大正八年(オ)第六百六十五號
大正八年十月三十日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第七百四十九條ニ於テ戸主ニ家族ニ對スル居所ノ指定權ヲ與ヘタルハ戸主ヲシテ一家ヲ整理セシムルニ必要ナリト爲シタルカ爲メニ外ナラサレハ戸主ハ該權利ヲ行使スルニ當リ其立法ノ旨趣ニ適合スル範圍内ニ於テセサルヘカラサルモノニシテ何等ノ理由ナク自己ノ專恣ニ依リ隨意ニ行使シ得ヘキ絶對無限ノ權利ヲ有スルモノニ非ス(判旨第二點)
(參照)家族ハ戸主ノ意ニ反シテ其居所ヲ定ムルコトヲ得ス」家族カ前項ノ規定ニ違反シテ戸主ノ指定シタル居所ニ在ラサル間ハ戸主ハ之ニ對シテ扶養ノ義務ヲ免ル」前項ノ場合ニ於テ戸主ハ相當ノ期間ヲ定メ其指定シタル場所ニ居所ヲ轉スヘキ旨ヲ催告スルコトヲ得若シ家族カ其催告ニ應セサルトキハ戸主ハ之ヲ離籍スルコトヲ得但其家族カ未成年者ナルトキハ此限ニ在ラス(民法第七百四十九條) - 一 戸主カ家族ニ對シ居所ヲ轉スヘキ旨ノ催告ヲ爲シタルハ一家ノ整理上必要ナルカ爲メニ非スシテ全ク感情衝突ノ結果離籍ヲ爲スノ目的ヲ以テ爲シタルモノナルトキハ戸籍權ノ適法ナル行使ト謂フヲ得サルヲ以テ家族カ其轉居ノ催告ニ應セサレハトテ之ヲ離籍スルコトヲ得サルモノトス(同上)
- 一 如上ノ場合ニ於テ戸主カ爲シタル離籍ノ届出ハ單ニ取消シ得ヘキモノニ非スシテ全然無效ナリトス(同上)
右當事者間ノ離籍無效確認請求事件ニ付東京控訴院カ大正八年六月六日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ原判決ハ本件判決ノ基本トシテ「被控訴人カ其長男典ヲ擁シテ實家ニ寄寓シ居リタル事實ニ付當事者間ニ爭ノ存セサルト云云」ト説示シ被控訴人ノ訴求ヲ認容セリ然レトモ右事實ハ原審ニ於テ控訴人ノ之ヲ爭ヘル所ニシテ被控訴人ノ援用セル第一審證人野田宇多次ノ證言ノ如キハ此點ノ證明ノ爲メニ之ヲ援用セラレタルモノ也然ルニ原判決ニ於テ右事實ニ爭ナシトシ之ヲ前提トシテ上告人敗訴ノ判決ヲ下シタルハ違法ナリト思料スト云フニ在リ
然レトモ原判決ニ引用シアル第一審判決事實摘示ニ依レハ原審ニ於テ上告人(控訴人)ハ俊藏ノ一周忌前ニ本籍地ニ轉居スヘキコトトシ其迄被上告人等栃木懸足利町ナル被上告人ノ實家ニ居住スルコトヲ許シタリト陳述シ以テ被上告人ノ主張シタル被上告人ノ實家ニ寄寓シタル事實ヲ爭ハサリシコト明ナリ唯被上告人ノ實家ニ寄寓スル際典ヲ擁シタル事實ハ原審ニ於テ上告人カ之ヲ認メタル形跡ナク其證人野田宇多次ノ證言ヲ援用シタルハ主トシテ此事實及ヒ實家ニ寄寓シタル事情ヲ證スルモノナルコトヲ看取シ得ヘキモ此事實ハ本件ノ爭點ヲ決スルニ付必要ナルモノニアラサルヲ以テ假令此事實ニ關スル原院ノ判斷ニ不法ナル廉アリトスルモ主文ニ影響セサルヲ以テ原判決ヲ破毀スルノ理由トナスニ足ラス仍テ上告論旨ハ理由ナシ
上告論旨第二點ハ原判決ハ「(前畧)被控訴人ト控訴人トノ間ニ紛爭ヲ生シ到底其融和ヲ望ムヘカラサルニ至リタル當時ノ事ナレハ兩者ノ間或程度ニ感情ノ疏通ヲ計リタル後ニ非サレハ右轉居ノ催告ハ被控訴人ニ對シ不能ヲ強ユルモノト謂フノ外ナシ(中畧)控訴人方ニ同居スルト否トニ關セス被控訴人カ其居ヲ控訴人ノ住所地タル本籍地ニ移シ控訴人ノ監督ニ服スルコトヲ得サル事情ニ至リテハ別ニ異ナル所ナク控訴人カ前記ノ如キ感情ノ疏隔セル事情ヲ排シテ被控訴人ヲ基本籍地ニ轉居セシメサル可ラサル家政上又ハ保護監督上ノ必要ニ遭遇シ居リタル事ハ毫モ之ヲ認ムヘキ將據ナキノミナラス(中畧)被控訴人カ戸主タル控訴人ノ轉居ノ催告ヲ拒絶シ其住居ヲ變更セサリシハ實ニ己ム事ヲ得サル事由ノ存在シタルカ爲メニシテ控訴人ノ爲シタル居所指定ノ催告ハ被控訴人ニ對シ不能ヲ強ユルモノト認ムルノ底ナク被控訴人カ戸主タル控訴人ノ催告ニ從ヒ住居ヲ轉セサリシコトヲ理由トシテ爲シタル控訴人ノ本件離籍ノ届出ハ戸主權ノ範圍ヲ超越スル無效ノモノナリト論斷セサルヲ得ス而シテ家族ニ對シテ爲シタル戸主ノ居所ノ指定カ戸主權ノ範圍ヲ超越スル不當ノモノナル場合ニ於テハ之ニ基キ爲サタル離籍ノ所出モ亦戸主權ノ範圍ヲ超越スル無效ノモノナル事ハ勿論ナルヲ以テ(後畧)」ト判示シ被上告人ノ訴求ヲ認容セリ然レトモ民法第七百四十九條ハ「家族ハ戸主ノ意ニ反シテ其居所ヲ定ムル事ヲ得ス」「前項ノ規定ニ違反シテ戸主ノ指定シタル所居ニ在ラサル間ハ戸主ハ之ニ對シ扶養ノ義務ヲ免ル」「前項ノ場合ニ於テ戸主ハ相當ノ期間ヲ定メ其指定シタル場所ニ居所ヲ移スヘキ旨ヲ催告スル事ヲ得若シ家族カ其催告ニ應セサル時ハ戸主ハ之ヲ離籍スルコトヲ得但其家族カ未成年者ナルトキハ此限リニ在ラス」ト規定シ戸主ノ有スル家族ノ居所指定權ニ付テハ其行使ニ付キ何等ノ制限ヲ設ケサルヲ以テ其指定ニシテ公ノ秩序善良ノ風俗ニ反セサル限リハ常ニ適法ノ效力ヲ有シ家族ハ其指定ニ應スルノ義務アルモノナリト言ハサル可カラス蓋シ現行民法カ家族制度ヲ維持シ戸主ト家族トノ關係ヲ認メ戸主ニ對シテ家族ヲ董督シ之ヲ監護扶養スルノ權義ヲ付與シタル以上ハ戸主カ其權利ニ基キ家族ニ對シテ居所指定ノ權利ヲ行使スルニ當テハ其必要アルト否トハ一ニ戸主自身ノ適宜ニ裁量スヘキ範圍ニ屬シ家族ハ勿論其他ノ第三者ニ於テ其要否或ハ當否ニ付キ批議容喙ヲ爲スコトヲ得ヘキモノニアラス是家族制度維持ノ爲ニ戸主權ヲ存置シタル理由ト前記法條ノ明文トニ照ラシ些ノ疑ヲ容ル可ラサル所ニシテ之ヲ其餘ノ戸主權夫權親權等ノ行使ニ付キ之等ノ各權利者カ常ニ適宜裁量ノ自由ヲ有シ他人ノ容喙ヲ許ササルニ對照セハ一層右ノ見解ノ誤ラサル事ヲ明ニシ得ヘシ然ルニ原判決ハ前記摘示ノ如ク戸主タル上告人ト家族タリシ被上告人トノ間ニ當時感情ノ疎隔シ居タルノ故ヲ以テ上告人ノ居所指定ハ被上告人ニ對シテ不能ヲ強ユルモノナリトシ其指定ヲ以テ法律上效力ヲ有セサルモノナリト説示スレトモ感情ノ途隔カ戸主權ノ行使ヲ妨クルノ理由タル事ヲ得サルハ論ヲ竢タサル所ニシテ若シ斯ル事由ニ依リ義務者タル家族ニ於テ戸主ノ居所指定ヲ拒絶シ得ヘキモノナリトセハ法律ノ付與セル戸主ノ居所指定權ハ終ナ有名無實ニ終リ權利行使ノ要否ハ權利者ノ採量ニ依ラスシテ義務者ノ採擇ニ依リ其如何ヲ決セラルルノ不法ニ陷ルヘシ尚原判決ハ更ニ進ンテ前記摘示ノ如ク「控訴人方ニ同居スルト否トニ關セス被控訴人カ其居ヲ控訴人ノ住所地タル本籍地ニ移シ控訴人ノ監督ニ服スル事ヲ得サル事情ニ至リテハ別ニ異ナル所ナク控訴人カ前記ノ如キ感情ノ疎隔セル事情ヲ排シテ被控訴人ヲ基本籍地ニ轉居セシメサルヘカラサル家政上又ハ保護監督上ノ必要ニ遭遇シ居タル事ハ毫モ之ヲ認ムヘキ證據」ナシト説示シ上告人ノ爲シタル本件ノ居所指定權ヲ以テ法律上效力ヲ有セサルモノナリトナセトモ家族ノ居所指定ノ要否ハ戸主ノ適宜裁量スヘキ範圍ニ屬シ且ツ戸主ト家族トノ感情ノ疎隔カ毫モ戸主ノ居所指定權ヲ制限スルノ事由タルコトヲ得サルハ右ニ論述セル如クニシテ從テ又家族ニ於テ兩者間ノ感情ノ疎隔ヲ事由トシ戸主權ノ行使ニ基ク戸主ノ監護董督ノ權ヲ妨クル事ヲ得ヘキモノニアラス若シ原審判示ノ如ク感情ノ疎隔ヲ以テ戸主權ノ行使ヲ妨クル事ヲ得ヘシトセハ戸主ハ最モ多ク其權利行使ノ必要アルニ際シ常ニ感情ノ疎隔ヲ事由トシテ家族ヨリ其行使ヲ拒絶セラレ終ニ一家董督ヲ果タス事ヲ得サルニ至リ家族制度ハ爲メニ破壞セラルルニ至ルヘシ故ニ原審ノ前記判示ノ如キハ戸主權ノ存置ニ依リ家族制度ヲ維持シ一家團結ノ目的ヲ果タサントスル法律ノ精神ヲ無視シ兼テ前記法條ノ明文ヲ閑却セルモノニシテ之ヲ採テ正解ナリトナスヘカラス但シ家族ハ戸主ノナシタル居所指定ヲ不當ナリトスル場合ニ於テ其指定ニ應セスシテ離籍ノ届出ヲ甘ンシ因テ其家族團體ヲ脱スルノ自由ヲ有シ又ハ戸主ハ自己ノ正當ナリト裁量セル居所指定ニ應セサル家族ヲ除キ親和セル爾餘ノ家族ノ一團ヲ以テ一家ヲ結合董督スルノ自由ヲ有スヘシト雖モ兩者ニ於テ之等ノ自由ヲ有スルノ理由ハ現行民法カ家族制度ニ混ユルニ個人主義ノ法制ヲ以テシタルノ結宿ニシテ兩者ニ此自由アルノ故ヲ以テ前記見解ヲ左右スヘキモノニアラス要スルニ原判決ハ現行民法ノ採用セル家族制度ノ精神ト戸主權ノ範圍ト之ニ關スル前記法條トヲ無視セルモノニシテ其判示ハ不當ニ法則ヲ適用シタルノ違法アルモノナリト云ヒ」同
第三點ハ假リニ前點所論ニ誤リアリトスルモ戸主ノ爲シタル離籍ノ届出ハ當然無效ニ屬スルモノニアラスシテ後日判決ニ依リ之ヲ取消サルヘキモノタルニ過キス然ルニ原判決ニ於テ之ヲ當然無效ナリト判決シタルハ違法ナリト云ヒ」同第五點ハ原判決ハ其理由中ニ於テ「控訴人方ニ同居スルト否トニ關セス被控訴人カ其居ヲ控訴人ノ住所地タル本籍地ニ移シ控訴人ノ監督ニ服スルコトヲ得サル事情ニ至リテハ別ニ異ナル所ナク控訴人カ前記ノ如キ感情ノ疎隔セル事情ヲ排シテ被控訴人ヲ其本籍地ニ轉居セシメサルヘカラサル家政上又ハ保護監督上ノ心要ニ遭遇シ居リタルコトハ毫モ之ヲ認ムヘキ證據ナキノミナラス(中畧)控訴人ノ爲シタル居所指定ノ催告ハ被控訴人ニ對シ不能ヲ強ユルモノト認ムルノ外ナク被控訴人カ戸主タル控訴人ノ催告ニ從ヒ住居ヲ轉セサリシコトヲ理由トシテ爲シタル控訴人ノ本件離籍ノ届出ハ戸主權ノ範圍ヲ超越スル無效ノモノナリト論斷セサルヲ得ス」ト判示セリ然レトモ
第二點ニ於テ詳述セル如ク戸主ノ家族ニ對スル居所指定權ニ付テハ法律上何等ノ制限ナク其要否ト當否トハ一ニ戸主ノ裁量ニ任セラレタルモノナルヲ以テ苟クモ其是定カ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサル限リ戸主以外ノモノニ於テ其要否ヲ爭ヒ得ヘキモノニアラス唯家族ニ於テ其指定ヲ不當ナリトスルトキハ之ヲ拒否シ戸主ノ離籍ノ届出アルヲ待テ其家族團體ヲ離脱シ以テ戸主ノ監護董督ヲ免ルルコトヲ得ルニ止マルモノトイハサルヘカラス故ニ間タ戸主ノ一家ヲ脱セス家族ノ一員タル以上ハ法律ノ許セル戸主ノ保護監督ヲ脱セサルヘカラサルハ論ヲ竢タサル所ニシテ其家族ト戸主トノ間ニ縱令感情ノ疎隔アリトスルモ其一事ニ依リテハ戸主ノ居所指定權ヲ否定シ得ヘキモノニアラス然ルニ原判決ハ右摘示ノ如ク控訴人ト被控訴人ノ感情ノ疎隔存セルノ故ヲ以テ其住宅ヲ一ニスルト否トニ關セス本籍地域内ニ移居シ控訴人ノ監督ニ服スルコトハ事實不能ヲ強フルモノナリト説示スレトモ現行民法ノ規定セル戸主權ノ範圍ハ頗ル狹少ニシテ兩者ノ間ニ縱令感情ノ疎隔アリトスルモ之カ爲メ毫モ被上告人ニ於テ其自由ヲ侵害セラレ控人トシテ必要ノ行動ヲ阻止セラルルコトナキヲ以テ兩者ノ間ノ感情ノ疎隔如何ハ上告人ノ有セル戸主權ノ行使ヲ妨ケ被上告人ヲシテ同一本籍地内殊ニ別異ノ住所ニ移居セシムルコト除不能ナラシムルモノニアラス左レハ原判決ノ前示説明ハ單ニ一箇ノ獨斷タルニ止マリ法律上正當ノ理由ヲ備ヘサルモノニシテ不當ニ戸主權ノ行使ニ制限ヲ加ヘタルノ違法アルモノ也ト思科スト云フニ在リ
