大正八年(オ)第四百七號
大正八年六月十六日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 裁判所カ當事者ノ提出シタル許スヘキ證據ヲ取調ヘタル後事實ノ眞否ニ付キ心證ヲ得ルニ足ラサルトキハ當事者本人ヲ訊問スルコトヲ得ルモノトス(判旨第一點)
- 一 本人訊問ヲ爲シタル後ニ至リテハ當事者ヨリ證據ヲ提出スルコトヲ得サル旨ノ規定ナケレハ其後ニ於テ各當事者ノ提出シタル證據ヲ以テ許スヘキラサルモノト爲スヲ得サルモノトス(同上)
上告人 新藤雄治
訴訟代理人 川田準一郎
被上告人 關東織物合資會社
法律上代理人 岩本政十郎
右當事者間ノ損害賠償請求事件ニ付東京控訴院カ大正八年三月二十一日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ民事訴訟法第百十四條ニ依ル當事者本人ノ訊問ハ單ニ事件ノ關係ヲ説明スルヲ目的トスルヲ以テ訴訟ノ如何ナル程度ニ於テモ之ヲ爲スコトヲ得ヘシト雖モ同法第三百六十條ノ本人訊問ハ所謂證據方法ニシテ事實ノ眞相ニ達センコトヲ目的トシ當事者ノ申出テタル證據ヲ取調ヘタル結果ニ因リ猶係爭事實ノ眞否ニ付テ裁判所カ心證ヲ得サル場合ニ其事實ノ眞否ニ關スル心證ヲ補ハンカ爲メニ申立ニ因リ又ハ職權ヲ以テ之ヲ爲スヘキモノナルヲ以テ證據方法トシテハ全ク補充的ノ性質ヲ有スルモノトス從テ此手續ヲ開始スルニハ當事者ノ提出シタル渾テノ證據ヲ取調ヘタル後ナルコトヲ要件トスルハ從來學説ノ總テ一致スル所ナリ(仁井田氏民事訴訟法要論上卷三六九頁板倉氏民事訴訟法綱要二六五頁岩田氏民事訴訟法原論六一三頁六一四頁參照)然ルニ記録ヲ査閲スルニ原審大正七年七月十日口頭辯論期日ニ於テ控訴代理人ハ既ニ提出シタル各證據ニ滿足セス他ニ提出スヘキ證據ナシトシテ控訴會社代表社員岩本政十郎ノ本人訊問ヲ求ムル旨申請シ(控訴人提滿本人訊問ノ申立參照)之ニ基キ原院ハ同年十月二日本人訊問トシテ控訴會社法定代理人岩本政十郎ヲ訊問シタル後大正八年一月二十九日口頭辯論期日ニ於テ控訴代理人ハ更ニ同一事實ヲ立證スル爲メ阿部島三郎ヲ證人トシテ訊問ヲ求ムル旨申請シタルニ依リ被控訴代理人ハ當事者本人訊問後ニ於ケル證人ノ取調ニ不服ヲ有シ右申請ニ同意セサル旨意見ヲ述ヘタルニ拘ラス原院ハ之ヲ許否シ同年三月五日證人阿部島三郎ヲ訊問シタルモノニシテ然モ原判決理由ニ於テ「然レトモ原審及ヒ當審證人柳田保藏當審證人朝倉忠多ノ證言中信用ニ値セサル前記ニ部分ヲ除ク其餘ノ部分當審證人阿部島三郎ノ證言本人訊問トシテノ岩本政十郎ノ供述ヲ綜合スルトキハ前記賣買ニ關シテハ始メヨリ代金ノ支拂方法ニ付キ當事者間ニ別段ニ定メヲ爲ササリシ結果(中畧)當事者間ニ紛爭ヲ生シ賣買ノ成立シタル後數日中ニ前契約ヲ廢棄シ云云」ト説明シ補充的證據方法タル本人訊問トシテノ岩本政十郎ノ供述竝ニ其後ニ喚問シタル證人阿部島三郎ノ證言ヲ採用シテ斷案ニ供シ上告人ニ敗訴ヲ言渡シタルハ證據ノ法則ニ反シテ不當ニ事實ヲ確認シタル不法アルヲ免レスト云フニ在リ
然レトモ裁判所カ當事者ノ提出シタル許スヘキ證據ヲ取調ヘタル後事實ノ眞否ニ付キ心證ヲ得ルニ足ラサルトキハ當事者本人ヲ訊問スルコトヲ得ヘキコト上告人所論ノ如クニシテ原院カ大正七年七月十日ノ口頭辯論期日ニ於テ被上告人(控訴人)ノ申立ニヨリ岩本數十郎ノ本人訊問ヲ決定シタルハ同期日ノ辯論ニ至ル迄ニ當事者ノ提出シタル一切ノ證據ヲ取調ヘタルモ未タ事實ノ眞否ニ關スル心證ノ得サリシカ爲メナリト解スルニ難カラス而シテ本人訊問ヲ爲シタル後ニ至リテハ當事者ヨリ何等ノ證據ヲ提出スルコトヲ得サル旨ノ規定ナキヲ以テ其後ニ於テ各當事者ノ提出シタル證據ヲ以テ許スヘカラサルモノト爲スヲ得サルモノトス故ニ被上告人カ右岩本政十郎ノ訊問アリタル後大正八年一月二十九日ノ口頭辯論期日ニ於テ證人阿部島三郎ノ喚問ヲ申立テ原院カ之ヲ許容シテ同證人ヲ訊問シタルハ不法ニアラス從テ如上本人岩本政十郎ノ供述竝ニ證人阿部島三郎ノ證言ヲ事實認定ノ資料ニ供シタル原判決ハ不法ニアラス仍テ上告論旨ハ理由ナシ(判旨第一點)
