明治四十三年(オ)第百四十八號
明治四十四年三月二十四日民事聯合部判決
◎判決要旨
- 一 詐害行爲ノ廢罷ハ民法カ法律行爲ノ取消ナル語辭ヲ用ヰタルニ拘ハラス一般法律行爲ノ取消ト其性質ヲ異ニシ之カ効力ハ相對的ニシテ何人ニモ對抗スヘキ絶對的ノモノニ非ス
- 一 債權者カ債務者ノ財産ヲ讓受ケタル受益者又ハ轉得者ニ對シテ訴ヲ提起シ之ニ對スル關係ニ於テ法律行爲ヲ取消シタルトキハ該財産ノ囘復又ハ之ニ代ルヘキ賠償ヲ得ルコトニ因リ其擔保權ヲ確保スルニ足ルヲ以テ特ニ債務者ニ對シテ訴ヲ提起シ其法律行爲ノ取消ヲ求ムルノ要ナキモノトス
- 一 債務者ノ財産カ受益者ノ手ヲ經テ轉得者ノ有ニ歸シタル場合ニ債權者カ受益者ニ對シテ廢罷訴權ヲ行使シ法律行爲ヲ取消シテ賠償ヲ求ムルト轉得者ニ對シテ同一訴權ヲ行使シ直接ニ該財産ヲ囘復スルトハ全ク其自由ノ權内ニ在ルモノトス
- 一 裁判所カ原告タル債權者ノ請求ニ基キ法律行爲ノ取消ヲ命スル裁判ハ法律行爲ノ効力ヲ消滅セシムルヲ以テ目的トシ被告タル受益者又ハ轉得者ハ之ニ因リ其行爲ノ消滅ヲ認メサルヘカラサル覊絆ヲ受クルモノナレハ該訴訟ハ單純ナル確認訴訟ニ非ス從テ後ニ提起スル原状囘復ノ訴ノ前提タルニ拘ハラス原告ノ爲メニ利益アラ訴訟タルヲ妨ケサレハ不適法トシテ之ヲ却下シ得サルモノトス
上告人 太田鐵吉
訴訟代理人 倉重清太郎
被上告人 塚口三之助 外一名
右當事者間ノ詐害行爲取消請求事件ニ付キ大阪控訴院カ明治四十三年三月十九日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ且被上告人辻梅次郎ハ期日出頭セサルニ付闕席ノ儘判決アリ度旨申立テ被上告人塚口三之助ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
原判決中被控訴人ノ訴ヲ却下ス訴訟費用ハ第一、二審共控訴人ノ負擔トストアル部分ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ大阪控訴院ニ差戻ス
被上告人辻梅次郎ニ對スル上告人ノ請求ハ之ヲ棄却ス
同人ニ關スル訴訟費用ハ總テ上告人ノ負擔トス
理由
上告理由ハ原院判決ハ被上告人辻梅次郎塚口三之助間ノ賣買行爲ハ詐害行爲トシテ取消サルヘキモノナル事實ヲ認メナカラ「詐害行爲ノ取消訴權ハ其訴權ノ行使ニ依リテ債務者ノ給付能力ヲ囘復スルコトヲ目的トスルモノナレハ其財産カ受益者ノ手裡ニ存スルトキハ債務者及受益者間ノ法律行爲ヲ取消スノミニ因リテ其目的ヲ達スルコトヲ得ヘシト雖モ判決ハ第三者ヲ覊束セサルカ故ニ財産カ轉得者ニ歸シタル場合ニ於テハ其轉得者ニ對シ其訴權ヲ行使スルニアラサレハ其目的ヲ達スルコト能ハサルヘク若シ轉得者ニ對シテ取消權ヲ行使スルコトナク唯受益者ニ對シテ訴本ヲ行使スル場合ニ於テハ單ニ法律行爲ヲ取消スノミニテハ債權者ノ給付能力ヲ囘復スルニ足ラサルカ故ニ債權者ハ債務者ノ法律行爲ヲ取消スト同時ニ受益者ニ對シテ不當利得若クハ不法行爲ノ原則ニ從ヒ賠償ヲ求メサルヘカラス故ニ轉得者ニ對シテ取消權ヲ行使スヘキニ之ヲ除外シ單ニ債務者及受益者ニ對シテ行爲ノ取減ヲ請求シ或ハ受益者ニ對シテ賠償ヲ求ムヘキニ唯其間ニ於ケル行爲ノ取消ノミヲ求ムルカ如キハ其ニ債務者ノ給付能力ヲ囘復スルニ足ラサルモノニシテ他日轉得者ニ對シテ取消訴權ヲ行使シ若クハ受益者ニ對シテ賠償ヲ請求スヘキ前提トナルニ過キサレハ恁ル利益ナキ訴ハ法律上許スヘカラサルモノト云ハサルヲ得ス」トノ理由ニ基キ上告人ノ訴ヲ却下セラレタリ然レトモ是レ詐害行爲取消權ノ性質ヲ誤解シ利益ナケレハ訴權ナシトノ原則ヲ不當ニ適用シタル違法ノ裁判ナリト云ハサル可カラス仰モ廢罷訴權ハ債務者ノ爲シタル法律行爲ノ取消ノミヲ目的トスルモノニシテ直接ニ物ノ給付ヲ求ムルモノニ非ス債務者カ給付能力ヲ囘復シ若クハ受益者又ハ轉得者カ賠償義務ヲ負擔スルニ至ルカ如キ間接ノ結果ニ過キス且廢罷訴權ニ基ク法律行爲取消ノ判決ハ認定的ノモノニアラスシテ創設的効力ヲ有スルモノナリ即チ此取消ノ判決ハ恰モ民法上ニ於テ法律行爲ノ取消權ヲ有スルモノカ法律行爲取消ノ意思表示ヲ爲シタルト同シク此判決アリテ始メテ當事者ノ權利關係ヲ原状ニ囘復シ若クハ囘復セシムヘキ義務ヲ負擔セシムルモノナリ之レヲシモ尚利益ナキ訴訟ナリトシテ原院カ上告人ノ訴ヲ却下シタルハ廢罷訴權ノ性質ヲ誤解シ利益ナケレハ訴權ナシトノ原則ヲ不當ニ適用シタル違法ノ裁判ナリト云フニ在リ
依テ按スルニ民法第四百二十四條ニ規定スル詐害行爲廢罷訴權ハ債權者ヲ害スルコトヲ知リテ爲シタル債務者ノ法律行爲ヲ取消シ債務者ノ財産上ノ地位ヲ其法律行爲ヲ爲シタル以前ノ原状ニ復シ以テ債權者ヲシテ其債權ノ正當ナル辨濟ヲ受クルコトヲ得セシメテ其擔保權ヲ確保スルヲ目的トスルハ此訴權ノ性質上明確一點ノ疑ヲ容レサル所ナリ然レトモ債權者カ詐害行爲廢罷訴權ヲ行使スルニ當タリ何人ヲ對手人トシテ訴訟ヲ提起スヘキヤノ點ニ付テハ我民法竝ニ民事訴訟法中ニ何等ノ規定ヲ存セサルヲ以テ解釋上疑ヲ生スルヲ免カレス而シテ債務者ノ財産カ詐害行爲ノ結果其行爲ノ對手人タル受益者ノ有ニ歸シ更ニ轉シテ第三者ノ有ニ歸シタル場合ニ於テ廢罷ノ目的トナルヘキ行爲ハ第四百二十四條ノ明文ニ從ヒ債務者ノ行爲ニシテ受益者ハ其行爲ノ相手方トシテ直接之ニ干與シタルモノナレハ其廢罷ヲ請求スル訴訟ニ於テ債務者及ヒ受益者ヲ對手人ト爲スコトヲ要スルハ勿論轉得者ハ其法律行爲ノ當事者ニアラサルモ廢罷ノ結果一旦其有ニ歸シタル債務者ノ財産ヲ囘復セラルルノ地位ニ立チ直接ノ利害關係ヲ有スルモノナレハ轉得者モ亦其訴訟ニ於テ對手人タルコトヲ要シ結局詐害行爲廢罷ノ訴ハ此三者ノ間ニ於テ一ノ必要的共同訴訟ヲ成スモノナリトハ當院從來ノ判例ニ依リ確認セラレタル解釋ナリ然リト雖モ詐害行爲ノ廢罷ハ民法カ「法律行爲ノ取消」ナル語ヲ用ヒタルニ拘ラス一般法律行爲ノ取消ト其性質ヲ異ニシ其効力ハ相對的ニシテ何人ニモ對抗スヘキ絶對的ノモノニアラス詳言スレハ裁判所カ債權者ノ請求ニ基ツキ債務者ノ法律行爲ヲ取消シタルトキハ其法律行爲ハ訴訟ノ相手方ニ對シテハ全然無効ニ歸スヘシト雖モ其訴訟ニ干與セサル債務者受益者又ハ轉得者ニ對シテハ依然トシテ存立スルコトヲ妨ケサルト同時ニ債權者カ特定ノ對手人トノ關係ニ於テ法律行爲ノ効力ヲ消滅セシメ因テ以テ直接又ハ間接ニ債務者ノ財産上ノ地位ヲ原状ニ復スルコトヲ得ルニ於テハ其他ノ關係人トノ關係ニ於テ其法律行爲ヲ成立セシムルモ其利害ニ何等ノ影響ヲ及ホスコトナシ是ヲ以テ債權者カ債務者ノ財産ヲ讓受ケタル受益者又ハ轉得者ニ對シテ訴ヲ提起シ之ニ對スル關係ニ於テ法律行爲ヲ取消シタル以上ハ其財産ノ囘復又ハ之ニ代ルヘキ賠償ヲ得ルコトニ因リテ其擔保權ヲ確保スルニ足ルヲ以テ特ニ債務者ニ對シテ訴ヲ提起シ其法律行爲ノ取消ヲ求ムルノ必要ナシ故ニ債務者ハ其訴訟ノ對手人タルヘキ適格ヲ有セサルヲ以テ必要的共同被告トシテ之ヲ相手取ルヘキモノトセル當院ノ判例ハ之ヲ變更セサルヘカラス
