大正七年(オ)第三百三十九號
大正七年五月八日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 株金拂込取扱銀行ノ支店長カ株式引受人ヨリ拂込ナキニ拘ハラス拂込アリタル旨ノ虚僞ノ報告ヲ爲シタルトキハ會社發起人ハ之ニ依リ株金拂込アリタルモノト信シ創立總會ヲ招集スヘク會社成立後ハ取締役モ亦之ヲ信シテ拂込ヲ爲ササリシ株式引受人ニ對シ拂込ヲ爲サシムル手續ヲ爲ササルニ至ルヘキヲ以テ之カ爲メニ會社ニ損害ヲ生シタルトキハ斯ル虚僞ノ報告ヲ爲シタル者ニ於テ其損害ヲ賠償スヘキ責任アルモノトス(判旨第二點)
- 一 檢査役又ハ發起人カ其責ニ任スルハ各其資格ニ基ク義務ヲ盡ササルカ爲メニシテ之ト關係ナキ株金拂込取扱ニ付キ不法行爲ヲ爲シタル者ノ責任ハ檢査役又ハ發起人カ責任ヲ負フニ因リ消滅スルモノニ非ス(判旨第三點)
上告人 海東元貞
被上告人 取手電燈株式會社
法律上代理人 染野壬之助
右當事者間ノ損害賠償請求事件ニ付東京控訴院カ大正七年二月四日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ原判決ハ「檢査役ハ商法第百二十九條ノ拂込アリタルヤ否ヤヲ調査シ之ヲ創立總會ニ報告スルニ當リ毫モ其實状ヲ調査スルコトナク株金拂込取扱銀行ナル被控訴會社ノ支配人タル被控訴人元貞カ拂込アリタルカ如ク裝ヒ作成シタル虚僞ノ拂込濟證ヲ漫然眞實ノモノトシテ採用シ之ヲ創立總會ニ報告シ創立總會ヲ終結セシメ控訴會社ヲシテ前記損害ヲ蒙ラシムルニ至リタル爲メ檢査役ハ勿論發起人ニモ會社ニ對スル損害賠償ノ責任ヲ生スルモノトスルモ被控訴人元貞ノ行爲モ亦共ニ其原因ヲ爲スモノナレハ同人モ亦其賠償ノ責ニ任スヘク發起人等ニ責任アルノ故ニ被控訴人元貞ノ責任カ消滅スルノ理由ナキニヨリ右抗辯モ亦其理由ナシ」ト説明シ上告人ノ抗辯ヲ排斥セラレタレトモ上告人ノ原審ニ於テ主張シタル所ハ檢査役ハ現實ニ全部ノ拂込アリタルヤ否ヤニ付キ實質上ノ調査ヲ爲スヘキモノニシテ單ニ拂込濟證ノ形式書類ノミニヨリ調査スヘキモノニアラス故ニ右拂込濟證ニ株金拂込アリタル旨ノ記載アリタルトスルモ實質上ノ調査ヲ爲スニ於テハ其拂込ナカリシコトヲ發見シ得ヘカリシモノナレハ發起人等カ之ニ對スル責任アルハ格別被控訴人等カ控訴會社ニ對シテ損害賠償ノ責任ヲ負フヘキ義務ナシト云フニ在レハ抗辯ノ歸著スル所ハ本件ノ拂込濟證ノ虚僞ナルコトハ檢査役ノ檢査ヲ確實ナラシムヘキ唯一ニシテ且必然的ナル材料ニ非ス從テ檢査役カ相當ノ注意ヲ用ヒテ實質上ノ調査ヲ爲スニ於テハ拂込濟證ノ虚僞ナルコトハ直ニ發見セラレ會社ニ對シ何等損害ノ生スヘキ筈ナシ即チ虚僞ノ株金拂込濟證ハ檢査役ヲ過誤ニ陷ラシムルコトアルヘキモ斯ノ如キハ檢査役ニ於テ相當ノ注意ヲ用ヒ職責ヲ盡ササルヨリ生スルモノナレハ決シテ本件ノ損害ヲ生セシムヘキ直接原因ニ非スト云フ趣旨ニ外ナラス然ルニ原判決ハ此點ニ關スル判斷ヲ爲サスシテ上告人モ亦賠償ノ責ニ任スヘキモノト爲シタルハ重要ナル爭點ニ對スル判斷ノ遺脱アルト共ニ理由不備ノ裁判ナリト思料スト謂フニ在リ
然レトモ原判決事實摘示ニ依ルニ上告人ノ抗辯ハ「檢査役カ右株金ノ拂込アリタルヤ否ヤヲ調査スルニ當リテハ現實ニ全部ノ拂込アリタルヤ否ヤニ付キ實質上ノ調査ヲ爲スヘキモノニシテ單ニ拂込濟證ノ形式書類ノミニヨリ調査スヘキモノニアラス故ニ右拂込濟證ニ株金拂込アリタル旨ノ記載アリタリトスルモ實質上ノ調査ヲ爲スニ於テハ其拂込ナカリシコトヲ發見シ得ヘカリシモノナレハ發起人等カ之ニ對スル責任アルハ格別被控訴人等カ控訴會社ニ對シテ損害賠償ノ責任ヲ負フヘキ義務ナシ」トアリテ其趣旨トスル所ハ檢査役又ハ發起人カ本件損害ニ付キ責任アルモノニシテ上告人ニ責任ナシト謂フニ在ルヲ以テ原判決カ「檢査役ハ勿論發起人ニモ會社ニ對スル損害賠償ノ責任ヲ生スルモノトスルモ被控訴人元貞ノ行爲モ亦共ニ其原因ヲ爲スモノナレハ同人モ亦其賠償ノ責ニ任スヘク」ト判示シタル以上上告人ノ抗辯ニ付キ判斷シタルモノナレハ所論ノ如キ違法ナシ從テ論旨理由ナシ
同第二點ハ原判決ニ於テハ「結局控訴會社カ右株金ノ拂込ヲ受クルコトヲ得サルニ至リタル爲メ蒙リタル損害ハ被控訴人東海元貞カ岩瀬茂夫ト共謀ノ上虚僞ノ株金拂込濟證ノ作成シ之ヲ控訴會社發起人ニ交付シタル不法行爲ノ結果ニ外ナラサルヲ以テ被控訴人元貞ハ右損害ノ賠償ヲ爲スヘキ義務アルハ勿論ナリトス」ト判示セラレタリト雖モ株金拂込濟證ハ形式證券ニ非スシテ常ニ其實質ノ審査ヲ經テ始メテ效力ヲ生スヘキ一種ノ説明書ニ過キス故ニ會社ノ發起人カ其職責ニ伴フ當然ノ注意ヲ用ヒタル場合ニ於テハ株金拂込濟證ノ虚僞ナリヤ否ヤハ直チニ發見シ得ラルヘキモノナリ故ニ株金拂込濟證ノ交付ノ一事ハ未タ以テ發起人ノ責任ヲ免脱シテ直接ニ證書作成者ノ會社ニ對スル責任ヲ惹起スヘキ筋合ノモノニアラス何トナレハ虚僞ノ株金拂込證ヲ作成シテ之ヲ發起人ニ交付シタル行爲ハ直接ニ被上告人會社ノ本件損害ヲ發生スル原因ニアラサレハナリ然ルニ原判決カ上告人ニ直ニ損害賠償責任アリト説明シタルハ理由不備ナリト謂フニ在リ
然レトモ原判決ノ確定セル事實ニ依レハ上告人カ支店長タル株式會社土浦五十銀行取手支店ハ被上告會社ノ株金拂込取扱銀行タリシニ上告人ハ支店長トシテ株式引受人ヨリ拂込ナキニ拘ラス拂込アリタルモノノ如ク虚僞ノ拂込濟證ヲ作成シテ之ヲ被上告會社發起人ニ交付シタルモノトス而シテ斯ル株金拂込取扱銀行ナ株式引受人ヨリ拂込アリタル旨ノ報告ヲ爲シタルトキハ會社發起人ハ之ニ依リ株金拂込アリタルモノト信シ創立總會ヲ招集スヘク會社成立後ハ取締役モ亦之ヲ信シテ拂込ヲ爲ササリシ株式引受人ニ對シ拂込ヲ爲サシムル手續ヲ爲ササルニ至ルヘキヲ以テ之ヲ爲メニ會社ニ損害ヲ生シタルトキハ斯ル虚僞ノ報告ヲ爲シタル者ハ其損害ヲ賠償スヘキ責任アルハ當然ニシテ原判決ハ「前記創立總會ノ當時ニ於テハ岩瀬茂夫ニ相當ノ資産信用ヲ有シ右引受ニ係ル四百株ノ第一囘株金拂込ヲ爲シ得ヘカリシモ今日ニ於テハ全ク無資力ト爲リ控訴會社ニ於テ右株金ノ拂込ヲ受クルコト能ハサルノ状態ニ立至リタルコトヲ認メ得ルヲ以テ結局控訴會社カ右株金ノ拂込ヲ受クルコト能ハサルニ至リタル爲メ蒙リタル損害ハ被控訴人海東元貞カ岩瀬茂夫ト共謀ノ上虚僞ノ株金拂込證ヲ作成シ之ヲ被控會社發起人ニ交付リタル不法行爲ノ結果ニ外ナラサル」旨判示セルヲ以テ毫モ所論ノ如ク理由ニ缺クル所ナシ故ニ論旨理由ナシ(判旨第二點)
