大正五年(オ)第七百八十七號
大正六年二月一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 明治二十三年法律第三十二號舊商法破産編第九百九十條ニ所謂期限ニ至ラサル債務ノ支拂トハ破産債權者ノ損害ニ於テ破産財團ノ減少ヲ來スヘキ場合ノミヲ指稱シ破産債權者ノ公平分配ヲ受クヘキ權利ヲ害セサル支拂行爲ヲ包含セサルモノトス
(参照)支拂停止後又ハ支拂停止前三十日内ニ破産者カ爲シタル贈與其他ノ無償行爲又ハ之ト同視ス可キ有償行爲、期限ニ至ラサル債務ノ支拂、期限ニ至リクル債務ノ代物辨濟及ヒ從來負擔シタル債務ノ爲メ新ニ供スル擔保ハ財團ニ對シテハ當然無效トス(舊商法第九百九十條)
上告人 株式會社八王子第七 十八銀行破産管財人 鵜澤總明 外一名
被上告人 三菱合資會社
右當事者間ノ無效支拂金返還請求事件ニ付東京控訴院カ大正五年五月二日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告費用ハ上告人ノ負擔トス
理由
上告論旨第一點ハ本案請求原因ハ原判決認定ノ如ク上告銀行カ被上告人ニ振出シタル約束手形ノ支拂期日ハ明治四十一年七月三十一日ナルニ上告銀行ハ同年同月三十日手形金ノ内ヨリ一日分ノ利息ヲ控除シタルニ金三萬八千七百八十七圓二錢ヲ支拂ヒ之ニ相當スヘキ價格ヲ有シタル擔保ノ返還ヲ受ケタリ而シテ上告銀行ハ明治四十一年二月三日午前十一時支拂ヲ停止シ明治四十三年五月七日破産宣告ヲ受ケタルヲ以テ上告人ハ明治二十三年法律第三十二號商法第九百九十條ニ所謂期限ニ至ラサル債務ノ支拂ニシテ財團ニ對シ當然無效ナル旨ヲ主張シ其支拂ヒタル金員ノ返還ヲ請求シタル次第ナリ然ルニ原判決ハ同條ノ規定ハ「破産債權者ニ當然損害ヲ及スヲ通常トスルヲ以テ破産財團ニ對シテ其行爲ヲ無效ナラシムルニアリ故ニ此等ノ行爲ト雖モ或場合ニ於テ破産債權者ニ何等ノ損害ヲ及ホササルトキハ之ヲ無效ナラシムル必要ナキヲ以テ同條ハ斯カル場合ヲ包含セサルモノト解スルヲ相當トス換言スレハ同條ニ掲ケタル行爲ハ破産債權者ニ損害ヲ及ホストキニ限リ無效ナルモノト解スヘキモノトス」ト判定シタルモ同條ハ同法第九百九十一條第九百九十六條及民法第四百二十四條ノ如キ相手方ノ情ヲ知ラサル場合ヲ除外スヘキコトヲ規定シタルモノト其選ヲ異ニシ又否認權ヲ行使シテ始メテ取消シ得ヘキ場合ト其歸ヲ一ニセス即チ行爲自體ハ當初ヨリ無效ニアラストスルモ破産宣告後ハ債權者又ハ破産管財人ヨリ否認權ヲ行使スルヲ要セスシテ當然財團ニ對シ無效ナリトノ規定ナルコトハ疑ヲ容ルル所ナシ現ニ御院明治三十四年三月二十七日判決ノ明治三十三年(オ)第四百二十二號及明治三十九年九月三十日判決ノ同年(オ)第二百六十八號ノ判決ニ於テモ善意ナルト否トヲ問ハス當然無效ナルコトヲ判示セラルル所ナリ從テ一般債權者ニ損害ヲ蒙ラシムルト否ハ法ノ問フ所ニアラス然ルニ原判決ノ損害ナキトキハ無效ト爲スノ必要ナシト解釋スル如キハ立法論トシテハ之ヲ迎フルニ足ラシモ現行法ノ解釋トシテ認容スヘカラサル所ナリ且被上告人ハ既ニ擔保ヲ返還シタル爲メ其囘復ノ請求又ハ損害要償ノ請求ヲ爲スニ當リ財團ノ状態ニ依リテハ或ハ損失ヲ蒙ルコトアラン然レトモ偶衆債權者ヲ保護シ平等分配ヲ爲サシメンカ爲メ制定セル破産法ノ或ル規定ノ爲メ或者ニ多少ノ損害ヲ蒙ラシムルハ法ノ望ム所ニアラサルヘシト雖モ畢竟期日前ノ支拂ヲ受ケタル危險ヨリ生スル結果ニ外ナラサルヲ以テ其稀有