大正四年(オ)第二百八十四號
大正四年六月三十日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 債務者ノ交替ニ因ル更改カ新債務者ノ詐欺ニ因リ成立シタル場合ニ於テ債權者カ其意思表示ヲ取消シタルトキハ舊債務ハ消滅セスト雖モ舊債務者ハ更改契約ノ第三者ナルカ故ニ其善意ナル限リ之ニ對シ債權者ハ舊債務ノ存在ヲ主張スルコトヲ得サルモノトス
上告人 加富登麥酒株式會社
訴訟代理人 廣瀬重太良
被上告人 熊谷貞造
右當事者間ノ賣掛代金請求事件ニ付東京控訴院カ大正四年二月二十日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告理由第一點ハ原判決ハ法律ノ適用ヲ誤リタル不法アル判決ナリ原判決ヲ閲スルニ「金一千五百八十三圓二十七錢ノ支拂債務ヲ負擔シタルコトハ控訴人ノ認ムル所ニシテ云云右債務ニ付キ同年十二月三十一日債務者ノ更替ニ依ル更改契約成立シ訴外佐藤孝藏ナル者ノ其債務ヲ負擔スルコトトナリタル事實ハ當事者間ニ爭ナキ所ナリ中畧佐藤孝藏ハ本件更改契約ニ因リテ負擔スル債務ノ支拂ヲ爲ス意思ヲ有セサルニ拘ハラス之ヲ支拂フノ意思アルモノノ如ク裝ヒテ被控訴會社ノ代理人ヲ欺キ錯誤ニ陷ラシメタルコト明カニシテ被控訴會社ト佐藤孝藏トノ間ニ成立シタル本件更改契約ハ佐藤孝藏ノ詐欺ニ因リタルモノト認ムヘキモノニシテ被控訴會社カ明治四十二年四月六日佐藤孝藏ニ對シテ同人ノ詐欺ヲ理由トシテ右更改契約ヲ取消ス旨ノ意思表示ヲ爲シタルコトハ認ムル所ナルヲ以テ本件更改契約ハ之ニ因リテ取消ノ效力ヲ生シタルモノトス然レトモ中畧控訴人ハ佐藤孝藏ノ詐欺ノ意思表示ニ付キ善意ノ第三者ナルヲ以テ被控訴人カ佐藤孝藏ノ詐欺ヲ原因トシテ爲シタル本件更改契約ノ取消ハ之ヲ以テ控訴人ニ對抗スルコトヲ得サルモノナレハ本件更改契約ノ取消ヲ主張シテ右更改契約前ノ舊債務者タル控訴人ニ對シテ爲ス被控訴人ノ本訴賣掛代金ノ請求ハ其理由ナキモノトス下畧」トシ以テ上告人カ被上告人即チ舊債務者竝ニ新債務者佐藤孝藏兩名ノ共謀ノ詐欺ニ基ク新債務ノ發生原因タル更改契約ヲ取消而シテ新債務ハ始メヨリ成立セサルモノトナリタルヲ以テ舊債務ハ消滅セサルモノトシ其舊債務ヲ請求シタル本件ニ於テ被上告人ハ第三者ナルヲ以テ其更改契約ノ取消ヲ被上告人ニ對抗スルヲ得スト認定シタルハ不法ナリ云フ迄モ無ク更改契約ハ新債務ノ發生ト舊債務ノ消滅トノ二箇ヲ原因結果ニ連結シタル一箇ノ契約ナリ從テ新債務カ成立セス若クハ取消サレタル場合ニ舊債務ノ消滅スヘキ理由ナシ之レ更改契約本然ノ性質ナリ今本件ニ於テ被上告人ノ負擔シタリシ舊債務ヲ訴外佐藤孝藏ナル者カ更替シ新債務ヲ負擔シタリトスルモ該新債務カ適法ニ更改契約ノ取消ニ依テ消滅シタルコト亦此取消ニ依テ消滅シタル事實ハ被上告人ニ於テ承諾セル事實ハ原判決モ認定セル所ナレハ舊債務者ノ債務ハ始メヨリ何等ノ變化ヲ示サス去レハ上告人カ被上告人ニ求メタル本件債權債務ノ關係ハ依然トシテ何等ノ影響ヲ受クヘキモノニアラス然ルニ原審ハ上告人カ佐藤孝藏ニ對スル取消ノ意思表示ヲ以テ上告人ニ對抗スルヲ得スト主張スルモ上告人ハ被上告人ニ對シ上告人ヨリ新債務者ニ對スル取消ノ意思表示ヲ以テ對抗スルニアラス始メヨリ消滅セサリシ舊債務ヲ請求シ主張スルニアリテ其恰モ取消ノ意