大正九年(オ)第三十五號
大正九年四月八日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第七百二十八條ハ單ニ繼父母ト繼子トノ間ニ於テハ親子間ニ鴎ケルト同一ノ親族關係ヲ生スト規定スルノミニシテ繼子トハ如何ナル者ヲ指スカニ付キ別段ノ規定ヲ存セスト雖モ繼子トハ配偶者ノ前婚ノ子ニシテ婚姻ノ當時配偶者ノ家ニ在リタル者又ハ婚姻中其家ニ入リタル者ヲ稱スト爲スヲ以テ我古來ノ慣習ニ適シ且之ヲ以テ現行法ノ解釋上正當ナリト爲ササルヘカラス
- 一 配偶者ノ前婚ノ子ト謂フハ配偶者ト其前婚ノ夫又ハ妻トノ間ニ生レタル實子タルコトヲ要スルモノニ非スシテ苟モ配偶者カ其前夫又ハ前妻ト婚姻ヲ爲シタルニ因リテ其子ト法律上親子關係ヲ取得シタル者ナル以上之ヲ目シテ繼子ト稱スルニ妨ナキモノトス
- 一 民法第七百二十九條第二項ノ所謂生存配偶者カ其家ヲ去ルトハ婚家ニ對スル從來ノ情諠ヲ棄テ全然其家ト關係ヲ絶ツノ意思ニテ其家ヲ去ルノ旨趣ニシテ同條第一項ヲ以テ離婚ノ場合ニ於テ繼親子關係ノ絶止ヲ認ムルト同時ニ其第二項ニ於テ生存配偶者カ從來籍屬セル婚家ト絶縁スル意思ヲ以テ其家ヲ去リタル場合ニ於テモ亦利親子ノ關係ヲ消滅セシメタルニ過キスシテ死亡シタル配偶者カ繼子ノ實父若クハ實母タルカ爲メ生存配偶者ニ於テ家ヲ去リタル場合ニ限リ繼親子關係ヲ認メタルモノニ非ス又死亡者カ實父母タルト否トヲ區別スルノ要ナキモノトス
(參照)繼父母ト繼子ト又嫡母ト庶子トノ間ニ於テハ親子間ニ於ケルト同一ノ親族關係ヲ生ス(民法第七百二十八條)
姻族關係及ヒ前條ノ親族關係ハ離婚ニ因リテ止ム」夫婦ノ一方カ死亡シタル場合ニ於テ生存配偶者カ其家ヲ去リタルトキ亦同シ(民法第七百二十九條)
上告人 小川ぢう
訴訟代理人 長峰安三郎 清松林太郎
被上告人 關谷イワ 外五名
右當事者間ノ遺産相續確認竝登記手續請求事件ニ付東京控訴院カ大正八年十一月二十八日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告費用ハ上告人ノ負擔トス
理由
上告論旨第一點ハ原判決ハ繼父ノ後妻モ亦繼子トノ間ニ繼親子關係ヲ生スルモノナリト云フヲ以テ裁判ノ基礎ト爲スト雖モ繼親子關係ハ家ニアル實親ノ後繼配偶者ト繼子トノ間ニ認ムルノミニシテ繼親ノ後繼配偶者ト繼子トノ間ニ認ムルモノニ非サルコトハ極メテ明白ナル事理ニ屬シ御院判例ノ示ス所ナリ(御院大正六年(ク)第二二七號事件)從テ原判決ハ法律ノ解釋ヲ誤レルモノトス繼親ノ後繼配偶者即繼父ノ後妻又ハ繼母ノ後夫ト繼子トノ間ニ繼親子關係ヲ發生セシムカ如キハ法ノ想像セサル所ナリ抑モ親子ハ人ノ純美ナル徳性ニ基ク自然ノ愛情ノ結合ニシテ以テ人論ノ始メヲ爲シ道徳上社會上最重大ナル地位ヲ占ムルモノナルコトハ云フヲ竢タス故ニ法ハ此天然ノ性情ニ重キヲ置キ是ニ相當スル監護扶助ノ途ヲ定メ(一)親權(二)婚姻養子縁組等ニ於ケル同意(三)相續扶養義務等ノ規定ヲ設ケタリ從テ是等ニ關スル規定ノ精神ヲ全フスルニハ實親子ニ非サレハ不可ナリト雖モ社會ノ複雜ナル實情ト我古來ノ慣習制度ノ已ムヲ得サルモノアルトニヨリ法ハ親子ニ非サルモノヲ親子トスルノ擬制ヲ設ケタリ即養親子嫡母庶子利親子等是ナリ繼親子ハ往往ニシテ感情ノ融和ヲ缺キ一家ノ團樂ヲ傷クルコトアリト雖配偶者ノ一方カ子ノ實親ナル場合ニ他方ニ親子關係ヲ認メサルハ却テ感情ノ疎隔ヲシテ甚シカラシムル虞アルノミナラス我古來ノ慣習上認ムル所ナルヲ以テ法ハ繼親子關係ヲ認ムルト同時ニ或場合(婚姻養子縁組ニ不同意ノ場合ノ如キ)ニ繼親ノ權利ヲ制限シテ繼子ノ利益ヲ保護セリ然