大正四年(オ)第二百九十三號
大正四年十月十六日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 假處分命令ヲ以テ執達吏ヲ保管人ト定メタル場合ニ於テ執達吏カ係爭物ヲ保管スルハ執達吏トシテノ職務ノ執行ニシテ執達吏以外ノ者カ之ヲ保管スル場合ノ如ク申請人ノ代理人トシテ申請人ノ爲メニ代理占有ヲ爲スモノニ非ス(判旨第二點)
- 一 執行債權者カ執達吏ノ職務執行ニ付キ生セシメタル損害賠償ノ責ニ任スルハ執行債權者ニ故意又ハ過失アリテ一般不法行爲ノ責ヲ負フヘキ場合ニ限ルモノトス(同上)
- 一 民事訴訟法第七百五十六條、第七百五十條第四項末段ノ規定ハ假處分債權者又ハ債務者ニ換價申立ノ權能ヲ付與シタルニ止マリ其申立ノ義務アリト爲シタル法意ニ非ス(判旨第三點)
(參照) 假差押ノ金錢ハ之ヲ供託ス可シ其他假差押物ノ競賣及ヒ假差押有價證券ノ換價ハ一時之ヲ爲サス然レトモ假差押物ニ著シキ價額ノ減少ヲ生スル恐アルトキ又ハ其貯藏ニ付キ不相應ナル費用ヲ生ス可キトキハ執行裁判所ハ申立ニ因リ其物ヲ競賣シ賣得金ヲ供託ス可キ旨ヲ執達吏ニ命スルコトヲ得(民事訴訟法第七百五十條第四項)假處分ノ命令其他ノ手續ニ付テハ假差押ノ命令及ヒ手續ニ關スル規定ヲ準用ス但以下數條ニ於テ差異ノ生スルトキハ此限ニ在ラス(民事訴訟法第七百五十六條)
上告人 岡田源太郎
被上告人 佐藤秀
訴訟代理人 前田藤吉郎
右當事者間ノ損害賠償請求事件ニ付宮城控訴院カ大正四年二月二十二日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告費用ハ上告人ノ負擔トス
理由
上告理由第一點ハ原判決ハ第一ノ事實ニ付キ「當審證人廣瀬一郎ノ證言乙第六、七、八號證甲第三號證新甲第一、二號證ヲ綜合スレハ云云控訴人ハ被控訴人又ハ其先代ノ代理人カ執達吏ニ對シ保管方法ヲ申出テ其方法ニ依リ保管セシメタル旨主張スレトモ之レ亦其主張事實ヲ認ムルニ足ル證據アルナシ」ト説明セラレタリ然ルニ上告人ノ擧用シタル證據ハ前記ノ證據ニ止マラス第一審證人廣瀬一郎第二審證人阿部要亮佐藤益治ノ證言ヲ以テ右ノ論點ニ對スル證據ト爲シタルニ拘ラス原判決ハ之ヲ參酌セス全然遺脱シテ前示ノ如キ判斷ヲ爲シタルハ必要ナル證據ヲ遺脱シタル違法アルモノナリ若シ原判決ノ趣旨カ「控訴人ハ被控訴人又ハ其先代ノ代理人カ執達吏ニ對シ保管方法ヲ申出テ其方法ニ依リ保管セシメタル旨主張スレトモ之レ亦其主張事實ヲ認ムルニ足ル證據アルナシ」トノ前記後段ノ記述ヲ以テ一箇ノ證據判斷ヲ爲シタルモノトセンカ是レ證據材料ニ就キ其信憑力ノ有無ヲ判斷シタルニアラスシテ證據ノ提出ナシトノ趣旨ナルコトハ「云云證據アルナシ」トノ文字自體ニ依リ明瞭ニシテ即チ被上告人先代カ執達吏ニ對シ保管方法ヲ申出テ其方法ニ依リ保管セシメタリトノ上告人ノ主張事實ハ之ヲ證明スヘキ證據材料ヲ原審ニ提出セサリシトノ判旨ト謂ハサルヘカラス然ルニ右ノ主張事實ニ付テハ上告人ハ原審ニ於テ書證及ヒ證言ヲ援用シタルノミナラス廣瀬一郎ノ第一審證言中問乙第六號七號八號假