同第三點ハ假リニ上告人ノ拂込濟證作成ノ行爲ト本件損害トノ間ニ因果ノ關係アリトスルモ被上告人會社ノ發起人又ハ檢査役ノ行爲ヲ經由シテ然ル後ニ原因トナリ結果トナルモノニシテ直接ノ因果關係ニ非ス故ニ發起人又ハ檢査役ニ過失アル場合ニ於テハ上告人ノ因果關係ハ此直接ナル連鎖ノ介在ニ由リテ中斷セラルルコトトナリ過失ノ責任ハ結局被上告人會社ニ歸スヘキモノナレハ上告人ニ賠償ノ責任ナキコトトナルヘシ殊ニ被上告人會社ノ發起人又ハ檢査役等ノ過失ノ有無ハ民法第七百二十二條第二項ノ適用ヲ爲スヘキ場合アルノミナラス商法第百四十二條ノ二ノ適用アルヘキヲ以テ右發起人等ノ過失ノ存否ヲ確定スルハ上告人ノ責任ノ範圍ヲ定ムル上ニ於テ洵ニ重大ナル然ルニ原判決ハ「檢査役ハ勿論發起人ニモ會社ニ對スル損害賠償ノ責任ヲ生スルモノトスルモ中畧發起人等ニ責任アルノ故ニ被控訴人元貞ノ責任カ消滅スルノ理由ナシ」ト説明シ敢テ發起人等ノ過失(被上告人會社ノ過失)ノ存否ヲ確定セス上告人ノ防禦ヲ斥ケタルハ法則ニ違背シテ事實ヲ確定シタル違法アルト共ニ理由不備ノ裁判ナリト思料スト謂フニ在リ
然レトモ檢査役又ハ發起人カ其責ニ任スルハ各其資格ニ基ク義務ヲ盡ササルカ爲メニシテ上告人カ責任ヲ負擔スルハ之ト關係ナキ株金拂込取扱ニ付キ爲シタル不法行爲ニ基クモノナレハ檢査役又ハ發起人カ責任ヲ負フカ爲メニ上告人ノ責任消滅スヘキモノニアラス左レハ原判決ノ判示ハ正當トス而シテ本件ニ在リテハ上告人カ虚僞ノ株金拂込アリタル旨ノ報告書ヲ作成シテ之ヲ被上告會社發起人ニ交付シタル上告人ノ詐欺ノ行爲ニ因リ被上告會社ニ損害ヲ生セシメタルモノナレハ本件ニ民法第七百二十二條第二項ヲ適用スヘキ餘地アルモノニ非ス從テ原審判決カ被上告會社ノ發起人等ノ過失ノ有無ヲ判定スルノ必要ナキモノトス故ニ本論旨ハ理由ナシ(判旨第三點)
同第四點ハ原判決ハ被上告會社ノ請求セル損害額ヲ相當ナリト認定セルモ元來被上告會社ハ其引受人ノ第一囘拂込ナキ場合ニ在テハ商法第百三十六條等ニ依リ其損害ヲ補填スルコトヲ得ルモノナルニ由リ此手續ヲ經サル間ニ在リテハ被上告會社ノ損害ハ未定ナリト云ハサルヲ得ス尤モ此點ニ就テハ上告人ハ原審ニ於テ何等ノ抗辯ヲ爲サスト雖モ本來商法第百三十六條ノ規定ハ資本充實ニ關スル公益規定ナルヲ以テ裁判所ノ職權上調査スヘキ規定ナリトス從テ此規定ヲ無視シテ被上告會社ノ主張スル損害額ヲ正當ト判定シタル原判決ハ法則ニ違背シテ事實ヲ認定シタル違法アリト思料スト謂フニ在リ
然レトモ商法第百三十六條ノ規定ニ依ル發起人ノ株金拂込ノ責任ト本件上告人ノ損害賠償ノ責任トハ其責任ノ因テ生スル法律關係ヲ異ニスルヲ以テ被上告會社ニ於テ發起人ニ對シ拂込ヲ爲サシメサリシトスルモ被上告會社ノ損害額定マラサルモノト謂フヲ得ス從テ原判決カ同條ノ規定ヲ顧ミス被上告會社主張ノ損害額ニ付キ上告人ノ責任ヲ認メタルハ正當ニシテ所論ノ如キ違法ナシ故ニ論旨ハ之ヲ採用スヘカラサルモノトス
仍テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ從ヒ主文ノ如ク判決ス
大正七年(オ)第三百三十九号
