大正七年(ク)第百四十七號
大正七年七月三十一日第三民事部決定
◎決定要旨
- 一 民事訴訟法第三百五條第二項前段ノ規定ハ第一審裁判所ノ與ヘタル決定ナルト抗告裁判所ノ與ヘタル決定ナルトヲ問ハス適用スヘキモノトス
(參照)忌避ノ原因アリト宣言スル決定ニ對シテハ上訴ヲ爲スコトヲ得ス忌避ノ原因ナシト宣言スル決定ニ對シテハ即時抗告ヲ爲スコトヲ得(民事訴訟法第三百五條第二項)
右抗告人ハ證人忌避申請事件ノ決定ニ對スル抗告ニ付大阪控訴院カ大正七祉七月三日與ヘタル決定ニ對シ抗告ヲ爲シタリ依テ決定スルコト左ノ如シ
本件抗告ハ不適法トシテ棄却ス
理由
抗告論旨ハ抗告裁判所タル大阪控訴院カ原決定ヲ廢棄スルノ理由トシテ説示シタル所ハ「原告若クハ被告ハ相手方ト相手方ノ證人トカ親族ナル時ハ勿論同證人ト相手方ノ配偶者トカ親族ナル場合ト雖モ尚ホ之ヲ忌避スルコトヲ得ルハ民事訴訟法第二百九十七條第一號第三百三條ノ明定スル所赤リ云云」ト云フニ在リ然レトモ證人ヲ忌避シ得ヘキ場合等ニ關シ明定セル民事訴訟法第三百三條ハ忌避シ得ヘキ權利者ハ原告若クハ被告ノミニシテ忌避セラルヘキ證人ハ相手方ノ證人ニ限リ又忌避ノ原因タル第二百九十七條第一號乃至第三號ノ關係ハ唯相手方ト相手方ノ證人トノ間ニノミ存スル場合ニ限定シタルモノナルコト明文上一點ノ疑義ヲ許ササル所ナリ故ニ相手方ト相手方ノ證人トノ間ニ第二百九十七條第一號乃至第三號ノ關係存在スル場合ニハアラスシテ單ニ相手方ノ配偶者ト相手方ノ證人トノ間ニ第二百九十七條第一號乃至第三號ノ關係存在スルニ過キサル場合ニ於テハ相手方ノ證人ハ第二百九十七條第一號乃至第三號ノ規定ニ依リ證言拒絶ノ權利ヲ保有シ得ルニ止マリ訴訟ノ當事者タル原告若クハ被告ハ之カ爲ニ其證人ヲ忌避シ得ヘカラサルハ第三百三條ニ殊更ニ「相手方ト相手方ノ證人トノ間ニ第二百九十七條第一號乃至第三號ノ關係アルトキ」ト明規セルニ依リ動カス能ハサル所ナリ(岩田學士民事訴訟法原論上卷第五五四頁以下參照)從テ法條ノ適用亦第三百三條第二百九十七條ノ順序タルヘキハ右法條間ノ主從ノ關係ニ徴シ當然ノ事例ニ屬ス然ルニ抗告裁判所タル大阪控訴院ハ特ニ證人忌避ノ場合ヲ規定シタル主タル民事訴訟法第三百三條ノ明文ヲ無視シ相手方ノ配偶者ト證人トノ間ニ親族關係存スルトキハ亦擧證者ノ相手方ニ忌避ノ權限アリト爲シタルモノナレハ既ニ此點ニ於テ許スヘカラサル不法アルノミナラス更ニ同院ハ證人ノ證言拒絶ノ權利ニ付キ規定シタルニ過キサル從タル同法第二百九十七條ヲ以テ證人忌避ノ場合ヲモ規定シタル主要規定ノ最タルモノト獨斷シ本件證人ハ原告(再抗告人)ノ配偶者ト三親等ノ姻族即チ民法上ノ親族ナルカ故ニ同證人ハ第二百九十七條第一號ニヨリ證言拒絶ノ權利ヲ保有スルノミナルニ不拘同證人ニ證言拒絶ノ權利存スルカ故ニ擧證者ノ相手方タル被告(抗告人)ハ同法第三百三條ニ依リ同證人ヲ忌避スルコトヲ得可シト爲シタルモノナルモ證言拒絶ノ場合ハ常ニ證人忌避ノ場合ニ該當セサルコトハ前者ノ場合タル民事訴訟法第二百九十八條カ後者ノ場合ニ該當セサルニ因リ明白ナルヲ以テ即チ抗告裁判所ノ裁判ハ法規ノ明文ニ背反シ法條適用ノ順序ヲ轉倒シ且ツ截然區別セラルヘキ證人忌避ノ場合ト證言拒絶ノ場合トヲ彼此相混淆シタルノ違法アルヲ免レス而シテ本件再抗告ノ提起ハ民事訴訟法第四百五十六條第二項ノ規定ニ依リ適法ナルノミナラス(岩田學士原論上卷第八五一頁參照)本件抗告裁判所ノ裁判ニ對シ本再抗告ヲ爲シ得可キコトハ同法第三百五條第二項ノ明定スル所ナリ蓋(一)同條第二項前段ニ「忌避ノ原因アリト宣言ハル決定ニ對シテハ上訴ヲ爲スコトヲ得ス」トノ明定アルコト之主要ナル根據タリ何ントナレハ所謂上訴トハ當事者其他ノ訴訟關係人カ上級裁判所ニ對シ下級裁判所ノ爲シタル未確定ノ裁判ノ取消若クハ變更ヲ求ムル不服申立ヲ指稱シ(前掲原論上卷第七一四頁參照)從ツテ決定ニ對スル上訴トハ第一審裁判トシテノ決定ニ對スル抗告及第二審ノ裁判トシテノ決定ニ對スル再抗告(前掲原論上卷第八四九頁以下參照)ヲ指稱スルモノト解スヘキカ故ニ特ニ同條ニ所謂上訴ニハ第一審裁判トシテノ決定ニ對スル抗告ヲ包含セスト解スヘキ何等ノ根據モ存スル無シ然ラハ即チ同條ニ所謂上訴ヲ許可セサル忌避ノ原因アリト宣言スル決定トハ右ノ趣旨ヲ宣言スル第一審裁判トシテノ決定ヲ指稱スルカ故ニ本件ノ場合ニ於テ之ニ該當スル決定ハ大正七年六月二十日大阪地方裁判所カ爲シタル忌避ノ原因ナシトノ決定ニモ非ス又大正七年七月三日大阪控訴院カ爲シタル忌避ノ原因アリトノ決定ニモ非サルナリ即チ第三百五條第二項ノ規定ハ忌避ノ原因アリト宣言スル第一審決定ニ對シテハ絶對ニ上訴ヲ許サストノ趣旨ニシテ第一審決定カ忌避ノ原因ナシト宣言シタルニ反シ之ヲ廢棄シテ忌避ノ原因アリト宣言シタル第二審決定ニ對シテモ亦再抗告ヲ許サストノ趣旨ニハ非ス換言スレハ同條第二項ハ本件ノ場合ニハ適用ナシト解スヘキヲ以テナリ(二)加之同條第二項後段ニ於テハ「忌避ノ原因ナシト宣言スル決定ニ對シテハ即時抗告ヲ爲スコトヲ得」ト規定シタルコト亦本件再抗告カ法律上許スヘキモノナルコトノ一根據タルヲ失ハス蓋シ即時抗告ハ普通抗告ト共ニ第一審裁判タル決定ニ對スル不服申立方法タル抗告ニ屬シ右抗告ニ基キ抗告裁判所カ爲シタル第二審裁判タル決定ニ對スル不服申立方法タル再抗告ニハ屬セサルカ故ニ即時抗告ヲ以テ不服ヲ申立テラルヘキ所謂忌避ノ原因ナシト宣言スル決定トハ第一審裁判タル決定ヲ指稱スヘク從ツテ本件ノ場合ニ於テハ大正七年六月二十日大阪地方裁判所カ爲シタル忌避ノ原因ナシトノ決定カ之ニ該當スヘキハ多言ヲ要セサル所ナリ今同條第二項ノ規定ヲ閲スルニ前段ノ忌避ノ原因アリト宣言スル決定ハ後段ノ忌避ノ原因ナシト宣言スル決定ニ前段ノ上訴ハ後段ノ即時抗告ニ前段ノ爲スコトヲ得ストノ句ハ後段ノ爲スコトヲ得トノ句ニ彼此相對應スル關係ニ立ツカ故ニ即時抗告ヲ以テ不服ヲ申立テラルヘキ忌避ノ原因ナシト宣言スル後段ノ決定カ第一審裁判タル以上忌避ノ原因アリト