明治四十五年(オ)第百五十三號
大正元年八月五日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 契約解除ノ意思表示ニ付テハ其原因ヲ明示スルコトヲ要スル旨ノ規定ナキカ故ニ之カ明示ヲ爲ササルモ苟モ解除ノ原因存シ之ニ基キテ解除ノ意思ヲ表示シタルトキハ其意思表示ハ有效ナリトス
右當事者間ノ損害賠償請求事件ニ付宮城控訴院カ明治四十五年二月十二日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告論旨第一點ハ原院ハ本訴當事者間ノ契約新甲第一號證ニ依レハ乘客貨物ノ運賃ハ次航海マテニ整理シテ船舶會計係ニ納付スヘキ規定アリ而シテ次航海トハ同一汽船ノ次航海ニシテ其航海日數ハ四日ナルコトハ上告人ノ自認スル所ナリ云云然ルニ乙第二號證ニ徴スレハ同號證ノ第二、四、五、十乃至十五項ノ如ク次航海マテニ右乘客貨物ノ運賃ヲ支拂フコトヲ四日以上遲延シタルコトヲ認メ得ルカ故ニ被上告人ノ契約解除ハ其理由アリトノ趣旨ヲ説明セラレタリ然レトモ同一汽船ノ一航海ニハ通常四日ヲ要スルコトハ上告人之ヲ認ムレトモ同一汽船カ必ス四日内ニ一航海ヲ爲シ來ルコトハ必然ノコトニアラス此點ニ關シテハ上告人ハ甲第六號證ヲ提出シテ或船ハ殆ント二十日モ入港セス即チ或航海ト次航海マテニハ二十日間以上ノ日數アレトモ必ス其次航海ノ時ニハ其計算支拂ヲ了シタル旨ヲ抗爭セリ(他ノ汽船入港スルモ取引關係不明ナル爲メ運賃等ノ計算ヲ爲サス必ス同一汽船ノ次航海ノ時ニ計算スルモノナリ)然ルニ原院ハ乙第二號證ノ第二項ニ明治四十二年九月六日入港ノ海平丸第二十九次計算金ハ四十二年十月二日ニ支拂ヲ爲シタリトノ被上告人ノ主張ヲ採用シ直チニ四日ヲ經過シタル支拂ハ遲延シタル支拂ヒナル旨ヲ説明シテ毫モ明治四十二年九月六日海平丸ノ航海後同年十月二日マテノ間ニ同船カ入港シタリヤ否ヤ即チ同年九月六日ノ航海ノ次航海ハ何時ナリシヤヲ確定セス其他乙第二號證第四、五、十乃至十四項ノ場合モ總テ此例ノ如シ若シ上告人主張ノ如ク右明治四十二年九月六日ノ海平丸航海ノ次航海ハ同年十月二日ナリトセハ上告人ニ何等契約違反ノ廉ナキモノナルヲ以テ原院カ此點ヲ判斷セス單ニ通常一航海ハ四日ヲ要ストノ當事者間ニ爭ヒナキ事實ヲ採ツテ或汽船ノ一航海後四日ヲ經過セハ直チニ支拂計算ヲ爲ス義務アルモノノ如ク判斷シタルハ明カニ不法ナリト信ス又原院ハ乙第二號證ノ第十五項ニ依リ上告人ニ契約違反アリト認メラレタレトモ乙第二號證ニハ第十四項マテアルノミニシテ第十五項ナルモノナシ之當事者雙方ノ主張セサル事實ヲ裁判所ニ於テ捏造シ一方ノ當事者ニ不利益ヲ歸シタル不法アルモノト思料スト云ヒ」第二點ハ原判決ハ「前畧又乙第十號乃至第十二號證ニ依レハ控訴人(被上告人)主張ノ第七乃至第九項ノ船賃即チ明治四十二年十二月二十五日ヨリ同二十八日マテノ間ニ於ケル浦門丸同月二十九日ヨリ明治四十三年一月一日マテノ間ニ於ケル同船同年一月二十三日ヨリ同二十六日マテノ間ニ於ケル同船同年二月十一日ヨリ同十四日マテノ間ニ於ケル同船ノ各航海ニ關シ被控訴人(上告人)ハ其取扱ニ係ル乘客貨物ノ船賃ヲ前同樣控訴人(被上告人)ニ支拂フコトヲ延滯シタルカ故ニ被控訴人(上告人)ハ貨物乘客取扱ニ關スル契約中乘客貨物ノ運賃ハ次航海マテニ整理シテ船舶會計係ニ納付スルコトトアル條項ニ違背シタルモノト謂フヘク云云」ト説明セラレタリ右ニ所謂「前同樣」トノコトハ判決ニ於ケル前記理由ヲ受ケタル語即チ上告
