明治四十五年（オ）第百一號
明治四十五年七月九日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 銀行事業ヲ營ム會社カ其定款ニ諸預リ又ハ之ニ類スル語辭ヲ營業ノ項目トシテ掲クルトキハ其記載ハ他ニ特別ノ事情存セサル限リ之ヲ銀行條例第一條ニ所謂「諸預リ」ニ照應スル記載ナリトシ寄託ヲ受クル意義ト解スルヲ相當トス
（參照）公ニ開キタル店輔ニ於テ營業トシテ證券ノ割引ヲ爲シ又ハ爲替事業ヲ爲シ又ハ諸預リ及貸付ヲ併セ爲ス者ハ何等ノ名稱ヲ用井ルニ拘ラス總テ銀行トス（銀行條例第一條）
上告人 株式會社殖産銀行
右代表者 神谷與兵衛 外上告人一名
被上告人 水垣吉衛
右法定代理人 水垣じん
右當事者間ノ貸金請求事件ニ付大阪控訴院カ明治四十四年十一月十七日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
原判決ヲ破毀シ更ニ辯論及裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ大阪控訴院ニ差戻ス
理由
上告論旨第一點ハ上告人ハ原院ニ於テ上告銀行取締役カ訴外太田垣誠外四名對被上告人間ノ金錢賃借ニ付銀行ヲ代表シテ連帶債務ヲ約シタルハ銀行ノ目的外ノ行爲ニシテ營業ノ範圍ニ屬セサル旨抗辯シタル所原判決ハ「乙第一號證ノ定款第二十六條第三號ニハ諸預及貸付トアリ又丙第一號證ノ定款第二十條ニハ貸金預金トアリテ諸預リ又ハ預金ナル名目ハ會社カ營業ノ必要上汎ク他ヨリ有利息又ハ無利息ニテ金員ヲ借入ルル場合ヲ指示シタルニ外ナラサレハ取締役カ會社ヲ代表シテ金員ヲ借入ルルカ如キハ定款ノ許容スルトコロナリ」ト説明シ上告人ノ抗辯ヲ排斥シタリ然レトモ上告人ハ銀行條例ノ下ニ營業スル銀行ニシテ前記定款ニ「諸預及貸付」又ハ「貸金預金」トアルハ銀行條例第一條ノ「諸預リ及貸付ヲ併セ爲ス者」トアルニ同シク諸預又ハ預金トハ金錢ノ受託（通例消費寄託）ヲ謂フモノニシテ消費借ヲ謂フモノニアラス實際ニ於テ消費寄託ハ大ニ消費貸借ニ類スルモ二者本然ノ性質ヲ異ニスルコトハ民法（六六六條）ニ於テ消費貸借ノ規定ヲ消費寄託ニ適用セスシテ之ヲ準用シタルニ徴シ明白ナリ然ルニ原判決カ一面定款ニ於テ諸預又ハ預金トアルコトヲ確定シ他面之ヲ有利息若クハ無利息ニテ金員ヲ借入ルル行爲ナリト解シ金員ノ借入ハ定款ノ許容スル所ナリト確定シタルハ消費寄託ト消費貸借ニ關スル法律ニ違背シ不當ニ事實ヲ確定シタル不法アルヲ免レスト云ヒ」之ニ對スル答辯ハ上告人ハ原判決ハ上告會社ノ定款中諸預及預金ト記載アルヲ認メナカラ之ヲ以テ消費貸借能力アルモノト判斷セラレタルハ不法ニ事實ヲ確定シタル違法アルモノナリト云フニ在レトモ上告人カ原判決理由ヲ摘示セル如ク「（前畧）取締役カ會社ヲ代表シテ金員ヲ借入ルル如キハ定款ノ許容スル所ニシテ」ト判示シ金員借入ノ行爲ハ乙第一號證及丙第一號證ニ因リ其名目ノ如何ニ不拘上告會社ノ能力中ニ具有スト認ムルヲ相當トセラレタルモノニシテ畢竟原審ニ於ケル事實認定權ノ範圍ニ基キ其能力ハ判斷セラレタルモノナレハ斯ル認定權ヲ攻撃スル本論旨ハ理由ナシ加之上告會社ノ存立目的ハ銀行營業ニアリテ他人ノ預金ヲ受ケ利子ヲ支拂フコト換言セハ有利息ノ金錢給付ノ債務ヲ負フコトカ其營業ノ半ヲ占ムヘキハ銀行營業自體ニ因テ明白也故ニ之ト同一ナル有利息ノ金錢給付ノ債務ヲ負フニ至ル所ノ金員借