上告論旨第二點ハ原判決ハ「甲第一二號證ハ控訴人ニ於テ其日附ヲ否認スレトモ控訴人カ其記名及ヒ其他ノ部分ノ成立ヲ認ムルト他ニ反證存セサルトニ依リ甲第一號證ハ其日附ニ成立シタルモノト推定スヘク甲第二號證ハ當審證人朝倉忠多ノ證言ニ依リ日附ノ日時(大正五年四月六日)ニ成立シタルニ非スシテ甲第一號證ト共ニ大正五年二月一日ニ於テ成立シタルモノト認ム」ト説示シタル(イ)然レトモ原審ニ於ケル上告人ノ主張ハ甲第一號證ハ白生地木綿百疋及ヒ竝上等同百疋ノ賣買成立ノ際其日附ノ日時ニ於テ成立シ又甲第二號證ハ同年四月六日竝上等木綿千疋ノ賣買成立ノ際其日附ノ日時ニ於テ成立シタルモノナリト云フニアリテ之ニ對シ被上告人ハ右二口ノ注文ヲ受ケタルハ大正五年一月二十一日ニシテ覺書ノ授受ハ同年二月二日ナリト答辯シ甲一、二號證ノ日附ヲ否認シタルモノナルコト原判決引用ノ第一審判決摘示事實中被上告人答辯ノ部竝ニ原審口頭辯論調書ニ徴シテ明カナリ然シテ相手方カ書證ノ日附ヲ否認スルモ署名其他ノ部分ノ成立ヲ爭ハサルトキハ他ノ反證ナキ限リ其日附ノ記載部分モ亦眞正ニ成立シタルモノト推定スルヲ當然トスヘキヲ以テ控訴人(被上告人)カ甲第一號證ノ大正五年二月一日ナル日附竝ニ甲第二號證ノ同年四月六日ナル日附ヲ否認シ甲第一、二號證ハ何レモ其日附ノ日時ニ成立シタルモノニアラスシテ共ニ同年二月二日ニ成立シ授受セラレタルモノナリト主張シタル以上ハ之カ擧證ノ責任ハ當然控訴人ニ在リト謂ハサルヘカラス然ルニ原判決ノ擧示シタル證據ニハ甲第二號證カ大正五年二月一日ニ成立シタルカ如キ趣旨ノ瞹眛ナル供述記載アルニ止マリ毫モ控訴人主張ノ如ク同證カ同年同月二日成立シタルコトヲ認ムヘキ記載全ク存スルコトナキヲ以テ此點ニ關スル控訴人主張ハ結局何等ノ立證ナキニ歸著シ從テ甲第二號證ハ被控訴人主張ノ如ク其日附ノ日時タル同年四月六日成立シタルモノト推定スルヲ相當トスルニ拘ラス原判決ハ控訴人カ署名其他ノ部分ニ付成立ヲ認メタル甲第二號證ノ日附ヲ否定シ當事者雙方ノ主張セサル他ノ年月日ニ成立シタルモノト斷定シタルハ結局其事實ヲ認定シタル證據ヲ示ササル不法アルカ然ラサレハ漫然當事者ノ主張セサル事實ヲ認定シタル不法アルモノニシテ理由不備ノ不法アルヲ免レス(ロ)原判決ノ擧示シタル原審證人朝倉忠多ノ訊問調書ヲ閲スルニ「御示ノ甲第一、二號證ノ二通ヲ柳田カ出セシニ依リ夫レニ關東織物合資會社ト書イテ遣リタルモノニテ會社名ハ證人カ書キタルモノナリ鉛筆ニテ書イテアル所ハ先方ニテ書込ンテ來タモノナリ消シテアル所モ其通リ消シテアリタリ(中畧)御示シノ乙第一、二號證ハ二月一日ニ名ヲ書イテ先方ニ遣リタルモノト同一ニシテ消シナドシテアリシヨリ本契約ノ時ニ交換スル約束ニテ會社ノ方ニ取リテ置キタルモノナリ」トノ記載アリト雖モ甲第一、二號證ハ乙第一、二號證ト異リ全面一字一句抹消若クハ訂正ノ箇所ナキコト其證據物寫ニ徴スルモ明白ナルヲ以テ右證人ノ供述ハ訊問ノ趣旨ヲ誤解シ甲第一、二號證トヲ混同シ瞹眛紛更毫モ捕捉スヘカラサルニ拘ハラス
原判決カ漫然斯ル晦澁不可解ノ證言ヲ擧示スルコトニ依リ輙ク甲第二號證ノ日附ヲ否定シタルハ理由ノ不備若クハ齟齬ノ違法アルヲ免レス加之甲第一號證ハ大正五年二月一日白生地木綿百疋及竝上等同百疋注文ノ際又甲第二號證ハ同年四月六日竝上等同千疋注文ノ際各々復寫箋ヲ以テ同時ニ二通宛ヲ作成シ交換シタルモノナルヲ以テ被上告人ハ甲第一、二號證ト全然同一ナル覺書一通宛ヲ所持スルモノナルニ被上告人ハ原審ニ於テ同各證ノ日附ヲ否認シ之カ反證トシテ乙第一、二號證ヲ提出シ乙第一號證ハ甲第二號證ニ該當スルモノニシテ同證ト同時ニ作成シ取換ハセタルモノ又乙第二號證ハ甲第一號證ニ該當スルモノニシテ同證ト同時ニ作成シ取換ハセタルモノナリト主張シ右乙第一、二號證ニハ何レモ日附ノ記入ナク且被上告會社ノ署名ナキニ徴シ甲第一、二號證ノ各賣買契約ハ何レモ成立スルニ至ラサリシモノナリトノ立證ニ供シタリト雖モ乙第一、二號證ハ甲第一、二號證ノ各取引トハ全然別箇ノ注文ニ屬シ上告人カ曾テ竝上等木綿五千疋ノ注文ヲ發シタル際取換セノ爲メ復寫箋ヲ以テ同時ニ乙第一、二號證ヲ作成シ之ヲ被上告人ニ送付シテ内一通ノ返送ヲ求メタルモノナルコト乙第一、二號證共其名號同一ニシテ且其一通(乙第一號證)ニ「此方弊店ヘ御返ヲ乞フ」トノ記載アルニ徴シ明白ニシテ該注文ハ約定成立セサリシ爲メ二通共其侭被上告人ノ手裡ニ殘留シタル反古紙ナルニモ拘ラス
