鑛業權移轉登録請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）25輯1頁

上告論旨第六点は鉱業権第十九条第二十条に依れば鉱業権の移転は登録を為すにあらざれば其効力を生ぜざるものとす。 則ち鉱業法に依る移轄登録は権利移転の要件にして彼の民法及不動産登記法に依り既に当事者間に於て効力を生じたる事項を第三者に対抗せしむるか為めに為す登記とは全く法律上の性質を異にす。 故に鉱業権に付ては当事者間に譲渡の契約成立するも未だ其登録を為さざる間は譲渡人は譲受人に対し登録を為して鉱業権を移転すべき債務を負ふに止まり譲受人は未だ鉱業権を取得するものにあらず。 是れ鉱業法第十九条第二十条の明文に徴し極めて明かなる所にして御院判例に於ても

屡[しばしば]屡[しばしば]説示せられたる所なりとす。 （大審院大正二年（オ）第五百九十三号大正三年二月二十八日判決明治四十一年お第十号同年二月二十八日判決）上述の如く鉱業権の譲渡契約は移転登録前に在りては鉱業権を移転すべき債務関係を生ずるに過ぎざるを以て其登録前に於て譲渡人が鉱業権を喪失したるときは最早鉱業権を移転するに由なきが故に譲渡人の債務は茲に[ここに]履行不能に帰したるものとす。 而して[しこうして]此場合に於ける譲渡人の譲受人に対する民法上の責任に付ては鉱業権喪失の事由如何[いかん]に依り法則の適用を異にすべしと雖[いえども]も譲渡契約の当事者に非ず又譲渡人の債務を引受けたるにもあらざる第三者が譲渡人の位地に代り鉱業権移転の債務を負ふが如きとは法律上之を引受けたるにもあらざる第三者が譲渡人の位地に代り鉱業権移転の債務を負ふが如きことは法律上之を肯認すべき根拠あることなし本件に於て被上告人は訴外油井与市（第一審の共同被告）より同人の有する係争鉱業権の持分を譲受くる契約を為し共同鉱業権者たる上告人も其譲受を承諾したるを以て油井与市の持分を被上告人に移転せしむる為め同人及び被上告人に対し鉱業権移転登録手続を請求するものなることは原判決の援用したる第一審判決事実摘示に徴し明白なり。 則ち上告人と被上告人との間には何等鉱業権譲渡の契約存するにあらず。 又上告人は油井与市の債務を引受けたるにもあらず。 唯油井与市が其有する鉱業権の持分を被上告人に移転する契約を締結したるか為め其持分譲渡を承諾したる上告人も鉱業権不可分の結果油井与市の持分を被上告人に移転する手続に協力する義務あるに過ぎず決して油井与市が其鉱業権の持分を被上告人に移転する能はざる場合に上告人自から其所有に属する鉱業権を被上告人に移転する義務あるにあらず。 然らば油井与市が其債務の履行として係争鉱業権の持分を被上告人に移転する為め登録手続を為す時こそ上告人も之に協力する義務あるべきも油井与市が被上告人に対する債務の目的たる鉱業権の持分を喪失し最早之を移転すること能はざるに至りたるときは其喪失の事由が本件の如く家賃分散にして同人の責に帰すべきものなるときと雖[いえども]も被上告人は同人に対し民法第五百四十三条第五百四十五条第三項等に依る権利を有するに止まり同人に対し同人の最早有せざる持分の移転を請求するに由なきは勿論なれば其移転要件たる登録手続をも請求するに由なきや一点の疑を容れざる所なりとす。

又油井与市にして鉱業権の持分を喪失し之を被上告人に移転するに由なきに至りたる上は其移転登録に協力すべき上告人の義務が独り存在すべき理由なきは多言を要せず。 又被上告人は未だ嘗て[かつて]鉱業権譲渡の契約を為したることなく又油井与市の債務を引受けたるにもあらざる上告人に対し其所有に係る鉱業権の移転を請求する権利なきは勿論にして其移転の為めの登録手続を請求し得べき理由も亦[また]あるべきの理なし。 然るに本件に於て原院の確定したる所に依れば油井与市は既に本件の口頭弁論開始前なる大正三年一月二十九日家賃分散の宣告を受け組合を脱退し其旨を登録せられたること明かなりと云ふ[いう]に在るを以て此時に於て油井与市は被上告人に譲渡の目的と為したる持分を喪失し最早其持分を移転するに由なきに至りたれば同人の債務は茲に[ここに]履行の不能を来したるものなりとす。 然らば油井与市の持分を被上告人に移転する方法として油井与市が被上告人に対し鉱業権移転登録手続を為すことに協力する義務あるに過ぎざる上告人が最早油井与市の持分が存在せず同人より之を被上告人に移転すること能はざる暁に至り上告人単独にて被上告人に対し上告人専有の鉱業権を被上告人に移転すべき義務を負ふべき原因何所に在りや蓋し[けだし]上告人と油井与市とか組合員として共有したる係争鉱業権に付き油井与市が家賃分散の結果組合を脱退し持分を喪失し其旨登録せられたる上は其鉱業権は上告人の専有に帰したること勿論にして現に原判決の是認したる第一審判決主文にも「被告淳太（上告人）は其所有に係る（中略）鉱業権を原告（被上告人）及び被告淳太に譲渡に因る移転登録申請手続を為す可し」とありて明かに係争鉱業権は上告人の専有に属することを認めたり。 然るに被上告人との間に何等譲