第一點ニ論シタル如ク宮古港ト釜石港トノ間ハ一航海通常四日ヲ要ストノコトハ當事者間ニ爭ヒナキ事實ナリ然ルニ上告人ハ此日數ヲ經過シテ船賃ノ計算ヲ爲シタリトノ理由ヲ畧シタル語ニシテ從テ右賃銀ハ次航海マテニ整理シテ次航海ノ時之ヲ支拂フトノ契約ニ違反シタルモノナリト認メラレタルモノナルヘシ然レトモ此點ハ第一點ニ論スルカ如ク一航海ニ四日ヲ要ストノコトハ四日目ニハ必ス同一汽船カ航海シ來ルトノ意義ニアラサルヲ以テ右浦門丸ノ前記期間内ニ於ケル或航海ノ次航海ハ何日ナリシヤヲ確定スルニアラサレハ次航海ニ船賃ノ計算ヲ爲ス云云ノ所謂計算ノ時期ヲ知ルニ由ナク從テ上告人カ契約違反ノ責ヲ負フヘキ理由ヲ知ルニ苦シマサルヲ得ス之明カニ爭點ヲ遺脱シ且ツ理由不備ノ判決ナリト信スト云フニ在リ
依テ審按スルニ本件ニ於テ同一汽船ノ次航海ノ日數ノ通常四日ヲ要スルモノナルコトヲ上告人カ自認セルコトハ原院ノ説示スル所ナリ左レハ此場合ニ於テ論旨汽船ノ航海カ四日以上ヲ要シタルニ於テハ其立證ハ上告人ニ於テ爲スヘキモノナルニ上告人カ其立證ヲ爲ササルヨリ原院ハ論旨汽船ノ航海カ孰レモ四日ヲ要シタルモノト認定シタルモノニシテ原判旨ハ論旨ノ如キ違法アルコトナシ
上告論旨第三點ハ原判決ハ「前畧此點ニ關シ審按スルニ當事者間ニ於ケル貨物乘客取扱ニ關スル契約中ニハ云云被控訴人(上告人)ハ乘客貨物ノ取扱ヲ懇切確實迅速ニ爲スヘキコト若シ前示條項ニ違背シタルトキハ控訴人(被上告人)ハ契約ヲ解除シ得可キコトノ規約ノ存セシコトハ新甲第一號證云云ニ由リテ明白ナリ云云」ト説示シ更ニ「又證人小野彦左衛門北田親民服部保受ノ證言ニ由レハ云云荷爲替金ノ支拂敏活ナラサリシ事實ヲ推知スルヲ得可シ云云被控訴人(上告人)ハ即チ前示貨物乘客取扱ニ關スル條項ニ違背シタルモノナレハ控訴會社(被上告人)ノ爲メニ契約解除ノ原因生シタルモノト謂ハサルヲ得ス云云」ト説明セラレタリ然レトモ新甲第一號證ニ乘客貨物取袋ニ關シ懇切確實迅速云云ト稱スルハ乘客竝ニ乘客カ携帶スル貨物ニ關スルモノニシテ荷爲替金ノ如キハ囘漕店ト囘漕店トノ關係ニシテ本件上告人ト被上告人トノ關係ノ如キ乘客取扱店ト船舶ニ因ル運送業者トノ關係ニアラス而シテ其事ハ上告人ヨリ原審ニ提出シタル準備書面中「立證方法(丙)ニ對スル辯明」中ニ陳述抗爭シタリ然ルニ原院ハ荷爲替金ノ支拂不敏活トノ事實モ新甲第一號證ニ所謂乘客貨物ニ付キ迅速ヲ缺クトノ意義中ニ包含セラルヘキモノナリヤ否ヤヲ確定セスシテ漫然荷爲替金ノ支拂不敏活ナリトノコトヲ以テ上告人ノ責ニ歸シタルハ契約ニ於テ上告人カ責ヲ負フヘキ事項ニアラサル事實ヲ採リテ其責任ニ歸シタル不法アリ若シ然ラストセハ原院ハ荷爲替金モ新甲第一號證ニ所謂乘客貨物ト云フ中ニ包含セラルルヤ否ヤノ爭點ヲ決セサルノ不法アリ若シ又之ヲ決シタリトセハ其判斷ヲ判決ニ示ササル理由不備ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ
依テ審按スルニ原判決ニハ論旨ノ如キ違法アリトスルモ原院ハ上告人カ貨物乘客取扱ニ關スル條項以外ノ事項即チ乘客貨物ノ運賃ノ支拂時期ニ關シテ契約ニ違背シタルコトヲ認メ被上告人カ爲シタル解除ノ有效ナルコトヲ斷定シタレハ此斷定ニ依リテ判決ノ主文ヲ維持スルニ足ルカ故ニ本論旨事項ノ違法ハ以テ原判決ヲ破毀スルニ足ラサルモノニシテ結局本論旨モ採用スルヲ得ス
