明治四十二年(オ)第百四十五號
明治四十二年六月二十九日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第千一條ノ所謂被相續人ノ財産ニ属セシ權利義務ニハ債務ヲ包含スルコト勿論ナルヲ以テ遺産相續人ハ被相續人カ負擔セシ債務ノミ存スル場合ト雖モ尚ホ之ヲ承繼スヘキモノナリ(判旨第五點)
(參照)遺産相續人ハ相續開始ノ時ヨリ被相續人ノ財産ニ属セシ一切ノ權利義務ヲ承繼ス但被相續人ノ一身ニ專属セシモノハ此限ニ在ラス(民法第千一條) - 一 債權讓渡人カ民法第四百六十七條ニ依リ主タル債權ノ讓渡ヲ債務者ニ通知シタル以上ハ特ニ保證人ニ其通知ヲ爲ササルモ主タル債權讓渡ノ效力トシテ保證人ニ對シ當然從タル債權ノ讓渡ヲ主張シ得ルモノトス(判旨第六點)
(參照)指名債權ノ讓渡ハ讓渡人カ之ヲ債務者ニ通知シ又ハ債務者カ之ヲ承諾スルニ非サレハ之ヲ以テ債務者其他ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス(民法第四百六十七條第一項) - 一 民法第四百五十三條ニ所謂債務辨濟ノ資力アリトハ主タル債務者カ其債務ノ全部ヲ辨濟スルニ足ルヘキ資産ヲ有スルノ義ナリ(判旨第七點)
(參照)債權者カ前條ノ規定ニ從ヒ主タル債務者ニ催告ヲ爲シタル後ト雖モ保證人カ主タル債務者ニ辨濟ノ資力アリテ且執行ノ容易ナルコトヲ證明シタルトキハ債權者ハ先ツ主タル債務者ノ財産ニ付キ執行ヲ爲スコトヲ要ス(民法第四百五十三條)
上告人 芳賀敬藏 外三名
訴訟代理人 末繁彌次郎 森逮助三郎
被上告人 大川武雄
右親權者 大川由雄
訴訟代理人 菊池武夫
右當事者間ノ損害賠償請求事件ニ付宮城控訴院カ明治四十二年二月十五日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ヨリ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
原判決ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ宮城控訴院ニ差戻ス
理由
上告理由第四點ハ原院ハ被上告人ノ前主清兵衛カ明治四十八年三十九年四十年度ニ於テ得ヘカリシ小作米三十七石五斗ノ價格六百十八圓七十五錢ノ損害アリト計算シ之レヲ以テ上告人ノ賠償額ヲ算定セラレ而シテ其計算ノ基礎ヲ明治四十一年六月ノ相場ニヨリ算出セラレタリ然レトモ得ヘカリシ利益ノ喪失ヲ損害トシテ請求スル場合ニ於テ其損害額ハ如何ナル時期ヲ標準トシテ計算スヘキヤハ素ヨリ議論ヲ免レサルヘシト雖モ上告代理人ノ解スル所ニヨレハ「得ヘカリシ時期」ヲ以テ之レカ標準トナササルヘカラサルモノト信ス蓋シ債權者ノ損害賠償請求權ハ此時期ニ於テ其範圍内容確定スルモノナレハナリ從テ本件ニ於テモ右損害額ハ三十八目度三十九年度四十年度ノ各年度ニ渉リ各其得ヘカリシ時期ニ於ケル相場ニヨリ之レヲ算定セサルヘカラス然ルニ原院ハ得ヘカリシ時期ノ價格ニアラス又起訴當時ノ價格ニモアラス又判決當時ノ價格ニモアラサル明治四十一年六月ノ相場ヲ以テ漫然右損害額算出ノ基礎トセラレタルハ何等根據ナキ妄斷ニシテ損害賠償ノ法理ニ反スル不法ノ判決ナリ尤モ上告人ハ明治四十一年六月ニ於ケル原院判決ノ相場ハ單ニ當時ノ相場トシテ之レヲ認メタリト雖モ而モ被上告人ノ損害額ハ之レヲ否認シ之レヲ爭ヒタルモノナルコトハ第一二審ノ辯論調書竝ニ原判決事實摘示ニヨリ明白ニシテ上告人カ明治四十一年六月ノ相場ヲ爭ハサリシコトハ毫モ如上ノ論旨ニ關係ナク以テ原判決ヲ擁護スルニ足ラスト云フニ在リ
