明治四十一年(オ)第二百八十號
明治四十一年十二月七日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 取立ノ爲メニスル債權ノ讓渡ハ其外部ノ關係ニ於テハ純然タル一箇ノ債權讓渡ニシテ讓渡人ハ債權ヲ喪失シ讓薄人ハ其取得シタル債權ヲ行使シ得ヘキモノナレハ虚僞ノ行爲ニ非ス
上告人 葛岡尚文
右法定代理人 江澤清吉 外上告人三名
被上告人 須藤新太郎 外一名
右當事者間ノ貸金請求事件ニ付東京控訴院カ明治四十一年五月十二日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告理由第一點ハ原判決ハ法則ノ適用ヲ誤リタル不當ノ判決ナリ原判決ハ證人高山俊ノ證言ヲ採用シ上告人カ訴外布留川一雄ニ債權ヲ讓渡シタルハ取立ノ爲ニ假裝シタルコトヲ認メナカラ此讓渡ハ虚僞ノ意思表示ナリト云フヲ得サルモノトナシ「而シテ如此取立ノ委任ノ爲メニ讓渡ヲ爲ス場合ニ於テハ其讓渡ハ委任セル取立ノ事務ヲ處理セシムルノ目的ニ出テタルモノニシテ之ニヨリテ讓受人ノ財産ヲ増加スルコトヲ目的トスルモノニアラサルカ故ニ普通ノ債權ノ讓渡ニアラサルコトハ論ヲ俟タサルトコロナリト雖モ而カモ其讓渡ハ取立ヲ爲サシムルカ爲メ第三者ニ對シテハ讓受人ヲ以テ無條件ニ權利者トナスノ意思ニ出テタル事明瞭ナレハ必竟債權ノ移轉ヲ目的トスルモノニ外ナラサルカ故ニ之ヲ以テ眞意ニ反スル虚僞ノ意思表示ナリト云フヲ得サルヤ亦多辯ヲ要セス」ト説明セラレタリ然レトモ虚僞ノ意思表示ナルヤ否ヤハ其之ヲ爲スニ至ル目的ノ如何ニ依リテ決定セラルヘキモノニアラス本件ノ場合ニ於テ其目的ハ債權ノ取立ニアリタルハ事實ナリ然レトモ取立ノ爲ニ假裝シタル讓渡ハ眞意ニ反スルモノニアラサルノ結論ヲ生スヘキ所謂ナシ債權ノ讓渡ハ債權ノ移轉ノ意義ヲ有ス然レトモ債權取立ノ代理ノ爲ニ爲ス債權讓渡ニ於テハ毫モ此ノ如キ意義ヲ有スルモノニアラス事實上ノ債權者ハ依然トシテ舊ト異ナラス唯本件ノ如ク代理人カ法律上訴訟行爲ヲ代理スヘキ資格ナキ場合ニ於テ債權ノ移轉アリタルカ如キ外觀ヲ裝ヒ代理人ヲ事實上ノ債權者タル位置ニ立タシムルニ過キサルカ故ニ虚僞ノ意思表示タル論ヲ俟タス原判決ハ尚進テ取立ノ爲ニ爲シタル讓渡ハ假裝ノ行爲ニアラスシテ信託行爲ナリト云フヘシト論斷セラレタリ然レトモ信託ト取立ノ委任トハ法律上各特種ノ意義ヲ有シ同一視スヘカラサルハ多辯ヲ要セサルノミナラス信託契約ノ當事者ハ初メヨリ信託契約ヲ締結セントスルノ意思ヲ以テ其契約ヲ爲スモノナルニ債權取立ノ爲ニスル讓渡ノ場合ニ於テハ當事者ノ意思ハ債權取立ニアリテ其表示スル所ハ債權讓渡ナリ即チ其意思ト表示トハ全然齟齬シ一致セス此ヲ假裝ト云ハスシテ何ソヤ手形法上裏書讓渡ノ場合ニ於テハ取立ノ爲ノ裏書ナルモノアリ然レトモ此裏書ハ法律ノ明文ニ依リ其効果ヲ見ルヘキモ債權讓渡ニ於テハ取立ノ爲ノ讓渡ヲ認メタル法文ナシ故ニ取立ノ委任ヲ爲スニ當リ假裝シタル讓渡ハ虚僞ノ意思表示ニシテ信託行爲ト云フヘキモノニアラスト云フニ在リ
然レトモ取立ノ爲メニスル債權ノ讓渡ハ其外部ノ關係ニ於テハ即チ純然タル一箇ノ債權讓渡ニシテ讓渡人ト讓受人トノ間ニ債權ノ移轉アリ前者ハ債權ヲ喪失シ後者ハ其取得シタル債權ヲ行使シ得ヘキモノニシテ當事者間ノ意思ト其表示トハ相一致シ其間何等ノ虚僞ノ存スルモノニアラス唯其内部ノ關係ニ於テ讓渡ノ目的取立ニ在ルニ外ナラサルカ故ニ讓受人ハ讓渡人ニ對シテ其目的ニ副ハシムヘキノ義務アルノミ元來虚僞行爲ハ假裝的ノモノニシテ此行爲ニ於テ當事者ハ何レモ其眞意ニ非サル表示ヲ爲シ實際上ニ於テモ亦何等ノ法律行爲ヲモ成立セシメサランコトヲ欲スルモノナリ從テ法律ハ之ヲ無効トスレトモ所謂信託行爲ハ之ニ反シ内部ニ於ケルト外部ニ對スルト其關係ヲ異ニシ當事者ノ意思ト其表示トハ互ニ相一致シ外ニ對シテハ其意思表示ヲシテ法律上ノ効果アラシメンコトヲ欲スルモノナレハ虚僞假裝ノモノニアラサルコト勿論ナレハ從テ法律上之ヲ無効トスヘキニアラサルナリ原判決カ之レト同一ノ理由ニ基キ上告人先代葛岡又右衛門カ本訴債權ヲ訴外布留川一雄ニ取立ノ爲メニ讓渡シタル行爲ヲ有効ナリト認メ上告人等ノ該讓渡ハ虚僞ノ意思表示ナリトノ抗辯ヲ排斥シタルハ相當ニシテ本論旨ハ其理由ナシ