ノ事例發生シタル爲メ執法者カ擅ニ正文ヲ無視シ他ノ法規ノ對照ヲモ度外視シテ漫然解釋ノ範域ヲ超越シテ同條ハ本案ノ場合ヲ包含セサルモノト判定シタルハ法ノ解釋ヲ誤リテ不法ニ法律ヲ適用セサル判決ナリト思料スト謂ヒ」同第二點ハ原判決ニ於テハ舊商法第三編第九百九十條ノ規定ヲ解釋シテ全然衡平的原則ニ立テルモノト爲シ期限ニ至ラサル債務ノ支拂ニモ二種アリテ其一ハ債權者團體ヲ害セサル場合ヲ謂ヒ其二ハ債權者團體ヲ害スル場合ヲ謂フモノト爲セルモノノ如シ而シテ該法條ニ於テハ第一ノ場合ハ規定シタルニアラスシテ第二ノ場合ヲ專ラ規定シタリト爲スモノナリ然レトモ現行法條ノ規定ハ衡平的原則ノ決定ヲ事實裁判所ニ爲サシメスシテ之ヲ法律ノ規定ニ讓リタルモノナルコトハ條文ノ文理解釋上一點ノ疑ヲ容ルヘキ餘地無キヲ以テ此條規ヲ更ニ解釋シテ現實ニ債權者團體ヲ害スル場合ニ限定スルハ誤判ナリト思料ス本法ノ規定ニシテ破産的廢罷訴權ノ原則ニ基クモノナリト解釋スヘキモノナリヤ否ヤニ就テハ大ニ議論ノ餘地アリト雖モ假リニ獨逸法ノ規定ノ如キ精神ナリト解釋スルモ其衡平的原則ハ法定主義ニシテ裁判主義ニアラサルモノト解ヲサルヘカラスト云フニ在リ
仍テ按スルニ明治二十三年法律第三十二號舊商法破産編第九百九十條ニ所謂期限ニ至ラサル債務ノ支拂トハ破産債權者ノ損害ニ於テ破産財團ニ減少ヲ來タスヘキ場合ノミヲ指摘シ破産債權者ノ公平分配ヲ受クヘキ權利ヲ害セサル支拂行爲ヲ包含セス從テ期限ニ至ラサル債務ノ支拂ハ破産債務者ニ對スル債權者カ債務者ノ義務ニ屬セサル時期ニ他ノ債權者ノ損害ニ於テ債務ノ支拂ヲ受ケタル場合ニ限ルモノニシテ債權ノ辨濟ヲ受クルニ十分ナル價格アル擔保物ヲ有シ破産手續以外ニ於テ又ハ破産財團ニ對シ破産債權者ニ優先シテ辨濟ヲ受ケ得ヘキ債權者カ期限前ニ支拂ヲ受クル場合ヲ包含スルモノニアラサルナリ蓋シ破産手續ハ破産債務者ノ財産ニ付キ破産債權者ヲシテ公平ニ其債權ノ辨濟ヲ受ケシムルコトヲ目的トスル強制執行手續ナルヲ以テ公平分配ノ基本タル破産財團ニ影響ヲ及ホシ延テ破産債權者ノ債權ノ辨濟ニ減少ノ結果ヲ來スヘキ債務者ノ行爲ハ破産財團ニ對シ其效ヲ失ハシメ以テ破産債劒者ノ公平分配ヲ受クヘキ權利ヲ確保スル必要ヲ生ス是レ舊商法破産編第九百八十五條以下ニ於テ破産宣告ノ效力トシテ破産財團ニ影響ヲ及ホスヘキ行爲ノ效果ヲ規定スル所以ニシテ同法第九百九十條ノ規定モ亦此趣旨ニ外ナラス而シテ同條ニ所謂期限前ニ於ケル債務ノ支拂ヲ以テ財團ニ對シ當然無效ト爲シタルハ一面ニ於テ支拂停止ノ前後ニ渉リ資金ノ融通閉塞ヲル際自己ノ義務ニ屬セサル時期ナルニ拘ハラス債務ノ履行ヲ爲シ以テ財團ヲ組織スヘキ資産ノ減少ヲ顧ミサル如キハ債務者ニ於テ特ニ或債權者ニ利益ヲ與ヘントノ意思ニ出テタルコトヲ推測スルニ足ルヘク他ノ一面ニ於テ債權者カ斯ル債務者悲境ノ際ニ期限ニ至ラサル債務ノ支拂ヲ受ケ他ノ債權者ト公平分配ヲ受ケサルヘカラサル地位ヲ脱却スル如キハ他ノ債權者ニ損害ヲ來タスヘキコトヲ知悉セサルヘカラサルモノナルヲ以テ法律ハ債權者及ヒ債務者ヲシテ如上ノ意思ヲ有セサリシコトノ反證ヲ許サス財團ノ爲メニ期限前ノ支拂ヒタル事實ノミニ依リ其意思アルモノトシテ當然其行爲ヲ無效ト爲シタル趣旨ニ出ツルコト毫モ疑ヲ容レス然ラハ債權ノ辨濟ヲ受クルニ十分ナル擔保ヲ有シ破産手續以外ニ於テ又ハ破産財團ニ對シテ破産債權者ニ優先シテ債權ノ辨濟ヲ受ケ得ヘキ債權者カ期限前ニ支拂ヲ受ケタリトスルモ毫モ公平分配ノ基本タル破産財團ヲ減少シ破産債權