大正八年(オ)第十二號
大正八年五月三日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第五百六十八條所定ノ強制竸賣ハ法律ノ規定ニ從ヒ國家ノ機關ニ依リテ強制的ニ行ハルル竸賣ヲ指稱シ其民事訴訟法ニ依ルト否ト又民法制定當時ノ法律ニ依ルト否トヲ區別セサレハ竸賣法ニ依リ抵當權ノ實行トシテ行ハルル竸賣モ亦所謂強制竸賣ナリトス
- 一 債權者カ債務者所有ノ不動産上ニ抵當權ヲ有スト稱シテ竸賣法ニ依リ抵當不動産ノ竸賣ヲ申立テ竸賣裁判所カ之ヲ受理シ適法ニ竸賣手續ヲ進行セシメ竸落許可決定確定シタルトキハ後日ニ至リ縱令其不動産カ債務者以外ノ第三者ノ所有ニ屬シ其申立人カ本來抵當權ヲ有セサルコト判明シタル場合ニ於テモ該竸落許可決定ハ有效ニシテ民法第五百六十八條ニ依リ抵當不動産ノ賣主ト認メラルヘキ債務者ハ第三者ヨリ其不動産ノ所有權ヲ取得シテ買主ト認メラルヘキ竸落人ハニ移轉スル義務ヲ負フモノトス
- 一 如上ノ場合ニ於テハ債務者對竸落人間ニ第三者ノ所有物ヲ賣買シタルト同一ノ效力ヲ生スルヲ以テ竸落人ヨリ支出シタル竸落代金カ竸賣裁判所ニ依リ竸賣申立人ニ債權ノ辯濟トシテ交付セラレタリト雖モ竸落人ハ竸賣不動産ノ所有權ヲ取得セサルコトヲ理由トシテ直ニ竸賣申立人ニ對シ其代金ニ關スル不當利得ノ返還ヲ請求スルコトヲ得スシテ先ツ民法第五百六十八條第一項ニ依リ債務者ニ對シ竸賣手續ニ依ル賣買契約ヲ解除シ債務者カ其代金ヲ返還スル資力ナキ場合ニ於テ始メテ代金ノ配當ヲ受ケタル者ニ對シテ其返還ヲ請求シ得ルモノトス
(參照)強制竸賣ノ場合ニ於テハ竸落人ハ前七條ノ規定ニ依リ債務者ニ對シテ契約ノ解除ヲ爲シ又ハ代金ノ減額ヲ請求スルコトヲ得」前項ノ場合ニ於テ債務者カ無資力ナルトキハ竸落人ハ代金ノ配當ヲ受ケタル債務者ニ對シテ其代金ノ全部又ハ一部ノ返還ヲ請求スルコトヲ得前項ノ場合ニ於テ債務者カ物又ハ權利ノ缺欠ヲ知リテ之ヲ申出テス又ハ債權者カ之ヲ知リテ竸賣ヲ請求シタルトキハ竸落人ハ其過失者ニ對シテ損害賠償ノ請求ヲ爲スコトヲ得(民法第五百六十八條)
上告人 柳瀬萬吉
被上告人 宮崎安太郎
訴訟代理人 北村勝
右當事者間ノ不當利得金返還請求事件ニ付東京控訴院カ大正七年十一月五日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告費用ハ上告人ノ負擔トス
理由
上告論旨ノ第一點ハ原判決ハ不當ニ法則ヲ適當シ且ツ理由不備ノ不法アルモノトス即チ原判決ハ民法第五百六十八條ニ強制竸賣ノ場合トアル内ニハ竸賣法ニ依ル抵當權實行ノ場合ヲモ包含スト解スルヲ相當トスト判示シテ上告人ノ請求ヲ棄却シタリ然レトモ本件ノ場合ニ取法第五百六十八條ヲ適用スルニ當リテハ前七條即チ民法第五百六十一條乃至同第五百六十七條ノ規定中何レニ依ルヘキモノナリヤヲ明ニセサルヘカラサルニ原判決ハ其何レニ依ルヘキモノナリヤヲ判示セス漫然上告人ノ請求ヲ棄却シタルハ不法ナリト云ヒ」同第二點ハ本訴請求原因ノ要旨ハ訴外西塚豐三郎ハ被上告人ニ對シテ本件不動産上ニ抵當權ヲ設定シ被上告人ハ該抵當權ニ基キ東京區裁判所ニ對シ竸賣法ニ依ル右不動産竸賣ノ申立ヲ爲シ上告人ハ該竸賣申立ニ基ク竸賣手續ニ於テ右不動産ノ竸落人トシテ金六千四百十圓ヲ裁判所ニ交付シ内金六千三百二十六磁八十錢ハ配當名義ノ下ニ被上告人ニ交付セラレタルモ其後右不動産ハ訴外西塚ノ所有ニ非サリシコトノ判決確定シ從テ被上告人ノ央抵當權ノ設定ハ初ヨリ無效ニシテ且上告人モ亦竸落ニ因リ不動産ノ所有權ヲ取得セサリシモノナルコトヲ確定セリ(以上ノ事實ハ爭ナシ)然ラハ結局被上告人ハ無效ノ抵當權ニ基キ債務者ナラサル第三者所有ノ不動産ニ對シテ竸賣申立ヲ爲シ斯テ實體上無效ノ竸賣手續ニ依リ竸賣機關ヲ介シテ上告人ヨリ金六千三百二十六磁八十錢ヲ不當ニ利得シタルモノニ外ナラサルカ故ニ上告人ハ被上告人ニ對シ之カ返還ヲ求ムト謂フニ在リタルモノナリ(原判決引用ノ第一審判決事實ノ摘示)然ルニ原判決ハ(1)先ツ其前段ノ理由ニ於テ苟モ債權者カ抵當權ノ實行トシテ竸賣手續ニ依リ竸賣機關ヲ介