依テ按スルニ本件被上告人ノ請求原因ハ上告人等ノ先代仙光外一名カ保證セシ主債務不履行ノ爲メ清兵衛ハ其所有地價格時價百八十九圓竝ニ一个年ノ收穫米十二石五斗三个年分三十七石五斗此價格金六百十八圓七十五錢ノ損害ヲ受ケ此損害ノ賠償ヲ請求スル債權ヲ明治四十一年一月二十七日ノ於テ右清兵衛ヨリ讓受ケタリト云フニ在リテ經濟界ノ趨勢ニ因リ價格ノ降下スヘキ物件即チ土地及米穀ノ給付ノ請求權ヲ讓受ケタリト云フニ在ラスシテ確定セシ金額ノ請求權ヲ讓受ケタルモノナルヲ以テ被上告人ノ讓受ケタリトスル債權ニ依テ一應右確定ノ金額ヲ請求シ得ルニ止マルモノト認メ得ヘシ若シ否ヲストスルモ少ナクモ債權讓渡當時ニ於ケル清兵衛ノ被リタル損害額ヲ請求シ得ヘキ債權ノ讓渡ヲ受ケタルモノト認メサルヲ得ス然ルニ右金額ヲ請求スル本訴ヲ提起シタル後土地米穀ノ價格騰貴シタリトノ故ヲ以テ訴訟物ヲ明治四十一年六七月中ノ價格迄ニ増額訂正シタルヲ其侭之ヲ認容シ其理由ニ至テハ單ニ清兵衛其人カ被リタリト認ムヘキ損害額ナリト説示シタルノミニシテ被上告人カ讓受ケタリト主張スル債權ノ内容ヲ確定スルコトナシ即チ損害ノ數額ヲ爭フ本件上告人ニ對スル判決トシテハ其理由ヲ具備シタルモノト云フヘカラス而シテ本件請求ノ基礎タルヘキ理由ニ不備アル以上ハ本論旨ノ當否モ亦從テ判斷スルコト能ハサルヲ以テ結局原判決ハ理由不備ニシテ破毀ヲ免カレサルモノトス
上告理由第五點ハ原判決ハ遺産相續ノ法理ヲ誤解シタル不法アリ原判決ニハ遺産相續人ハ被相續人ノ權利義務ヲ共ニ承繼スヘキモノニシテ單ニ義務ノミ存スル場合ト雖モ尚之ヲ承繼セサルヘカラサルコトハ民法第千一條ニヨリテ明ナル所ナルヲ以テ此抗辯ハ理由ナシ云云トアリ然レトモ民法千一條ニハ遺産相續人ハ相續開始ノ時ヨリ被相續人ノ財産ニ属セシ一切ノ權利義務ヲ承繼ストアリ之ニヨリテ見ル時ハ遺産相續ハ財産ノ相續ナリ而シテ其財産ナル語ハ學者ノ所謂積極的財産及消極的財産ノ兩者ヲ包含セシメタルモノナルヤ又積極的財産ノミヲ指スモノナルヤトイフニ我民法ノ所謂財産ナル語ハ消極的財産ヲ意義スルコトナシ之レ遺産相續ノ根本觀念ニ徴シ明白ナリ從テ財産ニ属スル義務ハ全ク無ク權利ノミナル場合及權利及義務ノ併存スル場合ニ遺産相續ノ開始スルコトハ勿論ニシテ義務ノミ存スル場合ニハ遺産相續開始スルコトナシ何トナレハ前述ノ如ク民法ノ遺産相續ハ財産ノ相續ニシテ義務ノミノ承繼ヲ認メサレハナリ我民法遺産相續ノ精神ハ一面ニ於テハ公益的規定ナレトモ敢テ相續人ノ利益ヲ無視シタルモノニ非ス他ノ一面ヨリ之レヲ見ル時ハ此規定ハ相續人ノ利益ノ爲メニ設ケラレタルナリ故ニ義務ノミノ遺産相續ハ到底之ヲ認ムル能ハス遺産相續カ財産相續ニシテ消極財産ノミノ承繼ヲ認メサルコトハ遺留分ノ規定ニヨリテ之ヲ見ルモ推知スルコトヲ得ルナリ民法千百三十條ニハ云云遺留分トシテ被相續人ノ財産ノ半額ヲ受クトアリテ民法千百三十二條「遺留分ハ被相續人カ相續開始ノ時ニ於テ有セシ財産ノ價格ニ其贈與シタル財産ノ價格ヲ加ヘ其中ヨリ債務ノ全額ヲ控除シテ之ヲ算定ス」トアリ之レニヨリテ之ヲ見ルニ民法ノ財産ノ意義カ積極ノモノモニニシテ遺産相續ハ義務ノミノ承繼ヲ認メサルコト明ナリ原判決カ全然義務ノミ存スル場合ニ於テモ尚遺産相續開始セルモノトナシタルハ不法ナリト云フニ在リ