次キニ債務者ノ財産カ受益者ノ手ヲ經テ轉得者ノ有ニ歸シタル場合ニ之ヲ共同被告トシテ廢罷訴權ヲ行使スルコトヲ要スルヤ否ヤノ問題ニ付テハ轉得者カ善意ニシテ之ニ對スル關係ニ於テ法律行爲ノ廢罷カ不可能トナリタル場合ハ勿論轉得者ノ意思不明ナル場合竝ニ轉得者カ惡意ニシテ之ニ對スル法律行爲ノ取消及ヒ債務者財産ノ直接囘復カ可能ナル場合ニ於テモ債權者ハ尚ホ受益者ノミヲ相手取リテ法律行爲ノ取消ヲ請求スルコトヲ妨ケス是レ他ナシ詐害行爲廢罷ノ訴權ハ詐害行爲ニ干與シタル者ニ對シテ其詐害ノ因テ生スル債務者ノ法律行爲ヲ取消シ相手方カ尚債務者ノ財産ヲ所有スルトキハ直接ニ之ヲ囘復シ相手方カ之ヲ所有セサルトキハ其財産ヲ囘復スルニ代ヘテ之カ賠償ヲ爲サシメ以テ其擔保權ヲ確保スルコトヲ目的トスルモノニシテ其財産囘復ノ義務タルヤ受益者又ハ轉得者カ其財産ヲ所有スルカ爲メニ負擔スル依物義務ノ一種ニアラスシテ其行爲ニ因リテ債務者ノ財産ヲ脱漏セシメタルカ爲メニ生シタル責任ニ胚胎スルモノナレハ其財産ヲ他人ニ讓渡シタルニ因リテ之ヲ免脱スルコトヲ得ス却テ其財産ノ囘復ニ代ヘテ之ヲ賠償スルコトヲ要スルハ詐害行爲ノ性質上明白ナルヲ以テナリ故ニ債務者ノ財産カ轉得者ノ有ニ歸シタル場合ニ債權者カ受益者ニ對シテ廢罷訴權ヲ行使シ法律行爲ヲ取消シテ賠償ヲ求ムルト轉得者ニ對シテ同一訴權ヲ行使シ直接ニ其財産ヲ囘復スルトハ全ク其自由ノ權内ニ在リ要ハ債權者カ其本來享有セル擔保權ヲ正當ニ實行スルコトヲ得ルノ點ニ存スルモノナリ故ニ當院從來ノ判例ハ此點ニ於テモ亦變更セラルヘキモノトス
詐害行爲廢罷ノ訴權ハ詐害行爲ノ廢罷ト共ニ其行爲ニ因リテ債務者ノ資産ヲ脱シタル財産ノ囘復又ハ之ニ代ルヘキ賠償ヲ求ムルコトヲ目的トスヘキヤ從テ單ニ法律行爲ノ取消ノミヲ請求シ財産ノ囘復又ハ其賠償ノ請求ノ伴ハサル訴ハ利益ナシトシテ之ヲ却下スヘキヤ蓋シ詐害行爲廢罷ノ訴ハ債務者及ヒ第三者ノ詐害行爲ニ因リテ債務者ノ資産ヨリ脱出シタル財産ヲ直接ニ囘復シ又ハ其代償ヲ得ルヲ目的トスルモノナレハ其前提トシテ單ニ詐害行爲ノ取消ノミヲ請求スルハ無益ノ訴トシテ許ス可カラサルニ似タリ然レトモ民法ハ法律行爲ノ取消ヲ請求スルト同時ニ原状囘復ヲ請求スルコトヲ以テ詐害行爲廢罷訴權行使ノ必要條件ト爲ササルノミナラス却テ訴本ノ目的トシテ單ニ法律行爲ノ取消ノミヲ規定シ取消ノ結果直チニ原状囘復ノ請求ヲ爲スト否トヲ原告債權者適宜ノ處置ニ委ネタルヲ以テ此二者ハ相共ニ訴權ノ成立要件ヲ形成スルモノニアラス加之原告債權者ノ請求ニ基ツキ法律行爲ノ取消ヲ命スル裁判ハ單ニ權利ノ成立不成立ヲ確定スル裁判ニアラスシテ法律行爲ノ効力ヲ消滅セシムルヲ以テ目的トシ被告タル受益者轉得者ハ其裁判ニ因リ法律行爲ノ消滅ヲ認メサルヘカラサルノ覊絆ヲ受クルモノナレハ其訴訟ハ單純ナル確認訴訟ニアラス從テ後ニ提起スル原状囘復ノ訴訟ノ前提タルニ拘ラス原告ノ爲メニ利益アル訴訟タルヲ妨ケサルヲ以テ不適法ナリトシテ之ヲ却下スルコトヲ得ス果シテ然ラハ原院ハ上告人カ其債務者タル被上告人辻梅次郎ト受益者タル被上告人塚口三之助間ノ山林賣買ヲ以テ詐害行爲ナリトシ其賣買