宣言スル前段ノ決定モ亦均シク第一審裁判タルヘシト解スルハ如此特殊ナル辭句ノ配列關係ヨリ考覈シテ當然ニ到達スヘキ結論ナルヲ以テナリ(三)且又我民事訴訟法ニ於ケル上訴ナル文字ノ用例モ亦本件再抗告提起ニ付キ重要ナル法律上ノ根據タリ蓋シ訴訟法第三百九十九條第二項ハ控訴ノ取下ハ上訴權ヲ喪失スル結果ヲ生スト規定シタルヲ以テ控訴取下ノ效果ハ上訴權即チ控訴權及上告權ヲ喪失スト規定シタルカ如シ然レトモ同條ニ趣旨ハ單ニ一度適法ニ控訴ノ取下ヲ爲シタル當事者ハ再ヒ獨立シテ控訴ヲ提起シ得サル旨ヲ明定シタルニ過キスシテ控訴ノ取下ヲ爲シタル當事者ヲシテ更ニ將來上告ヲ爲スノ權利ヲモ喪失セシムル旨ヲ規定シタルモノニハ非ス何ントナレハ學説ニ於テモ同條第二項ノ所謂上訴權ヲ以テ控訴權ト解スルコト通説タルノミナラス(仁井田博士民事訴訟法要論中卷第八五〇頁及岩田學士原論上卷第七五三頁參照)明文ヨリ論ス扇モ未タ適法ナル上告ノ提起ナキニ不拘上告權ヲ喪失セシムルカ如キハ同法規定ノ精神ニ牴觸シ又控訴ノ取下ニ關スル同條カ同四百五十四條第二號ニヨリ上告ニ準用セラルルニヨリテモ(岩田學士原論上卷第八三〇頁及仁井田博士要論中卷第九三四頁參照)所謂上訴權カ上告權ヲ包含セサルコト疑ナキヲ以テナリ然ラハ即チ訴訟法第三百五條第二項ノ所謂上訴モ亦抗告ノミヲ指張シ再抗告ヲ包含セスト解スルハ我訴訟法ノ用例ニモ適合スル極メテ妥當ノ見解ナルヲ以テナリ若シ夫レ如上ノ見解ニ反シ第三百五條第二項ノ所謂上訴ヲ解シテ再抗告ヲ意味ストセンカ同條ニ所謂忌避ノ原因アリト宣言スル決定ハ抗告裁判所ノ決定タルヘキカ故ニ同條第二項前段ト後段トハ其辭句等ニ於テ之カ爲ニ殊更ニ對應セサルニ至ルノ不權衡ヲ生スルノミナラス之ニヨリテ同項ハ我訴訟法ノ用語例ニ背反シ且上訴制度規定ノ方針ニ牴觸スルノ不都合ヲ來タスヘシ何ントナレハ訴訟法ハ上訴ニ依リテ攻撃セラルヘキ裁判ハ上訴ノ種類ニヨリテ其審級ヲ特定シ(第三百九十六條第四百三十二條第四百五十五條第四百五十六條第二項)控訴ヲ以テ不服ヲ申立ツヘキ裁判ニ對シテハ上告ヲ以テ不服ヲ申立ツルコトヲ得ス又抗告ヲ以テ不服ヲ申立ツヘキ裁判ニ對シテハ再抗告ヲ以テ不服ヲ申立ツルコトヲ得ストナシタルカ故ニ第三百五條第二項ノ上訴ヲ解シテ抗告ナリトセンカ抗告セラルヘキ同項前段ノ忌避ノ原因アリト宣言スル決定ハ必スヤ第一審ノ裁判タラサルヘカラス若シ又右ノ上訴ヲ以テ再抗告ナリト解センカ再抗告セラルヘキ前記決定ハ必スヤ第二審以後ノ裁判タラサルヘカラス單一ナル忌避ノ原因アリト宣言スル決定ヲ解釋スルニ當リ同一項中ノ特殊對應ノ關係ニ立ツ前後兩段ノ辭句配列ヲ無視スルノミナラス上訴ナル文字ノ意義ヲ確定スルニ付キ殊更ニ訴訟法ノ用語例ニ背反シ同一決定ヲ以テ或ハ之ヲ第一審裁判ト爲シ或ハ之ヲ第二審裁判ナリト爲スカ如キハ強テ訴訟法ニ規定シタル上訴ニ關スル法條制定ノ精神ニ牴觸シ妄リニ法文ノ意義ヲ沒却セシメントスルモノニシテ承服シ難キヲ以テ也以上ノ理由ナルヲ以テ民事訴訟法第四百五十六條第二項同第三百五條第二項ニ依リ抗告裁判所タル大阪控訴院ノ決定ニ對シ茲ニ本再抗告ヲ提起シタル次第ナリ依テ原決定ヲ廢棄シ證人今井利右衛門ニ對スル被告ノ忌避申請ハ其原因ナシトノ裁判ヲ求ムト云フニ在リ