被上告人乙第一、二號證ノ各第一行竝上等五千疋注文ノ記載ヲ抹消シ第二行以下ノ空欄中ニ甲第一、二號證ニ該當スルカ如キ文字ヲ記入シテ不正ノ加工ヲ施シ一旦之ヲ證據トシテ提出シタリト雖モ萬一ノ危險ヲ慮リテ後日之ヲ撤囘シタルコト一件記録上寔ニ明白ナリトス然シテ原審證人朝倉忠多ハ右變造ニ係ル乙第一、二號證ノ眞正ニ成立シタルモノナルコト及ヒ乙第一、二號證ハ各甲第二、一號證ニ該當スルモノナモカ如キ趣旨ノ前顯供述ヲ爲シタリト雖モ既ニ乙第一、二號證カ撤囘セラレタル以上ハ之ヲ證據トシテ採用スル能ハサルト同時ニ乙第一、二號證ニ關スル右證人ノ供述部分モ亦之ヲ證據トシテ援用スルコトヲ得サルモノト謂ハサルヘカラス而モ此ノ供述部分ヲ除外スルトキハ右證人ノ其他ノ供述部分ニ依リテハ甲第二號證カ大正五年二月一日ニ成立シタルトノ趣旨ヲ發見スルコト能ハサルヲ以テ原判決ハ即チ證據トシテ採用スヘカラサル乙第一、二號證ニ關スル右供述部分ヲ證據ニ供シタル違法アルカ若クハ證據ニ據ラスシテ甲第二號證成立ノ日時ヲ大正五年二月一日ト臆斷シタル違法アルヲ免レスト云ヒ」同第三點ハ原判決ハ其理由中段ニ於テ「甲第一、二號證竝ニ右柳田保藏ノ他ノ部分ノ證言ニ依レハ大正五年二月一日ニ於テ被控訴人主張ノ如キ白生地木綿百疋竝上等同百疋同千疋ヲ控訴人ヨリ被控訴人ニ賣渡スヘキ旨契約シタルコトヲ認メ得ヘキ」旨説明シ右賣買契約ハ大正五年二月一日成立シタルモノナルコトヲ判示シタルト雖モ原判決ノ擧示シタル證據中獨リ北第一號證ノ日附カ大正五年二月一日ト記載シアルニ止リ北第二號證ノ日附記載ハ「同年四月六日」ナルノミナラス證人柳田保藏ノ原審ニ於ケル證言ニハ「新藤ハ關東織物合資會社ニ二囘注文シテ夫レカ本件ノ訴訟ニナリタリ(中畧)而シテ第一囘ノ取引ハ白縮縱絲三十二番手横絲二十番手四十碼織ナルコトハ記臆ス此注文ハ新藤ノ店ニテ關東織物合資會社ノ代表者ナル岩本政十郎ト新藤雄治トノ間ニ話カ出來テ其引受書ハ新藤方ニテ從來取引ニ使用シ居ル西洋紙ノ摺物ニシテ證人ハ主人ノ命ニ依リ復寫紙ニテ同一ノ引受書ヲ二枚書キ關東織物合資會社ニ至リ岩本政十郎ニ渡シ一通ハ先方ニ殘シ置キ一通ハ關東織物合資會社ノ名前ヲ書イテ貰ヒテ歸リタリ御示ノ甲第一號證ハ前述ノ引受書ノ一通ナリ(中畧)御示ノ甲第二號證中注文ノ品物數量及ヒ新藤ノ氏名等ハ證人カ書キタルモノニシテ新藤ノ店ニテ新藤ト岩本政十郎トノ間ニ此ノ契約カ出來テ證人カ前述ノ如ク記載セル次第ナリ而シテ關東織物合資會社ニハ丸島カ持參セルナリ」トノ旨記載アリ同證人ノ第一審ニ於ケル證言ニモ亦之ト同一趣旨ノ記載アリテ之ニ依レハ上告人被上告人間ニ前後二囘ノ取引アリ甲第一號證ハ第一囘取引ニ關スル引受書ニシテ甲第二號證ハ第二囘取引ニ關スル引受書ナリ此二囘ノ取引カ本件ノ訴訟ニナリタリトイフニ在リテ毫モ前掲判示ノ如ク白生地木綿百疋竝上等同百疋(甲第一號證)及ヒ竝上等同千疋(甲第二號證)ノ賣買契約カ大正五年二月一日同時ニ成立シタル旨ノ供述記載アルコトナキヲ以テ原判決ハ全ク虚無ノ證據ニ依リ若クハ證據ノ趣旨ヲ誤解シテ竝上等木綿千疋ノ賣買成立ノ日時ヲ不當ニ確定シタル違法アルト共ニ甲第二號證賣買契約ニ付テハ當事者ノ何レモ大正五年二月一日ニ成立シタル旨主張シタル事述ナキヲ以テ原判決ハ即チ當事者ノ申立テサル事物ヲ歸セシメタル不法アルヲ免レスト云フニ在リ
