明治四十二年(オ)第四十二號
明治四十二年四月二日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 控訴審ニ於ケル訴訟代理人カ控訴判決ノ送達ヲ受クルニ際シテ既ニ法律上代理ノ變更アリシトキト雖モ其訴訟代理人ハ上告審ニ對シ委任消滅ノ通知ヲ爲ス權限ヲ有セサレハ該判決ノ送達ヲ受クルト同時ニ訴訟手續ハ當然中斷スルモノトス(判旨第一點)
- 一 公流ノ水源地又ハ川筋ニ掘下若クハ修繕工事ヲ爲シ其費用ヲ負擔スルモ之カ爲メニ其流水ヲ專用スルノ權利アリトスルカ如キ法則若クハ慣習アルコトナシ(判旨第二點)
上告人 明見村
右法定代理人 勝俣仙之甫 外原告一名
從參加人 瑞穗村
右法定代理人 渡邊小左衛門
被上告人 渡邊虎藏 外四名
訴訟代理人 足立隆則
右當事者間ノ用水權妨害排除請求事件ニ付東京控訴院カ明治四十一年十一月二十日言渡シタル判決ニ對シ上告人及從參加人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上月棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
權件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
被上告人ハ左ノ抗辯ヲ提出シ以テ本件上告ハ不適法ナリト主張シ上告人ハ本件上告ハ不適法ニアラスト答辯シタリ
被上告人抗辯ノ趣旨ハ本件ニ付キ原審ニ於ケル上告村明見村ノ法律上代理人ハ桑原肇ニシテ又上告村福地村ノ法律上代理人ハ小俣彦作ナリシニ上告審ニ至リ勝俣仙之甫ハ上告村明見村ノ又堀内啓治ハ上告村福地村ノ新法律上代理人ト爲リシヲ以テ之ヲ受繼シタルモノナルコトハ被上告人ノ受ケタル通知ニヨリ明ナリ從テ右桑原肇小俣彦作ハ法律上代理權消滅シタルモノナルコトモ該書面ニヨリ之ヲ知ルコトヲ得ト雖モ法律上代理人カ訴訟代理人ニ委任シテ訴訟行爲ヲ爲サシメタル場合ニ於テハ其後ニ至リ法律上代理人ト代理權カ消滅スルモ訴訟代理ノ委任カ消滅シタルコトヲ通知セサル以上ハ訴訟手續ノ中斷ヲ生セサルコトハ民事訴訟法第百八十三條ニ規定スルトコロナレハ此場合ニ於テ新法律上代理人カ之ヲ受繼センニハ先ツ訴訟代理人ヨリ委任ノ消滅ヲ通知スルヲ要ス尤モ終局判決送達以後ニ在リテハ訴訟委任消滅スヘケレハ同時ニ訴訟手續ノ中斷アルヘキヲ以テ殊更ニ消滅ノ通知ヲ要セス受繼ノ手續ノミ爲セハ足レリトスル感ナキニ在ラサルモ訴訟委任ハ強制執行ニ因リ生スル訴訟行爲及ヒ相手方ヨリ辨濟スル費用ヲ領收スル權等ヲ授與セラレタルコトヲ思ヘハ終局判決ノ送達ニヨリ當然其代理權ハ消滅スルモノニアラサルカ故ニ果シテ桑原肇小俣彦作ニ於テ法律上代理權カ消滅シタルモノナリセハ民事訴訟法第百八十三條ノ規定ヲ適用シテ訴訟手續ヲ中斷シ然ル上新法律上代理人ニ於テ之ヲ受繼スヘキモノナリ而シテ此通知ニ關シテハ其書面ヲ受訴裁判所ニ差出シ之レカ送達ノ手續ヲ盡ササルヘカラス然ラサレハ假令法律上代理人ノ任設アルモ訴訟上無效ナルコトハ御院第二民事部ニ於テ明治三十四年五月八日言渡ノ判例ニヨリ示サレタルトコロナリ然ルニ本件上告ハ其提起ノ當時中斷ノ手續ヲ盡サス直チニ承繼ノ手續ヲ爲シタルモノナルヲ以テ前記勝俣仙之甫カ明見村ヲ又堀内啓治カ福地村ヲ代表シテ提起シタル本件上告ハ不適法タルヲ免レサルヲ以テ之ヲ棄却スヘキモノト信スト云フニ在リ依テ按スルニ控訴審ニ於ケル訴訟代理人ニ於テ控訴判決