大正七年(オ)第四百四十二號
大正七年九月十三日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第八百八十八條ニ所謂利益トハ啻ニ財産上ノ利益ノミナラス身分上ノ利益ヲモ包含シ又所謂利益相反スル行爲トハ親權ヲ行フ父又ハ母ト未成年ノ子トカ各當事者ト爲リ其間ニ爲ス行爲ニシテ利益互ニ相反スル場合ノミニ限ルヘキモノニ非ス
- 一 親權ヲ行フ家族タル父カ分家ヲ爲スニ當リ戸主タル其未成年ノ子ヲ代表シテ與フル同意ノ如キハ民法第八百八十八條ニ所謂利益相反スル行爲ナリトス
(參照)親權ヲ行フ父又ハ母ト其未成年ノ子ト利益相反スル行爲ニ付テハ父又ハ母ハ其子ノ爲メニ特別代理人ヲ選任スルコトヲ親族會ニ請求スルコトヲ要ス」父又ハ母カ數人ノ子ニ對シテ親權ヲ行フ場合ニ於テ其一人ト他ノ子トノ利益相反スル行爲ニ付テハ其一方ノ爲メ前項ノ規定ヲ準用ス(民法第八百八十八條)
上告人 長谷川正雄
法定代理人 長谷川ヒサ
訴訟代理人 辻章生
被上告人 長谷川榮太郎
法定代理人 田中謙
右當事者間ノ分家無效確認請求事件ニ付大阪控訴院カ大正七年三月二十六日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
原判決ヲ破毀シ第一審判決ヲ廢棄ス
上告人カ被上告人ノ家族タルコトヲ確認ス
訴訟費用ハ總テ被上告人ノ負擔トス
理由
上告論旨第一點ハ原審判決ニ依レハ親權ヲ行フ父又ハ母ト其未成年ノ子トノ間ノ行爲ニシテ未成年者タル子ノ利益ノミニ屬スル場合ニハ民法第八百八十八條ノ適用ナシト斷シタリ然レトモ其利益ノミニ屬スルト云フ意味甚タ明瞭ヲ缺ク本件ノ如キ分家ニ同意スル行爲ニ在リテハ其未成年ノ子ノ利益ノミニ屬スルヤ否ヤハ其行爲ヲ爲シタル後ニアラサレハ之ヲ知ルコトヲ得ス蓋シ其以前ニアリテハ利益ニ屬スヘシトノ豫想アルニ止マレハナリ元來民法第八百八十八條ハ或行爲カ其性質上親權ヲ行フ父又ハ母ト其未成年ノ子ト利益相反スルヤ否ヤヲ定メ若シ利益相反スルモノナレハ特別代理人ノ選任ヲ親族會ニ請求シ而シテ後其特別代理人トノ間ニ於テ其行爲ヲ爲スヘシトセルモノナリ故ニ利益相反スルヤ否ヤハ其行爲以前ノ状態ニ於テ判斷スヘキモノトス而シテ行爲以前ニ存スル状態ヨリ利益相反スルヤ否ヤヲ判斷スル方法ニ二アリ其一ハ具體的ニ其事件ニ付キ周圍ノ事情ヲ斟酌シ其親權者タル父又ハ母ノ利益ヲ圖ルトキハ未成年ノ子ニ不利益ヲ及ホシ得ヘシト豫想シ得ヘキヤ否ヤニヨリテ決セントスルモノニシテ他ハ抽象的ニ親權者ノ利益ノ爲メニハ未成年ノ子ノ利益ヲ犧牲ニ供シ得ヘキ可能アルヤ否ヤニヨリテ之ヲ決セントスル方法之レナリ而シテ親權者タル父又ハ母ト未成年ノ子ト利益相反スルヤ否ヤノ問題ハ法律解釋ノ問題即チ法律問題ニシテ法律ノ解釋ハ具體的事實ニ依リテ解釋スヘキモノニアラスシテ抽象的ニ解釋スヘキモノナリ(此解釋ヲ具體的事實ニ適用スルヲ法ノ運用ト云フ)故ニ具體的事實ニ付キ周圍ノ事情ヲ綜合シテ利益相反スルヤ否ヤヲ決セントスルハ事實ニ基キ法律ヲ解釋セントスルモノニシテ法律解釋上許スヘカラサルモノナリ由是觀之民法第八百八十八條ニ所謂利益相反スル行爲トハ抽象的ニ親權者ノ利益