建物取除土地明渡竝損害金請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）25輯1355頁

上告論旨第一点は上告人は原院に於ける大正七年十月二十四日の口頭弁論に於て上告人の抗弁事実を立証する為め証人佐伯理一郎の喚問を申請したることは同口頭弁論調書に依り明白にして同調書に依るときは「裁判長は右申請中控訴代理人申請の証人佐伯理一郎の許容し京都区裁判所に嘱託す（中略）との決定を言渡し」との記載あるに過ぎずして原院裁判長は他の部員と評議の上該決定を言渡したる事蹟なし。 而して[しこうして]口頭弁論の為め規定したる方式の遵守は調書のみを以て証明せらるべきものなるべきは民事訴訟法第百三十四条の規定に依り論なき所なれば口頭弁論調書に何等記載なき以上原院裁判長は前叙決定を言渡すに当り評議を為さざるものなりと謂はざるべからず。 然り、而して[しこうして]原院の如き合議裁判所に於ける裁判は定数の判事に於て之を評議し言渡す可きものなることは裁判所構成法第百十九条の命ずる所にして此規定に従はざる裁判は法律上違法にして何等の効力を有するものに非ざるなり。 然らば則ち原院に於ては前叙上告人の為したる証人申請の許否に付き相当の裁判を為さざる可からざるに拘はらず之れに対し何等許否の裁判を為さざるに帰著し。 従て原院が何等適法の証拠決定なきに拘はらず同証人に対する証拠調を施行したるは之れ亦[また]違法なりと謂はざる可からず。 之れを要するに原院の訴訟手続は前叙の如き違法あるものなればかかる訴訟手続を基本として言渡したる原判決も亦[また]違法にして破毀せらる可きものと信ずと云ひ」同論旨第二点は原判決は証人佐伯理一郎の証言を採用し本件上告人の借地権は賃借権にして地上権に非ずと判断し上告人の抗弁を排斥せり。 然れども[しかれども]上告理由第一点に於て論するが如く同証人に対する証拠調施行の基本となりたる証拠決定は法律上違法なるを以て。 従て該違法の証拠決定に基き為されたる同証人に対する証拠調も亦[また]違法なるに帰するが故に同証人の証言は法律上何等の証拠力を有するものに非ずと謂はざる可からず。 果して然らば原判決が同証人の証言を採用し本件重要なる争点の判断の資料に供したるは採証の法則を無視したる違法ありと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]合議裁判所の裁判は法律の規定に従ひ定数の判事之を評議したる上其言渡を為すべきものなることは裁判所構成法第百十九条の規定する所なるを以て所論原院口頭弁論調書に「裁判長は右申請中控訴代理人申請の証人佐伯理一郎を許容し京都区裁判所に嘱託す（中略）との決定を言渡し」とある以上は原審裁判所を構成する定数の判事の評議を経で右の決定を言渡したるものと認むべきは当然にして。 従て右の証拠決定に基き為されたる証拠調も亦[また]適法にして原判決が同証人の供述を証拠として採用したるは相当なり。 論旨は上告の理由と為すに足らず

上告論旨第三点は原判決は理由不備の瑕瑾あり。 即ち本件土地に対し上告人が地上権を有するや否やを判断するの理由として「控訴人は控訴人の夫一浦音次郎が佐伯理一郎より永久に右地所の使用を許され居りし権利を音次郎より譲受けたるものにして理一郎が右地所を被控訴人に売却したる後に於ては更に被控訴人より同一条件にて右土地に地上権を取得するに至りしものにして、即ち理一郎に対する控訴人の借地権は地上権にして尚控訴人は被控訴人共地上権設定の契約を為したりと主張するも其等の事実は本件一切の証拠に依るも之を認定するに足らず却て証人佐伯理一郎の供述に依れば控訴人の借地権は賃借権にして地上権にあらざりしことを見るべし」と説示し上告人が本件土地に対し地上権を有すとの抗弁を排斥したり。 然れども[しかれども]明治三十三年三月二十七日法律第七十二号（地上権に関する件）第一条に依るときは「本法施行前他人の土地に於て工作物又は竹木を所有する為め其土地を使用する者は地上権者と推定す。」と規定せるを以て若し上告人が右法律施行以前より本件地所に於て本件建物を所有する為め之を使用し居りたりとせん乎上告人は右法律に依り該土地の上に推定地上権を有するものなりと謂はざる可からず。 然り、而して[しこうして]原審の信憑せる証人佐伯理一郎の証言（大正七年十二月七日京都区裁判所嘱託訊問調書）に依るときは「私は明治二十七年十一月頃杉本善右衛門より右地を一

坪九十銭で買ったので一浦は其前から土地を借りて居りましたか云云私が右土地を買受けてから四、五年も過ぎた頃に一浦が其土地に建物を建てたので云云」とあり又甲第十五号証に依るときは上告人は明治二十九年当時より本件土地の上に本件建物を所有し居りたる旨の記載あり又乙第四号乃至[ないし]同第十号証に依るときは上告人の前主一浦音次郎又は上告人に於て明治二十七年以後本件土地に対し被

上告人の前主佐伯理一郎に地代の支払を為したる旨の記載あり此等の証拠に依るときは上告人は遅くとも明治三十二年以前より本件建物を所有する為め本件土地を使用し居りたるものにして右法律の規定に依り本件地所に付き推定地上権を有したること寔に[まことに]明白なり。 況んや上告人は明治三十二年以前より今日に至るまで二十有余年間本件地所に建物を所有し居ることは被上告人に於て第一審以来明かに争はざる所なるに於ておや然るに原判決は如斯[かくのごとき]明白なる証拠を閑却し本件地所に対し上告人が地上権を有すとの事実を認定すべき証拠なしと論断したるは理由不備の瑕瑾あるものなりと謂はざるべからず。 若し然らずんば右法律の解釈を誤りたる失当ありと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]所論明治三十三年三月二十七日法律第七十二号第二条には「第一条の地上権者は本法施行の日より一箇年内に登記を為すに非ざれば之を以て第三者に対抗することを得ず。」とあり而て上告人が曽て地上権の登記を受けたることなきは争なき事実なるを以て大正六年八月本件地所を買受けたる被上告人に対し上告人は地上権者たるの推定を受くべきものに非ず論旨理由なし。

上告論旨第四点は原判決は理由不備、且、擬律を誤りたる違法ありと信ず。 則ち原判決は本件地所に対し上告人の有する借地権は被上告人に対し対抗し得るや否やを判断するの理由として「。 而して[しこうして]控訴人の右建物に付、所有権の登記なきことは控訴人に於て争なき所なれば控訴人は右地所の前主たる佐伯理一郎に対して有せし賃借権を以て理一郎より地所を買得し其登記を為したる被控訴人に対し被控訴人が悪意即ち同地上に控訴人の所有建物が建設しあることを知り居たると非とに関せず対抗し得ざるものにして云云登記なき控訴人所有建物に関する借地権を新所有者たる被控訴人に対抗し得ざるものとす。 云云甲第一号証は控訴人の前主と被控訴人の前主佐伯理一郎間の契約書にして同契約書に於ける借地関係は何等の登記もなき次第にして之を以て被控訴人に対抗し得ざるものなること叙上の如くなるに依り云云被控訴人の請求を排斥するに足るべき事実を認定するに足らず」と説示せり之れを要するに原判決は上告人所有の建物に付、所有権登記を為さざるの理由のみに依り上告人の有する借地権は被上告人に対抗し得ざるものなりと判定したるものとす。 然れども[しかれども]上告人の有する本件借地権は地上権なること上告理由第三点論旨の如し仮りに原判決判示の如く之を賃借権なりとするも単に上告人が本件地上に存する所有建物に付き所有権登記を為さざる一事のみを以て借地権対抗力の有無を決定せんとするは失当なり。 蓋し[けだし]上告人に於て本件建物に付、所有権登記を為さざりしとするも建物所在の地所に付き地上権又は賃借権の登記を為したりとせん乎該借地権は建物に対する所有権登記の有無に拘はらず之を以て一般第三者に対抗し得ることは民法の規定上論を竢たざる所なればなり。 故に原院に於て該借地権に関する対抗力の有無を判定せんとするには須らく（一）借地権に付、登記を為したりや否（二）然らずとせば地上建物に付、所有権登記を為したりや否やを審究せざる可からず。 然るに原判決が事茲に[ここに]出でずして単に前叙建物の所有権登記の有無にのみ著眼し上告人の有する借地権は第三者に対し対抗力なしと判断したるは理由不備の瑕瑾あると同時に民法及建物保護に関する法律（明治四十二年法律第四十号）の解釈を誤りたる失当ありと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]本件建物所在の地所に付き地上権又は賃借権の登記を為したりとのことは上告人が原審に於て之を主張したる形迹毫も[ごうも]之れなきを以て原判決が此点に付き何等の判断を与へざるは固より[もとより]相当なり。 論旨理由なし。