ノ送達ヲ受ケタル後ハ其判決ノ強制執行ニ因リ生スル訴訟行爲及ヒ相手方ヨリ平濟スル費用ノ領收ヲ爲ス權限ヲ有スルニ止リ上告ヲ提起スル權限ヲ有スルモノニアラサルコトハ民事訴訟法第六十五條ノ規定ニ徴シテ明カナリ左スレハ右訴訟代理人カ控訴判決ノ送達ヲ受クル際ニ於テ既ニ法律上代理ノ變更アリシトキト雖モ訴訟代理人ハ上告ニ關スル訴訟行爲ヲ爲ス權限ナキニ依リ上告審ニ對シ委任消滅ノ通知ヲ爲ス權限ヲ有セサルハ言フ俟タサル所ナリ從フテ訴訟代理人カ控訴判決ノ送達ヲ受クルト同時ニ訴訟手續ハ當然當架スルモノトス乃チ本件記録ヲ調査スルニ本件ノ控訴審ニ於テハ上告人ノ法律上代理人桑原肇小俣彦作ハ辯護士鳩山和夫上原鹿造ニ訴訟代理ヲ委任シ右訴訟代理人ニ於テ控訴判決ヲ受ケ明治四十一年十二月十九日該判決ノ送達ヲ受ケタルニ其際既ニ上告人ノ法律上代理ノ變更アリシコト明白ナルヲ以テ本件訴訟手續ハ明治四十一年十二月十九日ニ在リテ前顯訴訟代理人カ控訴判決ノ送達ヲ受クルト同時ニ中斷シタルモノナリ故ニ其後明治四十二年一月二十一日ニ至リ上告人ノ新法律上代理人勝俣仙之甫堀内啓治ニ於テ訴訟手續受繼ノ通知ヲ爲シタル上本件上告ヲ提起シタルハ其當ヲ得タルモノニシテ本抗辯ハ其理由ナキモノトス
上告理由第一點ハ原判決ハ其前段ニ於テ「上告村及ヒ從參加村カ桂川ノ流水ヲ村内ノ田畑養水等ニ使用スル便宜上遲クモ嘉永年度ノ頃ヨリ桂川殊ニ其水源地中山湖水吐口字梁尻川筋ノ掘下ケ其他修繕等ノ費用ヲ村費又ハ水掛田畑ノ反別ニ割當テテ支辯シ其工事ヲ爲シ來タリタルコト明カナルモ云云從テ公流タル桂川ノ流水ノ使用權カ控訴村及ヒ從參加村ニ專属スヘキ謂ハレナシ」ト説明シタレトモ水源地ノ掘下工事及ヒ其修繕等ヲ上告村ニ於テ之ヲ爲シ其費用モ亦上告村ニ於テ負擔セシ以上ハ其地盤カ假令官有地ナリト雖モ之ヲ通過スル水ノ使用權ハ掘鑿工事ノ執行者ニ存スルコト明白ノ事由ナリトス而シテ此場合ニ於テ工事ノ施行者以外ニ用水ノ權利アリト主張スルモノハ其權利ノ發生ニ付證明ヲ爲スノ責任アルハ勿論ナリ然ルニ原判決カ工事ノ施行者カ上告村ナルコトヲ認メ其費用モ亦上告村ノ村費及ヒ水掛田畑ノ反別ニ割當テテ支辯シタル事實ヲ認メナカラ其線路ニ於ケル水ノ使用權カ上告村又ハ水掛田畑ノ所有者ニ專属セスト判定シタルハ前後理由ノ矛盾セルモノトスト云フニ在レトモ公流ノ水源地又ハ川筋ニ掘下若クハ修繕工事ヲ爲シ其費用ヲ負擔スル者ヲ以テ其流水ヲ專用スル權利ヲ有スル者トスルカ如キ法則若クハ慣習アルナキニ依リ原院ニ於テ上告人カ桂川ノ水源地又ハ川筋ニ其費用ヲ以テ工事ヲ爲シタル事實アルモ公流タル桂川流水ノ使用權カ上告人等ニ專属スヘキ謂ハレナシト判定シタルハ其當ヲ得タルモノニシテ本論旨ハ其謂ハレナシ
上告理由第二點ハ我國從來ノ慣習ニ依レハ用水又ハ山野ノ入會等ニ對シ庄屋又ハ戸長等ノ如キ法人ノ代理者ナ居住民ノ各自ヲ代表シテ民法上ノ契約ヲ締結スルコト其事例ニ乏シタラス上告人カ原院ニ提出セル甲第一、二、三、五、六號證其他ノ證據ニ依レハ上告村及ヒ從參加村ニ於テ水掛田畑以外ニ桂川ノ水ヲ灌漑セサル旨契約シタルモノニシテ此契約ハ居住民各自ヲ覊束スルノ效力アルコト勿論ナリ而シテ被上告人等モ亦上告村福地染ノ住民ナレハ當然此契約ニ覊束サルヘク從テ特定地以外ニ桂川ノ水ヲ灌漑スヘカラストノ條件ハ被上告人等ニ於テモ之レニ服從スルノ義務アルコト亦自然ノ結果ナリ然ルニ原判決カ以上ノ各證ハ三个村相互間又ハ各村内ノ規約ナルコトヲ認メナカラ被上告人等ニ該契約以外ノ用水權アリト判定シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ原院ハ甲第一乃至第七號證等ハ獨リ上告村二个村及ヒ從參加村所在ノ地所ニ關スル規約ニシテ右三个村以外ニ存在スル本訴地所ニ關スル規約ナリト認ムヘキ證據ナシト判定シタルコト原判文上洵ニ明白ナリ左スレハ本論旨ハ原判旨ヲ了解セスシテ漫ニ不服ヲ唱フルモノニシテ畢竟原判旨ニ副ハサルモノナレハ上告適法ノ理由トナラス