然レトモ假令甲第一號證甲第二號證ニ抹消又ハ訂正ノ箇所アルコトナク證人朝倉忠多ノ此點ニ關スル證言カ錯誤ニ出テタリトスルモ其他ノ部分ノ證言ニ依レハ甲第二號證カ大正五年四月六日ニ成立シタルニアラスシテ同年二月一日ニ成立シタルコトヲ認定シ得ラレサルニアラス故ニ原院カ此證言ニ措信シテ右ノ事實ヲ認定シタルハ不法ニアラス上告人カ右ノ證言ニ依リテハ此事實ヲ認ムルニ足ラスト論スルハ原院ノ專權ニ屬スル證據判斷ヲ非難スルニ歸著シ上告ノ適法アル理由ト爲スニ足ラス又原院ハ甲第二號證カ甲第一號證ト同時ニ大正五年二月一日成立シタリトノ事實ヲ認定スルニ當リ證人柳田保藏ノ證言ヲ採用セサリシモノナレハ原判決ハ虚無ノ證據ニ基キ若クハ證據ノ趣旨ヲ誤解シテ事實ヲ認定シタルモノト謂フヘカラス尚ホ原審口頭辯論調書及ヒ原判決事實摘示ニ依レハ被上告人カ甲第二號證ハ大正五年二月一日甲第一號證ト同時ニ成立シタリト供述スル朝倉忠多ノ證言ヲ援用シタルコト明カナレハ被上告人ハ原審ニ於テ甲第二號證ハ右ノ年月日ニ成立シタリト主張シ二月二日ニ成立シタリトノ第一審ニ於ケル主張ヲ訂正シタルモノト認ムルニ難カラス故ニ原院ハ當事者ノ主張セサル事實ニ基キ判斷ヲ爲シタルモノニアラス仍テ上告論旨ハ理由ナシ
上告論旨第四點ハ原判決ハ其末段ニ於テ「然レトモ(中畧)前記賣買ニ關シテハ始メヨリ代金ノ支拂方法ニ付キ當事者間ニ別段ノ定メヲ爲ササリシ結果(中畧)當事者間ニ紛爭ヲ生シ賣買ノ成立シタル後數日中ニ前契約ヲ廢棄シ新ニ被控訴人ニ於テ前金千圓ヲ交付スルコトヲ條件トシテ同一物件ニ付賣買契約ヲ締結シ代金ヲ物品受渡後三十日拂ノ約束手形ニテ支拂フコトト定メタルニ拘ラス被控訴人ハ右金千圓ノ支拂ヲ爲ササリシカ爲メ右賣買契約ハ其效力ヲ生セサリシモノナルコトヲ認メ得ヘキヲ以テ控訴人カ賣渡物品ノ引智ヲ爲ササリシコトヲ前提トスル被控訴人ノ本訴請求ハ失當ナル」旨判示セラレタリ然シテ記録ヲ閲スルニ被上告人ハ原審ニ於テ「控訴人ハ大正五年二、三月中被控訴人ト數囘交渉ヲ重ネタル結果前契約ヲ廢棄シ新ニ被控訴人ニ於テ前金千圓ヲ交付スルコトヲ條件トシテ代金支拂方法ヲ物品受渡後三十日拂ノ約束手形ヲ以テスルコトヲ承諾シ同一物件ニ付賣買契約ヲ締結シタルモノアリ」トノ旨抗爭シ前金ノ交付ニ付テ偶々條件ナル言辭ヲ用ヒタリト雖モ條件ナル文字ハ種々ノ用方ヲ有シ或ハ要件要素ノ意義ヲ有スル事アリ例ヘハ賣買ノ條件ト云フカ如シ在牌條項又ハ約款ノ意義ヲ有スルコトアリ例ヘハ賣買契約ノ條件ト稱シテ契約ノ内容タル部分即チ履行ノ時期、場所、方法等ヲ意味スルカ如シ從テ單ニ條件トイフモ當然之ヲ法律行爲ノ附款タル條件ヲ意味スルモノト解スヘカラサルノミナラス所謂賣買ニ關スル前金トハ即チ賣買代金ノ前拂ニシテ代金支拂方法ノ一種ニ過キサルカ故ニ前金ノ交付ヲ賣買ノ條件ナリト云フノ賣買契約ノ附款タル條件ヲ意味スルニアラスシテ賣買契約本來ノ要素タル代金支拂方法ヲ指稱スルモノト解セサルヘカラス然シテ其意義若シ前者ナリトセハ判示ノ如ク前金千圓ヲ交付セサル間ハ賣買契約ハ其效力ヲ發生セサルコト勿論ナルモ若シ後者ナリトセハ賣買契約ハ完全ニ其效力ヲ發生シ相手方ハ單ニ請求者カ前金ヲ交付スルマテ履行ヲ拒絶シ得ルニ過キサルヲ以テ其效果ニ著シキ差異アルニモ不拘原院ハ此點ニ付キ何等ノ釋明ヲ爲サシムルコトナク漫然停止條件ト解シタルカ如キ見地ニ於テ右賣買契約ハ其效力ヲ發生セサリシモノナリト斷定シタルハ條件ニ關スル法理ヲ誤解シ且審理不盡若クハ不當ニ釋明權ヲ行使セサル違法アルヲ免レスト云フニ在リ
然レトモ原審口頭辯論調書ニ依レハ被上告人ノ原審ニ於ケル主張ハ上告人ニ於テ前金千圓ヲ交付スルコトヲ逃鐵條件トスル新ナル賣買契約ヲ締結シタリト云フニアリテ上告人所論ノ如ク代金支拂ノ方法ヲ定メタリト云フニアラス即チ法律行爲ノ附款タル條件ノ意義ニ釋明セラレタリト解スルニ魔カラサルヲ以テ原院ハ釋明權ヲ行使セサル不法アルモノニアラス從テ上告人カ前金千圓ヲ交付セサルニヨリ賣買契約ハ其效力ヲ生セサル旨ヲ判示シタル原判決ハ相當ニシ前上告論旨ハ理由ナシ
仍テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ從ヒ主文ノ如ク判決ス
大正八年(オ)第四百七号
