査ハ固ヨリ事實承審官タル原院ノ專權ニ屬スヘシト雖モ意思表示ノ解釋問題ハ證據判斷ニヨリ意思表示ノ存在カ確定セラレタル後其意思表示ハ如何ナル意味ヲ有スルカ及其意味ハ法律上如何ナル效力ヲ有スルカヲ決定スルモノナルカ故ニ事實認定ノ問題トハ聊カ其趣ヲ異ニス然リ而シテ今意思表示ノ解釋ヲナスニ當リ「當事者カ意思表示ヲ爲シタル場合ニ於ケル諸般ノ事情ヲ綜合シ表示セラレタル眞意ヲ探求シテ之ヲ決スヘシ」ト云フハ實體法上ノ法則ニ外ナラサルト同時ニ此法則ニ依リテ意思表示ノ解釋ヲ爲スヘク此法則ニ依ラスシテ其解釋ヲナシタル場合ハ所謂「法則ニ違背シテ意思表示ノ解釋ヲナシタルモノ」トシテ違法タルヲ失ハス然ルニ原判決ニ依レハ原院ハ甲第二號證ヲ引キ「同證ニ依レハ該期日ニハ元金三萬圓ニ大正元年九月ヨリ大正二年十月末日迄ノ利子乃チ一个月三百圓宛ヲ積算シテ全部一時ニ支拂可申其外ニ謝金トシテ二千圓ヲ相添ヘ同時ニ支拂可申云云及若シ此期日ニ元利金及謝金ノ支拂ヲ延滯シタルトキハ其延滯中ハ毎月一千圓宛ヲ延滯料トシテ相添ヘ云云」トノ記載アルヲ以テ當事者ハ元本使用ノ對價トシテ利息制限法ノ定額利息以外ニ右謝金二千圓ノ支拂ヲ約シタル旨趣ナルハ明ナリト斷定シ此ノ如キ特約ハ利息制限法第四條ニ反スルカ故ニ無效ナリト云フヘク尚同證ノ文辭ニ依レハ被告ハ本件貸金債務ノ返還期間ヲ遲滯シタル場合ニハ其延滯中一个月千圓ノ割合ヲ以テ報酬金ノ支拂ヲ約シタルモノナルヲ以テ利息制限法第五條ニ依リ側航延滯ニ依ル損害賠償額ヲ豫定シタルモノト見做スヘキモノトシテ減額スヘキ旨判決セルモ甲第二號證ニ所謂謝金及報償金ハ消費貸借ニ關スルモノニアラスシテ大正二年十月三十一日迄ニ貸金元利ヲ返還セサルトキハ其期限ノ滿了ト同時ニ其侭上告人ニ擔保物ノ所有權移轉ハ確定スヘキモ上告人カ被上告人ノ爲メニ所有權取戻ノ期間ヲ延長スルコトヲ承諾シタル對價トシテ支拂フヘキコトヲ約シタルモノニシテ毫モ元本使用ノ對價タル性質ヲ有スルコトナク亦斯ク解スヘキ基礎ヲ有スルコトナキハ原院ニ於ケル大正八年六月二十一日口頭辯論調書ニヨル上告人ノ陳述ヲ照スモ明白也凡ソ事實ノ認定ハ事實承審官タル原院ノ專權ニ屬スヘシト雖モ認定セラレタル事實ノ意味及法律上ノ效果ノ判斷ハ一一實體法上ノ法則ニ則リ之ヲナスヘク然ラサル限リ其判斷ハ不法ナルコト既述ノ如シ果シテ然ラハ右甲第二號證ノ文意ノ示ス所ハ謝金及報償金ハ所有權取戻ニ關スルモノナルコトハ疑ナキニ不拘此文意ニ反シ消費貸借ニ關スルモノノ如ク解センニハ之ニ付キ其理由ヲ示ササルヘカラサルニ原院カ漫然前示ノ如キ判決ヲナシタルハ實體法上ノ法則ノ適用ヲ誤リ不法ニ證書ノ意味ヲ變更シタル違法アリ假リニ然ラストスルモ右文意ニ反スル斷定ヲ爲サンニハ其心證ヲ得タル所以ノ理由ヲ示ササルヘカラサルニ事茲ニ出テス漫然反對ノ旨趣ニ判定シタルハ裁判ニ理由ヲ附セサル違法アルモノナリト云ヒ』其第二點ハ利息制限法ナル法律ハ當事者間ニ受授セラルヘキ金錢カ利息タルコト即チ元本使用ノ對價タルヘキ性質ヲ有スル場合ニ於テ高率ノ利息ヲ約スルニヨリ生スヘキ債務者ノ負擔ヲ輕減セントノ旨趣ニ外ナラサルカ故ニ同法ノ適用アルニハ當事者間ニ受授セラルヘキ金錢カ利息タルコト即チ元本使用ノ對價タルヘキ性質ヲ有スルコトヲ其前提トス然ルニ原判決ニ依リ引用セラレタル甲第二號證ニヨレハ當事者間ニ於テ約定セラレタル償金及報償金ナルモノハ消費貸借ニ關スルモノニアラサルコト既述ノ如シトセンカ利息制限法ノ適用アルヘキニアラサルハ明白ナルニ不拘而カモ尚同法ヲ適用シ或ハ上告人ノ請求ヲ排斥シ或ハ請求額ヲ減シタルハ不當ニ法律ヲ適用シタルノ失當アルモノト云フヘシ假ニ一歩