明治四十三年(オ)第九十二號
明治四十三年九月二十八日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 法定代理人タル資格ナキ者カ爲シタル訴訟行爲ト雖モ本人又ハ正當ノ法定代理人之ヲ追認シタルトキハ代理ノ欠缺ハ補正セラレ其訴訟行爲ハ適法ト爲ルモノトス
上告人 原子彦太郎
訴訟代理人 町井鐵之介
被上告人 米田くり 外十三名
訴訟代理人 澁谷水穗 川口榮之進
右當事者間ノ藝妓線香代引渡請求事件ニ付宮城控訴院カ明治四十二年十二月八日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告論旨ノ第一點ハ原審第一囘口頭辯論調書(明治四十二年三月二十六日)ニヨレハ原審ハ上告人
(原審控訴人)ノ申請ニ係ル證人岸田豐春ノ訊問ヲ許容シ該決定ニ基キ該訊問ヲ青森區裁判所ニ囑託シ青森區裁判所ハ右囑託ニ基キ明治四十二年六月四日岸田豐春ヲ喚問シタリ而シテ其訊問中上告代理人(原審控訴代理人)ハ明治三十五年寅一月料理屋線香帳待合所ト表書シタル帳簿ニ記載サレタル一項ヲ證人ニ示シ證人ノ父ノ書キタル筆蹟ナルヤ否ヤヲ訊問ヲサレタシト申立テ以テ發問ヲ求メタル處被上告人代理人(原審被控訴代理人)ハ訊問事項ニナキ旨ヲ以テ異議ヲ申立テタリ然ルニ受託判事阿部久治ハ右發問ノ許否ニ付何等ノ裁判ヲ爲サスシテ其訊問ヲ閉チタリ民事訴訟法第三百十九條ニヨレハ受託判事ハ當事者カ求メタル發問許否ノ權ヲ有スルモノナルヲ以テ求メラレタル發問ニ付キ異議アル場合ニハ之レハ裁判ヲ爲シタル後ニアラサレハ其證人ノ訊問ヲ閉ツルコト能ハサルモノナルニ拘ハラス本件受託判事阿部久治ハ發問許否ノ裁判ヲ爲サスシテ證人岸田豐春ノ訊問ヲ閉チタルハ證人訊問ノ手續ニ違背シタル不法アルモノトス而シテ如斯場合ニハ受訴裁判所ハ受託裁判所ノ違法ノ手續ヲ看過シ得ヘキモノニアラスシテ受託判事ニ對シテ更ニ發問ノ許否ノ裁判ヲ求メ民事訴訟法第三百十九條第三項ニヨル申立アリタル場合ニハ之カ裁判ヲ爲シタル後ニアラサレハ結審スルコト能ハサルモノナリ何トナレハ受訴裁判所ハ其證據決定ニ覊束セラルルモノナルヲ以テ其決定シタル事項ノ全部ヲ執行スル責務ヲ有ス故ニ受訴裁判所ハ常ニ受託裁判所カ受訴裁判所ノ證據決定ヲ履行シタルヤ否ヤヲ監視シ此全部ノ執行ヲ爲ササル場合ニハ更ラニ再囑託ヲ爲スカ又ハ其他ノ手續ニヨリテ其決定ノ全部ノ執行ヲ爲スニアラサレハ結局證據決定ノ執行ナキニ歸スルヲ以テナリ然ルニ原審裁判所ハ受託裁判所ノ此ノ違法ヲ看過シ既ニ證據決定ノ全部ヲ執行シタルモノトシ辯論ヲ閉チ裁判ヲ爲シタルハ重要ナル訴訟手續ノ違背アルモノニシテ破毀ヲ免レサルモノト信スト云フニ在リ
仍テ原審記録ヲ調査スルニ原院ハ上告人ノ申請ニ係ル證人岸田豐春ノ訊問ヲ青森區裁判所ニ囑託シ同區裁判所ハ其囑託ニ基キ同證人ヲ訊問中上告人ノ求メタル發問ニ付キ被上告人ヨリ異議ヲ申立テタルコト及ヒ同區裁判所カ其發問ノ許否ヲ裁判セスシテ訊問ヲ閉チタルコトハ明白ナルモ上告人ハ其事ニ付キ原審口頭辯論ノ終結ニ至ルマテ何等異議ヲ提出シタル事蹟ナキヲ以テ責問權ヲ抛棄シタルモノト認メタルヲ得ス故ニ今更ニ其事ヲ主張シテ上告ノ理由ト爲スコトヲ得サルヲ以テ本論旨ハ採用スルニ足ラサルモノトス
第二點ハ被上告人赤澤タカハ明治四十一年十月一日滿二十年ニ達シタル事本件控訴ハタカカ成年ニ達セラレタル以後ニ提起セラレタル事及ヒ原審ニ於テ右タカノ代理人飯島完爾ハタカノ法定代理人赤澤カツノ委任ニヨリテ訴訟行爲ヲ爲シタル事實ハ一件記録添附ノ赤澤タカ戸籍謄本控訴状赤澤カツノ委任状等ニヨリテ明ナリ而シテ赤澤タカハ明治四十一年十月一日成年ニ達シタルヲ以テ爾後獨良シテ訴訟能力ヲ有シ親權者ハ爾後親權ヲ失ヒ其代理行爲ヲ爲ス事ヲ得サルモノナルニ拘ハラス原審ニ於テ飯島莞爾カ親權ヲ失ヒタルカツノ委任状ヲ提出シテタカ代理人トシテ訴訟ヲ爲シタルハ代理權ナキモノノ行爲ニシテ其訴訟手續ハ全部無効ナリトス然ルニ原判決ハ此無効ノ行爲ニ基キテ爲シタルモノナルヲ以テ亦破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在リ