ルニ若シ原判決ノ示ス如ク繼父ノ後妻繼母ノ後夫ト繼子トノ間ニモ更ニ繼親子關係ヲ生スルモノトセハ何等自然ノ性情ヲ存セサル繼親ノ關係ニヨリテ更ニ繼親ヲ生スルコトトナリ繼子ハ再轉三轉シ來ル繼親ヲ順次戴カサルヲ得サル結果トナリ而シテ繼子及繼子ノ實親モ何等自然ノ情誼ヲ存セス直接何等ノ因縁ナキ是等繼親カ繼子ノ上ニ法律上前述ノ如キ父母ノ權利ヲ行フニ於テハ繼子ニ取リテ堪ユヘカラサルモノアルハ勿論ニシテ斯ノ如キハ我邦古來ノ慣習ニモ非ス又現行法ノ認ムル所ニモ非サルナリ之ヲ法條ニ徴スルニ民法第七百二十九條第二項ニ「夫婦ノ一方カ死亡シタル場合ニ於テ生存配偶者カ其家ヲ去リタルトキ亦同シ」ト規定シ前條及第一項ノ規定ノ關係上繼親子關係ハ夫婦ノ一方カ死亡シ生存配偶者即チ繼親カ家ヲ去リタルトキハ終止スルモノトセリ詳言スレハ家ヲ去ル生存配偶者カ繼親ニシテ死亡者カ實親ナル場合ナリ而シテ此規定ノ反面ニ於テハ實親カ死亡セス之ト共ニ其配偶者タル繼親カ家ヲ去ス場合ニ於テハ其一方カ實親ナルカ故ニ既ニ發生セル繼親子關係ヲ存續セシムルノ法意ヲ藏ス然ルニ若シ繼親ノ後繼配偶者ト繼子トノ間ニモ繼親子關係ヲ生スルモノトセハ同時ニ父母共ニ繼親トナリ右第七百二十九條第一項ノ規定ハ無意義ニ歸スヘシ何トナレハ父母共ニ繼親ナル場合ニ於テ共ニ家ヲ去ルト其一方カ死亡シタル後ニ於テ家ヲ去ルト若クハ一方死亡後ニ更ニ配偶者ヲ迎ヘテ共ニ家ヲ去ルトニヨリ或ハ繼親子關係ヲ存續シ或ハ絶止スル何等法律上ノ根據ナケレハナリ知ルヘシ法ハ繼親ノ後繼配偶者ト繼子トノ繼親子關係ヲ認メス從テ父母共ニ繼親ナル場合ヲ想像セサルコトヲ同條第一項ノ規定モ亦繼親子關係ハ實親ノ配偶者ト子トノ間ニノミ發生スルコトヲ推測スルニ足ル即チ繼親子關係ハ離婚ニ因リテ止ムモノトセルカ此離婚ハ實親ト繼親トノ離婚ヲ指スモノニシテ父母共ニ繼親タルコトアルヲ前提トシテ其間ノ離婚ヲモ含ムモノト見ルコトヲ得ス若シ父母共ニ繼親タルコトアルヘキヲ前提トシ其間ノ離婚ヲモ想像スルモノトセハ本條項ハ極メテ不明確ニシテ場合ヲ盡ササルモノトナルヘシ第一離婚ニ因リテ止ム繼親子關係ハ繼父繼母ノ孰レナリヤ將雙方ナリヤ若シ雙方共ナリトセハ事理ニ合セス第二繼父繼母ノ婚姻ニ因リ生シタルモノノミカ終止スルヲ自然ノ事理トスヘキモ然ラハ離婚當事者ノ一方ノ繼親子關係ハ尚存續スル旨ノ規定ヲ存セサレハ疑義ヲ生ス然レトモ解釋上斯ル不備ノ規定ヲ爲セルモノト云フヘカラサルハ勿論ニシテ法ハ家ニ在ル實親ノ婚姻ニヨリテノミ繼親ヲ生スルモノトスルノ結果單ニ離婚ニ因リテ止ムノ一語ヲ以テ盡セルナリ(御院大正六年(ク)第三四八號判例引用ス)原判決ニ於ケル繼父ノ後妻繼母ノ後夫ト繼子トノ間ニ更ニ繼親子關係ヲ生ストスルカ如キハ我國古來ノ慣習ニ非ス之ニ關シ民法施行前ノ慣習法トモ稱スヘキモノ左ノ如キ伺指令アリ明治二十年八月二日愛知縣伺中第七條從來戸主繼父母ヲ貰フコトヲ得サル義ト相心得候得共其名ハ同樣ニ父母ヲ貰フヲ得サル義ニシテ即チ母ニ後夫ヲ貰ヘハ此ヲ繼父ト稱ス父後妻ヲ娶レハ之ヲ繼母ト稱スルハ勿論ニシテ其父若クハ母ノ離縁後繼父ハ後妻ヲ娶リ繼母後夫ヲ迎フルトキハ即チ繼父母ト相成候得共繼父母ヲ同時ニ貰フニ非サレハ差支無之義ニ候哉第八條額書ハ總テ戸主ノ身續ヲ記載スヘキ例ニ付テハ繼父母繼子等悉ク明記スヘキモノト相心得可然哉又ハ單ニ母後夫及父後妻或ハ前夫ノ子ト額書シ可然哉但後段ノ如ク記載スヘキモノトセハ亡母ノ後夫更ニ妻ヲ娶リ亡父ノ後妻更ニ後夫ヲ迎ヘ或ハ前夫ノ子妻ヲ娶リ及子女ヲ擧ケタルトキ其夫妻及子女ノ額書ハ如何記載スヘキモノニ候哉右ニ對シ同年十一月二十九日指令(内務司法兩省ナラン」第七條繼父後妻ヲ娶