思表示ヲ以テ對抗スルカ如ク見ユルハ佐藤孝藏即チ新債務者トノ關係ニ於テノミニシテ被上告人ニ對スル本訴ノ請求ニ付テハ只ニ沿革タル事實ヲ供述シタルニ外ナラス何トナレハ上告人ハ被上告人ニ對シ更改契約ノ取消ニ由テ新ニ債權ヲ設定シ若クハ新ナル債權ヲ請求スルモノニアラサレハナリ民法第五百十七條ハ更改契約ノ本然ノ性質ヲ明カニシ且ツ新債務ノ不能不成立及ヒ取消ニ由ル舊債務ノ不消滅ヲ絶對的タラシムルノ趣旨ヨリ出テタル規定ナルコトハ改正案第五百十四條ノ理由書ニ依テモ明瞭ナル所ナレハ原判決ノ主張セル如キ此間對抗問題ヲ許ス可キモノニアラス之レ原判決ハ更改契約ノ性質ニ戻リ法ノ適用ヲ誤リタル不法ノ判決ナリト云フ所以ナリト云ヒ」第二點ハ原判決ハ當事者及ヒ第三者法則ノ趣旨ヲ誤解シ法ノ適用ヲ誤リタル不法アル判決ナリ原判決ハ「佐藤孝藏ノ意思表示ニ付キ善意ノ第三者ナルヲ以テ被控訴人カ佐藤孝藏ノ詐欺ヲ原因トシテ爲シタル本件更改契約ノ取消ハ之ヲ以テ控訴人ニ對抗スルコトヲ得サルモノナレハ云云」ト認定シ上告人ノ本件請求ヲ排斥シタリ上告人ハ第一審以來被上告人ハ善意ノ第三者ニアラス加之上告人ト佐藤孝藏トノ間ニ成立シタル更改契約ハ右佐藤孝藏ト被上告人ト共謀シ上告人ヲ詐欺ニ陷入シメ締結セシメラレタル契約ナルコトヲ主張スルモノナリ然レトモ今該共謀ノ點ニ付テハ假ニ原判決ノ認定セル趣旨ニ從ヒ被上告人カ新債務者ノ詐欺ニ共謀ノ事實ナク意ナキモノトシテ果シテ之ヲ法律ニ所謂第三者ニ該當スヘキモノナルヤ否ヤヲ考覈スルニ更改ハ新債務ノ發生ト舊債務ノ消滅トヲ相互條件トスル一箇ノ契約ナレハ債務者ノ更替ニ依ル更改ハ新債務者カ他人ノ舊債務ヲ消滅セシムル爲メ新債務ヲ負擔シ而モ其新債務カ完全ニ成立シ又更改契約カ何等瑕瑾ナク成立シタル場合ニ始メテ舊債務ハ消滅スルモノニシテ新債務若クハ其根本ノ契約タル更改契約ニ法律的瑕疵ノ包含セラルル場合ニハ假リニ新債務ハ成立スルモ舊債務ハ法律上ノ見地ニ於テハ新債務ノ取消テフ危險ヲ無視シテ消滅スルモノト云フヲ得ス從テ本件ニ於テ上告人ノ負擔セル舊債務即チ被上告人ノ上告人ニ對スル賣掛金支拂義務ハ新債務ノ發生原因ニシテ而カモ舊債務タル被上告人ノ賣掛金支拂義務ノ消滅原因タル更改契約ノ瑕疵ハ其兩債務ノ生滅相互條件トナラサルヲ得ス從テ舊債務ヲ負擔スル特定人換言スレハ被上告人ハ其更改契約ノ瑕疵ノ有無ヨリ生スル效果ハ當然甘受セサルヘカラサル筋合ナリ之レ新舊債務ノ生滅ヲ内容トスル更改契約ヨリ自然ニ生スル法理ニシテ從テ舊債務ヲ負擔セシ特定人ヲ純然タル第三者トシテ更改契約ノ内容ヨリ排除スルハ債權債務ノ性質竝ニ更改契約ノ性質ヨリスルモ不法タルヲ免カレス然ラハ債務者ノ更代ニ依ル更改契約ノ場合ニ於ケル舊債務者ノ地位ハ第三者ニアラス而モ當事者ニアラス第三者ニアラス當事者ニアラストスレハ其地位ノ如何ヲ他ニ求メサル可カラス民法カ更改ヲ以テ債權ノ消滅原因トシ然モ辨濟ニ依ル本然消滅ノ變則ヲ設ケ而シテ尚ホ債務者ノ更代ニ依ル更改ヲ認メ人ヲシテ債務ノ引受代位辨濟又ハ第三者ノ爲メニスル契約等ト判然其區別ヲ爲スニ迷ハシムルモノ各其規定アリテ規定ノ趣旨ニ從ヒ其法律上ノ地位ヲ考案セサル可カラサルコトハ法律解釋ノ云フ迄モ無ク直接人ト法律關係ニ立ツ者ハ當事者ナリ當事者ニアラスシテ他人間ノ法律關係ニ利害ヲ有スルモノハ承繼人若クハ第三者ナリ然シテ全然他人