按スルニ證人忌避ノ原因アリト宣言シタル決定ニ對シテハ上訴ヲ許ササルコトハ民事訴訟法第三百五條第二項前段ニ規定スル所ナリ該規定ハ第一審裁判所ノ與ヘタル決定ナルト抗告裁判所ノ與ヘタル決定ナルトヲ問ハス適用スヘキモノナルコトハ同規定カ特ニ抗告裁判所ノ竹定ヲ除外シタル趣旨ノ看ルヘキナキニ依リテ明カナリトス故ニ第一審裁判所カ證人忌避ノ申請ヲ却下スル決定ヲ爲シ之ニ對スル抗告ニ付抗告裁判所カ忌避ノ原因アリトノ決定ヲ爲シタル場合ニ於テモ抗告裁判所ノ決定ニ對シテハ民事訴訟法第四百五十六條第二項ノ規定ニ準據シ更ニ抗告ヲ許スヘキモノニ非ス本件記録ヲ査閲スルニ第一審裁判所ノ口頭辯論ニ於テ原告西村寅吉ノ申請シタル證人今井利右衛門ニ付被告東山重藏ハ之ヲ忌避スル申請ヲ爲シ同裁判所ハ其申請ヲ却下スル決定ヲ爲シ同被告ハ右決定ニ對シテ原院ニ抗告ヲ申立テタルニ原院ハ忌避ノ原因アリトノ決定ヲ爲シタルモノナレハ之ヲ不服トスル本件再抗告ハ前示ノ理由ニ依リ之ヲ許スヘキモノニ非ストス依テ他ノ抗告論旨ニ付説明ヲ與ヘス民事訴訟法第四百六十三條第二項ノ規定ニ從ヒ本件抗告ハ不適法トシテ棄却スヘキモノト決定ス
大正七年(ク)第百四十七号
大正七年七月三十一日第三民事部決定
◎決定要旨
- 一 民事訴訟法第三百五条第二項前段の規定は第一審裁判所の与へたる決定なると抗告裁判所の与へたる決定なるとを問はず適用すべきものとす。
(参照)忌避の原因ありと宣言する決定に対しては上訴を為すことを得ず。
忌避の原因なしと宣言する決定に対しては即時抗告を為すことを得。
(民事訴訟法第三百五条第二項)
右抗告人は証人忌避申請事件の決定に対する抗告に付、大坂控訴院が大正七祉七月三日与へたる決定に対し抗告を為したり。
依て決定すること左の如し
本件抗告は不適法として棄却す
理由
抗告論旨は抗告裁判所たる大坂控訴院が原決定を廃棄するの理由として説示したる所は「原告若くは被告は相手方と相手方の証人とか親族なる時は勿論同証人と相手方の配偶者とか親族なる場合と雖も尚ほ之を忌避することを得るは民事訴訟法第二百九十七条第一号第三百三条の明定する所赤り云云」と云ふに在り。
然れども証人を忌避し得べき場合等に関し明定せる民事訴訟法第三百三条は忌避し得べき権利者は原告若くは被告のみにして忌避せらるべき証人は相手方の証人に限り又忌避の原因たる第二百九十七条第一号乃至第三号の関係は唯相手方と相手方の証人との間にのみ存する場合に限定したるものなること明文上一点の疑義を許さざる所なり。