者ノ權利ヲ害セサルヲ以テ斯ル場合ニ於ケル債務ノ支拂ハ同條ニ所謂期限ニ至ラサル債務ノ支拂ニ該當セサルヤ明ナリトス本件ニ於テ原審ノ確定シタル事實ニ依レハ株式會社八王子第七十八銀行カ明治四十一年二月三日午前十一時支拂ヲ停止シタリトシテ明治四十三年三月七日破産ノ宣告ヲ受ケ上告人ハ其破産管財人ニ任命セラレ被上告人ハ右支拂停止後同銀行ニ對シ明治四十一年七月十三日附同銀行振出シ被上告人宛金額三萬八千八百圓滿期日同年七月三十一日ノ約束手形ヲ割引シ右手形債權ノ擔保トシテ甲武鐵道株式會社株式四百七株日本郵船株式會社株式二十株ヲ受取リ其後右滿期日前ナル同年七月三十日被上告人カ同銀行ヨリ金三萬八千七百八十七圓二錢ノ支拂ヲ受ケ擔保物件ヲ同銀行ニ返還シタリ而テ右擔保物ハ其當時ニ於テ少クトモ三萬八千七百九十八圓五十錢ノ價格ヲ有シ被上告人カ手形金ノ支拂ヲ受ケタルカ爲ニ破産財團ヨリ一般破産債權者ニ爲スヘキ辨濟方法ニ何等影響ナク毫モ破産債權者ニ損害ヲ及ホササリシト謂フニ在ルヲ以テ如上説示ノ理由ニ照シ原審カ右期限前ノ支拂ヲ以テ財團ニ對シ無效ニアラスト判示シタルハ洵ニ相當ニシテ論旨第一點ハ理由ナク論旨ニ摘示セル本院判例ハ事案ヲ異ニセル本件ニ適切ナラス且ツ如上ノ説明ハ舊商法破産編ニ於ケル破産宣告ノ效力ニ關スル立法上ノ趣旨ヲ闡明シ同法第九百九十條ノ規定ノ適用範圍ヲ解釋シタルニ止マルヲ以テ論旨第二點モ亦理由ナシ
以上説明スル如ク本件上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條第七十七條ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス
大正五年(オ)第七百八十七号
大正六年二月一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 明治二十三年法律第三十二号旧商法破産編第九百九十条に所謂期限に至らざる債務の支払とは破産債権者の損害に於て破産財団の減少を来すべき場合のみを指称し破産債権者の公平分配を受くべき権利を害せざる支払行為を包含せざるものとす。
(参照)支払停止後又は支払停止前三十日内に破産者が為したる贈与其他の無償行為又は之と同視す可き有償行為、期限に至らざる債務の支払、期限に至りくる債務の代物弁済及び従来負担したる債務の為め新に供する担保は財団に対しては当然無効とす。
(旧商法第九百九十条)
上告人 株式会社八王子第七 十八銀行破産管財人 鵜沢総明 外一名
被上告人 三菱合資会社
右当事者間の無効支払金返還請求事件に付、東京控訴院が大正五年五月二日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
本件上告は之を棄却す
上告費用は上告人の負担とす。
理由
上告論旨第一点は本案請求原因は原判決認定の如く上告銀行が被上告人に振出したる約束手形の支払期日は明治四十一年七月三十一日なるに上告銀行は同年同月三十日手形金の内より一日分の利息を控除したるに金三万八千七百八十七円二銭を支払ひ之に相当すべき価格を有したる担保の返還を受けたり。
而して上告銀行は明治四十一年二月三日午前十一時支払を停止し明治四十三年五月七日破産宣告を受けたるを以て上告人は明治二十三年法律第三十二号商法第九百九十条に所謂期限に至らざる債務の支払にして財団に対し当然無効なる旨を主張し其支払ひたる金員の返還を請求したる次第なり。