渡の契約を為したることなき上告人に対し其所有に係る鉱業権に付き譲渡に因る移転登録手続を為すべきことを命じたるは明かに被上告人の請求する油井与市の持分移転の範囲を超越したる不法の裁判なりとす。 換言すれば原判決及び第一審判決は共に上告人と被上告人間には何等鉱業権移転の原因あることを認めざるに拘らず上告人に対し其所有に係る鉱業権を上告人被上告人の共有に移転すべきことを命じたるものにして甚しき違法の裁判なりとす。 第一審及び原審が如上の如き判決を為すに至りたるは惟ふ[おもう]に鉱業法第十九条第二十条の明文を熟査せず油井与市と被上告人間に於ては譲渡契約と同時に油井与市の係争鉱業権の持分は被上告人に移転したるものと誤解したる為め其後油井与市は家賃分散の宣告を受け持分を喪失し其旨の登録あるも其は登録簿上の形式に属し被上告人は依然油井与市より取得したる持分を有するが故に其持分取得の事実を公示するに過ぎざる登録手続は持分譲受を承諾したる上告人に於て之を為すべき義務ありとしたるに外からざるべし。 若し油井与市は未だ持分を被上告人に移転したるにあらず。 唯単に之を移転する債務を負ひたるに過ぎず然かも之を移転する前に家賃分散の為め其持分を喪失し債務の履行が不能に帰したることを知らば決して何等契約関係なき上告人に対し其所有に係る係争鉱業権に付き譲渡に因る移転登録を為し以て上告人より被上告人に鉱業権を移転すべきことを命ずるが如き不条理なる判決を下すことなかりしならんと信ず。 要するに原判決が油井与市と被上告人間の持分の譲渡により本件鉱業権が実質上被上告人と上告人との共同鉱業権に帰したる以上は其後油井与市に対する家賃分散の宣告及登録は被上告人の権利に影響せずと判示して本訴請求を採用したるは鉱業権第十九条第二十条を誤解したる結果被上告人の有する権利は油井与市に対する債権に過ぎざるに之を鉱業権なる物権なりとし為めに上告人の適切なる抗弁を排斥し何等の原因なく上告人に鉱業権移転の義務を負はしめたるものなれば此点に於て原判決を破毀し直ちに被上告人の請求を棄却せらるべきものなりとすと云ふ[いう]に在り

按ず[あんず]るに鉱業法第十九条第二十条に依れば鉱業権の移転は之を鉱業原簿に登録するに非ざれば其効力を生ぜざるが故に鉱業権譲渡の契約成立するも未だ其移転を登録せざる間は当事者間に鉱業権移転の債権関係を生ずるに止まりて鉱業権は依然として尚譲渡人に存す然り、而して[しこうして]共同鉱業権者の一人が其持分を第三者に譲渡し他の共同鉱業権者が之を承諾したる場合に於ては鉱業権不可分の結果他の共同鉱業権者も譲渡者と共同して鉱業権移転の手続を為すべき義務を負担することは当院が曩きに本件に付き表したる見解なれども右は持分を譲渡したる共同鉱業権者が尚共同鉱業権者即ち組合員として鉱業原簿に登録せられたる場合は予想したるものにして持分譲渡の後に組合を脱退し共同鉱業権者たるの権利を喪失したる場合を見たるものに非ず何となれば共同鉱業権者たらざる者が共同鉱業権者として鉱業権移転の手続を為すことは法の許さざる所にして不可能事に属すればなり。 故に持分を譲渡したる共同鉱業権者が其譲渡後に組合を脱退したる場合に於て他の共同鉱業権者に鉱業権の移転手続に協力すべき義務あるや否やに至りては自ら其論を異にせざる可らず持分を譲渡したる共同鉱業権者が組合を脱退したるときは其者の持分は他の共同鉱業権者に帰属し譲渡者は最早移転すべき持分を有せざると共に之を移転すべき義務の履行は不能に帰するを以て他の共同鉱業権者の共同して移転手続を為すべき義務も亦[また]其存在を失ふべきなり。 何となれば持分の譲渡に承諾を与へたる他の共同鉱業権者が共同して移転の手続を為すべき義務は鉱業権不可分の結果譲渡者単独にて其持分のみの移転手続を為すを得ざるに職由する附従的協力義務に過ぎずして譲渡者の移転義務の存在を前提とするものなれば譲渡者の移転義務が履行不能に帰したる以上は他の共同鉱業権者の協力すべき移転手続存せざるに至ればなり。 本件に於て本件鉱業権の共有者たる油井与市が其持分を共同鉱業権者たる上告人の雲諾を得たる上被上告会社に譲渡し其後家賃分散に因り組合を脱退したることは原判決の確定したる所なれば上告人は上述の理由に依り被上告会社に対して鉱業権移転の手続を為すべき義務なきに至りたるに原院が上告人に於て油井与市の持分譲渡に承諾を与へたる以上は譲渡契約の成立と共に本件鉱業権は実質上上告人と被上告会社との共有に帰したるものと為し此理由の下に油井与市の家賃分散に因り組合を脱退したることは被上告会社に対し鉱業権移転の手続を為すべき上告人の義務に影響を及ぼさざるものとして上告人に其義務の履行を命じたるは一面に於て鉱業権の移転は登録するに非ざれば実質上効力を生ぜざるの法理を無視し他面に於て共同鉱業権者の一人が其持分を譲渡したる場合に於ける他の共同鉱業権者の鉱業権移転手続に協力すべき義務は譲渡者の移転義務の存続を前提とすることを看過したるものにして不法の裁判たるを免れず原判決は此点に於て破毀すべく、且、事件が裁判を為すに熟するを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百五十一条第一号に依り主文の如く判決す