大正八年(オ)第四百四十五號
大正八年七月八日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 遺贈ノ場合ニ於テ遺言者ハ遺贈物件表示ノ覺書ヲ朗讀シテ之ヲ口授シ得ヘキハ勿論民法ハ其口授ノ限度ニ關シ何等規定スル所ナクレハ苟モ其物件ヲ特定シ得ヘキ程度ニ於テ遺言ノ旨趣ヲ口授スルト共ニ之カ朗續ヲ省畧シ其覺書ヲ公證人ニ交付シテ之ニ基キ物件ノ詳細ナル記載ヲ爲スヘキコトヲ委囑スルモ之ヲ以テ遺言ノ旨趣ヲ口授セサルモノト謂フヲ得サルモノトス
上告人 大谷眞仲
被上告人 宇口島一雄
法定代理人 宇留島猿吉
右當事者間ノ遺言書無效確認請求事件ニ付長崎控訴院カ大正八年二月十五日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
本件上告ハ之ヲ棄却ス
理由
上告論旨第一點ハ原審判決ハ民法第千六十九條ニ依ル遺言公正證書ヲ作成スルニ際シ口授口述ヲ爲サス採宜上書面ヲ差出シ之ヲ録載シ作成スルモ尚ホ有效ナリト爲シタル違法アルモノナリ民法第千六十九條ニ依ル遺言公正證書ハ遺言者カ遺言ノ趣旨ヲ公證人ニ口授スルコト公證人カ遺言者ノ口述ヲ筆記シテ作成スヘキモノナルコトハ同條ノ明示スル所ナリ從テ其遺言ノ内容ニ屬スル事項ナル以上ハ縱令遺贈ノ目的物タル物件ノ名稱數量所在ニ關スル事項ト雖モ悉ク口授口述ヲ敷記シテ作成セサル可ラサルナリ若シ口授口述セス便宜ト稱シテ内容事項ヲ記載シタル書面ヲ提出シ之ヲ轉載シタル場合ハ當然同條ノ法意ニ反スル作成ナルヲ以テ其無效ナルヤ論ヲ竢タサル所ナリ蓋同條ノ法意ハ如何ナル事實ヲ遺言スルヤ其遺言ノ内容ハ如何ナル事實ナルヤ等ニ付キ遺言者ノ眞意ヲ口授セシメ其口授ヲ其侭筆記セシメテ之カ精確ヲ謀リタル趣意ナリ之ニ反シテ書面ヲ提出シ之ヲ轉載セシムルカ如キハ往往文字ヲ書ク能ハス讀ム能ハス解スル能ハサル者アリテ眞意ニ添ハサル遺言證書成立スル虞アルノミナラス往往數年前ノ書面又ハ他人ノ筆記シタル書面ヲ提出シ全ク現時ノ自由意志ニ添ハサル證書成立スル虞アルヲ以テ同條ハ之ヲ救濟セントシ特ニ遺言者ノ口述ヲ筆記ス可シト定メタルモノナルヤ推知シ得ヘキ所ナリ若シ然ラストシ自筆ノ書面ヲ提出シ他人ノ作成シタル書面ヲ提出シ之ヲ録載シテ作成シ得ルモノトセンカ同條ニ定メタル法式ハ悉ク徒法ニ歸シ同法千六十八條千七十條千七十二條千七十六條以下ノ方式ト何等選フ所ナキニ歸スヘシ然ルニ本件ニ付キ原審裁判所ノ確定セル事實ハ「(中畧)大谷「ミキ」ハ本件公正證書ノ作成ニ當リ遺言ノ内容事項タル遺贈物件(地所)ノ表示ニ付キ地所目録ヲ提出シ公證人ヲ位テ其目録ニ從ヒ遺贈物件ニヲ證書ニ録載セシメタルコトハ之ヲ否定スルコト能ハス(中畧)」ト在リテ本件係爭遺言公正證書ノ内容タル遺贈地所ノ表示ハ總テ地所目録ヲ提出シ公證人ハ該目録ニ從ヒ之ヲ記載シタルモノナルコト明ナリ從テ遺言者大谷ミキカ公證人ニ對シ口授シタルモノニ非ス同公證人ハ同人ノ口述ヲ筆記シタルモノニ非サルコト洵ニ明瞭ナル所ナリ然レハ右遺言公正證書ハ明ニ民法第千六十九條所定ノ方式ニ違背シテ作成シタル無效ノモノナルヤ論ヲ竢タサル所ナリ然ルニ原審裁判所ハ之ニ對シ「斯ノ如キハ大谷「ミキ」ニ於テ單ニ口頭供述ヲ爲スノ便宜上其補助手段トシテ書面ヲ引用シタルニ止リ畢竟書面ニ基キ陳述シタルニ外ナラスト看做スヲ妥當トスルカ故ニ該公正證書ニ録取サレタル遺言ノ趣旨ハ「ミキ」ニ於テ總テ之ヲ口授シタリト斷スルニ毫モ妨ナキモノト知ルヘシ」ト説示判決シ在リ然レトモ民法第千六十九條ハ口授口述ニ代ヘテ書面ヲ提出シ之ニ因リテ録載スルコトヲ許シタル法意ニ非ス口頭供述ヲ爲ス便宜トシテ書面ヲ引用スルコトヲ許シタル法意ニ非サルナリ
要スルニ原審判決理由カ地所目録ヲ提出シテ之ヲ録載シタル行爲ハ口頭供述ヲ爲ス便宜上爲シタルモノナルヲ以テ法律上之ヲ口授シタルモノト看做スヘキモノナリト言フニ在リトセハ結局民法第千六十九條ハ遺言者カ便宜ノ爲ニ書面ヲ提出シテ之ヲ作成セシムルモ尚之ヲ同條ノ所謂口授口述ト看做ス法意ナリト云フニ歸シ同條ノ法意ヲ誤ル違法ノ判決ナルヤ論ヲ竢タサル所ナリト云ヒ」同第四點ハ原審判決ハ本件係爭公正證書カ民法第千六十九條ノ方法ニ違背スル事實ヲ認定シタルノミナラス書面ヲ提出シテ口授ニ代ヘタル事實ヲ書面ニ基キ陳述シタリト看做スト條理ニ反スル不當ノ理由ヲ付シ更ニ之ヲ同條ノ口授シタルモノニ該當スト爲シタル擬律錯誤ノ違法アルモノナリ原審判決ハ其理由トシテ大谷ミキハ本件公正證書ノ作成ニ當リ遺言ノ内容事項タル遺贈物件ノ表示ニ付キ地所目録ヲ提出シ公證人ヲシテ其目録ニ從ヒ遺贈物件ヲ證書ニ録載セシメタルコトハ之ヲ否定スルコト能