同第二點ハ原判決ハ法律ノ解釋ヲ誤リタルノ不法アリ民法第九十四條第二項ノ善意ノ第三者トハ情ヲ知ラスシテ虚僞ノ意思表示ニ本ツキ當事者ノ一方ニ特種ノ法律行爲ヲ爲シ利害關係ヲ生スルニ至リタルモノヲ指稱スルモノニシテ虚僞ノ意思表示アルモ此表示ニ本ツキ何等ノ行爲ヲ爲ササル債務者ノ如キ全ク利害關係ナキモノヲ包含セシムルノ法意ニアラス從テ原判決ノ被上告人ヲ以テ右法條ノ第三者タル地位ニアルモノナリトスル判定ハ不當ナリト云フニ在リ
然レトモ前論旨ニ對シ説明セル如ク原判決ハ上告人先代葛岡又右衛門ト訴外布留川一雄間ノ債權ノ讓渡ヲ以テ虚僞ノ意思表示ナリトシタルニ非ス信託行爲トシテ有効ナリトセルモノナレハ敢テ被上告人ヲ以テ虚僞ノ意思表示ニ對スル善意ノ第三者ナリトシタルニ非サルコト明ナリ且原判決ハ債權讓渡ノ取消ヲ布留川一雄ヨリ被上告人等ニ通知シタリトノ事實ヲ否認シ「タトヘ取消ニヨリ債權カ再ヒ葛岡又右衛門ニ移轉シタリトスルモ第三者タル控訴人等ニ對抗スルヲ得サルニヨリ又右衛門ノ遺産相續人タル被控訴人等カ本訴ノ債權ヲ主張スルヲ得サルヤ勿論ナレハ」云云ト説明スルヨリシテ之ヲ見レハ被上告人ヲ以テ民法第九十四條第二項ノ第三者タル地位ニ在ル者トセルニ非サルコト一點ノ疑ナキ所ナレハ本論旨ハ畢竟原判旨ニ副ハサル不當ノ攻撃ナリト謂ハサルヘカラス
上來説明セル如ク本件上告ハ其理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條第七十七條ニヨリ主文ノ如ク判決スルモノナリ
明治四十一年(オ)第二百八十号
明治四十一年十二月七日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 取立の為めにする債権の譲渡は其外部の関係に於ては純然たる一箇の債権譲渡にして譲渡人は債権を喪失し譲薄人は其取得したる債権を行使し得べきものなれば虚偽の行為に非ず
上告人 葛岡尚文
右法定代理人 江沢清吉 外上告人三名
被上告人 須藤新太郎 外一名
右当事者間の貸金請求事件に付、東京控訴院が明治四十一年五月十二日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告理由第一点は原判決は法則の適用を誤りたる不当の判決なり。
原判決は証人高山俊の証言を採用し上告人が訴外布留川一雄に債権を譲渡したるは取立の為に仮装したることを認めながら此譲渡は虚偽の意思表示なりと云ふを得ざるものとなし「。
而して如此取立の委任の為めに譲渡を為す場合に於ては其譲渡は委任せる取立の事務を処理せしむるの目的に出でたるものにして之によりて譲受人の財産を増加することを目的とするものにあらざるが故に普通の債権の譲渡にあらざることは論を俟たざるところなりと雖も而かも其譲渡は取立を為さしむるか為め第三者に対しては譲受人を以て無条件に権利者となすの意思に出でたる事明瞭なれば必竟債権の移転を目的とするものに外ならざるが故に之を以て真意に反する虚偽の意思表示なりと云ふを得ざるや亦多弁を要せず。」と説明せられたり。
然れども虚偽の意思表示なるや否やは其之を為すに至る目的の如何に依りて決定せらるべきものにあらず。
本件の場合に於て其目的は債権の取立にありたるは事実なり。
然れども取立の為に仮装したる譲渡は真意に反するものにあらざるの結論を生ずべき所謂なし。
債権の譲渡は債権の移転の意義を有す。
然れども債権取立の代理の為に為す債権譲渡に於ては毫も此の如き意義を有するものにあらず。