處分ノ際ハ伊箇志方ヨリ誰カ立會保管ノ方法等ヲ講シタルヤ答伊箇志ノ息子ト聞キ居タルカ佐藤益治ナルモノカ參リ始終立會ヒタリ佐藤益治ノ第二審證言中問明治四十三年十二月佐藤伊箇志ヨリ岡田源太郎ニ對シ金華山ニ在リタル樅材ノ假處分ヲ爲シタル時證人ハ其假處分ノ執行ニ立會ヒタルコトアリシカ答伊箇志ヨリ依頼セラレテ代理人トシテ其執行ニ立會ヒタリ問海岸ニ搬出シタノハ佐藤ヨリ申請シタカ答左樣ナリ廣瀬一郎ノ第二審證言中問夫レ等ノコトヲ爲スカ否ヤニ付キ益治ト相談セサリシカ答證人ヨリ何ソ屋根ニテモ掛ケル工夫ハナキヤト益治ニ相談シタル處此樣ノ場所ニテ迚モ仕方ナシトテ其儘ニシタリシナリ右ハ海岸ニ搬出シタリシ時ノコトナリ阿部要亮ノ第二審證言中問佐藤ノ方ヘハ如何答之ハ書面ニテハ請求セサリシカ代人トナリ居リシ佐藤益治杉舟忠吉カ假處分物始末ノ爲メ金華山ヘ參リシ時五月ナリシト思フ證人ヨリ假處分ヲ爲シ此儘ニ置ケハ腐朽シテ仕舞フ左樣ニナレハ貸シカアルト云フ佐藤ノ方ノ不利益ニモナル云云ノ證據ニ依リ之カ立證ヲ爲シタルコト明瞭ナルヲ以テ宜シク之カ信憑力ノ有無ヲ判斷スヘキニ拘ラス漫然證據アルナシト排斥シ去リタルハ提出シタル證據ヲ提出セサリシモノトナシ且ツ採證ノ法則ニ違背シタル瑕瑾アルモノナリト云フニ在リ
然レトモ本論旨指摘ノ原判示ハ上告人援用ノ證據ニ依リテハ其主張事實ヲ認ムルニ足ラサル旨ヲ判示シタルモノニシテ原院ノ專權ニ屬スル證據ノ取捨判斷ヲ爲シタルニ外ナラサルヲ以テ之ヲ不法トスル本論旨ハ適法ノ理由ナシ
同第二點ハ原判決ハ「新甲第七號證假處分命令ハ民事訴訟法第七百五十八條第二項ヲ適用シタルモノナルコト同證ニ依リ明瞭ニシテ同法條ニ依リ定メタル保管人ハ當然假處分債權者ノ代理人ナリト爲スヘキ法理アルコトナク」ト判示セラレタリ然レトモ同法條ノ解釋トシテモ保管人ハ假處分申請人ノ代理占有ヲ爲スモノニシテ占有權ハ申請人ニ移轉スルモノト信ス何トナレハ保管人ハ常ニ裁判所ノ命令ニ服從スルノ義務ナキコトハ執達吏以外ノモノヲ保管人トナシタル場合ヲ想像セハ之ヲ肯定スヘク即チ保管人ハ一ニ申請人ノ委托ニ基キテ之ヲ保管スルニ過キサル關係ナルヲ以テナリ而シテ其占有中物件ノ保管ヲ怠リタリトセハ申請人ハ被申請人ニ對シ其責任アルヘキ筈ナルニ原判決ハ前示ノ如ク法律ノ誤解ニ陷リ上告人ノ申立ヲ排斥シタルハ違法ナリト云ヒ」第三點ハ原判決ハ「現ニ同證ハ執達吏廣瀬一郎ニ保管ヲ命シタルノミニシテ同執達吏ニ被控訴人先代ノ代理人トシテ保管ヲ爲スヘキ命令ヲ爲シアラサルヲ以テ同證假處分命令ニ從ヒ同執達吏カ假處分物件ヲ保管スルハ之レ即チ同執達吏ノ職務執行ニ止マリ決シテ被控訴人先代ノ代理人トシテ同物件ヲ保管スルモノニ非サルモノト謂ハサルヘカラス」ト判示セラレタリ然レトモ此場合ト雖モ假處分命令送達ト同時ニ執達吏カ保管ノ權限ヲ自ラ發動セシムルコト能ハス申請人カ假處分命令ヲ提出シテ執達吏ニ執行ヲ委任スルニ依リテ之カ執行ヲ爲シ以テ保管ノ義務ヲ生スルモノナルヲ以テ申請人ノ委任ニ基キ之カ義務ヲ發生スルニ過キス果シテ然ラハ申請人ノ委任ニ依リ代理占有ヲ爲スモノニシテ命令中特ニ申請人ノ代理