リ繼母後夫ヲ迎ヘタルトキハ戸籍上繼父後妻又ハ繼母後夫ト記スヘシ第八條繼父母前夫ノ子ト額書スヘシ但書亡夫ノ後妻ノ後夫亡母ノ後夫ノ後妻ハ前條指令ノ通リ前夫ノ子ノ妻子ハ前夫ノ子妻前夫ノ子長二男女ト額書スヘシ(自治館出版人事慣例全集二三七、八頁)之ニ依レハ繼父母ノ後繼配偶者ハ繼父母ト稱セスシテ繼父ノ後妻繼母ノ後父ト稱シ(指令第七條第八條第二段)母ノ後夫父ノ後妻即實父母ノ後繼配偶者ハ繼母繼父ト稱ス(指令第八條第一段)ルヲ見ルヘシ而シテ現行民法ハ繼父母ノ何タルヤヲ明示セサルヲ以テ從前ノ稱呼ニ從ヘルモノト解スヘキハ當然ナリ更ニ舊民法人事編ノ規定ヲ見ルニ第二十三條嫡母、繼父又ハ繼母ト其配偶者ノ子トノ關係ハ親子ニ準ストアリテ或者ノ配偶者ノ實養子ト其者トノ間ニノミ繼親子關係ヲ認ムルコト洵ニ明カナリ而シテ現行法カ繼父母ノ語ヲ之ニ異ナレル意義ニ用ユルコトノ何等徴スヘキモノナク却テ全然同意義ニ用ヒタルコト既ニ縷述スル所ノ如シト云フニ在リ
按スルニ民法第七百二十八條ハ單ニ繼父母ト繼子トノ間ニ於テハ親子間ニ於ケルト同一ノ親族關係ヲ生スト規定スルノミニシテ繼子トハ如何ナル者ヲ指スカニ付キ別段ノ規定ヲ存セサルモ繼子トハ配偶者ノ前婚ノ子ニシテ婚姻ノ當時配偶者ノ家ニ在リタル者又ハ婚姻中其家ニ入リタル者ヲ稱スト爲スヲ以テ我古來ノ慣習ニ適スルモノトスヘク又之ヲ以テ現行法ノ解釋上正當ト爲ササルヘカラス然レトモ配偶者ノ前婚ノ子ト云フハ配偶者ト其前婚ノ夫又ハ妻トノ間ニ生シタル實子タルコトヲ要スルモノニアラス苟クモ配偶者カ其前夫又ハ前妻ト婚姻ヲ爲シタルニ因リテ其子ト法律上親子關係ヲ取得シタル者ナル以上之ヲ目シテ繼子ト稱スルニ妨ナシ故ニ繼母カ再婚セルトキハ繼子ハ其配偶者タル夫ニ對シ繼父子ノ關係ヲ生スヘク繼父カ再婚シタルトキハ其配偶者トシテ迎ヘタル後妻ニ對シ繼母子ノ關係ヲ生スヘシ斯ノ如キハ民法カ本來姻族關係ニ過キサル者ノ間ニ親子ト同一ノ親族關係ヲ發生セシメタル旨趣ニ一致シ尤モ善ク家族制度ニ由來スル我國情ニ適合スルノミナラス又從來ノ慣例ニモ反スル所ナシ蓋シ子カ自己ノ生父又ハ生母ノ配偶者ニシテ家籍ヲ同フスル場合之ヲ繼父又ハ繼母トシテ其子トノ間ニ親子ト同一ノ親族關係ヲ發生スルモノトセル民法第七百二十八條ハ家族間ニ於ケル秩序ヲ維持スルト共ニ其間ニ於ケル情誼ヲ圓滿ナラシメ以テ一家ノ和平ヲ期シタルニ因ルモノニシテ・旦繼父子又ハ繼母子トシテ親子關係ヲ發生シタル以上ハ其繼父又ハ繼母ノ後繼配偶者ニ對シテモ亦繼父又ハ繼母トシテ親子ト同一ノ身分關係ヲ認ムルニ非サレハ同條ノ法意ヲ貫徹スル能ハサルヘク從來ノ慣例ニ徴スルモ敢テ之ヲ否定シタルモノト認ムヘキ事跡アルコトナシ上告代理人カ援用スル明治二十年十一月二十九日ノ指令第七條第八條ハ從來ノ慣例上繼父母ノ後繼配偶者ハ實質上繼父母ナリヤ否ヤノ問題ヲ決定シタルモノニアラスシテ唯戸籍簿上親子ノ續柄ヲ詳カニスル爲メ繼父ノ後妻又ハ繼母ノ後夫ト記入スヘキモノナルコトヲ指示シタルニ過キサルヲ以テ之ニ依リ斯ル慣例ノ存在ヲ肯定シ難ク又同シク上告代理人ノ引用セル舊民法人事編ノ規定ハ現行民法第七百二十八條ト旨趣ニ於テ異ナル所ナケレハ是亦反對ノ慣例ノ存在ヲ是認シタルモノト爲シ難シ上告代理人ハ更ニ民法第七百二十九條第二項ノ規定ヲ引用シテ法意再繼親子關係ヲ認メサルニ在ルカ如ク論スルモ同條ノ所謂生存配偶者カ其家ヲ去ルトハ婚家ニ對スル從來ノ情誼ヲ棄テ全然其家ト關係ヲ絶ツノ意思ニテ其家ヲ去ルノ旨趣ニシテ此點ニ於テ離婚復籍ト異ナル所ナケレハ繼親子關係ヲ認メタル立法ノ基礎カ繼子カ配偶者ニ對スル子タル身分アルカ故ナル事及ヒ後繼配偶者カ子ノ屬スル家ニ籍屬セル