上告論旨第四點ハ原院ハ「前畧甲第五號證ノ一ニハ「兼テ締結セル取扱店ノ契約ヲ本月三十一日限リ止ムヲ得ス解約致候問不惡御了承相成度」云云ノ記載アリテ同證ニヨリテハ解除ノ原因ヲ知ルニ由ナシト雖モ解除ノ意思表示ハ其原因ヲ明示スル旨ノ規定ナキニ依リ其原因ヲ明示セサルモ之ヲ以テ其意思表示ヲ無效ナリトスルヲ得サルヤ多辯ヲ要セス云云」ト説明セラレタリ然レトモ甲第五號證ノ一ニハ其冒頭ニ「今般社業施設上ノ都合ニ由リ兼テ締結セル取扱店ノ契約云云」トアリテ右解約ノ理由ハ被上告人ノ社業施設上ノ都合ニ因ルモノニシテ上告人ノ契約不履行ニ由ルモノニアラサルコトヲ上告人ハ屡々抗爭シタリ然ルニ原院ハ契約解除ノ原因ハ明示スルヲ要スルノ規定ナキヲ以テ之ヲ明示スルヲ要セス不明ニテモ可ナリトノ趣旨ニ説明セラレタリ若シ果シテ原院ノ解釋ノ如クナリトセハ茲ニ數項ノ條項ヲ約シ其何レカ一ニ違背シタル場合ニ於テハ解除權アル旨ヲ約シタリトシ而シテ一方カ其何レノ條項ニ違背シタリヤヲ示サス漫然之ヲ解約スル旨ノ通知ヲ爲シタリトセンニ之カ解約ノ當不當カ問題ト爲リタル場合ニ於テ原院ノ解釋ノ如クセハ解約通知者ハ其原因ハ之ヲ説明スルノ必要ナシトノ一片ノ抗辯ヲ爲セハ足ルヘク從テ絶對ニ解約ノ當不當ハ之ヲ爭フコト能ハサルモノナリトノ結論ヲ生スルニ至ルヘシ豈ニ斯ル不法アリンヤ假令法文ニハ解約ノ原因ヲ明示スヘキ規定ナシトスルモ當事者カ之ヲ明示シタル以上ハ其明示シタル條項ニ由ル解約カ正當ナリヤ否ヤノ判斷ヲ仰クノ道ナカルヘカラス抑モ契約ノ解除ハ當事者雙方ノ合意ニ依ラサル限リハ當事者一方カ特約若クハ法律ノ規定ニ基キ解除權ヲ有シ且ツ之ヲ行使シタル場合ニアラサレハ其效力ヲ發生セサルモノトス而シテ解除權ハ特約ノ趣旨若クハ法律ノ規定スル所ノ事由ノ發現ニ因リ生スヘキモノナルヲ以テ各事由毎ニ解除權發生シ一契約ニ付數箇ノ解除權發生スルコトアルモノト解スルヲ相當トス故ニ當事者ノ一方カ特定セル事項ヲ理由トシテ解約ノ意思表示ヲ爲シタルトキハ其理由トセル事項ニ付テノミ解除ノ有效ナリヤ否ヤヲ決定スヘク假令該契約ニ關シ他ノ事由ニ依テ解除權アリシ場合ト雖モ之カ爲メニ解除ノ效力生セサルモノト云ハサルヘカラス蓋シ他ノ事由ニ於ケル解除權ハ行使セラレサルモノナルヲ以テナル然ルニ原院ノ如ク其何レノ條項ニ由テ解約シタルヤヲ示ス必要ナク其相手方ハ絶對ニ解約ノ當不當ヲ論スルノ餘地ナキモノナリトノ見解ハ法律ヲ誤リタル解釋ナリト信ス尚又原審ニ於テ被上告人ハ甲第五號證ノ一ニ於テ被上告人ノ社業施設上ノ都合ニ依リ解約云云ノ通知ヲ爲シタルモ其實ハ上告人ノ契約不履行ヲ原因トシタルモノナリト主張シ之ニ對シ上告人ハ其意思表示ノ效力ハ明示セラレタル表示ニ依テ決定スヘクシテ留保セラレタル意思ニ依テ決定スヘキモノニアラスト抗爭シタリ然ルニ原院ハ其明示セラレタルニ由リテ本件解約ノ意思表示カ無效ナリヤ將タ留保セラレタル意思ニ基キ有效ナリヤノ説明ヲ爲ササルハ爭點ヲ遺脱セル不法アルモノト信スト云フニ在リ
依テ審按スルニ契約解除ノ意思表示ニ付テハ原判旨ノ如ク其原因ヲ明示スルコトヲ要スル旨ノ規定ナキカ故ニ之カ明示ヲ爲ササルモ其意思表示ハ有效ナリトス而シテ本件ニ於テ被上告人カ爲シタル解除ノ意思表示ニ付テハ其原因ヲ知ルヲ得サルコトハ原院ノ認ムル所ナレトモ被上告人ノ爲メニ解除原因存シ而シテ其原因ニ基キテ解除ノ意思ヲ表示シタルコトモ亦原院ノ認ムル所ナレハ被上告人カ本件ニ付キ爲シタル解除ノ意思表示ハ有效ニシテ之ヲ是認シタル原判決ハ論旨ノ如キ違法アルコトナシ
以上説明スルカ如ク本件上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ主文ノ如ク判決スルモノトス
明治四十五年(オ)第百五十三号