若クハ損害ニ於テ未成年ノ子ニ損害若クハ利益ヲ來シ得ヘキ客觀的可能アル行爲ヲ謂フモノト云ハサルヘカラス然ルニ分家行爲ハ家族タル分家者ノ利益ノ爲メニ戸主ノ財産上及ヒ身分上ノ利益ヲ犧牲ニ供シ得ヘキ客觀的可能アルカ故ニ法律ハ戸主ノ同意ヲ要件トシタルモノナリ而シテ本件分家行爲ノ分家者タル長谷川嘉一ハ未成年者ナル戸主榮太郎ノ親權者トシテ自己ノ分家行爲ニ同意シタルモノナルカ故ニ民法第八百八十八條ニ適合スル行爲ナルヲ以テ親權者タル嘉一ニ於テ特別代理人ノ選任ヲ親族會ニ請求スヘキ筋合ナルニ拘ラス特別代理人ヲシテ戸主權ヲ行使セシメサリシハ違法ニシテ戸主ノ同意ナキ無效ノ分家行爲ナリト云ハサルヘカラス然ルニ原審判決ニ斯ル戸主ノ同意ナキ分家行爲ヲ有效トシタルハ民法第八百八十八條及ヒ同第七百四十三條第一項ヲ適用セサル違法ノ裁判ナリト云ハサルヘカラスト云ヒ」同第二點ハ假リニ民法第八百八十八條ハ未成年者タル子ノ利益ノミニ屬スル行爲ニハ適用ナシトスルモ原審カ唯財産上利益ノ衝突ナキコトノミヲ審査シ以テ本件カ未成年者タル子ノ利益ノミニ屬スト判定シタルハ違法タルヲ免レス何トナレハ同條ニ所謂利益トハ財産上及ヒ身分上ノ利益ヲ含ムモノナルコトハ夙ニ御院ノ判示セラレタル所(大正二年判決録八百九十九頁)ニシテ原審カ未成年者タル子ノ利益ノミニ屬スト判定シタル證據ヲ見ルニ第一審證人川勝武夫、同清水捨吉第二審證人田中永次郎、井上千吉ニ對スル訊問ハ皆財産上利益相反スルヤ否ヤノ點ノミニ限ラレ居ルニ拘ハラス其證言ヲ證據トシテ未成年者タル長谷川榮太郎(被上告人)ノ利益ノミニ屬スト判定セルハ身分上ノ利益相反スルヤ否ヤノ點ヲ審理セスシテ財産上身分上榮太郎ノ利益ノミニ屬スト判定シタルモノト云ハサルヘカラス之ヲ要スルニ身分上ノ利益相反スルヤ否ヤヲ審理セスシテ利益相反セスト確定シタルモノナルカ故ニ民事訴訟法第四百三十八條第三項ニ所謂法律ニ違背シテ事實ヲ確定シタルモノト云ハサルヘカラスト云フニ在リ
按スルニ民法第八百八十八條ニ依レル親權ヲ行フ父又ハ母ト其未成年ノ子ト利益相反スル行爲ニ付テハ父又ハ母ハ其子ヲ代表スルコトヲ得ス特別代理人ヲシテ之ヲ代表セシムルコトヲ要スルモノトス面シテ同條ニ所謂利益トハ單ニ財産上ノ利益ノミヲ指稱スルニアラスシテ身分上ノ利益ヲモ包含シ又所謂利益相反スル行爲トハ單ニ親權ヲ行フ父又ハ母ト未成年ノ子トカ各一方ノ當事者トナリテ其間ニ爲ス行爲ニシテ利益互ニ相反スル場合ノミニ限ルヘキモノニアラサルコトハ當院ノ判例トスル所ニシテ(大正二年(オ)第一〇八號同年十月十五日當院判決)利益相反スル行爲ナルヤ否ヤハ專ラ其行爲自體ニ付テ之ヲ判斷スヘキモノニシテ行爲ヲ爲シタル縁由ヲ考慮スヘキモノニアラス故ニ親權ヲ行フ家族タル父カ分家ヲ爲スニ當リ戸主タル其未成年ノ子ヲ代表シテ與フル同意ノ如キハ同條ニ所謂利益相反スル行爲カリト謂ハサルヲ得ス何トナレハ戸主カ家族ノ分家ヲ爲スニ付キ同意ヲ爲スハ民法第七百四十三條第一項ニ依リ認メラレタル權利ニシテ分家ノ結果ハ戸主權ノ範圍ニ大ナル影響ヲ及ホスモノナレハ戸主カ家族ノ分家ニ關シ同意ヲ與フヘキヤ否ヤハ他人ノ掣肘ヲ受ケス自己獨立ノ判斷ニ依リテ決セサルヘカラサル事項ナリトス