關係アルカ爲メナル事等ニ存スルニ照シ同條第一項ヲ以テ離婚ノ場合ニ於テ繼親子關係ノ絶止ヲ認ムルト同時ニ其第二項ニ於テ生存配偶者カ從來籍屬セル婚家ト絶縁スル意思ニテ其家ヲ去リタル場合ニ於テモ亦繼親子ノ關係ヲ消滅セシメタルニスキスシテ死亡シタル配偶者カ繼子ノ實父若クハ實母タルカ爲メ生存配偶者ニ於テ家ヲ去リタル場合ニ限リ繼親子關係ノ消滅ヲ認メタルモノニアラス又死亡者カ實父母タルト否トヲ區別シテ同條項ノ適用ヲ左右スヘキ何等ノ根據アルコトナケレハ之ヲ以テ論旨ヲ是認スヘキ資料ト爲スヲ得ス所論引用ニ係ル當院大正六年(ク)二二七號決定ハ繼親子關係ヲ發生スヘキ基礎タル婚姻ハ戸内婚姻ナルト然ラサルモノナルトヲ問ハサル旨趣ヲ判示スルニ當リ其關係ノ發生スヘキ普通ノ場合ヲ擧示シタルニ止マリ此關係ヲ發生スヘキ場合ヲ限定セントセル旨趣ニアラス又同年(ク)三四八號本院決定ハ繼父母ハ繼子ヲ通シテ其直系卑屬トノ間ニ準血族關係ヲ發生スヘキコトヲ判示シタルニ過キス之ニ因リテ繼親子ノ範圍ヲ定メントシタルモノニ非サルコト明白ナルヲ以テ何レモ之ニヨリ論旨ヲ肯定スヘキ範ト爲スニ足ラサルモノトス
以上説明スルカ如ク我法制上繼父母ノ後繼配偶者モ亦繼父母トシテ繼子トノ間ニ親子ト同一ノ親族關係ヲ生スルモノト爲スヲ正當トスル以上本件ニ於テ原院カ亡小川ヒサト被上告人ノ内關谷イワ及ヒ小川儀三郎トノ間ニ繼親子關係アルモノトシテイワ、儀三郎ヲヒサノ遺産ニ付キ相續權アルモノト斷シタルハ正當ニシテ原判決ハ毫モ法則ノ解釋ヲ誤リタル不法アルモノニ非ス
同第二點ハ上告人ハ原審ニ於テ本件ノ土地建物ハ亡ヒサノ遺産ニ非ス亡ヒサノ夫タル甚之丞カ被上告人小川純一ノ家ヨリ分家後買得シ若クハ建築(一部ハ上告人カ戸主中建築)シタル住宅ニシテ且分家唯一ノ財産ナリ唯原審ニ於テ被上告人ト共同訴訟人ナリシ甚之丞ノ實子長平等ノ強請ヲ慮リ甚之丞カ生存中妻ヒサ名義ニ假裝シ置ケルノミ而シテ甚之丞ハ明治四十四年二月二十五日死亡シ上告人家督相續ヲ爲シテ女戸主トナリ大正三年十二月十四日上告人ト小川隆平トノ入夫婚姻ニ因リ隆平カ家督相續ヲ爲セルヲ以テ本件土地建物ハ甚之丞ヨリ上告人ニ上告人ヨリ隆平ニ家督相續ニヨリテ移轉セルモノニテ此事實ハ上告人ト隆平トノ間ノ判決ニヨリテ確定シ現ニ小川隆平ノ名義ト爲リ上告人ハ全然本件財産關係ヨリ離脱セルモノナルコトヲ主張シ立證トシテ乙第四號證乙第五號證ノ登記濟證ヲ提出セリ然レハ假リニ上告人カ被上告人等ト亡ヒサノ共同遺産相續人ナリトスルモ上告人ノ被上告人等ニ對スル共同遺産相續人タルコトノ確認ハ何等ノ效力ヲ發生セス又共同登記ノ如キ法律上全ク不能ナリ從テ被上告人等ノ原審ニ於ケル請求ハ何等利益ナキニ歸スルヲ以テ原裁判所ハ須ク無訴權ノ法則ヲ適用シテ被上告人ノ請求ヲ却下セラルヘキモノナルニ事茲ニ出テサリシハ法則ヲ適用セサル不法アルモノト思考スト云フニ在リ
然レトモ本件不動産カ家督相續ニヨリ上告人ノ入夫小川隆平ノ所有ニ歸シタリトノ事實ハ被上告人ノ否認スル所ニシテ原判決モ亦此事實ヲ認ムルニ足ルヘキ立證ナシトシテ排斥シタルコト原判決及ヒ第一審判決事實摘示ニ徴シ明白ナルノミナラス上告人ト隆平トノ間ニ於ケル訴訟ノ判決ニ因リ右ノ事實カ確定セラレタリトノコトハ原判決ノ認メサル所ナレハ此事實主張ヲ基礎トシ原判決ノ不法ヲ云爲セントスル本論旨ハ之ヲ採用スルニ由ナキモノトス
因テ本件上告ヲ理由ナシトシ民事訴訟法第四百五十二條第七十七條ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス
大正九年(オ)第三十五号