間ノ法律關係ニ利害ヲ有セサル者ヲ狹義ノ第三者トス此ノ區別ヨリスルトキハ債務者ノ更代ニ依ル更改契約ノ場合ニ於ケル舊債務者ハ第三者ニシテ而モ利害ヲ有スル第三者ナリ此利害ヲ有スル第三者ノ地位ハ(舊債務者ト云フ)民法ノ規定ヨリ生シタル特別ノ名稱ヲ有スル地位ナリ而シテ此地位ノ實現ハ新債務者ト債權者トノ間ニ生シタル更改契約ニ依テ發生シタルナリ然ラハ其更改契約ヨリ生スル效果ハ利害共ニ之ヲ甘受セサル可ラス若シ夫レ原判決ノ如ク之ヲ狹義ノ第三者ト解スルトキハ舊債務ノ消滅ハ如何ナル理由ニ依テ之ヲ認ムルカ其契約ノ效力ヨリ生スルモノナルコトハ異論ナカラン舊債務ノ消滅ニシテ更改契約ヨリ生シタルモノナリトスレハ其消滅セサル場合モ亦更改契約ノ效力ニ從ハサル可カラサルコトハ之法理ノ自然ナリ觀依之債務者ノ交替ニ依ル更改ノ場合ノ舊債務者ハ民法第九十六條第三項ニ所謂第三者ニアラスシテ「新債務者ト債權者トノ更改契約ノ效力ニ當然利害ノ影響ヲ受クヘキ地位ニアル特定人ナリ」此見解ハ民法第五百十五條第五百十八條等ニ依テモ明瞭ナリ民法ハ舊債權者舊債務者新債權者新債務者等ト呼ヒ他ノ一般者ヲ以テ第三者ト稱スル等其用語解釋ヨリスルモ舊債務者カ所謂第三者ニアラサルヲ知ルニ足ル(換言スレハ舊債務者ト云フ地位ナリ)之原判決ハ法ノ趣旨ヲ誤リタル不法アル判決ニシテ右何レノ點ヨリスルモ到底破毀ヲ免カレサルモノト思考スト云フニ在リ
因テ按スルニ更改契約カ舊債務消滅ノ效力ヲ生スルハ新債務ノ發生ヲ條件トスルモノナルヲ以テ債務者ノ交替ニ因ル更改ニ於テ其契約カ新債務者ノ詐欺ニ因ル意思表示ナリシ爲メ債權者ニ於テ之ヲ取消シタルトキハ舊債務ノ消滅スヘキモノニ非ラサルコト論ヲ俟タスト雖モ如上ノ更改契約ニ於ケル當事者ハ債權者及ヒ新債務者ニシテ舊債務者ハ之ニ關與セス唯其意思ニ反シテ更改ノ爲サレサルコトヲ要求スルヲ得ル地位ニ在ルノミナレハ舊債務者ハ契約ノ當事者ニ非スシテ第三者ナリ而モ其契約ニ對シ利害ノ關係ヲ有スルニ止マルモノナリ而シテ詐欺ニ因ル意思表示ノ取消ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得サルヲ以テ債權者ハ如上更改契約ノ取消ヲ以テ善意ノ舊債務者ニ對抗シ舊債務ノ消滅セサルコトヲ主張スルヲ得サルモノトス本件ニ於テ原院ハ被上告人カ上告會社ニ對シ賣掛代金殘額千五百八十三圓二十七錢ノ支拂債務ヲ負擔シタル處上告會社ト訴外佐藤孝藏間ニ債務者ノ交替ニ因ル更改契約成立シ孝藏ニ於テ其債務ヲ負擔スルコトヲ約シタルモ右更改契約ハ孝藏カ債務ノ支拂ヲ爲ス意思ヲ有セサルニ拘ハラス之ヲ支拂フ意思アルモノノ如キ態度ヲ裝ヒテ上告會社ノ代理人ヲ欺キ錯誤ニ陷ラシメタル結果成立シタルモノニシテ上告會社ハ孝藏ノ詐欺ニ因ル意思表示ナリトシ同人ニ對シ契約取消ノ意思表示ヲ爲シタルコトヲ認メタルモ被上告人カ孝藏ト共謀シテ上告會社ノ代理人ヲ欺キタルコト若クハ被上告人ニ於テ其詐欺ノ情ヲ知リタルコトハ原院ノ認メサル所ナルヲ以テ被上告人ヲ善意ノ第三者ナリトシ前示ノ理由ニ依リ上告會社ノ本訴請求ヲ排斥シタルハ相當ニシテ本論旨ハ孰レモ理由ナシ
以上説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ主文ノ如ク判決セリ
大正四年(オ)第二百八十四号