ハスト雖モ斯ノ如キハ大谷ミキニ於テ單ニ口頭供述ヲ爲スノ便宜上其補助手段トシテ書面ヲ引用シタルニ止マリ畢竟書面ニ基キ陳述シタルニ外ナラスト看做スヲ妥當トスルカ故ニ該公正證書ニ録取サレタル遺言ノ趣旨ハ「ミキ」ニ於テ總テ之ヲ口授シタリト斷スルニ毫モ妨ナキモノト知ルヘシ(中畧)ト説示判決セリ然レハ右前段事實認定ノ趣旨ハ遺言者大谷ミキハ遺言ノ内容事項タル遺贈物件ノ表示ニ付キ地所目録ヲ提出シ公證人ヲシテ其目録ニ從ヒ遺贈物件ヲ證書ニ録載セシメタルモノナリ即チ大谷ミキハ該目録ヲ讀上ケタルモノニ非ス又之ヲ見テ之カ記載ノ通リ陳述シタルモノニ非ス便宜上口頭供述ニ代ヘテ書面ヲ提出シ之ヲ引用シタルモノナリト云フニ在ルヤ明ナリ而シテ後段判決理由ハ便宜上口頭陳述ニ代ヘテ書面ヲ提出シ之ヲ引用シタルハ畢竟書面ニ基キ陳述シタルモノト看做スヲ妥當トスト云フニ在ルヤ明ナリ然レトモ他ノ場合ハ格別民法第千六十九條ノ方式ニ從テ遺言公正證書ヲ作成スル場合ニ於テハ親シク口授ヲ爲シタル事實ト口授ヲ爲サス書面ヲ提出シ之ヲ録載セシメタル事實トハ其方式實質ヲ全ク異ニスルモノナリ即チ親シク口授ヲ爲スト書面ヲ提出シテ之ヲ録載セシムルトハ其形式ノ全然相異ナルコトハ謂フヲ竢タサル所ニシテ亦本人ノ親シク爲シタル口授ハ常ニ本人ノ現時ノ自由意思ヲ表示スルモノナル可キモ既ニ作成セル書面ヲ提出シ之ヲ録載セシムルハ本人ノ現時ノ自由意思ヲ表示セス書面作成當時ノ舊意思ヲ表示スルモノト爲ル可シ殊ニ其書面ノ作成カ數个月若クハ數个年前ナリシトキ又ハ文字ヲ書ク能ハス解スル能ハサルモノナルトキハ著シク舊時ノ意思ヲ表示スルモノト爲リ現時ノ自由意思ト全ク相異シ實質上ノ差異ヲ生ス可シ民法第千六十九條カ特ニ其方式トシテ口授口述ヲ爲シ之ヲ筆記スヘシト定メタルハ即チ口授口述ニ代ヘ書面ヲ提出シ之カ録載ヲ許スモノトセハ敍上ノ如ク住住現時ノ自由意思ヲ表示スル能ハサルモノアルニ至リ其危險甚敷ヲ以テ之カ救濟方法トシテ斯ク規定シタルモノナリ從テ同條ノ所謂口授ハ尤モ狹義ニ解スヘキモノナルヤ實ニ明ナル所ナリ然レハ本件遺言證書ハ之カ作成ニ際シ遺言ノ内容事項ヲ口授セス之ニ代ヘテ書面ヲ提出シ之ヲ録載セシメタルモノナルコトハ原審判決ノ認容セル事實ナルヲ以テ同條ノ定メタル方式ニ違背スル不法アルハ勿論之ヲ讀上ケタルモノニ非サルヲ以テ條理上事實上書面ニ基キ陳述シタルモノト云フ能ハサルモノナルヤ實ニ明瞭ナル所ナリ若シ遺言ノ内容事項ヲ口授セス書面ヲ提出シテ口授ニ代ヘタル場合ニ尚之ヲ書面ニ基キ陳述シタルモノト看做シ得而シテ同條ノ所謂口授シタルモノニ該當スルモノトセハ同條ノ公正證書ハ唖者ト雖モ之ヲ作成シ得ルモノト云ハサル可ラサルニ至ル可シ蓋シ之等ハ同條ノ法意トスル所ニ非サルナリ要スルニ原判決ハ本件係爭公正證書カ民法第千六十九條ノ方式ニ違背シテ作成シタル事實ヲ認容シタルニ拘ラス且ツ同條ノ場合ニ於テ口授セス書面ヲ提出シテ録載セシメタル行爲ハ書面ニ基キ陳述シタルモノト看做ス條理無ク又斯ク看做スヘキ事實ニ非サルニ拘ラス之ヲ書面ニ基キ陳述シタルモノト看做スハ不法ノ理由ヲ付シタル違法竝ニ此ノ如キ事實ハ同條ノ所謂口授ニ該當セサルコト明ナルニ拘ラス恰モ之ヲ該當スルモノノ如ク誤解シ之ヲ口授シタリト斷スルニ妨ナシト説示シ上告人ノ抗辯ヲ排斥シタル擬律錯誤ノ違法アルモノナリト云フニ在リ
然レトモ公正證書ニ依ル遺言ノ普通方式ニ付テハ民法第千六十九條ニ依リ遺言者ハ遺言ノ趣旨ヲ口授スヘキモノナルヲ以テ遺贈ノ場合ニ於テ遺言ノ趣旨ノ一部ヲ爲ス遺贈物件ノ表示ノ如キモ亦之カ口授ヲ爲ササルヘカラサルコトハ勿論ナリト雖モ遺言者ハ物件表示ノ覺書ヲ朗讀シテ之ヲ口授シ得ヘキハ勿論民法ハ其口授ノ限度ニ關シ何等規定スル所ナキヲ以テ苟モ其物件ヲ特定シ得ヘキ程度ニ於テ遺言ノ趣旨ヲ口授スルト共ニ之カ朗讀ヲ省畧シ其覺書ヲ公證人ニ交付シテ之ニ基キ物件ノ詳細ナル記載ヲ爲スヘキコトヲ委囑スルモ亦之ヲ以テ遺言ノ趣旨ヲ口授セサルモノナリト謂フコトヲ得ス蓋シ遺言者ノ口授ニ依リ遺言ノ趣旨ヲ明ニセサルヘカラサルコトヲ規定シタルハ遺言ノ内容ノ眞正ヲ確保セントスルニ在ルヲ以テ既ニ其口授ニ依リ遺贈物件ニ關スル遺言ノ趣旨ノ明瞭ナル以上ハ更ニ其物件ノ詳示ニ付キ特ニ遺言者ノ口授ヲ省畧スルモ物件ニ關スル口授ノ存セサルニ非サルハ勿論毫モ遺言ノ内容ノ眞正ヲ害スルモノニアラサルヲ以テナリ本件ニ於テ原審カ係爭公正證書ヲ以テ民法第千六十九條ノ要件ヲ具備セルコトノ認定資料トシテ甲第二號證元岡旋ノ「大正三年十月十四日大谷ミキハ來リ遺言シタシトテ地所目録ヲ差出シ公正證書記載ノ事項ヲ申立テ且ツ自カラ證書ニ署名セリ」云云ノ證言ヲ摘録セルニ依リ之ヲ見ルモ原審ハ大谷ミキカ公正證書