資金返還竝配當金請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）18輯575頁

上告論旨第一点は原判文理由に甲第四号証によれば同年十二月二十五日控訴人並に田坂梅尾が本件の債権に基き被控訴人に対し有体動産の仮差押を為したること並に該差押は被控訴人の住所に於て適法に為されたること明かなり。 既に控訴人等が債権ありとして適法に仮差押を為す以上は一面に於て該債権の発生原因たる契約解除の意思を表示したるものと認む可く。 従て其意思表示は被控訴人に対し為されたるものと看做し得るが故に此時に本件契約は解除ありたるものと認む被控訴人は明治四十一年六月九日附口頭弁論調書を援用し前示の日に於て契約解除なきことを立証せんとするも同調書に記載せる控訴人の代理人が訟廷に於て契約解除に関する意思を表示したることは既に解除したる契約を念の為め更に解除したるに止まれりと解す可きを以て右の事実は前示の日に契約解除ありたるものとの認定を覆すに足らずとあり蓋し[けだし]甲第一号証共同組合仮契約の解除前に在りては被上告人に出資金返還請求債権の未だ発生前なること明かなれば甲第四号証の所謂仮差押申請に依り得たる該仮差押命令のありたる当時は。 即ち本件請求債権の未だ発生前なることは論なき所なり。 去れば被上告人は其申請に於て恰かも既に上告人に対し該債権の既に発生し請求権あるものの如く詐り以て該仮差押の命令を得たることは疑なき所なり。 当時若し其債権の発生せざるも尚ほ其債権に対する仮差押の申請を為さんとの謂なりとせんか裁判所は決して該申請を許容せられざることは明かなる所なればなり。 然らば前記虚偽の債権に基く被上告人の有体動産仮差押申請及び該申請に対し下されたる有体動産仮差押命令の適法ならざること洵に[まことに]明かなる所なるに之れを原院が恰かも適法かの如き理由を付されたるは全く同院の誤解に出でたるものにして其理由にも同年十二月二十五日控訴人及び田坂梅尾が本件の債権に基き云云又既に控訴人等が債権ありとして云云と説示せられて既に該債権は発生したるものの如く誤解せられたるは明かなる所にして必竟本件の債権は甲第一号証の共同組合仮契約を解除し且つ本組合に付ては多大の損害ありしことは被上告人自らの主張によりても明かなれば之れが清算の方法は当事者主張の孰れ[いずれ]に依るとするも之れを遂けたる後にあらざれば其債権の発生すべきにあらざることは疑なき所なり。 去れば若し原院に於て若し其仮差押の常時に於ては未だ本件の債権発生前なるを知られたらんには必す適法なりとの理由を付せらるべからざるは明かなりとす。 去れば右に述べたる債権の未だ発生前の申請たる仮差押は勿論仮りに其債権は既に発生したりしものとするも仮差押と契約解除とは何等の因縁関係なく仮差押は唯財産の散逸を妨止するに外ならざるものなれば其妨止を為すの行為中には何が故に民法規定の契約解除の意思表示を含まれ居るものと看做し得らるべきか理由なきを以て之れが当否を分つ能はざるなり。 且つ仮差押なるものは之れを為したる後に於て申請人に於て自から其非なることを知り若くは自家の都合に依りて之れを取消し若くは被申請人たる相手方によりて之れが取消さるることあるは多言を竢たざるなり。 而して[しこうして]前記の仮差押は。 即ち此場合に該当するものにして同年十二月二十六日上告人の申請によりて甲第七号証の如く取消されたるものなり。 然らば是等自から進んで取消し若くは相手方より取消され又は継続して仮差押を為しつつある場合を通じて一般に一旦仮差押に著手[ちゃくしゅ]したる行為は契約解除の意思を表示したるものと見做し得べき乎況んや未発生の債権に対する債務者の存在すべき筈なければ仮差押ありしとの一事により之れを直ちに民法規定の契約解除の意思表示と同一に判断せられたるは其理由を欠き且つ不当の裁判なること明かなり。 又被上告人が一旦仮差押を為したるの一事により之れを直ちに上告人に対する契約解除の意思表示を為したるものと同一に見做されたりと云ふ[いう]は想ふに原院は其解除前に方りて恰かも上告人を債務者と見做し、而して[しこうして]被上告人を解除権を有する債権者の如く誤解せられたるものならん然るに其解除前に方りては被上告人は其出資に付、未だ全く其責を尽さず仮りに一歩を譲り原院の認めたる所によるも九百三十五円を出資したりと云ふ[いう]にありて尚ほ六十五円の出資すべきの義務を怠り訴外人田坂梅尾は九百五十円を出資したりと云ふ[いう]にありて尚ほ五十円の出資すべきの義務を怠り居れり。 而して[しこうして]甲第一号証共同組合仮契約書第十条には毎期の利益五分に充たざるときは組合員は此契約を解除することを得とあれば当事者各自相互に解除権を有することは争ひなき所にして仮りに仮差押の行為は契約解除の意思表示と見做し得べしとするも民法第五百四十条に於ては契約又は法律の規定に依り当事者の一方が解除権を有するときは其解除は相手方に対する意思表示に依りて之れを為すとありて本件の如き双方共に解除権を有せる場合に適用し得べからざるは明かなりとす。 去れば被上告人等の仮差押を為したりと云ふ[いう]の一事を以て直ちに之れを相手方たる上告人に対する解除の意思表示と同一に見做され得べきにあらず。 即ち該法則に則らざる不当の裁判なり。 又既に述ぶる如く被告人よりは嘗て[かつて]契約解除のことなく。 従て甲第一号証の契約は未だ解除せられざりしを以て被上告人の訴訟代理人が第一審の明治四十一年六月九日の口頭弁論に於て越権にも初めて本日の弁論に於て契約解除の意思表示を為す旨を陳述したるは故あることにして同人に於ては原院説示の如く既に解除したる契約を念の為め更に解除する旨申立てたることなきに同院は何を苦んでか爾かく判断せられたるや不関渉主義に反する不当の裁判なりと云ふ[いう]に在り

