嗣子確認請求ノ件

平易表示にする 原文表示にする

大審院民事判決録（民録）25輯1310頁

上告論旨第一点は上告人（原審被控訴人）は原審に於て（四）控訴人は甲第三号証に依り被控訴人の養嗣子たる地位を取得したる旨主張すれども甲第三号証は該証自体に依り明かなる如く契約本人として被控訴人及び高原利平と記載ありて控訴人は該契約に何等関係なし。 故に該契約に於て仮りに被控訴人が控訴人を養嗣子と為す意思を表示したりとするも養嗣子縁組の成立すべきものにあらざるのみならず云云と抗弁したるに対し原院は其判決理由に「依て進んで本案に立入り控訴人は被控訴人の養嗣子なりや否やの点を審案するに甲第三号証は明治二十六年一月二十五日被控訴人と親族間に締結したる契約書にして該証第五項には「みか女儀戸主高原せきの嗣子と戸籍編入する事」なる記載ありて被控訴人は控訴人を家督相続人とする為め養子と為すことを契約したるものなること明なり。 而して[しこうして]甲第二号証に依れば控訴人みかの出生は明治十年一月十一日にして明治二十六年一月二十五日には満十六歳以上に達し養子縁組に付、意思能力を有し居りしものなることを知り得べく甲第一号証の被控訴人家の戸籍謄本中控訴人みかの事項欄に明治二十六年二月五日相続人と定むと記載あり該記載は前顕契約に因る届出に基き之を登録せられたるものと認め得べきに依り控訴人主張の如く明治二十六年一月二十五日に於て当事者間に控訴人を嗣子と為す養子縁組行はれ之に基き控訴人を以て被控訴人の嗣子と為す旨の届出を為したるものと認むるを妥当なりとす。」と説明するも被控訴人と親族間の契約が其契約に関与せざる控訴人に対し養子縁組の効力を生ずるや又控訴人が満十六歳以上にして養子縁組に付き意思能力ありとするも唯単に能力を有するのみにして何故に養子縁組成立するや及び甲第一号証は被控控人が控訴人を家督相続人に指定し其届出を為したりとて何故に養子縁組成立するや何れも養子縁組を認め得べき証拠力なきのみならず此等の証拠を綜合[そうごう]するも前認定の如き断定を下し得ざるに拘はらず上告人の抗弁を排斥したるは証拠法の法則に反し且つ理由不備の判決と信ずと謂ふに在り