ヲ讓リ右報償金カ原判決ノ判示スルカ如ク損害賠償ノ額ヲ豫定シタルモノト見做スヘキモノトナスモ利息制限法第五條ハ民法施行前ニ生シタル債務ニシテ且ツ其不履行カ民法施行前ニ存スル場合ニ限リ適用スヘキモノナルハ御院明治三十九年四月二十九日ノ判例ノ明言スル所ナルニヨリ民法施行後ノ今日同條ヲ適用スヘキニアラサルニ不拘原院カ此點ヲ看過シ同條ヲ適用シタルハ亦不法ニ法律ヲ適用シタル違法アリト云フヘシ又商法施行法第百十七條ニ依レハ利息制限法第五條ハ商事ニ關シテハ適用ナキモノナルカ故ニ同條ヲ適用センニハ本件消費貸借カ商事ニ關スルモノニアラサルコトヲ明ニセサルヘカラサルニ此點ニ關スル判斷ヲナスコトナク直チニ同條ヲ適用シタルハ理由不備ノ違法アルヘク到底破毀ハ免レサル所ナリト云ヒ』其第三點ハ原判決理由ニ「返濟期限ヲ遲滯シタル場合ニハ其遲滯中毎月千圓宛遲滯料トシテ辯濟スルコトヲ約シタル分ハ同法(利息制限法)第五條ニ依リ損害ノ補償ト看做スヘク而シテ當院ハ經濟界ニ於ケル金利竝ニ本件當事者間ニ前掲約定利息額ヲ參照シ控訴人(上告人)ノ事實受ケタル損害ヲ一个月ニ付キ三百圓宛ト認定スルヲ相當トスルカ故ニ同條ニ依リ其金額ヲ減少スヘキモノトス」ト判示セラルルモ利息制限法第五條ハ民法施行以前ニ負擔セル債務ニシテ其施行前既ニ遲滯ノ責ヲ生シタル部分ノ賠償額ヲ定ムル場合ニノミ之ヲ適用スヘキモノナリ從テ本件ノ如ク民法施行以後ノ契約ニ基因スル損害賠償ノ請求ニ於テハ同條ノ支配ヲ受クヘキモノニ非ス本件ハ金錢債務ノ不履行ニ付キ豫定シタル損害賠償額ナルヲ以テ原判決ノ如ク同法第五條ノ適用ナキコト寔ニ明瞭ナリトス果シテ然ラハ原判決ハ法規ノ解釋ヲ誤リタル違法ノ判決トシテ破毀ヲ免レスト信スト云ヒ』其第四點ハ原判決ハ利息制限法第五條ノ規定ヲ誤解シタルノ違法アリト信ス即チ原判決ハ其理由ニ於テ「遲滯中毎月金千圓宛延滯料トシテ辯濟スルコトヲ約シタル分ハ利息制限法第五條ニ依リ損害ノ補償ト看做スヘク(中畧)控訴人ノ事實受ケタル損害ヲ一个月ニ付キ三百圓宛ト認定スルヲ相當トスルカ故ニ同條ニヨリ其金額ニ減少スヘキモノトス」ト判示セラレタル然リト雖モ利息制限法第五條ハ民法施行以前ニ負擔シタル債務ニシテ其施行前既ニ遲滯ノ責ヲ生シタル部分ノ賠償額ヲ定ムルニ付テノミ適用スヘキモノニシテ本件ノ如キ民法施行以後ニ生シタル債權關係ニ付キテハ全ク其適用ナキモノナルコトハ既ニ御院ノ判示セラレタル所(明治三十九年四月二十九日第二民事部判決)ナルニモ拘ラス之ト反對ニ解釋シタル原判決ハ不法ナリト信ス而シテ本件ニ付キ利息制限法第五條ノ適用ナシト解スル以上ハ民法第四百二十條第一項ノ規定ニ從ヒ裁判所ハ其額ヲ増減スルコトヲ得サル筋合ナルコト亦明瞭ナリト謂ハサルヲ得ス(明治四十三年六月十八日法曹會決議横田博士債權總論三六八頁石坂博士日本民法債權總論三五五頁參照)然ルニ原判決ハ事茲ニ出テス本件報償契約ヲ以テ利息制限法第五條ノ適用アルモノトシ上告人ノ請求額ヲ減縮シタルハ違法ノ〓シキモノナリト信スト云ヒ』其第五點ハ原判決理由ニ「返濟期ヲ遲滯シタル場合ニハ其遲滯中毎月千圓宛ヲ遲滯料トシテ辯濟スル事ヲ約シタル分ハ利息制限法第五條ニヨリ損害ノ補償ト看做スヘク云云(中畧)」一个月三百圓ニ減額セリ然ルニ利息制限法第五條ハ商事ニ適用セサルコトハ商法施行法ノ規定スル所ニシテ本件債權カ商事ナルヤ民事ナルヤハ尤モ重要ナルモノナリ然ルニ原判決ニ於テハ此重要ナル點ニ付キ何等ノ説明ヲ與ヘス漫然同法五條ヲ適用シタルハ理由不備ノ裁判ニシテ破毀ヲ免レスト信スト云フニ在リ