按ず[あんず]るに被上告人が上告人に対し出資金の返還を請求するには匿名組合契約の解除を前提とするが故に出資金返還の請求権ありとして之が執行保全の為め仮差押を為したる被上告人を以て同時に一面に於て契約解除の意思を表示したるものと為すは事理当然の推定なりと謂はざる可からず。 然れども[しかれども]其意思表示たる固より[もとより]仮差押の効果に非ず之とは全然別箇の事項に属し唯仮差押の事実より推定すべき事実たるに過ぎざれば仮差押が契約解除の前即ち出資金返還の請求権の未だ発生せざる前に係るか為め無効なること後日取消さるることある可きこと又は後日取消されたることの如きは解除の意思表示を認むるの妨げとならざるものとす。 原院も仮差押の有効にして存続することを前提として之を認めたるに非ざれば仮差押の効力の有無等を云為して其認定を非難するは当らず又被上告人外一名の出資金一千円は必要に応し支出すべきものなるは上告人も認むる所にして被上告人等が契約解除前に幾部の出資を為したること上告人に於て争ひたるの事蹟なければ被上告人は其出資額に対し所定の利益を収むることを得ざる以上は組合契約を解除するの権を有するものと謂はざる可らず其契約の解除は本件の如く解除権当事者双方に在る場合と雖[いえども]も民法第五百四十条に従ひ意思表示に依りて為さざる可らず同条は契約解除の方法に関する一般規定にして解除権当事者の一方に存すると双方に存するとを問はず適用すべきものなれば被上告人が同条に従ひ為したる解除は之を有効とせざる可らず。 而して[しこうして]既に一旦有効に契約解除の意思を表示したる以上は更に解除すべき契約存せざるを以て再ひ為したる解除の意思表示は曩きに為したる解除の或は無効ならんことを慮り念の為めに之を為したるものと認むるの外なければ之を再ひずるの何故なるかを明言せざるに拘らず爾く認むるを妨げざるものとす。 故に原院が口頭弁論に於て重ねて為したる被上告人の解除を以て念の為め為したるものと認めたるを指して所論の如き不法ありと謂ふを得ず。