然レトモ民法第七百四十九條ニ於テ戸主ニ家族ニ對スル居所ノ指定權ヲ與ヘタル所以ハ戸主ヲシテ一家ヲ整理セシムルニ必要ナリト爲シタルカ爲メナルヲ以テ戸主ハ其權利ヲ行使スルニ當リ其立法ノ趣旨ニ適合スル範圍内ニ於テセサルヘカラサルモノニシテ何等ノ理由ナク自己ノ專恣ニ依リ隨意ニ行使シ得ヘキ絶對無限ノ權利ヲ有スルモノアラス(明治三十四年オ第四六八號同年十一月二十一日當院判決參照)原判決ノ認ムル事實ニ依レハ被上告人ハ上告人ノ亡弟俊藏ノ遺産相續人ニシテ被上告人ノ子タル典ノ爲メニ株式ノ定期賣買及ヒ現物賣買ヲ爲シタルモ利益ノ計算及ヒ株式ノ名義書換ニ關スル被上告人ノ請求ニ應セル又被上告人ハ株券ノ一覽ヲ求メタルモ之ニ應セサルニ依リ内容證明書留郵便ヲ以テ更ニ利益ノ清算及ヒ株券ノ引渡ヲ求メ上告人トノ疎隔漸次ニ増大シ終ニ訴訟ノ方法ニ依ラサレハ到底解決ヲ求ムルヲ得サルニ至リタルヲ以テ上告人ハ被上告人ニ對シ大正六年三月四日附ヲ以テ同月二十一日迄ニ本籍地ニ轉居スヘキ旨ノ催告ヲ爲シタルモノトス即チ上告人カ被上告人ニ對シ居所ヲ轉スヘキノ催告ヲ爲シタルハ一家ノ整理上必要ナルカ爲メニアラスシテ全ク感情衝突ノ結果離籍ヲ爲スノ目的ヲ以テ之ヲ爲シタルモノト謂フヘシ此ノ如キハ戸主權ノ適法ナル行使ト云フコトヲ得サルモノトス故ニ被上告人カ其轉居ノ催告ニ應セサレハトテ之ヲ離籍スルコトヲ得サルモノトス而シテ如上ノ場合ニ於テ上告人カ轉居ノ催告ヲ爲スハ戸主權ノ濫用ニシテ不法ノ行爲ナルヲ以テ其爲シタル離籍ノ届出ハ無效ニシテ單ニ取消シ得ヘキモノニアラス然ラハ原院カ上告人ノ爲シタル本件離籍ノ届出ハ無效ナリト判示シタルハ相當ニシテ上告論旨ハ理由ナシ(判旨第二點)
上告論旨第四點ハ原判決ハ其理由ノ部ニ於テ「按スルニ(中畧)ハ當事者間ニ爭ナキ所ニシテ是等ノ事實ト甲第三號證同第六乃至第十四號證乙第四號證ノ二同第五、六號證ヲ綜合考覈スルトキハ(中畧)大正六年一月二十三日被控訴人ハ自ラ控訴人方ニ赴キテ右株券ノ一覽ヲ求メ(中畧)被控訴人ト控訴人トノ間ニ紛爭ヲ生シ到底其融和ヲ望ム可ラサルニ至リタル當時ノ事ナレハ兩者ノ間或程度ニ感情ニ疎通ヲ計リタル後ニ非サレハ右轉居ノ催告ハ被控訴人ニ對シ不能ヲ強ユルモノト謂フノ外ナシ」ト判示シ之等ノ認定ヲ前提トシテ被控訴人ノ訴求ヲ認容セリ然レトモ右判示中「(前畧)大正六年一月二十三日被控訴人ハ自ラ控訴人方ニ赴キテ右株券ノ一覽ヲ求メ(後畧)」タリトノ事實ハ判示冒頭ノ爭ナキ事實竝ニ判決ノ採用セル甲第三號證同六乃至第十四號證乙第四號ノ二同第五、六號證ノ記載ニ依ルモ之ヲ確認スヘキ適法ノ證據存在スルコトナシ但シ右書證中甲第十四號ニハ之ト同旨ノ記載アレトモ同號證ハ被上告人ノ上告人宛ニ發送シタル文書ニシテ相手方自身カ任意ニ自己ニ利益ナル事實ヲ記載シタルモノニ係リ獨立シテ上告人ニ對シ適法ノ證據力ヲ有セサルハ云フ迄モナク而シテ又他ニ此事實ヲ旁證スヘキ證據ハ毫モ存在セサルヲ以テ結局右認定事實ニ付テハ適法ノ證據ヲ缺如セルモノナリトイハサルヲ得ス左レハ原判決ハ前示事實ニ付キ證據ニ依ラスシテ事實ヲ認定シタルノ違法アルカ然ラサレハ適法ノ證據力ヲ有セサル文書ヲ證據資料ニ供シタル違法アルモノナリト思料スト云フニ在リ
然レトモ甲第十四號證ハ被上告人ノ作成シタルモノナルモ訴訟ニ關シテ作成シタルモノニアラスシテ本訴提起前上告人ニ對シ株式及利益益配當金等ノ引渡ヲ催告シタル書面ナルヲ以テ本訴係爭ノ事實ヲ判斷スルノ證據ト爲シ得サルモノト謂フヘカラス故ニ原院カ同證ヲ他ノ證據ト綜合シテ上告人所論ノ事實ヲ認定スル資料ト爲シタルハ不法ニアラス仍テ上告論旨ハ理由ナシ
以上説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス
大正八年(オ)第六百六十五号