大正九年四月八日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第七百二十八条は単に継父母と継子との間に於ては親子間に鴎けると同一の親族関係を生ずと規定するのみにして継子とは如何なる者を指すかに付き別段の規定を存せずと雖も継子とは配偶者の前婚の子にして婚姻の当時配偶者の家に在りたる者又は婚姻中其家に入りたる者を称すと為すを以て我古来の慣習に適し、且、之を以て現行法の解釈上正当なりと為さざるべからず。
- 一 配偶者の前婚の子と謂ふは配偶者と其前婚の夫又は妻との間に生れたる実子たることを要するものに非ずして苟も配偶者が其前夫又は前妻と婚姻を為したるに因りて其子と法律上親子関係を取得したる者なる以上之を目して継子と称するに妨なきものとす。
- 一 民法第七百二十九条第二項の所謂生存配偶者が其家を去るとは婚家に対する従来の情諠を棄で全然其家と関係を絶つの意思にて其家を去るの旨趣にして同条第一項を以て離婚の場合に於て継親子関係の絶止を認むると同時に其第二項に於て生存配偶者が従来籍属せる婚家と絶縁する意思を以て其家を去りたる場合に於ても亦利親子の関係を消滅せしめたるに過ぎずして死亡したる配偶者が継子の実父若くは実母たるか為め生存配偶者に於て家を去りたる場合に限り継親子関係を認めたるものに非ず又死亡者が実父母たると否とを区別するの要なきものとす。
(参照)継父母と継子と又嫡母と庶子との間に於ては親子間に於けると同一の親族関係を生ず。
(民法第七百二十八条)
姻族関係及び前条の親族関係は離婚に因りて止む」夫婦の一方が死亡したる場合に於て生存配偶者が其家を去りたるとき亦同じ。
(民法第七百二十九条)
上告人 小川ぢう
訴訟代理人 長峯安三郎 清松林太郎
被上告人 関谷いわ 外五名
右当事者間の遺産相続確認並登記手続請求事件に付、東京控訴院が大正八年十一月二十八日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
本件上告は之を棄却す
上告費用は上告人の負担とす。
理由
上告論旨第一点は原判決は継父の後妻も亦継子との間に継親子関係を生ずるものなりと云ふを以て裁判の基礎と為すと雖も継親子関係は家にある実親の後継配偶者と継子との間に認むるのみにして継親の後継配偶者と継子との間に認むるものに非ざることは極めて明白なる事理に属し御院判例の示す所なり。
(御院大正六年(ク)第二二七号事件)。
従て原判決は法律の解釈を誤れるものとす。
継親の後継配偶者即継父の後妻又は継母の後夫と継子との間に継親子関係を発生せしむが如きは法の想像せざる所なり。
抑も親子は人の純美なる徳性に基く自然の愛情の結合にして以て人論の始めを為し道徳上社会上最重大なる地位を占むるものなることは云ふを竢たず。
故に法は此天然の性情に重きを置き是に相当する監護扶助の途を定め(一)親権(二)婚姻養子縁組等に於ける同意(三)相続扶養義務等の規定を設けたり。
従て是等に関する規定の精神を全ふするには実親子に非ざれば不可なりと雖も社会の複雑なる実情と我古来の慣習制度の己むを得ざるものあるとにより法は親子に非ざるものを親子とするの擬制を設けたり即養親子嫡母庶子利親子等是なり。
継親子は往往にして感情の融和を欠き一家の団楽を傷くることありと雖配偶者の一方が子の実親なる場合に他方に親子関係を認めざるは却て感情の疎隔をして甚しからしむる虞あるのみならず我古来の慣習上認むる所なるを以て法は継親子関係を認むると同時に或場合(婚姻養子縁組に不同意の場合の如き)に継親の権利を制限して継子の利益を保護せり。