大正七年五月八日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 株金払込取扱銀行の支店長が株式引受人より払込なきに拘はらず払込ありたる旨の虚偽の報告を為したるときは会社発起人は之に依り株金払込ありたるものと信じ創立総会を招集すべく会社成立後は取締役も亦之を信じて払込を為さざりし株式引受人に対し払込を為さしむる手続を為さざるに至るべきを以て之が為めに会社に損害を生じたるときは斯る虚偽の報告を為したる者に於て其損害を賠償すべき責任あるものとす。
(判旨第二点)
- 一 検査役又は発起人が其責に任ずるは各其資格に基く義務を尽さざるか為めにして之と関係なき株金払込取扱に付き不法行為を為したる者の責任は検査役又は発起人が責任を負ふに因り消滅するものに非ず(判旨第三点)
上告人 海東元貞
被上告人 取手電灯株式会社
法律上代理人 染野壬之助
右当事者間の損害賠償請求事件に付、東京控訴院が大正七年二月四日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は原判決は「検査役は商法第百二十九条の払込ありたるや否やを調査し之を創立総会に報告するに当り毫も其実状を調査することなく株金払込取扱銀行なる被控訴会社の支配人たる被控訴人元貞が払込ありたるが如く装ひ作成したる虚偽の払込済証を漫然真実のものとして採用し之を創立総会に報告し創立総会を終結せしめ控訴会社をして前記損害を蒙らしむるに至りたる為め検査役は勿論発起人にも会社に対する損害賠償の責任を生ずるものとするも被控訴人元貞の行為も亦共に其原因を為すものなれば同人も亦其賠償の責に任ずべく発起人等に責任あるの故に被控訴人元貞の責任が消滅するの理由なきにより右抗弁も亦其理由なし。」と説明し上告人の抗弁を排斥せられたれども上告人の原審に於て主張したる所は検査役は現実に全部の払込ありたるや否やに付き実質上の調査を為すべきものにして単に払込済証の形式書類のみにより調査すべきものにあらず。
故に右払込済証に株金払込ありたる旨の記載ありたるとするも実質上の調査を為すに於ては其払込なかりしことを発見し得べかりしものなれば発起人等が之に対する責任あるは格別被控訴人等が控訴会社に対して損害賠償の責任を負ふべき義務なしと云ふに在れば抗弁の帰著する所は本件の払込済証の虚偽なることは検査役の検査を確実ならしむべき唯一にして、且、必然的なる材料に非ず。
従て検査役が相当の注意を用ひて実質上の調査を為すに於ては払込済証の虚偽なることは直に発見せられ会社に対し何等損害の生ずべき筈なし。
即ち虚偽の株金払込済証は検査役を過誤に陥らしむることあるべきも斯の如きは検査役に於て相当の注意を用ひ職責を尽さざるより生ずるものなれば決して本件の損害を生ぜしむべき直接原因に非ずと云ふ趣旨に外ならず。
然るに原判決は此点に関する判断を為さずして上告人も亦賠償の責に任ずべきものと為したるは重要なる争点に対する判断の遺脱あると共に理由不備の裁判なりと思料すと謂ふに在り