上告理由第三點ハ凡ソ或人トノ間ニ民法上ノ爭論ヲ生シ其一方カ相手方ノ主張事實ヲ認メ相手
方ニ正當ノ理由アルコトヲ承認シタル以上ハ其承認ヲ得タル當事者ノ主張ナ正理ナリシトスルハ勿論ニシテ反證ナキ限リハ之ヲ以テ正當ノ推理ナリトセサル可カラス上告人ハ原院ニ於テ甲第十號證及甲第十二號證丙第三號證等ヲ提出シ係爭地附近ニ於ケル桂川ノ水ノ使用者ニ對シ屡々上告村ヨリ故障ヲ申出テ之ヲ承認セシメタル事實ヲ立證シ及ヒ丙第四號證ヲ以テ上告村等ニ水車場ノ設置ヲ出願セシメタル事實ヲ立證シ此事實ヲ以テ上告村ニハ用水ノ專權アルコトヲ證明セントシタルニ原判決ハ其故障カ果シテ正當ナルヤハ何等ノ證明ナク又上告村ニ之ヲ認可スヘキ權アリトノ事實モ亦何等ノ證明ナケレハ上告人ノ此點ニ對スル主張モ之ヲ採用セスト判示セラレタリ然レトモ上告人ハ以上ノ事實ハ上告村カ慣習的ニ桂川ノ水ニ對シ專用ノ權利ヲ行ヘタル證據ニ供シタルモノニシテ而モ其故障カ正當ナリヤ否ヤ及認可ノ權利アリヤ否ノ點ハ原院ニ於テ被上告人ノ何等倣ハサリシ所ナリ而シテ此承認ノ爲ニ一ノ民法的關係ヲ生スルコト前述ノ如クナレハ原判決ノ此點ニ對スル説明ハ當事者ノ爭ナキ事實ヲ基本トシ而シテ一方ニ於テハ上告人ノ立證ノ趣旨ヲ誤解シタル不法アリトスト云フニ在レトモ被上告人ハ原院ナ於テ甲第十二號證ヲ否認シ甲第十號證丙第三號證ハ之ヲ知ラスト主張シ丙第四號證ノ成立ノミヲ認メ立證ノ趣旨ヲ否認シ以テ上告人ノ本訴桂川流水專用權ヲ爭ヒタルコト原院法廷調書ニ徴シテ明白ナレハ本論旨ニ掲ケタル事項ヲ以テ被上告人ノ認メテ爭ハサル事項ナリトスルヲ得ス依テ本論旨モ亦其理由ナシ
上告理由第四點ハ甲第九號證ノ一、二及甲第十三號證竝ニ武藤信明ノ證言ハ明治八年中ニ於テ被上告人等カ係爭地ニ桂川ノ水ヲ引入レタル際上告村ヨリ故障ヲ申出テ山梨縣廳カ諭示ノ上被上告人等ニ用水ノ差止ヲ爲サシメタル事實ヲ證明スル爲メニ原院ニ提出シタルモノニシテ甲第九號證ノ一、二ナル差留願ニ依レハ被上告人等ニ用水ノ權利ナキ事實ヲ主張シタルハ明カニシテ甲第十三號證ニ依レハ被上告人等カ此趣旨ニ從ヒ請書ヲ差出シタルモノナリ故ニ縣廳ノ諭示シタル理由モ之ニ外ナラサルハ自明ノ理ナリトス而シテ被上告人カ此承認ヲ爲シタル以上ハ假リニ上告人ノ專用權ヲ認メサリシトスルモ其承認ハ上告村對被上告人間ニハ完全ニ民法的效果ヲ生スルモノニシテ爾後被上告人ハ同一ノ土地ニ再ヒ用水ヲ引入ルル權利ナキコト明カナリ然ルニ原判決カ前段ニ對シテハ諭示ノ理由不明ナリト説明シ後段ニ對シテハ單ニ專用權ヲ承認シタルモノト推斷スルヲ得スト判定シタルハ一ハ事實ヲ不當ニ確定シタルモノニシテ一ハ理由不備ノ缺點アルモノトスト云フニ在レトモ山梨縣廳ニ於テ甲第九號證記載ノ趣旨ヲ以テ被上告人等先代ニ對シ諭示ヲ爲シタルヤ否ヤ又被上告人等ノ先代ニ於テ山梨縣廳ノ諭示ニ從フヘキ旨上申シタルハ上告人等ノ本訴桂川流水專用權ヲ承認シタルカ爲メナリシヤ否ヤハ事實ノ問題ニシテ法律ノ問題ニアラス而シテ甲第九號證ノ差留願書アルニ於テハ山梨縣廳ハ該證記載ノ趣旨ニ從ヒ諭示ヲ爲シタルモノト認ムヘシトノ法則ナキハ勿論山梨縣廳ノ諭示ニ從ヒタル者ハ上告人等ノ本訴桂川流水專用權ヲ承認シタル者ト認メサルヘカラサル理ナシ要スルニ本論旨ハ原院カ其職權ヲ以テ甲第九號證ニ付キ爲シタル判斷ニ對シ漫ニ不服ヲ唱フルモノニ過キサレハ上告適法ノ理由トナラス