然ルニ分家ヲ爲サントスル親權者タル家族ハ分家ノ目的ヲ達セン爲メ自己ノ利益ヲ圖ルニ急ニシテ保護者トシテ子ノ利益ヲ顧ルヲ得サル虞アルモノナレハ其親權者ハ未成年ノ子ノ法定代理人トシテハ公平且ツ自由ナル判斷ニ依リテ同意ヲ與フルコトヲ得サルモノト謂ハサルヲ得ス即チ戸主タル未成年者ト其同意ヲ求ムル親權者トハ利益相反スルノ地位ニ在ルモノナレハナリ(前掲判決參照)原院ハ被上告人ノ親權者タリシ亡長谷川嘉一カ被上告人家ヨリ分家ヲ爲スニ當リ戸主タル未成年ナル被上告人ニ代リ自己ノ分家行爲ニ同意ヲ爲シタル事實ヲ認メ其分家ヲ爲シタル所以ハ右嘉一カ素行修ラス常ニ遊里ニ流連シ金錢ヲ浪費シ其遊興費ニ充ツル爲メ被上告人所有ノ不動産ヲ賣却スルカ如キ行爲アリテ其侭ニ放任センカ數年ナラスシテ被上告人ノ財産ハ蕩盡セラルヘキ虞アリタルヲ以テ親族等協議ノ上被上告人保護ノ爲メ右嘉一ヲ分家セシメテ親權ヲ行フコト能ハサラシメ他ヨリ適當ナル後見人ヲ選フノ外ナシトシ嘉一ニ其旨ヲ告ケテ分家ヲ求メタルニ嘉一ハ其申出ヲ容レ分家ヲ爲スコトヲ承認シ本件ノ分家ヲ爲シタルモノナレハ其分家行爲ハ全然未成年者タル被上告人ノ利益ノミニ屬スルモノナリ從テ之ニ對スル同意モ被上告人ノ利益ノミニ屬スルモノナレハ民法第八百八十八條ニ依リ特別代理人ヲ選任シ之ヲシテ被上告人ヲ代表シ同意ヲ與ヘシムルコトヲ要セサル旨ヲ判斷シタリ然リト雖モ嘉一カ被上告人ノ財産上ノ利益ヲ圖ル爲メ分家ヲ爲シタル事實ハ全ク被上告人カ分家ニ對シ同意ヲ爲スノ縁由タルニ過キサルノミナラス取法第八百八十八條ニ所謂利益トハ財産上ノ利益ノミナラス身分上ノ利益ヲモ指稱スルコト前示ノ如クニシテ分家ニ對スル同意カ戸主家族間ニ於ケル身分上ノ利益相反スル行爲ナルコト敍上説明ノ如クナレハ家族タル親權者嘉一カ戸主タル未成年者被上告人ヲ代表シテ其分家ニ同意シタル行爲ハ同條ニ趣旨ニ違背シ其效ナキモノト謂ハサルヲ得ス故ニ原院カ嘉一カ被上告人ヲ代表シテ爲シタル分家ノ同意ヲ有效ナリトシ從テ嘉一ノ分家ヲ有效ナリト判斷シタルハ民法第八百八十八條ノ規定ヲ不當ニ適用シタル不法アルモノニシテ原判決ノ全部ハ破毀ヲ免レサルモノトス仍テ上告論旨第三點ニ付テハ判斷ノ必要ナキヲ以テ其説明ヲ省畧ス
原審ニ於テ認メラレタル事實ニ依レハ上告人ハ長谷川嘉一ノ子ニシテ嘉一ノ分家ヲ爲シタル後同人ノ死亡ニ因リ其家督相續ヲ爲シタルモノナリ而シテ嘉一ノ分家ヲ爲スニ當リ戸主タル被上告人ハ特別代理人ニ依ラス親權者タル嘉一ニ依リテ代表セラレ其分家ニ同意ヲ表シタルニヨリ其同意カ無效ナルコトハ前説明ノ如クニシテ從テ嘉一ノ分家ハ無效ナレハ同人死亡スルモ家督相續ハ開始スルニ由ナク上告人ハ依然被上告人家ニ在リテ其家族タルモノト謂ハサルヲ得ス然ラハ上告人(原告)ノ本訴請求ハ相當ニシテ控訴ハ其理由アリトス仍テ民事訴訟法第四百四十七條第一項第四百五十一條第一號ニ依リ原判決ヲ破毀シ且ツ第一審判決ヲ廢棄シ訴訟費用ニ付テハ同法第七十八條第一項第七十二條第一項ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス
大正七年(オ)第四百四十二号