上告論旨第五点は被上告人は第一審に於ては本訴の損害金請求は上告人の不法行為を原因とするものなりと主張したることは第一審口頭弁論調書及第一審判決事実摘示に依り明白なり。 然るに被上告人は原院口頭弁論に至り右主張事実を変更して右損害金請求の原因は不当利得なりと主張したることは原判決事実摘示に依り明瞭なる所なり。 然り、而して[しこうして]控訴審に於ては相手方の承諾あると否とに拘はらず訴の変更を為すことを許さざるは民事訴訟法第四百十三条の規定に徴し疑なき所なり。 然らば原院に於ては須らく被上告人の為したる右不当利得を原因とする損害金請求の新訴を却下し旧訴たる不法行為を原因とする損害金の請求に付、判断を為し更に相当の裁判を言渡さざる可からず。 然るに原判決は事茲に[ここに]出でずして漫然右新訴を肯定し上告人に対し敗訴の判決を為したるは失当なりと信ずと云ひ」同論旨

第六点は原判決は其理由として「控訴人が右地所を占有し居るものとすれば被控訴人の蒙る[こうむる]可き損害金が一个[か]月金二十二円なりとのことは控訴人の認むる所なれば控訴人は同日以後毎月金二十二円宛を不当に利得し居るものと云ふ[いう]可く。 従て控訴人は被控訴人に対し同日以後右地所明渡に至る迄一个[か]月金二十二円の割合に於ける損害金を支払ふべき義務あるものとす。」と説示せり。 而して[しこうして]上告人が右被上告人の蒙むる可き損害の額を認めたるは若し上告人が本件地所を不法に占有し居るものとせばと云ふ[いう]仮定を前提としたるものにして上告人は其前提たる被上告人の損害金請求権を否定したるものなり。 （第一審判決事実摘示及原判決事実摘示参照）。 従て被上告人が不当利得に基く損害金の請求権を有するや否やは本件重要なる争点なりとす。 然り、而して[しこうして]不当利得に基く損害賠償請求権は法律上の原因なくして他人の財産又は労務に依り利益を受け之れが為め他人に損害を及ぼしたる者は其利益の存する限度に於て之れを返還すべき義務を負ふ。 場合に発生すべきものにして（一）他人の財産又は労務に依り利益を受けたりとするも其利益が現存せざるとき（二）他人が損害を蒙りたりとするも何等之れが為めに利益を受けざるときに於ては不当利得に基く請求権を発生するものに非ず。 然らば、即ち不当利得を原因として損害賠償を請求せんとする者は（一）自己の財産又は労務に依り他人が利益を受けたること（二）之れが為めに自己が損害を蒙りたること（三）他人に於て其利益が現存することを主張し其現存利益の限度に於て返還請求権を行使せざる可からず。 従て必ずしも自己の蒙りたる損害全部に付、賠償の請求を為し得べきものに非ず蓋し[けだし]（一）請求権者の蒙むりたる損害額と相手方の受けたる利益の額とは必ずしも一致せず（二）該損害額と請求当時に於て相手方に現存する利益とは常に一致すと謂ふを得ず。 （三）相手方の受けたる利益と現存する利益とは必ずしも一致すと謂ふ能はざればなり。 翻で原判決の理由に依るときは単に上告人が仮定的不法占有を前提として被上告人の蒙る[こうむる]可き損害額を認めたる一事のみを以て被上告人の不当利得請求権及上告人の賠償す可き損害額を肯定し被上告人が明渡を求むる本件土地に付、幾何の利得を為したるや又其利益は現存するや否やの点に付きては何等説明する所なきのみならず