然れども[しかれども]本論旨は結局原院の職権に属する証拠の解釈判断及び事実の認定を非難するに過ぎざるものと謂ふべく之を以て上告適法の理由と為すを得ず。

上告論旨第二点は上告人は第二審（原院）に於て上告人は抗辮として演述せる事実は「（二）民法施行以前に於ては養嗣子なる名称ありと雖[いえども]も現行民法には養嗣子なる名称なし。 故に戸籍簿に其記載を為し能はざるを以て養嗣子たることの確認を求むる本訴は違法と信じ候」なるに原院は此抗弁事実を「（二）民法施行以前に於ては養嗣子なる名称ありしと雖[いえども]も現行民法には之れなし故に本訴は現行法上認めざる養嗣子確認の訴なるに付き不適当なり。」と認定したり。 此原院の認定は前記上告人主張中「故に戸籍簿に其記載を為し能はざるを以て」の十九字を脱漏したりとして「（前略）現行民法には養嗣子なる名称なし。 （前記遺脱十九字）養嗣子たることの確認を求むる本訴は違法と信じ候）として原院認定の如く「（前略）故に本訴は現行法上認めざる養嗣子確認の訴なるに付き不適法なり。」と認むるは不穏当にして誤解せる認定なりと信ずるものなり。 前記の如く十九字を脱漏としても上告人主張の事実を現行民法には養嗣子なる名称なし。 故に民法施行以前に養嗣子なるものありとするも本訴に於ては訴へを誤れまる事件なるに付き。 即ち養嗣子確認の訴としては不適法の訴なりと解するを至当とす。 況んや遺脱の十九文字を加ふる時は（前略）「故に戸籍簿に其記載を為し能はざるを以て（下略）」を加へは如何[いかん]にして原院の如き認定「本訴は現行法上認めざる養嗣子確認の訴なるに付き不適法なり。」と認むるを得るやを怪しむものなり。 上告人の主張事実は民法施行前には養嗣子なるものありて現行民法の推定家督相続人たるの地位を保有したりしと雖[いえども]も現行民法にては養嗣子なるものなし故に仮に本訴に於て「被上告人が養嗣子たることを確認すべし。」との判決あるも之が執行として戸籍簿に其記載を為し能はざるを以てもともと訴にして民法施行前の養嗣子たることを原因として現行民法の推定家督相続人たることの確認の訴にあらずんば本訴は不適法の訴なり。 故に本訴に於ける養嗣子たることの確認を求むるは違法なり。 利益なき訴なりと主張せるものなり。 上告人は叙上の如く事実を主張せるものなるに対し原院は前記の如くに認定し、而して[しこうして]原院は「次に被控訴人（上告人第一審被告）に於ては現行法に名称なき養嗣子の確認を求むる本訴は不適法なるのみならず（中略）本件確認の訴は利益なき訴訟なりと抗争するに付き此点を審按ず[あんず]るに民法施行以前に於ける養嗣子なるものは嗣子となす為めの養子即ち家督相続を為さしむる為めの養子にして養子たると同時に法定の推定家督相続人と為るを以て一旦養嗣子となりたる以上は之を廃嫡するに非ざれば其後実男子出生し又は養子を迎ふるも家督相続人たるの地位を奪はるることなく依然として其地位を保有し（中略）。 而して[しこうして]民法施行に依り此効力に変更なきことは民法施行法第一条の規定に依り明瞭なるが故（中略）法律上利益ある場合なりと謂はざる可らず（云云）」と説明し上告人の陳述事実の抗弁を排斥せり此れ原院は民法施行前に於ける「養嗣子」の本質を説明せるのみにして上告人主張の陳述事実の抗弁に対し理由を付せざるものと謂はざる可らず形らば此点に付き破毀を免がれず換言すれば現行民法に於ける推定家督相続人たることの確認の訴（民法施行前の養嗣子たることを原因として）を起さずして単に嗣子確認の訴（上告人は仮に原院の見解至当なりとするも嗣子確認の訴は不可なり。 養嗣子確認の訴ならざる可らずと信ず。 況んや）にて足るや又「被上告人が養嗣子たることを確認す可し」との判決にて戸籍簿に其記載を為し得るや又以て現行民法の推定家督相続人と同一の資格たるを明証し得るや又以上の如くして此訴は利益ある訴なりとの理由を付せざる可らざるなりと謂ふに在り

然れども[しかれども]大正八年三月八日の原審口頭弁論調書にひ被控訴代理人（上告人）は第一審判決事実摘示の通り答弁を為したる旨の記載あり。 而して[しこうして]第一審判決事実摘示には単に「民法施行以前に於ては養嗣子なる名称ありしと雖[いえども]も現行民法には之なし。 故に戸籍に其記載を為す能はず」とあるに過ぎず。 而して[しこうして]此戸籍云云の部分は専ら被上告人が第一審に於て被上告人の戸籍記載中従姪とあるを養嗣子と訂正すべきことを求めたる点に関するものにして既に原審に於ては該戸籍訂正の請求を減縮したる以上は右戸籍云云の部分も自ら消滅したるものと解すべく。 従て上告人主張の如く「民法施行以前に於ては養嗣子なる名称ありと雖[いえども]も現行民法には養嗣子なる名称なし。 故に戸籍簿に其記載を為し能はざるを以て養嗣子たることの確認を求むる本訴は違法なり。」と謂ふが如き抗弁ありたるものと認むるを得ず。 故に原院が上告人の抗弁を「民法施行以前に於て養嗣子なる名称ありしと雖[いえども]も現行民法には之なし。 故に本訴は現行法上認めざる養嗣子の訴なるに付き不適法なり。」と解し此主張に基き民法施行前に養子縁組を為して養嗣子と為りたるものは其養親たる戸主の法定の推定家督相続人と為りたるものにして其効力は民法施行後も変更なきを以て養嗣子たることを争ふ上告人に対し之が確認を求むるは該法律関係を即時に確定するに付き法律上利益ある場合なりと謂はざる可らずと判示したるは敢て不法にあらず。 又上告人は被上告人が養嗣子たることを確定すべしとの判決は戸籍簿に記載することを得るや否や及び該判決は民法の法定の推定家督相続人と同一の資格あることを明証し得るや否やを説明せずと謂ふも右の如く確認判決を求むるの利益なきものに非ざることを判示したる以上は特に此等の点に付き説明を為すの必要なきものと謂はざるを得ず。 （尚ほ上告人は本訴は嗣子確認の訴にして養嗣子確認の訴にあらずと主張すれども訴名には単に嗣子確認の訴とあるも一定の申立の内容に依りて観れば本訴が養嗣子確認の訴なること毫も[ごうも]疑なきものとす。 ）