シテ配當金ヲ受領シタルトキハ竸賣原因ノ有效無效ニ拘ラス債權者ハ即時ニ其金錢ノ所有權ヲ取得シ之ニ依テ辯濟ハ有效ニ完了シ而シテ右配當金ノ受領ハ有效ナル債權ニ基クモノナルカ故ニ無原因ノ利得ト謂フヲ得ストノ論旨ヲ前提トシテ本訴請求ヲ排斥シ(2)次ニ民法第五百六十八條ニ所謂強制竸賣中ニハ竸賣法ニ依ル竸賣ヲモ包含スルモノナルヲ以テ上告人ハ先ツ同條ニ基キ債務者西塚ニ對シテ契約ヲ解除シタル上ニ非サレハ竸落代金ノ返還ヲ請求シ得ストノ論旨ヲ前提トシテ本訴請求ヲ排斥セラレタルモノナリ(一)仍テ先ツ右判決理由前段ノ當否ニ竸キ按スルニ(イ)原判決ハ被上告人カ竸賣機關ヨリ受領シタル配當金ハ有效ナル債權ニ基クモノナルカ故ニ之カ受領ハ無原因ノ利得即チ不當利得ト云フヲ得サル旨判示セラレタントモ被上告人カ本件不動産ニ關シ竸賣機關ヨリ右配當金ヲ受領シタルハ債務者西塚ニ對スル債權ヲ直接ノ原因トセルモノニ非スシテ抵當權其モノヲ原因トセルモノト云ハサル可カラス蓋被上告人ニシテ若シ抵當權ヲ有セサルモノトセハ本件竸賣手續ニ依リ竸賣機關ヨリ金錢ヲ受領スヘキ權源ヲ有セサルヤ事理明白ナリ畢竟被上告人カ債務者ノ意思ニ基カスシテ竸賣機關ヨリ配當金トシテ判示金錢ヲ受領シタル直接ノ權源ハ抵當權其モノニシテ債權ハ之カ間接權源ヲ爲スニ外ナラサレハナリ從テ假令債權ハ有效ニ存スルモ抵當權ニシテ存在セスンハ被上告人ハ債務者ノ意思ニ基カスシテ竸賣機關ヨリ債權ノ辯濟ニ當充セラル可キ配當金ヲ受領シ得ヘキ謂レナキヲ以テ抵當權ナクシテ竸賣機關ヨリ受領シタル配當金ハ正當ナル辯濟トシテノ效果ヲ生スルモノト云フヲ得ス果シテ然ラハ被上告人ハ本件竸賣手續ニ依リ竸賣機關ヨリ受領シタル配當金ヲ債權ノ辯濟トシテ正當ニ維持シ得ヘキ權源ヲ有スルヤ否ヤノ問題ハ先ツ被上告人ハ實際抵當權ヲ有シタルヤ否ヤニ依テ決セラルヘク若シ被上告人ニ於テ有效ナル抵當權ヲ保有セサリシモノトセハ竸賣手續ニ依リ債務者ノ意思ニ基カスシテ受領シタル配當金ハ固ヨリ辯濟トシテノ效果ヲ生スルニ由ナク從テ其受領シタル金錢ハ實體法上無原因ノ利得タルヲ失ハス然ルニ原判決ハ苟モ債權ニシテ有效ニ存スル以上ハ無效ノ抵當權ニ基キ債務者以外ノ第三者ノ財産ニ對シ爲シタル強制辯濟モ亦當然有效ニシテ無原因ノ利得ト云フヲ得サルモノト判定セラレタルハ法則ヲ誤シル不法ヲ免カレス尚ホ大審院明治四十三年十一月二十六日聯合部判決同年(オ)第一六六號事件判例民事判決録七六五頁所載ノ判例ハ場合ニ異ニスレトモ違法ノ手續ニ依ル辯濟ヲ不當ノ利得ナリト爲ス點ニ於テハ同一法理ニシテ之ヲ本件ニ援用スルヲ得ヘシ(ロ)又原判決ハ苟モ竸賣機關カ配當金ヲ交付シタル以上ハ竸賣原因ノ存否ニ拘ラス債權者ハ即時ニ其金錢ノ所有權ヲ取得シ之ニ依リテ辯濟ハ有效ニ完了スルモノトシテ判定セラレタレ共竸賣ハ一ツニ實體權ノ實行方法ニ外ナラサルカ故ニ原因即チ抵當權ナクシテ爲シタル竸賣申立ニ基ク竸賣手續ハ之レヲ無效ト解スルヲ穩當ト爲スヘク少クトモ斯ル竸賣手續ハ實體法上何等ノ確定力ヲ生セサルモノト解スヘキハ當然ナリ(大審院明治四十年民事判決録九一五頁同大正二年民事判決録五一三頁)然ルニ辯濟ハ實體法上ノ行爲ナルカ故ニ實體法上ノ效力ヲ確定スル效力ナキ竸賣手續ニ依リ竸賣機關ノ爲シタル配當ハ民法上ノ辯濟トシテ有效ニ成立スルヲ得サルハ勿論トス然ラハ原判決カ本件竸賣ノ基本タル被上告人ノ抵當權ノ無效タルニ拘ハラス竸賣機關ノ爲シタル配當ハ當然辯濟トシテ有效ナルモノトシテ判定セラレタルハ法則ヲ誤レル不法アルモノトス(ハ)次ニ原判決ハ辯濟ハ債務ノ本旨ニ從ヒ利益ヲ得ルコトニ在ルカ故ニ苟モ債權者カ配當金トシテ受令シタル金錢ニ付キ即時時效若クハ其他ノ原因ニ依テ之カ所有權ヲ取得シタル以上ハ之ノミニ依テ辯濟ハ有效ニ完了シ從テ不當利得ノ問題ヲ生セサルモノトシテ判定セラレタリ然レ共辯濟ハ其結果ヨリ觀ルトキハ固ヨリ債權者ノ利益ヲ滿足セシムルコトニ在ルモ若シ其利益ヲ得セシムル行爲即チ辯濟行爲ニ瑕瑾アリテ辯濟トシテノ效力ヲ生セサルカ又ハ一旦生シタル行爲ノ效力ヲ失フコトアルトキハ債權者ニ於テ其金錢ノ所有權ヲ取得シタルヤ否ヤニ關