大正八年(オ)第五百七十二號
大正八年十二月十一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 共有ノ持分ヲ讓受タル者ハ讓渡人ノ地位ヲ承繼シテ共有者ト爲リ共有物分割又ハ共有物管理ニ關スル特約等總テ共有ト相分離スヘカラサル共有者間ノ權利關係ヲ當然承繼スヘキモノナリト雖モ共有物買入レノ資金ヲ借入レタル債務及ヒ之ヲ借入レルルニ當リ要シタル費用等ニ付キ共有者間ニ締結シタル各自ノ持分ニ應シテ之カ負擔ノ責ニ任スヘキ契約ノ如キハ之ニ關スル特別ノ意思用示ナキ限リ讓受人ニ於テ當然承繼スヘキモノニ非ス
上告人 富田五郎平
被上告人 平市藏 外一名
訴訟代理人 町井鐵之助 芥川辰次郎
右當事者間ノ金圓引渡請求事件ニ付前橋地方裁判所カ大正八年六月三日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
文
原判決ヲ破毀シ本件ヲ前橋地方裁判所ニ差ス
理由
上告論旨第一點ハ本件ニ於ケル重要ナル爭點ハ訴外鹽原主衛カ被上告人等ト共ニ本件山林ニ關シ矢内清五郎等第三者ニ對シテ負擔セル債務ヲ上告人ニ於テ承繼セルヤ否ヤノ點ニ在リ而シテ原判決ハ此點ニ關スル上告人ノ右債務ヲ承繼セスト云フ主張ヲ排斥シテ「右辰三郎カ主衛ノ持分ノ債務ヲ特ニ除外シテ買受ケタルコトハ認メ難キニヨリ辰三郎カ買受ケシ持分ハ權利ト共ニ義務モ亦包含シ從テ被控訴人カ辰三郎ヨリ買受ケシ共有持分モ亦當然義務ヲ包含シ居ルモノト言ハサルヘカラス」ト判示セリ夫レ共有ノ持分ハ物權ナリ債權ニ非ス又債權債務ノ合セルモノニモ非ス共有物ニ關シテ共有者カ契約ニヨリ第三者ニ對シテ債務ヲ負擔スルモ斯カル債務ハ持分ト獨立シテ存在スル別箇ノ債務ニシテ持分ノ内容ヲ構成セス持分ニ包含セラレサル也然ルニ原判決カ上告人ニ堀越辰三郎ヨリ買受ケタル本件山林ノ持分ニ當然債務ヲ包含スルモノトナシ以テ上告人ノ主張ヲ排斥セルハ民法共有ニ關スル規定ノ解釋ヲ誤リタル違法アリト信スト云ヒ」同第二點ハ前段所論ノ如ク鹽原主衛及被上告人等ノ本件山林ニ關シ矢内清五郎其他ニ對シテ負擔セル債務ハ共有權トハ別箇ノ存在ヲ有スル債務ナルヲ以テ之カ移轉ニハ共有權持分ノ讓渡以外ニ特別ノ債務移轉原因ナカルヘカラス從テ斯カル債務ヲ上告人カ承繼シタル事ヲ認定スルニハ共有權持分ノ讓渡以外特別ノ債務引受更改等債務移轉原因アリシ事ヲ認定シ之カ證據ヲ示ササルヘカラサルニモ拘ラス原判決カ漫然「而シテ甲第一號證及原審證人堀越辰三郎ノ證言ニヨレハ唯本件山林ニ就テ被控訴人ト共有ノ關係アリシ訴外鹽原主衛ノ持分ノ權利ヲ辰三郎ニ於テ買受ケシ後被控訴人ニ賣渡シタルコトヲ認メ得ルニ過キスシテ右辰三郎カ主衛ノ持分ノ債務ヲ特ニ除外シテ買受ケタルコトハ認メ難キニヨリ辰三郎カ買受ケシ持分ハ權利ト共ニ義務モ亦包含シ從テ被控訴人カ辰三郎ヨリ買受ケシ共有持分モ亦當然義務ヲ包含シ居ルモノト謂ハサルヘカラス」ト判決シタル理由不備ノ違法アリト云ヒ」同第七點ハ原裁判所ハ物權ノ讓渡ヲ債權ノ讓渡ト誤解シタル不法アリ上告人ノ有スル共有權ハ各別別ナル二人ノ前主ヨリ獲得シタルモノナリ其第一ハ鹽原主衛ヨリ直接獲得シタルモノニシテ乙三號證ノ契約ニヨルモノナリ(大正二年四月中)此點ニ關シテハ原裁判所カ不當ナカラモ債務モ負擔シタリト解釋スルモ一理ナキニアラス然レトモ其第二ハ乙三號トハ全然關係ナクシテ乙三號ノ前主ノ人トハ別途ノ堀越辰三郎ヨリ大正六年十一月中即滿四个年以後ニ於テ獲得シタル共有物權也即堀越辰三郎ヨリ獲得シタル時ノ甲一號公正證書ニ曰ク共有權持分ノ讓渡契約公正證書云云此時決シテ債務關係無之也尚其堀越ハ證人トシテ物權ノミノ讓渡ニテ債務負擔ノ關係無之ト證言セリ