故に相手方と相手方の証人との間に第二百九十七条第一号乃至第三号の関係存在する場合にはあらずして単に相手方の配偶者と相手方の証人との間に第二百九十七条第一号乃至第三号の関係存在するに過ぎざる場合に於ては相手方の証人は第二百九十七条第一号乃至第三号の規定に依り証言拒絶の権利を保有し得るに止まり訴訟の当事者たる原告若くは被告は之が為に其証人を忌避し得べからざるは第三百三条に殊更に「相手方と相手方の証人との間に第二百九十七条第一号乃至第三号の関係あるとき」と明規せるに依り動かず能はざる所なり。
(岩田学士民事訴訟法原論上巻第五五四頁以下参照)。
従て法条の適用亦第三百三条第二百九十七条の順序たるべきは右法条間の主従の関係に徴し当然の事例に属す。
然るに抗告裁判所たる大坂控訴院は特に証人忌避の場合を規定したる主たる民事訴訟法第三百三条の明文を無視し相手方の配偶者と証人との間に親族関係存するときは亦挙証者の相手方に忌避の権限ありと為したるものなれば既に此点に於て許すべからざる不法あるのみならず更に同院は証人の証言拒絶の権利に付き規定したるに過ぎざる従たる同法第二百九十七条を以て証人忌避の場合をも規定したる主要規定の最たるものと独断し本件証人は原告(再抗告人)の配偶者と三親等の姻族即ち民法上の親族なるが故に同証人は第二百九十七条第一号により証言拒絶の権利を保有するのみなるに不拘同証人に証言拒絶の権利存するが故に挙証者の相手方たる被告(抗告人)は同法第三百三条に依り同証人を忌避することを得。
可しと為したるものなるも証言拒絶の場合は常に証人忌避の場合に該当せざることは前者の場合たる民事訴訟法第二百九十八条が後者の場合に該当せざるに因り明白なるを以て、即ち抗告裁判所の裁判は法規の明文に背反し法条適用の順序を転倒し且つ截然区別せらるべき証人忌避の場合と証言拒絶の場合とを彼此相混淆したるの違法あるを免れず。
而して本件再抗告の提起は民事訴訟法第四百五十六条第二項の規定に依り適法なるのみならず(岩田学士原論上巻第八五一頁参照)本件抗告裁判所の裁判に対し本再抗告を為し得可きことは同法第三百五条第二項の明定する所なり。
蓋(一)同条第二項前段に「忌避の原因ありと宣言はる決定に対しては上訴を為すことを得ず。」との明定あること之主要なる根拠たり何んとなれば所謂上訴とは当事者其他の訴訟関係人が上級裁判所に対し下級裁判所の為したる未確定の裁判の取消若くは変更を求むる不服申立を指称し(前掲原論上巻第七一四頁参照)従って決定に対する上訴とは第一審裁判としての決定に対する抗告及第二審の裁判としての決定に対する再抗告(前掲原論上巻第八四九頁以下参照)を指称するものと解すべきが故に特に同条に所謂上訴には第一審裁判としての決定に対する抗告を包含せずと解すべき何等の根拠も存する無し然らば、即ち同条に所謂上訴を許可せざる忌避の原因ありと宣言する決定とは右の趣旨を宣言する第一審裁判としての決定を指称するが故に本件の場合に於て之に該当する決定は大正七年六月二十日大坂地方裁判所が為したる忌避の原因なしとの決定にも非ず又大正七年七月三日大坂控訴院が為したる忌避の原因ありとの決定にも非ざるなり。