仍テ按スルニ法定代理人タル資格ナキ者カ爲シタル訴訟行爲ト雖モ本人又ハ正當ノ法定代理人カ之ヲ追認シテ欠缺ヲ補正スルヲ得ルコトハ本院ノ判例トシテ是認スル所ナリ(明治三四年(オ)第五〇一號上告事件同三五年二月四日判決參看)今本件第一審以來ノ訴訟記録ヲ調査スルニ被上告人赤澤タカハ明治四十一年十月一日成年ニ達シタルコト本件控訴ハ同人ノ成年ニ達シタル後提起セラレタルコト及ヒ原審ノ同人ニ關スル訴訟行爲ハ同人ノ法定代理人タリシ赤澤カツノ委任シタル訴訟代理人カ之レヲ爲シタルコトハ誠ニ上告人主張ノ如ク明白ナリト雖モ被上告人タカハ本審ニ至リ右カツノ委任シタル訴訟代理人ノ原審訴訟行爲ヲ追認シタルコトハ答辯書添附ノ追認證書ニ依リ明ナレハ其追認ニ因リ右代理ニ關スル欠缺ハ補正セラレ原審ノ訴訟行爲ハ適法トナリタルモノトス故ニ本論旨モ亦採用スルコトヲ得ス
第三點ハ原審判決ハ上告人ナ藝妓待合所ノ擔當者ナル事實ヲ認定シ其資料トシテ關谷宇太郎、成田貞次郎、川上豐太郎、中村善太郎、坂井源八、平田義造、古川わか、山本フテ、古川武諮、杉澤楳三郎ノ各證言ヲ採用シタルハ判決理由第一點ノ説明ニヨリテ明カナリ而シテ原判決ハ此ノ點ニ於テ左ノ數點ノ不法アルモノトス一、原判決ハ關谷宇太郎外數名ノ各證言ヲ採用シタルモ其證言中如何ナル部分ニヨリテ原判決ノ如キ心證カ形成セラルルヤヲ明示セス而シテ此等各證言ハ獨リ待合所擔當者ニ關スル證言ノミニアラスシテ種種ノ事項ニ關スル證言ヲ包含スルハ勿論同一事項ニ付キテモ彼是相牴觸シ相一致セサルモノアルハ是等證言ノ内容ヲ比較對照スルニ於テ明カナルヲ以テ其採用シタル各證言ノ各部分ヲ明示スルニアラサレハ其如何ナル證據ニ依リテ如上ノ事實ヲ認定シタルモノナルヤヲ知ルコト能ハサルモノナルニ拘ハラス原判決ハ其採用シタル各證言ノ内容ヲ明示セスシテ恰モ其證言全部ヲ採用シタルカ如ク説示シタルハ一面證據ニヨラスシテ又證據ニ違背シテ事實ヲ認定シタル譏リヲ免カレサルカ亦理由不備ノ不法アルモノトス(各證言ノ包含スル訊問事項及其内容牴觸不一致ノ點左ノ如シ)證人成田貞次郎證言ノ一部問其待合所ハ唯カ擔當シ居リタルモノナリヤ答原子彦太郎設ケテ居リマシタ問其ハ何時ヨリナリヤ答原子カ明治三十七年ヨリ昨年十一月見番カ向ニ移ル時マテ致シテ居リマシタ問一戸豐三郎ハ原子彦太郎ノ雇人ナリヤ答一戸ハ原子ノ雇人テアリマセヌカ毎月勘定ノ時ニ斗リ見番ニ來リテ計算ヲ爲シ各藝妓ニ拂ヒマス問原告ノ見番ニ箱屋ト云フモノアリヤ答私ト奈良岡佐太郎トカ箱屋ヲ爲シテヲリマシタ箱屋トハ藝妓ノ三味線ヲ持テ藝妓ノ送迎ヲ爲シ居ルモノテアリマス證人平田義造證言ノ一部問小坂アサハ原子ト如何ナル關係アリヤ答留守居又ハ帳場テ原子ノ雇人テアルト思ヒマス問其時新規見番組織ノコトテ元ノ見番原子ノ方ヨリ交渉シ來リタルコトナキヤ答原子代理人タト云フテ一戸豐三郎カ來リ三年間新見番ノ利益ノ五割ヲ此方ニ呉レヨト申出テマシタカ利益ノ二割迄ナレハ出ス可シト云ヒシモ之ニ應シマセンテシタ證人坂井源八證言ノ一部問小坂アサ小坂かつハ原子ト如何ナル關係アリヤ答アサトかつハ原子ノ雇人テアリマス問其見番ニ箱屋ト云フ者アリヤ答成田貞次郎奈良岡佐太郎ハ其箱屋テアリマス問舊見番ニ一戸豐三郎岸田豐次郎カ關係アリタルコトヲ知リ居ルヤ答岸田ハ小坂アサノ亭主テ見番ノ帳場ニ雇ハレテ居リマシタ問新見番組織ノ際利益ノ二分トカ、アサヲ十二圓ニテ雇ヒ呉レト云フコトヲ申出タルハ原子自身ナリヤ答一戸豐三郎カ參リマシタ原子ニ頼マレタト云フテ來マセンカ二分位ハ出シテモ宜シイト云ヒタルニ原子ニ交渉スルト云ヒマシタカラ其ハ原子ニ這入ルコトト思ヒマス問關谷宇太郎カ帳場ヲ爲シタルコトアリヤ答關谷宇太郎ハ岸田ノ前ニ原子ノ帳場ヲ爲シ居リマシタ證人中村善太郎證言ノ一部問其見番ニハ箱屋ナルモノアリシヤ答成田貞次郎ト外ニ名前ヲ知ラサル男カ一人居リマシタ證人關谷宇太郎證言ノ一部問右待合所ノ設立者ハ誰レ誰レナリシヤ答今能ク覺ヘ居ラサリシカ藝妓誰レト何名ト云フモノニテ自分ト原子彦太郎ト共同ニテ設立シタルモノニアラス今設立者タリシ藝妓中記憶ニ存シ居ルモノハ米田クリ、高田ウネメ、國吉ハル今一人ハ氏名不詳(ハルノ姉妹ニ當ル)ニテ尚其他ニモ數名アリタリ而シテ其當時自分一人ニテ管理シ他ニ管理者ナカリシモノナリ問證人ハ此帳面ヲ書キタルヤ答始メカラ十二月十五日迄ノ所ハ書キマシタ表紙モ書キマシタ問其時ノ箱屋ハ答前田ト云フ人ト其妻ト二人テ箱屋兼帳付ケテス問十二月十五日後ハ誰カ此帳面ニ書キタルヤ答岸田豐次郎カ書キマシタ問證人ハ箱番所ノ管理者ナリシヤ答左樣テス問此帳