上告論旨第二点は又原判文理由中に。 抑も本件契約は民法の組合契約と看倣さんより寧ろ[むしろ]商法の匿名組合契約なりと解するを当れりとす。 云云より従って本件契約は民法の組合契約に非ずして商法の匿名組合と解せざるべからず。 既に本件契約を匿名組合なりと解すべき以上は民法第六百八十五条の規定は全然適用なく商法第三百三条により一旦契約が解除せられたる以上は被控訴人は清算の如何[いかん]に拘らず控訴人並に田坂梅尾にその出資額を返還すべきものとす。 云云を援用す是れ原院は被上告人本訴請求の原因を誤解したるより出でたる不当の裁判なると又争点を遺脱したる不当の裁判なると法則を不当に適用したる不法の裁判なりとす。 今被上告人が第一審に於て請求原因として述べたる所を録取せん同審の判決書には前略被告は従来の営業財産を金一千円に見積り之を出資と為すこと被告は原告に対して毎月出資金の五分二相当する利益配当を保証し若し此配当なきときは原告及び田坂梅尾に於て何時にても此仮契約を解除し其出資金全部を被告に優先して返還を求むることを得べきこと此仮契約の結果良好にして所定の配当を受けたるときは明治四十一年一月に於て更に進んで本契約を締結し被告財産を金三千円に引上け尚ほ原告及び田坂梅尾に於ても必要の出資を為すことの諸条項を約し原告は金一千円田坂梅尾は金九百五十円合計金一千九百五十円を現金にて出資したり。 然るに該事業は被告の言に反し確実なりと保証したる得意は不確実にして必然得べしと称したる得意は之を得る能はざるのみならず事業の経営拙劣にして当初より多大の損害を生じ第一期（明治四十年六月分）第二期（同年七月

分）第三期（同年八月分）に至るも尚ほ些少の利益たもなきのみならず依然多大の損失を続け同年九月十日に至りては一層甚たしきを加へたり之より先き原告は被告に対し屡[しばしば]収支計算を求めたるも被告は毎月決算を為すべき約定に背き敢て之に応せず。 依て原告及び田坂梅尾は到底事業の見込なきものと認め明治四十年十月十五日を以て前記仮契約の趣旨に基き被告に対し該契約解除を申入れたり是に於て乎原告及び田坂は前示仮契約第十条前略組合員は此契約を解除することを得。 此場合に於ては現金出資者は甲（本件被告）に優先して出資金を回収することを得との規定に基き前示出資金の返還を求むると同時に同条前段を以て被告が保証せる毎期五分の利益配当金一百二十五円を請求することを得るものなり。 云云とありて更に之を約要せば甲第一号証第十条に基き明治四十年三月十五日該契約解除の申込を為し更に同条の優先権に基き出資金の返還及び利益配当金を請求すと云ふ[いう]にあり以て該条に基き之を請求の原因と為し来りたることを知る可し然らば原院は此点に向て判断を為さざる可らざるに恰かも被上告人は匿名組合を請求の原因と為し且つ該組合は今尚ほ現在するものの如く判断し叙上の特約の請求原因に付ては一言の及ぶなかりしは判断の正鵠を誤れるの不法あると同時に又上告人よりも明治四十五年二月二十二日附を以て原院に提出し置ける準備書に於て控訴人請求の原因と題する項に於て被上告人の請求原因を明確にし且つ之を抗弁の一と為して主張し置きたり。 而して[しこうして]右の如く其原因の異なるに従ひ之が適用の法条を異にし。 従て立証責任を異にすべきは自然なるを以て此重要なる争点に対しては須らく判断を為さざる可らざるに之を遺脱せられたるは不法の裁判なり。 又右に述ぶる如く被上告人の請求原因特約にありとせば仮令[たとい]甲第一号証の解除前の営業は商行為にてありしとし又其当時被上告人は匿名組合員にてありしとするも甲第一号証は全然内部関係を定めたるに過ぎざるものなれば同号証は直ちに営業の為めにする行為なりと云ふ[いう]可らざること明かにして該証に拠り直ちに民法第六百八十五条の規定は全然適用なく商法第三百三条を適用し被控訴人（上告人）は清算の如何[いかん]に拘らず控訴人（被上告人）並に田坂梅尾にその出資額を返還すべきものとすと判断せられたるは法則を不法に適用せられたる不法の裁判なりと云ふ[いう]に在り

按ず[あんず]るに本訴は甲第一号証第十条に基きて同証契約を解除したるに因り出資金の返還及び利益金の支払を請求すべき権利ありと主張し之を以て請求原因と為すものなることは寔に[まことに]上告人所論の如し、而して[しこうして]原院は実に其原因事実を是認して其請求を容れたること判文上明白なれば其原因事実に付き判断せざるものと謂ふ可らず又原院が出資金の返還に付ては民法第六百八十五条に依り清算を為すべきものに非ず商法第三百三条に従ひ之を返還すべきものなりと判断したるは甲第一号証の契約を匿名組合契約なりと認めたるに由来することも判文上疑を容れざる所なれば同契約を商行為なりと認めたるよりして此の如き判断を下したるものと論するは判旨に副はざるものとす。