大正元年八月五日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 契約解除の意思表示に付ては其原因を明示することを要する旨の規定なきが故に之が明示を為さざるも苟も解除の原因存し之に基きて解除の意思を表示したるときは其意思表示は有効なりとす。
右当事者間の損害賠償請求事件に付、宮城控訴院が明治四十五年二月十二日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告論旨第一点は原院は本訴当事者間の契約新甲第一号証に依れば乗客貨物の運賃は次航海までに整理して船舶会計係に納付すべき規定あり。
而して次航海とは同一汽船の次航海にして其航海日数は四日なることは上告人の自認する所なり。
云云然るに乙第二号証に徴すれば同号証の第二、四、五、十乃至十五項の如く次航海までに右乗客貨物の運賃を支払ふことを四日以上遅延したることを認め得るが故に被上告人の契約解除は其理由ありとの趣旨を説明せられたり。
然れども同一汽船の一航海には通常四日を要することは上告人之を認むれども同一汽船が必す四日内に一航海を為し来ることは必然のことにあらず。
此点に関しては上告人は甲第六号証を提出して或船は殆んど二十日も入港せず。
即ち或航海と次航海までには二十日間以上の日数あれども必す其次航海の時には其計算支払を了したる旨を抗争せり(他の汽船入港するも取引関係不明なる為め運賃等の計算を為さず必す同一汽船の次航海の時に計算するものなり。
)然るに原院は乙第二号証の第二項に明治四十二年九月六日入港の海平丸第二十九次計算金は四十二年十月二日に支払を為したりとの被上告人の主張を採用し直ちに四日を経過したる支払は遅延したる支払ひなる旨を説明して毫も明治四十二年九月六日海平丸の航海後同年十月二日までの間に同船が入港したりや否や。
即ち同年九月六日の航海の次航海は何時なりしやを確定せず其他乙第二号証第四、五、十乃至十四項の場合も総で此例の如し若し上告人主張の如く右明治四十二年九月六日の海平丸航海の次航海は同年十月二日なりとせば上告人に何等契約違反の廉なきものなるを以て原院が此点を判断せず単に通常一航海は四日を要すとの当事者間に争ひなき事実を採って或汽船の一航海後四日を経過せば直ちに支払計算を為す義務あるものの如く判断したるは明かに不法なりと信ず。
又原院は乙第二号証の第十五項に依り上告人に契約違反ありと認められたれども乙第二号証には第十四項まであるのみにして第十五項なるものなし之当事者双方の主張せざる事実を裁判所に於て捏造し一方の当事者に不利益を帰したる不法あるものと思料すと云ひ」第二点は原判決は「前略又乙第十号乃至第十二号証に依れば控訴人(被上告人)主張の第七乃至第九項の船賃即ち明治四十二年十二月二十五日より同二十八日までの間に於ける浦門丸同月二十九日より明治四十三年一月一日までの間に於ける同船同年一月二十三日より同二十六日までの間に於ける同船同年二月十一日より同十四日までの間に於ける同船の各航海に関し被控訴人(上告人)は其取扱に係る乗客貨物の船賃を前同様控訴人(被上告人)に支払ふことを延滞したるが故に被控訴人(上告人)は貨物乗客取扱に関する契約中乗客貨物の運賃は次航海までに整理して船舶会計係に納付することとある条項に違背したるものと謂ふべく云云」と説明せられたり右に所謂「前同様」とのことは判決に於ける前記理由を受けたる語即ち上告