事実上の債権者は依然として旧と異ならず唯本件の如く代理人が法律上訴訟行為を代理すべき資格なき場合に於て債権の移転ありたるが如き外観を装ひ代理人を事実上の債権者たる位置に立たしむるに過ぎざるが故に虚偽の意思表示たる論を俟たず。
原判決は尚進で取立の為に為したる譲渡は仮装の行為にあらずして信託行為なりと云ふべしと論断せられたり。
然れども信託と取立の委任とは法律上各特種の意義を有し同一視すべからざるは多弁を要せざるのみならず信託契約の当事者は初めより信託契約を締結せんとするの意思を以て其契約を為すものなるに債権取立の為にする譲渡の場合に於ては当事者の意思は債権取立にありて其表示する所は債権譲渡なり。
即ち其意思と表示とは全然齟齬し一致せず此を仮装と云はずして何そや手形法上裏書譲渡の場合に於ては取立の為の裏書なるものあり。
然れども此裏書は法律の明文に依り其効果を見るべきも債権譲渡に於ては取立の為の譲渡を認めたる法文なし。
故に取立の委任を為すに当り仮装したる譲渡は虚偽の意思表示にして信託行為と云ふべきものにあらずと云ふに在り
然れども取立の為めにする債権の譲渡は其外部の関係に於ては。
即ち純然たる一箇の債権譲渡にして譲渡人と譲受人との間に債権の移転あり前者は債権を喪失し後者は其取得したる債権を行使し得べきものにして当事者間の意思と其表示とは相一致し其間何等の虚偽の存するものにあらず。
唯其内部の関係に於て譲渡の目的取立に在るに外ならざるが故に譲受人は譲渡人に対して其目的に副はしむべきの義務あるのみ元来虚偽行為は仮装的のものにして此行為に於て当事者は何れも其真意に非ざる表示を為し実際上に於ても亦何等の法律行為をも成立せしめさらんことを欲するものなり。
従て法律は之を無効とすれども所謂信託行為は之に反し内部に於けると外部に対すると其関係を異にし当事者の意思と其表示とは互に相一致し外に対しては其意思表示をして法律上の効果あらしめんことを欲するものなれば虚偽仮装のものにあらざること勿論なれば。
従て法律上之を無効とすべきにあらざるなり。
原判決が之れと同一の理由に基き上告人先代葛岡又右衛門が本訴債権を訴外布留川一雄に取立の為めに譲渡したる行為を有効なりと認め上告人等の該譲渡は虚偽の意思表示なりとの抗弁を排斥したるは相当にして本論旨は其理由なし。
同第二点は原判決は法律の解釈を誤りたるの不法あり。
民法第九十四条第二項の善意の第三者とは情を知らずして虚偽の意思表示に本つき当事者の一方に特種の法律行為を為し利害関係を生ずるに至りたるものを指称するものにして虚偽の意思表示あるも此表示に本つき何等の行為を為さざる債務者の如き全く利害関係なきものを包含せしむるの法意にあらず。
従て原判決の被上告人を以て右法条の第三者たる地位にあるものなりとする判定は不当なりと云ふに在り
然れども前論旨に対し説明せる如く原判決は上告人先代葛岡又右衛門と訴外布留川一雄間の債権の譲渡を以て虚偽の意思表示なりとしたるに非ず信託行為として有効なりとせるものなれば敢て被上告人を以て虚偽の意思表示に対する善意の第三者なりとしたるに非ざること明なり、且、原判決は債権譲渡の取消を布留川一雄より被上告人等に通知したりとの事実を否認し「たとへ取消により債権が再ひ葛岡又右衛門に移転したりとするも第三者たる控訴人等に対抗するを得ざるにより又右衛門の遺産相続人たる被控訴人等が本訴の債権を主張するを得ざるや勿論なれば」云云と説明するよりして之を見れば被上告人を以て民法第九十四条第二項の第三者たる地位に在る者とせるに非ざること一点の疑なき所なれば本論旨は畢竟原判旨に副はざる不当の攻撃なりと謂はざるべからず。
上来説明せる如く本件上告は其理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条第七十七条により主文の如く判決するものなり。