上告論旨第三点は前点に既に援用し置ける原判文理由中の「尤も[もっとも]同号証中に会計事務は控訴人の代表者をして為さしむる旨の約款ありと雖[いえども]も茂呂雄次郎野田市郎兵衛田坂貞雄の証言と対照して考ふるときは右約款は控訴人等出資の為め会計の正確を期する為め営業者たる被控訴人に於て推薦したる者を使用して会計事務を取扱はしむることを約したるものと解すべく云云」とあり此判断は当事者間に争なき事実を曲けて曲れるに添合せしめんとし不法に確定したる不法の裁判なりそは第八条規約の当事者の各分業及び其責任に付ては当初より当事者間に争なきの事にして恰も[あたかも]法律と同一の効力を有するものなり。 今原院の如く被上告人の推薦したるものを上告人に於て之を使用して会計事務を取扱はしむるものとせん乎然らば同条約する所の会計出納は乙の代表者茂呂雄次郎主として之に任ず。 各代表者一身上の問題及び行為に付ては各本人一切の責に任ずべきものとす。 又同号証第十条末文の第八条代表の故意過失は各本人の故意過失とし本項契約解除の原因たるものとすとあるは原院は之を如何[いかん]なる約定とせられたる乎理由を欠くを以て之を判する能はざるも此難関に当りては如何[いかん]に原院と雖[いえども]も到底牴触[ていしょく]を免るる能はざるを以て沈黙の間に観過せられたるものならんも契約者は何が故に乙の代表者茂呂雄次郎と書して各代表者の一身上の問題及び行為につきては各本人一切の責に任ずべきものと約したる歟又同号第十条末文の第八条代表者の故意過失は各本人の故意過失とし本項契約解除の原因とすと約したる歟既に同第八条に於て各代表者の一身上の問題及び行為につきては各本人たる上告人及び被上告人に於て一切其責に任ずべきことを約したるに拘らず更に同第十条の末文に於て第八条を受け来りて第八条代表者の故意過失は各本人の故意過失とし本項契約解除の原因たるものとすと約したるやは原院の判理を以ては之を理解する能はざるに至るや必せりそは上告人使用人の故意過失を被上告人の故意過失として甲第一号証の契約解除の原因と為すこととなるを以て得て解すべからざるに至るは多言を竢たざる所なり。 加之[しかのみならず]甲第一号証は本件の共同組合及び之に関する唯一の規約にして他に反証の見るべきものなく被上告人も該証に拠り上告人も亦[また]之に拠りて本件を支持し来り而かも[しかも]上告人は明治四十五年二月二十二日附立証説明書を提出し同証第十条の末文に拠り被上告人の代表者が故意過失により其管掌[かんしょう]に係る会計出納を責を尽さざりし時は被上告人及び田坂に於て其責に任ずべきの契約なることを説明立証し置けり然らば若し原院が此唯一の証拠中に於ける同条を排斥するの意なりとせんか特に相当の理由を付せざる可らず。 然るに此点に対しては沈黙を守りて何等理由の見るべきものなく又同条を排斥するの意に非ずとせんか同条に対し相当の理由なかる可らず。 然れば不法に確定し、且、理由を欠き、且、矛盾を免れざる不法の裁判なり。 況んや茂呂雄次郎野田市郎兵衛田坂貞雄の証言と対照して考ふるときはとあれども茂呂雄次郎の第二審の証言には（三）自分は森田の依頼に因り右組合の会計事務に従事することに為り云云（八）三十円の月給を十五円にせよと云しは森田なり。 野田市郎兵衛の第一審の証言には（四）証人が最初同製造所に入りしは森田利一郎弟茂呂雄次郎よりの口添へにて森田及び田坂両名の承認を受けて入りたり田坂貞雄の第一審の証言には（三）前略小安は元来計算に疎き人なるが故に出資者の代表者として茂呂雄次郎なるものを加へて同人をして会計のことを取扱はしむることに為したりとあれば是に対しては原院は如何[いかん]なる考を以て判断せられたるや理由を欠くを以て之が当否を分つ能はざると又之を対照せられたるに非ずして空想を以て判断せられたる不法の裁判たること明かなり。 然るに前第八条を其文字通りに乙の代表者茂呂雄次郎主として之に任ずと解するに於て初めて其より接続せる各代表者の一身上の問題及び行為に付ては各本人一切の責に任ずべきものとすの数句活用して之が規定の趣旨及び其効用を発揮し得べく又。 従て同第十条末文の第八条代表者の故意過失は各本人の故意過失とし本項契約解除の原因たるものとすと相連絡を得て該規定の精神明瞭となり以て之が効用を知り得べく又此規定の有効なるを知り得て毫も[ごうも]牴触[ていしょく]する所を見さるべきなり。 然るに之を原院の如く判断するに於ては啻に[ただに]前段の如く争なき事実を不法に確定し又理由を欠き矛盾を免がれざるの外常事者が特に約したる該規定をして無用に終らしめ何の為めに故ら該条を設けたるや得て解すべからざるに至るべく益益原院判断の不法なるを知り得らるべきなり。 是に由で之を観るも上告人の争点として主張せし被上告人が会計出納に関する顛末を明かにすべき義務を負担せるに拘らず其義務を尽さざるか為め未だ精算終了せざるものなりとの論点をして益益正当ならしむるに至ること明かなりと云ふ[いう]に在り