係ナク其辯濟ハ無效ニシテ從テ債權者ハ其取得シタル金錢ハ不當ニ利得シタルモノトシテ之ヲ返還セサル可カラサルハ勿論ナリト信ス例ヘハ金錢ノ辯濟カ重要ナル錯誤ニ基ク無效ノ行爲ナルトキ又ハ辯濟行爲カ正當ニ取消サレタルトキハ債權者ハ辯濟金ノ所有權ヲ取得セルト否トニ拘ラス不當利得ノ法則ニ依リ利得ノ返還ヲ爲ササル可ラス從テ本件ニ於テモ被上告人カ竸買機關ヨリ受領シタル金錢ニ付キ不當利得ノ法則ノ適用ヲ受クルヤ否ヤニ付テハ須ラク本件竸賣手續ノ效力ヲ審究シテ決ス可カリシニ拘ラス原判決ハ苟クモ債權存シ且配當金トシテ受領シタル金錢ノ所有權ヲ取得シタル以上ハ給付行爲ノ效力如何ニ關係ナク辯濟ハ當然有效ニ成立シ不當利得返還ノ問題ヲ生スヘキ餘地ナシト論定セラレタルハ法則ヲ誤レル不法アリ(ニ)又原判決ハ上告人カ本件竸賣手續ニ於テ失ヒタル竸落代金ニ付テハ債務者西塚ニ對シテ不當利得返還ノ請求ヲ爲スハ格別被上告人ハ有效ナル辯濟トシテ竸落金ノ配當ヲ受領シタルモノナルヲ以テ被上告人ニ對シテ不當利得返還ノ請求ヲ爲スハ失當ナル旨判示セラレタリ然レ共無效ノ抵當權ニ基ク竸賣手續ハ實體法上ノ確定力ナク從テ斯ル竸賣手續ハ債務者ニ對シテモ其債務者ノ實體法上ノ權利状態ニ何等ノ效果ヲホスヘキ謂レカヌ換言スレハ債務者西塚ハ無效ノ抵當權ニ基ク本件竸賣手續ニ於テ上告人カ損害ヲ被リ又ハ被上告人カ利得ヲ爲シタル關係ニ付テハ實體法上無關係ニシテ被上告人ニ對シテハ依然債務ヲ負擔シ之ニ反シテ自己ノ意思又ハ行爲ニ基カサル上告人ノ損害ニ對シテハ何等ノ責任ヲ負擔スヘキ謂レナク即チ上告人ノ損失ト被上告人ノ利得トハ上告人對被上告人ノ關係ニシテ相互ニ因果關係ヲ有シ而シテ其中間ニ竸賣機關介入セルモ竸賣機關ハ相互ノ機關ニシテ當事者ニ非サルハ勿論又何等ノ利得ヲ爲シタルモノニ非サルカ故ニ結局上告人ノ財産ニ因リ不當ニ利得シタル者ハ被上告人ニシテ債權者西塚ニ非サルヤ論ヲ竢タス然ルニ原判決カ本件竸賣手續ニ於テ上告人ノ財産ニ因リ不當ニ利得シタル者ハ債務者西塚ニシテ被上告人ハ上告人ノ財産ニ因リ不當ニ利得シタルモノニ非スト判定セラレタルハ法則ノ適用ヲ誤リタル不法アルモノトス(二)次ニ原判決後段ノ理由ノ當否ニ付キ按スルニ原判決ハ本件ノ如キ事實關係ニ於テ上告人ノ損害ヲ填補セントスルニハ宜敷民法第五百六十八條ニ基キ債務者西塚ニ對スル契約ヲ解除シタル上同條所定ノ方法ニ依リ權利ノ伸長ヲ爲スヘキモノナリト判定セラレタリ(イ)然レソトモ民法第五百六十八條ニ所謂強制竸賣ハ民事訴訟法ニ所謂強制竸賣ヲ指稱シ竸賣法ニ基ク竸賣ハ之ヲ包含セルモノトス解スルヲ文理上正當ト爲スヘキノミナラス竸賣法ハ民法制定當時未タ存在セサリシ法規ナルヲ以テ民法第五百六十八條ニ所謂強制竸賣中ニ竸賣法ニ依ル竸賣ヲ包含スルモノト解スルハ立法趣旨ニモ副ハサル解釋ト云ハサル可カラス左レハ原判決カ本件ニ右民法ノ規定ヲ適用セラレタルハ法則ヲ不當ニ適用セル不法アルモノト信ス(ロ)次ニ民法第五百六十八條ハ竸賣法ニ依ル竸賣ニモ適用セラルヘキモノト假定スルモ同條ニ基キ上告人カ債務者西塚ニ對スル契約ヲ解除セントセハ先ツ其前提トシテ其當事者間ニ有效ナル契約ノ存在セルコトヲ要ス蓋シ有效ニ成立セサル契約ノ解除ナル觀念ハ有リ得ヘカラサレハナリ而シテ上告人ト債務者ノ契約カ有效ナルヤノ問題ハ畢竟其基
本タル竸賣手續カ有效ナルヤ否ヤニ依レ決セラルヘク若シ竸賣手續カ全然無效ナルカ少クトモ竸賣原因即チ抵當權ノ無效ナルカ爲メニ竸賣手續カ全體トシテ實體法上ノ確定力ヲ有セサルトキハ債務者ノ實體法上ノ權利状態ハ其竸賣手續ニ依リ影響ヲ受クヘキ謂レナク從テ斯ル竸賣手續ニ依リ債務者ト形式的竸落人トノ間ニ有效ナル債權的若クハ物權的契約ノ成立シ得ヘキ謂レナシ又實際上モ虚無ノ抵當權ノ實行トシテ開始セラレタル竸賣手續ニ依リ債務者カ第三者ニ對シテ債權的若クハ物權的義務ヲ有效ニ負擔スルモノトナスカ如キハ條理ノ許ササル所ナリ果シテ然ラハ無效ノ抵當權ニ基キ其實行トシテ開始セラレタル本件竸賣手續即チ少クトモ實體法上ノ確定力ナキ竸賣手續ニ依リ形式上ノ竸落人タル上告人ト形式上ノ抵當義務者タル西塚トノ間ニ有效ナル賣買契約ノ成立シ得サルハ蓋ハ當然ノ筋合ナリト云ハカル可カラス從テ上告人ハ債務者西塚ニ對シテ民法第五百六十八條ニ基キ契約ノ解除又ハ損害賠償ノ請求ヲ爲シ得サルハ勿論ナリ之ヲ要スルニ民法第五百六十八條ハ有效ナル抵當權ニ基ク竸賣手續ニ於テ竸落シ從テ債務者ト竸落人間ニ有效ナル賣買成立セルモ竸落ノ目的物カ追奪セサルルカ又ハ瑕疵ヲ存シタル場合ニ於ケル竸落人保護ノ現定ニシテ本件ニ於ケルカ如ク虚無ノ抵當權ノ實行トシテ開始セラレタル實體法上ノ效力ナキ竸落ニ付テハ其適用ナシ然ルニ原判決カ右法條ヲ本件ノ事實ニ適用シテ上告人ノ請求ヲ排斥セラレタルハ法則ヲ不當ニ適用シタル不法アルヲ免カレスト云フニ在リ
仍テ按スルニ民法第五百六十八條ニ規定セル強制竸賣ハ法律ノ規定ニ從ヒ國家ノ機關ニ依リテ強制的ニ行ハルル竸賣ヲ意味シ其民事訴訟法ニ依ルト否トヲ區別セス又民法制定當時ノ法律ニ依ルト否トヲ區別セサルカ故ニ竸賣法ニ從ヒ抵當權ノ實行トシテ行ハルル竸賣モ亦所謂強制竸賣ナリト謂ハサルヘカラス而シテ債權者カ債務者所有ノ不動産上ニ抵當權ヲ有スト稱シテ竸賣法ニ從ヒ抵當不動産ノ竸賣ヲ申立テ竸賣裁判所カ其權限内ニ於テ之ヲ受理シ適法ニ竸賣手續ヲ進行セシメ竸落許可決定カ確定シタルトキハ後日ニ至リ縱令其不動産カ債務者以外ノ第三者ノ所有ニ屬シ其申立人カ本來抵當權ヲ有セサルコトノ判明シタル場合ニ於テモ其竸落許可決定ハ有效ニシテ民法第五百六十八條ニ依リ抵當不動産ノ賣主ト認メラルヘキ債務者ハ第三者ヨリ其不動産ノ所有權ヲ取得シテ之ヲ買主ト認メラルヘキ竸落人ニ移轉スヘキ義務ヲ負フヘク唯第三者ハ該行定ニ依リ自己ノ所有權ニ何等ノ影響ヲモ受ケサルハ勿論竸落人モ其所有權ヲ取得スルモノニ非ス從テ竸落人カ竸落ノ結果トシテ所有權取得ノ登記ヲ爲シタルトキハ第三者ハ自己ノ所有權ニ基キテ其登記ノ抹消ヲ請求スルコトヲ得ヘシ斯ノ如ク竸落許可決定ハ有效ニシテ債務者對竸落人間ニ第三者ノ所有物ヲ賣買シタルト同一ノ效力ヲ生スルヲ以テ竸落人ヨリ支出シタル竸落代金カ竸賣裁判所ニ依リ竸賣申立人ニ債權ノ辯濟トシテ交付セラレタリト雖モ竸落人ハ竸賣不動産ノ所有權ヲ取得セサルコトヲ理由トシテ直ニ竸賣申立人ニ對シ其代金ニ關スル不當利得ノ返還ヲ請求スルコトヲ得スシテ先ツ民法第五百六十八條第一項ニ依リ債務者ニ對シ竸賣手續ニ依ル賣買契約ヲ解除シ債務者カ其代金ヲ返還スル資力ナキ場合ニ於テ始メテ代金ノ配當ヲ受ケタル者ニ對シテ其返還ヲ請求シ得ルモノトス當院大正二年(オ)第二百二十九號事件ノ判決(大正二年六月二十六日言渡)ハ竸賣手續ノ基本タル抵當權ニシテ無效ナル以上ハ竸落人ハ第三者ニ屬スル竸賣不動産ノ所有權ヲ取得セサルコトヲ判示シタルニ止マリ竸賣手續カ當然無效ナルコトヲ判示シタルモノニ非サレハ其判決ハ敍上ノ説明ト牴觸スルモノニ非ス然リ而シテ上告人カ原審ニ於テ本訴請求ノ原因トシテ主張シタル事實關係ノ要旨ハ論旨第二點ノ冒頭ニ掲記セル如クニシテ竸賣法ニ依ル本件ノ竸賣手續カ適法ニ完結シタル後ニ至リ債務者西塚豐三郎ノ爲シタル抵當權設定行爲ハ無效ニシテ竸落人タル上告人ハ竸賣不動産ノ所有權ヲ取得セサルコトノ判決確定シタルコト明カナルヲ以テ上告人ハ未タ其不動産ノ所有權ヲ取得セサレトモ竸落手續上發生シタル債務者西塚豐三郎對上告人間ノ賣買契約ハ有效ニシテ西塚豐三郎ヲシテ正當ノ權利者ヨリ竸賣不動産ノ所有權ヲ取得シテ之ヲ上告人ニ移轉セシムル權利ヲ有スルモノト謂ハサルヘカラス從テ其竸賣手續ノ無效ノ原因トスル上告人ノ請求ハ不當タルヲ免レス既ニ此點ニ於テ上告人ノ請求ヲ不當ナリトスル以上ハ原判決ニ於テ債權ノ辯濟ト不當利得トノ關係ニ付キ不當ノ説明ヲ爲シタル點ナキニ非サレトモ之ヲ以テ原判決ヲ破毀スル理由ト爲スヲ得ス故ニ本論旨ハ總テ理由ナシ
以上説明スル如ク本件上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條第七十七條ニ從ヒ主文ノ如ク判決ス
大正八年(オ)第十二号