然るに原判決は同条の規定は「破産債権者に当然損害を及すを通常とするを以て破産財団に対して其行為を無効ならしむるにあり。
故に此等の行為と雖も或場合に於て破産債権者に何等の損害を及ぼさざるときは之を無効ならしむる必要なきを以て同条は斯かる場合を包含せざるものと解するを相当とす。
換言すれば同条に掲げたる行為は破産債権者に損害を及ぼすときに限り無効なるものと解すべきものとす。」と判定したるも同条は同法第九百九十一条第九百九十六条及民法第四百二十四条の如き相手方の情を知らざる場合を除外すべきことを規定したるものと其選を異にし又否認権を行使して始めて取消し得べき場合と其帰を一にせず。
即ち行為自体は当初より無効にあらずとするも破産宣告後は債権者又は破産管財人より否認権を行使するを要せずして当然財団に対し無効なりとの規定なることは疑を容るる所なし。
現に御院明治三十四年三月二十七日判決の明治三十三年(オ)第四百二十二号及明治三十九年九月三十日判決の同年(オ)第二百六十八号の判決に於ても善意なると否とを問はず当然無効なることを判示せらるる所なり。
従て一般債権者に損害を蒙らしむると否は法の問ふ所にあらず。
然るに原判決の損害なきときは無効と為すの必要なしと解釈する如きは立法論としては之を迎ふるに足らしも現行法の解釈として認容すべからざる所なり、且、被上告人は既に担保を返還したる為め其回復の請求又は損害要償の請求を為すに当り財団の状態に依りては或は損失を蒙ることあらん。
然れども偶衆債権者を保護し平等分配を為さしめんか為め制定せる破産法の或る規定の為め或者に多少の損害を蒙らしむるは法の望む所にあらざるべしと雖も畢竟期日前の支払を受けたる危険より生ずる結果に外ならざるを以て其稀有の事例発生したる為め執法者が擅に正文を無視し他の法規の対照をも度外視して漫然解釈の範域を超越して同条は本案の場合を包含せざるものと判定したるは法の解釈を誤りて不法に法律を適用せざる判決なりと思料すと謂ひ」同第二点は原判決に於ては旧商法第三編第九百九十条の規定を解釈して全然衡平的原則に立てるものと為し期限に至らざる債務の支払にも二種ありて其一は債権者団体を害せざる場合を謂ひ其二は債権者団体を害する場合を謂ふものと為せるものの如し、而して該法条に於ては第一の場合は規定したるにあらずして第二の場合を専ら規定したりと為すものなり。
然れども現行法条の規定は衡平的原則の決定を事実裁判所に為さしめずして之を法律の規定に譲りたるものなることは条文の文理解釈上一点の疑を容るべき余地無きを以て此条規を更に解釈して現実に債権者団体を害する場合に限定するは誤判なりと思料す本法の規定にして破産的廃罷訴権の原則に基くものなりと解釈すべきものなりや否やに就ては大に議論の余地ありと雖も仮りに独逸法の規定の如き精神なりと解釈するも其衡平的原則は法定主義にして裁判主義にあらざるものと解をさるべからずと云ふに在り
仍て按ずるに明治二十三年法律第三十二号旧商法破産編第九百九十条に所謂期限に至らざる債務の支払とは破産債権者の損害に於て破産財団に減少を来たずべき場合のみを指摘し破産債権者の公平分配を受くべき権利を害せざる支払行為を包含せず。
従て期限に至らざる債務の支払は破産債務者に対する債権者が債務者の義務に属せざる時期に他の債権者の損害に於て債務の支払を受けたる場合に限るものにして債権の弁済を受くるに十分なる価格ある担保物を有し破産手続以外に於て又は破産財団に対し破産債権者に優先して弁済を受け得べき債権者が期限前に支払を受くる場合を包含するものにあらざるなり。
