明治四十二年（オ）第九十二號
明治四十二年五月十二日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民事訴訟法第五百六十二條第三項以下ノ強制執行ニ關スル實體上ノ異議ノ訴ニ於テハ請求ニ關シ實體法上執行ヲ受クヘカラサル理由ヲ主張シ得ルニ止マリ形式上ノ異議ノ理由ヲ主張スルコトヲ許サス
上告人 株式會社三十五銀行
被上告人 木村莊次郎
訴訟代理人 三橋靖一
右當事者間ノ強制執行異議事件ニ付東京控訴院カ明治四十一年十二月二十六日言渡シタル判決ニ對シ上告人ハ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
原判決ヲ破毀シ更ニ辯論ヲ及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ東京控訴院ニ差戻ス
理由
上告理由第二點ハ異議ノ訴ノ訴訟物ハ債務名義ノ内容タル請求權其物ナリ又訴ノ原因ハ實體法上ノ理由ニ基カサルヘカラス而シテ被上告人ノ抗爭ハ金額ノ一定セサルモノヲ目的トセル公正證書タルカ故ニ強制執行ノ債務名義ト爲スコトヲ得スト云フニ在ルモノナレハ此論點ハ實體法上ノ理由ニ基ケルモノナラス又債務名義ノ内容タル請求權ト相關セスシテ訴訟法上ノ形式ニ關スルモノ即チ公證人カ付與スルコトヲ得サル執行文ヲ付與シタリト云フニ歸着スルモノナリ抑モ本件請求權ニ關シテハ甲第一號證カ有效ノ證書カル以上ハ上告人ハ現實金千五百圓ヲ貸越シアリテ上告人ハ之ヲ立證シ然カモ被上告人ニ於テ之ヲ論爭セサルモノニ係ル（尤モ被上告人ハ公正證書ノ無效ニ付テハ之ヲ主張セルモ本問トハ論點ヲ異ニス）然レハ本件ハ執行文付與ニ付キ抗爭スヘキモノニシテ強制執行ノ異議トシテハ不適法ノモノナルニ原院カ之ヲ是認シタルハ法則ヲ不法ニ適用シタルモノナリト云ヒ」第三點ハ原判決ニ「債務者タル控訴人ニ於テ本件強制執行ノ基本タル債務名義ニ記載セラレタル給付ノ不分明ナルコトヲ爭フハ畢竟債務名義ニ於テ認メラレタル請求ニ付異議ヲ主張スルニ外ナラサレハ請求ニ關スル異議ニ於テ之ヲ主張シ得ヘキハ言ヲ俟タサルヲ以テ」ト云フト雖モ控訴人ハ原院ニ於テ給付ノ不分明ナルコトヲ爭ハス唯甲第一號證ハ民訴第五九九條ノ一定ノ金額ナル要件ヲ缺ケルコトヲ爭ヘルモノナリ即チ形式ニ於テ之ヲ爭ヒ實質ニ付テハ爭ハサルモノナリ前者ト後者トハ其間大差アルモノナルニ原院カ被上告人ハ給付ノ不分明ヲ爭ヘシト爲セルハ提出セサル抗辯ヲ提出シタリト認メタル不法アリ前段ニ述フル前者ト後者トハ同一ニシテ等差ナシトスルモ即チ被上告人ハ給付ノ不分明換言スレハ一定ノ金額ナル要件ヲ缺ケル事ヲ爭フハ之レ請求ニ關スル異議ニアラス第一金千五百圓ヲ貸渡シ在ル事第二本案公正證書カ有效ナリトスレハ金千五百圓ヲ辨濟スル義務アルコト以上ハ被上告人ニ於テ爭點ト爲ササルモノニシテ第三然カモ上告人ハ金千五百圓ノ貸渡シ在ル事ヲ立證シ在ルモノナレハ本訴請求權ニ付テハ公正證書ノ僞造及復代理ニ由ル無效ノ外被上告人ハ異議セサルモノナリ而シテ甲第一號證カ一定ノ金額ヲ缺ケリト爲スト同證ニヨル請求權ナシト爲ストハ全然別箇ノ問題ナルニ原院カ彼此混同シテ一定ノ金額ヲ缺ケリトノ主張ヲ請求權ニ關スル異議ナリト爲セルハ被上告人ノ申立テサル抗辯ニ付判斷ヲ爲シタル不法アリ且ツ執行文付與ニ關スル異議ノ案件ニ付強制執行ノ異議ニ適用スヘキ法則ヲ適用シタル不法アリト云フニ在リ