大正八年五月三日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第五百六十八条所定の強制競売は法律の規定に従ひ国家の機関に依りて強制的に行はるる競売を指称し其民事訴訟法に依ると否と又民法制定当時の法律に依ると否とを区別せざれば競売法に依り抵当権の実行として行はるる競売も亦所謂強制競売なりとす。
- 一 債権者が債務者所有の不動産上に抵当権を有すと称して競売法に依り抵当不動産の競売を申立で競売裁判所が之を受理し適法に競売手続を進行せしめ競落許可決定確定したるときは後日に至り縦令其不動産が債務者以外の第三者の所有に属し其申立人が本来抵当権を有せざること判明したる場合に於ても該競落許可決定は有効にして民法第五百六十八条に依り抵当不動産の売主と認めらるべき債務者は第三者より其不動産の所有権を取得して買主と認めらるべき競落人はに移転する義務を負ふものとす。
- 一 如上の場合に於ては債務者対競落人間に第三者の所有物を売買したると同一の効力を生ずるを以て競落人より支出したる競落代金が競売裁判所に依り競売申立人に債権の弁済として交付せられたりと雖も競落人は競売不動産の所有権を取得せざることを理由として直に競売申立人に対し其代金に関する不当利得の返還を請求することを得ずして先づ民法第五百六十八条第一項に依り債務者に対し競売手続に依る売買契約を解除し債務者が其代金を返還する資力なき場合に於て始めて代金の配当を受けたる者に対して其返還を請求し得るものとす。
(参照)強制競売の場合に於ては競落人は前七条の規定に依り債務者に対して契約の解除を為し又は代金の減額を請求することを得。」前項の場合に於て債務者が無資力なるときは競落人は代金の配当を受けたる債務者に対して其代金の全部又は一部の返還を請求することを得。
前項の場合に於て債務者が物又は権利の欠欠を知りて之を申出てず又は債権者が之を知りて競売を請求したるときは競落人は其過失者に対して損害賠償の請求を為すことを得。
(民法第五百六十八条)
上告人 柳瀬万吉
被上告人 宮崎安太郎
訴訟代理人 北村勝
右当事者間の不当利得金返還請求事件に付、東京控訴院が大正七年十一月五日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
本件上告は之を棄却す
上告費用は上告人の負担とす。
理由
上告論旨の第一点は原判決は不当に法則を適当し且つ理由不備の不法あるものとす。
即ち原判決は民法第五百六十八条に強制競売の場合とある内には競売法に依る抵当権実行の場合をも包含すと解するを相当とすと判示して上告人の請求を棄却したり。
然れども本件の場合に取法第五百六十八条を適用するに当りては前七条即ち民法第五百六十一条乃至同第五百六十七条の規定中何れに依るべきものなりやを明にせざるべからざるに原判決は其何れに依るべきものなりやを判示せず漫然上告人の請求を棄却したるは不法なりと云ひ」同第二点は本訴請求原因の要旨は訴外西塚豊三郎は被上告人に対して本件不動産上に抵当権を設定し被上告人は該抵当権に基き東京区裁判所に対し競売法に依る右不動産競売の申立を為し上告人は該競売申立に基く競売手続に於て右不動産の競落人として金六千四百十円を裁判所に交付し内金六千三百二十六磁八十銭は配当名義の下に被上告人に交付せられたるも其後右不動産は訴外西塚の所有に非ざりしことの判決確定し。
従て被上告人の央抵当権の設定は初より無効にして、且、上告人も亦競落に因り不動産の所有権を取得せざりしものなることを確定せり(以上の事実は争なし。
)然らば結局被上告人は無効の抵当権に基き債務者ならざる第三者所有の不動産に対して競売申立を為し斯で実体上無効の競売手続に依り競売機関を介して上告人より金六千三百二十六磁八十銭を不当に利得したるものに外ならざるが故に上告人は被上告人に対し之が返還を求むと謂ふに在りたるものなり。