大正八年十月三十日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第七百四十九条に於て戸主に家族に対する居所の指定権を与へたるは戸主をして一家を整理せしむるに必要なりと為したるか為めに外ならざれば戸主は該権利を行使するに当り其立法の旨趣に適合する範囲内に於てせざるべからざるものにして何等の理由なく自己の専恣に依り随意に行使し得べき絶対無限の権利を有するものに非ず(判旨第二点)
(参照)家族は戸主の意に反して其居所を定むることを得ず。」家族が前項の規定に違反して戸主の指定したる居所に在らざる間は戸主は之に対して扶養の義務を免る」前項の場合に於て戸主は相当の期間を定め其指定したる場所に居所を転すべき旨を催告することを得。
若し家族が其催告に応せざるときは戸主は之を離籍することを得。
但其家族が未成年者なるときは此限に在らず(民法第七百四十九条) - 一 戸主が家族に対し居所を転すべき旨の催告を為したるは一家の整理上必要なるか為めに非ずして全く感情衝突の結果離籍を為すの目的を以て為したるものなるときは戸籍権の適法なる行使と謂ふを得ざるを以て家族が其転居の催告に応せざればとて之を離籍することを得ざるものとす。
(同上)
- 一 如上の場合に於て戸主が為したる離籍の届出は単に取消し得べきものに非ずして全然無効なりとす。
(同上)
右当事者間の離籍無効確認請求事件に付、東京控訴院が大正八年六月六日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は原判決は本件判決の基本として「被控訴人が其長男典を擁して実家に寄寓し居りたる事実に付、当事者間に争の存せざると云云」と説示し被控訴人の訴求を認容せり。
然れども右事実は原審に於て控訴人の之を争へる所にして被控訴人の援用せる第一審証人野田宇多次の証言の如きは此点の証明の為めに之を援用せられたるもの也然るに原判決に於て右事実に争なしとし之を前提として上告人敗訴の判決を下したるは違法なりと思料すと云ふに在り
然れども原判決に引用しある第一審判決事実摘示に依れば原審に於て上告人(控訴人)は俊蔵の一周忌前に本籍地に転居すべきこととし其迄被上告人等栃木懸足利町なる被上告人の実家に居住することを許したりと陳述し以て被上告人の主張したる被上告人の実家に寄寓したる事実を争はざりしこと明なり。
唯被上告人の実家に寄寓する際典を擁したる事実は原審に於て上告人が之を認めたる形跡なく其証人野田宇多次の証言を援用したるは主として此事実及び実家に寄寓したる事情を証するものなることを看取し得べきも此事実は本件の争点を決するに付、必要なるものにあらざるを以て仮令此事実に関する原院の判断に不法なる廉ありとするも主文に影響せざるを以て原判決を破毀するの理由となすに足らず。
仍て上告論旨は理由なし。
上告論旨第二点は原判決は「(前略)被控訴人と控訴人との間に紛争を生じ到底其融和を望むべからざるに至りたる当時の事なれば両者の間或程度に感情の疏通を計りたる後に非ざれば右転居の催告は被控訴人に対し不能を強ゆるものと謂ふの外なし。
(中略)控訴人方に同居すると否とに関せず被控訴人が其居を控訴人の住所地たる本籍地に移し控訴人の監督に服することを得ざる事情に至りては別に異なる所なく控訴人が前記の如き感情の疏隔せる事情を排して被控訴人を基本籍地に転居せしめざる可らざる家政上又は保護監督上の必要に遭遇し居りたる事は毫も之を認むべき将拠なきのみならず(中略)被控訴人が戸主たる控訴人の転居の催告を拒絶し其住居を変更せざりしは実に己む事を得ざる事由の存在したるか為めにして控訴人の為したる居所指定の催告は被控訴人に対し不能を強ゆるものと認むるの底なく被控訴人が戸主たる控訴人の催告に従ひ住居を転せざりしことを理由として為したる控訴人の本件離籍の届出は戸主権の範囲を超越する無効のものなりと論断せざるを得ず。
