大正八年(オ)第六百四十一號
大正八年九月二十五日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 待合茶屋ニ於ケル取引ハ法ノ公認スル所ニ係リ其行爲ノ性質公ノ秩序若クハ善良ノ風俗ニ反スルモノニ非ス唯之ヲ各人ノ自由營業ト爲ニ於テハ充分ナル監督ヲ施行スルニ由ナク動モスレハ風紀ニ害アルカ如キ弊ニ陷ルノ虞アルヲ以テ行政上取締ノ必要ヨリ其營業ヲ所轄警察署ノ免許ノ條件ニ繋ラシメタルニ過キス從テ免許ヲ得スシテ斯ル營業行爲ヲ爲スモ其行爲ハ當然反公益的ノモノニ變性スルモノニ非ス(判旨第二點)
- 一 如上ノ場合ニ於テハ其無免許行爲ヲ爲シタリトノ點ニ付キ公法上取締風規違反ノ制裁ニハ服スルハ格別行爲自體ハ何等私法上ノ效力ヲ生セサル無效ノモノニ非ス(同上)
右當事者間ノ遊時費飮食代立替金請求事件ニ付東京控訴院カ大正八年六月十日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告理由第一點ハ原判決ハ上告人(控訴人)ノ提出シタル重要ナル證據ヲ看過シ漫然反證ナシトノ理由ヲ以テ上告人ノ抗辯ヲ排斥シタル不法アルノミナラス理由不備ノ違法アリ原判決理由ヲ見ルニ「前畧右待合(春喜多川)ノ營業者カ訴外上平友次郎ナルコトハ同人ノ原審ニ於ケル措信スヘキ供述(第一、二囘)ニ徴シテ之ヲ認定スルヲ得可シ營業ノ許可ヲ受ケタル名義人ハ鈴木はるニシテ前記上平ハ許可ヲ受ケ居ラストノ事實ハ被控訴人ノ自認スルトコロナルモ此事實ノミニ據リテハ直チニ前記認定ヲ覆スニ足ラス其他此點ニ對スル何等反證ナキヲ以テ控訴人ノ當該抗辯ハ其理由無シ」ト判示シ以テ本件待合春喜多川ノ營業者ハ訴外鈴木はるニシテ被控訴人ノ主張ノ如ク上平友次郎ニ非ラストノ控訴人(上告人)ノ抗辯ヲ排斥シタリ然レトモ上告人ハ原審ニ於テ上告人ノ前記抗辯ヲ維持スル爲メ第一審證人四宮寛二ノ證言ヲ援用シ且ツ乙第一、二號證ヲ以テ此點ニ關スル事實ヲ立證シタルコトハ原審記録上明白ナルトコロナリ(原審大正八年五月一日口頭辯論調書中乙第一號證立證主旨及ヒ四宮寛二ノ供述ノ援用大正七年十二月二十日附控訴状記載ノ部分及立證方法ノ部大正八年六月三日口頭辯論調書中乙第二號證立證主旨ノ記載參照)而シテ上告人ノ原審ニ於テ援用シタル第一審證人四宮寛二ノ訊問調書(大正七年十月七日)ニ依レハ同證人ノ證言トシテ一證人モ春喜多川ヘハ遊ヒニ行ツタ事モアリマス春喜多川ハ鈴木はるカ營業シテ居ルモノト思ヒマス(中畧)同人(鈴木はる)カ待合ニ改業スル樣ニナツタ際證人ニ對シ今度自分(はるノ事)カ待合ヲ開ク樣ニナツタカラ客ヲ世話シテ貰ヒタイト申シタ事モアリマスノヲ證人ハ右ハはるノ營業タロート思ヒマス云云」トノ供述記載アリ由是觀之前記證人四宮寛二ノ第一審ニ於ケル供述ハ其自體ニ於テ原審カ其判斷ノ資料ト爲シタル第一審證人上平友次郎ノ證言ト相互ニ矛盾セルノミナラス控訴人ノ主張ニ適合スル供述記載アリト謂ハサルヲ得ス果シテ然ラハ原判決カ本件春喜多川ハ被控訴人ノ前主タル上平友次郎ノ營業ナリトノ認定ヲ爲スニ當リテハ必スヤ前記四宮寛二ノ第一審證言ノ信用スルニ足ルヤ否ヤヲ判斷シタル後ニアラサレハ上告人ノ抗辯ヲ排斥スヘキヤ否ヲ決スルコトヨ得サルモノトス原審カ事茲ニ出テスシテ上告人カ原審ニ於テ明カニ援用シタル第一審證人四宮寛二ノ供述ヲ看過シ漫然「其他此點ニ對スル何等ノ反證ナキヲ以テ云云」ト説示シ上告人ノ抗辯ヲ排斥シタルハ不法ニシテ原判決カ自ラ認メタル事實摘示ニ矛盾セルノミナラス到底理由不備ノ違法アルヲ免カレサルモノト信スト云フニ在リ