上告理由第五點ハ第四點ニ於テ辯明セシ如ク原審證人武藤信明ノ證言ニ依レハ明治八年中山梨縣廳カ上告村及被上告人トノ間ニ立入リ被上告人ノ行爲ノ不法ナルコトヲ認メタル際上告村ヨリ提出シタル差留願ノ趣旨ノ如ク被上告人ヲシテ承認セシメ上告村亦之ニ甘ンシテ甲第十三號證ノ成立ヲ見ルニ至リタル事實ヲ知リ得ヘク而シテ上告人ハ原院ニ於テ此事實ヲ援用シ被上告人ノ先代及係爭地ノ前所有者カ上告村ニ對シ桂川ノ水ヲ灌漑セサルコトヲ約シタル事實ヲ主張シタリ然ルニ原判決ハ其前段ニ於テ武藤信明ノ證言ヲ此趣旨ニ援用シナカラ後段ニ於テ此點ニ關スル同人ノ證言ハ信用スルニ足ラスト判示シタルハ理由ノ矛盾アルヲ免レスト云フニ在レトモ證人ノ供述中其信スヘキモノト認メタル部分ノミヲ採用シ其信スヘカラサルモノト認メタル部分ヲ採用セサルハ事實承審官タル原院ノ職權ニ属ス故ニ原院ニ於テ證人武藤信明ノ供述ノ一部ヲ採用シナカラ明治八年中被上告人等先代ニ於テ上告人ニ對シ本訴桂川流水ヲ使用セサルコトヲ約シタリトノ點ニ付テハ同證人ノ供述ヲ信用セスト判定シタルハ敢テ不法ナリトスルヲ得ス
上告理由第六點ハ上告人ハ原院ニ於テ甲第三十八號證ノ一、二ヲ提出シ上告村ハ桂川ノ下流ニ於テ田畑ヲ所有スルカ故ニ本訴ノ利害關係者ナルコトヲ主張シタリ而シテ田地ノ如キハ反證ナキ乘リハ從來ニ於テモ現状ト同一ナリシト推定スヘキハ當然ノ事ナリトス然ルニ原判決ハ此上告人ノ所有田地ニ桂川ノ水ヲ引用シタルハ係爭地ニ引用セル時ヨリ以前ナルコトカ證明セラレサルニ依リ上告村ヲ以テ利害關係者ニ非スト判定シタルハ擧證ノ責任ヲ顛倒シタル不法アリトスト云フニ在レトモ上告人明見村カ桂川沿岸ニ於テ所有スル田地四筆ニ桂川流水ヲ引用シタルハ被上告人カ係爭田地ニ同流水ヲ引用シタルヨリ前ナルカ將タ後ナルカノ如キハ實ニ事實ノ問題ニシテ法律ノ問題ニアラス而シテ上告人明見村カ桂川沿岸ニ於テ田地ヲ所有スル事實アルニ於テハ被上告人ニ先チテ桂川流水ヲ右田地ニ引用シタルモノト認メサルヘカラサル理ナキニ依リ原院ニ於テ上告人ノ提出スル證據ニ依リテハ上告人明見村カ前顯田地ニ桂川流水ヲ引用セシハ被上告人ノ本訴係爭田地ニ同流水ヲ引用セシ以前ナリト認メ難シト判定セシハ敢テ所論ノ如キ不法アルモノト云フヲ得ス
上告理由第七點ハ原判決ハ乙第七乃至十號證ヲ援用シテ明治八年頃係爭地附近ニ桂川ノ流水ヲ引用シタル堀割夥多描示シアル事實ノ證明ニ供シタリ然レトモ上告人ハ此點ニ對シ反證トシテ甲第八號證ヲ提出シ乙第七乃至十號證ノ堀割ハ何レモ甲第十號證ニ依リ取潰サレタル事實ヲ證明シタリ而シテ此點ハ重要ナル爭點ナルニ拘ハラス之ニ對シ原判決カ何等ノ説明ヲ與ヘサリシハ不法ナリト云フニ在レトモ原院ハ乙第七第八號證ノ繪圖面明治二十一年地押調査當時ノ地圖及ヒ檢證調書ヲ參照考覈シ以テ係爭地ハ明治二十一年頃ヨリ桂川流水ヲ引用シタルモノト認メ上告人ノ提出シタル證據ハ之カ反證ト爲スニ足ラスト判定シタルコト原判文上洵ニ明白ナリ故ニ原判決ハ所論ノ如キ不法アルモノト云フヲ得ス
右ノ理由ナルヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ從ヒ主文ノ如ク判決ス