如斯純然タル辰三郎ヨリ得タル物權タルモノニ對シ原裁判所ハ前主ノ前主カ買受ケ時ニ代金ノ負擔債務者タリシカ故ニ當然其物權ニハ前主ノ前主ノ負擔ノ付キアルモノト判決シタルハ債權ノ讓渡ト誤リタルモノニテ不法ナリト云フニ在リ
仍テ按スルニ共有ノ持分ヲ讓受ケタル者ハ讓渡人ノ地位ヲ承繼シテ共有者トナリ共有物分割又ハ共有物管理ニ關スル特約等總テ共有ト相分離スヘカラサル共有者間ノ權利關係ヲ當然承繼スヘキモノナリト雖モ共有物買入ノ資金ヲ他ヨリ借入レタル債務及ヒ之ヲ借入ルルニ當リ要シタル費用等ニ付キ共有者間ニ締結シタル各自ノ持分ニ應シテ之カ負擔ノ責ニ任スヘキ契約ノ如キハ之ニ關スル特別ノ意思表示ナキ限リ讓受人ニ於テ當然該契約ヨリ生スル義務ヲ承繼スヘキモノニアラス蓋シ敍上ノ如ニ債務及ヒ費用等ハ單ニ或物件ニ對スル共有關係ノ成立ニ必要ナリシニ止リ共有物其物ニ付キ生シ及ヒ要シタルモノニアラサルヲ以テ共有權ト相分離スヘカラサル關係ヲ有スルモノニアラサレハナリ抑上告人カ本件共有山林ニ付キ被上告人等ト等シク三分ノ一ノ持分ヲ有スルニ至リタルハ其主張ニヨルニ其一、鹽原主衛ヨリ同人カ本件共有山林ニ對シテ有セシ六分ノ一ノ持分ヲ讓受ケタルト他ノ一ハ主衛ノ有セシ殘リ六分ノ一ノ共有持分ヲ讓受ケタル堀越辰三郎ヨリ更ニ上告ニ於テ讓受ケタルトニ因ルモノニシテ原審モ亦此事實ヲ肯定シタルモノナルコトハ其判文全體ニ徴シテ明カナリトス然リ而シテ原審ハ本件共有山林ヲ買入ルルニ際シ被上告人及ヒ鹽原主衛ハ之カ資金ヲ矢内清五郎大川徳次郎ヨリ借入レタルコト及ヒ此等ノ債務ニ付テハ當時ノ共有者タル被上告人兩名(三分ノ二ノ持分ヲ有ス)鹽原主衛及ヒ上告人(兩名ニテ三分ノ一ノ持分ヲ有ス)等ニ於テ各自ノ持分ニ應シテ其責任ヲ負擔スルコトトシ而シテ共有山林ノ立木及ヒ地所ヲ賣却シ其賣得金ニヨリ右借入金ヲ辯濟スル旨ノ契約ヲ締結シタルモノト認メ而カモ堀越辰三郎ハ鹽原主衛ヨリ其共有持分(上告人ニ讓渡シタル殘リ六分ノ一)ヲ買受ルニ當リ特ニ其負擔スル債務ヲ除外シテ買受ケタル事實ナキニヨリ同人ノ買受ケタル持分ハ權利ト共ニ義務ヲ包含シ從テ上告人カ辰三郎ヨリ買受ケタル持分モ亦權利ト共ニ義務ヲ包含シタルモノトナシ
上告人ハ共有山林買入資金借入ノ債務ニ付キ前示ノ契約ニ基キ此持分ニ付キテモ其割合ニヨリ之カ義務ヲ分擔スヘキモノト認メ依テ以テ本件共有山林ニ關スル收支ノ計算ヲ遂ケ結局上告人ノ主張スル地所賣却代金九百圓ハ此等ノ債務ノ辯濟ニモ充當セラレ全ク殘餘ナキニ至レリト判斷シタリ然レトモ上告人ハ本件共有山林買入資金ノ債務ノ經濟ニ付キ六分ノ一ノ權利者トシテ之カ負擔ノ契約ニ干與シタルニヨリ其割合ニ應シ之カ分擔ノ義務アルコト勿論ナルモ上告人カ鹽原主衛ヨリ堀越辰三郎ヲ經テ取得シタル他ノ六分ノ一ノ共有持分ニ付テハ素ヨリ右負擔ノ契約ノ當事者ニ非サルヲ以テ敍上説示シタル理由ニヨリ之ニ關スル特別ノ意思表示ナキ以上ハ之カ分擔ノ責ニ任スヘキモノニアラス然ルニ原審カ上告人ニ於テ右債務ヲ分擔スルコトニ付キ何等特別ノ意思表示アリタル事實ヲ判示セス共有ノ持分ニハ當然本件ノ如キ共有物買入資金ヲ他ヨリ借入レタル債務ヲ負擔スルノ義務ヲモ包含スルモノノ如ク思惟シ上告人カ鹽原主衛ヨリ堀越辰三郎ヲ經テ取得シタル六分ノ一ノ共有持分ニ付テモ上告人ニ於テ其割合ニ應シテ之カ分擔ノ責ニ任スヘキモノトナシ依テ以テ本件共有山林ノ收支ヲ計算シ結局殘餘金ナキモノト認メ上告人ニ對シテ敗訴ノ言渡ヲ爲シタルハ共有ノ持分ニ關スル法則ヲ不當ニ適用シタル違法アルカ若クハ理由不備ノ不法アルモノニシテ本論旨ハ總テ其理由アリ原判決ハ此點ニ於テ全部破毀ヲ免レサルモノトス
右ノ理由ナルヲ以テ爾餘ノ論旨ニ對スル説明ヲ省畧シ民事訴訟法第四百四十七條第四百四十八條各第一項ノ規定ニ從ヒ主文ノ如ク判決ス
大正八年(オ)第五百七十二号