依テ按スルニ民法第千一條ニ「遺産相續人ハ云云被相續人ノ財産ニ属セシ一切ノ權利義務ヲ承繼ス」トアリテ財産ニ属スル權利義務ニ付テハ家督相續ノ場合ト同シク包括的ニシテ只身分ニ属スルモノヲ包含セサルカ故ニ特ニ「財産ニ属セシ」云云ト明記シタルニ外ナラス而シテ其財産ニ属セシ權利義務中ニ債務ヲ包含スルコト勿論ナルヲ以テ本論旨ハ全ク上告適法ノ理由ナシ(判旨第五點)
上告理由第六點ハ原判決ハ主タル債務者清助啓藏ニ對シテ債權讓渡ノ通知ヲ發シタル以上ハ保證人ニ對シテモ亦讓渡ヲ以テ對抗シ得ルモノナリト論決セラレタルハ不法ナリ民法四百六十七條ニハ指名債權ノ讓渡ハ讓渡人カ之ヲ債務者ニ通知シ又ハ債務者カ之ヲ承諾スルニ非サレハ之ヲ以テ債務者其他ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ストアリ本條ニ所謂債務者ナル語ノ中ニハ保證債務者ヲ含ムヤ否ヤハ義論アリ上告代理人ノ解スル所ニヨレハ本條ノ債務者ナル語ハ廣義ニ解シ保證債務者ヲモ包含セシメサルヘカラサルモノト信ス抑モ法律カ本條ヲ設ケタル理由ハ債務者ニ通知セス又其承諾ヲモ得スシテ債權ノ讓渡ヲ是レ等ノ者ニ對抗スルコトヲ得ルモノトスル時ハ既ニ讓渡ヲナシタル後其事實ヲ知ラサル債務者ニ對シテ履行ノ請求ヲナシ其結果債務者ハ讓渡人及ヒ讓受人ノ兩者ニ對シテ二重ノ辨濟ヲナササルヘカラサルコトアルヘシ尤モ此場合ニハ債務者ハ利得返還ノ請求ヲナシ得ヘシト雖モ當時被請求者カ無資力其他ノ理由ニヨリテ義務ヲ執行セサルコトアルヲ免レス以上ノ患ナシトスルモ債務者ハ己レノ知ラサル間ニ突然他人ヨリ債務ノ履行ヲ請求セラルルコトアル時ハ其不便謂フヘカラス法律ハ以上ノ弊害其他種種ノ不便ヲ避ケ債務者ヲ保護スル爲メニ此規定ヲ設ケタリ而シテ其理由ハ主タル債務者タルト從タル債務者タルトニヨリテ異ナル所ナシ反對論者ノ如ク主タル債務者ノミニ對シテ通知承諾ノ對抗要件ヲ要シ保證債務者ニ對シテハ之ヲ要セストセンカ上記法律ノ精神ニ反スヘシ蓋シ主タル債務者カ通知承諾ナキカ爲メニ受クルコトアルヘキ損害ト保證債務者カ之レナキカ爲メニ受クルコトアルヘキ損害ハ毫モ異ナルコトナキナリ法律ハ單ニ主タル債務者ノミヲ保護シテ保證債務者ヲ保護セサルモノト解スルヲ得ス原院カ之レト反對ノ解釋ヲ採リタルハ民法四百六十七條ヲ誤解シタル不法ノ判決ナリト云フニ在リ
然レトモ債權讓渡人カ民法第四百六十七條ニ依リ主タル債權ノ讓渡ヲ債務者ニ通知シタル以上ハ特ニ其保證人ニ通知ヲ爲ササルモ主タル債權讓渡ノ效力トシテ保證人ニ對シ當然從タル債法ノ讓渡ヲ主張シ得ヘキコトハ本院判例(明治三十九年(オ)第四七〇號明治四十年四月十一日言渡)ノ認ムル所ニシテ此判例ヲ不法ナリト認ムヘキ相當ノ理由ヲ發見セサルカ故ニ本論旨ハ上告適法ノ理由ナシ(判旨第六點)