記載ノ事項即チ遺言ノ趣旨ヲ口授シテ地所目録ヲ公證人ニ差出シ公正證書ヲ作成セシメタルコト明ナルヲ以テ前段説示スル所ニ照シ遺贈物件ニ關スル口授トシテ何等缺クル所アルナシ然ラハ原審カ論旨第一點ニ摘録セル如ク所謂其後段ニ至リ「單ニ口頭供述ヲ爲スノ便宜上其補助手段トシテ書面ヲ引用シタルニ止マリ畢竟書面ニ基キ陳述シタルニ外ナラスト看做スヲ妥當トス云云」ト判示シタルハ其判文ニ於テ多少穩當ヲ缺クモ「該當正證書ニ録取サレタル遺言ノ趣旨ハミキニ於テ總テ之ヲ口授シタリト判スルニ毫モ妨ナキヲ知ルヘシ」ト説示シタルト相竢テ蓋シ當院判示ト同一趣意ヲ言明セントシタルモノト解スヘキモノナレハ原判決ハ結局相當ニシテ破毀ノ理由ト爲ラサルヲ以テ論旨第一點及ヒ第四點ハ何レモ之ヲ採用セス
上告論旨第二點ハ原審判決ハ前段ニ於テハ係爭公正證書ハ總テ遺言者ノ口授ヲ筆記シタルモノナリト認定シ後段ニ於テハ地所目録ヲ提出シ公證人ヲシテ之ヲ録載セシメタリト認定シ前段後段相容レサル二箇ノ事實ヲ認定シタル違法アルモノナリ原審判決ハ前段ニ於テ彼此綜合スルトキハ本件公正證書ニ録取サレタル遺言ノ趣旨ハ被控訴人主張ノ如ク總テ大谷「ミキ」ニ於テ公證人ニ對シ親シク口授シタルモノニ係リ口授以外ノ事項ヲ採テ之ヲ遺言ノ内容トシテ證書ニ掲記シタルカ如キ不當ナキコトヲ認メ得ヘク(中畧)ト認定シ本件係爭公正證書ノ内容事實ハ總テ遺言者大谷ミキノ口授ヲ筆記シタルモノナリト確定セルニ拘ラス後段ニ於テハ大谷「ミキ」ハ本件公正證書ヲ作成スルニ當リ遺言ノ内容事項タル遺贈物件(地所)ノ表示ニ付キ地所目録ヲ提出シ公證人ヲシテ其目録ニ從ヒ遺贈物件ヲ證書ニ録載セシメタルコトハ之ヲ否定スルコト能ハスト雖モ(中畧)ト説示シ係爭公正證書ノ内容ノ一部ハ書面ヲ提出シ公證人カ之ヲ録取シタル事實存在ヲ肯定セルモノナリ從テ右前段ノ認定事實ト後段ノ認定事實トハ全ク相反スルモノナルヤ實ニ明瞭ナル所ナリ然レハ原判決ハ結局相容レサル二箇ノ齟齬スル理由ヲ付シタル違法アルヲ免レサルナリ尤モ判決末尾ニ口頭供述ヲ爲スノ便宜上書面ヲ引用シタルニ止マリ畢竟書面ニ基キ陳述シタルニ外ナラスト看做スヲ妥當トス故ニ該公正證書ニ録取サレタル遺言ノ趣旨ハ「ミキ」ニ於テ總テ之ヲ口授シタリト斷スルニ毫モ妨ナキモノト知ル可シト説示シアルモ之等ハ書面ヲ録取シタリトノ認定事實ヲ飜シテ口授シタル事實ヲ録取シタリトノ新認定ヲ爲シタルニ非ス單ニ書面ヲ録取スルモ尚之ヲ書面ニ基キ陳述シタルニ外ナラス從テ口授シタルモノト看做スヲ妥當トスト解釋シタルニ過キサルナリ從テ前段後段ノ事實認定ハ徹頭徹尾全ク相異ナルモノナルヤ疑ナキ所ナリト謂ヒ」同第六點ハ原審判決ハ兩立セサル二箇ノ事實ヲ認定シタル違法若クハ法律又ハ條理ニ違背スル理由ヲ付シタル違法アルモノナリ原審判決ハ前段ニ於テ遺言ノ内容事項タル遺贈物件(地所)ノ表示ニ付テハ地所目録ヲ提出シ公證人ヲシテ其目録ニ從ヒ遺贈物件ヲ證書ニ録載セシメタルコトハ之ヲ否定スル能ハスト判示シアルヲ以テ此事實ヲ肯定シタルモノナルヤ明ナリ換言スレハ遺言者大谷ミキカ右地所目録ヲ讀上ケ若シクハ之ニ基キ陳述シタルモノニ非サル事實ヲ認定シタルモノナルヤ明ナリ然ルニ其後段ニ於テハ斯ノ如キハ大谷ミキニ於テ單ニ口頭供述ヲ爲スノ便宜上其補助手段トシテ書面ヲ引用シタルニ止マリ畢竟書面ニ基キ陳述シタルニ外ナラスト看做スヲ妥當トスルカ故ニ(中畧)ミキニ於テ總テ之ヲ口授シタルモノト斷スルニ妨無シト判示セリ然レトモ右後段ノ判示カ事實認定トシテ爲シタルモノトセハ當然前段認定ノ事實ト相兩立セサル反對事實ノ認定トナル可シ若シ然ラスシテ前段認定事實ノ法律上又ハ條理上ノ解釋ナリトセハ民法第千六十九條ノ法意上又條理上書面ヲ提出シテ録載セシメタル事實ヲ認メ之ヲ口授シタルモノト解釋スルハ違法ノ尤モ甚タシキモノト謂ハサル可ラサルナリ要スルニ原審判決ハ兩立セサル二箇ノ事實ヲ認定シタル違法若シクハ右法意又ハ條理ニ違背シタル理由ヲ付シタル不法アルヲ免レサルナリト謂フニ在リ
然レトモ論旨第二點ニ摘録セル原判決ノ所謂前段ト後段トハ何等其理由ニ於テ矛盾スル所ナキコトハ論旨第一點及ヒ第四點ニ對シ説明スル所ニ徴シ自カラ明ナルヲ以テ論旨第二點ニ所謂原判決ノ末尾及ヒ論旨第六點ニ所謂原判決ノ後段ノ部ニ「大谷ミキニ於テ單ニ口頭供述ヲ爲スノ便宜上其補助手段トシテ書面ヲ引用シタルニ止マリ畢竟書面ニ基キ陳述シタルニ外ナラスト看做スヲ妥當トス云云」ト判示シタルハ多少穩當ヲ缺クモ其破毀ノ理由ト爲ラサルコトハ論旨第一點第四點ニ對シ説明スル如クナルヲ以テ本論旨ハ何レモ理由ナシ