大正七年九月十三日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第八百八十八条に所謂利益とは啻に財産上の利益のみならず身分上の利益をも包含し又所謂利益相反する行為とは親権を行ふ。
父又は母と未成年の子とか各当事者と為り其間に為す行為にして利益互に相反する場合のみに限るべきものに非ず
- 一 親権を行ふ。
家族たる父が分家を為すに当り戸主たる其未成年の子を代表して与ふる同意の如きは民法第八百八十八条に所謂利益相反する行為なりとす。
(参照)親権を行ふ。
父又は母と其未成年の子と利益相反する行為に付ては父又は母は其子の為めに特別代理人を選任することを親族会に請求することを要す。」父又は母が数人の子に対して親権を行ふ。
場合に於て其一人と他の子との利益相反する行為に付ては其一方の為め前項の規定を準用す。
(民法第八百八十八条)
上告人 長谷川正雄
法定代理人 長谷川ひさ
訴訟代理人 辻章生
被上告人 長谷川栄太郎
法定代理人 田中謙
右当事者間の分家無効確認請求事件に付、大坂控訴院が大正七年三月二十六日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
原判決を破毀し第一審判決を廃棄す
上告人が被上告人の家族たることを確認す
訴訟費用は総で被上告人の負担とす。
理由
上告論旨第一点は原審判決に依れば親権を行ふ。
父又は母と其未成年の子との間の行為にして未成年者たる子の利益のみに属する場合には民法第八百八十八条の適用なしと断したり。
然れども其利益のみに属すると云ふ意味甚た明瞭を欠く本件の如き分家に同意する行為に在りては其未成年の子の利益のみに属するや否やは其行為を為したる後にあらざれば之を知ることを得ず。
蓋し其以前にありては利益に属すべしとの予想あるに止まればなり。
元来民法第八百八十八条は或行為が其性質上親権を行ふ。
父又は母と其未成年の子と利益相反するや否やを定め若し利益相反するものなれば特別代理人の選任を親族会に請求し、而して後其特別代理人との間に於て其行為を為すべしとせるものなり。
故に利益相反するや否やは其行為以前の状態に於て判断すべきものとす。
而して行為以前に存する状態より利益相反するや否やを判断する方法に二あり其一は具体的に其事件に付き周囲の事情を斟酌し其親権者たる父又は母の利益を図るときは未成年の子に不利益を及ぼし得べしと予想し得べきや否やによりて決せんとするものにして他は抽象的に親権者の利益の為めには未成年の子の利益を犠牲に供し得べき可能あるや否やによりて之を決せんとする方法之れなり。
而して親権者たる父又は母と未成年の子と利益相反するや否やの問題は法律解釈の問題即ち法律問題にして法律の解釈は具体的事実に依りて解釈すべきものにあらずして抽象的に解釈すべきものなり。
(此解釈を具体的事実に適用するを法の運用と云ふ)故に具体的事実に付き周囲の事情を綜合して利益相反するや否やを決せんとするは事実に基き法律を解釈せんとするものにして法律解釈上許すべからざるものなり。