大正四年六月三十日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 債務者の交替に因る更改が新債務者の詐欺に因り成立したる場合に於て債権者が其意思表示を取消したるときは旧債務は消滅せずと雖も旧債務者は更改契約の第三者なるが故に其善意なる限り之に対し債権者は旧債務の存在を主張することを得ざるものとす。
上告人 加富登麦酒株式会社
訴訟代理人 広瀬重太良
被上告人 熊谷貞造
右当事者間の売掛代金請求事件に付、東京控訴院が大正四年二月二十日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告理由第一点は原判決は法律の適用を誤りたる不法ある判決なり。
原判決を閲するに「金一千五百八十三円二十七銭の支払債務を負担したることは控訴人の認むる所にして云云右債務に付き同年十二月三十一日債務者の更替に依る更改契約成立し訴外佐藤孝蔵なる者の其債務を負担することとなりたる事実は当事者間に争なき所なり。
中略佐藤孝蔵は本件更改契約に因りて負担する債務の支払を為す意思を有せざるに拘はらず之を支払ふの意思あるものの如く装ひて被控訴会社の代理人を欺き錯誤に陥らしめたること明かにして被控訴会社と佐藤孝蔵との間に成立したる本件更改契約は佐藤孝蔵の詐欺に因りたるものと認むべきものにして被控訴会社が明治四十二年四月六日佐藤孝蔵に対して同人の詐欺を理由として右更改契約を取消す旨の意思表示を為したることは認むる所なるを以て本件更改契約は之に因りて取消の効力を生じたるものとす。
然れども中略控訴人は佐藤孝蔵の詐欺の意思表示に付き善意の第三者なるを以て被控訴人が佐藤孝蔵の詐欺を原因として為したる本件更改契約の取消は之を以て控訴人に対抗することを得ざるものなれば本件更改契約の取消を主張して右更改契約前の旧債務者たる控訴人に対して為す被控訴人の本訴売掛代金の請求は其理由なきものとす。
下略」とし以て上告人が被上告人即ち旧債務者並に新債務者佐藤孝蔵両名の共謀の詐欺に基く新債務の発生原因たる更改契約を取消。
而して新債務は始めより成立せざるものとなりたるを以て旧債務は消滅せざるものとし其旧債務を請求したる本件に於て被上告人は第三者なるを以て其更改契約の取消を被上告人に対抗するを得ずと認定したるは不法なり。
云ふ迄も無く更改契約は新債務の発生と旧債務の消滅との二箇を原因結果に連結したる一箇の契約なり。
従て新債務が成立せず若くは取消されたる場合に旧債務の消滅すべき理由なし。
之れ更改契約本然の性質なり。
今本件に於て被上告人の負担したりし旧債務を訴外佐藤孝蔵なる者が更替し新債務を負担したりとするも該新債務が適法に更改契約の取消に依て消滅したること亦此取消に依て消滅したる事実は被上告人に於て承諾せる事実は原判決も認定せる所なれば旧債務者の債務は始めより何等の変化を示さず去れば上告人が被上告人に求めたる本件債権債務の関係は依然として何等の影響を受くべきものにあらず。
然るに原審は上告人が佐藤孝蔵に対する取消の意思表示を以て上告人に対抗するを得ずと主張するも上告人は被上告人に対し上告人より新債務者に対する取消の意思表示を以て対抗するにあらず。