面ニハ十二月十六日カラ岸田カ書イタノカ答左樣テス問岸田ハ此時ヨリ以前ニ見番ニ入タ事ナキヤ答入タコトアリマセン證人杉澤楳三郎證言ノ一部問岸田豐次郎、小坂アサ、一戸豐三郎ハ見番ニ關係シタルヤ答明治三十年頃カラ岸田ハ小坂アサト二人テ箱屋ヲシテ居リマシタカ其内ニ岸田ハ死亡シ小坂アサハ後引受ケテヤツテ居リマシタ問一戸豐三郎ハ如何ニセシヤ答豐三郎ハ原子彦太郎ノ雇人テ又藝妓ノ監督ニモ時時料理屋ハ行クコトモアリマス問アサト關谷ノ關係ハ如何答アサハ關谷ノ雇人ナリ問原子ト關谷ハ一緒ニ經營シタルハ何時頃ナルヤ答明治二十九年カラ同三十二年中頃マテテス問關谷ト原子ト兩人テ經營シタルハ二十九年カラ三十二年マテトハ箱番カ待合所カ答箱番所カラ引續イテ待合所マテテス二、原判決カ採用シタル關谷宇太郎外數名ノ證言ハ藝妓待合所ノ擔當者ノ何人ナル乎ニ付キ多クハ「濱町邊一般ノ評判ニ依レハ藝妓待合所ハ上告人ノ見番ナリト云フカ故ニ證人等モ左樣思フ」ト云フニ過キス是レ等證言ハ其内容ニ於テ證人等カ直接ニ關知シタル事實ニアラスシテ青森市濱町附近ニ如上ノ風評アリ故ニ如斯信セリト云フニ在ルヲ以テ其證言ハ一面傳聞事實ノ證言ニシテ一面證人ノ意見ニ外ナラス從テ證言トシテ何等ノ價値ヲ有セサルモノナルハ御院判決録明治三十四年第五卷第百十七頁判例ニ明示スル所ナリ然ルニ原院ハ如斯證言ヲ採用シ以テ判斷資料ニ供シタル不法アリ而シテ傳聞事實ノ證言及意見ニ屬スヘキモノニシテ採用セラレタルモノ左ノ如シ證人成田貞次郎證言ノ一部問原子ノ見番タト云フコトヲあさカ一戸カ證人ニ云ヒシコトナキヤ答直接ニ原子ノ見番タト私ニハ云ヒマセン問然ラハ證人ハ原子ノ見番ナリト何ニ依リテ信シタルカ答小坂アサモ一戸豐三郎モ藝妓カ金ヲ貸シテ呉レト云ヘハ原子ニ聞カナケレハナラヌト云ヒ又私カ給料ヲ上ケテ呉レト云ヒタルトキニモ原子ニ聞カナケレハ極メラレヌト云ヒマシタカラ其等ノコトヨリ原子ノ見番タト信シテ居ルノテアリマス證人古川わか證言ノ一部問其待合所ハ誰カ設ケラ居リタルモノナリヤ答原子カ拵ヘテ居ツタト思ヒマス問其ハ如何ナル譯ナリヤ答私ハ三十九年十月十九日ヨリ十一月マテ右見番ニ稼イテ居リマシタカ其以前ノコトハ分ラサルモ誰云フトナク原子ノ見番タト云ヒマスカラ私モ原子ノ見番タト思ヒ居ルノテアリマス證人平田義造證言ノ一部問其レハ誰カ設ケテ居タルモノナリヤ答判然知リマセヌカ原子彦太郎ノ見番タト思フテ居リマス證人坂井源八證言ノ一部問明治三十九年十一月頃マテ青森市大字濱町現今ノ待合所ノ筋向ノ所ニ青森藝妓待合所ノ設ケアリタルコトヲ知リ居ルヤ答知テ居リマス問誰カ設ケ居リタルモノナルヤ答原子彦太郎ノモノタト思フテ居リマス證人中村善太郎證言ノ一部問明治三十九年十一月頃マテ青森市大字濱町現今ノ待合所ノ筋向ノ所ニ青森藝妓待合所ノ設ケアリタルコトヲ知リ居ルヤ答知テ居リマス問其レハ誰カ設ケ居リタルモノナルヤ答原子彦太郎ノ監督ニ居ル見番タト思ヒマス證人山本フテ證言ノ一部問其待合所ハ誰レカ設ケ居リタルモノナルヤ答原子彦太郎カ持テ居ル見番タト心得テ居リマス證人古川武諮證言ノ一部問警察ノ側テハ如何樣ニ見タルヤ答當時阿鮮ハ監獄ニ入リ居リテ一方ハ金森テ一方ハ原子カ經營シタ樣テスカ内部ハ分リマセン後テ聞ケハ原子ハ關係シ居タト云フ話ハアリマシタ問原子ト關谷ト豐次郎ノ關係ハ如何答前ニ此等ノ人人ハ見番ヲヤツタト云フコトヲ聞キマシテ問當時ノ待合所ハ原子ノ見番ナリト云フノハ確ナルヤ答申込所ハ金森テ待合所ハ原子ノモノト云フテ居リマス問誰レカ云フノカ答濱町邊ノ評判テスト云フニ在リ
然レトモ原院ハ證人數名ノ證言ヲ綜合考覈シテ事實ヲ認定シタルコトハ判文ノ明示スル所ニシテ判決ノ理由ヲ具備スルニ足ルモノナレハ各證言ノ内容ヲ一一掲示シテ説明セサリシトテ之ヲ以テ理由不備ナリト謂フヲ得ス又傳聞事實ノ證言ト雖モ證據ト爲スコトヲ得ルコトハ明治三十九年(オ)第四百六十六號上告事件同四十年四月二十九日民事聯合判決以來本院ノ是認スル所ナリ又上告人カ意見ノ供述ナリト主張スル各證言ヲ査閲スルニ何レモ各證人ノ見聞ニ依リ知得シタル事實ノ供述ニ外ナラサレハ原院カ之ヲ事實認定ノ資料ニ供シタルハ固ヨリ違法ニアラス故ニ本論旨モ其理由ナキモノトス