而して家族に対して為したる戸主の居所の指定が戸主権の範囲を超越する不当のものなる場合に於ては之に基き為さたる離籍の所出も亦戸主権の範囲を超越する無効のものなる事は勿論なるを以て(後略)」と判示し被上告人の訴求を認容せり。
然れども民法第七百四十九条は「家族は戸主の意に反して其居所を定むる事を得ず。」「前項の規定に違反して戸主の指定したる所居に在らざる間は戸主は之に対し扶養の義務を免る」「前項の場合に於て戸主は相当の期間を定め其指定したる場所に居所を移すべき旨を催告する事を得若し家族が其催告に応せざる時は戸主は之を離籍することを得。
但其家族が未成年者なるときは此限りに在らず」と規定し戸主の有する家族の居所指定権に付ては其行使に付き何等の制限を設けざるを以て其指定にして公の秩序善良の風俗に反せざる限りは常に適法の効力を有し家族は其指定に応するの義務あるものなりと言はざる可からず。
蓋し現行民法が家族制度を維持し戸主と家族との関係を認め戸主に対して家族を董督し之を監護扶養するの権義を付与したる以上は戸主が其権利に基き家族に対して居所指定の権利を行使するに当ては其必要あると否とは一に戸主自身の適宜に裁量すべき範囲に属し家族は勿論其他の第三者に於て其要否或は当否に付き批議容喙を為すことを得べきものにあらず。
是家族制度維持の為に戸主権を存置したる理由と前記法条の明文とに照らし些の疑を容る可らざる所にして之を其余の戸主権夫権親権等の行使に付き之等の各権利者が常に適宜裁量の自由を有し他人の容喙を許さざるに対照せば一層右の見解の誤らざる事を明にし得べし。
然るに原判決は前記摘示の如く戸主たる上告人と家族たりし被上告人との間に当時感情の疎隔し居たるの故を以て上告人の居所指定は被上告人に対して不能を強ゆるものなりとし其指定を以て法律上効力を有せざるものなりと説示すれども感情の途隔が戸主権の行使を妨ぐるの理由たる事を得ざるは論を竢たざる所にして若し斯る事由に依り義務者たる家族に於て戸主の居所指定を拒絶し得べきものなりとせば法律の付与せる戸主の居所指定権は終な有名無実に終り権利行使の要否は権利者の採量に依らずして義務者の採択に依り其如何を決せらるるの不法に陥るべし尚原判決は更に進んで前記摘示の如く「控訴人方に同居すると否とに関せず被控訴人が其居を控訴人の住所地たる本籍地に移し控訴人の監督に服する事を得ざる事情に至りては別に異なる所なく控訴人が前記の如き感情の疎隔せる事情を排して被控訴人を基本籍地に転居せしめざるべからざる家政上又は保護監督上の必要に遭遇し居たる事は毫も之を認むべき証拠」なしと説示し上告人の為したる本件の居所指定権を以て法律上効力を有せざるものなりとなせども家族の居所指定の要否は戸主の適宜裁量すべき範囲に属し且つ戸主と家族との感情の疎隔が毫も戸主の居所指定権を制限するの事由たることを得ざるは右に論述せる如くにして。
従て又家族に於て両者間の感情の疎隔を事由とし戸主権の行使に基く戸主の監護董督の権を妨ぐる事を得べきものにあらず。
若し原審判示の如く感情の疎隔を以て戸主権の行使を妨ぐる事を得べしとせば戸主は最も多く其権利行使の必要あるに際し常に感情の疎隔を事由として家族より其行使を拒絶せられ終に一家董督を果たず事を得ざるに至り家族制度は為めに破壊せらるるに至るべし。