行爲ノ取消竝ニ所有權移轉ノ登記抹消ヲ請求シタル本件訴訟ノ控訴ニ付審理ヲ爲スニ當リ係爭山林カ轉得者タル岡山縣苫田郡東加茂村外八个村ノ有ニ歸シ本訴訟ニ於テ山林囘復ノ目的ヲ達スルコトヲ得サルノミナラス上告人ニ於テ損害ノ賠償ヲ請求スルノ手段ヲ執ラサリシニモセヨ上告人ノ訴ハ之カ爲メ法律上許スヘカラサル利益ナキ訴トナリタルモノニハアラサルヲ以テ宜ク賣買取消ノ請求竝ニ登記抹消ノ請求ノ當否ヲ審按シ其請求ノ許否ヲ決セサルヘカラサル筋合ナルニ事茲ニ出テスシテ法律上許スヘカラサル利益ナキ訴トシテ之ヲ却下シタルハ失當ニシテ上告論旨ハ理由アリ原判決ハ破毀ヲ免カレサルモノトス
被上告人辻梅次郎ハ上告人ノ債務者トシテ本件ノ詐害行爲ヲ爲シタルモノナレハ其廢罷ヲ目的トスル本件ノ訴訟ニ於テ相手取ラルヘキモノニアラサルハ前顯説明ノ如ク賣買登記抹消ノ請求ニ關シテモ亦賣渡人ヲ對手人ト爲スヘキモノニアラサルハ當院判例ノ存スル所ナルヲ以テ同人ニ對スル上告人ノ請求ハ其當ヲ失スルニ依リ却下セラルヘキモノトス
右ノ理由ナルヲ以テ民事訴訟法第四百四十七條第四百四十八條一項ニ從ヒ被上告人辻梅次郎ハ闕席シタルモ事件ノ判斷ハ總テ法律上ノ問題ニ關スルヲ以テ對席トシテ民事訴訟法第四百五十一條第七十二條ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス而シテ本件ハ本院從來ノ判例(明治三十七年(オ)第五八七號明治三十八年二月十日ノ第二民事部判決)ト相反スル意見アルヲ以テ裁判所構成法第四十九條第五十四條ノ規定ニ從ヒ民事總部聯合シテ審判ス
明治四十三年(オ)第百四十八号
明治四十四年三月二十四日民事連合部判決
◎判決要旨
- 一 詐害行為の廃罷は民法が法律行為の取消なる語辞を用ゐたるに拘はらず一般法律行為の取消と其性質を異にし之が効力は相対的にして何人にも対抗すべき絶対的のものに非ず
- 一 債権者が債務者の財産を譲受けたる受益者又は転得者に対して訴を提起し之に対する関係に於て法律行為を取消したるときは該財産の回復又は之に代るべき賠償を得ることに因り其担保権を確保するに足るを以て特に債務者に対して訴を提起し其法律行為の取消を求むるの要なきものとす。
- 一 債務者の財産が受益者の手を経で転得者の有に帰したる場合に債権者が受益者に対して廃罷訴権を行使し法律行為を取消して賠償を求むると転得者に対して同一訴権を行使し直接に該財産を回復するとは全く其自由の権内に在るものとす。
- 一 裁判所が原告たる債権者の請求に基き法律行為の取消を命ずる裁判は法律行為の効力を消滅せしむるを以て目的とし被告たる受益者又は転得者は之に因り其行為の消滅を認めざるべからざる羈絆を受くるものなれば該訴訟は単純なる確認訴訟に非ず。
従て後に提起する原状回復の訴の前提たるに拘はらず原告の為めに利益あら訴訟たるを妨げざれば不適法として之を却下し得ざるものとす。
上告人 太田鉄吉
訴訟代理人 倉重清太郎
被上告人 塚口三之助 外一名