第四點ハ原判決第二點ノ説明ニヨレハ「線香代ハ料理店ヨリ藝妓待合所ノ被雇人ナル小坂アサ其他ノ者ニ支拂ハレ小坂アサ其他ノ者ハ控訴人ノ代理人トシテ之レヲ受領シ控訴人ハ小坂アサ其他ノ者ニ之レカ受領ノ權限ヲ授與シ置キタルノ事實ヲ認メ得ヘク」云云トアルモ左ノ不法アリ一、小坂アサ其他ノ者ヲ以テ上告人ノ代理人ナリトスルニハ其代理權授與ノ事實即チ委任契約ノ存在ヲ認メサル可ラス蓋シ代理權ノ發生ハ民法上委任契約ノ存在ヲ必要トスレハナリ然ルニ原判決ハ右授權ノ事實ヲ認メスシテ漫然小坂アサ其他ノ者ヲ代理人ナリトシタル不法アリ二、原判決ハ小坂アサ及「其他ノ者」ヲ代理人トシテ線香代ヲ受領セシメタリト説明シタルモ其他ノ者トハ何人ナルヤノ事實ヲ確定セス故ニ係爭線香代ハ何人カ上告人ノ代理人トシテ受領シタルカ又上告人カ何人ニ受領ノ權限ヲ授與シタル事實ナルヤ不明ナリ而シテ原判決ノ趣旨ニヨレハ該線香代ハ上告人直線ニ受領シタルモノニアラスシテ上告人代理人ナルモノニ於テ受領シ其効果ハ本人タル上告人ニ及フモノナリト云フニアルヲ以テ少ナクモ其代理人ノ何人タルヤヲ明示スルニアラサルハ其責任ノ負擔ヲ上告人ニ命スルコト能ハサル筋合ナルニ拘ハラス原判決ハ以上ノ説示ノ如ク單ニ「其他ノ者」ト説明シタルハ必要ナル事實ヲ確認セサルカ理由不備ノ不法アルモノトス三、裁判ハ證據ニヨラスシテ事實ヲ確定スルコトヲ得ス而シテ原判決カ採用シタル證人中村善太郎坂井源八平田義造柴田外吉山本フテ増田友吉岡田ユキ松岡助次郎鈴木喜平治佐々木友義松本かね夏目與三次茂呂ソノ等ノ證言ハ數額ノ點ニ於テ原判決ノ證據タリ得ヘキモ之レニヨリテ上告人ハ小坂アサ其他ノ者ニ代理權限ヲ授與シタル事實ヲ認ムル何等ノ資料ノアルナシ特ニ或證言中ニハ小坂アサハ上告人ノ雇人ナリト云フモノアリ又箱屋ナリト云フモノアルモ雇人ナリトスルモ必スシモ線香代受領ノ權限ヲ付與セラレタルモノ即チ金錢ヲ取立ノ權能ヲ有スルモノナリト云フコトヲ得サルヘク又箱屋ナルモノハ原判決採用ノ證言自體ニヨリ藝妓ノ送迎ヲ爲スヲ任務ト爲スモノニ外ナラサルコト明カナルヲ以テ原判決ノ採用シタル證言ニヨリテハ小坂アサ及ヒ其他ノ者カ上告人ノ代理人ニシテ金錢受領ノ權限ヲ有シタルコトヲ認メ得サルモノナリトス從テ原判決ハ是等證言ヲ採用シ漫然如上ノ事實ヲ認メタルハ證據ニヨラスシテ事實ヲ確定シタル不法アルモノトス假リニ證據ニヨラスシテ事實ヲ確定シタルモノニアラストスルモ原判決ハ此點ニ於テ理由不備ノ不法アリ蓋シ小坂アサ又其他ノ者カ雇人ナリ帳場ナリ又箱屋ナリトスル證言ヲ採用シ以テ小坂アサ其他ノ者カ上告人ノ代理人ニシテ金錢受領ノ權限アルモノナリトスルニハ少ナクモ雇人タリ帳場ナリ又箱屋ナル身分ニハ以上ノ代理權ノ授與ノ伴フモノナル乎又委任契約ニヨリテ其授權アリタルコトヲ説示スルニアラサレハ原判決ノ如ク事實ヲ確定スルコト能ハサルモノナリト云ハサルヘカラス蓋シ雇人又箱屋ナル身分ハ必スシモ如上ノ權限ノ授與ノ伴フヘキモノニアラサレハナリ然ルニ原判決ハ單ニ雇人ナリ又箱屋ナリトスル證言ニヨリテ直ニ小坂アサ其他ノ者ヲ代理人ナリト認メ雇人又箱屋ナルモノハ以上ノ權能ヲ有スルモノナル事實ヲ説明セサルハ理由不備ナリト云ハサルヘカラサル筋合ナリトス四、原判決カ採用シタル柴田外吉ノ證言ハ其證言自體ニ明カナル如ク證人トシテ出廷スル前五十嵐サトナルモノヨリ聞キタル證言ニシテ傳聞ノ證言ニ外ナラス然ルニ原判決ハ此ノ證言ヲ採用シタル不法アリトスト云フニ在リ
然レトモ原院ハ證人數名ノ證言ヲ參酌シテ本件係爭ノ線香代ハ上告人ノ代理人ニシテ之カ受領ノ權限ヲ有スル數名ノ者ニ支拂ハレタル事實ヲ認定シタルモノニシテ其事實ノ認定ハ上告人カ被上告人ニ對スル受託者トシテ之ヲ拂渡スヘキ義務アリト爲シタル原判決ヲ維持スルニ十分ナレハ判決ノ理由ハ既ニ具備スルモノト謂フ可シ故ニ原院カ右代理權授與ノ方法各代理人ノ氏名等ヲ一一判示セサリシトテ判決ノ理由ニ缺クル所ナキヲ以テ本論旨ノ一及ヒ二ハ何レモ其理由ナシ本論旨ノ二及ヒ三ハ畢竟原院カ自由ナル心證ヲ以テ爲シタル證據判斷ニ對シ上告人一己ノ見解ヲ標準トシテ論難ヲ爲スモノニ歸着スルヲ以テ上告ノ理由ト爲スニ足ラス本論旨ノ四ハ傳聞ノ證言ノ採用ヲ非難スルモノニシテ其理由ナキコトハ前ニ既ニ説明シタルカ如シ
以上説明スルカ如ク本件上告ハ其理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ主文ノ如ク判決スルモノナリ
明治四十三年(オ)第九十二号