入行爲ハ毫モ銀行營業ヲ其目的トセル上告會社ノ營業範圍ヲ超脱セリト云フヲ得ス又銀行業ヲナス會社ハ一般ニ金融ノ必要上有效ニ金員借入ヲナシ得ヘキコトハ公知ノ事實ニ屬ス假リニ上告人所論ノ如ク預金及諸預トノ記載ハ絶對ニ消費寄託ノミヲ指スト解スヘキモノトシ且消費貸借トハ純然タル意義ニ於テ消費寄託ト異ルモノトスルモ我民法ニ於ケル各準用規定ヲ參酌セハ消費寄託ヲナス能力アルモノハ之ト同一ナル債務ヲ負フニ至ル所ノ消費貸借ヲナス能力ヲ具有スト斷スルニ毫モ支障ナキヲ以テ結局原判決ハ相當ナリト云フニ在リ
按スルニ銀行條例第一條ニハ「公ニ開キタル店舖ニ於テ營業トシテ證券ノ割引ヲ爲シ又ハ爲替事業ヲ爲シ又ハ諸預リ及貸付ヲ併セ爲ス者ハ何等ノ名稱ヲ用ヰルニ拘ラス總テ銀行トス」トアリ銀行事業ヲ營ム會社カ其目的ヲ定款ニ記載スルニ方テヤ右ノ法條ニ依據シテ營業ノ項目ヲ列擧スルコト日常生活上一般ニ實驗セラルル法則ナリトス從テ銀行事業ヲ營ム會社ノ定款ニ諸預リ又ハ之ニ類スル語辭ヲ營業ノ項目トシテ掲クルトキハ其記載ハ他ニ特別ノ事情ノ存セサル限リ之ヲ銀行條例第一條ニ所謂「諸預リ」ニ照應スル記載ナリトシ寄託ヲ受クルコトノ意義ニ解スルヲ以テ正鵠ヲ得タルモノトス故ニ乙第一號證（上告人株式會社殖産銀行定款）ニ「諸預」及丙第一號證（上告人株式會社南但銀行定款）ニ「預リ金」トアルハ之ヲ寄託ヲ受クルコトノ意義ニ解スヘキモノナルニ拘ラス原院カ何等特別ノ事情ナクシテ之ヲ消費借ノ意義ニ解シタルハ前示實驗上ノ法則ヲ適用セスシテ不當ニ事實ヲ確定シタル不法アルモノトス此不法ハ原判決ノ全部ヲ破毀スルニ十分ナルヲ以テ他ノ上告論旨ニ對シテハ説明セス民事訴訟法第四百四十七條第一項第四十八條第一項ニ從ヒ主文ノ如ク判決ス
明治四十五年（オ）第百一号
明治四十五年七月九日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 銀行事業を営む会社が其定款に諸預り又は之に類する語辞を営業の項目として掲ぐるときは其記載は他に特別の事情存せざる限り之を銀行条例第一条に所謂「諸預り」に照応する記載なりとし寄託を受くる意義と解するを相当とす。
（参照）公に開きたる店輔に於て営業として証券の割引を為し又は為替事業を為し又は諸預り及貸付を併せ為す者は何等の名称を用井るに拘らず総で銀行とす。
（銀行条例第一条）
上告人 株式会社殖産銀行
右代表者 神谷与兵衛 外上告人一名
被上告人 水垣吉衛
右法定代理人 水垣じん
右当事者間の貸金請求事件に付、大坂控訴院が明治四十四年十一月十七日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論及裁判を為さしむる為め本件を大坂控訴院に差戻す
理由
上告論旨第一点は上告人は原院に於て上告銀行取締役が訴外太田垣誠外四名対被上告人間の金銭賃借に付、銀行を代表して連帯債務を約したるは銀行の目的外の行為にして営業の範囲に属せざる旨抗弁したる所原判決は「乙第一号証の定款第二十六条第三号には諸預及貸付とあり又丙第一号証の定款第二十条には貸金預金とありて諸預り又は預金なる名目は会社が営業の必要上汎く他より有利息又は無利息にて金員を借入るる場合を指示したるに外ならざれば取締役が会社を代表して金員を借入るるが如きは定款の許容するところなり。」と説明し上告人の抗弁を排斥したり。