由是観之民法第八百八十八条に所謂利益相反する行為とは抽象的に親権者の利益若くは損害に於て未成年の子に損害若くは利益を来し得べき客観的可能ある行為を謂ふものと云はざるべからず。
然るに分家行為は家族たる分家者の利益の為めに戸主の財産上及び身分上の利益を犠牲に供し得べき客観的可能あるが故に法律は戸主の同意を要件としたるものなり。
而して本件分家行為の分家者たる長谷川嘉一は未成年者なる戸主栄太郎の親権者として自己の分家行為に同意したるものなるが故に民法第八百八十八条に適合する行為なるを以て親権者たる嘉一に於て特別代理人の選任を親族会に請求すべき筋合なるに拘らず特別代理人をして戸主権を行使せしめざりしは違法にして戸主の同意なき無効の分家行為なりと云はざるべからず。
然るに原審判決に斯る戸主の同意なき分家行為を有効としたるは民法第八百八十八条及び同第七百四十三条第一項を適用せざる違法の裁判なりと云はざるべからずと云ひ」同第二点は仮りに民法第八百八十八条は未成年者たる子の利益のみに属する行為には適用なしとするも原審が唯財産上利益の衝突なきことのみを審査し以て本件が未成年者たる子の利益のみに属すと判定したるは違法たるを免れず何となれば同条に所謂利益とは財産上及び身分上の利益を含むものなることは夙に御院の判示せられたる所(大正二年判決録八百九十九頁)にして原審が未成年者たる子の利益のみに属すと判定したる証拠を見るに第一審証人川勝武夫、同清水捨吉第二審証人田中永次郎、井上千吉に対する訊問は皆財産上利益相反するや否やの点のみに限られ居るに拘はらず其証言を証拠として未成年者たる長谷川栄太郎(被上告人)の利益のみに属すと判定せるは身分上の利益相反するや否やの点を審理せずして財産上身分上栄太郎の利益のみに属すと判定したるものと云はざるべからず。
之を要するに身分上の利益相反するや否やを審理せずして利益相反せずと確定したるものなるが故に民事訴訟法第四百三十八条第三項に所謂法律に違背して事実を確定したるものと云はざるべからずと云ふに在り
按ずるに民法第八百八十八条に依れる親権を行ふ。
父又は母と其未成年の子と利益相反する行為に付ては父又は母は其子を代表することを得ず。
特別代理人をして之を代表せしむることを要するものとす。
面して同条に所謂利益とは単に財産上の利益のみを指称するにあらずして身分上の利益をも包含し又所謂利益相反する行為とは単に親権を行ふ。
父又は母と未成年の子とか各一方の当事者となりて其間に為す行為にして利益互に相反する場合のみに限るべきものにあらざることは当院の判例とする所にして(大正二年(オ)第一〇八号同年十月十五日当院判決)利益相反する行為なるや否やは専ら其行為自体に付て之を判断すべきものにして行為を為したる縁由を考慮すべきものにあらず。
故に親権を行ふ。
家族たる父が分家を為すに当り戸主たる其未成年の子を代表して与ふる同意の如きは同条に所謂利益相反する行為かりと謂はざるを得ず。
何となれば戸主が家族の分家を為すに付き同意を為すは民法第七百四十三条第一項に依り認められたる権利にして分家の結果は戸主権の範囲に大なる影響を及ぼすものなれば戸主が家族の分家に関し同意を与ふべきや否やは他人の掣肘を受けず自己独立の判断に依りて決せざるべからざる事項なりとす。