然レトモ訴訟記録ニ就キ甲第二號證ノ記載ヲ閲讀スルニ其記載中謝金トシテ二千圓ヲ支拂フヘキ旨ヲ約シタル部分ハ原判示ノ如ク元本使用ノ對價トシテ其謝金ノ支拂ヲ約シタルモノト解スルコトヲ得ヘク又淹滯料トシテ毎月金一千圓ツツヲ支拂フヘキ旨ヲ約シタル部分ハ原判示ノ如ク返濟期限ニ元利金等ヲ支拂フヘキ約定ノ違背ニ因ル損害ノ補償ヲ約シタルモノト解スルコトヲ得ヘシ故ニ原裁判所カ甲第二號證ノ記載中ノ右各部分ヲ解シテ其判示ノ如キ約旨ニ出テタルモノト認定シタルハ其專權タル證據判斷ノ範圍ニ屬シ違法ニアラス從テ其認定ノ各約旨ハ共ニ金錢ノ消費貸借ニ關スルモノナルコト明白ナレハ之ニ利息制限法ノ規定ヲ適用シタル原判決ハ正當ナリ利息制限法第五條ノ規定ニ付テハ所論ノ如キ解釋ヲ爲シタル本院ノ判例アリト雖モ民法施行法ニ依レハ同法第五十二條ニ於テ利息制限法中單ニ其第三條ノ規定ノミヲ削除シタルニ止マリ其他ノ規定ハ皆之ヲ民法施行後ニ存續セシメタルコト明白ニシテ又他ニ反對ノ解釋ヲ容ルヘキ法規ノ存スルヲ見サレハ利息制限法第五條ハ其他ノ削除セラレサル各規定ト共ニ民法施行後ニ於テモ依然トシテ存在シ現行法トシテ遵由ノ效力ヲ有スルモノト謂ハサル可カラス民法施行法第五十六條ノ規定ハ唯金錢債務ノ不履行ニ因ル損害賠償ノ額ヲ定ムルニ付キ依ルヘキ利率ニ關スル經過法ヲ定メタルモノニ過キサレハ之ニ依リテ利息制限法第五條ノ規定ヲ民法施行後ニ生シタル債務關係ニ適用セシメサルノ法意ニ出テタルモノト解スルコトヲ得ス且ツ民法施行後ニ制定セラレタル商法施行法第百十七條ニ於テ利息制限法第五條ノ規定ハ商事ニハ之ヲ適用セサル旨ヲ特ニ明言セルハ畢竟民事ニ付テハ民法施行後ニ生シタル債務關係ニモ之ヲ適用スルカ爲メニ外ナラサルヤ知ルヘシ故ニ從前ノ本院判例ハ係ヲ變更シ利息制限法第五條ノ規定ハ民法施行後ニ生シタル金錢貸借ニ因ル債務關係ニ付キ民法第四百二十條ノ規定ニ對スル特別法規トシテ之ヲ適用スヘキモノト解スルヲ相當トス若シ夫レ所論ノ如キ本件消費貸借カ商事ニ關スルモノナリヤ否ヤノ問題ニ至テハ當事者雙方共ニ原審ニ於テ之ヲ論爭シタル形跡アルコトナク却テ暗ニ民事ニ關スルモノトシテ辯論シタルコトハ記録上其辯論ノ全旨趣ニ推知スルニ難カラサレハ原裁判所カ所論ノ如キ問題ニ論及スルコトナク本件消費貸借ヲ民事ニ關スルモノトシテ之ニ利息制限法第五條ヲ適用シタルハ當然ナリ要スルニ原判決ハ毫モ所論ノ如キ違法アルモノト謂フヘカラス
以上説明シタルカ如ク本件ニ於テハ從前ノ本院判例ト相反スル意見アルヲ以テ裁判所構成法第四十九條ニ依リ民事ノ總部ヲ聯合シテ審判シ本件上告ヲ理由ナシト評決シタルヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條及ヒ第七十七條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
大正八年(オ)第八百五号
大正九年六月二十六日民事連合部判決
◎判決要旨
- 一 利息制限法第五条の規定は民法施行後に生じたる金銭貸借に因る債務関係に付き民法第四百二十条の規定に対する特別規定として之を適用すべきものとす。
(参照)当事者は債務の不履行に付き損害賠償の額を予定することを得。
此場合に於ては裁判所は其額を増減することを得ず。」賠償額の予定は履行又は解除の請求を妨げず。」違約金は之を賠償額の予定と推定す。
(民法第四百二十条)
返還期限を違ふるときは負債主より債主に対し若干の償金罰金違約金科料等を差出すべきことを約定することあるも概して損害の補償と看做し裁判官に於て該債主の事実受けたる損害の補償に不当なりと思量するときは之れに相当の減少を為すことを得。