按ず[あんず]るに本論旨に於て原院が甲第一号証第八条に会計出納は乙（被上告人を指す）の代表者茂呂雄次郎主として之に任ずとあるを解して会計の正確を期する為め営業者たる上告人に於て被上告人の推薦したるものを使用して会計事務を取扱はしむることを約したるものと為したるに対して乙の代表者とあるに牴触[ていしょく]するものと論する点は固より[もとより]原院の解釈を非難するものに外ならず又同条には各代表者の一身上の問題及び行為に付きては各本人一切の責に任ずべきものとすとあり及び同第十条には第八条代表者の故意過失は各本人の故意過失とし云云とあれども之あるか為め如上解釈を下すを妨げざるものとす。 何となれば使用主に対し其使用者の行為及び過失に付き責に任ずることを約するは固より[もとより]為し得べからざるの事に非ざればなり。 之を要するに本論旨は原院の専権に属する証書の解釈を云為するものなるを以て上告の理由とならず

上告論旨第四点は原判文理由中「尤も[もっとも]匿名組合契約終了したる場合に出資額が損失により減じたるときは之を理由として営業者は出資額の返還を拒み得べく又甲第一号証第十条第一項は契約を解除したる場合には控訴人並に田坂梅尾は被控訴人に優先して出資金を回収することを得るの規定は残余財産の存在したる場合に優先して回収し得る趣旨と解せざるべからざるも甲第四号証第七号証及び野田市郎兵衛の証言によりて真正に成立せりと認むべき甲第六号証等を綜合[そうごう]し本件契約解除の当時明治四十年十二月二十五日に於ける被控訴人の残余財産は前掲控訴人並に田坂梅尾の出資額以上なることを認むるに足るを以て控訴人並に田坂梅尾は被控訴人に対し右出資額の返還を請求し得る権利ありと云はざるべからず。」とあり。 然るに被上告人は請求の原因として第一審以来事業の経営拙劣にして始めより多大の損害を生じ第一第二月は素より利益月五分を保証せる第三月（八月分）に至りても猶一厘の利益なきのみならず依然多大の損害を続け九月十日に至りては一層甚しき傾向を生ずるに至れりと主張し上告人も此点に対しては毫も[ごうも]争はざりしのみならず同一主張を為し来りしものなり。 然るに被上告人は二審に至り事業の経営拙劣にして最初より五六十円の損失を醸し第一月第二月は固より[もとより]第三月に至りても一厘の利益たもなく依然同様の損害を続け其後は更に甚しと改めたるも上告人は此五六十円と改めたるに対しては同意を為さざりしは明治四十五年二月二十二日附準備書面記載の如く。 而して[しこうして]原院も亦[また]後の申立を是なりと認められたるにあらず。 其孰れ[いずれ]に論なく九、十、十一、十二月の如きは其一層甚しきことは既に一致して動かずべからざるものにして其製造品に付、縦令[たとい]多少の利益ありしことありしとするも既に其損失の莫大なりし上は是等の利益は勿論出資金を損失したることは損失の文字に依り洵に[まことに]明かにして若し出資金を毀損[きそん]せさらんか是れ損失と名付く可からざるものにして其損失とは出資金を損失したること一点の疑なき所なり。 況んや被上告人主張の所謂損失の更に甚しきものありと謂へるに於ておや是を以て上告人も小安蔵之輔の第一審の証言たる同年十二月には残余金なく反で一千五六百円の損失ありしを立証し置きしも之に対し排斥せられたるにもあらず。 又理由の見るべきものなきも莫大の損失ありしは既に確定せる事実なり。 然るに甲第四号証有体動産差押調書記載の金額は原院に於ても組合の財産なりと認められたるにあらず。 又其記載により之を見れば小安なをに於て自己の所有なりと主張し其後該差押は甲第七号証の如く取消されたるものなれば今日は該金は現存するにあらずして既になをの手に戻りたるものなり。 而して[しこうして]亦[また]甲第七号証決定書記載の供託金も亦[また]組合の財産なりとは認められたるにあらざるは勿論原審判断の如く去る明治四十年十二月二十五日本件組合は解除せられたるものとせば同号証は同月二十八日の成立に繋り其記載金額の組合の財産にあらざることは言を竢たざるを以て全く差押を取消さんか為め上告人に於て他より才覚せる金なるは明かなり。 而して[しこうして]甲第六号証は仮りに其成立は真正なりとするも同号証記載の如く該証は明治四十年十月十五六日の取調にして同年十二月二十五日の現在にあらず。 而かも[しかも]其代金に属する債権は四百十九円六十銭二厘にして其他は悉く[ことごとく]物品に属するものなり。 然れば之を換価し又は之を取立つるにあらずして其価格のみにより真実の計算を為さんと欲するも為し得べからざるは多言を要せざる所にして而かも[しかも]被上告人の主張によるも九、十、十一、十二月に於ては更に莫大の損失を為せることは既に争なきところなれば仮りに其当時に於て同第六号証の財産ありしとするも其莫大の損失を為したる其損失金を計算外に置き又前段既に述べ置きし如く莫大の損失ありしは既に確定の事実なるに突然仮差押を受け之が苦痛を免れんか為め組合財産にあらざる他人より才覚せし一時の供託金及び仮差押は既に取消され既に其所有者に戻りし其金を以て之を損害金と差引き残余財産ありと云ふ[いう]に至りては矛盾不法も亦[また]甚しと云ふ[いう]べし。 若し此の三種の物品及び金額を尽く組合の所有なりとせんか合計四千二百七十八円四十八銭四厘七毛となり本組合は莫大の損失を為せしにあらずして反で莫大の利益を収めたりと謂はざる可らざるに至り当事者間に争なき所と矛盾を来すこと明かなりと云ふ[いう]に在り