然レトモ原院カ所論上告人ノ提出若クハ援用ニ係ル各證據ヲ閑却シタルモノニ非サルコトハ其判決事實摘示中上告人ニ於テ其主張事實ノ立證トシテ右證據ヲ提出若クハ援用シタル旨ノ記載アルニヨリテ之ヲ認ムルニ生カラス其判文説明中何等ノ反證ナキヲ以テ云云トアルハ上告人ノ主張ヲ是認スルニ足ルヘキ證據ナキノ意ヲ示シタルモノニ外ナラサルモノト解シ得ヘシ然ラハ如上各證據ハ原院ノ於テ排斥セラレタルモノナルコトハ自ラ明カナルヲ以テ原院カ四宮寛二ノ證言ト牴觸セル證人上平友次郎ノ供述ヲ採用スルニ當リ特ニ寛二ノ供述ノ信用スヘカラサル旨ヲ判示セサルモ之ヲ以テ原判決ニ所論ノ如キ不法アリト爲スヲ得ス
同第二點ハ原判決ハ明治二十八年四月警視廳令第八號ヲ誤解シタル違法アルノミナラス免許營業ヲ非免許者カ繼續的ニ營業トシテ爲ス場合ト免許營業自體トヲ混同シタル違法アリ原判決理由説明ヲ見ルニ「次ニ前記上平カ待合營業ノ許可ヲ受ケ居ラサルコトハ前記ノ如ク被控訴人ノ自認スル所ナルカ凡ソ待合營業ノ免許營業タルハ論ナキ所ナルヲ以テ斯カル無免許營業者ニ對シテハ或ハ警察取締上ノ制裁ハ之ヲ科スルヲ得ヘシト雖モ而モ其營業上ノ取引其モノハ法律上決シテ無效ニハアラス蓋シ其取引自體ノ性質上無免許ナルノ故ヲ以テ直チニ之ヲ公序良俗ニ反スト目シ若クハ其他法律上其存在ヲ認容ス可カラストスル何等ノ理由ヲ發見スルヲ得サレハナリ云云」ト説示シ以テ控訴人ノ抗辯ヲ排斥シタリ然レトモ東京府下ニ於ケル待合業ハ明治二十八年四月警視廳令第八號ニ依ル免許營業ナレハ獨リ免許者ニ限リ之ヲ爲スコトヲ得ルモノト謂ハサルヘカラス蓋シ營業ノ免許ハ法律上行政警察權ノ作用ニ屬シ安寧秩序ヲ保持スル爲メ特定ノ營業ニ就キ私人ノ自由ヲ制限シ之ヲ營業自由ノ範圍外ニ置キ唯特定ノ免許者ニノミ之ヲ許容シ一般無免許者ニ對シテハ如何ナル名義ヲ以テスルモ之ヲ禁止シタルモノナレハナリ而シテ本件請求ノ原因ハ訴外上平友次郎カ多年待合春喜多川ヲ經營シ其營業上ノ債權ヲ被上告人ニ讓渡シタリト云フニ在レトモ前記上平友次郎ハ嘗テ待合營業ノ免許ヲ受ケタルコトナキ事實ハ原判決ノ確定スルトコロナレハ同人ハ將ニ前示廳令ニ違背シ法律上ノ禁止ニ背反シタルモノナルヤ論ナシ原判決ハ「斯カル無免許營業者ニ對シテハ或ハ警察取締上ノ制裁ハ之ヲ科スルヲ得ヘシト雖モ而カモ其營業上ノ取引ハ法律上無效ニハアラス」ト判示スト雖モ是レ明カニ前記廳令第八號ノ精神ヲ無視シ營業ノ免許ニ關スル法理ヲ誤解シタル違法アルヲ免カレスト信スト何トナレハ同令カ待合營業ニ就キ免許ヲ必要トシタルハ其業務ノ性質上通常諸種ノ幣害ヲ伴セ社會ノ秩序及ヒ風紀ヲ紊亂スルノ虞多キヲ以テ之ヲ防遏センカ爲メニ外ナラス故ニ同令ハ其規定ノ性質上之ヲ強行法規ト解スヘク從テ前記上平友次郎ノ無免許營業行爲ハ之ヲ無