始めより消滅せざりし旧債務を請求し主張するにありて其恰も取消の意思表示を以て対抗するが如く見ゆるは佐藤孝蔵即ち新債務者との関係に於てのみにして被上告人に対する本訴の請求に付ては只に沿革たる事実を供述したるに外ならず何となれば上告人は被上告人に対し更改契約の取消に由で新に債権を設定し若くは新なる債権を請求するものにあらざればなり。
民法第五百十七条は更改契約の本然の性質を明かにし且つ新債務の不能不成立及び取消に由る旧債務の不消滅を絶対的たらしむるの趣旨より出でたる規定なることは改正案第五百十四条の理由書に依ても明瞭なる所なれば原判決の主張せる如き此間対抗問題を許す可きものにあらず。
之れ原判決は更改契約の性質に戻り法の適用を誤りたる不法の判決なりと云ふ所以なりと云ひ」第二点は原判決は当事者及び第三者法則の趣旨を誤解し法の適用を誤りたる不法ある判決なり。
原判決は「佐藤孝蔵の意思表示に付き善意の第三者なるを以て被控訴人が佐藤孝蔵の詐欺を原因として為したる本件更改契約の取消は之を以て控訴人に対抗することを得ざるものなれば云云」と認定し上告人の本件請求を排斥したり。
上告人は第一審以来被上告人は善意の第三者にあらず。
加之上告人と佐藤孝蔵との間に成立したる更改契約は右佐藤孝蔵と被上告人と共謀し上告人を詐欺に陥入しめ締結せしめられたる契約なることを主張するものなり。
然れども今該共謀の点に付ては仮に原判決の認定せる趣旨に従ひ被上告人が新債務者の詐欺に共謀の事実なく意なきものとして果して之を法律に所謂第三者に該当すべきものなるや否やを考覈するに更改は新債務の発生と旧債務の消滅とを相互条件とする一箇の契約なれば債務者の更替に依る更改は新債務者が他人の旧債務を消滅せしむる為め新債務を負担し而も其新債務が完全に成立し又更改契約が何等瑕瑾なく成立したる場合に始めて旧債務は消滅するものにして新債務若くは其根本の契約たる更改契約に法律的瑕疵の包含せらるる場合には仮りに新債務は成立するも旧債務は法律上の見地に於ては新債務の取消てふ危険を無視して消滅するものと云ふを得ず。
従て本件に於て上告人の負担せる旧債務即ち被上告人の上告人に対する売掛金支払義務は新債務の発生原因にして而かも旧債務たる被上告人の売掛金支払義務の消滅原因たる更改契約の瑕疵は其両債務の生滅相互条件とならざるを得ず。
従て旧債務を負担する特定人換言すれば被上告人は其更改契約の瑕疵の有無より生ずる効果は当然甘受せざるべからざる筋合なり。
之れ新旧債務の生滅を内容とする更改契約より自然に生ずる法理にして。
従て旧債務を負担せし特定人を純然たる第三者として更改契約の内容より排除するは債権債務の性質並に更改契約の性質よりずるも不法たるを免がれず。
然らば債務者の更代に依る更改契約の場合に於ける旧債務者の地位は第三者にあらず。
而も当事者にあらず。
第三者にあらず。
当事者にあらずとすれば其地位の如何を他に求めざる可からず。
民法が更改を以て債権の消滅原因とし然も弁済に依る本然消滅の変則を設け。
而して尚ほ債務者の更代に依る更改を認め人をして債務の引受代位弁済又は第三者の為めにする契約等と判然其区別を為すに迷はしむるもの各其規定ありて規定の趣旨に従ひ其法律上の地位を考案せざる可からざることは法律解釈の云ふ迄も無く直接人と法律関係に立つ者は当事者なり。
