貸金請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）17輯435頁

上告論旨第一点は法律行為と訴訟行為との区別あることは論するの要なき次第にして法律行為の委任は当然訴訟行為を包含せざるや明かなり。 而して[しこうして]甲第一号証記載の権利関係は即民法上所謂消費的債権関係の発生なるを以て法律行為なるや又疑の存する余地なし。 従て此種法律行為に干与したる小幡範蔵は単に法律行為の発生に付、該頼母子講を代表したるに止まり其発生後の行為を為すの権限ありと認むるを得ず。 況や[いわんや]本件訴訟行為を為すことの委任を証すべきものなく証人武石輝蔵は証人の居村に於ては年割返済証書の宛名人が年割金弁済の請求訴訟を提起するには講員の決議を経さるべからざるの義務あることなしとの趣旨及証人元松直一郎の元来控訴人に証書宛名人たることを依頼したるは一に同人を信用し同人の為すことは不正の憂なしと思惟したるが故なりとの陳述は未だ特別事項たる本件訴訟行為の委任を為したる証拠にあらず。 何となれば武石輝蔵は証人の居村に於ける本件頼母子講が然りと云ふ[いう]にあらざれば直に本件訴訟委任の証拠たる能はざればなり。 又元松直一郎の証言は債権の発生が小幡範蔵に関するの事項にして即法律行為の委任関係たる証言のみ殊に訴訟代理の権限を証する事項は書面上の委任に限ることは民事訴訟法第六十四条に明規せる所なれば証言等を以て之に代ふることを許さざるものなれば上告審の覆審を受くべき事項に属するものにして破毀を免れずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]本件頼母子講の世話人たる被上告人が落札講員に対して其講金受領に因り成立したる消費貸借の債務の弁済を請求する訴を提起し得るには講員全体の同意あるを要するや否やの争点に対して原院は被上告人を以て講の規約上講員の同意を要せずして如上の訴を提起するの権あるものと為し其名に於て提起したる本訴の請求を是認したり。 是に由で之を観れば原院は被上告人を以て講員の訴訟代理人として本訴を提起したるものと視たるに非ざること明白なれば講員より被上告人に対する訴訟委任の有無及び其方式に付、云為する本論旨は判旨に副はざるの攻撃にして上告の理由と為らず（判旨第一点）

上告論旨第二点は原判決は証書の明記に反して上告人の不利益に帰せしめたる判決なり。 原審判決の理由には「甲第一号証には被控訴人に於て約束の返済期日を経過したるときは催告を要せず。 其月より一分六朱の利息を附し控訴人の請求ある場合には一時に返済すべき約旨の記載あるを以て本訴の請求