明治四十二年(オ)第四十二号
明治四十二年四月二日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 控訴審に於ける訴訟代理人が控訴判決の送達を受くるに際して既に法律上代理の変更ありしときと雖も其訴訟代理人は上告審に対し委任消滅の通知を為す権限を有せざれば該判決の送達を受くると同時に訴訟手続は当然中断するものとす。
(判旨第一点)
- 一 公流の水源地又は川筋に掘下若くは修繕工事を為し其費用を負担するも之が為めに其流水を専用するの権利ありとするが如き法則若くは慣習あることなし(判旨第二点)
上告人 明見村
右法定代理人 勝俣仙之甫 外原告一名
従参加人 瑞穂村
右法定代理人 渡辺小左衛門
被上告人 渡辺虎蔵 外四名
訴訟代理人 足立隆則
右当事者間の用水権妨害排除請求事件に付、東京控訴院が明治四十一年十一月二十日言渡したる判決に対し上告人及従参加人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上月棄却の申立を為したり。
判決
権件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
被上告人は左の抗弁を提出し以て本件上告は不適法なりと主張し上告人は本件上告は不適法にあらずと答弁したり。
被上告人抗弁の趣旨は本件に付き原審に於ける上告村明見村の法律上代理人は桑原肇にして又上告村福地村の法律上代理人は小俣彦作なりしに上告審に至り勝俣仙之甫は上告村明見村の又堀内啓治は上告村福地村の新法律上代理人と為りしを以て之を受継したるものなることは被上告人の受けたる通知により明なり。
従て右桑原肇小俣彦作は法律上代理権消滅したるものなることも該書面により之を知ることを得と雖も法律上代理人が訴訟代理人に委任して訴訟行為を為さしめたる場合に於ては其後に至り法律上代理人と代理権が消滅するも訴訟代理の委任が消滅したることを通知せざる以上は訴訟手続の中断を生ぜざることは民事訴訟法第百八十三条に規定するところなれば此場合に於て新法律上代理人が之を受継せんには先づ訴訟代理人より委任の消滅を通知するを要す。
尤も終局判決送達以後に在りては訴訟委任消滅すべければ同時に訴訟手続の中断あるべきを以て殊更に消滅の通知を要せず。
受継の手続のみ為せば足れりとする感なきに在らざるも訴訟委任は強制執行に因り生ずる訴訟行為及び相手方より弁済する費用を領収する権等を授与せられたることを思へは終局判決の送達により当然其代理権は消滅するものにあらざるが故に果して桑原肇小俣彦作に於て法律上代理権が消滅したるものなりせば民事訴訟法第百八十三条の規定を適用して訴訟手続を中断し然る上新法律上代理人に於て之を受継すべきものなり。
而して此通知に関しては其書面を受訴裁判所に差出し之れが送達の手続を尽さざるべからず。
然らざれば仮令法律上代理人の任設あるも訴訟上無効なることは御院第二民事部に於て明治三十四年五月八日言渡の判例により示されたるところなり。
然るに本件上告は其提起の当時中断の手続を尽さず直ちに承継の手続を為したるものなるを以て前記勝俣仙之甫が明見村を又堀内啓治が福地村を代表して提起したる本件上告は不適法たるを免れざるを以て之を棄却すべきものと信ずと云ふに在り。