上告理由第七點ハ原判決ハ債務者ニ全部ノ辨濟資力アル場合ニ非ラサレハ檢索ノ抗辯ヲナスコトヲ得スト論斷セラレタルハ法律ノ解釋ヲ誤レルモノナリ民法四百五十三條ニハ主タル債務者ニ辨濟ノ資力アリテ且執行ノ容易ナルコトヲ證明シ云云トアリ其辨濟ノ資力トハ全部辨濟ノ資力アル場合ニ限ルヤ一部辨濟ノ資力アル場合ヲモ含ムヤハ明ニ示サスト雖モ之ヲ何レニモ限定セサル以上ハ一部ノ辨濟資力ヲ有スル場合ヲモ含ムモノト解セサルヘカラス保證人ハ債權者ニ對シテ主タル債務者ノ債務ヲ保證スルモノナルカ故ニ主タル債務者ニ資力ノアル限リハ保證人ニ此レカ抗辯權ヲ認メタルモノト信ス債務者ニ全部資力アル時ハ全部ニ就テ抗辯ヲナシ一部ノ資力ヲ有スル時ハ此ニ就テモ抗辯ヲナシ其不足部分ニ就テノミ自ラ履行ノ義務アルモノナリ以上ノ論定ハ四百五十五條ニヨルモ之ヲ推論スルニ足ル同條ニハ四百四十二條四百五十三條ノ規定ニヨリ保證人ノ請求アリタルニ拘ハラス債權者カ催告又ハ執行ヲナスコトヲ怠リ其後主タル債務者ヨリ全部ノ辨濟ヲ得サル時ハ保證人ハ債權者カ直チニ催告又ハ執行ヲナセハ辨濟ヲ得ヘカリシ限度ニ於テ其義務ヲ免ルトアリ本條ノ末ニ辨濟ヲ得ヘカリシ限度ニ於テノ語ヲ置キタルハ四百五十三條ノ檢索ノ抗辯カ一部ノ辨濟資力ヲ證明シタル場合ニモナシ得ルコトヲ證スルニ足ル何トナレハ若シ四百五十三條ノ檢索ノ抗辯カ全部辨濟ノ資力ヲ證明スル場合ニ限ルトセハ四百五十五條ニ於テ四百五十三條ヲ引キ債權者カ直ニ催告又ハ執行ヲナセハ辨濟ヲ得ヘカリシ限度ニ於テ云云ト云フ理由ナシ全部辨濟ノ資力アル場合ニハ直ニ催告又ハ執行ヲナセハ全部ノ辨濟ヲ得ヘキモノナレハ辨濟ヲ得ヘカリシ限度云云ト規定スル必要ナケレハナリ故ニ原判決ノ此點ニ關スル論斷ハ誤謬ナレト云フニ在リ
然レトモ民法第四百五十三條ニ所謂債務辨濟ノ資力アリト主タル債務者カ其債務ノ全部ヲ辨濟スルニ足ルヘキ資産ヲ有スル義ナリトハ此又本院判例(明治四十一年(オ)四六一號明治四十二年一月二十一日言渡)ノ是認スル法理ニシテ之ヲ不法ナリトスル理由ヲ發見セサルカ故ニ本論旨モ亦上告適法ノ理由ナシ(判旨第七點)
右ノ理由ナルニ依リ民事訴訟法第四百四十七條第一項同第四百四十八條第一項ノ規定ニ從ヒ主文ノ如ク判決ス
明治四十二年(オ)第百四十五号
明治四十二年六月二十九日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第千一条の所謂被相続人の財産に属せし権利義務には債務を包含すること勿論なるを以て遺産相続人は被相続人が負担せし債務のみ存する場合と雖も尚ほ之を承継すべきものなり。
(判旨第五点)
(参照)遺産相続人は相続開始の時より被相続人の財産に属せし一切の権利義務を承継す。
但被相続人の一身に専属せしものは此限に在らず(民法第千一条) - 一 債権譲渡人が民法第四百六十七条に依り主たる債権の譲渡を債務者に通知したる以上は特に保証人に其通知を為さざるも主たる債権譲渡の効力として保証人に対し当然従たる債権の譲渡を主張し得るものとす。
(判旨第六点)
(参照)指名債権の譲渡は譲渡人が之を債務者に通知し又は債務者が之を承諾するに非ざれば之を以て債務者其他の第三者に対抗することを得ず。
(民法第四百六十七条第一項) - 一 民法第四百五十三条に所謂債務弁済の資力ありとは主たる債務者が其債務の全部を弁済するに足るべき資産を有するの義なり。
(判旨第七点)
(参照)債権者が前条の規定に従ひ主たる債務者に催告を為したる後と雖も保証人が主たる債務者に弁済の資力ありて、且、執行の容易なることを証明したるときは債権者は先づ主たる債務者の財産に付き執行を為すことを要す。
(民法第四百五十三条)
上告人 芳賀敬蔵 外三名
訴訟代理人 末繁弥次郎 森逮助三郎
被上告人 大川武雄
右親権者 大川由雄
訴訟代理人 菊池武夫
