物品引渡請求ノ件
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大審院民事判決録（民録）24輯445頁
大正七年（オ）第百三十六號
大正七年三月十九日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 賃貸物ノ返還ハ共同賃借人全員ニ對スルニ非サレハ之ヲ請求スルコトヲ得サルモノニ非スシテ各賃借人ハ賃貸人ニ對シ賃貸物全部ヲ返還スルノ義務ヲ負擔スルモノナレハ賃貸人カ共同賃借人ノ一人ノミヲ被告トシテ賃貸物ノ返還ヲ訴求シタルハ正當ナリトス
第一審 行橋區裁判所
第二審 福岡地方裁判所
上告人 橋上保
訴訟代理人 内田茂七 三根谷實藏
被上告人 大崎房太郎
右當事者間ノ物品引渡請求事件ニ付福岡地方裁判所カ大正六年十一月十九日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
主文
本件上告ハ之ヲ棄却ス
理由
上告論旨第一點ハ本件被上告人カ係爭物件ノ引渡ヲ求ムル訴旨ハ要スルニ曾テ上告人及ヒ訴外松本増太郎ノ兩名ニ之ヲ賃貸借シ居タルトコロ該賃貸借ハ解除ト爲リタルヲ以テ其返還ヲ求ムト云フニ在ルコトハ原判決事實摘示ノ如シ共同賃貸借ノ解除効ハ當事者ノ全員ニ對シ合一ニノミ確定スルヲ要スルモノナレハ斯カル場合ニ於テハ上告人ト松本増太郎トヲ共同訴訟ニ於テ訴フルニ非サレハ決シテ適法ナル訴訟ト謂フ可ラス然ルニ原判決カ此點ニ關シ何等之ヲ適法トスルノ理由ヲ説示スルコトナク其請求ヲ容レ上告人ニ敗訴ヲ言渡サレタルハ不當ナリト思料スト云フニ在リ
然レトモ本訴ハ賃貸借ノ解除ヲ請求スルモノニ非スシテ解除ニ因ル賃貸借ノ終了ニ基キ賃貸物ノ返還ヲ請求スルモノナリ賃貸物ノ返還ハ共同賃借人全員ニ對スルニ非サレハ之ヲ請求スルコトヲ得サルモノニ非ス各賃借人ハ賃貸人ニ對シ賃借物全部ヲ返還スルノ義務ヲ負擔スルカ故ニ賃貸人タル被上告人カ共同賃借人ノ一人タル上告人ノミヲ被告トシテ賃貸物ノ返還ヲ訴ヘタルハ正當ナリ
上告論旨第二點ハ本件當事者及ヒ訴外松本増太郎間ニ於テ賃借人等中財産ノ差押ヲ受ケ又ハ住所ヲ移轉シタルトキハ當然解除トナル特約附ノ賃貸借契約カ眞正ニ成立シタリヤ否ヤハ本件ノ爭點ニシテ先決問題ナリ而シテ原判決ハ其理由ニ於テ第一審及第二審證人松本増太郎第一審證人中村乙吉第二審證人山田孫九郎ノ各供述ヲ綜合シ眞正ニ成立シタルコトヲ認定スルニ足ルモノトシ尤モ甲第一號證ハ被控訴人自身署名捺印シタルモノニアラサルコト證人中村乙吉ノ供述ニ依リ明カナレハ違法ノ公正證書ナリト雖モ之カ爲メニ其契約ノ成立ヲ妨クルモノニアラスト説明セリ即チ原判決ハ甲第一號證公正證書カ違法ニシテ其効力ナキコトヲ認メナカラ而モ前記證人ノ供述ヲ以テ契約ノ成立ヲ是認スルモノナリ依テ原審ノ援用セル各證人ノ供述ヲ査閲スルニ何レモ甲第一號證公正證書ヲ離レテ右ノ如キ特約附ノ賃貸借契約ヲ締結シタル旨ノ供述ナク契約條項ハ甲第一號證公正證書ニ依リテ定マリ從テ契約モ該公正證書ノ作成ニ依リテ成立シタルモノト謂ハサルヘカラス殊ニ證人山田孫九郎ノ供述ニ依ルモ右ノ如キ特約ハ公證人カ公正證書ヲ作成スルニ當リ普通ニ用ユル條項ニシテ之ヲ公正證書作成ノ際讀聞ケ承諾スルニ依リテ其効ヲ生スルモノナルコトヲ推測スルニ足ルモノナリ要スルニ原審ノ援用セル各證人ノ供述ニ依ルモ甲第一號證公正證書ニ基カスシテ右特約附ノ賃貸借契約ヲ認ムルコト能ハス從テ該公正證書ノ違法ノ効果ハ其契約ノ成立ヲ妨クヘキ影響アルモノト謂ハサルヘカラス然ルニ原判決ハ違法ノ公正證書ナリト雖モ之カ爲メニ其契約ノ成立ヲ妨クルモノニアラスト認定シタルハ不當ナルヲ以テ破毀セラルヘキモノト信スト云フニ在リ
然レトモ甲第一號證カ被上告人自身署名捺印セサルノ故ヲ以テ公正證書タルノ効力ヲ有セストスルモ賃貸借當事者カ公證人ニ囑託シテ之ヲ作成セシメタル事實アル以上ハ同證ニ掲ケタルカ如キ賃貸借ノ成立ヲ認ムルヲ妨ケス而シテ右事實ハ原判決ノ援用シタル證人ノ證言ニ依リ之ヲ認メ得ヘキカ故ニ原判決カ公正證書ノ無効ヲ認メナカラ賃貸借ノ成立ヲ認メタルハ違法ニ非ス
上告論旨第三點ハ本件ノ爭點タル賃貸借契約ノ成立及ヒ内容ニ付キ被上告人ハ原審ニ於テ第一審判決判示ノ通リ即チ本件物件ヲ被告及訴外松本増太郎ノ兩名ニ賃貸シ返期ヲ大正九年四月五日ト定メタルモ若シ被告等ノ中財産差押ヲ受クルカ又ハ住所ヲ他ニ移轉スルトキハ期限ノ利益ヲ失ヒ當然賃貸借解除トナルヘキ旨特約シタリト主張セルコトハ原審ノ口頭辯論調書竝ニ原判決判示事實ニ徴シテ明ナリ即チ當然契約ヲ除解セラルヘキ特約ノ第一條件ハ財産ノ差押ヲ受ケタルトキナリ然ルニ上告人及訴外松本増太郎ニ於テ他ヨリ差押ヲ受ケタルコトナク又被上告人モ一審以來上告人カ差押ヲ受ケタル事實ヲ主張セス唯被上告人ハ上告人カ大正五年七月十八、九日頃債權者鴛海外二郎ヨリ財産ノ假差押ヲ受ケタルヲ以テ賃貸借契約ハ其時解除トナリタリト主張シ原判決モ之ヲ是認セリ然レトモ差押ハ確定債權ニ基ク強制執行ニシテ假差押ハ不確定債權ノ執行保全ノ爲メニスル處分ナリ故ニ全然其性質ヲ異ニシ差押ノ内ニ當然假差押ヲ包含スルモノト解スヘカラス少クトモ此點ニ關シ判斷セサルヘカラス然ルニ原判決ハ此點ニ付キ何等ノ判斷スルコトナク漫然假差押ノ事實アリタルヲ以テ本件賃貸借契約ハ其時ニ當然解除セラレタルモノトスト認定シタルハ不當ニシテ破毀セラルヘキモノト信スト云フニ在リ