大正八年十二月十一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 共有の持分を譲受たる者は譲渡人の地位を承継して共有者と為り共有物分割又は共有物管理に関する特約等総で共有と相分離すべからざる共有者間の権利関係を当然承継すべきものなりと雖も共有物買入れの資金を借入れたる債務及び之を借入れるるに当り要したる費用等に付き共有者間に締結したる各自の持分に応して之が負担の責に任ずべき契約の如きは之に関する特別の意思用示なき限り譲受人に於て当然承継すべきものに非ず
上告人 富田五郎平
被上告人 平市蔵 外一名
訴訟代理人 町井鉄之助 芥川辰次郎
右当事者間の金円引渡請求事件に付、前橋地方裁判所が大正八年六月三日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人上告棄却の申立を為したり。
文
原判決を破毀し本件を前橋地方裁判所に差す
理由
上告論旨第一点は本件に於ける重要なる争点は訴外塩原主衛が被上告人等と共に本件山林に関し矢内清五郎等第三者に対して負担せる債務を上告人に於て承継せるや否やの点に在り。
而して原判決は此点に関する上告人の右債務を承継せずと云ふ主張を排斥して「右辰三郎が主衛の持分の債務を特に除外して買受けたることは認め難きにより辰三郎が買受けし持分は権利と共に義務も亦包含し。
従て被控訴人が辰三郎より買受けし共有持分も亦当然義務を包含し居るものと言はざるべからず。」と判示せり夫れ共有の持分は物権なり。
債権に非ず又債権債務の合せるものにも非ず共有物に関して共有者が契約により第三者に対して債務を負担するも斯かる債務は持分と独立して存在する別箇の債務にして持分の内容を構成せず持分に包含せられざる也然るに原判決が上告人に堀越辰三郎より買受けたる本件山林の持分に当然債務を包含するものとなし以て上告人の主張を排斥せるは民法共有に関する規定の解釈を誤りたる違法ありと信ずと云ひ」同第二点は前段所論の如く塩原主衛及被上告人等の本件山林に関し矢内清五郎其他に対して負担せる債務は共有権とは別箇の存在を有する債務なるを以て之が移転には共有権持分の譲渡以外に特別の債務移転原因なかるべからず。
従て斯かる債務を上告人が承継したる事を認定するには共有権持分の譲渡以外特別の債務引受更改等債務移転原因ありし事を認定し之が証拠を示さざるべからざるにも拘らず原判決が漫然「。
而して甲第一号証及原審証人堀越辰三郎の証言によれば唯本件山林に就て被控訴人と共有の関係ありし訴外塩原主衛の持分の権利を辰三郎に於て買受けし後被控訴人に売渡したることを認め得るに過ぎずして右辰三郎が主衛の持分の債務を特に除外して買受けたることは認め難きにより辰三郎が買受けし持分は権利と共に義務も亦包含し。
従て被控訴人が辰三郎より買受けし共有持分も亦当然義務を包含し居るものと謂はざるべからず。」と判決したる理由不備の違法ありと云ひ」同第七点は原裁判所は物権の譲渡を債権の譲渡と誤解したる不法あり。
上告人の有する共有権は各別別なる二人の前主より獲得したるものなり。
其第一は塩原主衛より直接獲得したるものにして乙三号証の契約によるものなり。
(大正二年四月中)此点に関しては原裁判所が不当ながらも債務も負担したりと解釈するも一理なきにあらず。
然れども其第二は乙三号とは全然関係なくして乙三号の前主の人とは別途の堀越辰三郎より大正六年十一月中即満四个年以後に於て獲得したる共有物権也即堀越辰三郎より獲得したる時の甲一号公正証書に曰く共有権持分の譲渡契約公正証書云云此時決して債務関係無之也尚其堀越は証人として物権のみの譲渡にて債務負担の関係無之と証言せり