被上告人も亦[また]かかる事実を主張立証する所なし。 然るに原判決が前叙の如き事実の主張立証なきに拘はらず漫然被上告人の請求を肯定したるは理由不備が否らずんば不当利得に関する民法の解釈を誤りたる違法ありと信ずと云ひ」同論旨第七点は原判決は本件損害金請求の原因は不当利得なりと認定し大正六年八月十六日より地所明渡済に至るまで一个[か]月金二十二円の割合に於ける損害金を支払ふ可き義務ありと判示せり由是観之[これによってこれをみるに]原判決は不当利得を原因として上告人に対し将来に於て生ずべき損害賠償を命じたること明かなり。 然れども[しかれども]不当利得に基く損害賠償の請求は其請求当時に於て相手方に現存する利益を限度とす。 可きものなることは民法第七百三条に依り明かなるを以て将来に於て受ることある可き損害に付ては賠償の請求を為すことを得ざるや勿論なり。 蓋し[けだし]将来に於ては仮りに損害を蒙る[こうむる]ことありとするも果して相手方に於て利益を受くるや否や不確定なるのみならず其利益を受く。 可き限度も一定することなければなり。 然るに原判決は何等の理由を説示する所なく漫然上告人に対し将来の不当利得に付き損害賠償を命じたるは理由不備が然らずんば擬律錯誤の違法ありと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]被上告人は第一審に於て本訴の損害金請求は上告人が何等の権原なく不法に本件地所を占有するを原因と為したることは第一審判決事実の摘示に徴して明かなり。 而て原審判決事実の摘示には被上告人の陳述として「控訴人（上告人）は同地上の一部を建物敷地として不法に占拠し同日以後一个[か]月金二十二円の地料を不法に利得し被控訴人に対し之に相当する損害を与へ居るものなりと補述し」とあり措辞稍[やや]明確を欠くの嫌なきに非ずと雖[いえども]も右一个[か]月金二十二円の地料云云とあるは畢竟[ひっきょう]上告人の不法行為に依り被上告人の受けたる損害額の幾何なるやを示したるに過ぎずして被上告人が原院に至り訴の原因を変更したるものと認むるに足るべき形迹あることなし而て上告人が若し本件地所を不法に吐有し居るものとせば之に依りて被上告人の被るべき損害額の一个[か]月金二十二円なることは上告人の認めて争はざる所なるを以て原判決は右上告人の自認を基礎として損害の数額を判定したるものにして何等所論の如き不法あることなし