大正八年六月十六日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 裁判所が当事者の提出したる許すべき証拠を取調へたる後事実の真否に付き心証を得るに足らざるときは当事者本人を訊問することを得るものとす。
(判旨第一点)
- 一 本人訊問を為したる後に至りては当事者より証拠を提出することを得ざる旨の規定なければ其後に於て各当事者の提出したる証拠を以て許すべきらざるものと為すを得ざるものとす。
(同上)
上告人 新藤雄治
訴訟代理人 川田準一郎
被上告人 関東織物合資会社
法律上代理人 岩本政十郎
右当事者間の損害賠償請求事件に付、東京控訴院が大正八年三月二十一日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は民事訴訟法第百十四条に依る当事者本人の訊問は単に事件の関係を説明するを目的とするを以て訴訟の如何なる程度に於ても之を為すことを得べしと雖も同法第三百六十条の本人訊問は所謂証拠方法にして事実の真相に達せんことを目的とし当事者の申出てたる証拠を取調へたる結果に因り猶係争事実の真否に付て裁判所が心証を得ざる場合に其事実の真否に関する心証を補はんか為めに申立に因り又は職権を以て之を為すべきものなるを以て証拠方法としては全く補充的の性質を有するものとす。
従て此手続を開始するには当事者の提出したる渾ての証拠を取調へたる後なることを要件とするは従来学説の総で一致する所なり。
(仁井田氏民事訴訟法要論上巻三六九頁板倉氏民事訴訟法綱要二六五頁岩田氏民事訴訟法原論六一三頁六一四頁参照)然るに記録を査閲するに原審大正七年七月十日口頭弁論期日に於て控訴代理人は既に提出したる各証拠に満足せず他に提出すべき証拠なしとして控訴会社代表社員岩本政十郎の本人訊問を求むる旨申請し(控訴人提満本人訊問の申立参照)之に基き原院は同年十月二日本人訊問として控訴会社法定代理人岩本政十郎を訊問したる後大正八年一月二十九日口頭弁論期日に於て控訴代理人は更に同一事実を立証する為め阿部島三郎を証人として訊問を求むる旨申請したるに依り被控訴代理人は当事者本人訊問後に於ける証人の取調に不服を有し右申請に同意せざる旨意見を述べたるに拘らず原院は之を許否し同年三月五日証人阿部島三郎を訊問したるものにして然も原判決理由に於て「。
然れども原審及び当審証人柳田保蔵当審証人朝倉忠多の証言中信用に値せざる前記に部分を除く其余の部分当審証人阿部島三郎の証言本人訊問としての岩本政十郎の供述を綜合するときは前記売買に関しては始めより代金の支払方法に付き当事者間に別段に定めを為さざりし結果(中略)当事者間に紛争を生じ売買の成立したる後数日中に前契約を廃棄し云云」と説明し補充的証拠方法たる本人訊問としての岩本政十郎の供述並に其後に喚問したる証人阿部島三郎の証言を採用して断案に供し上告人に敗訴を言渡したるは証拠の法則に反して不当に事実を確認したる不法あるを免れずと云ふに在り
然れども裁判所が当事者の提出したる許すべき証拠を取調へたる後事実の真否に付き心証を得るに足らざるときは当事者本人を訊問することを得べきこと上告人所論の如くにして原院が大正七年七月十日の口頭弁論期日に於て被上告人(控訴人)の申立により岩本数十郎の本人訊問を決定したるは同期日の弁論に至る迄に当事者の提出したる一切の証拠を取調へたるも未だ事実の真否に関する心証の得ざりしか為めなりと解するに難からず。
而して本人訊問を為したる後に至りては当事者より何等の証拠を提出することを得ざる旨の規定なきを以て其後に於て各当事者の提出したる証拠を以て許すべからざるものと為すを得ざるものとす。
故に被上告人が右岩本政十郎の訊問ありたる後大正八年一月二十九日の口頭弁論期日に於て証人阿部島三郎の喚問を申立で原院が之を許容して同証人を訊問したるは不法にあらず。
従て如上本人岩本政十郎の供述並に証人阿部島三郎の証言を事実認定の資料に供したる原判決は不法にあらず。