依て按ずるに控訴審に於ける訴訟代理人に於て控訴判決の送達を受けたる後は其判決の強制執行に因り生ずる訴訟行為及び相手方より平済する費用の領収を為す権限を有するに止り上告を提起する権限を有するものにあらざることは民事訴訟法第六十五条の規定に徴して明かなり。
左すれば右訴訟代理人が控訴判決の送達を受くる際に於て既に法律上代理の変更ありしときと雖も訴訟代理人は上告に関する訴訟行為を為す権限なきに依り上告審に対し委任消滅の通知を為す権限を有せざるは言ふ俟たざる所なり。
従ふて訴訟代理人が控訴判決の送達を受くると同時に訴訟手続は当然当架するものとす。
乃ち本件記録を調査するに本件の控訴審に於ては上告人の法律上代理人桑原肇小俣彦作は弁護士鳩山和夫上原鹿造に訴訟代理を委任し右訴訟代理人に於て控訴判決を受け明治四十一年十二月十九日該判決の送達を受けたるに其際既に上告人の法律上代理の変更ありしこと明白なるを以て本件訴訟手続は明治四十一年十二月十九日に在りて前顕訴訟代理人が控訴判決の送達を受くると同時に中断したるものなり。
故に其後明治四十二年一月二十一日に至り上告人の新法律上代理人勝俣仙之甫堀内啓治に於て訴訟手続受継の通知を為したる上本件上告を提起したるは其当を得たるものにして本抗弁は其理由なきものとす。
上告理由第一点は原判決は其前段に於て「上告村及び従参加村が桂川の流水を村内の田畑養水等に使用する便宜上遅くも嘉永年度の頃より桂川殊に其水源地中山湖水吐口字梁尻川筋の掘下け其他修繕等の費用を村費又は水掛田畑の反別に割当てて支弁し其工事を為し来たりたること明かなるも云云。
従て公流たる桂川の流水の使用権が控訴村及び従参加村に専属すべき謂はれなし」と説明したれども水源地の掘下工事及び其修繕等を上告村に於て之を為し其費用も亦上告村に於て負担せし以上は其地盤が仮令官有地なりと雖も之を通過する水の使用権は掘鑿工事の執行者に存すること明白の事由なりとす。
而して此場合に於て工事の施行者以外に用水の権利ありと主張するものは其権利の発生に付、証明を為すの責任あるは勿論なり。
然るに原判決が工事の施行者が上告村なることを認め其費用も亦上告村の村費及び水掛田畑の反別に割当てて支弁したる事実を認めながら其線路に於ける水の使用権が上告村又は水掛田畑の所有者に専属せずと判定したるは前後理由の矛盾せるものとすと云ふに在れども公流の水源地又は川筋に掘下若くは修繕工事を為し其費用を負担する者を以て其流水を専用する権利を有する者とするが如き法則若くは慣習あるなきに依り原院に於て上告人が桂川の水源地又は川筋に其費用を以て工事を為したる事実あるも公流たる桂川流水の使用権が上告人等に専属すべき謂はれなしと判定したるは其当を得たるものにして本論旨は其謂はれなし
上告理由第二点は我国従来の慣習に依れば用水又は山野の入会等に対し庄屋又は戸長等の如き法人の代理者な居住民の各自を代表して民法上の契約を締結すること其事例に乏したらず上告人が原院に提出せる甲第一、二、三、五、六号証其他の証拠に依れば上告村及び従参加村に於て水掛田畑以外に桂川の水を灌漑せざる旨契約したるものにして此契約は居住民各自を羈束するの効力あること勿論なり。
而して被上告人等も亦上告村福地染の住民なれば当然此契約に羈束さるべく。
従て特定地以外に桂川の水を灌漑すべからずとの条件は被上告人等に於ても之れに服従するの義務あること亦自然の結果なり。