然るに若し原判決の示す如く継父の後妻継母の後夫と継子との間にも更に継親子関係を生ずるものとせば何等自然の性情を存せざる継親の関係によりて更に継親を生ずることとなり継子は再転三転し来る継親を順次戴かざるを得ざる結果となり。
而して継子及継子の実親も何等自然の情誼を存せず直接何等の因縁なき是等継親が継子の上に法律上前述の如き父母の権利を行ふに於ては継子に取りて堪ゆへからざるものあるは勿論にして斯の如きは我邦古来の慣習にも非ず又現行法の認むる所にも非ざるなり。
之を法条に徴するに民法第七百二十九条第二項に「夫婦の一方が死亡したる場合に於て生存配偶者が其家を去りたるとき亦同じ。」と規定し前条及第一項の規定の関係上継親子関係は夫婦の一方が死亡し生存配偶者即ち継親が家を去りたるときは終止するものとせり詳言すれば家を去る生存配偶者が継親にして死亡者が実親なる場合なり。
而して此規定の反面に於ては実親が死亡せず之と共に其配偶者たる継親が家を去す場合に於ては其一方が実親なるが故に既に発生せる継親子関係を存続せしむるの法意を蔵す。
然るに若し継親の後継配偶者と継子との間にも継親子関係を生ずるものとせば同時に父母共に継親となり右第七百二十九条第一項の規定は無意義に帰すべし。
何となれば父母共に継親なる場合に於て共に家を去ると其一方が死亡したる後に於て家を去ると若くは一方死亡後に更に配偶者を迎へて共に家を去るとにより或は継親子関係を存続し或は絶止する何等法律上の根拠なければなり。
知るべし法は継親の後継配偶者と継子との継親子関係を認めず。
従て父母共に継親なる場合を想像せざることを同条第一項の規定も亦継親子関係は実親の配偶者と子との間にのみ発生することを推測するに足る。
即ち継親子関係は離婚に因りて止むものとせるか此離婚は実親と継親との離婚を指すものにして父母共に継親たることあるを前提として其間の離婚をも含むものと見ることを得ず。
若し父母共に継親たることあるべきを前提とし其間の離婚をも想像するものとせば本条項は極めて不明確にして場合を尽さざるものとなるべし第一離婚に因りて止む継親子関係は継父継母の孰れなりや将双方なりや若し双方共なりとせば事理に合せず第二継父継母の婚姻に因り生じたるもののみか終止するを自然の事理とすべきも然らば離婚当事者の一方の継親子関係は尚存続する旨の規定を存せざれば疑義を生ず。
然れども解釈上斯る不備の規定を為せるものと云ふべからざるは勿論にして法は家に在る実親の婚姻によりてのみ継親を生ずるものとするの結果単に離婚に因りて止むの一語を以て尽せるなり。
(御院大正六年(ク)第三四八号判例引用す)原判決に於ける継父の後妻継母の後夫と継子との間に更に継親子関係を生ずとするが如きは我国古来の慣習に非ず之に関し民法施行前の慣習法とも称すべきもの左の如き伺指令あり明治二十年八月二日愛知県伺中第七条従来戸主継父母を貰ふことを得ざる義と相心得候得共其名は同様に父母を貰ふを得ざる義にして、即ち母に後夫を貰へは此を継父と称す父後妻を娶れば之を継母と称するは勿論にして其父若くは母の離縁後継父は後妻を娶り継母後夫を迎ふるときは。
即ち継父母と相成候得共継父母を同時に貰ふに非ざれば差支無之義に候哉第八条額書は総で戸主の身続を記載すべき例に付ては継父母継子等悉く明記すべきものと相心得可然哉又は単に母後夫及父後妻或は前夫の子と額書し可然哉。
但後段の如く記載すべきものとせば亡母の後夫更に妻を娶り亡父の後妻更に後夫を迎へ或は前夫の子妻を娶り及子女を挙けたるとき其夫妻及子女の額書は如何記載すべきものに候哉右に対し同年十一月二十九日指令(内務司法両省ならん」第七条継父後妻を娶り継母後夫を迎へたるときは戸籍上継父後妻又は継母後夫と記すべし。