然るに分家を為さんとする親権者たる家族は分家の目的を達せん為め自己の利益を図るに急にして保護者として子の利益を顧るを得ざる虞あるものなれば其親権者は未成年の子の法定代理人としては公平且つ自由なる判断に依りて同意を与ふることを得ざるものと謂はざるを得ず。
即ち戸主たる未成年者と其同意を求むる親権者とは利益相反するの地位に在るものなればなり。
(前掲判決参照)原院は被上告人の親権者たりし亡長谷川嘉一が被上告人家より分家を為すに当り戸主たる未成年なる被上告人に代り自己の分家行為に同意を為したる事実を認め其分家を為したる所以は右嘉一が素行修らず常に遊里に流連し金銭を浪費し其遊興費に充つる為め被上告人所有の不動産を売却するが如き行為ありて其侭に放任せんか数年ならずして被上告人の財産は蕩尽せらるべき虞ありたるを以て親族等協議の上被上告人保護の為め右嘉一を分家せしめて親権を行ふこと能はさらしめ他より適当なる後見人を選ふの外なしとし嘉一に其旨を告げて分家を求めたるに嘉一は其申出を容れ分家を為すことを承認し本件の分家を為したるものなれば其分家行為は全然未成年者たる被上告人の利益のみに属するものなり。
従て之に対する同意も被上告人の利益のみに属するものなれば民法第八百八十八条に依り特別代理人を選任し之をして被上告人を代表し同意を与へしむることを要せざる旨を判断したり。
然りと雖も嘉一が被上告人の財産上の利益を図る為め分家を為したる事実は全く被上告人が分家に対し同意を為すの縁由たるに過ぎざるのみならず取法第八百八十八条に所謂利益とは財産上の利益のみならず身分上の利益をも指称すること前示の如くにして分家に対する同意が戸主家族間に於ける身分上の利益相反する行為なること叙上説明の如くなれば家族たる親権者嘉一が戸主たる未成年者被上告人を代表して其分家に同意したる行為は同条に趣旨に違背し其効なきものと謂はざるを得ず。
故に原院が嘉一が被上告人を代表して為したる分家の同意を有効なりとし。
従て嘉一の分家を有効なりと判断したるは民法第八百八十八条の規定を不当に適用したる不法あるものにして原判決の全部は破毀を免れざるものとす。
仍て上告論旨第三点に付ては判断の必要なきを以て其説明を省略す
原審に於て認められたる事実に依れば上告人は長谷川嘉一の子にして嘉一の分家を為したる後同人の死亡に因り其家督相続を為したるものなり。
而して嘉一の分家を為すに当り戸主たる被上告人は特別代理人に依らず親権者たる嘉一に依りて代表せられ其分家に同意を表したるにより其同意が無効なることは前説明の如くにして。
従て嘉一の分家は無効なれば同人死亡するも家督相続は開始するに由なく上告人は依然被上告人家に在りて其家族たるものと謂はざるを得ず。
然らば上告人(原告)の本訴請求は相当にして控訴は其理由ありとす。
仍て民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百五十一条第一号に依り原判決を破毀し且つ第一審判決を廃棄し訴訟費用に付ては同法第七十八条第一項第七十二条第一項を適用し主文の如く判決す