即ち第三百五条第二項の規定は忌避の原因ありと宣言する第一審決定に対しては絶対に上訴を許さずとの趣旨にして第一審決定が忌避の原因なしと宣言したるに反し之を廃棄して忌避の原因ありと宣言したる第二審決定に対しても亦再抗告を許さずとの趣旨には非ず換言すれば同条第二項は本件の場合には適用なしと解すべきを以てなり。
(二)加之同条第二項後段に於ては「忌避の原因なしと宣言する決定に対しては即時抗告を為すことを得。」と規定したること亦本件再抗告が法律上許すべきものなることの一根拠たるを失はず蓋し即時抗告は普通抗告と共に第一審裁判たる決定に対する不服申立方法たる抗告に属し右抗告に基き抗告裁判所が為したる第二審裁判たる決定に対する不服申立方法たる再抗告には属せざるが故に即時抗告を以て不服を申立てらるべき所謂忌避の原因なしと宣言する決定とは第一審裁判たる決定を指称すべく従って本件の場合に於ては大正七年六月二十日大坂地方裁判所が為したる忌避の原因なしとの決定が之に該当すべきは多言を要せざる所なり。
今同条第二項の規定を閲するに前段の忌避の原因ありと宣言する決定は後段の忌避の原因なしと宣言する決定に前段の上訴は後段の即時抗告に前段の為すことを得ずとの句は後段の為すことを得との句に彼此相対応する関係に立つか故に即時抗告を以て不服を申立てらるべき忌避の原因なしと宣言する後段の決定が第一審裁判たる以上忌避の原因ありと宣言する前段の決定も亦均しく第一審裁判たるべしと解するは如此特殊なる辞句の配列関係より考覈して当然に到達すべき結論なるを以てなり。
(三)、且、又我民事訴訟法に於ける上訴なる文字の用例も亦本件再抗告提起に付き重要なる法律上の根拠たり蓋し訴訟法第三百九十九条第二項は控訴の取下は上訴権を喪失する結果を生ずと規定したるを以て控訴取下の効果は上訴権即ち控訴権及上告権を喪失すと規定したるが如し。
然れども同条に趣旨は単に一度適法に控訴の取下を為したる当事者は再ひ独立して控訴を提起し得ざる旨を明定したるに過ぎずして控訴の取下を為したる当事者をして更に将来上告を為すの権利をも喪失せしむる旨を規定したるものには非ず何んとなれば学説に於ても同条第二項の所謂上訴権を以て控訴権と解すること通説たるのみならず(仁井田博士民事訴訟法要論中巻第八五〇頁及岩田学士原論上巻第七五三頁参照)明文より論す扇も未だ適法なる上告の提起なきに不拘上告権を喪失せしむるが如きは同法規定の精神に牴触し又控訴の取下に関する同条が同四百五十四条第二号により上告に準用せらるるによりても(岩田学士原論上巻第八三〇頁及仁井田博士要論中巻第九三四頁参照)所謂上訴権が上告権を包含せざること疑なきを以てなり。
然らば、即ち訴訟法第三百五条第二項の所謂上訴も亦抗告のみを指張し再抗告を包含せずと解するは我訴訟法の用例にも適合する極めて妥当の見解なるを以てなり。