第八条継父母前夫の子と額書すべし。
但書亡夫の後妻の後夫亡母の後夫の後妻は前条指令の通り前夫の子の妻子は前夫の子妻前夫の子長二男女と額書すべし。
(自治館出版人事慣例全集二三七、八頁)之に依れば継父母の後継配偶者は継父母と称せずして継父の後妻継母の後父と称し(指令第七条第八条第二段)母の後夫父の後妻即実父母の後継配偶者は継母継父と称す(指令第八条第一段)るを見るべし、而して現行民法は継父母の何たるやを明示せざるを以て従前の称呼に従へるものと解すべきは当然なり。
更に旧民法人事編の規定を見るに第二十三条嫡母、継父又は継母と其配偶者の子との関係は親子に準ずとありて或者の配偶者の実養子と其者との間にのみ継親子関係を認むること洵に明かなり。
而して現行法が継父母の語を之に異なれる意義に用ゆることの何等徴すべきものなく却て全然同意義に用ひたること既に縷述する所の如しと云ふに在り
按ずるに民法第七百二十八条は単に継父母と継子との間に於ては親子間に於けると同一の親族関係を生ずと規定するのみにして継子とは如何なる者を指すかに付き別段の規定を存せざるも継子とは配偶者の前婚の子にして婚姻の当時配偶者の家に在りたる者又は婚姻中其家に入りたる者を称すと為すを以て我古来の慣習に適するものとすべく又之を以て現行法の解釈上正当と為さざるべからず。
然れども配偶者の前婚の子と云ふは配偶者と其前婚の夫又は妻との間に生じたる実子たることを要するものにあらず。
苟くも配偶者が其前夫又は前妻と婚姻を為したるに因りて其子と法律上親子関係を取得したる者なる以上之を目して継子と称するに妨なし。
故に継母が再婚せるときは継子は其配偶者たる夫に対し継父子の関係を生ずべく継父が再婚したるときは其配偶者として迎へたる後妻に対し継母子の関係を生ずべし斯の如きは民法が本来姻族関係に過ぎざる者の間に親子と同一の親族関係を発生せしめたる旨趣に一致し尤も善く家族制度に由来する我国情に適合するのみならず又従来の慣例にも反する所なし。
蓋し子が自己の生父又は生母の配偶者にして家籍を同ふする場合之を継父又は継母として其子との間に親子と同一の親族関係を発生するものとせる民法第七百二十八条は家族間に於ける秩序を維持すると共に其間に於ける情誼を円満ならしめ以て一家の和平を期したるに因るものにして・旦継父子又は継母子として親子関係を発生したる以上は其継父又は継母の後継配偶者に対しても亦継父又は継母として親子と同一の身分関係を認むるに非ざれば同条の法意を貫徹する能はざるべく従来の慣例に徴するも敢て之を否定したるものと認むべき事跡あることなし上告代理人が援用する明治二十年十一月二十九日の指令第七条第八条は従来の慣例上継父母の後継配偶者は実質上継父母なりや否やの問題を決定したるものにあらずして唯戸籍簿上親子の続柄を詳かにする為め継父の後妻又は継母の後夫と記入すべきものなることを指示したるに過ぎざるを以て之に依り斯る慣例の存在を肯定し難く又同しく上告代理人の引用せる旧民法人事編の規定は現行民法第七百二十八条と旨趣に於て異なる所なければ是亦反対の慣例の存在を是認したるものと為し難し上告代理人は更に民法第七百二十九条第二項の規定を引用して法意再継親子関係を認めざるに在るが如く論するも同条の所謂生存配偶者が其家を去るとは婚家に対する従来の情誼を棄で全然其家と関係を絶つの意思にて其家を去るの旨趣にして此点に於て離婚復籍と異なる所なければ継