蓋し破産手続は破産債務者の財産に付き破産債権者をして公平に其債権の弁済を受けしむることを目的とする強制執行手続なるを以て公平分配の基本たる破産財団に影響を及ぼし延で破産債権者の債権の弁済に減少の結果を来すべき債務者の行為は破産財団に対し其効を失はしめ以て破産債劔者の公平分配を受くべき権利を確保する必要を生ず。
是れ旧商法破産編第九百八十五条以下に於て破産宣告の効力として破産財団に影響を及ぼすべき行為の効果を規定する所以にして同法第九百九十条の規定も亦此趣旨に外ならず。
而して同条に所謂期限前に於ける債務の支払を以て財団に対し当然無効と為したるは一面に於て支払停止の前後に渉り資金の融通閉塞をる際自己の義務に属せざる時期なるに拘はらず債務の履行を為し以て財団を組織すべき資産の減少を顧みざる如きは債務者に於て特に或債権者に利益を与へんとの意思に出でたることを推測するに足るべく他の一面に於て債権者が斯る債務者悲境の際に期限に至らざる債務の支払を受け他の債権者と公平分配を受けざるべからざる地位を脱却する如きは他の債権者に損害を来たずべきことを知悉せざるべからざるものなるを以て法律は債権者及び債務者をして如上の意思を有せざりしことの反証を許さず財団の為めに期限前の支払ひたる事実のみに依り其意思あるものとして当然其行為を無効と為したる趣旨に出づること毫も疑を容れず。
然らば債権の弁済を受くるに十分なる担保を有し破産手続以外に於て又は破産財団に対して破産債権者に優先して債権の弁済を受け得べき債権者が期限前に支払を受けたりとするも毫も公平分配の基本たる破産財団を減少し破産債権者の権利を害せざるを以て斯る場合に於ける債務の支払は同条に所謂期限に至らざる債務の支払に該当せざるや明なりとす。
本件に於て原審の確定したる事実に依れば株式会社八王子第七十八銀行が明治四十一年二月三日午前十一時支払を停止したりとして明治四十三年三月七日破産の宣告を受け上告人は其破産管財人に任命せられ被上告人は右支払停止後同銀行に対し明治四十一年七月十三日附同銀行振出し被上告人宛金額三万八千八百円満期日同年七月三十一日の約束手形を割引し右手形債権の担保として甲武鉄道株式会社株式四百七株日本郵船株式会社株式二十株を受取り其後右満期日前なる同年七月三十日被上告人が同銀行より金三万八千七百八十七円二銭の支払を受け担保物件を同銀行に返還したり。
而て右担保物は其当時に於て少くとも三万八千七百九十八円五十銭の価格を有し被上告人が手形金の支払を受けたるか為に破産財団より一般破産債権者に為すべき弁済方法に何等影響なく毫も破産債権者に損害を及ぼさざりしと謂ふに在るを以て如上説示の理由に照し原審が右期限前の支払を以て財団に対し無効にあらずと判示したるは洵に相当にして論旨第一点は理由なく論旨に摘示せる本院判例は事案を異にせる本件に適切ならず且つ如上の説明は旧商法破産編に於ける破産宣告の効力に関する立法上の趣旨を闡明し同法第九百九十条の規定の適用範囲を解釈したるに止まるを以て論旨第二点も亦理由なし。
以上説明する如く本件上告は理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条第七十七条を適用し主文の如く判決す