效ト云フヲ相當トスヘキナリ殊ニ證人上平友次郎ノ供述ニ依レハ本件債權ハ數年ノ久シキニ亘リ又其金額モ八百餘圓ニ達シ居レルニ拘ハラス「證人(上平)ハ被告(上告人)ノ自宅ニ請求ニ行ツタ事ハアリマセヌ被告カ證人方ヘ參ル際請求シタノテス」トアルカ如キ上平カ本件債權ヲ公然被告宅ニ請求スルヲ憚リタルカ如キ以テ本件債權ノ内容ノ如何ヲ知ルヲ得ヘク風紀ノ維持上到底法律ノ保護ノ下ニ其取立ヲ強制セシムヘキモノニ非ラサルヲ推知スルニ足ルヘシ(民法第七〇八條參照)又原判決ハ本件債權ニ付キ「其取引ノ性質上無免許ナルノ故ヲ以テ直ニ公序良俗ニ反スト同シ若クハ其他法律上其存在ヲ認容ス可カラストスル何等ノ理由ヲ發見スルヲ得ス」ト説明スレトモ畢竟是レ待合ナルモノト之ヲ營業トシテ一團ノ行爲トヲ混肴シタル結果ニ外ナラスシテ無免許營業者カ免許營業タル待合ヲ營ミ繼續シテ營業行爲ヲ爲スニ於テ茲ニ初メテ強行規定ニ違背シ公序良俗ニ反スルニ至ル所以ノ理ヲ解セサル誤謬ニ陷レルモノト云フヘシ假令待合ハ其自體ニ於テハ必スシモ直ニ公序良俗ニ反スルモノト云フヲ得スト雖モ苟モ無免許者カ數年ノ久シキニ亘リ營業トシテ之ヲ繼續スルニ於テハ營業免許ノ精神ヲ沒却シ法律ノ禁止ニ違背シ公ノ秩序ヲ紊シ善良ノ風俗ヲ害スルコト多言ヲ要セサル所ナリ現ニ我大審院カ取引所違反ノ行爲ノ效力ニ關シ「其取引カ組織的ニ行ハルルニ因リ經濟上有害ナル結果ヲ生スルノ虞アルヲ以テ之ヲ防遏センカ爲メニ刑罰ノ制裁ヲ科シタルモノト解スヘキカ故ニ其取引ハ法律上無效ナリト解スルヲ相當トス」ト判示シタルニ徴スルモ上告人ノ所論ノ正當ナルヤ明白ナリト信スト云フニ在リ
然レトモ待合茶屋ニ於ケル取引ハ法ノ公認スル所ニ係リ其行爲ノ性質公ノ秩序若クハ善良ノ風俗ニ反スルモノニアラス唯之ヲ各人ノ自由營業ト爲スニ於テハ充分ナル監督ヲ施行スルニ由ナク動モスレハ風紀ニ害アルカ如キ弊ニ陷ル虞アルヲ以テ行政上之ヲ取締ル必要ヨリシテ其營業ヲ所轄警察官署ノ免許ノ條件ニ繋ラシメタルニ過キス從テ免許ヲ得スシテ斯ル營業行爲ヲ爲シタレハトテ其行爲カ當然反公益的ナモノニ變性スルモノト謂フヲ得サルヲ以テ其無免許行爲ヲ爲シタリトノ點ニ付キ公法上取締法規違反ノ制裁ニ服スルハ格別行爲目體何等私法上ノ效力ヲ生セサル無效ノモノト爲スヲ得ス上告人援用ニ係ル當院判例ノ如キハ本件ニ於ケル判斷ノ範ト爲スニ足ラス何トナレハ同判決ニ於ケル案件ハ仲買人ニ非サル者カ仲買人ノ資格ヲ冒用シ取引所ニ於テ定期取引ヲ爲シタルモノニ係リ其行爲ハ取引所ノ仲買人ニアラサレハ取引所ニ於テ取引ヲ爲スコトヲ得サルモノトセル法律ノ規定ヲ違脱セントスル所謂脱法行爲ニシテ斯ル場合其取引ハ適法ナル定期取引ニ非スシテ其行爲自體公ノ秩序ニ反スル無效ノ行爲ト謂フニ妨ケナク彼此同一視スルヲ得サルハ論ヲ竢タサレハナリ然ラハ本件ニ於テ原院カ所論ノ如ク説示シテ此點ニ關スル上告人ノ抗辯ヲ排斥シタルハ正當ニシテ本論旨モ亦理由ナシ(判旨第二點)
右説明ノ如クニシテ本件上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ主文ノ如ク判決ス
大正八年(オ)第六百四十一号