上告論旨第三点は前記の第二点に於て上告人主張の陳述抗弁事実を原院が前記の如く認定したりとすれば「故に戸限簿に其記載を為し能はざるを以て」の十九文字の事実を原院判決の事実中上告人陳述事実の内より遺脱したるものなり。 然らば此の上告人の陳述事実の重要点の遺脱は法律に違背せる事実の遺脱と看做さざるべからず。 何となれば此の遺脱の結果は法則を不当に適用し又法則を適用せざる結果を生じ又反面より見れば上告人の主張に対し判決を為さざる結果を生ずればなり。 此の点に付きても亦[また]原判決は破毀を免れずと謂ふに在り

然れども[しかれども]原院が所論の如く事実を遺脱したるものに非ざることは既に前点に於て説明したる所に依り明かなり。

上告論旨第四点は第二点に於て上告人主張事実を原院に於て説明せる如きものなりとすれば此れ事実の主張を為さざるに之を為したるものとして理由を付したるものなれば虚無事実を証拠に供し理由を付したるものなるに付き採証上の不法あるものなり。 故に此点に付きても破毀を免がれずと謂ふに在り

然れども[しかれども]原判決事実の認定が不法にあらざることは是亦[また]第二点に於て説明したる所に依り明瞭なり。

上告論旨第五点は原院は「依て進んで本案に立入り（中略）被控訴人と親族間に締結したる契約書にして該証第五項には「みか女儀戸主高原せきの嗣子と戸籍編入する事」なる記載ありて被控訴人は控訴人を家督相続人とする為め養子と為すことを契約したるものなること明かなり。 （中略）甲一号証の被控訴人家の戸籍謄本中控訴人みかの事項欄に明治二十六年二月五日相続人と定むと記載あり該記載は前顕契約に因る届出に基き之を登録せられたるものと認め得べきに依り控訴人主張の如く明治二十六年一月二十五日に於て当事者間に控訴人を嗣子と為す養子縁組行はれ之に基き控訴人を以て被控訴人の嗣子と為す旨の届出を為したるものと認むるを妥当なりとす。」と説明するも原院は契約其のものに対する観念を誤りたるものなり。 第三者に対する契約の効力は契約は所謂第三者（本件に於てはみかは該契約の当事者に非ず。 即ち自身又は代理人に依り契約の当事者として之に参与せざるものに非ざることは当事者間に争なき事実なり。 ）を利せず害せざるのみならず又第三者に対して何等の対抗力を有せざるを原則とす。 而して[しこうして]契約の内容が事実上有効なりや否やは別問題とし仮令[たとい]契約が有効に成立するものとするも第三者は之れに因りて権利を取得し又は利益を受くるを強要せらるることなきを原則とす。 其如何[いかん]なる権利を第三者に賦与す[くみす]るやは一に契約の定むる所に従ふものなり。 其第三者に於て賦与されたる権利発生時期は第三者が債務者（義務者）に対して契約の利益を亨受する意思を表示したる時に発生す（我民法第五三七条二項参照）。 而して[しこうして]其発生せし権利は契約の当事者の意思以外に独立するものなれども其権利はもと当事者間の契約に基因するものなれば債務者（義務者）は其契約に基因する抗弁を以て第三者にも対抗するを得るものなり。 （我民法五三九条参照）契約の第三者に対する本質以上の如くなる時は本件の論点に於て上告人と親族間の契約は被上告人の為めにする契約にして如何[いかん]なる権利を被上告人に賦与したるやは一に上告人と親族間との契約に懸るものなり。 「みか女儀戸主高原せきの嗣子と戸籍編入の事」との契約内容は意義明瞭ならず契約当事者の意思を探究する外なし。 契約の一方当事者たる上告人は民法の指定相続人の義なりと解す其証として甲第一号証の上告人家の戸籍謄本中被上告人みかの事項欄に明治二十六年二月五日相続人と定むと記載しあり之其証にして此記載と共に其当時当事者は指定相続人との契約内容としたりと信じたり（此点に付き原院の記録を閲覧するに上告人以外の契約当事者の意思を探究せる事跡なり。 「事実の如何[いかん]により其相続権の有無を判断するは事実裁判官の職権に属す（大審院判決例録明治三十年九巻二十五頁）。 而して[しこうして]該契約の念益を亨くる第三者たる被上告人が利益を亨受するの意思表示即ち養嗣子縁組を為す意思表示を為したりやと言ふに原院は当時被上告人は「第二号証に依れば控訴人みかの出生は明治十年一月十一日にして明治二十六年一月二十五日には満十六歳以上に達し養子縁組に付き意思能力を有し居りしものなることを知り得可く甲第一号証の被控訴人家の戸籍謄本中控訴人みかの事項欄に明治二十六年二月五日相続人と定むと記載あり該記載は前顕契約に因る届出に基き之を登品せられたるものと認め得可きに依り」とのみにて利益を亨受する意思表示ありたることを示さざるなり。 反って原院の説明にては指定相続人たることを説明するものにあらずや（此点に付き新乙一覧持参照）。 而して[しこうして]原院は「。 而して[しこうして]民法施行前に於ては養子縁組の届出なきも叙上の如く縁組の事跡存する以上は其養子縁組の有効なること裁判上認められたる慣例なるを以て本件養子縁組の有効なるや論を竢たず」と説明すれども単に契約に「みか女儀戸主高原せきの嗣子と戸籍編入の事」及戸籍謄本みかの事項欄に「明治二十六年二月五日相続人と定む」との記載とを以て「叙上の如く縁組の事跡存する」と謂ふを得べきか又「叙上の如く縁組の事跡存する以上は其養子縁組」は民法施行前に於ては養子縁組の届出なきも」「有効なること裁判上認められたる慣例なり。」と謂ふべきか「裁判上認められたる慣例」とは既に契約に縁組の契約あり。 而して[しこうして]戸籍の事項欄に嗣子と定む又は養嗣子と定むとの記載ありたる場合に謂ふものにして、即ちかかる場合に養嗣子縁組の届出なきも縁組の事跡存する以上其養嗣子縁組は有効なりと謂ふ場合なり。 右論述せる如く被上告人が利益亨受の意思表示を為さざる可なさるは東西古今の原則にして民法施行前と雖[いえども]も変るなし故に契約により賦与せられたる権利は被上告人の利益亨受の意思表示あらざれば発生せず此発生せざる権利を原院は発生せし権利又は裁判上認められたる権利と誤解し説明し上告人が該契約に基因する抗弁を法律上の証拠なくして排斥したるは第三者の為めにする契約の本質を誤解せる裁判にして不当なる裁判と謂はざる可らず此点に付き破毀を免がれずと謂ふに在り

然れども[しかれども]原院は被上告人が第三者の為めにする契約に因り養嗣子となりたることを認定したるにあらず。 甲第三号証と甲第一、二号証等とを綜合[そうごう]して明治二十六年一月二十五日本件当事者間に被上告人を養嗣子とする為めに養子縁組契約成立したる事実を認定したるものなれば（此事実認定を非難するの不当なることは既に第一点に於て述べたるが如し。 ）本論旨は全然原判旨に副はざるものにして不当と謂はざるを得ず。