(利息制限法第五条)
上告人 天野利三郎
訴訟代理人 平岡啓道 目代誠吉 小野村胤敏 一井孝次 富田貞男 山根滝蔵 浜口喜一 風間力衛
被上告人 中西雅之
右当事者間の債権弁済請求事件に付、大坂控訴院が大正八年七月十日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる角立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
本件上告は之を棄却す
上告費用は上告人の負担とす。
理由
上告論旨第一点は法律行為の主たる構成要件を為す意思表示の存否を認定する問題と意思表示の解釈問題とは明に之を区別すべく意思表示の存否を認定する問題は弁論の全旨趣及証拠調の結果に基き自由なる心証を以て認定せらるべき事実問題なるが故に其審査は固より事実承審官たる原院の専権に属すべしと雖も意思表示の解釈問題は証拠判断により意思表示の存在が確定せられたる後其意思表示は如何なる意味を有するか及其意味は法律上如何なる効力を有するかを決定するものなるが故に事実認定の問題とは聊が其趣を異にす然り、而して今意思表示の解釈をなすに当り「当事者が意思表示を為したる場合に於ける諸般の事情を綜合し表示せられたる真意を探求して之を決すべし。」と云ふは実体法上の法則に外ならざると同時に此法則に依りて意思表示の解釈を為すべく此法則に依らずして其解釈をなしたる場合は所謂「法則に違背して意思表示の解釈をなしたるもの」として違法たるを失はず。
然るに原判決に依れば原院は甲第二号証を引き「同証に依れば該期日には元金三万円に大正元年九月より大正二年十月末日迄の利子乃ち一个月三百円宛を積算して全部一時に支払可申其外に謝金として二千円を相添へ同時に支払可申云云及若し此期日に元利金及謝金の支払を延滞したるときは其延滞中は毎月一千円宛を延滞料として相添へ云云」との記載あるを以て当事者は元本使用の対価として利息制限法の定額利息以外に右謝金二千円の支払を約したる旨趣なるは明なりと断定し此の如き特約は利息制限法第四条に反するが故に無効なりと云ふべく尚同証の文辞に依れば被告は本件貸金債務の返還期間を遅滞したる場合には其延滞中一个月千円の割合を以て報酬金の支払を約したるものなるを以て利息制限法第五条に依り側航延滞に依る損害賠償額を予定したるものと見做すべきものとして減額すべき旨判決せるも甲第二号証に所謂謝金及報償金は消費貸借に関するものにあらずして大正二年十月三十一日迄に貸金元利を返還せざるときは其期限の満了と同時に其侭上告人に担保物の所有権移転は確定すべきも上告人が被上告人の為めに所有権取戻の期間を延長することを承諾したる対価として支払ふべきことを約したるものにして毫も元本使用の対価たる性質を有することなく亦斯く解すべき基礎を有することなきは原院に於ける大正八年六月二十一日口頭弁論調書による上告人の陳述を照すも明白也凡そ事実の認定は事実承審官たる原院の専権に属すべしと雖も認定せられたる事実の意味及法律上の効果の判断は一一実体法上の法則に則り之をなすべく然らざる限り其判断は不法なること既述の如し果して然らば右甲第二号証の文意の示す所は謝金及報償金は所有権取戻に関するものなることは疑なきに不拘此文意に反し消費貸借に関するものの如く解せんには之に付き其理由を示さざるべからざるに原院が漫然前示の如き判決をなしたるは実体法上の法則の適用を誤り不法に証書の意味を変更したる違法あり。