大正八年九月二十五日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 待合茶屋に於ける取引は法の公認する所に係り其行為の性質公の秩序若くは善良の風俗に反するものに非ず唯之を各人の自由営業と為に於ては充分なる監督を施行するに由なく動もすれば風紀に害あるが如き弊に陥るの虞あるを以て行政上取締の必要より其営業を所轄警察署の免許の条件に繋らしめたるに過ぎず。
従て免許を得ずして斯る営業行為を為すも其行為は当然反公益的のものに変性するものに非ず(判旨第二点)
- 一 如上の場合に於ては其無免許行為を為したりとの点に付き公法上取締風規違反の制裁には服するは格別行為自体は何等私法上の効力を生ぜざる無効のものに非ず(同上)
右当事者間の遊時費飲食代立替金請求事件に付、東京控訴院が大正八年六月十日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告理由第一点は原判決は上告人(控訴人)の提出したる重要なる証拠を看過し漫然反証なしとの理由を以て上告人の抗弁を排斥したる不法あるのみならず理由不備の違法あり。
原判決理由を見るに「前略右待合(春喜多川)の営業者が訴外上平友次郎なることは同人の原審に於ける措信すべき供述(第一、二回)に徴して之を認定するを得可し営業の許可を受けたる名義人は鈴木はるにして前記上平は許可を受け居らずとの事実は被控訴人の自認するところなるも此事実のみに拠りては直ちに前記認定を覆すに足らず其他此点に対する何等反証なきを以て控訴人の当該抗弁は其理由無し」と判示し以て本件待合春喜多川の営業者は訴外鈴木はるにして被控訴人の主張の如く上平友次郎に非らずとの控訴人(上告人)の抗弁を排斥したり。
然れども上告人は原審に於て上告人の前記抗弁を維持する為め第一審証人四宮寛二の証言を援用し且つ乙第一、二号証を以て此点に関する事実を立証したることは原審記録上明白なるところなり。
(原審大正八年五月一日口頭弁論調書中乙第一号証立証主旨及び四宮寛二の供述の援用大正七年十二月二十日附控訴状記載の部分及立証方法の部大正八年六月三日口頭弁論調書中乙第二号証立証主旨の記載参照)。
而して上告人の原審に於て援用したる第一審証人四宮寛二の訊問調書(大正七年十月七日)に依れば同証人の証言として一証人も春喜多川へは遊ひに行った事もあります春喜多川は鈴木はるが営業して居るものと思ひます(中略)同人(鈴木はる)が待合に改業する様になった際証人に対し今度自分(はるの事)が待合を開く様になったから客を世話して貰ひたいと申した。
事もありますのを証人は右ははるの営業たろーと思ひます云云」との供述記載あり由是観之前記証人四宮寛二の第一審に於ける供述は其自体に於て原審が其判断の資料と為したる第一審証人上平友次郎の証言と相互に矛盾せるのみならず控訴人の主張に適合する供述記載ありと謂はざるを得ず。
果して然らば原判決が本件春喜多川は被控訴人の前主たる上平友次郎の営業なりとの認定を為すに当りては必ずや前記四宮寛二の第一審証言の信用するに足るや否やを判断したる後にあらざれば上告人の抗弁を排斥すべきや否を決することよ得ざるものとす。