第一点に論したる如く宮古港と釜石港との間は一航海通常四日を要すとのことは当事者間に争ひなき事実なり。
然るに上告人は此日数を経過して船賃の計算を為したりとの理由を略したる語にして。
従て右賃銀は次航海までに整理して次航海の時之を支払ふとの契約に違反したるものなりと認められたるものなるべし。
然れども此点は第一点に論するが如く一航海に四日を要すとのことは四日目には必す同一汽船が航海し来るとの意義にあらざるを以て右浦門丸の前記期間内に於ける或航海の次航海は何日なりしやを確定するにあらざれば次航海に船賃の計算を為す云云の所謂計算の時期を知るに由なく。
従て上告人が契約違反の責を負ふべき理由を知るに苦しまざるを得ず。
之明かに争点を遺脱し且つ理由不備の判決なりと信ずと云ふに在り
依て審按ずるに本件に於て同一汽船の次航海の日数の通常四日を要するものなることを上告人が自認せることは原院の説示する所なり。
左れば此場合に於て論旨汽船の航海が四日以上を要したるに於ては其立証は上告人に於て為すべきものなるに上告人が其立証を為さざるより原院は論旨汽船の航海が孰れも四日を要したるものと認定したるものにして原判旨は論旨の如き違法あることなし
上告論旨第三点は原判決は「前略此点に関し審按ずるに当事者間に於ける貨物乗客取扱に関する契約中には云云被控訴人(上告人)は乗客貨物の取扱を懇切確実迅速に為すべきこと若し前示条項に違背したるときは控訴人(被上告人)は契約を解除し得可きことの規約の存せしことは新甲第一号証云云に由りて明白なり。
云云」と説示し更に「又証人小野彦左衛門北田親民服部保受の証言に由れば云云荷為替金の支払敏活ならざりし事実を推知するを得可し云云被控訴人(上告人)は。
即ち前示貨物乗客取扱に関する条項に違背したるものなれば控訴会社(被上告人)の為めに契約解除の原因生したるものと謂はざるを得ず。
云云」と説明せられたり。
然れども新甲第一号証に乗客貨物取袋に関し懇切確実迅速云云と称するは乗客並に乗客が携帯する貨物に関するものにして荷為替金の如きは回漕店と回漕店との関係にして本件上告人と被上告人との関係の如き乗客取扱店と船舶に因る運送業者との関係にあらず。
而して其事は上告人より原審に提出したる準備書面中「立証方法(丙)に対する弁明」中に陳述抗争したり。
然るに原院は荷為替金の支払不敏活との事実も新甲第一号証に所謂乗客貨物に付き迅速を欠くとの意義中に包含せらるべきものなりや否やを確定せずして漫然荷為替金の支払不敏活なりとのことを以て上告人の責に帰したるは契約に於て上告人が責を負ふべき事項にあらざる事実を採りて其責任に帰したる不法あり。
若し然らずとせば原院は荷為替金も新甲第一号証に所謂乗客貨物と云ふ中に包含せらるるや否やの争点を決せざるの不法あり。
若し又之を決したりとせば其判断を判決に示さざる理由不備の不法あるものと信ずと云ふに在り
依て審按ずるに原判決には論旨の如き違法ありとするも原院は上告人が貨物乗客取扱に関する条項以外の事項即ち乗客貨物の運賃の支払時期に関して契約に違背したることを認め被上告人が為したる解除の有効なることを断定したれば此断定に依りて判決の主文を維持するに足るが故に本論旨事項の違法は以て原判決を破毀するに足らざるものにして結局本論旨も採用するを得ず。
上告論旨第四点は原院は「前略甲第五号証の一には「兼で締結せる取扱店の契約を本月三十一日限り止むを得ず。