仍て上告論旨は理由なし。
(判旨第一点)
上告論旨第二点は原判決は「甲第一二号証は控訴人に於て其日附を否認すれども控訴人が其記名及び其他の部分の成立を認むると他に反証存せざるとに依り甲第一号証は其日附に成立したるものと推定すべく甲第二号証は当審証人朝倉忠多の証言に依り日附の日時(大正五年四月六日)に成立したるに非ずして甲第一号証と共に大正五年二月一日に於て成立したるものと認む」と説示したる(イ)。
然れども原審に於ける上告人の主張は甲第一号証は白生地木綿百疋及び並上等同百疋の売買成立の際其日附の日時に於て成立し又甲第二号証は同年四月六日並上等木綿千疋の売買成立の際其日附の日時に於て成立したるものなりと云ふにありて之に対し被上告人は右二口の注文を受けたるは大正五年一月二十一日にして覚書の授受は同年二月二日なりと答弁し甲一、二号証の日附を否認したるものなること原判決引用の第一審判決摘示事実中被上告人答弁の部並に原審口頭弁論調書に徴して明かなり。
然して相手方が書証の日附を否認するも署名其他の部分の成立を争はざるときは他の反証なき限り其日附の記載部分も亦真正に成立したるものと推定するを当然とすべきを以て控訴人(被上告人)が甲第一号証の大正五年二月一日なる日附並に甲第二号証の同年四月六日なる日附を否認し甲第一、二号証は何れも其日附の日時に成立したるものにあらずして共に同年二月二日に成立し授受せられたるものなりと主張したる以上は之が挙証の責任は当然控訴人に在りと謂はざるべからず。
然るに原判決の挙示したる証拠には甲第二号証が大正五年二月一日に成立したるが如き趣旨の瞹昧なる供述記載あるに止まり毫も控訴人主張の如く同証が同年同月二日成立したることを認むべき記載全く存することなきを以て此点に関する控訴人主張は結局何等の立証なきに帰著し。
従て甲第二号証は被控訴人主張の如く其日附の日時たる同年四月六日成立したるものと推定するを相当とするに拘らず原判決は控訴人が署名其他の部分に付、成立を認めたる甲第二号証の日附を否定し当事者双方の主張せざる他の年月日に成立したるものと断定したるは結局其事実を認定したる証拠を示さざる不法あるか然らざれば漫然当事者の主張せざる事実を認定したる不法あるものにして理由不備の不法あるを免れず(ロ)原判決の挙示したる原審証人朝倉忠多の訊問調書を閲するに「御示の甲第一、二号証の二通を柳田が出せしに依り夫れに関東織物合資会社と書いて遣りたるものにて会社名は証人が書きたるものなり。
鉛筆にて書いてある所は先方にて書込んで来たものなり。
消してある所も其通り消してありたり(中略)御示しの乙第一、二号証は二月一日に名を書いて先方に遣りたるものと同一にして消しなどしてありしより本契約の時に交換する約束にて会社の方に取りて置きたるものなり。」との記載ありと雖も甲第一、二号証は乙第一、二号証と異り全面一字一句抹消若くは訂正の箇所なきこと其証拠物写に徴するも明白なるを以て右証人の供述は訊問の趣旨を誤解し甲第一、二号証とを混同し瞹昧紛更毫も捕捉すべからざるに拘はらず
原判決が漫然斯る晦渋不可解の証言を挙示することに依り輙く甲第二号証の日附を否定したるは理由の不備若くは齟齬の違法あるを免れず加之甲第一号証は大正五年二月一日白生地木綿百疋及並上等同百疋注文の際又甲第二号証は同年四月六日並上等同千疋注文の際各各復写箋を以て同時に二通宛を作成し交換したるものなるを以て被上告人は甲第一、二号証と全然同一なる覚書一通宛を所持するものなるに被上告人は原審に於て同各証の日附を否認し之が反証として乙第一、二号証を提出し乙第一号証は甲第二号証に該当するものにして同証と同時に作成し取換はせたるもの又乙第二号証は甲第一号証に該当するものにして同証と同時に作成し取換はせたるものなりと主張し右乙第一、二号証には何れも日附の記入なく、且、被上告会社の署名なきに徴し甲第一、二号証の各売買契約は何れも成立するに至らざりしものなりとの立証に供したりと雖も乙第一、二号証は甲第一、二号証の各取引とは全然別箇の注文に属し上告人が曽て並上等木綿五千疋の注文を発したる際取換せの為め復写箋を以て同時に乙第一、二号証を作成し之を被上告人に送付して内一通の返送を求めたるものなること乙第一、二号証共其名号同一にして、且、其一通(乙第一号証)に「此方弊店へ御返を乞ふ」との記載あるに徴し明白にして該注文は約定成立せざりし為め二通共其侭被上告人の手裡に残留したる反古紙なるにも拘らず