人タル資格ヲ以テ保管スル旨ノ記載ナキモ尚法律上申請人ノ爲メニ代理占有ヲ爲スモノト謂ハサルヘカラス蓋シ本件ハ係爭物件ノ引渡ヲ申請人カ請求スルモノニシテ確定前散逸ヲ防カンカ爲メニ保管セシメタルモノナレハ申請人ノ爲メニスル占有ニシテ即チ引渡ノ判決執行ノ準備トナシタルモノナレハ申請人ノ代理占有タル事實關係ナリトス且ツ原判決ノ如ク執達吏カ假處分物件ヲ保管スルハ之レ即チ執達吏ノ職務執行ニ止マルトスルモ之カ爲メニ保管物ヲ腐朽セシメタル責任ヲ申請人カ免ルルコト能ハサルナリ民事訴訟法第五百三十二條ハ申請人カ一般不法行爲ノ責任ヲ負擔スル外尚公吏タル執達吏モ責任アルコトノ規定ニシテ申請人ヲ免責セシメタル法意ニアラス其他第二點ニ論述シタル趣旨ニ照シ原判決ノ違法ナルコト明瞭ナリト信スト云フニ在リ
因テ按スルニ民事訴訟法第七百五十八條第二項ハ係爭物ノ假處分ハ保管人ヲ置キ之ヲ爲スコトヲ得セシメタルモノニシテ其保管人ハ必スシモ執達吏タルコトヲ要セス執達吏以外ノ者ヲ保管人ニ選定スル判旨第二點 コトヲ得ヘシ又裁判所カ執達吏ニ保管ヲ命シタル場合ニ於テ申請人ハ假處分命令ヲ提出シテ之カ執行ヲ執達吏ニ委任スヘキハ勿論ナリト雖モ執達吏カ其係爭物ヲ保管スルハ執達吏規則ノ定ムル所ニ從ヒ裁判所ノ命令ヲ遵守シ其職務ヲ執行スルニ外ナラスシテ執達吏以外ノ者カ之ヲ保管スル場合ノ如ク申請人ノ委任ニ基キ其代理人トシテ申請人ノ爲メニ代理占有ヲ爲スモノニ非ス而シテ民事訴訟法第五百三十二條ニ依レハ執達吏カ債權者ノ委任ニ因リテ爲ス行爲等ヨリシテ債權者其他ノ關係人ニ對シ損害ヲ生セシメタルトキハ執達吏ヲシテ第一ニ其責ニ任セシムルモノニシテ債權者ニ故意又ハ過失ノ責ムヘキモノアリテ一般不法行爲ノ責任ヲ負ハシムル場合ニ非サル限リハ債權者ハ執達吏ノ職務執行ニ付キ生セシメタル損害ヲ賠償スヘキ責ヲ負フモノニ非サレハ原判決ハ相當ニシテ本論旨ハ總テ理由ナシ
同第四點ハ原判決ハ「控訴人ハ係爭物件ハ腐朽シ易キモノナルニ拘ラス被控訴人先代カ特ニ法律ニ許與シタル換價ノ方法ヲ採ラサリシハ失當ナル旨主張スレトモ民事訴訟法第七百五十六條七百五十條ノ規定ハ假處分債權者又ハ債務者ニ換價申立ノ權能ヲ付與シタルニ止マリ其申立ノ義務アリト爲シタル法意ニアラス」ト判示セラレタリ然レトモ前論點ノ如ク代理占有ヲ是認スヘキ場合ハ勿論假リニ代理占有ノ理由立タストスルモ申請人ノ爲メニ保管セラレタルニ於テハ申請人ハ保管物ノ貯藏ニ注意ヲ拂フヘキ法律上ノ義務アリト信ス保管物ノ腐朽スルヤ否ヤノ調査ハ保管人ト申請人ト常ニ之ヲ爲シ得ヘキ地位ニアルモ被申請人ハ裁判所ノ許可ナキニ於テハ之ヲ調査スルコトヲ得サル地位ニ在ルヲ以テ申請人ト被申請人トハ同一ノ地位ニ在ルモノト謂フヲ得ス從テ申請人ハ自己ノ爲メニ申請シタルカ故ニ敗訴ノ場合ハ被申請人ニ舊態ノ儘之ヲ返還スル義務アリト謂ハサルヘカラス然ラハ腐朽シ易キモノニ付テハ之ヲ換價スルノ義務アルコト明白ナルニ拘ラス原判決カ前示ノ如ク判斷シタルハ法律ノ誤解ニ陷リタル違法アルモノナリト云ヒ」第五點ハ御院三十七年(オ)第百七十五號三十七年六月二十四日第二民事部判決