仮りに然らずとするも右文意に反する断定を為さんには其心証を得たる所以の理由を示さざるべからざるに事茲に出でず漫然反対の旨趣に判定したるは裁判に理由を附せざる違法あるものなりと云ひ』其第二点は利息制限法なる法律は当事者間に受授せらるべき金銭が利息たること。
即ち元本使用の対価たるべき性質を有する場合に於て高率の利息を約するにより生ずべき債務者の負担を軽減せんとの旨趣に外ならざるが故に同法の適用あるには当事者間に受授せらるべき金銭が利息たること。
即ち元本使用の対価たるべき性質を有することを其前提とす。
然るに原判決に依り引用せられたる甲第二号証によれば当事者間に於て約定せられたる償金及報償金なるものは消費貸借に関するものにあらざること既述の如しとせんか利息制限法の適用あるべきにあらざるは明白なるに不拘而かも尚同法を適用し或は上告人の請求を排斥し或は請求額を減じたるは不当に法律を適用したるの失当あるものと云ふべし。
仮に一歩を譲り右報償金が原判決の判示するが如く損害賠償の額を予定したるものと見做すべきものとなすも利息制限法第五条は民法施行前に生じたる債務にして且つ其不履行が民法施行前に存する場合に限り適用すべきものなるは御院明治三十九年四月二十九日の判例の明言する所なるにより民法施行後の今日同条を適用すべきにあらざるに不拘原院が此点を看過し同条を適用したるは亦不法に法律を適用したる違法ありと云ふべし。
又商法施行法第百十七条に依れば利息制限法第五条は商事に関しては適用なきものなるが故に同条を適用せんには本件消費貸借が商事に関するものにあらざることを明にせざるべからざるに此点に関する判断をなすことなく直ちに同条を適用したるは理由不備の違法あるべく到底破毀は免れざる所なりと云ひ』其第三点は原判決理由に「返済期限を遅滞したる場合には其遅滞中毎月千円宛遅滞料として弁済することを約したる分は同法(利息制限法)第五条に依り損害の補償と看做すべく。
而して当院は経済界に於ける金利並に本件当事者間に前掲約定利息額を参照し控訴人(上告人)の事実受けたる損害を一个月に付き三百円宛と認定するを相当とするが故に同条に依り其金額を減少すべきものとす。」と判示せらるるも利息制限法第五条は民法施行以前に負担せる債務にして其施行前既に遅滞の責を生じたる部分の賠償額を定むる場合にのみ之を適用すべきものなり。
従て本件の如く民法施行以後の契約に基因する損害賠償の請求に於ては同条の支配を受くべきものに非ず本件は金銭債務の不履行に付き予定したる損害賠償額なるを以て原判決の如く同法第五条の適用なきこと寔に明瞭なりとす。
果して然らば原判決は法規の解釈を誤りたる違法の判決として破毀を免れずと信ずと云ひ』其第四点は原判決は利息制限法第五条の規定を誤解したるの違法ありと信ず。
即ち原判決は其理由に於て「遅滞中毎月金千円宛延滞料として弁済することを約したる分は利息制限法第五条に依り損害の補償と看做すべく(中略)控訴人の事実受けたる損害を一个月に付き三百円宛と認定するを相当とするが故に同条により其金額に減少すべきものとす。」と判示せられたる然りと雖も利息制限法第五条は民法施行以前に負担したる債務にして其施行前既に遅滞の責を生じたる部分の賠償額を定むるに付てのみ適用すべきものにして本件の如き民法施行以後に生じたる債権関係に付きては全く其適用なきものなることは既に御院の判示せられたる所(明治三十九年四月二十九日第二民事部判決)なるにも拘らず之と反対に解釈したる原判決は不法なりと信ず。
而して本件に付き利息制限法第五条の適用なしと解する以上は民法第四百二十条第一項の規定に従ひ裁判所は其額を増減することを得ざる筋合なること亦明瞭なりと謂はざるを得ず。