（請求全額二百十円（期日を経過したるは金三十円）の利子全部）は相当なり。」と認定せられたるも甲第一号証は左の如き記載あるに過ぎず一、返済期日は明治四十年四月二十日より同五十三年四月二十日迄毎年一回金十五円つつ四月二十日限り返済可致候一、債務者約束の期日を経過したるときは別に催告を要せず。 其月より元金一円に付、一分六朱の利息を附し元金に結合する事一、時宜に依り期限内抵当増加の要求ありたるときは債務者は無異議応する事一、貴殿の御都合に依り一時に返済の御請求ありたるときは無異議何時たりとも返済可致事右の文詞第二項中約束の期日とは即第一項に於て返済期日は明治四十年四月二十日より同五十三年四月二十日まで毎年四月二十日とあり之以外甲第一号証に於ては約束の期日なるものあることなし殊に遅延利子を付するは此約束期日を経過したる其月よりとあるを以て現実に延滞せる金額に対するものたるや毫末[ごうまつ]の疑なき所なり。 其第四項の如き事情は債権者の勝手自儘に請求する場合の規定にして其債務の割済を延納する場合の約旨にあらざるなり。 従て延納の場合にあらざれば第二項に依り利子の制裁を結合せらるるの理なし。 元来頼母子講なるものは講員相互間の融通方法なるを以て其融通の時期に早晩の別あるの外利子を附加すべき性質のものにあらず。 故に此種の債権は利殖せざるを原則とす。 未だ頼母子講の解散前に第四項の如く債権者の都合に依り返済請求ありたる場合に利子を附するが如きは其性質に反するものと云ふ[いう]べく之れ遅延金額の利子に止まるべしと云ふ[いう]所以なり。 況んや明かに約束の期日にと明規あればなり。 殊に第四項に依り返済の請求を為し一定の期日を指定することあるべしと為すも其期日到来せざれば当然上告人は遅滞に付せらるることなきが故に本件に於ては此等の期日が果して何れの時なりやの証拠あることなきを以て結局全額の債務に付ては未だ返済の期日到来せざるものと云ふ[いう]べし。 然るに原審が第二項を以て直に第四項と連接して同一解釈を為して全額に対する利子を明治四十年四月二十一日より附加することを認容したるは証拠の明記に反して上告人に不利益の判決を与へたるものなりと云ひ」第四点は原判決は重要なる争点に理由を付せざる違法あり。 今原判決を見るに其主文に於て上告人に負担を命じたる金額は上告人が遅滞せる金額即ち既に弁済期の到達せる部分の金額のみにあらずして証書面の金額全部に対し明治四十年四月二十一日より年一割五分の利息を附加して支弁すべきことを命ぜられたり。 然れども[しかれども]前既に論したるが如く明治四十年四月二十一日は第一回の年賦金十五円の弁済期に過ぎずして全額の弁済期に非ざるのみならず一回年賦金を遅滞したるの故を以て即時に全額の弁済期到来すべき特約も存せざるが故に原院が証書面全額の金員に対して明治四十年四月二十一日より利息を附加することを命じたるは恐らく明治四十年四月二十日に全額弁済期の到来したるものと認め。 而して[しこうして]同日上告人が之を支払はざりしの故を以て其翌二十一日より上告人に遅滞の責ありとしたるものなるべし。 然れども[しかれども]上告人が証書面の金額全部に付きて一時に支払の義務あることは甲第一号証中第四項の特約に基きたる場合に限局せらるるものにして其特約に因れば被上告人が上告人に対して都合に因り一時に全額の支払を為すべき旨の意思表示を為したる後にあらざれば右特約に基く上告人履行の責任なきや勿論なり。 然るに被上告人は右特約に基きて一時に請求の意思表示を為したる旨の事実上の主張を為さざりしことは被上告人の訴状並に第一審及原審各口頭弁論調書及原判決事実の摘示に依りて明かなるが故に原院は須らく此点に付て判断を為し然る後上告人に甲第一号証証書面の全金額支払の義務ありや又義務ありとせば其弁済期到来の時期を説明して上告人に遅滞の責任あることを明確に説明せざるべからず。 然るに此等の事実を認定したる事実並に理由の説明なくして漫然「。 而して[しこうして]被控訴人は本訴講金の掛戻を為し居らざることは争はざる旨陳述し又前示甲第一号証には被控訴人に於て約束の返済期日を経過したる時は催告を要せず。 其月より一分六朱の利息を附し控訴人の請求ある場合には一時に返済すべき約旨の記載あるを以て右争なき事実と甲第一号証の約旨とに基き利息制限法の制限を超過する約定利率は之を其制限内に引直し控訴人より為したる本訴請求は相当なりとす。」としたるは被上告人が上告人に特約履行の意思表示を為したる日時並に上告人が之か為めに遅滞の責に任ずべき時期に関する重要なる争点に理由を付せざる不法の判決なるのみならず「被控訴人は本訴講金の払戻を為し居らざることは争はざる旨陳述し」との記載は其証書面全部の金額を意味せるにや将又既に遅滞せる年割賦金の意味なるや判明せざるに直ちに採で以て之を判定の資料に供したるは不法にして到底破毀を免がれずと信ずと云ふ[いう]に在り

按ず[あんず]るに原院が本訴の請求金たる甲第一号証の債務全額二百十円に対する明治四十年四月二十一日以後の利息を支払ふべきことを上告人に命じたるは同証に約束の返済期日を経過したるときは催告を要せず。 其月より一分六朱の利息を附すべき約束の記載あるに基き如上義務ありと認めたるに由る[よる]こと判文上明白なり。 然れども[しかれども]本訴は被上告人に於て特約上の権利に基きて約束の年賦返済期日に拘はらず一時に債務全額の弁済を請求するものにして其金額中には約束の返済期日を経過したるものと否らざるものとあるのみならず返済期日を経過したるものの中にも其返済期日に前後あるは被上告人が本訴債務を以て明治四十年より毎年四月二十日十五円宛弁済すべきものなりと主張せるに徴し明なれば約束の返済期日を経過したるときは利息を附することの契約存在するのみにては未だ以て上告人に債務全額に対する明治四十年四月二十一日以後の利息を支払ふべき義務ありと断定するに足らざるものとす。 故に原判決の利息に関する部分は理由不備の瑕瑾あるものとして破毀を免れざるものとす。