ニ曰ク「因テ按スルニ執達吏ハ司法機關ノ一ニシテ獨立ノ職責ヲ有スルコト勿論ナルモ同時ニ當事者ノ代理人タル資格ヲ有スルカ故ニ執達吏カ差押ヲ爲スニ當リ債權者ニ於テ債務者ノ所有物ニアラサルコトヲ告知スルトキハ執達吏ハ之カ差押ヲ爲ササルヲ以テ當然ノ條理トス然レハ原判決カ上告人ニ於テ本件ノ差押物ハ被上告人ノ所有ニ屬スルコトヲ知リタル事實ヲ認メ而シテ其旨ヲ執達吏ニ告ケテ差押ヲ防止セサリシコトヲ以テ上告人ノ過失ナリト爲シタルハ相當ニシテ原判決ハ法則ヲ不當ニ適用シタル不法ナシ」ト而シテ上告人ハ原審ニ於テ「被控訴人先代ハ其後明治四十四年一月再ヒ假處分ノ執行ヲ爲シ次テ同年五月假處分物件ヲ金華山東海岸ニ搬出シ其間ニ於テ假處分物件ノ腐朽セル事實ヲ知リタルモノナリ然ルニ被控訴人先代ハ材木商ニシテ斯ル場合ノ處置ニ付キ特別ノ智識ヲ有スルニモ拘ラス何等適當ノ保管方法ヲ講セサルノミナラス民事訴訟法ニ從ヒ換價ノ申出ヲモ爲サス剩サヘ執達吏ヨリ特ニ換價申出ノ注意アリシニ毫モ之ヲ省ミス」云云主張シタルコトハ原判決ノ摘示ニ依リ明白ニシテ且原判決ノ第一點説明中ニモ「其後乙第八號證ノ如ク明治四十四年五月中右假處分物件ヲ其執行現場ヨリ金華山國有林ノ東海岸ニ搬出シ其搬出ニ當リ一部ノ木材ハ腐朽裂損ノ爲メ其價格カ搬出費用ヲモ償フニ足ラサリシヲ以テ之ヲ假處分現場ニ抛棄シ」云云ト記述シアリ而カモ乙第八號證假處分調書ニハ被上告人先代代理人タル養子佐藤益治カ執行ニ立會ヒタル旨ノ同人ノ記名調印アルヲ以テ被上告人カ其際ニ於テ假處分物件ノ腐朽セル事實ヲ了知セルモノト謂ハサルヘカラス然ラハ之ヲ裁判所又ハ執達吏ニ申出テ相當處分即チ換價若クハ製材貯藏等ノ處置ヲ爲シ腐朽ニ因ル將來ノ損害ヲ豫防スヘキ方法ヲ講スヘキモノナルニ之ヲ怠リ其翌四十五年四月ニ至ルマテ之ヲ放置シテ雨露ニ曝シ遂ニ本件ノ損害ヲ生セシメタルハ故意又ハ過失アルモノト謂ハサルヘカラサルハ前記判例ノ趣旨ニ照シ洵ニ明瞭ナリ然ルニ原審ハ此點ニ關スル事實ヲ看過シ單ニ被上告人ニ保管ノ責任ナシトノ理由ノミヲ以テ之ヲ排斥シタルハ必要ナル爭點ヲ遺脱シ且法律ノ誤解ニ陷リタル違法アルモノナリト云フニ在リ
判旨第三點 然レトモ民事訴訟法第七百五十六條第七百五十條第四項末段ノ規定ハ假處分債權者ノ外其債務者ニモ換價申立ノ權能ヲ付與シタルニ止マリ其申立ノ義務アリト爲シタルモノニ非サルノミナラス執達吏カ係爭物ヲ保管スルハ其職務ヲ執行スルモノニシテ申請人ノ爲メニ之ヲ保管スルモノト謂フコト能ハサルハ前點ニ對スル説明ノ如クナリ又被上告人先代又ハ其代理人カ本件係爭物ヲ保管シタル事實ハ原院ノ認メサル所ニシテ被上告人ニ保管ノ責任ナキコト明ナレハ其他ニ被上告人ノ故意又ハ過失ニ因リテ本件ノ損害ヲ生セシメタルヤ否ヲ判示スルノ要ナク上告人ノ援用セル當院判例ハ本件ニ適切ナラス本論旨ハ孰レモ理由ナシ
以上説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ主文ノ如ク判決セリ
大正四年(オ)第二百九十三号