右当事者間の詐害行為取消請求事件に付き大坂控訴院が明治四十三年三月十九日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し、且、被上告人辻梅次郎は期日出頭せざるに付、闕席の儘判決あり度旨申立で被上告人塚口三之助は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決中被控訴人の訴を却下す訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とすとある部分を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を大坂控訴院に差戻す
被上告人辻梅次郎に対する上告人の請求は之を棄却す
同人に関する訴訟費用は総で上告人の負担とす。
理由
上告理由は原院判決は被上告人辻梅次郎塚口三之助間の売買行為は詐害行為として取消さるべきものなる事実を認めながら「詐害行為の取消訴権は其訴権の行使に依りて債務者の給付能力を回復することを目的とするものなれば其財産が受益者の手裡に存するときは債務者及受益者間の法律行為を取消すのみに因りて其目的を達することを得べしと雖も判決は第三者を羈束せざるが故に財産が転得者に帰したる場合に於ては其転得者に対し其訴権を行使するにあらざれば其目的を達すること能はざるべく若し転得者に対して取消権を行使することなく唯受益者に対して訴本を行使する場合に於ては単に法律行為を取消すのみにては債権者の給付能力を回復するに足らざるが故に債権者は債務者の法律行為を取消すと同時に受益者に対して不当利得若くは不法行為の原則に従ひ賠償を求めざるべからず。
故に転得者に対して取消権を行使すべきに之を除外し単に債務者及受益者に対して行為の取減を請求し或は受益者に対して賠償を求むべきに唯其間に於ける行為の取消のみを求むるが如きは其に債務者の給付能力を回復するに足らざるものにして他日転得者に対して取消訴権を行使し若くは受益者に対して賠償を請求すべき前提となるに過ぎざれば恁る利益なき訴は法律上許すべからざるものと云はざるを得ず。」との理由に基き上告人の訴を却下せられたり。
然れども是れ詐害行為取消権の性質を誤解し利益なければ訴権なしとの原則を不当に適用したる違法の裁判なりと云はざる可からず。
仰も廃罷訴権は債務者の為したる法律行為の取消のみを目的とするものにして直接に物の給付を求むるものに非ず債務者が給付能力を回復し若くは受益者又は転得者が賠償義務を負担するに至るが如き間接の結果に過ぎず、且、廃罷訴権に基く法律行為取消の判決は認定的のものにあらずして創設的効力を有するものなり。
即ち此取消の判決は恰も民法上に於て法律行為の取消権を有するものが法律行為取消の意思表示を為したると同じく此判決ありて始めて当事者の権利関係を原状に回復し若くは回復せしむべき義務を負担せしむるものなり。
之れをしも尚利益なき訴訟なりとして原院が上告人の訴を却下したるは廃罷訴権の性質を誤解し利益なければ訴権なしとの原則を不当に適用したる違法の裁判なりと云ふに在り
依て按ずるに民法第四百二十四条に規定する詐害行為廃罷訴権は債権者を害することを知りて為したる債務者の法律行為を取消し債務者の財産上の地位を其法律行為を為したる以前の原状に復し以て債権者をして其債権の正当なる弁済を受くることを得せしめて其担保権を確保するを目的とするは此訴権の性質上明確一点の疑を容れざる所なり。
然れども債権者が詐害行為廃罷訴権を行使するに当たり何人を対手人として訴訟を提起すべきやの点に付ては我民法並に民事訴訟法中に何等の規定を存せざるを以て解釈上疑を生ずるを免がれず。