如斯純然たる辰三郎より得たる物権たるものに対し原裁判所は前主の前主が買受け時に代金の負担債務者たりしか故に当然其物権には前主の前主の負担の付きあるものと判決したるは債権の譲渡と誤りたるものにて不法なりと云ふに在り
仍て按ずるに共有の持分を譲受けたる者は譲渡人の地位を承継して共有者となり共有物分割又は共有物管理に関する特約等総で共有と相分離すべからざる共有者間の権利関係を当然承継すべきものなりと雖も共有物買入の資金を他より借入れたる債務及び之を借入るるに当り要したる費用等に付き共有者間に締結したる各自の持分に応して之が負担の責に任ずべき契約の如きは之に関する特別の意思表示なき限り譲受人に於て当然該契約より生ずる義務を承継すべきものにあらず。
蓋し叙上の如に債務及び費用等は単に或物件に対する共有関係の成立に必要なりしに止り共有物其物に付き生じ及び要したるものにあらざるを以て共有権と相分離すべからざる関係を有するものにあらざればなり。
抑上告人が本件共有山林に付き被上告人等と等しく三分の一の持分を有するに至りたるは其主張によるに其一、塩原主衛より同人が本件共有山林に対して有せし六分の一の持分を譲受けたると他の一は主衛の有せし残り六分の一の共有持分を譲受けたる堀越辰三郎より更に上告に於て譲受けたるとに因るものにして原審も亦此事実を肯定したるものなることは其判文全体に徴して明かなりとす。
然り、而して原審は本件共有山林を買入るるに際し被上告人及び塩原主衛は之が資金を矢内清五郎大川徳次郎より借入れたること及び此等の債務に付ては当時の共有者たる被上告人両名(三分の二の持分を有す。
)塩原主衛及び上告人(両名にて三分の一の持分を有す。
)等に於て各自の持分に応して其責任を負担することとし、而して共有山林の立木及び地所を売却し其売得金により右借入金を弁済する旨の契約を締結したるものと認め而かも堀越辰三郎は塩原主衛より其共有持分(上告人に譲渡したる残り六分の一)を買受るに当り特に其負担する債務を除外して買受けたる事実なきにより同人の買受けたる持分は権利と共に義務を包含し。
従て上告人が辰三郎より買受けたる持分も亦権利と共に義務を包含したるものとなし
上告人は共有山林買入資金借入の債務に付き前示の契約に基き此持分に付きても其割合により之が義務を分担すべきものと認め依て以て本件共有山林に関する収支の計算を遂け結局上告人の主張する地所売却代金九百円は此等の債務の弁済にも充当せられ全く残余なきに至れりと判断したり。
然れども上告人は本件共有山林買入資金の債務の経済に付き六分の一の権利者として之が負担の契約に干与したるにより其割合に応し之が分担の義務あること勿論なるも上告人が塩原主衛より堀越辰三郎を経で取得したる他の六分の一の共有持分に付ては素より右負担の契約の当事者に非ざるを以て叙上説示したる理由により之に関する特別の意思表示なき以上は之が分担の責に任ずべきものにあらず。
然るに原審が上告人に於て右債務を分担することに付き何等特別の意思表示ありたる事実を判示せず共有の持分には当然本件の如き共有物買入資金を他より借入れたる債務を負担するの義務をも包含するものの如く思惟し上告人が塩原主衛より堀越辰三郎を経で取得したる六分の一の共有持分に付ても上告人に於て其割合に応して之が分担の責に任ずべきものとなし依て以て本件共有山林の収支を計算し結局残余金なきものと認め上告人に対して敗訴の言渡を為したるは共有の持分に関する法則を不当に適用したる違法あるか若くは理由不備の不法あるものにして本論旨は総で其理由あり原判決は此点に於て全部破毀を免れざるものとす。
右の理由なるを以て爾余の論旨に対する説明を省略し民事訴訟法第四百四十七条第四百四十八条各第一項の規定に従ひ主文の如く判決す