上告論旨第六点は仮に被上告人主張の如く養嗣子たりしとするも被上告人は明治二十六年三月十五日菅野助十郎と婚姻したり。 此婚姻は婿養子として婚姻したるものに外ならず。 然らば此「民法実施前法定の推定家督相続人たる女子ある者が婿養子を為したる場合」なり。 此場合に於ては其養子は推定の家督相続人と為るものとす。 （大審院判決例録明治三十九年一三一七頁同明治三十一年二巻三三頁同明治三十一年二巻三三頁参照）然らば明治二十六年三月十五日被上告人と婚姻せる助十郎は上告人の其家の法定家督相続人たる身分を取得したるものと謂はざる可らず助十郎にして上告人其家の法定の推定家督相続人たりとせば被上告人は養嗣子たる身分即ち上告人の推定の家督相続人たる地位にあらざるものと謂はざる可らず何となれば二人の法定の推定家督相続人存在する謂なく其一人は然らざるなり。 故に此時に於ては被上告人は戸主上告人の家族一人たる身分と為りたり其後如何[いかん]なる事情存在するも一度家族となりたるものは再ひ上告人に於て被上告人を法定の推定家督相続人たることの意思表示を為し被上告人又此意思表示に対し了諾する意思表示を為すに非ざれば依然として家族たる身分のみ存するものなり。 然るに明治四十四年十一月八日被上告人と助十郎とは協議離婚を為したり。 此時に上告人は被上告人を法定の推定家督相続人と為す意思表示なし。 故に曩きの養嗣子たるの身分の復活なし。 況んや明治四十四年十一月八日被上告人と助十郎と離婚せるは既に業に[すでに]民法実施以後の事に係りたれば該離婚の時は民法の規定に準由せざる可らず。 然らば助十郎は上告人の法定の推定家督相続人なりしか協議離婚に依り其権利消滅したるのみにて被上告人に移転せず又伝続せず被上告人は依然家族たる身分ありしのみ唯戸籍欄に「相続人と定む」との記載ありて永く存せしは我戸籍法上法定の家督相続人は其身分登記の事なきか為め其抹消を為し得ざるに止まり内容なき残骸なり。 原院は「控訴人を嗣子と為す事項と控訴人の婿養子を迎ふる事項とは全く別箇の契約事項なるのみならず」と解説するは其当を得ず。 法則を誤解せる不当の判決たるを免がれず此の点に付きても破毀を免がれずと謂ひ」同第八点は上告人は原審に於て甲第三号証の契約が履行せられ上告人と被上告人との養子縁組成立したるものなりとせば該証記載の如く被上告人が菅野助十郎と婚姻するに当り同人の婿養子として入籍すべき筈なるに従姪夫と入籍したるに依るも上告人が被上告人を養嗣子と為すの契約は履行の意思なき無効なる旨を抗弁したるに原判決は控訴人を嗣子と為す事項と控訴人の婿養子を迎ふる事項とは全く別箇の事項なるのみならず云云と説明し排斥したるは同一契約にして相牽連[けんれん]したる事項を分離し解釈したるは契約解釈の法理に違反するか又は理由不備の判決と信ずと謂ふに在り

然れども[しかれども]上告人は原審に於て訴外菅野助十郎を婿養子なりと主張したるものに非ざることは大正八年三月二十九日の原審口頭弁論調書に被控訴代理人（上告人）の陳述として「控訴人（被上告人）は甲第三号証成立以後に於て菅野助十郎と婚姻を為したり。 従って果して甲第三号証の契約が履行せらるるものとせば助十郎は高原家の婿養子として入籍せらるべき筈なるに同人は従姪夫として入籍せられたり云云」と記載あるに依り明かなり。 従て論旨第六点前段は原審に提出せざる事実に基づくものなれば不当と謂はざるを得ず。 尚ほ上告人は論旨第六点後段及び第八点に於て原院は甲第三号証の契約を解釈するに当り被上告人を嗣子と為す事項と被上告人の婿養子を迎ふる事項とは全く別箇の契約事項なりと判断したるを攻撃すれども此点は原院の職権に属する証拠の解釈を非難するに過ぎざるものにして上告適法の理由と為すに足らざるものとす。