(原判決引用の第一審判決事実の摘示)然るに原判決は(1)先づ其前段の理由に於て苟も債権者が抵当権の実行として競売手続に依り競売機関を介して配当金を受領したるときは競売原因の有効無効に拘らず債権者は即時に其金銭の所有権を取得し之に依て弁済は有効に完了し、而して右配当金の受領は有効なる債権に基くものなるが故に無原因の利得と謂ふを得ずとの論旨を前提として本訴請求を排斥し(2)次に民法第五百六十八条に所謂強制競売中には競売法に依る競売をも包含するものなるを以て上告人は先づ同条に基き債務者西塚に対して契約を解除したる上に非ざれば競落代金の返還を請求し得ずとの論旨を前提として本訴請求を排斥せられたるものなり。
(一)。
仍て先づ右判決理由前段の当否に競き按ずるに(イ)原判決は被上告人が競売機関より受領したる配当金は有効なる債権に基くものなるが故に之が受領は無原因の利得即ち不当利得と云ふを得ざる旨判示せられたんとも被上告人が本件不動産に関し競売機関より右配当金を受領したるは債務者西塚に対する債権を直接の原因とせるものに非ずして抵当権其ものを原因とせるものと云はざる可からず。
蓋被上告人にして若し抵当権を有せざるものとせば本件競売手続に依り競売機関より金銭を受領すべき権源を有せざるや事理明白なり。
畢竟被上告人が債務者の意思に基かずして競売機関より配当金として判示金銭を受領したる直接の権源は抵当権其ものにして債権は之が間接権源を為すに外ならざればなり。
従て仮令債権は有効に存するも抵当権にして存在せずんば被上告人は債務者の意思に基かずして競売機関より債権の弁済に当充せらる可き配当金を受領し得べき謂れなきを以て抵当権なくして競売機関より受領したる配当金は正当なる弁済としての効果を生ずるものと云ふを得ず。
果して然らば被上告人は本件競売手続に依り競売機関より受領したる配当金を債権の弁済として正当に維持し得べき権源を有するや否やの問題は先づ被上告人は実際抵当権を有したるや否やに依て決せらるべく若し被上告人に於て有効なる抵当権を保有せざりしものとせば競売手続に依り債務者の意思に基かずして受領したる配当金は固より弁済としての効果を生ずるに由なく。
従て其受領したる金銭は実体法上無原因の利得たるを失はず。
然るに原判決は苟も債権にして有効に存する以上は無効の抵当権に基き債務者以外の第三者の財産に対し為したる強制弁済も亦当然有効にして無原因の利得と云ふを得ざるものと判定せられたるは法則を誤しる不法を免がれず尚ほ大審院明治四十三年十一月二十六日連合部判決同年(オ)第一六六号事件判例民事判決録七六五頁所載の判例は場合に異にすれども違法の手続に依る弁済を不当の利得なりと為す点に於ては同一法理にして之を本件に援用するを得べし(ロ)又原判決は苟も競売機関が配当金を交付したる以上は競売原因の存否に拘らず債権者は即時に其金銭の所有権を取得し之に依りて弁済は有効に完了するものとして判定せられたれ共競売は一つに実体権の実行方法に外ならざるが故に原因即ち抵当権なくして為したる競売申立に基く競売手続は之れを無効と解するを穏当と為すべく少くとも斯る競売手続は実体法上何等の確定力を生ぜざるものと解すべきは当然なり。
(大審院明治四十年民事判決録九一五頁同大正二年民事判決録五一三頁)然るに弁済は実体法上の行為なるが故に実体法上の効力を確定する効力なき競売手続に依り競売機関の為したる配当は民法上の弁済として有効に成立するを得ざるは勿論とす。
然らば原判決が本件競売の基本たる被上告人の抵当権の無効たるに拘はらず競売機関の為したる配当は当然弁済として有効なるものとして判定せられたるは法則を誤れる不法あるものとす。
(ハ)次に原判決は弁済は債務の本旨に従ひ利益を得ることに在るが故に苟も債権者が配当金として受令したる金銭に付き即時時効若くは其他の原因に依て之が所有権を取得したる以上は之のみに依て弁済は有効に完了し。
従て不当利得の問題を生ぜざるものとして判定せられたり。
然れ共弁済は其結果より観るときは固より債権者の利益を満足せしむることに在るも若し其利益を得せしむる行為即ち弁済行為に瑕瑾ありて弁済としての効力を生ぜざるか又は一旦生したる行為の効力を失ふことあるときは債権者に於て其金銭の所有権を取得したるや否やに関係なく其弁済は無効にして。