当事者にあらずして他人間の法律関係に利害を有するものは承継人若くは第三者なり。
然して全然他人間の法律関係に利害を有せざる者を狭義の第三者とす。
此の区別よりずるときは債務者の更代に依る更改契約の場合に於ける旧債務者は第三者にして而も利害を有する第三者なり。
此利害を有する第三者の地位は(旧債務者と云ふ)民法の規定より生じたる特別の名称を有する地位なり。
而して此地位の実現は新債務者と債権者との間に生じたる更改契約に依て発生したるなり。
然らば其更改契約より生ずる効果は利害共に之を甘受せざる可らず。
若し夫れ原判決の如く之を狭義の第三者と解するときは旧債務の消滅は如何なる理由に依て之を認むるか其契約の効力より生ずるものなることは異論ながらん旧債務の消滅にして更改契約より生じたるものなりとすれば其消滅せざる場合も亦更改契約の効力に従はざる可からざることは之法理の自然なり。
観依之債務者の交替に依る更改の場合の旧債務者は民法第九十六条第三項に所謂第三者にあらずして「新債務者と債権者との更改契約の効力に当然利害の影響を受くべき地位にある特定人なり。」此見解は民法第五百十五条第五百十八条等に依ても明瞭なり。
民法は旧債権者旧債務者新債権者新債務者等と呼ひ他の一般者を以て第三者と称する等其用語解釈よりずるも旧債務者が所謂第三者にあらざるを知るに足る(換言すれば旧債務者と云ふ地位なり。
)之原判決は法の趣旨を誤りたる不法ある判決にして右何れの点よりずるも到底破毀を免がれざるものと思考すと云ふに在り
因で按ずるに更改契約が旧債務消滅の効力を生ずるは新債務の発生を条件とするものなるを以て債務者の交替に因る更改に於て其契約が新債務者の詐欺に因る意思表示なりし為め債権者に於て之を取消したるときは旧債務の消滅すべきものに非らざること論を俟たずと雖も如上の更改契約に於ける当事者は債権者及び新債務者にして旧債務者は之に関与せず唯其意思に反して更改の為されざることを要求するを得る地位に在るのみなれば旧債務者は契約の当事者に非ずして第三者なり。
而も其契約に対し利害の関係を有するに止まるものなり。
而して詐欺に因る意思表示の取消は之を以て善意の第三者に対抗することを得ざるを以て債権者は如上更改契約の取消を以て善意の旧債務者に対抗し旧債務の消滅せざることを主張するを得ざるものとす。
本件に於て原院は被上告人が上告会社に対し売掛代金残額千五百八十三円二十七銭の支払債務を負担したる処上告会社と訴外佐藤孝蔵間に債務者の交替に因る更改契約成立し孝蔵に於て其債務を負担することを約したるも右更改契約は孝蔵が債務の支払を為す意思を有せざるに拘はらず之を支払ふ意思あるものの如き態度を装ひて上告会社の代理人を欺き錯誤に陥らしめたる結果成立したるものにして上告会社は孝蔵の詐欺に因る意思表示なりとし同人に対し契約取消の意思表示を為したることを認めたるも被上告人が孝蔵と共謀して上告会社の代理人を欺きたること若くは被上告人に於て其詐欺の情を知りたることは原院の認めざる所なるを以て被上告人を善意の第三者なりとし前示の理由に依り上告会社の本訴請求を排斥したるは相当にして本論旨は孰れも理由なし。
以上説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り主文の如く判決せり