若し夫れ如上の見解に反し第三百五条第二項の所謂上訴を解して再抗告を意味すとせんか同条に所謂忌避の原因ありと宣言する決定は抗告裁判所の決定たるべきが故に同条第二項前段と後段とは其辞句等に於て之が為に殊更に対応せざるに至るの不権衡を生ずるのみならず之によりて同項は我訴訟法の用語例に背反し、且、上訴制度規定の方針に牴触するの不都合を来たずべし何んとなれば訴訟法は上訴に依りて攻撃せらるべき裁判は上訴の種類によりて其審級を特定し(第三百九十六条第四百三十二条第四百五十五条第四百五十六条第二項)控訴を以て不服を申立つべき裁判に対しては上告を以て不服を申立つることを得ず。
又抗告を以て不服を申立つべき裁判に対しては再抗告を以て不服を申立つることを得ずとなしたるが故に第三百五条第二項の上訴を解して抗告なりとせんか抗告せらるべき同項前段の忌避の原因ありと宣言する決定は必ずや第一審の裁判たらざるべからず。
若し又右の上訴を以て再抗告なりと解せんか再抗告せらるべき前記決定は必ずや第二審以後の裁判たらざるべからず。
単一なる忌避の原因ありと宣言する決定を解釈するに当り同一項中の特殊対応の関係に立つ前後両段の辞句配列を無視するのみならず上訴なる文字の意義を確定するに付き殊更に訴訟法の用語例に背反し同一決定を以て或は之を第一審裁判と為し或は之を第二審裁判なりと為すが如きは強で訴訟法に規定したる上訴に関する法条制定の精神に牴触し妄りに法文の意義を没却せしめんとするものにして承服し難きを以て也以上の理由なるを以て民事訴訟法第四百五十六条第二項同第三百五条第二項に依り抗告裁判所たる大坂控訴院の決定に対し茲に本再抗告を提起したる次第なり。
依て原決定を廃棄し証人今井利右衛門に対する被告の忌避申請は其原因なしとの裁判を求むと云ふに在り
按ずるに証人忌避の原因ありと宣言したる決定に対しては上訴を許さざることは民事訴訟法第三百五条第二項前段に規定する所なり。
該規定は第一審裁判所の与へたる決定なると抗告裁判所の与へたる決定なるとを問はず適用すべきものなることは同規定が特に抗告裁判所の竹定を除外したる趣旨の看るべきなきに依りて明かなりとす。
故に第一審裁判所が証人忌避の申請を却下する決定を為し之に対する抗告に付、抗告裁判所が忌避の原因ありとの決定を為したる場合に於ても抗告裁判所の決定に対しては民事訴訟法第四百五十六条第二項の規定に準拠し更に抗告を許すべきものに非ず本件記録を査閲するに第一審裁判所の口頭弁論に於て原告西村寅吉の申請したる証人今井利右衛門に付、被告東山重蔵は之を忌避する申請を為し同裁判所は其申請を却下する決定を為し同被告は右決定に対して原院に抗告を申立てたるに原院は忌避の原因ありとの決定を為したるものなれば之を不服とする本件再抗告は前示の理由に依り之を許すべきものに非ずとす。
依て他の抗告論旨に付、説明を与へず民事訴訟法第四百六十三条第二項の規定に従ひ本件抗告は不適法として棄却すべきものと決定す