明治四十三年九月二十八日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 法定代理人たる資格なき者が為したる訴訟行為と雖も本人又は正当の法定代理人之を追認したるときは代理の欠欠は補正せられ其訴訟行為は適法と為るものとす。
上告人 原子彦太郎
訴訟代理人 町井鉄之介
被上告人 米田くり 外十三名
訴訟代理人 渋谷水穂 川口栄之進
右当事者間の芸妓線香代引渡請求事件に付、宮城控訴院が明治四十二年十二月八日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告論旨の第一点は原審第一回口頭弁論調書(明治四十二年三月二十六日)によれば原審は上告人
(原審控訴人)の申請に係る証人岸田豊春の訊問を許容し該決定に基き該訊問を青森区裁判所に嘱託し青森区裁判所は右嘱託に基き明治四十二年六月四日岸田豊春を喚問したり。
而して其訊問中上告代理人(原審控訴代理人)は明治三十五年寅一月料理屋線香帳待合所と表書したる帳簿に記載されたる一項を証人に示し証人の父の書きたる筆蹟なるや否やを訊問をされたしと申立で以て発問を求めたる処被上告人代理人(原審被控訴代理人)は訊問事項になき旨を以て異議を申立てたり。
然るに受託判事阿部久治は右発問の許否に付、何等の裁判を為さずして其訊問を閉ちたり民事訴訟法第三百十九条によれば受託判事は当事者が求めたる発問許否の権を有するものなるを以て求められたる発問に付き異議ある場合には之れば裁判を為したる後にあらざれば其証人の訊問を閉つること能はざるものなるに拘はらず本件受託判事阿部久治は発問許否の裁判を為さずして証人岸田豊春の訊問を閉ちたるは証人訊問の手続に違背したる不法あるものとす。
而して如斯場合には受訴裁判所は受託裁判所の違法の手続を看過し得べきものにあらずして受託判事に対して更に発問の許否の裁判を求め民事訴訟法第三百十九条第三項による申立ありたる場合には之が裁判を為したる後にあらざれば結審すること能はざるものなり。
何となれば受訴裁判所は其証拠決定に羈束せらるるものなるを以て其決定したる事項の全部を執行する責務を有す。
故に受訴裁判所は常に受託裁判所が受訴裁判所の証拠決定を履行したるや否やを監視し此全部の執行を為さざる場合には更らに再嘱託を為すか又は其他の手続によりて其決定の全部の執行を為すにあらざれば結局証拠決定の執行なきに帰するを以てなり。
然るに原審裁判所は受託裁判所の此の違法を看過し既に証拠決定の全部を執行したるものとし弁論を閉ち裁判を為したるは重要なる訴訟手続の違背あるものにして破毀を免れざるものと信ずと云ふに在り
仍て原審記録を調査するに原院は上告人の申請に係る証人岸田豊春の訊問を青森区裁判所に嘱託し同区裁判所は其嘱託に基き同証人を訊問中上告人の求めたる発問に付き被上告人より異議を申立てたること及び同区裁判所が其発問の許否を裁判せずして訊問を閉ちたることは明白なるも上告人は其事に付き原審口頭弁論の終結に至るまで何等異議を提出したる事蹟なきを以て責問権を放棄したるものと認めたるを得ず。
故に今更に其事を主張して上告の理由と為すことを得ざるを以て本論旨は採用するに足らざるものとす。
第二点は被上告人赤沢たかは明治四十一年十月一日満二十年に達したる事本件控訴はたかか成年に達せられたる以後に提起せられたる事及び原審に於て右たかの代理人飯島完爾はたかの法定代理人赤沢かつの委任によりて訴訟行為を為したる事実は一件記録添附の赤沢たか戸籍謄本控訴状赤沢かつの委任状等によりて明なり。
而して赤沢たかは明治四十一年十月一日成年に達したるを以て爾後独良して訴訟能力を有し親権者は爾後親権を失ひ其代理行為を為す事を得ざるものなるに拘はらず原審に於て飯島莞爾が親権を失ひたるかつの委任状を提出してたか代理人として訴訟を為したるは代理権なきものの行為にして其訴訟手続は全部無効なりとす。
然るに原判決は此無効の行為に基きて為したるものなるを以て亦破毀を免れざるものとすと云ふに在り
仍て按ずるに法定代理人たる資格なき者が為したる訴訟行為と雖も本人又は正当の法定代理人が之を追認して欠欠を補正するを得ることは本院の判例として是認する所なり。