大正四年十月十六日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 仮処分命令を以て執達吏を保管人と定めたる場合に於て執達吏が係争物を保管するは執達吏としての職務の執行にして執達吏以外の者が之を保管する場合の如く申請人の代理人として申請人の為めに代理占有を為すものに非ず(判旨第二点)
- 一 執行債権者が執達吏の職務執行に付き生ぜしめたる損害賠償の責に任ずるは執行債権者に故意又は過失ありて一般不法行為の責を負ふべき場合に限るものとす。
(同上)
- 一 民事訴訟法第七百五十六条、第七百五十条第四項末段の規定は仮処分債権者又は債務者に換価申立の権能を付与したるに止まり其申立の義務ありと為したる法意に非ず(判旨第三点)
(参照) 仮差押の金銭は之を供託す可し其他仮差押物の競売及び仮差押有価証券の換価は一時之を為さず。
然れども仮差押物に著しき価額の減少を生ずる恐あるとき又は其貯蔵に付き不相応なる費用を生ず。
可きときは執行裁判所は申立に因り其物を競売し売得金を供託す可き旨を執達吏に命ずることを得。
(民事訴訟法第七百五十条第四項)仮処分の命令其他の手続に付ては仮差押の命令及び手続に関する規定を準用す。
但以下数条に於て差異の生ずるときは此限に在らず(民事訴訟法第七百五十六条)
上告人 岡田源太郎
被上告人 佐藤秀
訴訟代理人 前田藤吉郎
右当事者間の損害賠償請求事件に付、宮城控訴院が大正四年二月二十二日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
本件上告は之を棄却す
上告費用は上告人の負担とす。
理由
上告理由第一点は原判決は第一の事実に付き「当審証人広瀬一郎の証言乙第六、七、八号証甲第三号証新甲第一、二号証を綜合すれば云云控訴人は被控訴人又は其先代の代理人が執達吏に対し保管方法を申出で其方法に依り保管せしめたる旨主張すれども之れ亦其主張事実を認むるに足る証拠あるなし」と説明せられたり。
然るに上告人の挙用したる証拠は前記の証拠に止まらず第一審証人広瀬一郎第二審証人阿部要亮佐藤益治の証言を以て右の論点に対する証拠と為したるに拘らず原判決は之を参酌せず全然遺脱して前示の如き判断を為したるは必要なる証拠を遺脱したる違法あるものなり。
若し原判決の趣旨が「控訴人は被控訴人又は其先代の代理人が執達吏に対し保管方法を申出で其方法に依り保管せしめたる旨主張すれども之れ亦其主張事実を認むるに足る証拠あるなし」との前記後段の記述を以て一箇の証拠判断を為したるものとせんか是れ証拠材料に就き其信憑力の有無を判断したるにあらずして証拠の提出なしとの趣旨なることは「云云証拠あるなし」との文字自体に依り明瞭にして、即ち被上告人先代が執達吏に対し保管方法を申出で其方法に依り保管せしめたりとの上告人の主張事実は之を証明すべき証拠材料を原審に提出せざりしとの判旨と謂はざるべからず。