上告論旨第三點ハ原審判決ハ採證法ノ原則ニ違背シタル不法竝ニ虚無ノ證據ニ依リ事實ヲ推認シタル違法アルモノナリ上告人ハ原審ニ於テ本件遺言公正證書ノ作成ニ付テハ事實上立會人ニ於テ終始完全ニ立會セサリシ不當アリト主張シ之カ事實ノ證據トシテ一審證人林虎男ノ證言ヲ採用シタリ然ルニ原審判決ハ之ニ對シ當該公正證書ノ作成ニ關シ右主張ノ如キ不當アルコトハ之ヲ徴知スルニ足ラス却テ甲第二號調書ニ記載サレタル元岡證人ノ供述竝ニ甲第四號證ノ記載ヲ吟味スルトキハ本件公正證書ノ作成ニ付テハ訴外中野寅吉林虎男二人カ證人トナリ終始完全ニ立會シタルコトヲ推認シ得ヘキカ故ニ此點ニ關スル控訴代理人ノ主張モ亦採用スルヲ得スト判示セリ然レトモ右原審判決ノ引用セル元岡證人ノ供述中ニハ立會人林中野兩人カ何時ヨリ立會タカニ付テハ何等ノ供述記載無ク依囑當初ヨリ立會シカ將又遺贈ノ遺言證書ノ作成方ヲ依囑スト言ヒ其内容ヲ陳述シタル後立會シカニ付テハ何等ノ供述記載無キナリ又甲第四號證中ニモ立會人等ノ立會タル時期ニ付テハ何等ノ見ル可キモノ無ク唯立會ヒタル事實ノ記載アルノミナリ從テ遺言證書作成ノ依囑當初ヨリ立會タルカ將又地所ノ遺贈ヲ内容トスル遺言證書ノ作成ヲ依囑スト陳述シタル後ニ立會タルカニ付テハ何等ノ見ルヘキ記載無キナリ從テ
原審カ右兩證據ヲ如何ニ吟味スルモ依囑當初ヨリ立會タリトノ事實ヲ認メ得ヘキ記載全ク存在セサルナリ從テ之等ノ證據ハ當初ヨリ立會タル事實ヲ認定スル資料ト爲シ得ヘキモノニ非サルナリ又原審裁判所カ證人ノ證言ヲ措信スルト否トハ其自由心證ニ依ルヘキモノナルモ其證言シタル事實カ世上ニ存在シ得ル事實ニシテ且ツ之カ反對證據存在セサル限リハ條理上殊ニ當事者主義タル我民事訴訟法上裁判所ハ之ヲ措信セスト爲ス可ラサルモノナリヤ實ニ採證法上ノ原則ナリ然ルニ上告人ノ援用シタル一審證人林虎男ノ證言ハ宇留島猿吉カ公正證書ヲ作ルカラ立會人ニ爲ツテ呉レイト申シテ來マシタカラ之レヲ承諾シテ元岡公證人役所ニ行キマシタ其席ニ大谷ミキモ乘リマシタ談合ハ既ニ濟ムタモノト見ヘテ元岡公證人ハ反別ノ書イタ書類ヲ前ニ置テ時時小字ノ判ラヌ所ヲ尋ネナカラ公正證書ヲ書イテ居リマシタ私ハ甚タ遲クナリマシタト挨拶シテ其席ニ坐リマシタ私カ行ツタ後ハ何ノ話合モ無ク唯小字ノ事ニ付テ元岡公證人ノ質問ニ對シ大谷ミキト宇留島猿吉カ交々其場所ヲ答ヘテ居ツタ丈テアリマス(中畧)中野寅吉ハ私カ行ツテ十四五分間位ヲ經テ後レテ來マシタ其時ハ殆ント公正證書ノ作成ヲ終ル頃テマリマシタ(中畧)ト在リテ毫モ世上ニ存在シ得サル事實ニ非ス又原審判決ノ引用セル甲第二號證甲第四號證中ニハ敍上ノ如ク唯單ニ立會タリト記載シアルノミニシテ此ニ恰當スル何等ノ事實ノ記載無キヲ以テ之カ反證ト爲ル可キモノニ非サルナリ從テ原審判決ハ結局採證法ノ原則ニ違背シテ上告人援用ノ反證無キ唯一ノ證據ヲ排斥シタル違法アルモノナリ又甲第二號證甲第四號證中ニハ單ニ立會人林虎男中野寅吉兩人カ立會タリト記載シアルノミニシテ何時ヨリ立會タルカニ付キ何等ノ記載無ク之ニ反シテ現實立會タル立會人林虎男カ本訴ノ證人トシテ立會タル時以後大谷ミキカ公證人ニ語リタルハ地所小字ノ事ノミニシテ中野寅吉ノ立會タルハ其ヨリ十四五分後ニシテ公正證書ノ終ル頃ナリシト證言セシ唯一ノ證據ニシテ何等ノ反證ナキ證據存在スルニ拘ラス原審カ右證據ヲ排斥シ右甲二號證四號證ヲ引用シ之ニ因リテ終始完全ニ立會タルコトヲ推認スト判示シタルハ結局虚無ノ證據ヲ引用シテ事實ヲ推認シタル違法アルモノナリト謂フニ在リ
然レトモ所論證人林虎男ノ證言ハ原審ノ採用セサル所ナリ而シテ民法第千六十九條ニ所謂公正證書ノ作成ニハ證人二人以上ノ立會アルコトヲ必要トシ本件公正證書ニ其旨ノ記載ノ缺如セルコトハ上告人ノ第一審以來主張セサル所ニシテ原審ハ中野寅吉林虎男ヲ證人トシテ立會ヒタルコトヲ確定セルノミナラス原審ノ採用シタル證據ト公正證書ノ記載トニ依リ原審ノ如ク解シ得ルニ十分ナレハ本論旨ハ理由ナシ
上告論旨第五點ハ上告人ハ上告人ノ主張ニ對シ立證トシテ證人元岡旋ノ訊問ヲ申請シタルコトハ本件記録ニ徴シテ明ナル所ナリ然ルニ原審判決ハ之ヲ事實摘示ニ掲記セル漫然上告人ノ抗辯ヲ排斥シタル違法アルモノナリト謂フニ在リ
然ルニ記録ヲ閲スルニ所論證人ノ申請ハ原審ノ却下シタル所ナレハ原判決ノ事實ニ之ヲ摘示セサリシハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ
以上説明スル如ク本件上告ハ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス
大正八年(オ)第四百四十五号