按ず[あんず]るに上告人は営業上多大の損失を招きたりと雖[いえども]も組合契約解除の当時に於ける残余財産にして尚匿名組合員たる被上告人等の出資を返還するに足らんか其出資は損失に因りて減少したるものと謂ふ可らず。 従て出資の減少したるや否やを定むるに方りては組合契約解除後に於ける損失は之を斟酌[しんしゃく]すべきものに非ず又多大の損失を招きたればとて財産全部を損失せざる限りは残余財産の存在を認むるを妨げざるや勿論なり。 然り、而して[しこうして]原院が甲第四号証第六号証及び第七号証に拠りて残余財産の存在を認めたるに依れば各証記載の金銭物品を被上告人の所有財産なりと認め他人の所有なることを否定したること明なり。 而して[しこうして]其物品の価額は必ずしも換価額を以て定むるを要せざれば原院が其評価額に拠りて計算したるは不法に非ず本論旨は以上説明したる点以外にも渉ると雖[いえども]も結局事実の認定及び証拠の取捨に対する攻撃に外ならず

上告論旨第五点は原院判文中「被控訴人は明治四十四年五月十六日当院の言渡せる判決が其後大審院に於て破毀せられたる為め右判決の仮執行宣言に基き控訴人が執行して得たる金額の返還を民事訴訟法第五百十条により請求すと雖[いえども]も該条に仮執行の宣言ありたる本案の判決を破毀するときはとあるは破毀して差戻すが如き場合を包含せざるのみならず云云」と判断せられたるは同条の解釈を誤れる不法の裁判なりと云ふ[いう]に在り

按ず[あんず]るに民事訴訟法第五百十条に仮執行の宣言ありたる本案の判決を破毀するときとあるは破毀して差戻す場合をも包含するものと解せざる可らず。 故に原院が此場合を包含せずと判示したるは失当なりと雖[いえども]も破毀せらるべき判決に基き支払ひたるものの返還は判決を破毀する上告裁判所に申立てざる可らず其破毀を原因として差戻後の控訴裁判所に返還の申立を為すを得ざるものとす。 故に原院が其申立を容れざりしは結局正当なり。

上来説明したるが如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に従ひ主文の如く判決す