上告論旨第八点は上告人は原院口頭弁論に於て「本件係争の地所は京都市下京区広道通松原上る四丁目毘沙門町字安井四十四番地畑七段五畝十五歩なる一筆の地所の一部に該一筆の地所の他の部分には一浦辰次郎（乙第十一号証）羽田日洲（乙第十二号証）木俣喜太郎（乙第十三号証）百木伊之助（乙第十四号証）等の家屋建設しありて該家屋は何れも建物所有権保存登記を為せるものなれば一筆の土地の上に一棟にても所有権登記を為せる建物の存する以上は登記なき建物を所有する借地人の借地権を土地の新所有者に対抗し得べきを以て上告人の借地権も此理由に依り被上告人に対抗し得べきものなりと抗弁したるに対し原判決は「（上略）借地権の関係は各箇各別のものなれば他人の建物に付、登記ありとするも登記なき控訴人の所有建物に関する借地権を土地の新所有者たる被控訴人に対抗し得ざるものとす。」と説示し上告人の主張を排斥したり。 然れども[しかれども]明治四十二年法律第四十号第一条第一項は一筆の土地の上に所有権登記を為したる建物存在するときは第三者は其土地の所有者と建物の所有者と別人なることを容易に知り得べく。 従て其建物の所有者其土地の上に地上権若くは賃借権を有することを推測し其土地を取得すべきや否やの利害を判断することを得べきが故に第三者は其賃借権の対抗を受くるも格別の痛痒を感せざるが故に斯かる[かかる]場合をも考量したる規定なれば一筆の土地の上に一棟にても登記したる建物の存する以上は他に登記なき建物の存すると否とを問はず其借地権を第三者に対抗することを得る精神なりと解せざる可からず。 （大正二年（オ）第六五九号大審院民事第一部判決）然らば本件の如く一筆の土地の一部に建設せられたる上告人の建物に付き登記なしとするも同一土地の上に建設せられたる他の建物に付、登記の存する以上は上告人の借地権は当然被上告人に対抗し得べきものなりと謂はざるべからず。 然るに原判決が借地関係は各人別箇なりとの理由の許に[もとに]上告人の抗弁を排斥したるは失当なりと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]借地権の関係は特定せる当事者の間に成立するものにして仮令[たとい]賃貸人は同一なるも其賃借人を異にする以上は建物保護に関する明治四十二年法律第四十号を適用するに当り其借地権は固より[もとより]各箇各別に観察すべく其賃貸人が同一なるの故を以て賃借人甲が同法第一条に依りて受くることを得べき保護の効力を他の賃借人乙に及ぼすべきものに非ず。 故に同法第一条に依り土地の賃借人が其借地権を第三者に対抗せんとするには其自己の有する建物に付き登記を為したることを要するものにして仮令[たとい]同し一筆の土地内に建設せられたる甲賃借人所有の建物に登記ありとするも之に依りて登記なき建物の所有者たる乙賃借人の借地権を第三者に対抗することを得るの効力を生ずるものに非ざるや明なり。 果して然らば原判決が仮令[たとい]上告人主張の如く本件土地内に存する他賃借人所有の建物に付き登記ありとするも登記なき上告人の所有建物に関する借地権を土地の新所有者たる被上告人に対抗することを得ずとの理由に依り上告人の抗弁を排斥したるは相当なり。 上告代理人の援用する当院大正二年（オ）第六五九号同三年四月四日の判例は一筆の土地の上に同一の賃借人の所有する数箇の建物の存在する場合に苟も其内の一棟たりとも登記したるものあるときは他に登記なき建物存在するとも其土地に関する借地権を第三者に対抗することを得る旨を判示したるものにして本件に適切ならず

上告論旨第九点は原判決は本件土地に付、被上告人が所有権取得の登記を為したるは大正六年八月十八日にして上告人は同日以後毎月金二十二円の割合に於ける損害金支払の義務ありと判定せり由是観之[これによってこれをみるに]原判決は被上告人は本件土地に対し所有権取得登記を為したる大正六年八月十八日より該所有権は対抗力を有すとの前提の下に該損害金の支払義務を命じたるものなりと謂はざるべからず。 然れども[しかれども]不動産登記の効力は登記を為すと同時に発生し縦令[たとい]同日なりとも其時期以前に遡及[そきゅう]することなきは法律上疑なき所なり。 而して[しこうして]現行登記制度の許に[もとに]於ては登記官吏の執務時間は午前八時又は同九時に始まり午後四時に終るを以て原則とす。 斯る事実は一般周知の事項にして特に立証を竢たずして明かなる所なり。

然らば則ち本件被上告人の登記も亦[また]大正六年八月十八日午前八時以後に為されたるものなりと謂ふべく。 従て其登記の効力は少くとも同時刻以後に於て発生したるものなりと謂はざる可からず。 既に然りとせば此登記の対抗力を基礎として上告人に対する不当利得の損害金の支払義務を肯定せんとするには損害金支払義務発生の始期は少くとも同日午前八時以後にして被上告人は同日全部（午前零時より午後十二時迄）に付、損害金請求権を有することなきは看易き理なりとす。 若し夫れ同日全部に付、損害金の請求権を行使し得べしとせん乎被上告人は上告人に対し土地所有権を対抗し得ざる以前に遡及[そきゅう]して其権利を行使することとなるの不合理の結果を生ず。 可し果して然らば原判決が上告人に対し大正六年八月十八日より本件損害金の支払義務を命じたるは失当なりと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]所論の如き事項は上告人が原審に於て之を主張したる形跡一も之れなきを以て此等申立なき事項に付き考慮を加へざりしことを理由として原判決を破毀するに足らず論旨理由なし。