上告論旨第三点は原判決は請求の原因の一定せざる被上告人の本訴を認容したる不法あり。 抑も訴状には請求の一定の原因を記載することを要すべきは民事訴訟法第百九十条第一項第二号の明規せる所にして所謂請求の一定の原因とは訴の因で生ずる事実を云ふ[いう]。 従て二箇の相容れざる事実上の主張を為すは請求原因の一定せざるものにして不適法の訴なることは論を俟たざる次第にして御院に於ても屡[しばしば]屡[しばしば]判示せらるる所なりとす。 今被上告人の大分地方裁判所に提出したる明治四十三年二月十五日附訴状中事実及原因と題する部を見るに「原告は阿部定則仕立頼母子世話人にして被告は之が講員に有之候被告は三十九年四月二十日落札の上翌年より毎年四月二十日金十五円つつ掛戻を為す筈尚ほ原告の都合に依りては一時に請求を為すことを得るのみならず期限経過後は一个[か]月一歩六朱の利息を添加することにて甲第一号証の通り原告に宛証書を差入れたる所少しも掛込をなさざるに付、制限利息に引直し一定の申立の如く訴追する次第二有之候」とありて「甲第一号証の通り原告に宛証書を差入れたる処」とある点までは当事者間に存在する契約の趣旨を叙したるものにて請求原因直接の事実にあらず。 而して[しこうして]其以下は前示の如く「少しも掛込をなさざるに付、制限利息に引直し一定申立の如く訴追云云」とありて此「少しも」の以下の記載が本訴請求原因の要点に帰著すべし。 然らば此掛込をなさざるに付とは訴求当時迄の年賦掛込金を意味するにや将又甲第一号証中第四項の特約に基き原告より一時償還の請求ありて其金額を掛込まざるとの意味なりや明瞭を欠くものなり。 若し前者に解するとせば、即ち義務の不履行を原因とするものにして義務不履行の場合に未だ条件の確定せざる未済の全額を一時に弁済する特約なき限りは其不履行の部分のみの請求を為すの外原告は全額を請求する権利なきや明らかなり。

若し後者の意味なりとせば甲第一号証中第四項特約に基き宛名人たる被上告人に於て都合により全額一時弁済請求の意思表示を上告人に通じ（条件を確定し）然る後に非ざれば上告人は未だ被上告人に之が支払の責務なきことは勿論なるを以て此場合に於ては特約の履行を原因として訴求するものにして債務不履行を原因と為すべきものにあらず。 被上告人が原院に於て主張したる請求の原因は第一審判決の事実摘示と同一なる旨記載ありて其第一審判決には前示の如き訴状の記載と同一の記載あるに止まり此訴状に記載せる請求原因が前陳の如く二箇の相容れざる事実を併記せるは請求の原因の一定せざるものにして被上告人の本訴は不適法にして却下せらるべきものとす。 然るに原院は被上告人が恰かも甲第一号証第四項の特約に基きて請求したるものの如く速断して被上告人の請求を是認したるは不適法の訴を認容せる不法を免がれずと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]被上告人は本訴債務の弁済に付て年賦弁済の約あるも之に拘らず被上告人の都合に依り何時にても一時に弁済を請求することを得るのみならず其請求金額に対する返済期日後の利息を請求し得べきものとして本訴を提起したるものなること原判決に引用したる第一審判決の事実摘示に依り明なれば本訴を以を請求原因の一定せざるものと為す本論旨は当を得ず。