(明治三四年(オ)第五〇一号上告事件同三五年二月四日判決参看)今本件第一審以来の訴訟記録を調査するに被上告人赤沢たかは明治四十一年十月一日成年に達したること本件控訴は同人の成年に達したる後提起せられたること及び原審の同人に関する訴訟行為は同人の法定代理人たりし赤沢かつの委任したる訴訟代理人が之れを為したることは誠に上告人主張の如く明白なりと雖も被上告人たかは本審に至り右かつの委任したる訴訟代理人の原審訴訟行為を追認したることは答弁書添附の追認証書に依り明なれば其追認に因り右代理に関する欠欠は補正せられ原審の訴訟行為は適法となりたるものとす。
故に本論旨も亦採用することを得ず。
第三点は原審判決は上告人な芸妓待合所の担当者なる事実を認定し其資料として関谷宇太郎、成田貞次郎、川上豊太郎、中村善太郎、坂井源八、平田義造、古川わか、山本ふて、古川武諮、杉沢楳三郎の各証言を採用したるは判決理由第一点の説明によりて明かなり。
而して原判決は此の点に於て左の数点の不法あるものとす。
一、原判決は関谷宇太郎外数名の各証言を採用したるも其証言中如何なる部分によりて原判決の如き心証が形成せらるるやを明示せず。
而して此等各証言は独り待合所担当者に関する証言のみにあらずして種種の事項に関する証言を包含するは勿論同一事項に付きても彼是相牴触し相一致せざるものあるは是等証言の内容を比較対照するに於て明かなるを以て其採用したる各証言の各部分を明示するにあらざれば其如何なる証拠に依りて如上の事実を認定したるものなるやを知ること能はざるものなるに拘はらず原判決は其採用したる各証言の内容を明示せずして恰も其証言全部を採用したるが如く説示したるは一面証拠によらずして又証拠に違背して事実を認定したる譏りを免がれざるか亦理由不備の不法あるものとす。
(各証言の包含する訊問事項及其内容牴触不一致の点左の如し)証人成田貞次郎証言の一部問其待合所は唯が担当し居りたるものなりや答原子彦太郎設けて居りました。
問其は何時よりなりや答原子が明治三十七年より昨年十一月見番が向に移る時まで致して居りました。
問一戸豊三郎は原子彦太郎の雇人なりや答一戸は原子の雇人てありませぬか毎月勘定の時に斗り見番に来りて計算を為し各芸妓に払ひます問原告の見番に箱屋と云ふものありや答私と奈良岡佐太郎とか箱屋を為してをりました。
箱屋とは芸妓の三味線を持で芸妓の送迎を為し居るものであります証人平田義造証言の一部問小坂あさは原子と如何なる関係ありや答留守居又は帳場で原子の雇人てあると思ひます問其時新規見番組織のことで元の見番原子の方より交渉し来りたることなきや答原子代理人たと云ふて一戸豊三郎が来り三年間新見番の利益の五割を此方に呉れよと申出てましたか利益の二割迄なれば出す可しと云ひしも之に応しませんでした。
証人坂井源八証言の一部問小坂あさ小坂かつは原子と如何なる関係ありや答あさとかつは原子の雇人てあります問其見番に箱屋と云ふ者ありや答成田貞次郎奈良岡佐太郎は其箱屋てあります問旧見番に一戸豊三郎岸田豊次郎が関係ありたることを知り居るや答岸田は小坂あさの亭主で見番の帳場に雇はれて居りました。
問新見番組織の際利益の二分とか、あさを十二円にて雇ひ呉れと云ふことを申出たるは原子自身なりや答一戸豊三郎が参りました。
原子に頼まれたと云ふて来ませんか二分位は出しても宜しいと云ひたるに原子に交渉すると云ひましたから其は原子に這入ることと思ひます問関谷宇太郎が帳場を為したることありや答関谷宇太郎は岸田の前に原子の帳場を為し居りました。
証人中村善太郎証言の一部問其見番には箱屋なるものありしや答成田貞次郎と外に名前を知らざる男が一人居りました。
証人関谷宇太郎証言の一部問右待合所の設立者は誰れ誰れなりしや答今能く覚へ居らざりしか芸妓誰れと何名と云ふものにて自分と原子彦太郎と共同にて設立したるものにあらず。
今設立者たりし芸妓中記憶に存し居るものは米田くり、高田うねめ、国吉はる今一人は氏名不詳(はるの姉妹に当る)にて尚其他にも数名ありたり。
而して其当時自分一人にて管理し他に管理者なかりしものなり。
問証人は此帳面を書きたるや答始めから十二月十五日迄の所は書きました。
表紙も書きました。
問其時の箱屋は答前田と云ふ人と其妻と二人で箱屋兼帳付けてず問十二月十五日後は誰が此帳面に書きたるや答岸田豊次郎が書きました。