被上告人乙第一、二号証の各第一行並上等五千疋注文の記載を抹消し第二行以下の空欄中に甲第一、二号証に該当するが如き文字を記入して不正の加工を施し一旦之を証拠として提出したりと雖も万一の危険を慮りて後日之を撤回したること一件記録上寔に明白なりとす。
然して原審証人朝倉忠多は右変造に係る乙第一、二号証の真正に成立したるものなること及び乙第一、二号証は各甲第二、一号証に該当するものなもが如き趣旨の前顕供述を為したりと雖も既に乙第一、二号証が撤回せられたる以上は之を証拠として採用する能はざると同時に乙第一、二号証に関する右証人の供述部分も亦之を証拠として援用することを得ざるものと謂はざるべからず。
而も此の供述部分を除外するときは右証人の其他の供述部分に依りては甲第二号証が大正五年二月一日に成立したるとの趣旨を発見すること能はざるを以て原判決は。
即ち証拠として採用すべからざる乙第一、二号証に関する右供述部分を証拠に供したる違法あるか若くは証拠に拠らずして甲第二号証成立の日時を大正五年二月一日と臆断したる違法あるを免れずと云ひ」同第三点は原判決は其理由中段に於て「甲第一、二号証並に右柳田保蔵の他の部分の証言に依れば大正五年二月一日に於て被控訴人主張の如き白生地木綿百疋並上等同百疋同千疋を控訴人より被控訴人に売渡すべき旨契約したることを認め得べき」旨説明し右売買契約は大正五年二月一日成立したるものなることを判示したると雖も原判決の挙示したる証拠中独り北第一号証の日附が大正五年二月一日と記載しあるに止り北第二号証の日附記載は「同年四月六日」なるのみならず証人柳田保蔵の原審に於ける証言には「新藤は関東織物合資会社に二回注文して夫れか本件の訴訟になりたり(中略)。
而して第一回の取引は白縮縦糸三十二番手横糸二十番手四十碼織なることは記臆す此注文は新藤の店にて関東織物合資会社の代表者なる岩本政十郎と新藤雄治との間に話が出来で其引受書は新藤方にて従来取引に使用し居る西洋紙の摺物にして証人は主人の命に依り復写紙にて同一の引受書を二枚書き関東織物合資会社に至り岩本政十郎に渡し一通は先方に残し置き一通は関東織物合資会社の名前を書いて貰ひて帰りたり御示の甲第一号証は前述の引受書の一通なり。
(中略)御示の甲第二号証中注文の品物数量及び新藤の氏名等は証人が書きたるものにして新藤の店にて新藤と岩本政十郎との間に此の契約が出来で証人が前述の如く記載せる次第なり。
而して関東織物合資会社には丸島が持参せるなり。」との旨記載あり同証人の第一審に於ける証言にも亦之と同一趣旨の記載ありて之に依れば上告人被上告人間に前後二回の取引あり甲第一号証は第一回取引に関する引受書にして甲第二号証は第二回取引に関する引受書なり。
此二回の取引が本件の訴訟になりたりといふに在りて毫も前掲判示の如く白生地木綿百疋並上等同百疋(甲第一号証)及び並上等同千疋(甲第二号証)の売買契約が大正五年二月一日同時に成立したる旨の供述記載あることなきを以て原判決は全く虚無の証拠に依り若くは証拠の趣旨を誤解して並上等木綿千疋の売買成立の日時を不当に確定したる違法あると共に甲第二号証売買契約に付ては当事者の何れも大正五年二月一日に成立したる旨主張したる事述なきを以て原判決は。
即ち当事者の申立てざる事物を帰せしめたる不法あるを免れずと云ふに在り
然れども仮令甲第一号証甲第二号証に抹消又は訂正の箇所あることなく証人朝倉忠多の此点に関する証言が錯誤に出でたりとするも其他の部分の証言に依れば甲第二号証が大正五年四月六日に成立したるにあらずして同年二月一日に成立したることを認定し得られざるにあらず。