大正八年七月八日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 遺贈の場合に於て遺言者は遺贈物件表示の覚書を朗読して之を口授し得べきは勿論民法は其口授の限度に関し何等規定する所なくれば苟も其物件を特定し得べき程度に於て遺言の旨趣を口授すると共に之が朗続を省略し其覚書を公証人に交付して之に基き物件の詳細なる記載を為すべきことを委嘱するも之を以て遺言の旨趣を口授せざるものと謂ふを得ざるものとす。
上告人 大谷真仲
被上告人 宇口島一雄
法定代理人 宇留島猿吉
右当事者間の遺言書無効確認請求事件に付、長崎控訴院が大正八年二月十五日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
本件上告は之を棄却す
理由
上告論旨第一点は原審判決は民法第千六十九条に依る遺言公正証書を作成するに際し口授口述を為さず採宜上書面を差出し之を録載し作成するも尚ほ有効なりと為したる違法あるものなり。
民法第千六十九条に依る遺言公正証書は遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること公証人が遺言者の口述を筆記して作成すべきものなることは同条の明示する所なり。
従て其遺言の内容に属する事項なる以上は縦令遺贈の目的物たる物件の名称数量所在に関する事項と雖も悉く口授口述を敷記して作成せざる可らざるなり。
若し口授口述せず便宜と称して内容事項を記載したる書面を提出し之を転載したる場合は当然同条の法意に反する作成なるを以て其無効なるや論を竢たざる所なり。
蓋同条の法意は如何なる事実を遺言するや其遺言の内容は如何なる事実なるや等に付き遺言者の真意を口授せしめ其口授を其侭筆記せしめて之が精確を謀りたる趣意なり。
之に反して書面を提出し之を転載せしむるが如きは往往文字を書く能はず読む能はず解する能はざる者ありて真意に添はざる遺言証書成立する虞あるのみならず往往数年前の書面又は他人の筆記したる書面を提出し全く現時の自由意志に添はざる証書成立する虞あるを以て同条は之を救済せんとし特に遺言者の口述を筆記す可しと定めたるものなるや推知し得べき所なり。
若し然らずとし自筆の書面を提出し他人の作成したる書面を提出し之を録載して作成し得るものとせんか同条に定めたる法式は悉く徒法に帰し同法千六十八条千七十条千七十二条千七十六条以下の方式と何等選ふ所なきに帰すべし。
然るに本件に付き原審裁判所の確定せる事実は「(中略)大谷「みき」は本件公正証書の作成に当り遺言の内容事項たる遺贈物件(地所)の表示に付き地所目録を提出し公証人を位で其目録に従ひ遺贈物件にを証書に録載せしめたることは之を否定すること能はず(中略)」と在りて本件係争遺言公正証書の内容たる遺贈地所の表示は総で地所目録を提出し公証人は該目録に従ひ之を記載したるものなること明なり。
従て遺言者大谷みきか公証人に対し口授したるものに非ず同公証人は同人の口述を筆記したるものに非ざること洵に明瞭なる所なり。
然れば右遺言公正証書は明に民法第千六十九条所定の方式に違背して作成したる無効のものなるや論を竢たざる所なり。
然るに原審裁判所は之に対し「斯の如きは大谷「みき」に於て単に口頭供述を為すの便宜上其補助手段として書面を引用したるに止り畢竟書面に基き陳述したるに外ならずと看做すを妥当とするが故に該公正証書に録取されたる遺言の趣旨は「みき」に於て総て之を口授したりと断するに毫も妨なきものと知るべし」と説示判決し在り。
然れども民法第千六十九条は口授口述に代へて書面を提出し之に因りて録載することを許したる法意に非ず口頭供述を為す便宜として書面を引用することを許したる法意に非ざるなり。
要するに原審判決理由が地所目録を提出して之を録載したる行為は口頭供述を為す便宜上為したるものなるを以て法律上之を口授したるものと看做すべきものなりと言ふに在りとせば結局民法第千六十九条は遺言者が便宜の為に書面を提出して之を作成せしむるも尚之を同条の所謂口授口述と看做す。
法意なりと云ふに帰し同条の法意を誤る違法の判決なるや論を竢たざる所なりと云ひ」同第四点は原審判決は本件係争公正証書が民法第千六十九条の方法に違背する事実を認定したるのみならず書面を提出して口授に代へたる事実を書面に基き陳述したりと看做すと条理に反する不当の理由を付し更に之を同条の口授したるものに該当すと為したる擬律錯誤の違法あるものなり。