故に原審の前記判示の如きは戸主権の存置に依り家族制度を維持し一家団結の目的を果たさんとする法律の精神を無視し兼で前記法条の明文を閑却せるものにして之を採で正解なりとなすべからず。
但し家族は戸主のなしたる居所指定を不当なりとする場合に於て其指定に応せずして離籍の届出を甘んし因で其家族団体を脱するの自由を有し又は戸主は自己の正当なりと裁量せる居所指定に応せざる家族を除き親和せる爾余の家族の一団を以て一家を結合董督するの自由を有すべしと雖も両者に於て之等の自由を有するの理由は現行民法が家族制度に混ゆるに個人主義の法制を以てしたるの結宿にして両者に此自由あるの故を以て前記見解を左右すべきものにあらず。
要するに原判決は現行民法の採用せる家族制度の精神と戸主権の範囲と之に関する前記法条とを無視せるものにして其判示は不当に法則を適用したるの違法あるものなりと云ひ」同
第三点は仮りに前点所論に誤りありとするも戸主の為したる離籍の届出は当然無効に属するものにあらずして後日判決に依り之を取消さるべきものたるに過ぎず。
然るに原判決に於て之を当然無効なりと判決したるは違法なりと云ひ」同第五点は原判決は其理由中に於て「控訴人方に同居すると否とに関せず被控訴人が其居を控訴人の住所地たる本籍地に移し控訴人の監督に服することを得ざる事情に至りては別に異なる所なく控訴人が前記の如き感情の疎隔せる事情を排して被控訴人を其本籍地に転居せしめざるべからざる家政上又は保護監督上の心要に遭遇し居りたることは毫も之を認むべき証拠なきのみならず(中略)控訴人の為したる居所指定の催告は被控訴人に対し不能を強ゆるものと認むるの外なく被控訴人が戸主たる控訴人の催告に従ひ住居を転せざりしことを理由として為したる控訴人の本件離籍の届出は戸主権の範囲を超越する無効のものなりと論断せざるを得ず。」と判示せり。
然れども
第二点に於て詳述せる如く戸主の家族に対する居所指定権に付ては法律上何等の制限なく其要否と当否とは一に戸主の裁量に任ぜられたるものなるを以て苟くも其是定が公の秩序又は善良の風俗に反せざる限り戸主以外のものに於て其要否を争ひ得べきものにあらず。
唯家族に於て其指定を不当なりとするときは之を拒否し戸主の離籍の届出あるを待で其家族団体を離脱し以て戸主の監護董督を免るることを得るに止まるものといはざるべからず。
故に間た戸主の一家を脱せず家族の一員たる以上は法律の許せる戸主の保護監督を脱せざるべからざるは論を竢たざる所にして其家族と戸主との間に縦令感情の疎隔ありとするも其一事に依りては戸主の居所指定権を否定し得べきものにあらず。
然るに原判決は右摘示の如く控訴人と被控訴人の感情の疎隔存せるの故を以て其住宅を一にすると否とに関せず本籍地域内に移居し控訴人の監督に服することは事実不能を強ふるものなりと説示すれども現行民法の規定せる戸主権の範囲は頗る狭少にして両者の間に縦令感情の疎隔ありとするも之が為め毫も被上告人に於て其自由を侵害せられ控人として必要の行動を阻止せらるることなきを以て両者の間の感情の疎隔如何は上告人の有せる戸主権の行使を妨げ被上告人をして同一本籍地内殊に別異の住所に移居せしむること除不能ならしむるものにあらず。
左れば原判決の前示説明は単に一箇の独断たるに止まり法律上正当の理由を備へざるものにして不当に戸主権の行使に制限を加へたるの違法あるもの也と思科すと云ふに在り