故に原院が此証言に措信して右の事実を認定したるは不法にあらず。
上告人が右の証言に依りては此事実を認むるに足らずと論するは原院の専権に属する証拠判断を非難するに帰著し上告の適法ある理由と為すに足らず又原院は甲第二号証が甲第一号証と同時に大正五年二月一日成立したりとの事実を認定するに当り証人柳田保蔵の証言を採用せざりしものなれば原判決は虚無の証拠に基き若くは証拠の趣旨を誤解して事実を認定したるものと謂ふべからず。
尚ほ原審口頭弁論調書及び原判決事実摘示に依れば被上告人が甲第二号証は大正五年二月一日甲第一号証と同時に成立したりと供述する朝倉忠多の証言を援用したること明かなれば被上告人は原審に於て甲第二号証は右の年月日に成立したりと主張し二月二日に成立したりとの第一審に於ける主張を訂正したるものと認むるに難からず。
故に原院は当事者の主張せざる事実に基き判断を為したるものにあらず。
仍て上告論旨は理由なし。
上告論旨第四点は原判決は其末段に於て「。
然れども(中略)前記売買に関しては始めより代金の支払方法に付き当事者間に別段の定めを為さざりし結果(中略)当事者間に紛争を生じ売買の成立したる後数日中に前契約を廃棄し新に被控訴人に於て前金千円を交付することを条件として同一物件に付、売買契約を締結し代金を物品受渡後三十日払の約束手形にて支払ふことと定めたるに拘らず被控訴人は右金千円の支払を為さざりしか為め右売買契約は其効力を生ぜざりしものなることを認め得べきを以て控訴人が売渡物品の引智を為さざりしことを前提とする被控訴人の本訴請求は失当なる」旨判示せられたり然して記録を閲するに被上告人は原審に於て「控訴人は大正五年二、三月中被控訴人と数回交渉を重ねたる結果前契約を廃棄し新に被控訴人に於て前金千円を交付することを条件として代金支払方法を物品受渡後三十日払の約束手形を以てずることを承諾し同一物件に付、売買契約を締結したるものあり」との旨抗争し前金の交付に付て偶偶条件なる言辞を用ひたりと雖も条件なる文字は種種の用方を有し或は要件要素の意義を有する事あり例へば売買の条件と云ふが如し。
在牌条項又は約款の意義を有することあり例へば売買契約の条件と称して契約の内容たる部分即ち履行の時期、場所、方法等を意味するが如し。
従て単に条件といふも当然之を法律行為の附款たる条件を意味するものと解すべからざるのみならず所謂売買に関する前金とは。
即ち売買代金の前払にして代金支払方法の一種に過ぎざるが故に前金の交付を売買の条件なりと云ふの売買契約の附款たる条件を意味するにあらずして売買契約本来の要素たる代金支払方法を指称するものと解せざるべからず。
然して其意義若し前者なりとせば判示の如く前金千円を交付せざる間は売買契約は其効力を発生せざること勿論なるも若し後者なりとせば売買契約は完全に其効力を発生し相手方は単に請求者が前金を交付するまで履行を拒絶し得るに過ぎざるを以て其効果に著しき差異あるにも不拘原院は此点に付き何等の釈明を為さしむることなく漫然停止条件と解したるが如き見地に於て右売買契約は其効力を発生せざりしものなりと断定したるは条件に関する法理を誤解し、且、審理不尽若くは不当に釈明権を行使せざる違法あるを免れずと云ふに在り
然れども原審口頭弁論調書に依れば被上告人の原審に於ける主張は上告人に於て前金千円を交付することを逃鉄条件とする新なる売買契約を締結したりと云ふにありて上告人所論の如く代金支払の方法を定めたりと云ふにあらず。
即ち法律行為の附款たる条件の意義に釈明せられたりと解するに魔からざるを以て原院は釈明権を行使せざる不法あるものにあらず。
従て上告人が前金千円を交付せざるにより売買契約は其効力を生ぜざる旨を判示したる原判決は相当にし前上告論旨は理由なし。
仍て民事訴訟法第四百三十九条第一項に従ひ主文の如く判決す