従て債権者は其取得したる金銭は不当に利得したるものとして之を返還せざる可からざるは勿論なりと信ず。
例へば金銭の弁済が重要なる錯誤に基く無効の行為なるとき又は弁済行為が正当に取消されたるときは債権者は弁済金の所有権を取得せると否とに拘らず不当利得の法則に依り利得の返還を為さざる可らず。
従て本件に於ても被上告人が競買機関より受領したる金銭に付き不当利得の法則の適用を受くるや否やに付ては須らく本件競売手続の効力を審究して決す可かりしに拘らず原判決は苟くも債権存し、且、配当金として受領したる金銭の所有権を取得したる以上は給付行為の効力如何に関係なく弁済は当然有効に成立し不当利得返還の問題を生ずべき余地なしと論定せられたるは法則を誤れる不法あり。
(ニ)又原判決は上告人が本件競売手続に於て失ひたる競落代金に付ては債務者西塚に対して不当利得返還の請求を為すは格別被上告人は有効なる弁済として競落金の配当を受領したるものなるを以て被上告人に対して不当利得返還の請求を為すは失当なる旨判示せられたり。
然れ共無効の抵当権に基く競売手続は実体法上の確定力なく。
従て斯る競売手続は債務者に対しても其債務者の実体法上の権利状態に何等の効果をほすべき謂れかぬ換言すれば債務者西塚は無効の抵当権に基く本件競売手続に於て上告人が損害を被り又は被上告人が利得を為したる関係に付ては実体法上無関係にして被上告人に対しては依然債務を負担し之に反して自己の意思又は行為に基かざる上告人の損害に対しては何等の責任を負担すべき謂れなく。
即ち上告人の損失と被上告人の利得とは上告人対被上告人の関係にして相互に因果関係を有し、而して其中間に競売機関介入せるも競売機関は相互の機関にして当事者に非ざるは勿論又何等の利得を為したるものに非ざるが故に結局上告人の財産に因り不当に利得したる者は被上告人にして債権者西塚に非ざるや論を竢たず。
然るに原判決が本件競売手続に於て上告人の財産に因り不当に利得したる者は債務者西塚にして被上告人は上告人の財産に因り不当に利得したるものに非ずと判定せられたるは法則の適用を誤りたる不法あるものとす。
(二)次に原判決後段の理由の当否に付き按ずるに原判決は本件の如き事実関係に於て上告人の損害を填補せんとするには宜敷民法第五百六十八条に基き債務者西塚に対する契約を解除したる上同条所定の方法に依り権利の伸長を為すべきものなりと判定せられたり(イ)。
然れそとも民法第五百六十八条に所謂強制競売は民事訴訟法に所謂強制競売を指称し競売法に基く競売は之を包含せるものとす。
解するを文理上正当と為すべきのみならず競売法は民法制定当時未だ存在せざりし法規なるを以て民法第五百六十八条に所謂強制競売中に競売法に依る競売を包含するものと解するは立法趣旨にも副はざる解釈と云はざる可からず。
左れば原判決が本件に右民法の規定を適用せられたるは法則を不当に適用せる不法あるものと信ず。
(ロ)次に民法第五百六十八条は競売法に依る競売にも適用せらるべきものと仮定するも同条に基き上告人が債務者西塚に対する契約を解除せんとせば先づ其前提として其当事者間に有効なる契約の存在せることを要す。
蓋し有効に成立せざる契約の解除なる観念は有り得べからざればなり。
而して上告人と債務者の契約が有効なるやの問題は畢竟其基
本たる競売手続が有効なるや否やに依れ決せらるべく若し競売手続が全然無効なるか少くとも競売原因即ち抵当権の無効なるか為めに競売手続が全体として実体法上の確定力を有せざるときは債務者の実体法上の権利状態は其競売手続に依り影響を受くべき謂れなく。
従て斯る競売手続に依り債務者と形式的競落人との間に有効なる債権的若くは物権的契約の成立し得べき謂れなし又実際上も虚無の抵当権の実行として開始せられたる競売手続に依り債務者が第三者に対して債権的若くは物権的義務を有効に負担するものとなすが如きは条理の許さざる所なり。