上告論旨第十点は被上告人は本訴請求原因として「上告人は被上告人所有の本件土地を何等の権利なく不法に之れを占拠せるものなり。」と主張し地所の明渡を求め原判決も亦[また]之を肯定するの理由として「然らば本件に於て争なき事実たる控訴人が本件地所の一部に建物を建設所有し百五十坪を占有し居ることは佐伯理一郎より買得したる土地所有者たる被控訴人に対し何等の権原なくして不法に占拠し居るものにして被控訴人の本件建造物取除き地所明渡の請求は相当なり。」と説示し原判決は更に其理由の他の部分に於て上告人は被上告人の前主佐伯理一郎より本件地所を借受け賃借権を有する事実を認定し此賃借権は第三者たる被上告人に対抗し得ざるものなりと判示せるを以て畢竟[ひっきょう]原院に於ては上告人に於て本件地所に付、被上告人の前主に対し賃借権を有する場合に於ても該賃借権は被上告人に対し対抗力を有せざるを以て被上告人に対しては不法占有たるべきものと解したること明かなり。 然れども[しかれども]凡そ不法占有とは占有者が何人に対しても何等の権原を有することなく物を占有するを謂ふものにして一定の権原を有する物の占有者が其権原に基く権利を或人に対抗し得るや否やの問題とは自ら別論なりと謂はざる可からず。 故に占有者は適法なる物の占有を為すも其権利を第三者に対抗し得ざる場合ある可く或は又全く占有者に於て何等の権限を有せずして占有を為す場合ある可し前者は占有の基本となりたる権利の対抗力の問題にして不法占有に非ず後者は所謂不法占有なり。 而して[しこうして]本件に於て上告人は原判決判示の如く本件地所の上に賃借権を有し其行使方法として該地所を占有し其占有は適法権原に基くものなれば之を以て不法占有なりと論するを得ず。 原判決は該賃借権は被上告人に対抗し得ざるものなるを以て同人に対する関係に於て不法占有なるが如く論断すと雖[いえども]も該賃借権を以て被上告人に対抗し得ざるは畢竟[ひっきょう]被上告人が其前主より本件地所を買得し所有権の対抗力を主張する結果に外ならず被上告人は時に或は該賃借権を是認することを得べく。 従て被上告人が地所の所有権を主張したりとするも之れが為めに上告人の有する賃借権が当然消滅するの結果を来すことなきを以て該賃借権に基く土地の占有は適法の権原に基く占有なりと謂はざる可からず。 蓋し[けだし]前叙論するが如く占有の不法なることと適法の権原に基く占有が他の優越なる権利の対抗を受くることとは全然之を区別せざる可からず。 従て本件の如く土地の明渡を求むる訴に於て不法占有則ち無権原に基く占有たることを請求原因と為すと又所有権の対抗力を主張し適法なる占有の排斥を原因と為す場合とは其請求の原因を

異にするものにして両者之れが混同を許さざるなり。 従て適法に物を占有する者に対し不法占有を主張し其占有の排除を求めたる場合に於ては縦令[たとい]請求権者が其適法なる占有を排斥し得べき他の優越なる権利を有したる場合に於ても裁判所は此理由を以て占有の排除を裁判す可からざるは勿論なり。 然らば本件の場合に於ては被上告人は不法占有を原因として上告人に対し占有土地の明渡を求め而かも[しかも]原院は上告人が適法なる権原に基き土地を占有する事実を認定したるものなれば当然被上告人の請求を排斥せざる可からざる筋合なり。 然るに原判決は不法なる占有を為すことと適法なる占有権者が其権利を他の優越権者に対抗し得ざることとを混同し漫然上告人の主張を排斥したるは擬律を誤りたる違法ありと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原判決の認むる所に依れば上告人は被上告人の前主たる佐伯理一郎に対して賃借権を有したるも登記したる建物を所有せざるを以て第三者たる被上告人に対して該賃借権を主張すること能はざるに拘はらず被上告人の為したる土地明渡の請求に応せず依然として其土地を占有したるものなるを以て其占有の不法なるや多言を竢たず論旨理由なし。

上来説明するが如く本件上告は其理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条に依り主文の如く判決す