右当事者間の損害賠償請求事件に付、宮城控訴院が明治四十二年二月十五日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人より上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を宮城控訴院に差戻す
理由
上告理由第四点は原院は被上告人の前主清兵衛が明治四十八年三十九年四十年度に於て得べかりし小作米三十七石五斗の価格六百十八円七十五銭の損害ありと計算し之れを以て上告人の賠償額を算定せられ。
而して其計算の基礎を明治四十一年六月の相場により算出せられたり。
然れども得べかりし利益の喪失を損害として請求する場合に於て其損害額は如何なる時期を標準として計算すべきやは素より議論を免れざるべしと雖も上告代理人の解する所によれば「得べかりし時期」を以て之れが標準となさざるべからざるものと信ず。
蓋し債権者の損害賠償請求権は此時期に於て其範囲内容確定するものなればなり。
従て本件に於ても右損害額は三十八目度三十九年度四十年度の各年度に渉り各其得べかりし時期に於ける相場により之れを算定せざるべからず。
然るに原院は得べかりし時期の価格にあらず。
又起訴当時の価格にもあらず。
又判決当時の価格にもあらざる明治四十一年六月の相場を以て漫然右損害額算出の基礎とせられたるは何等根拠なき妄断にして損害賠償の法理に反する不法の判決なり。
尤も上告人は明治四十一年六月に於ける原院判決の相場は単に当時の相場として之れを認めたりと雖も而も被上告人の損害額は之れを否認し之れを争ひたるものなることは第一二審の弁論調書並に原判決事実摘示により明白にして上告人が明治四十一年六月の相場を争はざりしことは毫も如上の論旨に関係なく以て原判決を擁護するに足らずと云ふに在り
依て按ずるに本件被上告人の請求原因は上告人等の先代仙光外一名が保証せし主債務不履行の為め清兵衛は其所有地価格時価百八十九円並に一个年の収穫米十二石五斗三个年分三十七石五斗此価格金六百十八円七十五銭の損害を受け此損害の賠償を請求する債権を明治四十一年一月二十七日の於て右清兵衛より譲受けたりと云ふに在りて経済界の趨勢に因り価格の降下すべき物件即ち土地及米穀の給付の請求権を譲受けたりと云ふに在らずして確定せし金額の請求権を譲受けたるものなるを以て被上告人の譲受けたりとする債権に依て一応右確定の金額を請求し得るに止まるものと認め得べし。
若し否をすとするも少なくも債権譲渡当時に於ける清兵衛の被りたる損害額を請求し得べき債権の譲渡を受けたるものと認めざるを得ず。
然るに右金額を請求する本訴を提起したる後土地米穀の価格騰貴したりとの故を以て訴訟物を明治四十一年六七月中の価格迄に増額訂正したるを其侭之を認容し其理由に至ては単に清兵衛其人が被りたりと認むべき損害額なりと説示したるのみにして被上告人が譲受けたりと主張する債権の内容を確定することなし。
即ち損害の数額を争ふ本件上告人に対する判決としては其理由を具備したるものと云ふべからず。
而して本件請求の基礎たるべき理由に不備ある以上は本論旨の当否も亦。
従て判断すること能はざるを以て結局原判決は理由不備にして破毀を免がれざるものとす。
上告理由第五点は原判決は遺産相続の法理を誤解したる不法あり。