原審が事茲に出でずして上告人が原審に於て明かに援用したる第一審証人四宮寛二の供述を看過し漫然「其他此点に対する何等の反証なきを以て云云」と説示し上告人の抗弁を排斥したるは不法にして原判決が自ら認めたる事実摘示に矛盾せるのみならず到底理由不備の違法あるを免がれざるものと信ずと云ふに在り
然れども原院が所論上告人の提出若くは援用に係る各証拠を閑却したるものに非ざることは其判決事実摘示中上告人に於て其主張事実の立証として右証拠を提出若くは援用したる旨の記載あるによりて之を認むるに生からず。
其判文説明中何等の反証なきを以て云云とあるは上告人の主張を是認するに足るべき証拠なきの意を示したるものに外ならざるものと解し得べし。
然らば如上各証拠は原院の於て排斥せられたるものなることは自ら明かなるを以て原院が四宮寛二の証言と牴触せる証人上平友次郎の供述を採用するに当り特に寛二の供述の信用すべからざる旨を判示せざるも之を以て原判決に所論の如き不法ありと為すを得ず。
同第二点は原判決は明治二十八年四月警視庁令第八号を誤解したる違法あるのみならず免許営業を非免許者が継続的に営業として為す場合と免許営業自体とを混同したる違法あり。
原判決理由説明を見るに「次に前記上平が待合営業の許可を受け居らざることは前記の如く被控訴人の自認する所なるか凡そ待合営業の免許営業たるは論なき所なるを以て斯かる無免許営業者に対しては或は警察取締上の制裁は之を科するを得べしと雖も而も其営業上の取引其ものは法律上決して無効にはあらず。
蓋し其取引自体の性質上無免許なるの故を以て直ちに之を公序良俗に反すと目し若くは其他法律上其存在を認容す可からずとする何等の理由を発見するを得ざればなり。
云云」と説示し以て控訴人の抗弁を排斥したり。
然れども東京府下に於ける待合業は明治二十八年四月警視庁令第八号に依る免許営業なれば独り免許者に限り之を為すことを得るものと謂はざるべからず。
蓋し営業の免許は法律上行政警察権の作用に属し安寧秩序を保持する為め特定の営業に就き私人の自由を制限し之を営業自由の範囲外に置き唯特定の免許者にのみ之を許容し一般無免許者に対しては如何なる名義を以てずるも之を禁止したるものなればなり。
而して本件請求の原因は訴外上平友次郎が多年待合春喜多川を経営し其営業上の債権を被上告人に譲渡したりと云ふに在れども前記上平友次郎は嘗て待合営業の免許を受けたることなき事実は原判決の確定するところなれば同人は将に前示庁令に違背し法律上の禁止に背反したるものなるや論なし。
原判決は「斯かる無免許営業者に対しては或は警察取締上の制裁は之を科するを得べしと雖も而かも其営業上の取引は法律上無効にはあらず。」と判示すと雖も是れ明かに前記庁令第八号の精神を無視し営業の免許に関する法理を誤解したる違法あるを免がれずと信ずと何となれば同令が待合営業に就き免許を必要としたるは其業務の性質上通常諸種の幣害を伴せ社会の秩序及び風紀を紊乱するの虞多きを以て之を防遏せんか為めに外ならず。
故に同令は其規定の性質上之を強行法規と解すべく。