解約致候問不悪御了承相成度」云云の記載ありて同証によりては解除の原因を知るに由なしと雖も解除の意思表示は其原因を明示する旨の規定なきに依り其原因を明示せざるも之を以て其意思表示を無効なりとするを得ざるや多弁を要せず。
云云」と説明せられたり。
然れども甲第五号証の一には其冒頭に「今般社業施設上の都合に由り兼で締結せる取扱店の契約云云」とありて右解約の理由は被上告人の社業施設上の都合に因るものにして上告人の契約不履行に由るものにあらざることを上告人は屡屡抗争したり。
然るに原院は契約解除の原因は明示するを要するの規定なきを以て之を明示するを要せず。
不明にても可なりとの趣旨に説明せられたり。
若し果して原院の解釈の如くなりとせば茲に数項の条項を約し其何れか一に違背したる場合に於ては解除権ある旨を約したりとし、而して一方が其何れの条項に違背したりやを示さず漫然之を解約する旨の通知を為したりとせんに之が解約の当不当が問題と為りたる場合に於て原院の解釈の如くせば解約通知者は其原因は之を説明するの必要なしとの一片の抗弁を為せば足るべく。
従て絶対に解約の当不当は之を争ふこと能はざるものなりとの結論を生ずるに至るべし豈に斯る不法ありんや仮令法文には解約の原因を明示すべき規定なしとするも当事者が之を明示したる以上は其明示したる条項に由る解約が正当なりや否やの判断を仰くの道なかるべからず。
抑も契約の解除は当事者双方の合意に依らざる限りは当事者一方が特約若くは法律の規定に基き解除権を有し且つ之を行使したる場合にあらざれば其効力を発生せざるものとす。
而して解除権は特約の趣旨若くは法律の規定する所の事由の発現に因り生ずべきものなるを以て各事由毎に解除権発生し一契約に付、数箇の解除権発生することあるものと解するを相当とす。
故に当事者の一方が特定せる事項を理由として解約の意思表示を為したるときは其理由とせる事項に付てのみ解除の有効なりや否やを決定すべく仮令該契約に関し他の事由に依て解除権ありし場合と雖も之が為めに解除の効力生せざるものと云はざるべからず。
蓋し他の事由に於ける解除権は行使せられざるものなるを以てなる然るに原院の如く其何れの条項に由で解約したるやを示す必要なく其相手方は絶対に解約の当不当を論するの余地なきものなりとの見解は法律を誤りたる解釈なりと信ず。
尚又原審に於て被上告人は甲第五号証の一に於て被上告人の社業施設上の都合に依り解約云云の通知を為したるも其実は上告人の契約不履行を原因としたるものなりと主張し之に対し上告人は其意思表示の効力は明示せられたる表示に依て決定すべくして留保せられたる意思に依て決定すべきものにあらずと抗争したり。
然るに原院は其明示せられたるに由りて本件解約の意思表示が無効なりや将た留保せられたる意思に基き有効なりやの説明を為さざるは争点を遺脱せる不法あるものと信ずと云ふに在り
依て審按ずるに契約解除の意思表示に付ては原判旨の如く其原因を明示することを要する旨の規定なきが故に之が明示を為さざるも其意思表示は有効なりとす。
而して本件に於て被上告人が為したる解除の意思表示に付ては其原因を知るを得ざることは原院の認むる所なれども被上告人の為めに解除原因存し、而して其原因に基きて解除の意思を表示したることも亦原院の認むる所なれば被上告人が本件に付き為したる解除の意思表示は有効にして之を是認したる原判決は論旨の如き違法あることなし
以上説明するが如く本件上告は理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り主文の如く判決するものとす。