(明治四十三年六月十八日法曹会決議横田博士債権総論三六八頁石坂博士日本民法債権総論三五五頁参照)然るに原判決は事茲に出でず本件報償契約を以て利息制限法第五条の適用あるものとし上告人の請求額を減縮したるは違法の〓しきものなりと信ずと云ひ』其第五点は原判決理由に「返済期を遅滞したる場合には其遅滞中毎月千円宛を遅滞料として弁済する事を約したる分は利息制限法第五条により損害の補償と看做すべく云云(中略)」一个月三百円に減額せり。
然るに利息制限法第五条は商事に適用せざることは商法施行法の規定する所にして本件債権が商事なるや民事なるやは尤も重要なるものなり。
然るに原判決に於ては此重要なる点に付き何等の説明を与へず漫然同法五条を適用したるは理由不備の裁判にして破毀を免れずと信ずと云ふに在り
然れども訴訟記録に就き甲第二号証の記載を閲読するに其記載中謝金として二千円を支払ふべき旨を約したる部分は原判示の如く元本使用の対価として其謝金の支払を約したるものと解することを得べく又淹滞料として毎月金一千円つつを支払ふべき旨を約したる部分は原判示の如く返済期限に元利金等を支払ふべき約定の違背に因る損害の補償を約したるものと解することを得べし。
故に原裁判所が甲第二号証の記載中の右各部分を解して其判示の如き約旨に出でたるものと認定したるは其専権たる証拠判断の範囲に属し違法にあらず。
従て其認定の各約旨は共に金銭の消費貸借に関するものなること明白なれば之に利息制限法の規定を適用したる原判決は正当なり。
利息制限法第五条の規定に付ては所論の如き解釈を為したる本院の判例ありと雖も民法施行法に依れば同法第五十二条に於て利息制限法中単に其第三条の規定のみを削除したるに止まり其他の規定は皆之を民法施行後に存続せしめたること明白にして又他に反対の解釈を容るべき法規の存するを見されば利息制限法第五条は其他の削除せられざる各規定と共に民法施行後に於ても依然として存在し現行法として遵由の効力を有するものと謂はざる可からず。
民法施行法第五十六条の規定は唯金銭債務の不履行に因る損害賠償の額を定むるに付き依るべき利率に関する経過法を定めたるものに過ぎざれば之に依りて利息制限法第五条の規定を民法施行後に生じたる債務関係に適用せしめざるの法意に出でたるものと解することを得ず。
且つ民法施行後に制定せられたる商法施行法第百十七条に於て利息制限法第五条の規定は商事には之を適用せざる旨を特に明言せるは畢竟民事に付ては民法施行後に生じたる債務関係にも之を適用するか為めに外ならざるや知るべし。
故に従前の本院判例は係を変更し利息制限法第五条の規定は民法施行後に生じたる金銭貸借に因る債務関係に付き民法第四百二十条の規定に対する特別法規として之を適用すべきものと解するを相当とす。
若し夫れ所論の如き本件消費貸借が商事に関するものなりや否やの問題に至ては当事者双方共に原審に於て之を論争したる形跡あることなく却て暗に民事に関するものとして弁論したることは記録上其弁論の全旨趣に推知するに難からざれば原裁判所が所論の如き問題に論及することなく本件消費貸借を民事に関するものとして之に利息制限法第五条を適用したるは当然なり。
要するに原判決は毫も所論の如き違法あるものと謂ふべからず。
以上説明したるが如く本件に於ては従前の本院判例と相反する意見あるを以て裁判所構成法第四十九条に依り民事の総部を連合して審判し本件上告を理由なしと評決したるを以て民事訴訟法第四百五十二条及び第七十七条に依り主文の如く判決す