運送貨物滅失損害賠償請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）19輯83頁

上告論旨は原判決は上告人の甲第三号証の一たる貨物引換証には運賃先払とありて其金額の記載なきに依り法定の要件を欠きたる無効のものにして此無効なる貨物引換証と引換に貨物を引渡さざることに付、法律上何等の責任を負ふことなしとの抗弁に対し貨物引換証に於ける運送賃の記載は荷受人及運送品の表示又は運送人の署名と異なり。 貨物引換証の観念上欠くべからざるものにあらず。 且つ夫れ運送賃は当事者間に於て自ら一定し居るものなるを以て貨物引換証に依りて取引する者は仮令[たとい]証券に運送賃の記載なきも其証券所掲の貨物の運送賃の幾何なるやは略ほ之を推知し得べきに依り其記載は貨物引換証の所持人の為め殆んど実用なきものと謂ふべし。 斯る実用乏しく且つ貨物引換証の観念上欠くべからざるものにあらざる事項の記載を欠きたるか為め証券を無効とすることは法の欲する所にあらざるべく。 従て法の精神は運送賃を以て貨物引換証に記載すべき任意事項と為したるに止まりて之を欠きたるか為め証券を無効ならしむる絶対的要件と為したるものにあらずと解するを相当とすべきを以て甲第三号証の一たる本件貨物引換証に運送賃の記載なきも該貨物引換証の有効なるや勿論と謂ふべく。 従て控訴人（上告人）は其貨物引換証と引換に貨物を引渡さざることに付き其責任を負担せざるべからざるは論を竢たざる所なりと謂ふべしと説明し上告人の抗弁を排斥したり。 然れども[しかれども]商法第三百三十三条第二項には貨物引換証には運送賃を記載することを要する旨を明記しある以上は運送賃の記載は貨物引換証の絶対的必要条件たることは論を竢たざる所にして同項の内其或ものは要件にして或ものは要件にあらずとして之を区別して解釈すべきものにあらず。 要するに原判決は此点に於て法則を不当に適用したる不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在り」被上告代理人答弁の趣旨は本件請求の原因は決して被上告人は貨物引換証の所持人として上告運送人に対抗したるにあらず。 又貨物引換証に依る違約を原因と為したるものにもあらず。 各弁論調書に明確の通り第一審以来当に主張したる原因は荷送人として運送人に対する荷為替運送委託の趣旨に違へられたる。 即ち直接相対契約義務の不履行を原因として其損害を要償したるものなるが故に他の貨物引換証所持人より運送人に対する権利関係の如き運送人の作成したる貨物引換証の文言のみに限定せらるべきものにあらず。 偶偶運送人が要式の脱漏せる引換証を発行するも荷送人より委託せられたる約務を変更せる事実あるにあらざれば荷送人に対する運送委託の権利関係を左右すべからず。 而も上告人は第二審の終りに貨物引換証の不適式を抗弁したれども本件は其証券に基く訴にあらざる故書式の適否は論外の事項として斥くべき所原判文中該点書式の適否を説明したるは請求原因たる事実に対しても法律上の攻撃方法に対しても副はざる理由を附加したるに在り其他の理由説明に於て請求原因の事実理由を具へたり。 依て本件上告は原判文中の不主要の理由に対し徒に[いたずらに]論難を試むる不当の上告なりと云ふ[いう]に在り

仍て[よって]按ず[あんず]るに貨物引換証には之に記載すべき要件として商法第三百三十三条第二項に規定したる事項を記載することを要し運送賃の如きも支払済の場合は格別未払の場合に於ては其数額若くは之を算定する標準を知ることを得べき程度に記載するを要し単に運送賃先払と記載したるのみにて其数額を知るに足るべき事項を記載せざるものは貨物引換証たるの効なきものとす。 是れ本院判例（明治三十六年お第二八七号上告事件同三十七年五月二十八日民事連合部判決）の示す所にして貨物引換証に関する商法の各規定を参照し其立法の趣旨に徴するも同法第三百三十三条第二項の規定は之に記載要件として掲げたる事項中に軽重の差別を設け運送賃の如きは必ずしも之を記載することを要せざる法意なりと解し難きを以て右判例の趣旨は之を変更すべき理由あるを見す。 然るに原院が本件貨物引換証に運送賃の記載なきも尚ほ貨物引換証たるの効力あるものと判定したるは違法たるを免れず。 而して[しこうして]原院は被上告人答弁の如き契約違背の事実を確定したることなく専ら商法の理論に基き本件貨物引換証と引換ふることなくして系争貨物を荷受人に引渡したるか為めに上告人に其責ありと為したること判文上明白なれば原判決は之を維持するに足るべき理由を具備せざるものとす。

以上説明するが如く本件上告は其理由あるを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項及び第四百四十八条第一項に依り主文の如く判決するものなり。