原審判決は其理由として大谷みきは本件公正証書の作成に当り遺言の内容事項たる遺贈物件の表示に付き地所目録を提出し公証人をして其目録に従ひ遺贈物件を証書に録載せしめたることは之を否定すること能はずと雖も斯の如きは大谷みきに於て単に口頭供述を為すの便宜上其補助手段として書面を引用したるに止まり畢竟書面に基き陳述したるに外ならずと看做すを妥当とするが故に該公正証書に録取されたる遺言の趣旨は「みき」に於て総て之を口授したりと断するに毫も妨なきものと知るべし(中略)と説示判決せり。
然れば右前段事実認定の趣旨は遺言者大谷みきは遺言の内容事項たる遺贈物件の表示に付き地所目録を提出し公証人をして其目録に従ひ遺贈物件を証書に録載せしめたるものなり。
即ち大谷みきは該目録を読上けたるものに非ず又之を見で之が記載の通り陳述したるものに非ず便宜上口頭供述に代へて書面を提出し之を引用したるものなりと云ふに在るや明なり。
而して後段判決理由は便宜上口頭陳述に代へて書面を提出し之を引用したるは畢竟書面に基き陳述したるものと看做すを妥当とすと云ふに在るや明なり。
然れども他の場合は格別民法第千六十九条の方式に。
従て遺言公正証書を作成する場合に於ては親しく口授を為したる事実と口授を為さず書面を提出し之を録載せしめたる事実とは其方式実質を全く異にするものなり。
即ち親しく口授を為すと書面を提出して之を録載せしむるとは其形式の全然相異なることは謂ふを竢たざる所にして亦本人の親しく為したる口授は常に本人の現時の自由意思を表示するものなる可きも既に作成せる書面を提出し之を録載せしむるは本人の現時の自由意思を表示せず書面作成当時の旧意思を表示するものと為る可し殊に其書面の作成が数个月若くは数个年前なりしとき又は文字を書く能はず解する能はざるものなるときは著しく旧時の意思を表示するものと為り現時の自由意思と全く相異し実質上の差異を生ず。
可し民法第千六十九条が特に其方式として口授口述を為し之を筆記すべしと定めたるは。
即ち口授口述に代へ書面を提出し之が録載を許すものとせば叙上の如く住住現時の自由意思を表示する能はざるものあるに至り其危険甚敷を以て之が救済方法として斯く規定したるものなり。
従て同条の所謂口授は尤も狭義に解すべきものなるや実に明なる所なり。
然れば本件遺言証書は之が作成に際し遺言の内容事項を口授せず之に代へて書面を提出し之を録載せしめたるものなることは原審判決の認容せる事実なるを以て同条の定めたる方式に違背する不法あるは勿論之を読上けたるものに非ざるを以て条理上事実上書面に基き陳述したるものと云ふ能はざるものなるや実に明瞭なる所なり。
若し遺言の内容事項を口授せず書面を提出して口授に代へたる場合に尚之を書面に基き陳述したるものと看做し得。
而して同条の所謂口授したるものに該当するものとせば同条の公正証書は唖者と雖も之を作成し得るものと云はざる可らざるに至る可し蓋し之等は同条の法意とする所に非ざるなり。
要するに原判決は本件係争公正証書が民法第千六十九条の方式に違背して作成したる事実を認容したるに拘らず且つ同条の場合に於て口授せず書面を提出して録載せしめたる行為は書面に基き陳述したるものと看做す。
条理無く又斯く看做すべき事実に非ざるに拘らず之を書面に基き陳述したるものと看做すは不法の理由を付したる違法並に此の如き事実は同条の所謂口授に該当せざること明なるに拘らず恰も之を該当するものの如く誤解し之を口授したりと断するに妨なしと説示し上告人の抗弁を排斥したる擬律錯誤の違法あるものなりと云ふに在り
然れども公正証書に依る遺言の普通方式に付ては民法第千六十九条に依り遺言者は遺言の趣旨を口授すべきものなるを以て遺贈の場合に於て遺言の趣旨の一部を為す遺贈物件の表示の如きも亦之が口授を為さざるべからざることは勿論なりと雖も遺言者は物件表示の覚書を朗読して之を口授し得べきは勿論民法は其口授の限度に関し何等規定する所なきを以て苟も其物件を特定し得べき程度に於て遺言の趣旨を口授すると共に之が朗読を省略し其覚書を公証人に交付して之に基き物件の詳細なる記載を為すべきことを委嘱するも亦之を以て遺言の趣旨を口授せざるものなりと謂ふことを得ず。
蓋し遺言者の口授に依り遺言の趣旨を明にせざるべからざることを規定したるは遺言の内容の真正を確保せんとするに在るを以て既に其口授に依り遺贈物件に関する遺言の趣旨の明瞭なる以上は更に其物件の詳示に付き特に遺言者の口授を省略するも物件に関する口授の存せざるに非ざるは勿論毫も遺言の内容の真正を害するものにあらざるを以てなり。