然るに右の主張事実に付ては上告人は原審に於て書証及び証言を援用したるのみならず広瀬一郎の第一審証言中問乙第六号七号八号仮処分の際は伊箇志方より誰が立会保管の方法等を講したるや答伊箇志の息子と聞き居たるか佐藤益治なるものが参り始終立会ひたり佐藤益治の第二審証言中問明治四十三年十二月佐藤伊箇志より岡田源太郎に対し金華山に在りたる樅材の仮処分を為したる時証人は其仮処分の執行に立会ひたることありしか答伊箇志より依頼せられて代理人として其執行に立会ひたり問海岸に搬出したのは佐藤より申請したか答左様なり。
広瀬一郎の第二審証言中問夫れ等のことを為すか否やに付き益治と相談せざりしか答証人より何そ屋根にても掛ける工夫はなきやと益治に相談したる処此様の場所にて迚も仕方なしとて其儘にしたりしなり。
右は海岸に搬出したりし時のことなり阿部要亮の第二審証言中問佐藤の方へは如何答之は書面にては請求せざりしか代人となり居りし佐藤益治杉舟忠吉が仮処分物始末の為め金華山へ参りし時五月なりしと思ふ証人より仮処分を為し此儘に置けは腐朽して仕舞ふ左様になれば貸しがあると云ふ佐藤の方の不利益にもなる云云の証拠に依り之が立証を為したること明瞭なるを以て宜しく之が信憑力の有無を判断すべきに拘らず漫然証拠あるなしと排斥し去りたるは提出したる証拠を提出せざりしものとなし且つ採証の法則に違背したる瑕瑾あるものなりと云ふに在り
然れども本論旨指摘の原判示は上告人援用の証拠に依りては其主張事実を認むるに足らざる旨を判示したるものにして原院の専権に属する証拠の取捨判断を為したるに外ならざるを以て之を不法とする本論旨は適法の理由なし。
同第二点は原判決は「新甲第七号証仮処分命令は民事訴訟法第七百五十八条第二項を適用したるものなること同証に依り明瞭にして同法条に依り定めたる保管人は当然仮処分債権者の代理人なりと為すべき法理あることなく」と判示せられたり。
然れども同法条の解釈としても保管人は仮処分申請人の代理占有を為すものにして占有権は申請人に移転するものと信ず。
何となれば保管人は常に裁判所の命令に服従するの義務なきことは執達吏以外のものを保管人となしたる場合を想像せば之を肯定すべく。
即ち保管人は一に申請人の委托に基きて之を保管するに過ぎざる関係なるを以てなり。
而して其占有中物件の保管を怠りたりとせば申請人は被申請人に対し其責任あるべき筈なるに原判決は前示の如く法律の誤解に陥り上告人の申立を排斥したるは違法なりと云ひ」第三点は原判決は「現に同証は執達吏広瀬一郎に保管を命じたるのみにして同執達吏に被控訴人先代の代理人として保管を為すべき命令を為しあらざるを以て同証仮処分命令に従ひ同執達吏が仮処分物件を保管するは。
之れ即ち同執達吏の職務執行に止まり決して被控訴人先代の代理人として同物件を保管するものに非ざるものと謂はざるべからず。」と判示せられたり。
然れども此場合と雖も仮処分命令送達と同時に執達吏が保管の権限を自ら発動せしむること能はず申請人が仮処分命令を提出して執達吏に執行を委任するに依りて之が執行を為し以て保管の義務を生ずるものなるを以て申請人の委任に基き之が義務を発生するに過ぎず果して然らば申請人の委任に依り代理占有を為すものにして命令中特に申請人の代理人たる資格を以て保管する旨の記載なきも尚法律上申請人の為めに代理占有を為すものと謂はざるべからず。