問証人は箱番所の管理者なりしや答左様てず問此帳面には十二月十六日から岸田が書いたのか答左様てず問岸田は此時より以前に見番に入た事なきや答入たことありません証人杉沢楳三郎証言の一部問岸田豊次郎、小坂あさ、一戸豊三郎は見番に関係したるや答明治三十年頃から岸田は小坂あさと二人で箱屋をして居りましたか其内に岸田は死亡し小坂あさは後引受けてやって居りました。
問一戸豊三郎は如何にせしや答豊三郎は原子彦太郎の雇人で又芸妓の監督にも時時料理屋は行くこともあります問あさと関谷の関係は如何答あさは関谷の雇人なり。
問原子と関谷は一緒に経営したるは何時頃なるや答明治二十九年から同三十二年中頃までてず問関谷と原子と両人で経営したるは二十九年から三十二年までとは箱番が待合所が答箱番所から引続いて待合所までてず二、原判決が採用したる関谷宇太郎外数名の証言は芸妓待合所の担当者の何人なる乎に付き多くは「浜町辺一般の評判に依れば芸妓待合所は上告人の見番なりと云ふか故に証人等も左様思ふ」と云ふに過ぎず是れ等証言は其内容に於て証人等が直接に関知したる事実にあらずして青森市浜町附近に如上の風評あり。
故に如斯信せりと云ふに在るを以て其証言は一面伝聞事実の証言にして一面証人の意見に外ならず。
従て証言として何等の価値を有せざるものなるは御院判決録明治三十四年第五巻第百十七頁判例に明示する所なり。
然るに原院は如斯証言を採用し以て判断資料に供したる不法あり。
而して伝聞事実の証言及意見に属すべきものにして採用せられたるもの左の如し証人成田貞次郎証言の一部問原子の見番たと云ふことをあさが一戸が証人に云ひしことなきや答直接に原子の見番たと私には云ひません問然らば証人は原子の見番なりと何に依りて信じたるか答小坂あさも一戸豊三郎も芸妓が金を貸して呉れと云へは原子に聞かなければならぬと云ひ又私が給料を上けて呉れと云ひたるときにも原子に聞かなければ極められぬと云ひましたから其等のことより原子の見番たと信じて居るのであります証人古川わか証言の一部問其待合所は誰が設けら居りたるものなりや答原子が拵へて居ったと思ひます問其は如何なる訳なりや答私は三十九年十月十九日より十一月まで右見番に稼いて居りましたか其以前のことは分らざるも誰云ふとなく原子の見番たと云ひますから私も原子の見番たと思ひ居るのであります証人平田義造証言の一部問其れは誰が設けて居たるものなりや答判然知りませぬか原子彦太郎の見番たと思ふて居ります証人坂井源八証言の一部問明治三十九年十一月頃まで青森市大字浜町現今の待合所の筋向の所に青森芸妓待合所の設けありたることを知り居るや答知で居ります問誰が設け居りたるものなるや答原子彦太郎のものたと思ふて居ります証人中村善太郎証言の一部問明治三十九年十一月頃まで青森市大字浜町現今の待合所の筋向の所に青森芸妓待合所の設けありたることを知り居るや答知で居ります問其れは誰が設け居りたるものなるや答原子彦太郎の監督に居る見番たと思ひます証人山本ふて証言の一部問其待合所は誰れか設け居りたるものなるや答原子彦太郎が持で居る見番たと心得て居ります証人古川武諮証言の一部問警察の側ては如何様に見たるや答当時阿鮮は監獄に入り居りて一方は金森で一方は原子が経営した。
様てずか内部は分りません後で聞けは原子は関係し居たと云ふ話はありました。
問原子と関谷と豊次郎の関係は如何答前に此等の人人は見番をやったと云ふことを聞きまして問当時の待合所は原子の見番なりと云ふのは確なるや答申込所は金森で待合所は原子のものと云ふて居ります問誰れか云ふのか答浜町辺の評判てずと云ふに在り
然れども原院は証人数名の証言を綜合考覈して事実を認定したることは判文の明示する所にして判決の理由を具備するに足るものなれば各証言の内容を一一掲示して説明せざりしとて之を以て理由不備なりと謂ふを得ず。
又伝聞事実の証言と雖も証拠と為すことを得ることは明治三十九年(オ)第四百六十六号上告事件同四十年四月二十九日民事連合判決以来本院の是認する所なり。
又上告人が意見の供述なりと主張する各証言を査閲するに何れも各証人の見聞に依り知得したる事実の供述に外ならざれば原院が之を事実認定の資料に供したるは固より違法にあらず。
故に本論旨も其理由なきものとす。
第四点は原判決第二点の説明によれば「線香代は料理店より芸妓待合所の被雇人なる小坂あさ其他の者に支払はれ小坂あさ其他の者は控訴人の代理人として之れを受領し控訴人は小坂あさ其他の者に之れが受領の権限を授与し置きたるの事実を認め得べく」云云とあるも左の不法あり。