而して債務者の財産が詐害行為の結果其行為の対手人たる受益者の有に帰し更に転して第三者の有に帰したる場合に於て廃罷の目的となるべき行為は第四百二十四条の明文に従ひ債務者の行為にして受益者は其行為の相手方として直接之に干与したるものなれば其廃罷を請求する訴訟に於て債務者及び受益者を対手人と為すことを要するは勿論転得者は其法律行為の当事者にあらざるも廃罷の結果一旦其有に帰したる債務者の財産を回復せらるるの地位に立ち直接の利害関係を有するものなれば転得者も亦其訴訟に於て対手人たることを要し結局詐害行為廃罷の訴は此三者の間に於て一の必要的共同訴訟を成すものなりとは当院従来の判例に依り確認せられたる解釈なり。
然りと雖も詐害行為の廃罷は民法が「法律行為の取消」なる語を用ひたるに拘らず一般法律行為の取消と其性質を異にし其効力は相対的にして何人にも対抗すべき絶対的のものにあらず。
詳言すれば裁判所が債権者の請求に基つき債務者の法律行為を取消したるときは其法律行為は訴訟の相手方に対しては全然無効に帰すべしと雖も其訴訟に干与せざる債務者受益者又は転得者に対しては依然として存立することを妨げざると同時に債権者が特定の対手人との関係に於て法律行為の効力を消滅せしめ因で以て直接又は間接に債務者の財産上の地位を原状に復することを得るに於ては其他の関係人との関係に於て其法律行為を成立せしむるも其利害に何等の影響を及ぼすことなし是を以て債権者が債務者の財産を譲受けたる受益者又は転得者に対して訴を提起し之に対する関係に於て法律行為を取消したる以上は其財産の回復又は之に代るべき賠償を得ることに因りて其担保権を確保するに足るを以て特に債務者に対して訴を提起し其法律行為の取消を求むるの必要なし。
故に債務者は其訴訟の対手人たるべき適格を有せざるを以て必要的共同被告として之を相手取るべきものとせる当院の判例は之を変更せざるべからず。
次きに債務者の財産が受益者の手を経で転得者の有に帰したる場合に之を共同被告として廃罷訴権を行使することを要するや否やの問題に付ては転得者が善意にして之に対する関係に於て法律行為の廃罷が不可能となりたる場合は勿論転得者の意思不明なる場合並に転得者が悪意にして之に対する法律行為の取消及び債務者財産の直接回復が可能なる場合に於ても債権者は尚ほ受益者のみを相手取りて法律行為の取消を請求することを妨げず。
是れ他なし。
詐害行為廃罷の訴権は詐害行為に干与したる者に対して其詐害の因で生ずる債務者の法律行為を取消し相手方が尚債務者の財産を所有するときは直接に之を回復し相手方が之を所有せざるときは其財産を回復するに代へて之が賠償を為さしめ以て其担保権を確保することを目的とするものにして其財産回復の義務たるや受益者又は転得者が其財産を所有するか為めに負担する依物義務の一種にあらずして其行為に因りて債務者の財産を脱漏せしめたるか為めに生じたる責任に胚胎するものなれば其財産を他人に譲渡したるに因りて之を免脱することを得ず。
却て其財産の回復に代へて之を賠償することを要するは詐害行為の性質上明白なるを以てなり。