従て前記上平友次郎の無免許営業行為は之を無効と云ふを相当とすべきなり。
殊に証人上平友次郎の供述に依れば本件債権は数年の久しきに亘り又其金額も八百余円に達し居れるに拘はらず「証人(上平)は被告(上告人)の自宅に請求に行った事はありませぬ被告が証人方へ参る際請求したのでず」とあるが如き上平が本件債権を公然被告宅に請求するを憚りたるが如き以て本件債権の内容の如何を知るを得べく風紀の維持上到底法律の保護の下に其取立を強制せしむべきものに非らざるを推知するに足るべし(民法第七〇八条参照)又原判決は本件債権に付き「其取引の性質上無免許なるの故を以て直に公序良俗に反すと同じ若くは其他法律上其存在を認容す可からずとする何等の理由を発見するを得ず。」と説明すれども畢竟是れ待合なるものと之を営業として一団の行為とを混肴したる結果に外ならずして無免許営業者が免許営業たる待合を営み継続して営業行為を為すに於て茲に初めて強行規定に違背し公序良俗に反するに至る所以の理を解せざる誤謬に陥れるものと云ふべし。
仮令待合は其自体に於ては必ずしも直に公序良俗に反するものと云ふを得ずと雖も苟も無免許者が数年の久しきに亘り営業として之を継続するに於ては営業免許の精神を没却し法律の禁止に違背し公の秩序を紊し善良の風俗を害すること多言を要せざる所なり。
現に我大審院が取引所違反の行為の効力に関し「其取引が組織的に行はるるに因り経済上有害なる結果を生ずるの虞あるを以て之を防遏せんか為めに刑罰の制裁を科したるものと解すべきが故に其取引は法律上無効なりと解するを相当とす。」と判示したるに徴するも上告人の所論の正当なるや明白なりと信ずと云ふに在り
然れども待合茶屋に於ける取引は法の公認する所に係り其行為の性質公の秩序若くは善良の風俗に反するものにあらず。
唯之を各人の自由営業と為すに於ては充分なる監督を施行するに由なく動もすれば風紀に害あるが如き弊に陥る虞あるを以て行政上之を取締る必要よりして其営業を所轄警察官署の免許の条件に繋らしめたるに過ぎず。
従て免許を得ずして斯る営業行為を為したればとて其行為が当然反公益的なものに変性するものと謂ふを得ざるを以て其無免許行為を為したりとの点に付き公法上取締法規違反の制裁に服するは格別行為目体何等私法上の効力を生ぜざる無効のものと為すを得ず。
上告人援用に係る当院判例の如きは本件に於ける判断の範と為すに足らず何となれば同判決に於ける案件は仲買人に非ざる者が仲買人の資格を冒用し取引所に於て定期取引を為したるものに係り其行為は取引所の仲買人にあらざれば取引所に於て取引を為すことを得ざるものとせる法律の規定を違脱せんとする所謂脱法行為にして斯る場合其取引は適法なる定期取引に非ずして其行為自体公の秩序に反する無効の行為と謂ふに妨げなく彼此同一視するを得ざるは論を竢たざればなり。
然らば本件に於て原院が所論の如く説示して此点に関する上告人の抗弁を排斥したるは正当にして本論旨も亦理由なし。
(判旨第二点)
右説明の如くにして本件上告は理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り主文の如く判決す