果して然らば無効の抵当権に基き其実行として開始せられたる本件競売手続即ち少くとも実体法上の確定力なき競売手続に依り形式上の競落人たる上告人と形式上の抵当義務者たる西塚との間に有効なる売買契約の成立し得ざるは蓋は当然の筋合なりと云はかる可からず。
従て上告人は債務者西塚に対して民法第五百六十八条に基き契約の解除又は損害賠償の請求を為し得ざるは勿論なり。
之を要するに民法第五百六十八条は有効なる抵当権に基く競売手続に於て競落し。
従て債務者と競落人間に有効なる売買成立せるも競落の目的物が追奪せざるるか又は瑕疵を存したる場合に於ける競落人保護の現定にして本件に於けるが如く虚無の抵当権の実行として開始せられたる実体法上の効力なき競落に付ては其適用なし。
然るに原判決が右法条を本件の事実に適用して上告人の請求を排斥せられたるは法則を不当に適用したる不法あるを免がれずと云ふに在り
仍て按ずるに民法第五百六十八条に規定せる強制競売は法律の規定に従ひ国家の機関に依りて強制的に行はるる競売を意味し其民事訴訟法に依ると否とを区別せず又民法制定当時の法律に依ると否とを区別せざるが故に競売法に従ひ抵当権の実行として行はるる競売も亦所謂強制競売なりと謂はざるべからず。
而して債権者が債務者所有の不動産上に抵当権を有すと称して競売法に従ひ抵当不動産の競売を申立で競売裁判所が其権限内に於て之を受理し適法に競売手続を進行せしめ競落許可決定が確定したるときは後日に至り縦令其不動産が債務者以外の第三者の所有に属し其申立人が本来抵当権を有せざることの判明したる場合に於ても其競落許可決定は有効にして民法第五百六十八条に依り抵当不動産の売主と認めらるべき債務者は第三者より其不動産の所有権を取得して之を買主と認めらるべき競落人に移転すべき義務を負ふべく唯第三者は該行定に依り自己の所有権に何等の影響をも受けざるは勿論競落人も其所有権を取得するものに非ず。
従て競落人が競落の結果として所有権取得の登記を為したるときは第三者は自己の所有権に基きて其登記の抹消を請求することを得べし斯の如く競落許可決定は有効にして債務者対競落人間に第三者の所有物を売買したると同一の効力を生ずるを以て競落人より支出したる競落代金が競売裁判所に依り競売申立人に債権の弁済として交付せられたりと雖も競落人は競売不動産の所有権を取得せざることを理由として直に競売申立人に対し其代金に関する不当利得の返還を請求することを得ずして先づ民法第五百六十八条第一項に依り債務者に対し競売手続に依る売買契約を解除し債務者が其代金を返還する資力なき場合に於て始めて代金の配当を受けたる者に対して其返還を請求し得るものとす。
当院大正二年(オ)第二百二十九号事件の判決(大正二年六月二十六日言渡)は競売手続の基本たる抵当権にして無効なる以上は競落人は第三者に属する競売不動産の所有権を取得せざることを判示したるに止まり競売手続が当然無効なることを判示したるものに非ざれば其判決は叙上の説明と牴触するものに非ず然り、而して上告人が原審に於て本訴請求の原因として主張したる事実関係の要旨は論旨第二点の冒頭に掲記せる如くにして競売法に依る本件の競売手続が適法に完結したる後に至り債務者西塚豊三郎の為したる抵当権設定行為は無効にして競落人たる上告人は競売不動産の所有権を取得せざることの判決確定したること明かなるを以て上告人は未だ其不動産の所有権を取得せざれども競落手続上発生したる債務者西塚豊三郎対上告人間の売買契約は有効にして西塚豊三郎をして正当の権利者より競売不動産の所有権を取得して之を上告人に移転せしむる権利を有するものと謂はざるべからず。
従て其競売手続の無効の原因とする上告人の請求は不当たるを免れず既に此点に於て上告人の請求を不当なりとする以上は原判決に於て債権の弁済と不当利得との関係に付き不当の説明を為したる点なきに非ざれども之を以て原判決を破毀する理由と為すを得ず。
故に本論旨は総で理由なし。
以上説明する如く本件上告は理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条第七十七条に従ひ主文の如く判決す