上告論旨第五点は原判決は採証の法則を誤りたる違法あり。 原判決は上告人の援用したる証人の供述に付、説明して曰く「被控訴人の援用する証人武石輝蔵阿部定則元松直一郎の証言は右の認定に影響なく証人梅木周治の証言中右認定と相容れざる部分は信用せず。」とあり証人の供述にして原院が信を措くと否とは原院の職権内に属するを以て之を論する限りに非ざるも証人の供述にして明なに原院認定の事実に反対せるものあるに拘らず換言すれば其証言を信用するとせば原院認定の被上追人の請求を排斥せざる可らざる資料と為るべきものなるに拘らず之を影響なきものと説明するが如きは顕著なる採証の法則を誤りたるものにして之に基く判決は不法のものなりと信ず。 夫れ然り然らば原判決は如上の瑕疵ありや否やを見るに証人武石輝蔵の供述に依れば問証人は阿部定則の仕立頼母子講に加入し居るや答然り問然らば該講加入者が講金不納の節は控訴人小幡範蔵に於て講員に同意を得ず。 勝手に訴訟行為を為すの権利を特任し居るや否や答其点に付きては最初より協定して居りませぬ問証人の居村に於て従来より仕立ある頼母子講に付き年賦返済証書の名宛人に該講成立の当初より訴訟行為を許しある慣習ありや否や答其如き慣行はありませぬ是迄の慣習としては講員の決議に因り訴訟行為を致しますとありて本件係争の頼母子講に於ては明かに訴訟を為す権限を小幡範蔵に授与しありたりや否やは協定し居らざりし事実明確なり。 又証人阿部定則の供述に依れば問右証書名宛人を定めたるは講金不払の者ある時講員の決議により請求訴訟を起す趣旨なりしや又は証書名宛人の意見を以て請求訴訟を起すことを得るの趣旨なりや答其点に付ては何れに協定したか覚へませぬ。 但私地方の習慣としては仮令[たとい]名宛人の定めある時と雖[いえども]も講金不払者あるときは講員の決議を以て訴訟を提起するのか一般てありますとありて右両証人の供述は明かに原院が被上告人に本件訴求の権利なしと認定すべか顕著なる供述なるに係らず之を以て原院が認定したる事実に影響なきものと判定したるは採証の法則を誤りたる違法あるものにして到底破毀を免がれざるものと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原判決に援用しあるが如く証人武石輝蔵の証言中には其居村に於ては落札講員の差入れたる年割返済証書の宛名人が年割金弁済の請求訴訟を提起するには講員の決議を経さるべからざるの義務なしとの供述もあれば同人及び阿部定則の所論証書が被上告人を以て講員の決議を要せずして本訴を提起し得るものと為したる原院の認定に影響なきことに帰するを以て之を如上認定に影響なきものとし排斥したる原判決は所論の如き不法なし。

上告論旨第六点は凡で調書に明確にすべき事項は民事訴訟法第百二十九条第二項の各号に規定せらるる所にして此事項は口頭弁論調書なると裁判言渡調書なるとは問ふ所に非ざるものとす。 今原院の裁判言渡調書を見るに（記録第一四五丁裏面）明治四十三年十二月二十三日午後一時前同一事件に付、前同一法廷に於て同一職員列席公開し事件の呼上を為したる上当事者に裁判長は主文の朗読に依り判決言渡を為したり。 明治四十三年十二月二十三日長崎控訴院第一民事部裁判所書記紙屋啓太郎裁判長判事西野文市とありて当事者の氏名並当事者が出廷したるや将又欠席したりやを知るに由なく。 従て右調書によりては本件原判決が適式に言渡されたるものなるや否やは知るを得ざるものとす。 尤も[もっとも]右記録の中に「前同一事件に付、」とあるを以て当事者の氏名を表示する要なしとするにあらんかなれども事件とは訴訟物を意味するのみにて当事者を包含せざることは民事訴訟法上顕著なる所にして同法第百二十九条第二項第三号に所謂訴訟物及当事者の氏名とある中の当事者の氏名の表示を欠漏せるや明かなるのみならず其出席したるや欠席したるやの記載なきことも同法同条項第四号の記載を欠漏せるを以て前述の如く原判決が適式に言渡されたるものなりや否やを知るを得ざる不法あるを以て原判決は破毀を免れざるものと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]裁判言渡調書に当事者の氏名を掲げざるときは其調書は当事者が裁判言渡の期日に出頭したることを証明するの効なきに止まり言渡したる判決の効力に何等の影響なきものとす。 何となれば判決の言渡は当事者の在廷すると否とに拘らず其効力を有すること民事訴訟法第二百三十五条の明定する所なればなり。 以上説明するが如く本件上告は其一部に於て理由あり其他は理由なきを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項第四百五十二条に依り主文の如く判決す（判旨第五点）