故に債務者の財産が転得者の有に帰したる場合に債権者が受益者に対して廃罷訴権を行使し法律行為を取消して賠償を求むると転得者に対して同一訴権を行使し直接に其財産を回復するとは全く其自由の権内に在り要は債権者が其本来亨有せる担保権を正当に実行することを得るの点に存するものなり。
故に当院従来の判例は此点に於ても亦変更せらるべきものとす。
詐害行為廃罷の訴権は詐害行為の廃罷と共に其行為に因りて債務者の資産を脱したる財産の回復又は之に代るべき賠償を求むることを目的とすべきや。
従て単に法律行為の取消のみを請求し財産の回復又は其賠償の請求の伴はざる訴は利益なしとして之を却下すべきや蓋し詐害行為廃罷の訴は債務者及び第三者の詐害行為に因りて債務者の資産より脱出したる財産を直接に回復し又は其代償を得るを目的とするものなれば其前提として単に詐害行為の取消のみを請求するは無益の訴として許す可からざるに似たり。
然れども民法は法律行為の取消を請求すると同時に原状回復を請求することを以て詐害行為廃罷訴権行使の必要条件と為さざるのみならず却て訴本の目的として単に法律行為の取消のみを規定し取消の結果直ちに原状回復の請求を為すと否とを原告債権者適宜の処置に委ねたるを以て此二者は相共に訴権の成立要件を形成するものにあらず。
加之原告債権者の請求に基つき法律行為の取消を命ずる裁判は単に権利の成立不成立を確定する裁判にあらずして法律行為の効力を消滅せしむるを以て目的とし被告たる受益者転得者は其裁判に因り法律行為の消滅を認めざるべからざるの羈絆を受くるものなれば其訴訟は単純なる確認訴訟にあらず。
従て後に提起する原状回復の訴訟の前提たるに拘らず原告の為めに利益ある訴訟たるを妨げざるを以て不適法なりとして之を却下することを得ず。
果して然らば原院は上告人が其債務者たる被上告人辻梅次郎と受益者たる被上告人塚口三之助間の山林売買を以て詐害行為なりとし其売買行為の取消並に所有権移転の登記抹消を請求したる本件訴訟の控訴に付、審理を為すに当り係争山林が転得者たる岡山県苫田郡東加茂村外八个村の有に帰し本訴訟に於て山林回復の目的を達することを得ざるのみならず上告人に於て損害の賠償を請求するの手段を執らざりしにもせよ上告人の訴は之が為め法律上許すべからざる利益なき訴となりたるものにはあらざるを以て宜く売買取消の請求並に登記抹消の請求の当否を審按し其請求の許否を決せざるべからざる筋合なるに事茲に出でずして法律上許すべからざる利益なき訴として之を却下したるは失当にして上告論旨は理由あり原判決は破毀を免がれざるものとす。
被上告人辻梅次郎は上告人の債務者として本件の詐害行為を為したるものなれば其廃罷を目的とする本件の訴訟に於て相手取らるべきものにあらざるは前顕説明の如く売買登記抹消の請求に関しても亦売渡人を対手人と為すべきものにあらざるは当院判例の存する所なるを以て同人に対する上告人の請求は其当を失するに依り却下せらるべきものとす。
右の理由なるを以て民事訴訟法第四百四十七条第四百四十八条一項に従ひ被上告人辻梅次郎は闕席したるも事件の判断は総で法律上の問題に関するを以て対席として民事訴訟法第四百五十一条第七十二条を適用し主文の如く判決す。
而して本件は本院従来の判例(明治三十七年(オ)第五八七号明治三十八年二月十日の第二民事部判決)と相反する意見あるを以て裁判所構成法第四十九条第五十四条の規定に従ひ民事総部連合して審判す