原判決には遺産相続人は被相続人の権利義務を共に承継すべきものにして単に義務のみ存する場合と雖も尚之を承継せざるべからざることは民法第千一条によりて明なる所なるを以て此抗弁は理由なし。
云云とあり。
然れども民法千一条には遺産相続人は相続開始の時より被相続人の財産に属せし一切の権利義務を承継すとあり之によりて見る時は遺産相続は財産の相続なり。
而して其財産なる語は学者の所謂積極的財産及消極的財産の両者を包含せしめたるものなるや又積極的財産のみを指すものなるやといふに我民法の所謂財産なる語は消極的財産を意義することなし之れ遺産相続の根本観念に徴し明白なり。
従て財産に属する義務は全く無く権利のみなる場合及権利及義務の併存する場合に遺産相続の開始することは勿論にして義務のみ存する場合には遺産相続開始することなし何となれば前述の如く民法の遺産相続は財産の相続にして義務のみの承継を認めざればなり。
我民法遺産相続の精神は一面に於ては公益的規定なれども敢て相続人の利益を無視したるものに非ず他の一面より之れを見る時は此規定は相続人の利益の為めに設けられたるなり。
故に義務のみの遺産相続は到底之を認むる能はず遺産相続が財産相続にして消極財産のみの承継を認めざることは遺留分の規定によりて之を見るも推知することを得るなり。
民法千百三十条には云云遺留分として被相続人の財産の半額を受くとありて民法千百三十二条「遺留分は被相続人が相続開始の時に於て有せし財産の価格に其贈与したる財産の価格を加へ其中より債務の全額を控除して之を算定す」とあり之れによりて之を見るに民法の財産の意義が積極のものもににして遺産相続は義務のみの承継を認めざること明なり。
原判決が全然義務のみ存する場合に於ても尚遺産相続開始せるものとなしたるは不法なりと云ふに在り
依て按ずるに民法第千一条に「遺産相続人は云云被相続人の財産に属せし一切の権利義務を承継す」とありて財産に属する権利義務に付ては家督相続の場合と同じく包括的にして只身分に属するものを包含せざるが故に特に「財産に属せし」云云と明記したるに外ならず。
而して其財産に属せし権利義務中に債務を包含すること勿論なるを以て本論旨は全く上告適法の理由なし。
(判旨第五点)
上告理由第六点は原判決は主たる債務者清助啓蔵に対して債権譲渡の通知を発したる以上は保証人に対しても亦譲渡を以て対抗し得るものなりと論決せられたるは不法なり。
民法四百六十七条には指名債権の譲渡は譲渡人が之を債務者に通知し又は債務者が之を承諾するに非ざれば之を以て債務者其他の第三者に対抗することを得ずとあり本条に所謂債務者なる語の中には保証債務者を含むや否やは義論あり上告代理人の解する所によれば本条の債務者なる語は広義に解し保証債務者をも包含せしめざるべからざるものと信ず。
抑も法律が本条を設けたる理由は債務者に通知せず又其承諾をも得ずして債権の譲渡を是れ等の者に対抗することを得るものとする時は既に譲渡をなしたる後其事実を知らざる債務者に対して履行の請求をなし其結果債務者は譲渡人及び譲受人の両者に対して二重の弁済をなさざるべからざることあるべし尤も此場合には債務者は利得返還の請求をなし得べしと雖も当時被請求者が無資力其他の理由によりて義務を執行せざることあるを免れず以上の患なしとするも債務者は己れの知らざる間に突然他人より債務の履行を請求せらるることある時は其不便謂ふべからず。