親子関係を認めたる立法の基礎が継子が配偶者に対する子たる身分あるが故なる事及び後継配偶者が子の属する家に籍属せる関係あるか為めなる事等に存するに照し同条第一項を以て離婚の場合に於て継親子関係の絶止を認むると同時に其第二項に於て生存配偶者が従来籍属せる婚家と絶縁する意思にて其家を去りたる場合に於ても亦継親子の関係を消滅せしめたるにすきずして死亡したる配偶者が継子の実父若くは実母たるか為め生存配偶者に於て家を去りたる場合に限り継親子関係の消滅を認めたるものにあらず。
又死亡者が実父母たると否とを区別して同条項の適用を左右すべき何等の根拠あることなければ之を以て論旨を是認すべき資料と為すを得ず。
所論引用に係る当院大正六年(ク)二二七号決定は継親子関係を発生すべき基礎たる婚姻は戸内婚姻なると然らざるものなるとを問はざる旨趣を判示するに当り其関係の発生すべき普通の場合を挙示したるに止まり此関係を発生すべき場合を限定せんとせる旨趣にあらず。
又同年(ク)三四八号本院決定は継父母は継子を通じて其直系卑属との間に準血族関係を発生すべきことを判示したるに過ぎず之に因りて継親子の範囲を定めんとしたるものに非ざること明白なるを以て何れも之により論旨を肯定すべき範と為すに足らざるものとす。
以上説明するが如く我法制上継父母の後継配偶者も亦継父母として継子との間に親子と同一の親族関係を生ずるものと為すを正当とする以上本件に於て原院が亡小川ひさと被上告人の内関谷いわ及び小川儀三郎との間に継親子関係あるものとしていわ、儀三郎をひさの遺産に付き相続権あるものと断したるは正当にして原判決は毫も法則の解釈を誤りたる不法あるものに非ず
同第二点は上告人は原審に於て本件の土地建物は亡ひさの遺産に非ず亡ひさの夫たる甚之丞が被上告人小川純一の家より分家後買得し若くは建築(一部は上告人が戸主中建築)したる住宅にして、且、分家唯一の財産なり。
唯原審に於て被上告人と共同訴訟人なりし甚之丞の実子長平等の強請を慮り甚之丞が生存中妻ひさ名義に仮装し置けるのみ。
而して甚之丞は明治四十四年二月二十五日死亡し上告人家督相続を為して女戸主となり大正三年十二月十四日上告人と小川隆平との入夫婚姻に因り隆平が家督相続を為せるを以て本件土地建物は甚之丞より上告人に上告人より隆平に家督相続によりて移転せるものにて此事実は上告人と隆平との間の判決によりて確定し現に小川隆平の名義と為り上告人は全然本件財産関係より離脱せるものなることを主張し立証として乙第四号証乙第五号証の登記済証を提出せり。
然れば仮りに上告人が被上告人等と亡ひさの共同遺産相続人なりとするも上告人の被上告人等に対する共同遺産相続人たることの確認は何等の効力を発生せず又共同登記の如き法律上全く不能なり。
従て被上告人等の原審に於ける請求は何等利益なきに帰するを以て原裁判所は須く無訴権の法則を適用して被上告人の請求を却下せらるべきものなるに事茲に出でさりしは法則を適用せざる不法あるものと思考すと云ふに在り
然れども本件不動産が家督相続により上告人の入夫小川隆平の所有に帰したりとの事実は被上告人の否認する所にして原判決も亦此事実を認むるに足るべき立証なしとして排斥したること原判決及び第一審判決事実摘示に徴し明白なるのみならず上告人と隆平との間に於ける訴訟の判決に因り右の事実が確定せられたりとのことは原判決の認めざる所なれば此事実主張を基礎とし原判決の不法を云為せんとする本論旨は之を採用するに由なきものとす。
因で本件上告を理由なしとし民事訴訟法第四百五十二条第七十七条を適用し主文の如く判決す