本件に於て原審が係争公正証書を以て民法第千六十九条の要件を具備せることの認定資料として甲第二号証元岡旋の「大正三年十月十四日大谷みきは来り遺言したしとて地所目録を差出し公正証書記載の事項を申立で且つ自から証書に署名せり」云云の証言を摘録せるに依り之を見るも原審は大谷みきか公正証書記載の事項即ち遺言の趣旨を口授して地所目録を公証人に差出し公正証書を作成せしめたること明なるを以て前段説示する所に照し遺贈物件に関する口授として何等欠くる所あるなし然らば原審が論旨第一点に摘録せる如く所謂其後段に至り「単に口頭供述を為すの便宜上其補助手段として書面を引用したるに止まり畢竟書面に基き陳述したるに外ならずと看做すを妥当とす。
云云」と判示したるは其判文に於て多少穏当を欠くも「該当正証書に録取されたる遺言の趣旨はみきに於て総て之を口授したりと判するに毫も妨なきを知るべし」と説示したると相竢で蓋し当院判示と同一趣意を言明せんとしたるものと解すべきものなれば原判決は結局相当にして破毀の理由と為らざるを以て論旨第一点及び第四点は何れも之を採用せず。
上告論旨第二点は原審判決は前段に於ては係争公正証書は総で遺言者の口授を筆記したるものなりと認定し後段に於ては地所目録を提出し公証人をして之を録載せしめたりと認定し前段後段相容れざる二箇の事実を認定したる違法あるものなり。
原審判決は前段に於て彼此綜合するときは本件公正証書に録取されたる遺言の趣旨は被控訴人主張の如く総で大谷「みき」に於て公証人に対し親しく口授したるものに係り口授以外の事項を採で之を遺言の内容として証書に掲記したるが如き不当なきことを認め得べく(中略)と認定し本件係争公正証書の内容事実は総で遺言者大谷みきの口授を筆記したるものなりと確定せるに拘らず後段に於ては大谷「みき」は本件公正証書を作成するに当り遺言の内容事項たる遺贈物件(地所)の表示に付き地所目録を提出し公証人をして其目録に従ひ遺贈物件を証書に録載せしめたることは之を否定すること能はずと雖も(中略)と説示し係争公正証書の内容の一部は書面を提出し公証人が之を録取したる事実存在を肯定せるものなり。
従て右前段の認定事実と後段の認定事実とは全く相反するものなるや実に明瞭なる所なり。
然れば原判決は結局相容れざる二箇の齟齬する理由を付したる違法あるを免れざるなり。
尤も判決末尾に口頭供述を為すの便宜上書面を引用したるに止まり畢竟書面に基き陳述したるに外ならずと看做すを妥当とす。
故に該公正証書に録取されたる遺言の趣旨は「みき」に於て総て之を口授したりと断するに毫も妨なきものと知る可しと説示しあるも之等は書面を録取したりとの認定事実を翻して口授したる事実を録取したりとの新認定を為したるに非ず単に書面を録取するも尚之を書面に基き陳述したるに外ならず。
従て口授したるものと看做すを妥当とすと解釈したるに過ぎざるなり。
従て前段後段の事実認定は徹頭徹尾全く相異なるものなるや疑なき所なりと謂ひ」同第六点は原審判決は両立せざる二箇の事実を認定したる違法若くは法律又は条理に違背する理由を付したる違法あるものなり。
原審判決は前段に於て遺言の内容事項たる遺贈物件(地所)の表示に付ては地所目録を提出し公証人をして其目録に従ひ遺贈物件を証書に録載せしめたることは之を否定する能はずと判示しあるを以て此事実を肯定したるものなるや明なり。
換言すれば遺言者大谷みきか右地所目録を読上け若しくは之に基き陳述したるものに非ざる事実を認定したるものなるや明なり。
然るに其後段に於ては斯の如きは大谷みきに於て単に口頭供述を為すの便宜上其補助手段として書面を引用したるに止まり畢竟書面に基き陳述したるに外ならずと看做すを妥当とするが故に(中略)みきに於て総て之を口授したるものと断するに妨無しと判示せり。
然れども右後段の判示が事実認定として為したるものとせば当然前段認定の事実と相両立せざる反対事実の認定となる可し若し然らずして前段認定事実の法律上又は条理上の解釈なりとせば民法第千六十九条の法意上又条理上書面を提出して録載せしめたる事実を認め之を口授したるものと解釈するは違法の尤も甚たしきものと謂はざる可らざるなり。
要するに原審判決は両立せざる二箇の事実を認定したる違法若しくは右法意又は条理に違背したる理由を付したる不法あるを免れざるなりと謂ふに在り
然れども論旨第二点に摘録せる原判決の所謂前段と後段とは何等其理由に於て矛盾する所なきことは論旨第一点及び第四点に対し説明する所に徴し自から明なるを以て論旨第二点に所謂原判決の末尾及び論旨第六点に所謂原判決の後段の部に「大谷みきに於て単に口頭供述を為すの便宜上其補助手段として書面を引用したるに止まり畢竟書面に基き陳述したるに外ならずと看做すを妥当とす。
云云」と判示したるは多少穏当を欠くも其破毀の理由と為らざることは論旨第一点第四点に対し説明する如くなるを以て本論旨は何れも理由なし。