然れども原判決事実摘示に依るに上告人の抗弁は「検査役が右株金の払込ありたるや否やを調査するに当りては現実に全部の払込ありたるや否やに付き実質上の調査を為すべきものにして単に払込済証の形式書類のみにより調査すべきものにあらず。
故に右払込済証に株金払込ありたる旨の記載ありたりとするも実質上の調査を為すに於ては其払込なかりしことを発見し得べかりしものなれば発起人等が之に対する責任あるは格別被控訴人等が控訴会社に対して損害賠償の責任を負ふべき義務なし。」とありて其趣旨とする所は検査役又は発起人が本件損害に付き責任あるものにして上告人に責任なしと謂ふに在るを以て原判決が「検査役は勿論発起人にも会社に対する損害賠償の責任を生ずるものとするも被控訴人元貞の行為も亦共に其原因を為すものなれば同人も亦其賠償の責に任ずべく」と判示したる以上上告人の抗弁に付き判断したるものなれば所論の如き違法なし。
従て論旨理由なし。
同第二点は原判決に於ては「結局控訴会社が右株金の払込を受くることを得ざるに至りたる為め蒙りたる損害は被控訴人東海元貞が岩瀬茂夫と共謀の上虚偽の株金払込済証の作成し之を控訴会社発起人に交付したる不法行為の結果に外ならざるを以て被控訴人元貞は右損害の賠償を為すべき義務あるは勿論なりとす。」と判示せられたりと雖も株金払込済証は形式証券に非ずして常に其実質の審査を経で始めて効力を生ずべき一種の説明書に過ぎず。
故に会社の発起人が其職責に伴ふ当然の注意を用ひたる場合に於ては株金払込済証の虚偽なりや否やは直ちに発見し得らるべきものなり。
故に株金払込済証の交付の一事は未だ以て発起人の責任を免脱して直接に証書作成者の会社に対する責任を惹起すべき筋合のものにあらず。
何となれば虚偽の株金払込証を作成して之を発起人に交付したる行為は直接に被上告人会社の本件損害を発生する原因にあらざればなり。
然るに原判決が上告人に直に損害賠償責任ありと説明したるは理由不備なりと謂ふに在り
然れども原判決の確定せる事実に依れば上告人が支店長たる株式会社土浦五十銀行取手支店は被上告会社の株金払込取扱銀行たりしに上告人は支店長として株式引受人より払込なきに拘らず払込ありたるものの如く虚偽の払込済証を作成して之を被上告会社発起人に交付したるものとす。
而して斯る株金払込取扱銀行な株式引受人より払込ありたる旨の報告を為したるときは会社発起人は之に依り株金払込ありたるものと信じ創立総会を招集すべく会社成立後は取締役も亦之を信じて払込を為さざりし株式引受人に対し払込を為さしむる手続を為さざるに至るべきを以て之を為めに会社に損害を生じたるときは斯る虚偽の報告を為したる者は其損害を賠償すべき責任あるは当然にして原判決は「前記創立総会の当時に於ては岩瀬茂夫に相当の資産信用を有し右引受に係る四百株の第一回株金払込を為し得べかりしも今日に於ては全く無資力と為り控訴会社に於て右株金の払込を受くること能はざるの状態に立至りたることを認め得るを以て結局控訴会社が右株金の払込を受くること能はざるに至りたる為め蒙りたる損害は被控訴人海東元貞が岩瀬茂夫と共謀の上虚偽の株金払込証を作成し之を被控会社発起人に交付りたる不法行為の結果に外ならざる」旨判示せるを以て毫も所論の如く理由に欠くる所なし。