因テ按スルニ民事訴訟法第五百六十二條第二項ノ執行文付與ニ關スル異議ハ強制執行ニ關スル形式上ノ異議ニ外ナラスシテ單ニ異議ノ申立ニ因リ管轄區裁判所ノ裁判ヲ受クヘク其裁判籍ハ同裁判所ノ專属ナリトス之ニ反シテ同條第三項以下ノ請求ニ關スル異議ハ強制執行ニ關スル實體上ノ異議ニシテ必ス訴ヲ以テ之ヲ主張セサルヘカラス而シテ實體上ノ異議ノ訴ニ於テハ請求ニ關シ實體法上執行ヲ受ク可カラサル理由ヲ主張シ得ルニ止マリ形式上ノ異議ノ理由ヲ主張スルコトヲ許サス即チ執行文ノ付與ニ關シ管轄區裁判所ニ異議ノ申立ヲ爲サスシテ請求ニ關スル異議ノ訴中ニ併セテ之ヲ主張スルカ如キハ許スヘキモノニ非サルナリ本件ハ強制執行ニ關スル異議ノ訴ニシテ原院ニ於テ被上告人ハ自カラ甲第一號證ノ貸越契約ヲ締結シタルコトナク訴外福山覺兵衛個人ノ取引ナル旨ヲ主張シタル外同證ハ其支拂金額一定セス民事訴訟法第五百五十九條第五號ノ要件ヲ欠缺セル公正證書ナル旨ヲモ主張セリ此第二ノ理由ハ上告人ノ請求金額カ一定セサルコトヲ爭フモノニ非スシテ公正證書カ一定ノ金額ノ支拂ニ申立テ管轄區裁判所ノ裁判ヲ受クヘキモノナリ然ルニ原判決カ甲第一號證ハ支拂フヘキ金額ノ不分明ナルモノニ係リ民事訴訟法第五百五十九條ノ要件ヲ具備セサルモノナルヲ以テ強制執行ノ債務名義トナラス隨テ同號證ニ基キ爲サレタル本件強制執行ノ不當タルヤ言ヲ俟タサル旨ヲ判示シ本訴ニ於テハ許ス可カラサル被上告人ノ異議ヲ採用シタルハ前顯ノ法則ニ違背シタル不法アルモノニシテ破毀ヲ免カレス依テ上告第一點ニ對シテハ説明スルノ要ナシ
以上説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百四十七條第一項第四百四十八條第一項ニ依リ主文ノ如ク判決セリ
明治四十二年（オ）第九十二号
明治四十二年五月十二日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民事訴訟法第五百六十二条第三項以下の強制執行に関する実体上の異議の訴に於ては請求に関し実体法上執行を受くべからざる理由を主張し得るに止まり形式上の異議の理由を主張することを許さず
上告人 株式会社三十五銀行
被上告人 木村荘次郎
訴訟代理人 三橋靖一
右当事者間の強制執行異議事件に付、東京控訴院が明治四十一年十二月二十六日言渡したる判決に対し上告人は全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論を及び裁判を為さしむる為め本件を東京控訴院に差戻す
理由
上告理由第二点は異議の訴の訴訟物は債務名義の内容たる請求権其物なり。
又訴の原因は実体法上の理由に基かざるべからず。
而して被上告人の抗争は金額の一定せざるものを目的とせる公正証書たるが故に強制執行の債務名義と為すことを得ずと云ふに在るものなれば此論点は実体法上の理由に基けるものならず又債務名義の内容たる請求権と相関せずして訴訟法上の形式に関するもの。
即ち公証人が付与することを得ざる執行文を付与したりと云ふに帰着するものなり。
抑も本件請求権に関しては甲第一号証が有効の証書かる以上は上告人は現実金千五百円を貸越しありて上告人は之を立証し然かも被上告人に於て之を論争せざるものに係る（尤も被上告人は公正証書の無効に付ては之を主張せるも本問とは論点を異にす）。