上告論旨第三点は原審判決は採証法の原則に違背したる不法並に虚無の証拠に依り事実を推認したる違法あるものなり。
上告人は原審に於て本件遺言公正証書の作成に付ては事実上立会人に於て終始完全に立会せざりし不当ありと主張し之が事実の証拠として一審証人林虎男の証言を採用したり。
然るに原審判決は之に対し当該公正証書の作成に関し右主張の如き不当あることは之を徴知するに足らず却て甲第二号調書に記載されたる元岡証人の供述並に甲第四号証の記載を吟味するときは本件公正証書の作成に付ては訴外中野寅吉林虎男二人が証人となり終始完全に立会したることを推認し得べきが故に此点に関する控訴代理人の主張も亦採用するを得ずと判示せり。
然れども右原審判決の引用せる元岡証人の供述中には立会人林中野両人が何時より立会たかに付ては何等の供述記載無く依嘱当初より立会しか将又遺贈の遺言証書の作成方を依嘱すと言ひ其内容を陳述したる後立会しかに付ては何等の供述記載無きなり。
又甲第四号証中にも立会人等の立会たる時期に付ては何等の見る可きもの無く唯立会ひたる事実の記載あるのみなり。
従て遺言証書作成の依嘱当初より立会たるか将又地所の遺贈を内容とする遺言証書の作成を依嘱すと陳述したる後に立会たるかに付ては何等の見るべき記載無きなり。
従て
原審が右両証拠を如何に吟味するも依嘱当初より立会たりとの事実を認め得べき記載全く存在せざるなり。
従て之等の証拠は当初より立会たる事実を認定する資料と為し得べきものに非ざるなり。
又原審裁判所が証人の証言を措信すると否とは其自由心証に依るべきものなるも其証言したる事実が世上に存在し得る事実にして且つ之が反対証拠存在せざる限りは条理上殊に当事者主義たる我民事訴訟法上裁判所は之を措信せずと為す可らざるものなりや実に採証法上の原則なり。
然るに上告人の援用したる一審証人林虎男の証言は宇留島猿吉が公正証書を作るから立会人に為って呉れいと申して来ましたから之れを承諾して元岡公証人役所に行きました。
其席に大谷みきも乗りました。
談合は既に済むたものと見へて元岡公証人は反別の書いた書類を前に置で時時小字の判らぬ所を尋ねながら公正証書を書いて居りました。
私は甚た遅くなりましたと挨拶して其席に坐りました。
私が行った後は何の話合も無く唯小字の事に付て元岡公証人の質問に対し大谷みきと宇留島猿吉が交交其場所を答へて居った丈てあります(中略)中野寅吉は私が行って十四五分間位を経で後れて来ました。
其時は殆んど公正証書の作成を終る頃てまりました。
(中略)と在りて毫も世上に存在し得ざる事実に非ず又原審判決の引用せる甲第二号証甲第四号証中には叙上の如く唯単に立会たりと記載しあるのみにして此に恰当する何等の事実の記載無きを以て之が反証と為る可きものに非ざるなり。
従て原審判決は結局採証法の原則に違背して上告人援用の反証無き唯一の証拠を排斥したる違法あるものなり。
又甲第二号証甲第四号証中には単に立会人林虎男中野寅吉両人が立会たりと記載しあるのみにして何時より立会たるかに付き何等の記載無く之に反して現実立会たる立会人林虎男が本訴の証人として立会たる時以後大谷みきか公証人に語りたるは地所小字の事のみにして中野寅吉の立会たるは其より十四五分後にして公正証書の終る頃なりしと証言せし唯一の証拠にして何等の反証なき証拠存在するに拘らず原審が右証拠を排斥し右甲二号証四号証を引用し之に因りて終始完全に立会たることを推認すと判示したるは結局虚無の証拠を引用して事実を推認したる違法あるものなりと謂ふに在り
然れども所論証人林虎男の証言は原審の採用せざる所なり。
而して民法第千六十九条に所謂公正証書の作成には証人二人以上の立会あることを必要とし本件公正証書に其旨の記載の欠如せることは上告人の第一審以来主張せざる所にして原審は中野寅吉林虎男を証人として立会ひたることを確定せるのみならず原審の採用したる証拠と公正証書の記載とに依り原審の如く解し得るに十分なれば本論旨は理由なし。
上告論旨第五点は上告人は上告人の主張に対し立証として証人元岡旋の訊問を申請したることは本件記録に徴して明なる所なり。
然るに原審判決は之を事実摘示に掲記せる漫然上告人の抗弁を排斥したる違法あるものなりと謂ふに在り
然るに記録を閲するに所論証人の申請は原審の却下したる所なれば原判決の事実に之を摘示せざりしは相当にして本論旨は理由なし。
以上説明する如く本件上告は適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項を適用し主文の如く判決す