一、小坂あさ其他の者を以て上告人の代理人なりとするには其代理権授与の事実即ち委任契約の存在を認めざる可らず蓋し代理権の発生は民法上委任契約の存在を必要とすればなり。
然るに原判決は右授権の事実を認めずして漫然小坂あさ其他の者を代理人なりとしたる不法あり。
二、原判決は小坂あさ及「其他の者」を代理人として線香代を受領せしめたりと説明したるも其他の者とは何人なるやの事実を確定せず。
故に係争線香代は何人が上告人の代理人として受領したるか又上告人が何人に受領の権限を授与したる事実なるや不明なり。
而して原判決の趣旨によれば該線香代は上告人直線に受領したるものにあらずして上告人代理人なるものに於て受領し其効果は本人たる上告人に及ぶものなりと云ふにあるを以て少なくも其代理人の何人たるやを明示するにあらざるは其責任の負担を上告人に命ずること能はざる筋合なるに拘はらず原判決は以上の説示の如く単に「其他の者」と説明したるは必要なる事実を確認せざるか理由不備の不法あるものとす。
三、裁判は証拠によらずして事実を確定することを得ず。
而して原判決が採用したる証人中村善太郎坂井源八平田義造柴田外吉山本ふて増田友吉岡田ゆき松岡助次郎鈴木喜平治佐佐木友義松本かね夏目与三次茂呂その等の証言は数額の点に於て原判決の証拠たり得べきも之れによりて上告人は小坂あさ其他の者に代理権限を授与したる事実を認むる何等の資料のあるなし特に或証言中には小坂あさは上告人の雇人なりと云ふものあり又箱屋なりと云ふものあるも雇人なりとするも必ずしも線香代受領の権限を付与せられたるもの。
即ち金銭を取立の権能を有するものなりと云ふことを得ざるべく又箱屋なるものは原判決採用の証言自体により芸妓の送迎を為すを任務と為すものに外ならざること明かなるを以て原判決の採用したる証言によりては小坂あさ及び其他の者が上告人の代理人にして金銭受領の権限を有したることを認め得ざるものなりとす。
従て原判決は是等証言を採用し漫然如上の事実を認めたるは証拠によらずして事実を確定したる不法あるものとす。
仮りに証拠によらずして事実を確定したるものにあらずとするも原判決は此点に於て理由不備の不法あり。
蓋し小坂あさ又其他の者が雇人なり。
帳場なり。
又箱屋なりとする証言を採用し以て小坂あさ其他の者が上告人の代理人にして金銭受領の権限あるものなりとするには少なくも雇人たり帳場なり。
又箱屋なる身分には以上の代理権の授与の伴ふものなる乎又委任契約によりて其授権ありたることを説示するにあらざれば原判決の如く事実を確定すること能はざるものなりと云はざるべからず。
蓋し雇人又箱屋なる身分は必ずしも如上の権限の授与の伴ふべきものにあらざればなり。
然るに原判決は単に雇人なり。
又箱屋なりとする証言によりて直に小坂あさ其他の者を代理人なりと認め雇人又箱屋なるものは以上の権能を有するものなる事実を説明せざるは理由不備なりと云はざるべからざる筋合なりとす。
四、原判決が採用したる柴田外吉の証言は其証言自体に明かなる如く証人として出廷する前五十嵐さとなるものより聞きたる証言にして伝聞の証言に外ならず。
然るに原判決は此の証言を採用したる不法ありとすと云ふに在り
然れども原院は証人数名の証言を参酌して本件係争の線香代は上告人の代理人にして之が受領の権限を有する数名の者に支払はれたる事実を認定したるものにして其事実の認定は上告人が被上告人に対する受託者として之を払渡すべき義務ありと為したる原判決を維持するに十分なれば判決の理由は既に具備するものと謂ふ可し故に原院が右代理権授与の方法各代理人の氏名等を一一判示せざりしとて判決の理由に欠くる所なきを以て本論旨の一及び二は何れも其理由なし。
本論旨の二及び三は畢竟原院が自由なる心証を以て為したる証拠判断に対し上告人一己の見解を標準として論難を為すものに帰着するを以て上告の理由と為すに足らず本論旨の四は伝聞の証言の採用を非難するものにして其理由なきことは前に既に説明したるが如し。
以上説明するが如く本件上告は其理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り主文の如く判決するものなり。