然レトモ差押ナル文字ハ通俗之ヲ假差押ヲ包含セシメタル意義ニ用ユルコトアリ之ヲ除外シタル意義ニ於テ用ヰタルヤ否ヤハ各場合ニ應シテ之ヲ解スヘキモノトス故ニ原裁判所カ甲第一號證ニ於ケル財産差押ナル文字ヲ假差押ヲ包含スル意義ニ解シ假差押ヲ以テ差押ニ該當スルモノト爲シタルハ事實認定ノ範圍ニ屬シ之ヲ違法ナリト謂フ可ラス
上告論旨第四點ハ本件賃貸借契約ノ内容カ一定ノ事實ノ發生シタルトキハ當然賃貸借契約カ解除トナルヘキ特約附ニテ成立シタルヤ否ヤハ先決問題ナルコト第二點ニ於テ陳述シタル所ナリ而シテ原判決カ證人松本増太郎中村乙吉田山孫九郎ノ各供述ヲ綜合シ其成立ヲ認ムルニ足ルト説明スレトモ之等ノ各證人ノ供述モ甲第一號證公正證書ト相竢ツテ始メテ認メ得ヘク該公正證書ヲ離レテ之ヲ認メ得ヘカラサルコト之レ亦第二點ニ於テ陳述シタル所ナリ果シテ然レハ本件契約カ一定ノ事實ノ發生ニ依リ當然解除セラルヘキ即チ解除條件附契約ナリヤ否ヤハ甲第一號證公正證書ノ條項ニ依リテ決スルノ外ナシト謂ハサルヘカラス而シテ甲第一號證公正證書第六項ニ「甲者ニシテ左ノ一ニ該當シタルトキハ其契約ノ存續期限ノ利益ヲ失ヒ直チニ賃借物引渡期限ノ到來シタルモノトス乙者ハ何等意思ヲ表示スルコトナク此契約ヲ解除シテ賃貸物ノ引渡ヲ求ムルコトヲ得」トノ規定ヲ以テ被上告人ハ其主張ノ如キ特約アルモノナリト謂フニアリ然レトモ該規定ハ其前段ハ存續期限ノ利益ヲ失フ特約ニシテ即チ該條項ノ事實アルトキハ其時ヨリ以後無期限トストノ趣旨ニシテ其後段ハ乙ニ於テ何等ノ意思表示即チ催告ヲ要セスシテ契約解除ヲ爲スコトヲ得ヘキ旨ノ特約ナルコト文意ニ依リ寔ニ明瞭ナリ果シテ然レハ本件契約ハ解除條件附契約ニアラスシテ一定ノ事實ノ發生ニ依リ賃借人ハ期限ノ利益ヲ失ヒ賃貸人ハ催告ヲ要セスシテ直ニ解除ヲ爲スコトヲ得ル旨ノ特約附賃貸借契約ナルヲ以テ被上告人ハ契約解除ノ意思表示ヲ爲ササル限リ假差押ノ事實アリトスルモ尚且賃貸借契約ハ存續スト謂ハサルヘカラス然ルニ原判決ハ之ヲ契約ノ解除ノ意思表示ヲ要セス假差押ノアリタルトキ當然解除セラレタルモノト認定シタルハ不當ニシテ破毀セラルヘキモノト信スト云フニ在リ
然レトモ甲第一號證第六項中ニ乙者ハ何等意思ヲ表示スルコトナクシテ此契約ヲ解除シトアルハ上告人主張ノ如ク催告ヲ爲サスシテ契約ヲ解除スルコトヲ得ルノ意ナルカ將被上告人主張ノ如ク契約解除ノ意思表示ヲ爲スコトナクシテ當然解除ニ歸スルノ意ナルカハ單ニ文字上ノミヨリ論スレハ孰レノ意義ヲモ確的ニ表示シタルモノト謂ヒ難キモ之ヲ被上告人主張ノ如キ意義ニ解スルコトヲ容レサルモノニ非ス之ヲ孰レノ意義ニ解スルヲ適切ナリトスルカハ原裁判所ノ認定權ノ範圍ニ屬スルヲ以テ原裁判所カ被上告人主張ノ解釋ヲ採リタルヲ非難スル本論旨ハ上告ノ理由トナラス
以上説明シタルカ如ク本件上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ主文ノ如ク判決ス