上告論旨第七点は本件は被上告人が明治二十六年一月二十六日親族協議の結果被上告人を嗣子相続人と為すこととし其旨村役場に届出てたり（第一審訴状及び同判決並に原審判決参照）とし上告人に対し養嗣子の確認を求め上告人は家督相続人に指定したることあるも養嗣子と為したることなしと之を否認する案件なり。 而して[しこうして]原審大正八年一月二十八日弁論調書に依れば控訴（被上告）代理人は甲第一号証を以て（中略）控訴人は明治二十六年二月五日相続人と定むとの戸籍記載の下に高原家の養嗣子相続人となりたること（中略）甲第三号証を以て明治二十六年一月二十五日当事者本人及び親族立会人和解取扱人の協議により控訴人は高原せきの養嗣子と為りたるものなることを（中略）証すと述べ又原審同年四月十九日弁論調書には控訴代理人は（中略）民法施行以前に於ける嗣子相続人は戸主の一方的行為を以て定め得べきものにして控訴人が嗣子相続人たる身分を取得したるも右の趣旨に出で戸主の一方的行為を以て定めたるものなりと述べ其養嗣子と為りたるは当事者合意の上なりや又は上告人の一方的行為なりや及び養嗣子と為りたるは明治二十六年一月二十六日なりや又は同年同月二十五日なりや若くは同年二月五日なりや申立区区にして牴触[ていしょく]するに拘はらず原院は其釈明をも求めずして「控訴人主張の如く明治二十六年一月二十五日に於て当事者間に控訴人を嗣子と為す養子縁組行はれ之に基き控訴人を以て被控訴人の嗣子と為す旨の届出を為したるものと認むるを妥当なりとす。」と判断したるは民事訴訟法の法理に違背したる不法あるのみなりず他の一面に於ては当事者の申立さる事実に依り判決したる違法あるものと信ずと謂ふに在り

然れども[しかれども]原判決事実摘示には「控訴人（被上告人）の事実上の主張は控訴人が被控訴人（上告人）の養嗣子となりたるは明治二十六年一月二十五日なりと陳述したる外原判決摘示の控訴人の演述事実と同一云云」とあるを以て被上告人が原審に於て本件養子縁組を為し上告人の養嗣子と為りたるは明治二十六年一月二十五日なりと陳述したること明かなり。 又嗣子となす為めに養子縁組を為したる場合に於て養嗣子と為るは当事者合意の効力なるか当事者の一方たる戸主の一方的行為に依るものなるかは純然たる法律問題なれば斯くの如き点に付き必ずしも当事者をして一定の陳述を為さしめざるべからざるものに非ず。 故に原判決には所論の如き不法あるものにあらず。

上告論旨第九点は民法施行以前になしたる養子縁組と雖[いえども]も民法施行の日より民法に定めたる効力を有することは民法施行法第六十八条の規定する所なり。 然るに原判決は其理由に於て「次に被控訴人に於ては云云被控訴人は大正四年六月十四日須田貞なる男子を養子と為し被控訴人の家督相続権は同人に存するを以て本件確認の訴は利益なき訴訟なりと抗争するに付き此点を審案するに民法施行以前に於ける養嗣子なるものは云云一旦養子と為りたる以上は之を廃嫡するに非ざれば其後実男子出生し又は養子を迎ふるも家督相続人たる地位を奪はるることなく云云此関係は養嗣子が男たると女たるとに依りて其効力に差異なきものとす。 而して[しこうして]民法施行に依り此効力に変更なきことは民法施行法第一条の規定に依り明瞭なるが故に云云」と判断したるは民法施行法第六十八条を適用せず。 同法第一条を不当に適用したる違法あるものと信ず。 況んや養子縁組の主たる目的は父子の関係を生じ家督を相続せしむる等将来に継続するものなれば民法規定の適用せらるること当然と信ず。 尚我国に在りては男子と女子と家督相続に付き同順位に在る場合に於ては年少者と雖[いえども]も男子を先にすることは古来の慣例にして民法施行の前後に因りて異ることなり（例令養嗣子なるも実子以上の権利なきものと信候）然るに前記の如く判断したるは慣習法に反したる違法の判決なりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]民法施行前に養嗣子に指定せられたるときは其指定の効力は民法施行後も変更なきものなることは民法施行法第一条及び第八十八条の規定に依り之を推測することを得べし又一旦養嗣子に指定せられたる以上は其指定に因り養嗣子たる身分を取得したるものなるを以て廃嫡其他の事由生せざる限りは其後実男子出生し又は養子を迎ふるも養嗣子の地位に何等の変更なく。 而して[しこうして]此関係は養嗣子の男子たると女子たるとに依り差異なきものと解するを相当とす。 原判決の趣旨亦[また]之に外ならざるを以て之に対する本論旨は其理由なきものと謂はざるを得ず。 仍て[よって]民事訴訟法第四百三十九条第一項に従ひ主文の如く判決す（判旨第八点）