然れば本件は執行文付与に付き抗争すべきものにして強制執行の異議としては不適法のものなるに原院が之を是認したるは法則を不法に適用したるものなりと云ひ」第三点は原判決に「債務者たる控訴人に於て本件強制執行の基本たる債務名義に記載せられたる給付の不分明なることを争ふは畢竟債務名義に於て認められたる請求に付、異議を主張するに外ならざれば請求に関する異議に於て之を主張し得べきは言を俟たざるを以て」と云ふと雖も控訴人は原院に於て給付の不分明なることを争はず唯甲第一号証は民訴第五九九条の一定の金額なる要件を欠けることを争へるものなり。
即ち形式に於て之を争ひ実質に付ては争はざるものなり。
前者と後者とは其間大差あるものなるに原院が被上告人は給付の不分明を争へしと為せるは提出せざる抗弁を提出したりと認めたる不法あり。
前段に述ぶる前者と後者とは同一にして等差なしとするも。
即ち被上告人は給付の不分明換言すれば一定の金額なる要件を欠ける事を争ふは之れ請求に関する異議にあらず。
第一金千五百円を貸渡し在る事第二本案公正証書が有効なりとすれば金千五百円を弁済する義務あること以上は被上告人に於て争点と為さざるものにして第三然かも上告人は金千五百円の貸渡し在る事を立証し在るものなれば本訴請求権に付ては公正証書の偽造及復代理に由る無効の外被上告人は異議せざるものなり。
而して甲第一号証が一定の金額を欠けりと為すと同証による請求権なしと為すとは全然別箇の問題なるに原院が彼此混同して一定の金額を欠けりとの主張を請求権に関する異議なりと為せるは被上告人の申立てざる抗弁に付、判断を為したる不法あり。
且つ執行文付与に関する異議の案件に付、強制執行の異議に適用すべき法則を適用したる不法ありと云ふに在り
因で按ずるに民事訴訟法第五百六十二条第二項の執行文付与に関する異議は強制執行に関する形式上の異議に外ならずして単に異議の申立に因り管轄区裁判所の裁判を受くべく其裁判籍は同裁判所の専属なりとす。
之に反して同条第三項以下の請求に関する異議は強制執行に関する実体上の異議にして必す訴を以て之を主張せざるべからず。
而して実体上の異議の訴に於ては請求に関し実体法上執行を受く。
可からざる理由を主張し得るに止まり形式上の異議の理由を主張することを許さず。
即ち執行文の付与に関し管轄区裁判所に異議の申立を為さずして請求に関する異議の訴中に併せて之を主張するが如きは許すべきものに非ざるなり。
本件は強制執行に関する異議の訴にして原院に於て被上告人は自から甲第一号証の貸越契約を締結したることなく訴外福山覚兵衛個人の取引なる旨を主張したる外同証は其支払金額一定せず民事訴訟法第五百五十九条第五号の要件を欠欠せる公正証書なる旨をも主張せり此第二の理由は上告人の請求金額が一定せざることを争ふものに非ずして公正証書が一定の金額の支払に申立で管轄区裁判所の裁判を受くべきものなり。
然るに原判決が甲第一号証は支払ふべき金額の不分明なるものに係り民事訴訟法第五百五十九条の要件を具備せざるものなるを以て強制執行の債務名義とならず随で同号証に基き為されたる本件強制執行の不当たるや言を俟たざる旨を判示し本訴に於ては許す可からざる被上告人の異議を採用したるは前顕の法則に違背したる不法あるものにして破毀を免がれず。
依て上告第一点に対しては説明するの要なし。
以上説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項に依り主文の如く判決せり