蓋し本件は係争物件の引渡を申請人が請求するものにして確定前散逸を防がんか為めに保管せしめたるものなれば申請人の為めにする占有にして、即ち引渡の判決執行の準備となしたるものなれば申請人の代理占有たる事実関係なりとす。
且つ原判決の如く執達吏が仮処分物件を保管するは。
之れ即ち執達吏の職務執行に止まるとするも之が為めに保管物を腐朽せしめたる責任を申請人が免るること能はざるなり。
民事訴訟法第五百三十二条は申請人が一般不法行為の責任を負担する外尚公吏たる執達吏も責任あることの規定にして申請人を免責せしめたる法意にあらず。
其他第二点に論述したる趣旨に照し原判決の違法なること明瞭なりと信ずと云ふに在り
因で按ずるに民事訴訟法第七百五十八条第二項は係争物の仮処分は保管人を置き之を為すことを得せしめたるものにして其保管人は必ずしも執達吏たることを要せず。
執達吏以外の者を保管人に選定する判旨第二点 ことを得べし又裁判所が執達吏に保管を命じたる場合に於て申請人は仮処分命令を提出して之が執行を執達吏に委任すべきは勿論なりと雖も執達吏が其係争物を保管するは執達吏規則の定むる所に従ひ裁判所の命令を遵守し其職務を執行するに外ならずして執達吏以外の者が之を保管する場合の如く申請人の委任に基き其代理人として申請人の為めに代理占有を為すものに非ず。
而して民事訴訟法第五百三十二条に依れば執達吏が債権者の委任に因りて為す行為等よりして債権者其他の関係人に対し損害を生ぜしめたるときは執達吏をして第一に其責に任ぜしむるものにして債権者に故意又は過失の責むべきものありて一般不法行為の責任を負はしむる場合に非ざる限りは債権者は執達吏の職務執行に付き生ぜしめたる損害を賠償すべき責を負ふものに非ざれば原判決は相当にして本論旨は総で理由なし。
同第四点は原判決は「控訴人は係争物件は腐朽し易きものなるに拘らず被控訴人先代が特に法律に許与したる換価の方法を採らざりしは失当なる旨主張すれども民事訴訟法第七百五十六条七百五十条の規定は仮処分債権者又は債務者に換価申立の権能を付与したるに止まり其申立の義務ありと為したる法意にあらず。」と判示せられたり。
然れども前論点の如く代理占有を是認すべき場合は勿論仮りに代理占有の理由立たずとするも申請人の為めに保管せられたるに於ては申請人は保管物の貯蔵に注意を払ふべき法律上の義務ありと信ず。
保管物の腐朽するや否やの調査は保管人と申請人と常に之を為し得べき地位にあるも被申請人は裁判所の許可なきに於ては之を調査することを得ざる地位に在るを以て申請人と被申請人とは同一の地位に在るものと謂ふを得ず。
従て申請人は自己の為めに申請したるが故に敗訴の場合は被申請人に旧態の儘之を返還する義務ありと謂はざるべからず。