然れども上告人は銀行条例の下に営業する銀行にして前記定款に「諸預及貸付」又は「貸金預金」とあるは銀行条例第一条の「諸預り及貸付を併せ為す者」とあるに同じく諸預又は預金とは金銭の受託（通例消費寄託）を謂ふものにして消費借を謂ふものにあらず。
実際に於て消費寄託は大に消費貸借に類するも二者本然の性質を異にすることは民法（六六六条）に於て消費貸借の規定を消費寄託に適用せずして之を準用したるに徴し明白なり。
然るに原判決が一面定款に於て諸預又は預金とあることを確定し他面之を有利息若くは無利息にて金員を借入るる行為なりと解し金員の借入は定款の許容する所なりと確定したるは消費寄託と消費貸借に関する法律に違背し不当に事実を確定したる不法あるを免れずと云ひ」之に対する答弁は上告人は原判決は上告会社の定款中諸預及預金と記載あるを認めながら之を以て消費貸借能力あるものと判断せられたるは不法に事実を確定したる違法あるものなりと云ふに在れども上告人が原判決理由を摘示せる如く「（前略）取締役が会社を代表して金員を借入るる如きは定款の許容する所にして」と判示し金員借入の行為は乙第一号証及丙第一号証に因り其名目の如何に不拘上告会社の能力中に具有すと認むるを相当とせられたるものにして畢竟原審に於ける事実認定権の範囲に基き其能力は判断せられたるものなれば斯る認定権を攻撃する本論旨は理由なし。
加之上告会社の存立目的は銀行営業にありて他人の預金を受け利子を支払ふこと換言せば有利息の金銭給付の債務を負ふことが其営業の半を占むべきは銀行営業自体に因で明白也故に之と同一なる有利息の金銭給付の債務を負ふに至る所の金員借入行為は毫も銀行営業を其目的とせる上告会社の営業範囲を超脱せりと云ふを得ず。
又銀行業をなす会社は一般に金融の必要上有効に金員借入をなし得べきことは公知の事実に属す仮りに上告人所論の如く預金及諸預との記載は絶対に消費寄託のみを指すと解すべきものとし、且、消費貸借とは純然たる意義に於て消費寄託と異るものとするも我民法に於ける各準用規定を参酌せば消費寄託をなす能力あるものは之と同一なる債務を負ふに至る所の消費貸借をなす能力を具有すと断するに毫も支障なきを以て結局原判決は相当なりと云ふに在り
按ずるに銀行条例第一条には「公に開きたる店舗に於て営業として証券の割引を為し又は為替事業を為し又は諸預り及貸付を併せ為す者は何等の名称を用ゐるに拘らず総で銀行とす。」とあり銀行事業を営む会社が其目的を定款に記載するに方てや右の法条に依拠して営業の項目を列挙すること日常生活上一般に実験せらるる法則なりとす。
従て銀行事業を営む会社の定款に諸預り又は之に類する語辞を営業の項目として掲ぐるときは其記載は他に特別の事情の存せざる限り之を銀行条例第一条に所謂「諸預り」に照応する記載なりとし寄託を受くることの意義に解するを以て正鵠を得たるものとす。
故に乙第一号証（上告人株式会社殖産銀行定款）に「諸預」及丙第一号証（上告人株式会社南。
但銀行定款）に「預り金」とあるは之を寄託を受くることの意義に解すべきものなるに拘らず原院が何等特別の事情なくして之を消費借の意義に解したるは前示実験上の法則を適用せずして不当に事実を確定したる不法あるものとす。
此不法は原判決の全部を破毀するに十分なるを以て他の上告論旨に対しては説明せず民事訴訟法第四百四十七条第一項第四十八条第一項に従ひ主文の如く判決す