然るに原判決が以上の各証は三个村相互間又は各村内の規約なることを認めながら被上告人等に該契約以外の用水権ありと判定したるは不法なりと云ふに在れども原院は甲第一乃至第七号証等は独り上告村二个村及び従参加村所在の地所に関する規約にして右三个村以外に存在する本訴地所に関する規約なりと認むべき証拠なしと判定したること原判文上洵に明白なり。
左すれば本論旨は原判旨を了解せずして漫に不服を唱ふるものにして畢竟原判旨に副はざるものなれば上告適法の理由とならず
上告理由第三点は凡そ或人との間に民法上の争論を生じ其一方が相手方の主張事実を認め相手
方に正当の理由あることを承認したる以上は其承認を得たる当事者の主張な正理なりしとするは勿論にして反証なき限りは之を以て正当の推理なりとせざる可からず。
上告人は原院に於て甲第十号証及甲第十二号証丙第三号証等を提出し係争地附近に於ける桂川の水の使用者に対し屡屡上告村より故障を申出で之を承認せしめたる事実を立証し及び丙第四号証を以て上告村等に水車場の設置を出願せしめたる事実を立証し此事実を以て上告村には用水の専権あることを証明せんとしたるに原判決は其故障が果して正当なるやは何等の証明なく又上告村に之を認可すべき権ありとの事実も亦何等の証明なければ上告人の此点に対する主張も之を採用せずと判示せられたり。
然れども上告人は以上の事実は上告村が慣習的に桂川の水に対し専用の権利を行へたる証拠に供したるものにして而も其故障が正当なりや否や及認可の権利ありや否の点は原院に於て被上告人の何等倣はざりし所なり。
而して此承認の為に一の民法的関係を生ずること前述の如くなれば原判決の此点に対する説明は当事者の争なき事実を基本とし、而して一方に於ては上告人の立証の趣旨を誤解したる不法ありとすと云ふに在れども被上告人は原院な於て甲第十二号証を否認し甲第十号証丙第三号証は之を知らずと主張し丙第四号証の成立のみを認め立証の趣旨を否認し以て上告人の本訴桂川流水専用権を争ひたること原院法廷調書に徴して明白なれば本論旨に掲げたる事項を以て被上告人の認めて争はざる事項なりとするを得ず。
依て本論旨も亦其理由なし。
上告理由第四点は甲第九号証の一、二及甲第十三号証並に武藤信明の証言は明治八年中に於て被上告人等が係争地に桂川の水を引入れたる際上告村より故障を申出で山梨県庁が諭示の上被上告人等に用水の差止を為さしめたる事実を証明する為めに原院に提出したるものにして甲第九号証の一、二なる差留願に依れば被上告人等に用水の権利なき事実を主張したるは明かにして甲第十三号証に依れば被上告人等が此趣旨に従ひ請書を差出したるものなり。
故に県庁の諭示したる理由も之に外ならざるは自明の理なりとす。
而して被上告人が此承認を為したる以上は仮りに上告人の専用権を認めざりしとするも其承認は上告村対被上告人間には完全に民法的効果を生ずるものにして爾後被上告人は同一の土地に再ひ用水を引入るる権利なきこと明かなり。
然るに原判決が前段に対しては諭示の理由不明なりと説明し後段に対しては単に専用権を承認したるものと推断するを得ずと判定したるは一は事実を不当に確定したるものにして一は理由不備の欠点あるものとすと云ふに在れども山梨県庁に於て甲第九号証記載の趣旨を以て被上告人等先代に対し諭示を為したるや否や又被上告人等の先代に於て山梨県庁の諭示に従ふべき旨上申したるは上告人等の本訴桂川流水専用権を承認したるか為めなりしや否やは事実の問題にして法律の問題にあらず。