然れども民法第七百四十九条に於て戸主に家族に対する居所の指定権を与へたる所以は戸主をして一家を整理せしむるに必要なりと為したるか為めなるを以て戸主は其権利を行使するに当り其立法の趣旨に適合する範囲内に於てせざるべからざるものにして何等の理由なく自己の専恣に依り随意に行使し得べき絶対無限の権利を有するものあらず。
(明治三十四年お第四六八号同年十一月二十一日当院判決参照)原判決の認むる事実に依れば被上告人は上告人の亡弟俊蔵の遺産相続人にして被上告人の子たる典の為めに株式の定期売買及び現物売買を為したるも利益の計算及び株式の名義書換に関する被上告人の請求に応せる又被上告人は株券の一覧を求めたるも之に応せざるに依り内容証明書留郵便を以て更に利益の清算及び株券の引渡を求め上告人との疎隔漸次に増大し終に訴訟の方法に依らざれば到底解決を求むるを得ざるに至りたるを以て上告人は被上告人に対し大正六年三月四日附を以て同月二十一日迄に本籍地に転居すべき旨の催告を為したるものとす。
即ち上告人が被上告人に対し居所を転すべきの催告を為したるは一家の整理上必要なるか為めにあらずして全く感情衝突の結果離籍を為すの目的を以て之を為したるものと謂ふべし。
此の如きは戸主権の適法なる行使と云ふことを得ざるものとす。
故に被上告人が其転居の催告に応せざればとて之を離籍することを得ざるものとす。
而して如上の場合に於て上告人が転居の催告を為すは戸主権の濫用にして不法の行為なるを以て其為したる離籍の届出は無効にして単に取消し得べきものにあらず。
然らば原院が上告人の為したる本件離籍の届出は無効なりと判示したるは相当にして上告論旨は理由なし。
(判旨第二点)
上告論旨第四点は原判決は其理由の部に於て「按ずるに(中略)は当事者間に争なき所にして是等の事実と甲第三号証同第六乃至第十四号証乙第四号証の二同第五、六号証を綜合考覈するときは(中略)大正六年一月二十三日被控訴人は自ら控訴人方に赴きて右株券の一覧を求め(中略)被控訴人と控訴人との間に紛争を生じ到底其融和を望む可らざるに至りたる当時の事なれば両者の間或程度に感情に疎通を計りたる後に非ざれば右転居の催告は被控訴人に対し不能を強ゆるものと謂ふの外なし。」と判示し之等の認定を前提として被控訴人の訴求を認容せり。
然れども右判示中「(前略)大正六年一月二十三日被控訴人は自ら控訴人方に赴きて右株券の一覧を求め(後略)」たりとの事実は判示冒頭の争なき事実並に判決の採用せる甲第三号証同六乃至第十四号証乙第四号の二同第五、六号証の記載に依るも之を確認すべき適法の証拠存在することなし。
但し右書証中甲第十四号には之と同旨の記載あれども同号証は被上告人の上告人宛に発送したる文書にして相手方自身が任意に自己に利益なる事実を記載したるものに係り独立して上告人に対し適法の証拠力を有せざるは云ふ迄もなく。
而して又他に此事実を旁証すべき証拠は毫も存在せざるを以て結局右認定事実に付ては適法の証拠を欠如せるものなりといはざるを得ず。
左れば原判決は前示事実に付き証拠に依らずして事実を認定したるの違法あるか然らざれば適法の証拠力を有せざる文書を証拠資料に供したる違法あるものなりと思料すと云ふに在り
然れども甲第十四号証は被上告人の作成したるものなるも訴訟に関して作成したるものにあらずして本訴提起前上告人に対し株式及利益益配当金等の引渡を催告したる書面なるを以て本訴係争の事実を判断するの証拠と為し得ざるものと謂ふべからず。
故に原院が同証を他の証拠と綜合して上告人所論の事実を認定する資料と為したるは不法にあらず。
仍て上告論旨は理由なし。
以上説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項を適用し主文の如く判決す