然らば腐朽し易きものに付ては之を換価するの義務あること明白なるに拘らず原判決が前示の如く判断したるは法律の誤解に陥りたる違法あるものなりと云ひ」第五点は御院三十七年(オ)第百七十五号三十七年六月二十四日第二民事部判決に曰く「因で按ずるに執達吏は司法機関の一にして独立の職責を有すること勿論なるも同時に当事者の代理人たる資格を有するが故に執達吏が差押を為すに当り債権者に於て債務者の所有物にあらざることを告知するときは執達吏は之が差押を為さざるを以て当然の条理とす。
然れば原判決が上告人に於て本件の差押物は被上告人の所有に属することを知りたる事実を認め。
而して其旨を執達吏に告げて差押を防止せざりしことを以て上告人の過失なりと為したるは相当にして原判決は法則を不当に適用したる不法なし。」と。
而して上告人は原審に於て「被控訴人先代は其後明治四十四年一月再ひ仮処分の執行を為し次で同年五月仮処分物件を金華山東海岸に搬出し其間に於て仮処分物件の腐朽せる事実を知りたるものなり。
然るに被控訴人先代は材木商にして斯る場合の処置に付き特別の智識を有するにも拘らず何等適当の保管方法を講せざるのみならず民事訴訟法に従ひ換価の申出をも為さず剰さへ執達吏より特に換価申出の注意ありしに毫も之を省みず」云云主張したることは原判決の摘示に依り明白にして、且、原判決の第一点説明中にも「其後乙第八号証の如く明治四十四年五月中右仮処分物件を其執行現場より金華山国有林の東海岸に搬出し其搬出に当り一部の木材は腐朽裂損の為め其価格が搬出費用をも償ふに足らざりしを以て之を仮処分現場に放棄し」云云と記述しあり而かも乙第八号証仮処分調書には被上告人先代代理人たる養子佐藤益治が執行に立会ひたる旨の同人の記名調印あるを以て被上告人が其際に於て仮処分物件の腐朽せる事実を了知せるものと謂はざるべからず。
然らば之を裁判所又は執達吏に申出で相当処分即ち換価若くは製材貯蔵等の処置を為し腐朽に因る将来の損害を予防すべき方法を講すべきものなるに之を怠り其翌四十五年四月に至るまで之を放置して雨露に曝し遂に本件の損害を生ぜしめたるは故意又は過失あるものと謂はざるべからざるは前記判例の趣旨に照し洵に明瞭なり。
然るに原審は此点に関する事実を看過し単に被上告人に保管の責任なしとの理由のみを以て之を排斥したるは必要なる争点を遺脱し、且、法律の誤解に陥りたる違法あるものなりと云ふに在り
判旨第三点 。
然れども民事訴訟法第七百五十六条第七百五十条第四項末段の規定は仮処分債権者の外其債務者にも換価申立の権能を付与したるに止まり其申立の義務ありと為したるものに非ざるのみならず執達吏が係争物を保管するは其職務を執行するものにして申請人の為めに之を保管するものと謂ふこと能はざるは前点に対する説明の如くなり。
又被上告人先代又は其代理人が本件係争物を保管したる事実は原院の認めざる所にして被上告人に保管の責任なきこと明なれば其他に被上告人の故意又は過失に因りて本件の損害を生ぜしめたるや否を判示するの要なく上告人の援用せる当院判例は本件に適切ならず本論旨は孰れも理由なし。
以上説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り主文の如く判決せり