故に論旨理由なし。
(判旨第二点)
同第三点は仮りに上告人の払込済証作成の行為と本件損害との間に因果の関係ありとするも被上告人会社の発起人又は検査役の行為を経由して然る後に原因となり結果となるものにして直接の因果関係に非ず。
故に発起人又は検査役に過失ある場合に於ては上告人の因果関係は此直接なる連鎖の介在に由りて中断せらるることとなり過失の責任は結局被上告人会社に帰すべきものなれば上告人に賠償の責任なきこととなるべし殊に被上告人会社の発起人又は検査役等の過失の有無は民法第七百二十二条第二項の適用を為すべき場合あるのみならず商法第百四十二条の二の適用あるべきを以て右発起人等の過失の存否を確定するは上告人の責任の範囲を定むる上に於て洵に重大なる然るに原判決は「検査役は勿論発起人にも会社に対する損害賠償の責任を生ずるものとするも中略発起人等に責任あるの故に被控訴人元貞の責任が消滅するの理由なし。」と説明し敢て発起人等の過失(被上告人会社の過失)の存否を確定せず上告人の防禦を斥けたるは法則に違背して事実を確定したる違法あると共に理由不備の裁判なりと思料すと謂ふに在り
然れども検査役又は発起人が其責に任ずるは各其資格に基く義務を尽さざるか為めにして上告人が責任を負担するは之と関係なき株金払込取扱に付き為したる不法行為に基くものなれば検査役又は発起人が責任を負ふか為めに上告人の責任消滅すべきものにあらず。
左れば原判決の判示は正当とす。
而して本件に在りては上告人が虚偽の株金払込ありたる旨の報告書を作成して之を被上告会社発起人に交付したる上告人の詐欺の行為に因り被上告会社に損害を生ぜしめたるものなれば本件に民法第七百二十二条第二項を適用すべき余地あるものに非ず。
従て原審判決が被上告会社の発起人等の過失の有無を判定するの必要なきものとす。
故に本論旨は理由なし。
(判旨第三点)
同第四点は原判決は被上告会社の請求せる損害額を相当なりと認定せるも元来被上告会社は其引受人の第一回払込なき場合に在ては商法第百三十六条等に依り其損害を補填することを得るものなるに由り此手続を経さる間に在りては被上告会社の損害は未定なりと云はざるを得ず。
尤も此点に就ては上告人は原審に於て何等の抗弁を為さずと雖も本来商法第百三十六条の規定は資本充実に関する公益規定なるを以て裁判所の職権上調査すべき規定なりとす。
従て此規定を無視して被上告会社の主張する損害額を正当と判定したる原判決は法則に違背して事実を認定したる違法ありと思料すと謂ふに在り
然れども商法第百三十六条の規定に依る発起人の株金払込の責任と本件上告人の損害賠償の責任とは其責任の因で生ずる法律関係を異にするを以て被上告会社に於て発起人に対し払込を為さしめざりしとするも被上告会社の損害額定まらざるものと謂ふを得ず。
従て原判決が同条の規定を顧みず被上告会社主張の損害額に付き上告人の責任を認めたるは正当にして所論の如き違法なし。
故に論旨は之を採用すべからざるものとす。
仍て民事訴訟法第四百三十九条第一項に従ひ主文の如く判決す