而して甲第九号証の差留願書あるに於ては山梨県庁は該証記載の趣旨に従ひ諭示を為したるものと認むべしとの法則なきは勿論山梨県庁の諭示に従ひたる者は上告人等の本訴桂川流水専用権を承認したる者と認めざるべからざる理なし。
要するに本論旨は原院が其職権を以て甲第九号証に付き為したる判断に対し漫に不服を唱ふるものに過ぎざれば上告適法の理由とならず
上告理由第五点は第四点に於て弁明せし如く原審証人武藤信明の証言に依れば明治八年中山梨県庁が上告村及被上告人との間に立入り被上告人の行為の不法なることを認めたる際上告村より提出したる差留願の趣旨の如く被上告人をして承認せしめ上告村亦之に甘んして甲第十三号証の成立を見るに至りたる事実を知り得べく。
而して上告人は原院に於て此事実を援用し被上告人の先代及係争地の前所有者が上告村に対し桂川の水を灌漑せざることを約したる事実を主張したり。
然るに原判決は其前段に於て武藤信明の証言を此趣旨に援用しながら後段に於て此点に関する同人の証言は信用するに足らずと判示したるは理由の矛盾あるを免れずと云ふに在れども証人の供述中其信すべきものと認めたる部分のみを採用し其信すべからざるものと認めたる部分を採用せざるは事実承審官たる原院の職権に属す。
故に原院に於て証人武藤信明の供述の一部を採用しながら明治八年中被上告人等先代に於て上告人に対し本訴桂川流水を使用せざることを約したりとの点に付ては同証人の供述を信用せずと判定したるは敢て不法なりとするを得ず。
上告理由第六点は上告人は原院に於て甲第三十八号証の一、二を提出し上告村は桂川の下流に於て田畑を所有するが故に本訴の利害関係者なることを主張したり。
而して田地の如きは反証なき乗りは従来に於ても現状と同一なりしと推定すべきは当然の事なりとす。
然るに原判決は此上告人の所有田地に桂川の水を引用したるは係争地に引用せる時より以前なることが証明せられざるに依り上告村を以て利害関係者に非ずと判定したるは挙証の責任を顛倒したる不法ありとすと云ふに在れども上告人明見村が桂川沿岸に於て所有する田地四筆に桂川流水を引用したるは被上告人が係争田地に同流水を引用したるより前なるか将た後なるかの如きは実に事実の問題にして法律の問題にあらず。
而して上告人明見村が桂川沿岸に於て田地を所有する事実あるに於ては被上告人に先ちて桂川流水を右田地に引用したるものと認めざるべからざる理なきに依り原院に於て上告人の提出する証拠に依りては上告人明見村が前顕田地に桂川流水を引用せしは被上告人の本訴係争田地に同流水を引用せし以前なりと認め難しと判定せしは敢て所論の如き不法あるものと云ふを得ず。
上告理由第七点は原判決は乙第七乃至十号証を援用して明治八年頃係争地附近に桂川の流水を引用したる堀割夥多描示しある事実の証明に供したり。
然れども上告人は此点に対し反証として甲第八号証を提出し乙第七乃至十号証の堀割は何れも甲第十号証に依り取潰されたる事実を証明したり。
而して此点は重要なる争点なるに拘はらず之に対し原判決が何等の説明を与へざりしは不法なりと云ふに在れども原院は乙第七第八号証の絵図面明治二十一年地押調査当時の地図及び検証調書を参照考覈し以て係争地は明治二十一年頃より桂川流水を引用したるものと認め上告人の提出したる証拠は之が反証と為すに足らずと判定したること原判文上洵に明白なり。
故に原判決は所論の如き不法あるものと云ふを得ず。
右の理由なるを以て民事訴訟法第四百五十二条に従ひ主文の如く判決す