法律は以上の弊害其他種種の不便を避け債務者を保護する為めに此規定を設けたり。
而して其理由は主たる債務者たると従たる債務者たるとによりて異なる所なし。
反対論者の如く主たる債務者のみに対して通知承諾の対抗要件を要し保証債務者に対しては之を要せずとせんか上記法律の精神に反すべし。
蓋し主たる債務者が通知承諾なきか為めに受くることあるべき損害と保証債務者が之れなきか為めに受くることあるべき損害は毫も異なることなきなり。
法律は単に主たる債務者のみを保護して保証債務者を保護せざるものと解するを得ず。
原院が之れと反対の解釈を採りたるは民法四百六十七条を誤解したる不法の判決なりと云ふに在り
然れども債権譲渡人が民法第四百六十七条に依り主たる債権の譲渡を債務者に通知したる以上は特に其保証人に通知を為さざるも主たる債権譲渡の効力として保証人に対し当然従たる債法の譲渡を主張し得べきことは本院判例(明治三十九年(オ)第四七〇号明治四十年四月十一日言渡)の認むる所にして此判例を不法なりと認むべき相当の理由を発見せざるが故に本論旨は上告適法の理由なし。
(判旨第六点)
上告理由第七点は原判決は債務者に全部の弁済資力ある場合に非らざれば検索の抗弁をなすことを得ずと論断せられたるは法律の解釈を誤れるものなり。
民法四百五十三条には主たる債務者に弁済の資力ありて、且、執行の容易なることを証明し云云とあり其弁済の資力とは全部弁済の資力ある場合に限るや一部弁済の資力ある場合をも含むやは明に示さずと雖も之を何れにも限定せざる以上は一部の弁済資力を有する場合をも含むものと解せざるべからず。
保証人は債権者に対して主たる債務者の債務を保証するものなるが故に主たる債務者に資力のある限りは保証人に此れか抗弁権を認めたるものと信ず。
債務者に全部資力ある時は全部に就て抗弁をなし一部の資力を有する時は此に就ても抗弁をなし其不足部分に就てのみ自ら履行の義務あるものなり。
以上の論定は四百五十五条によるも之を推論するに足る同条には四百四十二条四百五十三条の規定により保証人の請求ありたるに拘はらず債権者が催告又は執行をなすことを怠り其後主たる債務者より全部の弁済を得ざる時は保証人は債権者が直ちに催告又は執行をなせば弁済を得べかりし限度に於て其義務を免るとあり本条の末に弁済を得べかりし限度に於ての語を置きたるは四百五十三条の検索の抗弁が一部の弁済資力を証明したる場合にもなし得ることを証するに足る何となれば若し四百五十三条の検索の抗弁が全部弁済の資力を証明する場合に限るとせば四百五十五条に於て四百五十三条を引き債権者が直に催告又は執行をなせば弁済を得べかりし限度に於て云云と云ふ理由なし。
全部弁済の資力ある場合には直に催告又は執行をなせば全部の弁済を得べきものなれば弁済を得べかりし限度云云と規定する必要なければなり。
故に原判決の此点に関する論断は誤謬なれと云ふに在り
然れども民法第四百五十三条に所謂債務弁済の資力ありと主たる債務者が其債務の全部を弁済するに足るべき資産を有する義なりとは此又本院判例(明治四十一年(オ)四六一号明治四十二年一月二十一日言渡)の是認する法理にして之を不法なりとする理由を発見せざるが故に本論旨も亦上告適法の理由なし。
(判旨第七点)
右の理由なるに依り民事訴訟法第四百四十七条第一項同第四百四十八条第一項の規定に従ひ主文の如く判決す